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■オープニング本文 はろうぃん、という行事がある。 何でも子供らが近所の家々へ菓子を無心する他儀風の托鉢だとか。 地方によっては菓子よりも蝋燭が喜ばれる事もあるとか言われているが、真偽の程は定かではない―― ●延石寺の椿事 東房にある延石寺。代表者を尼僧の水稲院が務める尼僧の多い寺院である。 武僧が修行する場であるからして、その一日は清廉かつ過酷だ。朝は日が出ぬ内から起床し、朝餉の前に読経し寺内を清める。簡素な朝餉の後、各々に課せられた行を修めて精霊の声に耳を傾ける――勿論、寺の作務も行いつつだ。休む間もなく身体を酷使し、簡素な夕餉の後、遊ぶ間もなく床に就く。 慣れぬ者が見れば過密かつ禁欲的な生活だ。しかしこの地に住まう者達には自然な日常である。 歳若い駆け出し開拓者の武僧、静波(iz0271)にとっても、この生活はごく当たり前のものだった。 神無月のある朝、静波は何時ものように朝の身支度を済ませると、井戸へ向かった。延々続くかと思われた夏の暑さも、朝夕はすっかり鳴りを潜めて肌寒いくらいだ。つるべを落とし、地下の水を汲み上げた。盥にあけ、浸した雑巾が水中へ没するのを半覚醒のまま眺めた。 (うぅ‥‥冷たそう) えいっと思い切って盥へ手を突っ込んだ。氷水と思いきや、思いのほか寧ろ外気よりも仄かに温かい。雑巾を引き上げ絞った静波は、水温に季節を感じて庭を見た。 日に日に日の出が遅くなる秋の早朝、まだ明け方ならぬ薄闇の中で寺の庭木は段々と色づき始めている。これが全て紅葉する頃には初雪を気にするようになるのだろうか。 「もう、一年になるのですよね‥‥」 天輪王が開拓者ギルドへ『武』の力を開放して一年が過ぎた。同時期に静波は延石寺から外に広がる世界というものを知った。開拓者ギルドに登録する武僧となって一年、まだまだ見るもの聞くもの全てが珍しい。 しみじみと時の移ろいを庭に見出して物思いに耽っていると―― 「ローソクいっぽんくださいやぎー」 「くれなきゃイタズラしちゃうやぎー」 おや、参拝客だろうか。 静波は盥の縁に雑巾を掛けて、前掛けで手を拭き拭き門へ小走りに駆けて行った。 ●白と黒の托鉢者 門前にいたのは、まだまだ駆け出しの域を出ない静波にすら奇妙だと判るような異様な珍客だった。 「ローソクくださいやぎー」 「イタズラするやぎよー」 ちんまい生き物が2体、片方が「やぎー」と乞えば、もう片方も同じように「やぎー」と重ねる。語尾の感じといい、もふらさまを思わせるふわもこした生物だ。 「えっと‥‥」 精霊さん? と尋ねるまでもない。彼らは人外の生物にしか見えなかった。 奇妙な格好をしている。元々変わった姿かたちの上に何かの仮装をしているような? 「くださいやぎー」 「やぎー」 静波を見上げて必死に訴える、ちんまい生物達。 何故蝋燭? 戸惑う静波の背後で、本堂の辺りが騒がしくなり始めた。 「えっと、ちょっと待ってくださ‥‥」 言いながら本堂を振り返ると廊下を尼僧らが行き来している。何やら酷く慌てているようで―― 「当番は誰? 蝋燭が切れているわよ!」 「昨日安積寺へ出て求めてきたもの、そんなはずは‥‥」 「水稲院さまのお部屋の明かりもありません!」 耳を欹てて聞いてみると、どうやら寺中の蝋燭が不足しているようだ。 ――ちょっと待って、蝋燭がない? 静波は再び門前の生物達に視線を落とし、悲鳴を上げた。 「どうして、あなた達が蝋燭持っているんですか!」 何と、やぎーと鳴く生物達が持っていた托鉢鉢の中には、長いのから短いのまで、ありとあらゆる蝋燭が入っていたのだ! 「どうしてって‥‥くださいっていったやぎよ?」 「このローソクはいただくやぎ!」 大変だ、人畜無害な可愛い口調した蝋燭強奪アヤカシか? 慌てて静波は無抵抗の二匹を取り押さえ――尼僧達の前で彼らの言い分を聞く事にした。 曰く。 彼ら(便宜上、彼らとしているが性別は不明である)はヤギの形をした精霊の一種で、はろうぃんなる行事をしている最中なのだと言う。 聞きなれない言葉に、外界を知らぬ特に年嵩の尼僧達から困惑の声が挙がった。 「はろうぃん?」 「えーと、私も詳しくは知らないのですが‥‥子供さんが近所の家々を回って、お菓子を托鉢する他儀の行事だそうです。その際に仮装をしてカボチャをお祭りするそうです???」 静波の曖昧な説明を鵜呑みにした尼僧達は、感心するやら呆れるやら。 「お菓子を托鉢とな?」 「南瓜を祭るとか‥‥」 「まあ、何とも奇妙な風習が他儀にはあるものじゃ」 檀家、しかも子供が托鉢するなど聞いた事もない。おまけに仮装をして南瓜を祭り上げるとは、どういう信仰なのであろう。 姦しくなり始めた場を制して、水稲院が纏めた。 「それで‥‥この子達は、当院へ托鉢に来たのですね」 おろおろしょぼんとしているちっこい子達の頭を撫でて、座主は穏やかに微笑い掛けた。 「困りましたね‥‥托鉢は応供の行、喜捨する側にとっても功徳を積む行。この子達から取り上げてしまうのは無慈悲というもの」 しかしながら、蝋燭を全部持って行かれてしまっては寺のお勤めが立ち行かぬ。 小さな耳をぴるぴるさせて珍客達は不安そう。 「よこどりするやぎ?」 「とりあげちゃうやぎ‥‥?」 いいえ、と水稲院は微笑んで言った。 「その蝋燭、何となら交換に応じてくれますか?」 「「おかしやぎ!」」 二匹の良い返事に、ほほほと笑った水稲院は静波に『はろうぃん』なる托鉢を命じたのだった。 かくして静波は開拓者仲間を募って托鉢に出かける。 二匹の不思議生物がやっていたような仮装をして、菓子を得る為に街へ出て―― ※このシナリオはIF世界を舞台としたマジカルハロウィンナイトシナリオです。 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。 |
■参加者一覧 / 崔(ia0015) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 秋霜夜(ia0979) / 礼野 真夢紀(ia1144) / からす(ia6525) / 亘 夕凪(ia8154) / 和奏(ia8807) / 尾花 紫乃(ia9951) / ユリア・ソル(ia9996) / エルディン・バウアー(ib0066) / ニクス・ソル(ib0444) / 尾花 朔(ib1268) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / フタバ(ib9419) / ルース・エリコット(ic0005) / シンディア・エリコット(ic1045) / 花漣(ic1216) |
■リプレイ本文 ●安積寺でお勤めを 延石寺に静波の求めに応じた開拓者達が集まり始めていた。その中心、開拓者達に囲まれる形で、今回の発端となった白と黒の不思議生物達がちょこなんと座り込んでいる。 蝋燭が入った托鉢鉢を小さな前脚で庇うように隠し、交換でなきゃ渡さないとばかりに「やぎー」と鳴いていた。 「‥‥おかしとこうかんやぎよ?」 何だかちょっと弱気になっている。 そりゃそうだ、歴戦の戦士達が取り囲んでいるのだから。 ラグナ・グラウシード(ib8459)が鬼気迫る表情で――尤も、修羅なので鬼っぽい事には違いないのだが――わなわなと彼を見上げる二匹を見下ろしている。 「‥‥や、やぎ‥‥」 弱々しく抵抗を続ける白い子が、身を震わせて鳴いた瞬間――ラグナの理性が、飛んだ。 「ぬおおお、かぁいいっ‥‥!!」 魂の叫びを両腕いっぱいの力に換えて、ちんまり見上げた真っ白セーターの白い子を力いっぱい抱き締めた! 男がかぁいいもの好きで何が悪い! そのまま顔を埋めてすりすりもふもふ、ファンシー世界へトリップしかけた男はしかし宿敵の声に遮られた。 「よーし、お菓子を集めたらいいんでしょ? 簡単だよっ!」 ちんまい子達の目線に合わせてしゃがみ込んだエルレーン(ib7455)、ラグナを他所に黒い子と会話が成立していた。 「かんたんやぎ? おかし、いーっぱいやぎよ?」 「もっちろんっ」 しかも何だか友好的な雰囲気だ。熱い抱擁に目を回した白い子を開放し、ラグナも真似して白い子のご機嫌を取り持とうと懸命にもふる。 「ようし、やぎさんたち、お兄さんがたくさんお菓子を集めてくるからな!」 「ラグナみたいなおばかさんにできるわけないよぅ」 お腹をもふられて、白い子は逃れようとじたばた。歓心を買おうとして擦れ違っているラグナにエルレーンはドヤ顔して揶揄すると、黒い子に手を振って延石寺を発った。 しかしラグナはめげない。だってかぁいいもの好きの意地だもの! 遅れじと彼もまた白い子を残し安積寺へと駆けてゆく。 「静波ちゃん、お久し振りです」 賑やかな兄妹弟子達の遣り取りを呆気に取られて眺めていた静波、柚乃(ia0638)が近付いていたのに気付かなかったらしい。びっくりして顔を向けると白い狐耳を付けた魔女は、ちょこんとお辞儀をした。その拍子に白い尻尾がふさりと揺れる。 「赤いワンピースに赤い頭巾‥‥静波ちゃん、ジルベリア風の衣装もよく似合ってますよ」 「柚乃さん、来てくださってありがとうございます! そう仰る柚乃さんは獣人の魔女さんですね!」 静波の言葉に「え?」と帽子へ手を遣る柚乃。確かに三角毛耳が付いている。続いてお尻に手を遣ると、そこにも尻尾が。 「伊〜邪〜那〜?」 相棒の宝狐禅がこっそり仕込んだお茶目な悪戯に、顔見合わせた少女達は笑い出す。 秋めいてきたとは言え、まだ謎の襟巻きの季節にはまだ早い。狐獣人と化した一人と一体と共に、何処かに伝わる童話の少女を模した静波は安積寺へと降りていった。 ところで、東房の民にとってハロウィンは馴染みの薄い行事だ。殊に年配の御仁にとって他儀の行事が如何のと説明されても、頭での理解が付いてゆけない場合だってある。 そんな安積寺で、その日は少し変わった托鉢僧達が街で行していた。 コックコートにサロンエプロン、シェフハットを被り首元には緑のスカーフ。小脇にボウルを抱えた姿は何処から如何みてもジルベリア辺りの菓子職人――パティシエだ。 (‥‥お菓子を作る人がお菓子の托鉢に‥‥) 矛盾した妙味を楽しみつつ、和奏(ia8807)は家々を回っていた。ちなみに彼は何でもそこそこ器用にこなすが、パティシエクラスのの菓子作りをする趣味はない。 (自分でお菓子が作れたら貰って回らなくても良いのに‥‥) それではハロウィンの意図から外れてしまうけれど、あの二体の不思議生物から蝋燭を取り返すだけなら自作の菓子でも構うまい。 ハロウィンに馴染みが薄い年配者達に、彼の扮装は他儀の服装と認識されたようだ。延石寺からの行だと告げれば、突っ込まれる事もなく結構すんなり寄進して貰える。 ちょっと物足りないなと思っていると、赤頭巾姿の静波に出逢った。 「和奏さんのそれ、菓子職人さんの格好ですよね?」 お菓子くださいとばかりに冗談めかしてバスケットを開いてみせる静波に、彼は大真面目に言ったものだった。 「見習いなので美味しいお菓子を集めるのも修行のひとつなのです‥‥」 折角なので、お互い複数持っていた菓子を交換こして、別れる。 静波が広場に出てみると、狐獣人魔女が興行していた。柚乃だ。 「皆さんも、楽しんでくださいねー」 タンバリンを打ち鳴らし、歌い踊って帽子を取れば、ぴょこんと頭に白い耳。ご挨拶のつもりで脱いだ帽子には気付けばおひねりも入っていたりして。 「とりっくおあとりーと☆ お菓子くれなきゃ魔法かけちゃいますよー」 おひねりも嬉しいけれど、集めているのはお菓子だから。可愛くねだるとみるみる帽子はお菓子で山盛りになった。 狐耳魔女さん、お礼に観客から一人の手を取って「占ってみましょうか?」と一夜の魔法を使い始める。 「‥‥やぎのちやぎ。ところにより‥‥?」 「‥‥やぎ?」 うん、やぎ。だって、これは山羊珠の夢だもの。 「とりっくおあとりーと☆ どうぞよい夢をー」 盛況な広場を抜けて、一軒ごとにご寄進いただこうと静波が路地に入ってみると、ヤギマントにやぎぱんつの、ヤギの貴公子がいた。 「頼むッ、とにかく一大事なんだ! 貴殿の家にある菓子を少し分けてはくれまいか!?」 ヤギ王子ラグナ、土下座していた。ふわもこかぁいい子達のために、彼は恥も外聞もなく必死になっている。 それは托鉢行として如何なものかと突っ込んではいけない、何せラグナの誠心誠意の姿なのだから。その勢いでこんな事を口走ろうとも―― 「必要なら金も払う!菓子をとにかく大量に必要としているのだ!!」 それは既に托鉢とは言わないと静波が突っ込むより早く、ヤギ王子はしなやかな脚に蹴られて横転していた。脚の主はもとい、艶やかな赤いビキニを纏ったスレンダー剣士、エルレーン。 ごめんなさいねこの馬鹿兄弟子がと彼女はラグナを踏んづけて民家の主に微笑むと、ラグナの鉢を蹴り飛ばし自分の鉢を差し出した。 「おなかをすかせたかぁいそうな子どもがいるのっ‥‥やさぐれて悪さするって言ってるんだよぅ! お願いだから、お菓子を分けてほしいんだよっ」 相手にお願いし倒す姿勢は、兄妹弟子どことなく似ている。 尤も、力関係はエルレーンの方が上だから、結局ラグナはエルレーンに勝てやしないのだけれど。 これも仲良しの裏返しなのかなと、静波はそっと路地を出た―― ●神楽の都の彼方此方で 一方、静波から話を聞いた後、神楽の都へ出向き托鉢を行う開拓者も多い。 例えば――ローブを羽織った南瓜頭の、カンテラ提げて台車を押している、この人。 「お菓子頂戴。蝋燭返すから」 可愛らしい声音、身丈から察するに小柄で幼い少女のようだ。すっぽり覆う南瓜頭で顔が見えない上に思い当たる人物が浮かばなくて、静波は戸惑いつつ尋ねた。 「ええと‥‥どちらさま?」 「私だ」 この口調、聞き覚えは、ある。それに名を問われて「私だ」と答えるような開拓者と言えば―― 「からす(ia6525)さん」 「正解☆」 いつもと違う口調で、彼女は南瓜頭を取って顔を見せた。 からすの意外な一面に静波は少々戸惑っている。本来は私が渡す側なのだがねと、からすは戦利品を寄せて南瓜頭を置くと、静波にジルベリアの風習であるハロウィンの知識を授けた。 「お盆と収穫祭を兼ね、この時期有害な精霊や魔女が蔓延る為に仮面を被り魔除けの火を炊く。仮装はそれに扮したものだ」 模して仮装し菓子を貰ってパーティーを開く。菓子をくれないものには悪戯しても良いのだと説明し、からすは延石寺に現れた白と黒の不思議生物も精霊の類だろうと言い添えた。 「ちなみに希儀に山羊珠という精霊がいる。彼等もその類だろう」 「精霊にも色々あるのですね‥‥」 台車の上の、顔が彫られた大きな南瓜を見る。これも精霊を模したものと聞く。世界には変わった祭りがあるものだ。 からすは南瓜頭を被り直した。 「さて、そろそろ行こうか。トリック&トリート」 開拓者ギルドは相変わらず賑やかだ。さすが他儀出身者も多い場所だけに個性的な服装が――否、今日は一段と珍妙な格好が多いような気がする。 「ギルドは基本ですよね〜」 そう言って出迎えた礼野 真夢紀(ia1144)は黒猫の扮装。隣で何故か梨佳(iz0052)がまるごともふらを着ていたりするのは、ギルド上げてのお祭り仕様なのだろうか。 「梨佳さんや桂夏さんは、よくお茶請けの甘味を持ってますから」 それでまずギルドへ来てみたのだと語る真夢紀。ごっそり提供したらしい梨佳が、もこもこ姿で言った。 「困ってる人? じゃないか、ヤギさん達のためですもんね〜」 真夢紀はこのあと兎月庵、それから北面の花椿隊詰所にも向かうのだとか。忙しない黒猫さんを見送って、静波はハロウィンの飾りつけがされたギルド内で一休み。 「「とりっく・おあ・おりーともふ〜!」」 そこへ到着した、もふらさまが二体――まるで親子のような一対は、フタバ(ib9419)と相棒のもふら、ゆきだ。 「いらっしゃいですよ〜 あや、すごいもふらさまなのです!」 さすが、まるもふ娘。梨佳には違いが判るようだ。フタバのまるもふが、まるすごもふなので興味津々。 「ええよ〜 今のうちはすごいもふらさまやからな、もふってええからお菓子もふ〜!」 もふりと交換で、お菓子を貰ってつまみ食い。最終的には不思議生物達にあげてしまうけれど、少しくらいは美味しい思いしたいやない? 「これは、はろうぃんやからなー フタバとかいう開拓者は関係ないんやでー な、ゆきちゃん?」 「はろうぃんおいしいもふ〜♪」 仲良く味見をしながら、すごいもふらの親子は笑い合った。 賑やかねぇと美男美女の一対が訪れる。 「ふふ、説明不要でノリが良い人達が集団でいるから、やっぱり開拓者ギルドよね♪」 そう言って笑うユリア・ヴァル(ia9996)の衣装は水色ワンピースに白エプロン、ヘッドドレスのいでたち。可愛いでしょうと悪戯っぽく微笑めば、彼女の吸血鬼がそっと首筋にキスをする。 「小さくなれるならニクスの肩に乗ったのに、残念だわ」 耳元でくすりと笑う妻が愛らしくて美しくて。 ニクス(ib0444)はそっと漆黒のマントで覆った。そうでもしなければ、そのまま不思議の国へと旅立ってしまいそうだから。ほら、今も彼女は彼からするりと抜け出して、他の開拓者とじゃれあっている―― 「なぁに? 挨拶代わりなんだから、焼餅焼かないの」 「いや、別にヤキモチでは」 タチの悪い輩に鉄拳制裁してきたヤンチャな妻は、黒尽くめで表情が判りづらい夫の腕を取って言った。 ニクスは強がってみせたものの――突然頬に触れた唇。それが妻のキスと気付いて、明らかに彼は狼狽した。 「‥‥ないわけが、ないな‥‥」 結局の所、ニクスはユリアに敵わないのだ。強がってみせても最後には白状してしまうくらいに。 街へ繰り出す少女と吸血鬼のカップルの後姿は、この上なく幸せそうで、誰もが認めるお似合いの一対だった。 街では、あちらこちらでハロウィンの仮装が、そして開拓者の托鉢が行われていた。 「まさか、これを使う日が来るとはな」 独りごちながら、まるごとすごいもふらさまが歩いている。羅喉丸(ia0347)だ。 正直、これのどこが『すごい』のか判らない。まるごともふらと同じではないのかと彼は思うのだが――真面目に考えてしまう辺りが、羅喉丸の誠実な性格を物語っている。 「どこが違うかわからんが、心の眼で見ればきっとすごいんだろうな。まだまだ、修業が足りないな」 後ろを付いて歩く子供達に愛想を振り撒きつつ、彼は大通り目指して歩いていた。人通りの多い所なら菓子を扱う店や屋台も多かろう、中にはハロウィン商戦を当て込んでいる店もあるに違いない。 派手な南瓜提灯をぶら下げた屋台が混ざる通りの角で彼は漸く立ち止まり、言った。 「とりっく おあ とりーと もふ」 二足歩行のもふらさまが立ち止まったので子供達は期待満々、目を輝かせて羅喉丸を見つめている――よし、大人達や連なる屋台の反応も上々だ。 「ちゅうがえり するもふ うまくできたら おかしほしい もふ」 暫くして、老若男女の歓声が湧いた。 別の商店街では花漣(ic1216)がゲリラライブ中。涼やかな音色のベルをちりんと鳴らして笑顔を振り撒く。 「HEY! ちょっとそこ行く紳士淑女にお坊ちゃんお嬢ちゃん、今からミーの歌謡ショーをやるのデス」 最近、見かけるようになった開拓者の相棒でないからくりの存在は非常に目立った。からくりが魔女の仮装で歩いているものだから、何の出し物だと瞬く間に人垣ができてゆく。 屈託なく、花漣はベルを鳴らして続けた。 「はろうぃんなのでお代はお菓子でOKなのデス。お菓子くれないとイタズラするデスよ♪」 ハロウィンを知っている者も知らない者も、この出し物の御代が菓子だという事は理解できた。小遣いを持たぬ子供らも、それぞれ手持ちの菓子を持ち寄って集まって来る。そんな子らが花漣をよく見られるようにと、大人達が子らを前の方へと送り出してゆく。 「マズは神楽の流行歌から始めるデス」 多くの期待の目に見つめられ、花漣は三味線を手に取った。主の長女ほどではないにしろ、吟遊詩人で活動する花漣にも楽器の心得はある。微笑ましい出し物は人々の心を温かくしたのだった。 (ミーもはろうぃんって何だかよく解らないデスが‥‥) ハロウィンって、楽しい。 東房で別れた黒と白のヤギ達を思い出し、延石寺に戻ったら彼らをもふってみたいと思いつつ、花漣は声を張り上げた。 「YEY! ポップにバラード、ブルースも何でもござれデスよ!」 同じ頃――万商店の近くで、タヌキとラクダが、ひそひそひそ。 「神楽の都で、世事に敏感でお菓子を常備しつつ開拓者の無理を聞いてくれるとこ‥‥?」 「開拓者相手の商売でハロウィングッズも置いてある場所でしたら、かの呪文も通じるはず」 タヌキとラクダの凸凹コンビは顔を見合わせて言った。 「「万商店!!」」 そう、開拓者ギルドと同じくらいに彼らと縁の深い場所が万商店だ。特に今の時期はハロウィン雑貨や菓子の扱いも多いから、かの風習を知らないはずがない。 そんな訳で、隠神刑部の外套を着込んでタヌキと化した秋霜夜(ia0979)と、まるごとらくだのエルディン・バウアー(ib0066)は、万商店へと突撃! 「「イタズラかお菓子かー?」」 ――支給品担当者にドン引かれた。ついでに店内にいる全員の視線が痛い、ような。 「ははは。お菓子くれないとイタズラしちゃいますよ」 フランクに迫ってみるエルディン。ヒゲを描いたタヌキ面でドヤ顔して霜夜は胸を張った。 「怪しい者ではありません。むしろお馴染みさんです」 「‥‥え、いや、そんな犯罪者を密ような目で見ないでくださいてか通報しないでぇぇー!!!!!」 ラクダの絶叫が店内に木霊した。 暫し後。着ぐるみのまま正座した二人は職員を前に大真面目に説得していた。 「カボチャとヤギの聖霊に捧げるお菓子を集めているのです」 「ご寄付頂く甘味が、延石寺の善男善女の灯火を守る役に立つのですよー」 切々と訴えるラクダとタヌキ。 まあ開拓者だと身元が判明した訳だし、これも依頼の一環なのだろうと人々は納得し、支給品の融通はできませんがと職員が個人所有の甘味を寄付してくれた。 「おお、あなたに神の御加護がありますように。ラクダとタヌキとヤギとカボチャの聖霊に愛されますように」 ラクダとタヌキに感謝され、まんざらでもない職員だった。 ところで、開拓者は様々な着ぐるみを持っている。万商店を襲撃したラクダとタヌキの凸凹コンビ然り、開拓者ギルドや街を闊歩するまるもふ然り――そして此処にも。 亘 夕凪(ia8154)の許を訪れた崔(ia0015)が、助力を請うべく夕凪に延石寺での一件を説明していた。 「‥‥てな訳だ」 「ふぅん、それで?」 相槌を打った夕凪を他所に、崔は徐に立ち上がり衣装箪笥へと近付いた。何の抵抗もなく箪笥の引き手に手を掛ける。 「ま、仮装といやあお前の収集品でいいんじゃn‥‥」 「人の嗜好をどうこうお言いでない!」 めきょ。 言葉の途中で崔は奇妙な音と共に沈んだ。崔が箪笥を開ける前に叩き伏せて、夕凪は仕方ないねと溜息を吐く。 「仮装か‥‥少しでも可愛げのある姿にしてやろう」 「‥‥ったく、手の早え女だぜ」 へこんだかもしれない頭を抑えつつ、崔は顔だけ上げて夕凪が箪笥から取り出す着ぐるみの数々を見た。 にゃんこ、わんこ、やぎさん、もーもー、もふらは勿論、しゅんりゅうにねずみさんまである。 だが夕凪が選んだのはそのどれでもなかった。 「しかし、なんでふくろうの着ぐるみ‥‥?」 「可愛いかろ?」 確かに、ふわふわ丸っこくて愛らしい。これは街の子供達の人気者になれそうだ――そいつは避けたいのだが。 とりあえず、ありがとよと着込んで夕凪家を出ようとした崔の翼を、夕凪ががっしと掴んだ。 「‥‥で、だ」 「あー なるべく痛めないよう気を付けr‥‥」 ぞくりと崔が固まった。夕凪の目が据わっている。指先に力を入れて――やばい、そんなに大事な着ぐるみなのか? 「菓子を持って延石寺に行けば‥‥今ならなんとぴるぴるぷるぷるした小動物っぽいものが構い倒せると‥‥?」 違った。可愛いもの好きが目の色変えてただけだった。 ああ、と頷くとあっさり開放された。いそいそと茶箪笥から大判鍋蓋煎餅を取り出して荷など纏めている。 「戸締り頼むよ」 崔になんぞ構っている場合ではなかった。あっという間に遠くへ消えてゆく夕凪の活き活きとした後姿を見送って、崔も馴染みの飯屋に向かう事にした。 甘い菓子のある所では子供に遭遇してしまう。この姿でそれは非常に危険だ。それに煎餅で餌付けできるのなら、あたりめや魚の一夜干しでも喜ぶかもしれない。 (大人のお菓子、だよな。一応‥‥) そういうことにしておこう。崔は一気に駆け出した。 フクロウが人知れず駆け抜ける街を、銀狼さんと三毛猫さんの姉妹が歩いている。 「家を尋ねる時に、掛け声が欲しいわよね。何がいいかしら?」 朗らかに話しかける姉、銀毛狼シンディア・エリコット(ic1045)にくっ付いて、三毛猫ルース・エリコット(ic0005)はびくびくおどおど。 「んと、その‥‥」 これから知らないお宅に行かなきゃならなくて。お菓子くださいって言わなきゃならなくて。どうしよう、ちゃんと言えるかな――ルースの頭の中は緊張でぐるぐるしていて掛け声どころじゃない。 ――と、前を行くシンディアの足が止まった。 「ルースちゃん、首輪に付いている鎖を持ってくれる?」 頭に布を被いだ銀狼仮装のシンディアの喉元には首輪、そこから鎖が伸びている。ルースは姉の突然の提案に思考が一瞬停止した。 「鎖‥‥持つです、か? シン姉の?」 確認するように尋ね返す。それと同時に、姉の性格も思い出していた。 シンディアは懐っこくルースに顔を近づけてくる。何だか照れくさかったけれど、ルースは姉の鎖を持って付いてゆく事にした。 「やぎ‥‥つける、です」 ぽつり、ルースが言った。ただそれだけでシンディアにはわかる。二人は言葉の語尾に『やぎ』を付けて托鉢を行う事にした。延石寺で出逢った、あの不思議生物達の真似だ。 一般家庭が建ち並ぶ辺りで、温かな灯りがともる家を片っ端から訪問してゆく。 首輪を着けた銀狼が言った。 「甘い物がいいやぎ。特にジャムがいいやぎよ」 「あの、えっ‥‥と。あ、あまー‥‥くれ‥‥‥‥なん、でもな‥‥いで、す。ごめ‥‥んな、さい‥‥もうし、ません」 その後ろで今にも消えそうな声を出す三毛猫さん。申し訳なさそうに菓子を要求するものの、何故かいつも最後には謝ってしまうのだ。 そんなはにかみやのおちびさんに、神楽の人達は優しかった。 「ありが‥‥とう、です♪」 両手一杯に貰った甘いのを抱えて満面の笑みを浮かべたルースは、嬉しそうで幸せそうで。首元に輝く金色のヤギさんが嬉しげに揺れた。 着慣れぬ膝丈ワンピースに落ち着かない猫又姿の恋人を、尾花朔(ib1268)はただただ愛おしく見つめた。 「お、おかしくありませんか‥‥?」 泉宮 紫乃(ia9951)は恥ずかしげな様子で朔に尋ねた。普段は踝まである天儀の長着姿だから何だか足元が落ち着かないのだ。風が通る足元に猫尻尾が揺れて膝裏に触れる度にどきりとする。 「とんでもない。紫乃さんはとても可愛いですよ」 心の底からそう言って、朔は艶っぽく微笑んだ。朔の仮装は紫乃の要望により花魁である。 「似合ってますか?」 その微笑み、声色――いつもと違う艶っぽさに、紫乃は更に顔を赤らめた。 二人はジルベリア系の菓子を扱う店を中心に回っている。中性的な美少年の花魁姿と天儀の正統派美少女の猫又姿は、行く先々で好評を得た。それはもう、時にはナンパされてしまうほどに。 「残念ながら売約済ですよ」 猫又を抱き締めて嫣然と微笑む花魁は妖しい魅力に満ちている。花魁が女装、しかも猫又少女の恋人と知って男達が去った後、紫乃は何とか平静を取り戻そうと努力した。 「紫乃さん知ってます? 耳まで赤くなってますよ」 知っているから何とかしたいのだけど――無駄な努力をしようと頑張る紫乃が愛しくて可愛くて、朔は抱き締めたまま頬に口付けた。 「来年は‥‥お菓子を貰いに来てくれるといいですね」 ハロウィンなのに蝋燭を貰いに来た不思議な子達。 朔の腕の温もりに幸せを感じつつ、紫乃はこの幸せの発端となった山羊珠に想いを馳せる。 延石寺に戻ったら手作りのクッキーを添えて渡してあげよう。またいらっしゃいねと微笑みながら―― |