愛し君へ
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/14 00:41



■オープニング本文

 嗚呼この想い如何に伝えんや。
 想い募るほど言葉にできぬ、この想い――

●助力求む
 神楽は開拓者ギルドの一室。
 ここは高貴な人物や人目を忍ぶ依頼が持ち込まれる場所である。係が応対しているのは前者、北面の公達であった。
「‥‥‥‥」
 少々気が弱そうな、目の前の青年貴族の名は桧垣実道と言う。書類によると桧垣家は北面ではそこそこの家であり、実道本人もそれなりの役職に就いているようである。
(「頼りなさそうだけど、この人大丈夫なのかしら‥‥」)
 実道卿の仕事面での心配をついしてしまう程、目の前の青年は消え入りそうに大人しい。
 穴と行かずとも、部屋に隙間があったら入り込むのではなかろうか。酷く居心地悪そうにそわそわしている。やがて意を決したか口を開いた。
「‥‥あの‥‥」
 声がかすれて聞き取り難い。相当緊張しているようだ。
 係はそっと紙と筆を差し出した。
「お話が辛ければ、筆談でも構いませんよ」
 戸惑うように筆を手にした実道卿は、震える字で『恋文』と書いた。

 以下、係による根気強い応対の結果を纏める。
 実道卿には想いを寄せる姫がいる。某名家の傍流に当たる家系の一ノ姫で、歳は十八、邸の外へ出る事もなく乳母相手に慎ましく過ごしている美しい姫だと言う。
 この姫へ自身の想いを伝えたいのだが、いざ筆を持つと何を書けば良いものやら判らない。書き始めても言葉に詰まって反古紙が増える一方なのだ。
 心動かす恋文を書きたい。気持ちばかりが先行して言葉にならぬ不甲斐ない自分に、良い知恵を授けて欲しい。

 恋の助力を請う青年貴族の依頼。後日あなたは桧垣邸へと招かれる――


■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
玖堂 羽郁(ia0862
22歳・男・サ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
詐欺マン(ia6851
23歳・男・シ
九条 乙女(ia6990
12歳・男・志


■リプレイ本文

●今日は何の日
 仁生・桧垣邸。
 馬鹿馬鹿しいほどだだっ広い屋敷に通された奥の部屋で、依頼人は待っていた。
 青年貴族・桧垣実道。線の細そうな、男であった。
「‥‥な‥‥何卒‥‥よろしくお願いいたし‥‥」
 開拓者達を前に挨拶も緊張気味、土下座せんばかりの実道へ、ほほと雅な笑みを投げかけた詐欺マン(ia6851)は、余裕の表情で告げた。
「詐欺マンの愛占いによると、今日が恋文を出すに最適の日でおじゃる」
「‥‥なんと、それはまことでございますか!」
 勿論でたらめである。
 だが掴みは上々、実道の食いつきは最高に良かった。尤もらしく頷いた詐欺マンは重々しく続けた。
「うむ、人を想う心、それすなわち愛という。『愛と正義と真実の使者』たる、まろが佳き日と言うのじゃ、間違いない」
 妙な説得力に釣られて、同行した開拓者の面々も頷いた。
(「恋とは一体何なのか?詐欺マン殿ならば教えてくれそうだ」)
 まな板胸に参考書を抱き締めた、九条乙女(ia6990)は生徒の心持で神妙に聞いていた。ちなみに参考書は『恋に落ちる乙女』表題で即買いしたのだとか。
 身分ある人は色々厄介なのだろうと玖堂羽郁(ia0862)は実道を思い遣り、次いで自らの想い人へ思いを馳せる。
 必死さの伺える実道の姿に、柄ではないが助力をと誠実に考える志藤久遠(ia0597)、その傍で警戒気味に実道を伺っているのはブラッディ・D(ia6200)。
(「恋文‥‥ね」)
 かつて自分を飼っていた者も貴族であった。同じ人種だと思うと複雑な気持ちになる‥‥が。
(「別に、俺は‥‥」)
 隣に立つ久遠を見た。清廉で美しい白の志士、誠実に向かい合おうとする久遠の姿に心が揺らぐ。初めて抱えた、この想い。
 輝血(ia5431)が、そんなブラッディの様子に気付いた。まだ、自分が恋文を書きたいと思った事はないけれど、今日の面々を眺めていて思う。何か面白い事になりそうだ‥‥と。

●心惹かれて
「さて‥‥恋文を認めるにあたって、ひとつ伺いたい事がおじゃる」
 愛と正義と真実の使者・詐欺マンが切り出した。講師の問いを固唾を呑んで待つ実道、一体何を聞かれるのだろうか。
「お相手の姫君を、なにゆえに好きになったのでおじゃる?」
 非常に基本的な事であった――が。
 実道、言葉を詰まらせた。口をぱくぱくさせて呼吸もままならぬ様子に羽郁が慌てて背中をさすり、深呼吸させてやる。
「え‥‥と、その‥‥」
「実道さん、落ち着いて」
 気の遠くなるような依頼が始まろうとしていた‥‥

 数刻後にわかった事。
 実道が懸想しているのは七宝院家の一ノ姫、絢子。彼女は四季折々の草花を愛でつつ乳母と慎ましく日々を過ごしており、もののあはれを知る風情ある様子に心惹かれたのだと言う。
「奥ゆかしい姫君なのですね」
 聞き取り書き取り繋ぎ合わせて。
 漸く得た情報から、久遠がしみじみと言った。そうなのですと微笑む実道だが、実際に姫の姿を見た訳ではない。
(「七宝院‥‥絢子殿の遠縁は、もしや‥‥」)
 ギルドに登録している開拓者に同名の者がいたはずと、乙女が何やら危機感を募らせている。
「九条さん?」
 不審に思った羽郁に覗き込まれ、乙女はさっと顔を赤らめた。どうやら実道の語った本気の想いに感化されてもいたらしい。
「こ、恋とは、お、美味しい物なのでしょうか?参考書に恋とは甘酸っぱいものと書かれていたので‥‥」
 どうやらこちらも補習が必要のようだと仲間達に笑われて、乙女の緊張は解れた。
(「実道殿の気持ちを聞いていると、こちらもなぜか胸が締め付けられる‥‥」)
 それが『恋』だと知るのは、乙女に本当の相手が出来た時だろう。

「ふむ‥‥そちは風流を愛されている絢子姫に好意を寄せておじゃるな」
 口元に扇子をあてがい、詐欺マンは次のお告げを出した。
「ならば、奥ゆかしい絢子姫に、そちが好意を寄せている事を伝えるのが肝心肝要でおじゃる」
 ひぃッと実道は緊張のあまり引き攣った。

●恋文指南
 ともあれ、恋文を書こうではないか。
「月並みだけど、色付きの料紙を便箋として香を焚き染めてはどうでしょう。四季折々を愛でる姫なら季節の花に想いを託して」
 準備してきた紙や香を取り出した羽郁が提案した。それいいわねと輝血も賛同する。これなんてどうかしらと選んだのは淡黄の料紙。
「演出って大事よね。無味乾燥の地味丸出しな手紙よりも華やかな見た目の方が興味を引けると思うわ」
「お相手を思うに、物静かなものが良いのでは‥‥」
 暖かみのある優しい色へ添えるのは紅葉が美しかろうと詐欺マン。奥ゆかしくも華やかに、今最も美しい時期を迎えている椛の赤が淡黄の料紙によく映えた。香は菊花を選んで、晩秋の風情漂う文を演出する事に。
「つ、次はいよいよ、こいぶ、みでしょうか‥‥」
 実道並に緊張している乙女が、手にした参考書を繰って――出て来た言葉は『殿方との接吻』。
「‥‥で、できる訳なぁいっ!!」
「「乙女さん落ち着いて!」」
 乱心し参考書を破り捨てる乙女を慌てて取り押さえる一同。
 気を取り直して。
「『我が心 翳に暮れる 石蕗の花』――詐欺マン愛の歌でおじゃる」
 おおうと感心する一同。
 相手の通称に絡めて懸想の気持ちを伝える見事な歌を皮切りに、各々恋文の手本を認め始めた。

 恋焦がれた事のない自分に恋文が書けるのだろうか。
 真面目に、誠実なる志士は迷っていた。今の自分には美辞麗句で彩った中身のないものしか書けないに違いないと。
(「必死さが伝わる文‥‥」)
 ブラッディを見た。彼女はきちんとした教育を受けておらず、難しい読み書きを苦手にしている。以前、彼女に字を教えると約束した事を思い出した。
「恋文‥‥ね。‥‥‥‥別に、俺は‥‥‥‥」
 久遠の視線を感じたブラッディは、あたふた。それを久遠は字の書き方に自信がないのだと解釈した。難儀しているのであれば手助けしようと考えて、それとなく水を向けてみた。
「失礼ながら、ブラッディ殿は、焦がれ、想いを伝えたい方はいらっしゃいますか?」
「こ、恋焦がれ‥‥って‥‥!?そ、そりゃ‥‥別に」
 ぷいとそっぽを向いたブラッディの顔は真っ赤だ。
 おや、想い人がいる様子。覗き込んだ久遠は尚更助力しようと考えた。実感のない自分よりも、ブラッディの必死さの伝わる文を書く様子が実道の心を動かすかもしれない。
「どうされました?あなたが書きたいと思う文を形にしてみませんか。私も協力しましょう」
「‥‥あ、‥‥うん」
 固まったままぎこちなく、ブラッディは頷いた。

「今回の俺の提案を元に、事前に作ってみたものです」
 羽郁が示したのは恋文の完成品。でもこれは手本、丸写しは拙かろうと羽郁は続けた。
 何故ならば――これは、彼が想い人に宛てて書いたものだから。尤も、そんな事は伏せて、羽郁は実道に文を見せた。
『秋の庭 空へ薫るは 金木犀 我想い込め 君届けたり』
 空色の料紙に金木犀を一枝添えて。金木犀の花言葉は初恋なのだと語る羽郁の表情は優しく、遠く弓絃葉の花蕾へと向いていた。
 愛と正義と真実の使者が、意味深な羽郁の様子に気付かぬはずもない。つつつと寄って妖しく囁いた。
「一方通行の恋というものは、なぜもこう苦しいのか」
「!」
「不安や嫉妬に心を細らせる日々‥‥」
「お、俺はその‥‥彼女にとって親友で‥‥」
「友情から一歩前進したいのですね」
 同じ片思いの境遇の相手に少し余裕が出て来たか、実道はお互い頑張りましょうと羽郁に微笑みかけた。
 うむうむと頷く愛と正義と真実の使者。恋愛指南役は恋する者達の背を押す如く、力強い言葉で彼らを言祝いだ。
「‥‥しかし、心が折れる事は決してない。いつかはその想いが届くという期待、振り向いて欲しいという願望、その二つだけを心の支えにして‥‥の」
 あちらこちらの恋模様を興味深く眺めていた輝血は、自分もと筆を取ったものの。
(「あたしは手紙を書きたいって思った事ないからなぁ」)
 少し悩んで戯れに、哲学的な文を認めてみた。
『私という人へ。あなたは何を考えていますか?
 私はあなたという人が一番分かりません。あなたは今何を見ていますか?』
 なーんてね。ふふっと笑った輝血は、ぎこちない二人へ目を向けた。

 あなたは今、俺を見ている――
「どうされました?」
 不器用に持つ筆が止まったのを訝しんで、久遠がブラッディの顔を覗き込んだ。
「‥‥なんでも、ない。想いを伝えるって、どう表現したらいいのかわかんないけど‥‥えっと‥‥」
 懸命に形にしようとするブラッディに久遠は優しく手を添えた。途端、びくりと震える。
 この気持ちの正体がわからなくて、怖かった。
(「なんでこんなに‥‥傍にいたい、とか‥‥触れたい、とか思っちゃうんだろ」)
 触れたいのに触れるのが憚られるような、気高い人。
 好きになっても恋焦がれても、結局は裏切られるものだと、頭では解っていた。信じられるものなんてないと知っていた‥‥なのに。
「字は学びつつ‥‥少しずつ、覚えていきましょう」
 手を添え、文面を尋ねて来る久遠。真正面から向き合ってくれる陽だまりのような人。
(「久遠の事、信じてもいいのかな‥‥」)
 信じたい、そう思った。
 何やら恥ずかしい事を書かされている気がしなくもなかったが、不快にも思わなくて。それはきっと。
(「‥‥‥‥好き、なんだ」)
 やっと、わかった。

●紅白椿
 恋文作りもひと段落着いて。
 茶菓子が出された砕けた雰囲気の中、庭に目を向けた輝血が呟いた。
「綺麗な椿ね」
 先ほど文面指南で『小雪のちらつく寒空の下、寒椿のように赤き貴女の頬を思い出します』の言葉を提供した輝血だ。桧垣邸の庭に咲く紅と白の椿に、白椿を姫の白肌に例えてはと次の提案。
「椿の花言葉は『至上の愛らしさ、謙遜の美徳』だそうです」
 参考書を手に乙女が補足した。皆も、庭の椿を一枝添えて香はなどと話に花が咲く。
「時に実道卿、あの椿に名はあるのかの?」
 詐欺マンが品種名を問うた。庭師によると、赤椿が『妙紅』、白椿が『瑞光』と言うらしい。
「久遠‥‥ちょっと」
 ブラッディが久遠を庭へ誘った。

「‥‥コレ、久遠にあげる」
 ブラッディが手渡したのは先ほど書いた恋文だった。受け取って、文を開いた久遠は目を見開いた。
 書かれていたのは先ほど共に書いた真摯な想い。そして――久遠の名であった。
「私の名は、お教えしていなかったはず‥‥」
 こっそり一人で練習した愛し君の名。ブラッディができる精一杯の告白だった。
 沈黙が長く感じた――やがて。
「‥‥知らぬ事とはいえ、今日は無理をさせましたね、申し訳ありません」
 はっとして久遠を見つめると、指南中気が気でなかったでしょうと微笑む人がいた。
「もし、もし‥‥受け入れてくれるなら‥‥」
 ずっと傍にいる。あなたを信じる。
 ブラッディは絞り出すように心境を吐露した。誰も信じる事ができなかった彼女の誓い。
 静かに、誠実に久遠は応えた。
「好きで、恋という思いが、女性同士で成り立つのか。私には分かりません‥‥」
 同性の恋。受け入れてもらえぬのかと今にも泣き出しそうなブラッディを制して、彼女をしっかり見据えた久遠は己の気持ちを告げた。
「もし、この頼みが残酷でないのなら。傍にいて、私に教えてくれますか?」
「分からないのなら幾らでも教えるから‥‥幸せにして‥‥させて、下さい」
 紅白椿の木の下で、二人の心が通い合った。