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■オープニング本文 ※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ※このシナリオは、シナリオリクエストにより承っております。 ●晴れの門出に 鏡に映った自分の姿は、他人のような顔をしていた。 一点の曇りもない白は清らの色。 特別な日に纏う真白の装束に身を包み、髪を整えられ、紅を差された自分の姿。 他人任せの身支度は、さながら着せ替え人形の気分であった。 「お綺麗ですよ」 褒められて、鏡越しにぎこちない笑顔を返す。 いつになく緊張しているのは、着慣れぬ衣装のせいではあるまい。 緊張と幸福と、それからほんの少しの不安も滲ませて。 鏡の中の自分に問いかけた。 ――あの人は、どんな顔して迎えてくれるだろうか。 別室で支度をしている伴侶に思いを馳せる。 今日この日を迎えるまでは、長くもあり短くもあった。嬉しい事も悲しい事も、楽しい事も辛い事もあった。 だけど今は、ただ幸せだけに染まりたい。 人生の大きな節目の日。 愛する人を伴侶とし、新しい家庭を築く誓いを立てる――晴れの日に。 あなたは、何を感じ、何を願うのだろう。 |
■参加者一覧 / カメリア(ib5405) / ヘイズ(ib6536) / 戸隠 菫(ib9794) / リト・フェイユ(ic1121) |
■リプレイ本文 扉の向こうに聞こえるは、瑞兆の声。 誓いを交わす聖なる場所に、二人の門出と幸せを祈る楽士の音色が木霊する。 高く、低く――舞い立つ吉兆の黄龍の如く。 清き音色を響かせる、ヘイズ(ib6536)の笛の音が、やがて天へと昇りゆく―― ●陽光の下で 春の女神のようだった。 肩を出した白いドレスは、柔らかで透け感のある生地でできていて、胸元の切り替えから自然な流れを作ってあった。豊かな茶の髪はひとつに纏められていて、サイドの編み込みの所々にシロツメクサが挿してある。 (私は何故こんな恰好を‥‥?) 野の花を編んで作ったティアラに野の花のブーケを持って、カメリア(ib5405)は何時の間にこんな恰好をしていたのか扉の前で考える――が、その疑問も、扉が開いた瞬間に、消えた。 「お待たせしましたですよぅ、クォーツさん♪」 零れんばかりの満面の笑みを浮かべて新郎に飛びつく花嫁に、クォーツは慌てて受け止めて微笑した。 「せっかく髪に挿した花が落ちるよ」 くすくす笑いながら、新郎は花嫁のティアラの位置を直してやった。 長身のカメリアよりほんの少し背が高い新郎は、シノビのクォーツだ。聡明そうな黒目がちの目元が又鬼犬だった頃の面影をとどめている。 そう、今日は一番近くにいる二人が、もっと家族になる為に誓いを立てる日。 「クォーツさんに抱き上げられるなんて‥‥」 逆はあったかもしれないけれどと笑みをこぼすカメリアを、クォーツは横抱きに抱え上げた。そのまま神殿を歩き始める。 緑の多い神秘的な神殿であった。どこからか澄んだ笛の音が聞こえてくる。 二人は大理石の柱を何本か通り過ぎ、庭へ出た。緑の芝生が美しい。 「僕の女神は陽光がよく似合う」 そっと耳元で囁いて、美しい噴水が虹を描く神殿でカメリアを下ろした。 君にはいつか、唯一の『人』の現れる日が来るだろうか。 それでも――いつかその日が訪れようと、僕は生涯、君を守る。 だから、今だけは―― 光射す庭園でクォーツはカメリアの前に跪き、しなやかな細身の半身を起こした。 「僕は‥‥君を苦しめるばかりの神ではなくて、君自身に誓う」 真摯な黒い瞳が花嫁を見上げていた。 「クォーツさん‥‥」 「今だけは、ただ一人の相手として、想いを受け取って欲しい」 カメリアの手を取り、クォーツは口付けた。 そっと唇を花嫁の手の甲から離し、花婿は祈る。 クォーツの願望が結んだ夢なのかもしれなかった。彼のささやかな我侭なのかもしれなかった――だけど、この想いは。 「一生涯、君の傍で共に歩もう。愛しいカメリア」 たったひとりの、僕の女神―― 空に舞う霧が優しい光を降らせている。空に掛かる小さな虹が祝福しているかのようだった。 ●王子と姫の結末は 御伽噺のお姫様が着ているドレスみたい――裾へと広がる長いラインを見下ろして、リト・フェイユ(ic1121)はそんな事を考えた。 物語に出てくるお姫様たちの多くは豪奢なドレスに身を包み、王子様と恋に落ちるものだ。 出逢い、惹かれ合い、逢瀬を重ねる――そんな場面を彩る素敵なドレス。 ふんだんに生地を使ったシルエットは普段とても着られるデザインではなくて、真白なスカートが開いたばかりの純白の花を思わせて、何だか夢のよう。 着る機会はないと、ずっと思っていた。 リトの気持ちが伝わらなければ、彼の気持ちが変わらなければ、こんな日はきっと来ないはずだから。 白いドレス――どんな女の子も誰かのお姫様になれる、特別な装い。 (私の王子様は、あなただもの) 「緊張、していらっしゃいますか?」 安心させるように優しく微笑む付き添いの女性にいいえと微笑んで、リトは促されるまま軽く頭を下げた。 (私‥‥本当に、花嫁さんなのね) 柔らかなレースのヴェールを被せてもらって、見える世界が変わった事で、リトは漸く状況を受け入れた。 たおやかに立ち上がった少女の佇まいは、凛として美しい。ヴェール越しに付き添いの女性へありがとうと微笑んで、リトは華奢な手にブーケを持った。 彼が、ローレルが待っている。行こう――そしてこの想いを伝えよう。 故郷の森を思い出す、静かな神殿であった。 どこからか聞こえる笛の音に導かれてチャペルに辿り着くと、入り口の扉を開いて付き添いの女性が辞儀をした。ここから先はリト一人で行けという事らしい。 ヴァージンロードの先に、栗色の髪をした青年の後姿が見えた。 「ローレル」 白い礼服の背に呼びかけて近づき、優しげな淡い微笑を浮かべて差し伸べるローレルの手を取ったリトは、違和感に驚いて長身の彼を見上げた。 白手袋に包まれた彼の手が、柔らかくて温かい。 「リト?」 ふわり微笑った彼の表情には、作られたもの特有の硬質さもなければ、頬に接続部のスリットも入っていなかった。 ローレルが、からくりの彼が人間になっている――リトは温かな手を解いて後ずさった。 「どうしたの?」 怪訝そうなローレルの表情は、人間そのものだ。 ずっと願っていた。 造られた貴方に、人らしい心があれば幸せなのに、と。 なのに、人の感情を持った貴方と接するのが、こんなに怖い事だっただなんて―― 「そんなに不安がるとは思わなかった」 ローレルは困った様子を浮かべた。 眼鏡越しの苦笑は何処かリトの兄を思わせて、それが却ってリトを冷静にさせた。 (こんな時のローレルは、本当はこういう表情をするのね) 彼はいつも兄のように世話を焼いてくれるリトの王子様。質感が変わろうと、心はリトの知るローレルのままなのだ。 だからリトは勇気を出して、前へと一歩踏み出した。 「今のあなたは、からくりじゃないのね」 こくりと頷くローレル。 彼が壊れない限り長い時を存在し得るモノではない今――怖かったけれど、伝えておきたかった。 「私の永遠の王子様‥‥いえ、ローレル。あなたが、好きです。ずっと傍に、一緒に時を歩んで下さい」 人相手の、初めての告白。 答えは――優しい抱擁で返された。 青年の腕の中、リトは小さく震えていた。 ローレルの胸は温かかったけれど、それでもやっぱり怖くて。 「本当に、私で良いの?」 「うん」 「刷り込まれた主じゃない、あなたの意思で、私で良いの?」 「どうすれば良い?」 抱きしめたローレルの腕が一瞬磁器のそれに戻ったような気がして、リトの身体が強張った。 そんなリトの身体を優しく腕から解いてローレルは彼らを妨げていた白いヴェールを上げる。泣きそうな顔をしたリトが、そこにいた。 穏やかな笑みを浮かべてローレルはリトの頬を撫でた。熱を帯びた白く滑らかな頬、不安をたたえた新緑色の瞳に微笑みかける。 「改めて誓う‥‥これは、俺の意思だ」 想いが成就する瞬間、女の子は誰だってお姫様になれるのだ。 ●大切なひと 白い掛下白い帯、足袋も草履も懐剣筥迫すべて白。打掛が純白なのはもちろん! だって白無垢だもの。 金の髪を髷に結い、白い綿帽子を被って。 今日は大切な日。女の子にとって一世一代の婚礼の儀式――のはず、なのだけども。 「恵さん!?」 巫女に案内されるまま、祭壇前に到着した戸隠 菫(ib9794)を待っていたのは、新郎ならぬ白無垢の晶秀 恵(iz0117)。 落ち着きが足りませぬぞと言わんばかりに、斎主がじろりと菫を見遣る。慌てて声を飲み込んで、互いに花嫁衣裳を身に纏った少女達はしばし無言で見詰め合った。 「‥‥‥‥」 「‥‥‥‥」 菫の到着で場が整ったらしく花嫁達の思惑を他所に一同が起立した。 空気を読んで立ち上がる花嫁達。菫は斎主がお払いをしている最中、拝の姿勢のまま視線を巡らせて様子を伺ってみる。 神前式の挙式会場そのものだった。新婦は菫、新郎の位置に恵がいる。安積寺にいるはずの両親が新婦側の壁際で頭を下げているから、反対側の壁際には恵の縁者が参列しているのだろう。 (そっか、私お姉さんと結婚するんだ) 何故か、すとんと腑に落ちた。 同性の恵と恋愛感情あったっけとか、何時の間に両親が神楽に来ていたんだとか、そもそも天儀天輪宗はどうしたとか――そんなの全く気にならなくなって。 (今日からは、お姉さんと二人三脚で歩んでいくんだよ、うん) 斎主の祝詞に厳かに耳を傾けつつ、菫は恵をちら見した。 大事な親友で大切なお姉さんの恵。疑問なんて些細な事、恵がいれば充分ではないか。 緊張の三々九度、宗派拘りなく誓詞を読み上げ玉串奉奠、親族同士固めの杯―― 挙式を終えて控え室に戻った新婦達は、漸く人心地ついて話ができるようになった。 「ああ、緊張した‥‥恵さん、もみじの打掛すっごく似合ってる!」 竜田川の唐織が美しい打掛だ。裾のふきには赤が入っていて恵の顔色を桜色に照らしている。 ほんのり紅潮した恵といるのが嬉しくて、幸せで、恵の手を取った菫に、恵は―― * え? 恵さん、何て―― 懸命に耳を傾けたけれど聞き取れなくて。 目が覚めた菫は安積寺にいた。 親友でお姉さん、そしてとても大切なひと――だけど何故、恵さんと結婚する夢を見たのだろう。 「まあ、いいか♪」 屈託なく呟いて、菫は起き上がる。 だって、夢でも現実でも、親友でお姉さんで大切なひとだという事に変わりはないのだから。 ●俺の名は 楽士は思った。 これが己の夢ならば、願わくばあの人に―― 穂邑(iz0002)は狼狽えた。 巫女を呼び止めたのは龍笛を奏でていた楽士――ヘイズであった。 「穂邑‥‥好きだ。誰よりも‥‥世界で一番君が好きだ。君が欲しい!」 「あ、‥‥」 動揺のあまり、穂邑は舌が喉に張り付いて声が出せなかった。みるみる頬が紅潮してゆくのが自分でも判る。 頬を染める穂邑に、聞いて欲しいのだとヘイズは話し始めた。 「俺には師より貰い受けた名がある。もう捨ててしまった名だ」 「‥‥‥‥」 劫順、と彼は告げた。 「‥‥‥‥」 身内以外は誰も知らない本当の名――それを彼女に明かす事の意味を、穂邑は理解していた。 俯いたまま微動だにしない穂邑に「だけど」とヘイズは続ける。 「俺はヘイズだ。今の俺は、君と会い、呼んで貰ったこの名の俺が全てだ」 劫順の名と共に過去は捨てた。故郷も兄も捨てた。全てを捨て、立ち向かおうとせず、飄々と他人をはぐらかすように生きてきた。 自分は弱い存在だ。何もかも捨て名を変えて。 けれど、そんな自分がひとつだけ諦められなかった、この想い――穂邑への思慕。 彼女を護る為なら、誰よりも強くなれる。否、なってやる。 真っ赤になって頷いた穂邑の細い手を、ヘイズは壊れ物を扱うようにそっと握った。 「‥‥誰よりも、必ず幸せにしてみせる」 弱虫で、だけど誰よりも頑張り屋のきみ。誰よりも素敵な女の子。 華奢で、頼りなげで、だけど芯の強いきみの手。俺が一番大好きな、きみ。 俺の本当の笑顔――心からの幸福と感謝を、きみに。 寄り添い合った二人は、ゆっくりと歩き始めた。 |