【陰影】影になれ
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/25 15:58



■オープニング本文

 夜も眠らぬ歓楽街、楼港「不夜城」――
 賭仕合の舞台にこの街が選ばれたのは、慕容王が裏社会の顔役を務める一方、四大流派の影響下に無い中立的な街だからだ。
 酒場や遊戯店が並ぶ一方で、合法、違法を問わずに賭博が開催され、街のあちこちには天然温泉の湯気が立ち上る。高級な遊郭から場末の酒場まで、利用者も千差万別。一度足を踏み入れれば身分不問とするのが暗黙の了解でもある。
 楼港における、とある高級遊郭。
 その最上階の畳部屋。火鉢前の座布団に腰掛けたその女性、年の頃は二十代前半。彼女は、お淑やかな所作で茶に口をつけている。
「慕容王」
「‥‥はい」
 ふと、名を呼ばれて振り返った。
 一人のシノビが小さく頭を下げる。
「両里の代表者が到着致しました」
「解りました‥‥一部強硬派は、既に動き始めています。早急に護衛を付けて下さい」
 過去の賭仕合においても、度々代表者の暗殺が試みられてきた。
 賭仕合まではまだ日数がある。今回だけつつがなく執り行われる等という都合の良い話は無いであろう。いくら警戒しても警戒し過ぎる事は無い筈だ。
「御意」
 シノビは静かに応え、その場を辞す。火鉢の灰の中、炭が弾けた。

●影になれ
 楼港、ある妓楼の一室。
 『護衛者募集・秘密厳守』と書かれた依頼に集められた開拓者達は、度重なる面接の末に、ある人物と対峙していた。
 ここまでの面接は少々慎重に過ぎるのではなかろうか。
 目の前の人物が放つ殺気と相まって、ただの護衛依頼ではなさそうな予感に緊張がよぎる。
「ここにいらっしゃる方には、よもや無いとは思いますが‥‥」
 裏切り者には死を。
 一言、秘密厳守の掟を口にし、依頼人は開拓者へ用向きを告げた。「ある御方の影武者になってください」と。

 影武者を欲しているのは、此度賭仕合を行う一方、朧谷の里を代表する者だ。
 朧谷は諏訪流に属する一派。陰殻国上流四忍がひとつ、諏訪流が操る最大の武器は『情報』である。天儀各地の世情や要人の動向に留まらず、諏訪忍の前には緘口令すら意味を成さぬ。忍技や忍術を諜報活動に役立つものに特化させた諏訪流は、言い換えれば情報操作にも長けた流派でもあった。
 開拓者が演ずる事になる朧谷の代表者の正体は明かされていない。それを知るのは慕容王ただ一人である。
 男かもしれないし女かもしれない。子供かもしれないし老人かもしれない。情報を操作する流派のシノビに関する情報は、常に一定せず曖昧なものであった。
 なればこそ、暗殺者達を欺き撹乱させる作戦が功を奏するのである。

 この依頼を受けた開拓者のうち、何名かに『朧谷の代表者』の振りをして貰う。
 前述の通り代表者の正体は相手方に知れてはおらず、偽代表者が目立つ動きを見せれば高確率で襲撃を行うと考えられる。志体持ちのシノビによる襲撃だ、偽とは言え本気で防衛せねば命に関わるだろう。
 この作戦の間、本物は安全な場所で護衛を付けて匿ってある。安否を心配せず自らの任務を達成して欲しい。


■参加者一覧
南風原 薫(ia0258
17歳・男・泰
芦屋 璃凛(ia0303
19歳・女・陰
神凪瑞姫(ia5328
20歳・女・シ
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
露羽(ia5413
23歳・男・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
不嶽(ia6170
22歳・男・シ
与五郎佐(ia7245
25歳・男・弓
鳥介(ia8084
22歳・男・シ


■リプレイ本文

 楼港という街は、つくづく厄介事を引き寄せる宿命にあるようだ。多種多様な人種が集まる街だけに致し方ない事ではあるのだろう。
 商人や妓女、それらを求むる客、開拓者、そして――シノビ達。
 各々の思惑が交差し不夜城にまたひとつ、小競り合いが起こる。見て見ぬ振りをするのも又、この街のしきたりである。

●因果
 楼港へ観光客が訪れる事は然程珍しい事ではない。所謂おのぼりさんという奴だ。
 うきうきと小間物屋を冷やかしている若い娘と供の男も、どうやらその類のように見えた。
「これ可愛い♪ね、私に似合うかしら?」
 振り向く娘の姿形は美しく、身に纏う物も値が張るような上物だ。物見遊山に訪れた、裕福な家の娘であろうか。
 娘は手に取った花縮緬の髪飾りを、己が黒髪に宛がってみせた。
「もう少し派手な方が似合いそうだ」
 更に艶やかな髪飾りを手に取って娘の髪を掻き揚げてやる辺り、連れの男も相当な派手好きと見える。こちらの身なりは平服、お嬢様と一緒に羽目を外している従者と言った風情である。
 ――が。
 お嬢様、実は男である。中世的な顔立ちに物腰柔らかな佇まい、得意とする女装を以て街に紛れている露羽(ia5413)だ。供に就いている南風原薫(ia0258)と共に、囮餌として花街に潜む影を誘うべく動いていた。
 だが、薫の言葉に緊張の様子はない。露羽も同様で、歓楽街をそぞろ歩く箱入り娘は心底楽しそうだ。露羽、実は本気で楽しんでいたりする。
(「本気の感情を入れないと騙せるモノも騙せませんからね」)
 ふふ、と綺麗な笑みを浮かべれば、花街の姐さん方とはまた違う素人娘の微笑みに、すれ違う旦那衆も振り返る。さりげなく庇ってやりながら薫は心地よさげに独りごちた。
「良いねぇこういう街。絢爛、艶麗、猥雑――おっと」
「また勝手に抜け出して‥‥探しましたよ」
 お目付け役に見つかって、途端に渋面になる主従。追いついた風鬼(ia5399)は「心配しましたよ」と露羽を窘めた。
 露羽に敬語で説教する事で上下関係を演出し、誰が朧谷の代表者であるかを浮き立たせてはいたが、それすら演技と見破られて関係者の誰が代表と思われても構わない心構えの風鬼である。
 己が只の従者でない事は、尾行している輩も気付いているはずであったし、離れた位置からもう一人、与五郎佐(ia7245)が護衛に就いているのも知れているに違いない。上衣の内側に隠している得物の斧すら見破られているに違いないと覚悟していた。
(「玄人になら、私が何をやっているか分かりますからね」)

 一方、監視に就いている与五郎佐。
 着かず離れず一定の距離を保ちながら、露羽一行の後を追っていた。
 見事に変化した露羽は、若い娘が好みそうな場所にばかり移動する。実に楽しそうだ。俳人を装った与五郎佐には入り難そうな店もあるにはあったが、常に状況を把握できるような向かいの店や物陰に自然に馴染んで遣り過ごしていた。
 涼やかな声で客引きをかわし、慣れた様子で通りを眺める。注意深く伺う彼の視線は怪しい人物の有無を追っていた。
(「あいつ等‥‥色街に来て、通行人ばかり見てる‥‥」)
 妓楼や酒場の呼び込みには素気無い反応、かと言って用心棒という訳でもなさそうだ。
 客でもなく住人でもない、粋も知らぬ乱入者共は必要以上に街と関わる事を避け、そのくせ不躾な視線を街へ投げている。その物腰に隙はない。開拓者か――あるいは、陰殻の者か。
 花街の異端者達は誰かを探しているようであった。しかし名を挙げ問うて尋ねてまわるような事はせず、胡散臭い方法を採っていた。
 街ゆく人にすれ違う。通りすがりに相手の間合いで――
(「掏っているのか‥‥?」)
 遠目に監視する与五郎佐からは掏りの手口に見えた。
 確かに彼らは、そのまま対手の紙入を掏り取る事も可能であった――が、実際にはそうしなかった。間合いの瞬間に殺気を発していたのである。そうして、対手が己の殺気に反応しない凡人であれば、ただすれ違っただけを装っているのであった。
(「‥‥あの掏り、露羽殿に近付いている‥‥」)
 警戒を強めた与五郎佐は、人混みを避け始めた露羽一行を見失わぬよう、移動を開始した。

(「‥‥掛かりましたね」)
 風鬼が目で語る。しかし『お嬢様と従者達』の演技は続行だ。生真面目従者に叱られた、お気楽従者の薫が同僚に反論する。
「まぁまぁ、折角楼港に来てじっと篭ってる手もないだろう?」
「あなたが甘やかすからお嬢様が‥‥何かあってからでは遅いんですよ?」
 まったく、もう。
 帰りますよと露羽の両脇に就いて歩き出す。相手とて此方の目的を察しているのだろう、路地への移動にも付いて来る。人通りが少なくなるにつれ、相手の態度があからさまになってきた。
「確かに今ぁ物騒だから、拙いんですよねぇ‥‥本当は」
 聞こえよがしに相手を挑発する薫の、鉄傘を握る手に力が入った。此方に対する明らかな害意‥‥ひのふの、四名と言った処か。
 楚々とした姿のままであるが、露羽の目付きは既に箱入り娘には真似できぬものになっている。お嬢様、もとい朧谷の代表者が言った。
「ごめんなさい、もう――が終わるまでは勝手に抜け出さないわ」
「そうしていただけると助かりますね」
 主をさらりといなした風鬼の足が止まった。そろそろ頃合だろう。此方の意図を察したか、襲撃者共がばらばらと姿を現した。

「やめましょうよ」
 襲撃者達を前にして、風鬼は意外な言葉を発した。襲撃者達は一瞬呆気に取られたものの、殺気を削ぐには至らない。彼らの反応など気にせず、風鬼はごく無感動に淡々と非戦を主張した。
「痛い思いをするのは、代表だけでいいでしょう」
「やはり其奴が朧谷の‥‥!」
「黙れ流砂、此奴らに語るべき事はないッ!」
 思慮浅い流砂を抑え付けた男が問答無用とばかりに露羽に襲い掛かった。
「――おっと」
 ざんっ、と重い音を上げて遮ったのは薫の鉄傘。その隙に露羽は技を纏い、その身辺に木の葉が舞った。
 防ぎがしら払った鉄傘が男の胴に入った。懲りぬ男に傘突きつけて、薫はニヤリと笑う。
「無粋だ、ねぇ」
「やかましい!シノビに風流なんぞ要らん!」
 挑発に乗る辺り、流砂に劣らず男も大概短慮と言えた。激昂のまま薫に突進したが傘で突かれて近付けぬ。薫の方は余裕綽々で、片手に抜き身を構えて横から飛び出した別の襲撃者を牽制している状態だ。
 三人目が向かってきたのを交わした露羽が下がった。後を追う襲撃者――その間に理穴の強矢が割り込んだ。
「あんた方に恨みは無いけど‥‥」
 仕事なんでね。涼やかに詫びる与五郎佐の射掛ける矢に迷いはない。怯んだ所を取り押さえ、風鬼が襲撃者達の筋を切断したのを見届けて、彼はぽつりと言った。
「因果なもんですねぇ‥‥シノビって」

●姉妹
 温泉が湧き、茶屋や遊郭が立ち並ぶ。言わずと知れた一大歓楽街、楼港。半ば治外法権と化しているこの街には、大小高低種々様々な規模の商売が存在する。
 遊郭の格も然り。楼の名を冠する大きな見世から行きずりの客を引く個人商売まで色々だ。客もまた己の分に合った見世に入る。それだけ見てとれば、内容はともかくとして需要と供給の均衡が取れていると言えなくもない。
 ――が。
 大通りから少々外れた道端で客引きをしている女は、楼の妓女にも相応しい、夜鷹にしておくには惜しい上玉であった。
 艶やかな青の髪、紫瞳の秋波は蠱惑的な肢体と相まって人目が集まらぬ訳がない。夜鷹に変装した神凪瑞姫(ia5328)は道行く色惚け共を適当にあしらいながら、本命が喰い付くのを辛抱強く待っていた。
「お綺麗じゃあござんせんか」
 夜鷹の側に就いている男は幇間か間男か。
 鳥介(ia8084)は見事に軽薄な花街の男を演じていた。苦笑する瑞姫に着かず離れず、女にちょっかいを出すようで周囲の綺麗処へも目移りし。その癖この男、どこか違和感があった。足音を立てずに歩くのである。姿形は変えたとて、鳥介は本来の赤目一族の身のこなしを残しておく事で、見る人が見ればわかるようにしておく、という訳だった。
 何度目かの数寄者を袖にした頃、瑞姫は唐突に潜伏待機しているはずの芦屋璃凛(ia0303)の言葉を思い出した。
(『あっ、あのさ‥‥これ済んだらどっか行こうよ』)
 本当は巻き込みたくなどはなかった。シノビの抗争もだが‥‥この街。
(「やはり、この様な場所は嫌いだ‥‥」)
 人の持つ欲望があからさまに取引される街。こんな醜い依頼にあの娘を、妹を――瑞姫の思索はそこで途切れた。
「姐さん、いいかい?」
 只の助平とは思えない、殺気を発した男が近付いてきたのだ。

 姉の仕事に興味があったから、ここに来てみたかった。
(『璃凛良いのか、手を汚す事になるかも知れぬのだぞ』)
 姉はそう言って何故かとても嫌がったが、璃凛はそれでも姉の事を知りたかった。
 朧谷の代表者を演じるべく遊女に扮した瑞姫はとても綺麗で、璃凛はこの人が自分の姉だという事がとても嬉しく誇らしかった。
 物心付いた頃からずっと、自分は天涯孤独だと思っていたから、姉妹というものに憧れていて‥‥本当に姉がいて、嬉しかった。
 そんな気持ちを、見透かされていたのかもしれない。物見遊山だと思われてしまったのかもしれない。
(「あの時の姉さんの殺気、嫌なくらい依頼人と同じ人種って感じがした‥‥」)
 遠い存在。厳しい目で璃凛を拒絶した瑞姫は、璃凛にとって遠く手の届かぬ世界の者に感じたのだった。
「璃凛さん?」
 設楽万理(ia5443)に声を掛けられて我に返る。気付かぬ内に難しい顔をしていたようで、万理は璃凛の緊張を解すように話しかけた。
「暗殺したりされたり、暗い話ばかりねぇ」
 最近暗殺関連の依頼に入る事が多いのよと続けた万理は溜息ひとつ。どうやら最近の境遇にやさぐれているようだ。
「そんな陰険な事する人は、きっちり捕まえて縛り上げなきゃね」
 にっこり。
 すべすべの頬に素晴らしくイイ笑みを浮かべる辺り、やっぱり万理の鬱憤は相当溜まっているようだ――が、すぐに表情が険しくなった。璃凛もまた、万理の豹変の理由を肌で感じ取っていた。
 明らかに空気が変わった、と思った。
 あの時と同じ――シノビの、殺気。瑞姫の周囲に満ちようとしている非情な気配に、二人は警戒を強めた。

 一方、敵を誘い込む場として貸家ひとつを借りた輝血(ia5431)と不嶽(ia6170)。
 それとなく周辺地域への根回しを行う。住民達も楼港に住まう者、訳有りは詮索せぬし関わらぬが不文律のようで、此方としても気にせず戦えそうであった。
「刺客を釣るか‥‥シノビが易々と釣れるとは思えんが、な」
「んーそうなんだけど‥‥ね」
 独りごちる不嶽の言葉は尤もだ。だが、詳細不明の朧谷代表者に関する情報が錯綜する中、不明を逆手に取った撹乱作戦に掛かる可能性も無きにしも非ず。
 輝血は人好きのする笑顔で不嶽に対しているが、その笑顔が演技だと見破れる者はそう多くはないだろう。貸家の周囲をぶらりと巡り、ただの通りすがりを装う娘の本来の顔に感情の色はない。
 ここから瑞姫の姿は見えぬ。だが、襲撃者に追い払われた振りをして身を引いた鳥介の姿が見えた。ほどなく刺客が来るだろう。
「釣れた、な。釣られてくれたのかもしれぬが」
「さて‥‥どう動くか見せてもらおうじゃないか」
 ふ、と呟いた輝血は、亡父から継ぎし名を持つシノビの顔をしていた。

 訳有りの男女が通りを歩いていても、誰も止め立てはせぬ。それが花街、楼港。
 客と夜鷹の振りをした男と女が通りを歩く。
 互いに対手の力量を測りつつ、擬似恋愛さながらの化かし合いを交わしつつ、素人目には平和的商談成立に見せかけて。
「へえ、姐さんにしちゃイイ場所使ってるじゃねえか」
「そうでしょう、これでもそこそこ稼がせていただいてますからねえ」
 街外れの小屋に着いた二人は中へ入る。いくつかの影がその後を追って入ってゆく。手出しは無粋と人は係わり合いを避ける――影に潜む者達を除いては。
「姐さん、いや代表と言おうか。茶番はもういいだろう」
 客の男が態度を変えた。居るんだろうと顎をしゃくれば、敵味方入り混じって部屋を満たす。男の仲間は二名か、身に纏う殺気を隠そうともせず開拓者達を威圧した。
「ここまで付いて来てやったんだ‥‥その首貰いにな!」
「瑞姫姉さん!」
 何があろうと守りきると誓った姉の窮地に叫んだ璃凛には一瞬の事のように見えた。
 襲撃者が駆けた。
 男の配下達が打ち込む援護の苦無を掻い潜り、不嶽と鳥介が追う。撹乱するように動いた不嶽は、配下の手元を妨げ構えた苦無を叩き落し、鳥介は急所を狙って動きを封じた。
 刺客が瑞姫に肉薄したその時、瑞姫の周囲に護りの壁が立った。敷いてあった畳が一斉に翻ったのだ。苦無を吸い込んだ畳は、男の斬撃に深々と傷つけられ、それでも男の攻撃を削いで技の使い手を護り切った。役目を果たした畳の向こうには瑞姫と輝血が立っていた。
「さすが代表、一筋縄ではいかん‥‥か」
 多勢に無勢。一気に孤立無援となった男は不敵に頬を歪めると、振り返るや代表との絆が見える璃凛に向かった。
「璃凛!」
 間違いない、この娘は代表の大切な者だ。この娘を抑えれば形勢逆転――
「俺の勝ちだ!」
「冗談じゃないよ!」
「観念なさい」
 すかさず符を構える璃凛、霊青打に連携した万理の矢に足を貫かれ、男はその場に崩折れたのだった。

 武器を取り上げ、自害できぬよう猿轡を噛ませた上で身体の自由を奪う。
「おぬしもシノビなのだから覚悟は出来ているのだろう」
 冷酷無比に男の骨を折る瑞姫の本心を璃凛は知らない。巻き込みたくなかったのに妹を危険な目に遭わせてしまった、悔恨。妹はただ姉を遠くに思うばかりである。
(「吐かないだろうね、これは」)
 悲鳴ひとつ上げずに骨を折られた男を見て輝血は拷問の無駄を知る。縄抜けできぬよう念入りに縛りつけた鳥介は、身動きできぬ刺客に向かって言った。
「逃げるならご勝手に。ただし、賭け仕合が始まるまでは逃がしませんがね」
 刺客達も賭仕合開始後に代表へ手出しするほど馬鹿ではないだろう。陰殻に生まれ氏族に忠義を持つ彼の確信であった。


 陰殻の法、賭仕合。
 楼港を舞台に行われる死闘が始まる前の、これはごく一部の出来事。
 多くの思惑が交錯し暗躍する。不夜城に住まう者達は我関せずを決め込む――それが、この都市のしきたりである。