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■オープニング本文 もふらさま。天儀に於いて神の御使いとされる生物。 精霊力が凝固して生まれると伝えられているこの生命体は、農作業に愛玩用に開拓者の朋友にと多くの人に愛されている。 これは、広い場所で多頭のもふらさまを飼育しているもふら牧場で起こった、新年のお話。 ●暗いお正月 年が暮れようと明けようと、もふらさまには関係ない。 正月早々、もふら牧場は忙しかった。 食いしん坊で怠け者のもふらさま達は朝から「ご飯くれ」とばかりに、もふもふもふもふやかましい。 「だぁーっ、今行くって!!‥‥あれ?」 餌桶を抱えて厩舎へ駆け出したヒデは思わず空を見上げた。 暗いのだ。今はまだ昼、雨でも降るのかと一瞬思ったが、風は乾いており雨雲もない。 その代わりにヒデが目にしたのは、山の間にそびえ立つ、大きなもふらさまの姿だった―― ●超巨大偽もふら 「えーと、超巨大もふらさま?そいつはめでたいねぇ」 「ちょ、冗談言ってんじゃないんだよ!あれ絶対おかしいって!!」 開拓者ギルドに駆け込んできた少年の報告を茶化すようにいなした係は、それでも真面目に応対しているらしかった。書類に筆を走らせて詳細を尋ねる。 「‥‥で、どんな風におかしかったんだ?」 「でかかった」 大真面目に『でかい』と書き込む係。 精霊力が凝固して生まれるもふらさまが小山ほどの大きさで生まれるとなると、相当の精霊力を要する。珍事か天変地異、まあ常識的に考えて「有り得ない」つまり、アヤカシなり何らかの別要因なりで、もふらぽいものが出現していると見るのが自然であろう。 となると、調査名目で依頼書作成か。 係が依頼種別を決定した頃、ギルドの片隅から目を輝かせて話を聞いていた自称見習いの少女がヒデに話しかけていた。 「お兄さん、そのもふらさま、もふもふ?」 「ああ、すっげえもっふもふだった」 うちのもふら達も負けちゃいないがなと自慢するヒデ。梨佳は「いいなぁ」と呟いて――そして。 「あの〜あたし、見に行きたいですぅ」 「梨佳!?お前な‥‥」 つい力が入って、筆の穂先を潰してしまった。みっともない染みを作った書類に苦虫噛んで、係は暫し思案する。 もふら牧場の近くに出た超巨大もふら、か。 「ところで牧場のもふら達はどうしてるんだ?」 「え?うちのもふら達?もふもふもふもふうるさくて‥‥あ、餌遣ってる途中だった!」 手伝い要るかと係が問うた。 ヒデの返答など待たず、殆ど有無を言わせぬ勢いで書類に『もふらの世話手伝い有』と付け足して、係は梨佳にニヤっと笑ってみせたのだった。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
橘 琉璃(ia0472)
25歳・男・巫
佐久間 一(ia0503)
22歳・男・志
鬼島貫徹(ia0694)
45歳・男・サ
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
奏音(ia5213)
13歳・女・陰
海神・閃(ia5305)
16歳・男・志
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
煌夜(ia9065)
24歳・女・志 |
■リプレイ本文 正月だと言うのに、どんよりするような薄闇だった。 お日様の代わりに東の山から昇っているのは、大きな大きな偽もふら。 ●開拓者、初もふ出を拝む 「こ、これ程巨大なもふら様をお目にかかる機会があるとは‥‥」 地上からでは表情すら見えない巨大もふらを見上げた佐久間 一(ia0503)は本気で驚いた。何せ山から半身が覗くのみ、白い小山がひとつ出現したようなものなのだ。 神獣もふらさまが超巨大で降臨とあらば、しっかり拝んでおかなければ! (「新年早々、もふらさまと戦ってバチが当たりませんように」) 偽物相手にも信心を忘れぬ心構えの一に、炎龍の茜姫は不思議そうだ。偽物は偽物、とでも思っているのかもしれない。 白いふわもこもふもふもふもふ。 「‥‥凶悪だな‥‥」 色々な意味で。 崔(ia0015)の一言。地上からはもふらさま特有の不細工顔は見られなくて、あるのはふわもこと動物ぽい仕草のみだ。 山の中腹から覗いているソレは、太短い前脚らしきものを持っていた。勿論もっふもふの。 「すっごくお〜きくて〜、もっふもふ〜なの〜♪」 猫又のクロを抱き締めて、奏音(ia5213)は大喜び。 でも、あんまり大き過ぎて、以前出逢ったおっきな偽もふらみたいによじ登るのは無理‥‥と、ちょっとしょんぼり。今回はクロとお留守番だ。目の前の超巨大偽もふらを見ているとつい撫でているつもりになってきて、腕の中のクロの毛を撫でたり引っ張ったり。クロは何処となく迷惑そうな表情を浮かべているような‥‥? 超巨大偽もふらが日差しを遮る、日陰牧場に立っている開拓者達。このままでは洗濯物の乾きは悪いし、もふら達もひなたぼっこができなくなりそうだ。 炎龍レグルスの鼻先を撫でてやりながら、煌夜(ia9065)が至ってのんびりと言った。 「何と言うか‥‥あんなに大きくても姿がもふら様だっていうだけで、迫力も危機感も根こそぎなくなっちゃうものなのね‥‥」 「‥‥これは確かに大きいですね‥‥」 話に違わぬ超巨大。海神・閃(ia5305)が感心したように見上げる超巨大な毛の塊は『ふ〜も〜〜〜ん』などと暢気な鳴き声を上げている。今はただ山頂に鎮座しているだけだが、そのうち補食行動を始めたなら牧場が真っ先に標的となるだろう。 とはいえ、何故か気が引ける。 「罰あたりませんよね?」 妙な鳴き方をしていても、見た目はもふらさまだ。しかも超巨大な。 橘琉璃(ia0472)は「物凄く遣り辛い感じがするのですが‥‥」そう続けながら炎龍の紫樹に手を宛がっている。つぶらな瞳で見返して来る紫樹は静かに琉璃に寄り添って戦いの時を待つ。 「馬鹿馬鹿しい。あのような紛い物に信心など笑止」 ふんと鼻息ひとつで片付けた鬼島貫徹(ia0694)、相手をするのも馬鹿らしいと今回は地上待機。傲慢不羈な態度ながら、請けた以上は手抜き仕事はできぬと牧場の手伝いを引き受ける辺り、真面目でもあるようだ。 「この様に超巨大ですと目立ちそうなんですけれど、今まで何処に隠れていたんでしょう?」 「それは言わない約束である」 露羽(ia5413)の疑問に無表情で返す久我・御言(ia8629)の口調は何となく何処ぞの解説師を思わせた。その独特な口調に怪訝な顔する露羽だが、御言の炎龍・秋葉は慣れているのかどうなのか大人しい事この上ない。 「私の事は、キイトン・クガと呼びたまえ」 つまりそういう事である。 さて、ここに古き良き侍とその朋友が一組。 「八ツ目よ。依頼においても作法と言うものがあるのだ」 初陣に向かう甲龍に語り掛けるは、大蔵南洋(ia1246)。当年とって二十五歳とは思えぬ落ち着き振りが実に渋い、寧ろその外見から損をする事も多々と聞く。 「まずはその辺りを見習うところから始めてみてはどうだ」 南洋の言葉をおとなしく聞いている八ツ目の姿に緊張の様子はない。敵の馬鹿馬鹿しい姿も相まって、何とも長閑な初陣となりそうだった。 「うっわ〜すっごいもふもふですぅ」 うっとりと超巨大偽もふらを見上げる一般人‥‥梨佳(iz0052)が緊張感に欠けるのはいつもの事ではあるが、今回は欠片すら見受けられぬ。 お子様の純真な喜びようを横目に、崔は隣に立つ南洋へ尋ねた。 「‥‥なあ、コレって精神力と抵抗力どっちが重要だと思うよ?」 とりあえず牧場から見る限りはただの毛玉だが相手はアヤカシ、油断は禁物だ。 「私は飛び道具使いだから触れる心配はないけれど、中身に矢は届くかしら?」 「触れる‥‥地上からの攻撃は無理でしょうか‥‥?」 設楽万理(ia5443)の呟きに乃木亜(ia1245)の疑問が重なった。 精霊同士なれば分かり合えるかもしれないと、ミヅチの藍玉を伴って近付いてみようと考えていたのだが、相手が大き過ぎるようだ。残念ですとがっかり瞼を伏せた乃木亜の凹みようが気に掛かるのか、藍玉は甘えるように近寄った。 こてん。 四本の短い足を上手く扱えず、草に身を絡ませてじたばた。 「あ、藍玉も可愛いっ」 その仕草は愛でる乙女の心を直撃したようで、乃木亜のご機嫌は急回復。ついでに提案をひとつ。 「超巨大もふらさま‥‥長くて呼び辛いですし『超もふ』と呼んでは如何でしょうかっ!?」 「なぁんかカッコイイですね〜!」 格好良いかどうかはともかく、梨佳は目を輝かせて――そこへ差し出されたのはお年玉。 「今年の俺は一味違う‥‥何せ新年早々『丁』を引き当てた!」 ふ、と不敵な様子でのたまうのは崔、籤運の至極悪い男である。万年『丙』の崔が手にしているのは‥‥なんと甘刀「正飴」、貴重な丁級支給品だ! わあいと無邪気に喜んで早速舐め始める梨佳の様子を満足気に見守る崔お兄さんだが―― 「運を使い果たしたか」 南洋の冷静な突っ込みに、しょっく。 まさか梨佳の「正飴」は崔の強運の全てだったとは。新年早々、運を使い果たした男の命運や如何に。 「後半へ続く」 ●開拓者、もふらまみれになる 何とも気の抜ける相手だが、アヤカシには違いない。六名の開拓者が己の朋たる龍に騎乗した。 「いってらっしゃ〜い」 「のんびり見送っている場合ではないだろう!お前も働け!そもそもギルドの係員になりたいという夢があるのであれば――」 くどくどお説教を垂れながら、貫徹は梨佳の首根っこを引っ掴むと炎龍の赤石を引き連れて厩舎へ向かう。 ずりずり引っ立てられてゆく梨佳を見送って、煌夜は牧場の少年に指南を請うた。 「ヒデくん、だっけ。お姉さんにお世話の方法とか、教えてね」 「‥‥えぁ、あ‥‥と‥‥うん‥‥」 マントに隠れた細身の身体からは考えられないようなふくよかな胸をさり気なく押し付けられて、ヒデはしどろもどろだ。初心な少年の反応を楽しむ小悪魔お姉さんはヒデに腕を絡めて厩舎へ。 「超もふとお話できませんでしたけど、もふらさまと仲良くなりましょう♪」 「もふらさまと〜いっぱい、い〜っぱいあそぶの〜♪クロちゃん〜いくの〜♪」 藍玉を連れてうきうきと厩舎へ向かう乃木亜に続いて、大きなぬいぐるみのようにクロを引き摺ってゆく小さな奏音の姿は愛らしいが、当の猫又は‥‥ 「『毛がハゲる!』と内心不満のクロであった」 「‥‥そうなんですか?」 ――多分。 冷静に解説を続ける御言を急いて、閃は厩舎へ駆け出した。 一方、空の開拓者達は超巨大偽もふら、略して超もふの上空に差し掛かっていた。 「これがもふらさま‥‥あのしたり顔がここまで馬鹿でかいと腹立つわね」 炎龍・宵闇の背から超もふの顔を見た万理はげんなりした様子で言った。 どんぐりまなこのしたり顔、ただし目は虚ろ。 もふ毛はないけれど宵闇の瞳の美しさを知る万理には、あの目はありえない。どよーんとした視線を向けられると此方まで鬱々としてくるし、可愛いどころかさっさと駆除してやりたくなると言うものだ――が。 何だろう、この気持ちは。 万理は宵闇を方向転換させた。下半身を宵闇に安定させ、構える弦、矢をつがえ―― 「‥‥万理さん?っっと、紫樹!暴れるな!」 仮初の離反を起こした万理に琉璃が気付いた。だが、琉璃は正気でも騎乗している炎龍の紫樹が術中に陥ったようだ。何とか振り落とされまいと体制を整えるので手一杯、解術間に合わず万理は矢を放った。 「‥‥何、純粋な心のお姉ちゃんでないと魅了されんのか!?」 間一髪交わした崔が妙な感心をする下で、駿龍の夜行が『ないない』とでも言うように頚を振っている。ちなみに紫樹は雄龍だ。 しかし何ともっふりした後頭部。 「顔は好みじゃないから大丈夫として‥‥危険だな」 非常識な大きさなのを除けば、後頭部と仕草は至って愛らしい毛動物のそれで。ぐるりと一周すべく、崔は夜行を大きく旋回させた。 「聞きしに勝る、もふもふっぷりですね。月慧、もふもふっぷりに負けないよう頑張って倒しちゃいましょう」 もふもふっぷりを堪能、もとい観察してから攻撃しよう。駿龍の月慧ににこやかに語りかけて、露羽は空を滑らかに渡る。 『ふ〜〜〜も〜〜〜〜〜〜』 遊んでくれると思ったか、超もふは月慧に向かって片前脚を出して、ていっ。 鮮やかにかわし、露羽は艶やかに微笑んだ。 「鬼さんこちら♪」 「――などと、龍を使って鬼ごっこをしている開拓者達であった」 地上では御言の解説が続いている。こちら、もふら牧場。 「もふらさま〜いっぱい、い〜っぱいあそぼ〜♪」 もふらの群れに飛び込んでゆく奏音、もふもふと歓迎されて早々に馴染んでいる。 なでなでしたり、すりすりしたり、おっきい仔の背中に乗せてもらったり。群れに突進してぽふんと埋もれるのは藍玉だ。 「もふらさま、ちっちゃいのも可愛いです‥‥あ、焼餅焼いちゃう藍玉も‥‥どちらも可愛いです」 全部まとめてぎゅぎゅっと抱き締める乃木亜。 「実に楽しそうである」 ところで奏音の猫又、クロはどこ? おや、もふもふの白い花畑で幸せを満喫している奏音の背後から、そーっと抜け出す黒い影。 (『‥‥あいつの気が私から逸れているうちに‥‥』) 何とクロ、脱走を図ろうとしていた。 もふりもふられ中の奏音はクロの離反に気付かない。クロは忍び足でトコトコ離れようとしている―― (『もふら達よ、君達の事は忘れない。ありがとう‥‥そしてさらばっ』) さらば束縛の日々、おいでませ自由! 「わ〜猫又さんって珍しいですよね〜お目々の色が左右違うんですねぇ」 梨佳に捕まった! 普通の猫と同じように構いたがる一般人は幼い奏音と何ら変わりなく、艶やかな黒被毛を遠慮なくもふってくる。 「かくしてクロの逃亡は失敗に終わったのであった」 「‥‥さっきから誰におはなししているんですか?」 クロを捕まえたまま御言を見上げて問い掛ける梨佳だが、それは聞いてはいけない。何故なら解説だから。 貫徹のお説教から開放されて自由謳歌中の梨佳は、閃と改めてご挨拶。 「初めまして。僕は海神・閃と言います。よろしくね。この子は愛龍の風花っていうんだ。仲良くしてくれると嬉しいな」 「風花さんは駿龍さんですね〜あたしのお友達龍さんも駿龍なんですよ〜♪」 ギルドから借りて乗った事のある龍を思い出し、ほんにゃり笑う。 当の貫徹はと言うと。 「梨佳ッ!まだ話は終わっておらんぞ!信頼というものはだな‥‥何ッ、さっき食ったばかりだかろうが、キサマらはッ!」 「「ごはんもふ」」 「「「ごはんさんもふ〜♪」」」 餌付け完了済、牧場のもふら達に囲まれていた。もふら達に『ご飯くれる人』と認識されたらしい。あっちへ行ってももふもふ、こっちへ行ってももふもふと催促されている。 「ええい大人しくせんかッ!赤石ッ!はぐれもふらが出ておるぞ!」 もしゃもしゃともふらの顎を掻き撫でて真っ向挑む貫徹は、言動の荒っぽさとは裏腹に意外と世話好きかもしれぬ。 もふらの群れに埋もれる一尺七寸の『ご飯さん』から少し離れた所で、もふらに餌をやっている姉弟ぽい姿は、煌夜と照れまくりのヒデだ。 「もふらさまの餌遣りって、いつもこんな風なの?」 「そうだよ。こいつら食う事しか頭にないみたいで‥‥こらホントウだろが!」 「「ちがうもふ」」 「ねむるの、すきもふ」 「あそぶもふ」 口々に異論を並べるもふら達だが、要は『食う寝る遊ぶ』が好きなぐうたらさんが多いようだ。 はいはいと笑顔でぐうたらさん達の主張を聞き流して、煌夜はもふら達を誘導する金の龍を頼もしげに見つめた。 炎龍には珍しく温和な部類に入るレグルスの、もふら達の扱いは至極丁寧だ。優美な姿のレグルスの鱗に時折日の光が反射する。日差しを遮っている超もふがいなければ、もっと高貴な姿を見る事ができるのだが‥‥ (「戦闘班のみんな、お願いね」) 牧場の日照権を侵害している傍迷惑なアヤカシを見上げて祈る――が、やっぱり超もふの姿は気が抜けるわねと、苦笑した。 さて、再び空の状況。 ここに稀有な主従が一組いた。南洋と八ツ目だ。 「八ツ目よ。あの毛並みに思う所あるか?」 侍が朋に尋ねた。全く気にならないとでも言うように、八ツ目はふんと鼻を鳴らした。 この主従、周囲が攻撃を躊躇ったり龍の制御不能になる中、一切そのような精神的な揺らぎを受けずにいた。絶妙に超もふの短い前脚をかわし飛びながら、南洋は八ツ目に団体行動の教示を施す。 戦況を冷静に判断しつつ飛行続ける南洋と八ツ目の視界には、もふ毛に溺れる仲間達。白い毛に点々と見えるは人か龍か。 「この手触り、感触‥‥気持ちいいです〜」 ぎゅむぎゅむともふっている露羽の表情は恍惚としていて、傍で毛を掻いて遊んでいる月慧と一緒に雲の上にいるかのようだ。 琉璃は自身は正気なものの紫樹の制御不能に陥っているし、万理は宵闇と飛行訓練。 「だってあのもふもふ、衝撃波を撃ってもつまらないのですもの」 風にそよぐ程度の靡きしか見られなくて、拍子抜けしたとか。飽きたら戦線復帰するわねと操龍術の練習に懸命だ。 ――と、異常発見。 「八ツ目。茜姫の側に着けよ」 青空に美しく映える茜姫の姿に騎乗しているはずの一が見当たらぬ。南洋は急ぎ八ツ目を向かわせた。 一は茜姫の頚にぶら下がっていた。落下しない為に手綱を自身の手に確りと巻きつけるように握っていたのが幸いしたようだ。助け上げられて我に返った一は南洋に礼を述べ、問うた。 「南洋さんは平気なんですか?」 遠目に見るだけならまだしも、遠距離攻撃の射程内に入るだけでも抗いがたい魅力を発している超もふ相手に、平静を保っている南洋と八ツ目が不思議でならない。 「自分は、ぼーっとしてしまいました‥‥」 恥ずかしいです、と己を恥じる一と主の想いが伝わったか神妙な茜姫。なお、落下に至った経緯は、主従ともに超もふに抗いきれず意識が飛んだ状態だったようだ。 「いや、皆苦戦しているのだ。恥じる事はない」 挽回しますと得物に炎纏わせた一は茜姫にも気合を入れさせて再出撃。離れて行く後姿を見送った南洋は一瞬考える。 己と八ツ目が超もふに魅力を感じないのは偶々なのだ――多分。 なのに、出立前の崔の言葉が脳裏を過ぎる。 (『流石に問答無用で魅了される程純粋な心持ち合わせてる歳じゃねえが、年齢性別不問の凶悪さはあるよな‥‥特に後ろ姿』) 純粋な心。 「八ツ目よ。私には‥‥いや、やめておこう」 生来の悪人顔で損をしてばかりの南洋だ。主の悩みを知ってか知らずか、八ツ目はただおとなしく浮揚している。 南洋に悩みの種を植え付けた張本人はと言うと、超もふへ果敢に向かい攻撃中。 夜行を鋭く方向転換させた崔、超もふに突っ込み気をぶつけた。超もふの反撃を待たず素早く離脱した崔は、げんなりした様子で独りごちる。 「うっわ、見ちまったよ‥‥」 超もふの生気のない虚ろな目。 どんより濁った瞳は底なし沼のような不気味さを漂わせ、被毛の魅惑など簡単に帳消しになる。正直お近づきにもなりたくないが相手はアヤカシ、討たねばならぬが開拓者の使命。 一般的な炎龍とは違い人懐こく大人しい気質の紫樹ではあるが、アヤカシの術を耐えるのは辛かったようだ。何度目かの乱心、大好きな主に背いたのを悔いる様子の紫樹に、暴れたのは術のせいと頚筋を撫でて優しく言い聞かせる。 「これからが本番です。行きましょう」 巫女たる身、専門に扱っているのではないけれどと、琉璃は凛々しく弓を構え攻撃が佳境に入っている超もふへ一矢報いた。 『ぐ、ぶぅ〜〜〜〜も〜〜〜〜〜!!』 苦しげに吼える超もふに一と茜姫が迫る。 「早く倒れてください!」 如何に目付きが悪かろうと、何だか本物のもふらさまを苛めている錯覚に陥ってしまう一である。もはや滅茶苦茶にばたばたさせている超もふの前脚を掻い潜り急降下、茜姫の赤銅の刃が引き裂いた傷口を抉るように一が長槍を喰らわせる。 「残念ですが、超もふともお別れですね。さて月慧、行きますよ」 もっふり頭上に別れを告げて、月慧に騎乗した露羽は置き土産にとざっくり斬り付けて離陸。以上、見事な三連携。 「八ツ目よ。これが団体行動と言うものだ」 攻撃に転じた開拓者達を見学しつつ甲龍に諭す南洋。そこへ空中散歩から宵闇が戻って来た。飛行訓練に飽きた万理は再び超もふに射掛けてやろうと矢をつがえ―― ばむん。 何だか馬鹿でかい風船が破裂したような音を立てて、超もふは消滅したのだった。 相変わらず地上では御言の解説が続いている。 「しかし不思議である。あれほどの音がしたのに衝撃が一切ない」 確かに破裂音の割に衝撃も風圧もなかった――のだが、もふら達は大混乱。 「「ばーんもふばんもふばばばb‥‥!!!」」 「みんな〜おちつくの〜だいじょ〜ぶ〜だから〜」 奏音が宥めるが、ちっちゃい奏音は恐慌状態のもふら達の波に飲まれそうだ! 「奏音ちゃん!?レグルス行って!」 レグルスにもふら達の壁を命じて煌夜は慌てて奏音を救助。騒いでいるもふら達を懸命に宥める。 「大丈夫、アヤカシが倒されただけ。大丈夫だから!」 「もうダメもふ‥‥まっしろでなにもみえないもふ〜〜〜」 ――真っ白? そう、超もふが消滅した事で、急にお日様が牧場を照らし出したのだ。 「フン、紛い物の討伐は無事完了したようだな」 赤石にもふら拡散防止の柵代わりをさせ、自らも両脇に仔もふらを抱えていた貫徹が小気味良さげに言った。 「皆で一息つく時間くらいはあっても良いだろう」 「‥‥もう大丈夫ですね。僕も手伝います」 梨佳やヒデ、牧場のもふら達を有事の際には何が何でも護り抜く覚悟を決めていた閃は安堵の息を吐いて、貫徹の後に続いて宿直小屋へ入って行ったのだった。 |