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■オープニング本文 とげつあん、という名の茶店がある。 兎月庵と表記するこの店は、屋号よろしく亭主が搗く餅の美味さに定評がある。 茶を供すると共に持ち帰り用の菓子も売る。求められれば慶弔用の餅の仕出しも行う店である。 ●餅花愛でて女正月 新年明けて、松の内も終わろうかという頃。 餅花が揺れる開拓者ギルドの入口を、小さな包みを持った女が潜った。新年の挨拶に続いて年末に人手を借りた事への謝辞を述べる女は、兎月庵のお葛である。 報酬は既に受け取っているのだから気にする必要はないと固辞する係に菓子包みを押し付けて、お葛は笑って言ったものだ。 「今日は話し相手が欲しくて来たの。もしお仕事に障らなければ‥‥お付き合いくださらない?」 松が取れぬ事とて偶々暇を持て余していた。では少しと係はお葛を接客用の個室へ誘い、小休憩を決め込む事にする。 手土産の中身は福梅。薯蕷饅頭に焼印の梅が愛らしい正月菓子だ。 お茶を運んできた梨佳を交えて、女三人は昼下がりのお喋りに時を過ごす―― |
■参加者一覧 / 天津疾也(ia0019) / 北條 黯羽(ia0072) / 水鏡 絵梨乃(ia0191) / 井伊 貴政(ia0213) / 犬神・彼方(ia0218) / 葛葉・アキラ(ia0255) / まひる(ia0282) / 奈々月纏(ia0456) / 橘 琉璃(ia0472) / 鷹来 雪(ia0736) / 蘭 志狼(ia0805) / 佐上 久野都(ia0826) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 鳳・陽媛(ia0920) / 巳斗(ia0966) / 霧葉紫蓮(ia0982) / 天宮 蓮華(ia0992) / 奈々月琉央(ia1012) / 巴 渓(ia1334) / ルオウ(ia2445) / 瑞木 環(ia2772) / 斉藤晃(ia3071) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / 倉城 紬(ia5229) / 神鷹 弦一郎(ia5349) / 設楽 万理(ia5443) / 菊池 志郎(ia5584) / 由里(ia5688) / 舞坂 楓(ia5773) / バロン(ia6062) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / ルファナ・ローゼル(ia7550) / 千羽夜(ia7831) / 亘 夕凪(ia8154) / 瀧鷲 漸(ia8176) / 趙 彩虹(ia8292) / 濃愛(ia8505) / 草薙 慎(ia8588) / 舞賀 阿月(ia8658) / ルーティア(ia8760) / 和奏(ia8807) / 茜ヶ原 ほとり(ia9204) |
■リプレイ本文 「もう年が明けて半月経ったのよねえ‥‥」 兎月庵の女将お葛は渋茶を啜ると半月前の繁忙を思い出して語り始めた。 ●兎月庵の一年で最も忙しい日 年の瀬晦日、真冬でありながら厨房は夏のような熱気に包まれていた。 粳米を蒸す匂いが充満している。蒸しあがったばかりの熱々の蒸篭を両腕で抱えた蘭志狼(ia0805)は、作業台に向かう知己の姉弟の姿を見つけ、軽く会釈した。そのまま裏庭へ蒸篭を運んでゆく志狼に会釈を返し、姉弟は黙々と餅を成形し続ける。 弟の霧葉紫蓮(ia0982)は長く平たい餅、のし餅の担当だ。 「餅を決まった大きさに伸ばせばいいんだよな?」 そう言って道具を用いてうにっと伸ばす。きれいに伸びた餅を整え餅取り粉で撫でて一個終わり。 「これは‥‥中々に楽しいな」 何かがツボに嵌ったようで、黙々と作業に没頭している。 姉の天宮蓮華(ia0992)は丸餅担当。甘味好きで普段から団子を作る事も多いという彼女の手付きは慣れたもので、食す者の幸福を祈りつつ形良く丸めてゆく。 せっせと丸めながら仲間達を見渡して‥‥食いしん坊発見。 「みーくん、お餅の摘み食いはダメですよ?」 寸での所で未遂に終わった巳斗(ia0966)、ついつい手を出しかけてしまったのだが―― 「みーすけ、鼻の頭に粉が付いてるぞ?」 まだ食べていないのに、紫蓮に意地悪を言われてしょんぼり。真っ赤になっている巳斗を白野威雪(ia0736)が庇い立てた。 「みーくんは粉の付いた手で鼻の頭を触ってしまっただけですわよね」 「ボク顔も触ってないですっ‥‥うぅ」 憧れのお姉さんに庇ってもらったのは嬉しいけれど、本当に未遂なのにと最早涙目。ニヤニヤ笑いでいる紫蓮を蓮華が窘めた。 「紫蓮、み−くんを苛めてはいけませんよ?」 「‥‥ちょっとからかっただけだ」 大事な姉に叱られて、むすっと膨れた弟は黙々と作業に戻って。苦笑した蓮華は巳斗に「後でお餅を分けていただきましょうね」と囁いた。 「お汁粉にお雑煮にきな粉餅‥‥あとで食べても良いのですかっ」 目を輝かせた巳斗に優しく微笑む蓮華。食いしん坊に仕事の後のお楽しみができたのだった。 裏庭では威勢のいい音が響いている。餅搗きだ。志狼が蒸篭を運んでいくと、丁度餅が搗き上がった所だった。 仕上げの一打ちを終えた瀧鷲漸(ia8176)はかなり大柄の女性だ。重いはずの杵を軽々と片手に握っている。じろり、と睨むように振り返った。上背に見合ったメリハリのある身体付きに、世の不埒者が放ってはおかないだろう事は想像に難くない。 粉を振った取り板に搗いたばかりの餅を移して厨房へと運んで行った漸を見送り、志狼が持って来た蒸篭から蒸米を臼に移して固さを見ていた平吉が言った。 「これは鏡餅にしよう。搗き過ぎないように頼む」 「お湯はあまり含ませない方がいいんですか?」 返し手を担当していた菊池志郎(ia5584)の問いに平吉が頷いた。鏡餅はあまり柔らかいと重みで平たくなってしまう為、固めに蒸し粒が残る程度に搗くのだとか。杵の重さを確かめていた志狼に、よろしくお願いしますと穏やかな笑顔を向けた。 ぺたん、ぺたんと長閑な音が響き渡る。菓子職人のように慣れてはいないけれど、危なげのない志狼の杵捌きだ。真剣に一搗き一搗きを搗き上げている。 手返しを続けながら志郎はしみじみと話しかけた。 「こうやって餅を搗いていると、正月が来るということを実感しますね。神楽に来てから季節の行事が色々体験できて楽しいです」 陰穀の貧しい農家に生まれた志郎は、食うに困る生活と言うものを知っている。楽しいと感じるとともに、天儀に住む全ての人々がアヤカシに怯えず、食べ物に不自由なく楽しい正月を迎えることができればいいのにと願わずにはいられない。 平和への願いを込めて手返しを続ける志郎に志狼は「そうだな」と返した。 「季節行事は大切にせねばならん」 人々に季節を感じるゆとりが齎されるよう、新しき年への希望を込めて兎達は餅を搗く。 斉藤晃(ia3071)の慣れた所作を見つめていた舞坂楓(ia5773)は、晃から杵を受け取って「勉強になりました」と一礼した。 仕事の後の酒を楽しみに杵を振るっているだけの晃は面食らっているが、楓としては大真面目だ。当代第一線の開拓者、同じサムライの道を歩む人の動作は、開拓者として歩み始めた楓にとって学ぶ所が大きかった。先達の身のこなしに近づけるよう、真剣な面持ちで臼に向かう。 平吉のお手本を、目を輝かせて眺めていた平野譲治(ia5226)は、うずうずしている。やってみたいらしい。 「おいらにもやらせてくれよっ!」 大丈夫かと渡された杵は大人でも重いものだ。何とか構えるのはさすが志体持ちと言った処、遊び感覚で楽しんで搗き始めた。 むにっとしていた。 「ほらあ、こんくらい柔らかくなるまで搗くんだよ、わかった?」 粘らないから触れてみなとまひる(ia0282)に手を導かれ、草薙慎(ia8588)は焦った。 こんな時、どんな反応を示せば良いのだろう。 (「終わったらいちゃいちゃしたいし、そのくらいは許してくれるだろう‥‥って」) 予想外のいちゃいちゃだった。 「あ、あぁああ、わかった!!」 とても良く理解できた。まひるの胸の柔らかさ。まひるを相方に、慎は慌てて杵を構える。 「平吉のおっちゃん、こんなんでいいのかー?」 夢中になって搗いていたら、あっという間だった。満面の笑みでルオウ(ia2445)が問えば、平吉が良しと頷く。 「早く食いたいなー」 こらこら売り物だろと、ルオウの返し手をしていた亘夕凪(ia8154)が苦笑した。 餅が食べたくてやって来た元気少年は、本能のままに餅を搗く。却ってそれが良いのか、妙に美味しそうな搗き上がりだ。 「親仁さん、この餅は丸餅用だったね」 「ああ、そろそろ休憩に行ってくれ」 返し手だけでなく、水を含んだ粳米や蒸米の搬送、厨房との連絡など朝からずっと休み無く働いていた夕凪だ。じゃあ遠慮なくと搗き上がったばかりの餅を厨房へ運んで、夕凪は前掛けを外した。表に回って自分の分の餅を買っておこう。新たな歳神様をお迎えする為に。 ●時間勝負 夕凪が運び込んだ丸餅用の搗き立て餅を引き取って、橘琉璃(ia0472)が皆を急かした。 「手早くやりましょう。餅はすぐに固くなってしまいますから‥‥」 こくりと頷いた倉城紬(ia5229)の手付きは素早く正確だ。我流でもそこそこの腕前を持っている紬だが、店ごとの作法があると考えお葛に教えを請うた。礼儀正しく作業の合間に確認した甲斐あって、見事な丸餅が仕上がってゆく。瞬く間に並んだ丸餅が入った餅箱は、作業の妨げにならないよう気をつけて積み上げる。 「丁寧に素早く、かつ美しさを衰えさせずに」 言葉に違わず高速の手捌きで綺麗な丸餅を仕上げてゆく雲母(ia6295)、黙々と集中して丸め続けているが、生来の研ぎ澄まされた感覚が摘み食いを許さない。もしそんな不届き者がいたら、粉のついた白い手でデコピンのお仕置きだ――が。 「はわ!?琉央琉央ッ、めっちゃキラキラのお餅さん達がウチ呼んどるッ!」 「待て、纏」 厨房へ入ってきた甘味好き、藤村纏(ia0456)が、卒倒しかねない程歓喜に目を輝かせて恋人に首根っこを攫まれた。 このままではお餅さん達が纏の餌食になってしまう。琉央(ia1012)は一言ずつ噛んで含めるように言い聞かせた。 「いいか纏、お餅さん達は天儀の皆さんのお宅に呼ばれているんだ」 しゅんとする纏に琉央は優しく付け足した。終わったら、自分達が作った餅を二つほど買わせて貰おうな、と。 さて、今回作るのは鏡餅と丸餅だけではない。 「同じお餅なのに、形が違うと名前も代わるのですね‥‥もしかして、お値段もですか?」 のし餅を前に感心している少年がひとり、和奏(ia8807)だ。形だけでなく、鏡餅は大きさによっても値段は違ってくるのだが、商売の妙を感じて感心しきりである。 同い年の千羽夜(ia7831)が、くすりと笑った。 「和奏くんって箱入りのお坊ちゃまみたいね」 「‥‥え、そうですか?」 実は実家を離れるまでは厨房の入口にも立った事がない和奏である。両親の望むままに開拓者となった彼だが、初めての一人暮らしは何かと目新しく新鮮な驚きに満ちている。 兎月庵厨房内の業務用道具にも興味津々で、のし餅作りに挑戦した訳だが―― 「えーっと‥‥」 千羽夜を真似てやってみたはずなのに、何故か餅は伸びてくっついて板から取れなくなって。 「ど、どうしましょう‥‥」 「和奏くん餅取り粉忘れたんじゃない?ほらこの粉をこうやって――」 ――くしゅんっ! 「ゴ、ゴメンなさいっ!」 両手合わせて謝る千羽夜の前では、白粉顔の和奏が目をぱちくり。 慌てて布巾を濡らして来た神鷹弦一郎(ia5349)、和奏の白まるけにくすくす笑っているお葛と遭遇した。どちらからともなく、いつもお世話になってますと挨拶を交わす。実は餅に触れるのは初めてだと続けた弦一郎に、お葛は意外だと言った。 「いつもお見かけしていますから、てっきり慣れてらっしゃるかと」 「観月の時は洗い場だったんだ」 あの時の膨大な量の皿を黙々と洗い続けた弦一郎は、今回は皿と同様に黙々と餅の成形にひたすら専念していた。何処か通じるものがあるのだろうか、否、弦一郎の寡黙で地道な人柄に拠るものが大きいかもしれない。彼の作る丸餅は形の揃った美しい餅であった。 「上がったぞ、鏡餅で頼む」 裏庭から餅を運んできた志狼から餅を受け取った弦一郎に、お葛はお願いしますねと声を掛けて店へと出て行った。 ●迎春準備 兎月庵の店内から表庭にかけては一般の茶店となっている。客に茶と甘味を供し、求めに応じて持ち帰り用に包み売る。普段は喫茶客の方が多い兎月庵だが、晦日三十日ともなればさすがに喫茶客より正月餅を購う客の方が多かった。 さて街頭販売に出かけましょうと仕度を終えた由里(ia5688)の足を止める呼び込みの声。 「さぁさぁ急ぐ足をちょいと止めて見ておくれ! 門松、おせちに乙女の晴れ着、正月迎えにゃあ欠かせない。 だけど忘れちゃいけない縁起物! とくらぁ兎月庵自慢の鏡餅! 旧年を丸く収めて積み上げて、新年祝いのこの逸品! お買い忘れしちゃあ、だいだい飾りの目に涙!! さぁさ、どちらさんも買って新年笑顔で迎えましょうや!」 ――思わず全て聞き入ってしまった。 (「あたしも頑張ろっと」) 気合を入れて出かけてゆく由里である。 威勢の良い口上の主は巴渓(ia1334)、世界各地を巡り様々な職種を経験してきた彼女の口上は聞く者の心を惹き付けて止まない。買うつもりがなくとも、見事な口上に釣られて人が集まってくる。最初は野次馬でも聞いているうちに買う気になってくるから不思議だ。 (「称号に恥じへんように頑張るで!」) 負けじと天津疾也(ia0019)が売り捌く。何せ彼が冠する称号は『商魂!!! 』商い事で負ける訳にはいかないのだ。 互いの相乗効果で次々と売れてゆく。舞賀阿月(ia8658)が慌てて厨房へ餅箱を取りに走った。 「すみません。店頭に持って行っていい鏡餅はどれでしょうか?」 「ああ、そこの箱ならもう動かしていい。頼む」 弦一郎に教えられ、阿月は餅箱をふたつ抱えて表へ戻る。こんな時、志体持ちは常人より効率よく運搬可能だ。 戻って来た阿月に礼を述べて、客に鏡餅を包む鳳・陽媛(ia0920)、可愛い給仕服の少女に新しい年の幸福を祈られて、客はほのぼのと店を後にした。隣では礼儀正しい接客態度で応対する瀬崎静乃(ia4468)に客の御婦人から「若いのに偉いわね」のお褒めの言葉が。 笑顔を絶やさずに接客を続ける妹の姿は健気で愛らしい。 皆が凍えないよう火鉢の用意をしていた佐上久野都(ia0826)は陽媛にそっと近付いて、言った。 「しっかり温かくして頑張っておいで」 その言葉が妹には何より温かく嬉しいもので。兄と一緒だから頑張れる優しい妹は張り切って笑顔を人々に向けた。 ●出張店舗 一方、出張販売に出かけている者もいる。 十一名の開拓者達は何組かに分かれて神楽の街に散った。ある組は商店街の片隅に、またある組は街道へ。 早朝には朝市の立つ商店街の片隅に『餅』の幟が立った。傍で呼ばう可憐な声が客の足を止める。 「お正月に兎月庵の鏡餅いかがですかぁ〜丸餅もありますよ〜!」 由里の神秘的な円らな紫瞳に引き込まれるかのように、一人また一人と近付いて餅を買い求める。 (「うふふ、報酬の良さそうなお仕事があって良かった♪」) こっそり家を抜け出してきたお嬢さん、仮初の自由(?)を満喫している。嬉しそうな微笑みがまた人を呼ぶのか、集客効果も上々だ。 (「あとは、お手伝い中にかっこいい男の子に出逢えれば♪」) 由里の野望はまだ始まったばかりである。 「張り切って旗袍なんて着てくるんじゃなかったわね」 実に艶っぽい衣装を身に纏った設楽万理(ia5443)が、寒さにガチガチ震えている。 「とっても似合ってるアルヨ?」 袖ほとんど無いじゃないとぼやく万理へ、瑞木環(ia2772)が首を傾げて言った。 似合っているが今は冬だ。寒い。寒すぎる。 「冷え性の私にはキツいわ」 そう言えば、今日は腰を温める用意をしていなかった。思い出した途端に冷えが更に身に染みる。 せめて袖があればと二の腕に鳥肌立てて餅を売っている万理の側を、暖かそうな上着を纏った人々が暮れの買い物を済ませて通り過ぎていった。 「アキラさん大丈夫かしらねえ」 血相変えて追いかけていった同僚の事を思い出す。 つい先程の事だ。以下、回想―― 幟に目立つ衣装、正月らしい曲を携えて餅を売っていた兎月庵街頭販売員達に絡んだ不届き者がいた。 「なんだぁ、何かの見世物か?」 わははと笑う酔っ払い。年の瀬とて昼間っから酔っているらしい。長着の上からジルベリアの『ふりるのえぷろん』を着けて女給風に装っていた葛葉・アキラ(ia0255)が、これも仕事と応対する。 「見世物ちゃう、え・い・ぎょ・お」 「営業?興行の間違いじゃねえのか?」 そんな他愛もない遣り取りが延々続いた果て、酔漢は更に悪絡みし――切れたアキラが開拓者の力で小餅をぶつけたから堪らない。ぎゃぁと一声、一気に酔いも醒めた客が逃げ出すのをアキラは追いかけていった――と、以上回想終わり。 心配しつつ餅を売り捌いていると、近付いて来る黒髪の美少女。 「ただいま〜ちゃんと代金いただいてきたで?」 頬の端に笑顔を貼り付けたまま、アキラは鏡餅代金を料金箱に納めた。 「‥‥?アキラ投げたの、小餅ネ?」 明らかに多い代金に環が首を傾げた。これには客引きにと笛の音を奏でていた佐伯柚李葉(ia0859)も不審に思って演奏を止めた。 「アキラさん?」 「半強制的な素敵笑顔と共に…な」 黒さの残る笑みを浮かべたアキラは、あっさりと言ってのけたのだった。 場所は変わり、街道で逢引――もとい、営業に出ているご夫婦。 大街道を少し下り、道祖神が祀られているのを見つけた北條黯羽(ia0072)が、ここにしようと荷を置いた。犬神・彼方(ia0218)が『兎月庵』と書かれた幟を立てる。 「さ、兎月庵の搗き立ての餅だぁよ、美味いのぉはお墨付きさね。買って損はぁないよ!」 上背の高い目立つ美形二人、人通りの多い場所でもあり、彼方の呼び込みに人がすぐ集まって来た。正月準備は勿論、帰省土産に小腹満たしに、売り上げは上々だ。 ――が、にこやかに餅を売り捌く黯羽を見ていると、ちょっかいを掛けたくなってくる彼方のおやぢごころ。 客足がひと段落付いた所で妻ににじり寄って腰に手を回し‥‥あ、黯羽が逃げた。じろりと睨めつけた黯羽に悪びれもせず彼方は言ったものだ。 「お仕置きだぁね」 ぞわり。 何かとてつもなく不吉な寒気を感じて黯羽は身震いした――その後の事は夫婦のみぞ知る。 さて、再び街中へ。 万理達とは別の商店街へ向かった趙彩虹(ia8292)は寅の着ぐるみで営業と防寒の両立だ。 「ちゃ、ちゃんと考えて着てるんですよ?子供たちが足を止めれば親御さんも止まりますしね♪」 彩虹の一生懸命な説明にうんうんと納得している水鏡絵梨乃(ia0191)。何せ着ぐるみが目立ったおかげで合流する事ができた。同行のバロン(ia6062)・ルーティア(ia8760)親子や、彩虹の友人からす(ia6525)と挨拶を交わし、一緒に売り始める。 彩虹が引き付け、ルーティアが大きな声で呼びかけて、絵梨乃とからすは事前に用意していた餅で試食を作って販売数を増やす作戦だ。 「やあ、お疲れ。茶はいかがかな?」 友好的に声を掛け、からすは兎月庵の餅の美味さを人々の舌に直に訴える。絵梨乃は若い女性に、ルーティアは同年代の少年少女に、バロンは子を持つ親と小さな子供達に―― 「親父、何してるんだ?」 ――請われるままに餅を配っていた。 子供が好きなのでつい‥‥と言うバロンだが、物は売り物だ。 「何かやらかすのはルーティだと、バロン様は問題ないと信じておりましたのに‥‥」 「必要なら所持金から出すか、報酬から引いてもらおう」 嗚呼情けないと肩落とす彩虹に、悪気もなく言うバロン・45歳―― ●閑話休題 「‥‥そ、そんな事があったのですか」 驚くギルド係に、お葛は喋り過ぎたわねと口元を押さえた。 実際の所、記録に残っていない『ここだけの話』というのは色々あるものだ。 例えば、生産販売の手伝いなのに新作開発をしたがるとか、厨房に入った途端に休憩用の甘味を作り始めるとか、仕事抜きで動く者も少なからずいる。 勿論、仕事の事ばかりで楽しむ事を完全に忘れてしまうのではつまらないだろう。 だけど『その仕事は何を求められていて、自分はどう応じられるか』を考えて行動するのは、大切な事ではないだろうか。 「ご意見、お預かりしましたわ」 神妙な顔で係は瞼を伏せた。 ●晦日蕎麦 「蕎麦をいただけぬのは残念だが、家に妹を待たせている身でな」 ご無礼お許し願いたいと頭を下げる楓に、お葛は一日働き詰めでお疲れ様でしたと深々と辞儀を返した。 「妹さんは、どのような方ですの?」 お葛の問いに、男勝りの物腰だった楓の表情が和らいだ。楓の妹は巫女で自分は彼女の守り役になるべく修行の半ばなのだと言う。 「明るく大らかな娘でな、そそっかしくて世話が焼けるのだが、いつまでも変わらずにいて欲しいと思う」 仲がおよろしいのですねとお葛は小さな鏡餅を土産に手渡した。 「楓さんが搗かれたお餅です。どうかよいお年をお迎えになってくださいね」 「お二人も。良き新年を迎えられるよう、新しき年によい商いが出来るように祈念致す。では」 「街頭販売組、戻ったよ」 楓と入れ違いに、からす達が戻って来た。バロンから申告分の料金を徴収する。 「おや、いい匂いがするね」 ひくひく鼻を動かした絵梨乃に悪戯っぽく笑って、付け合せは何がいい?と尋ねるお葛だ。 「付け合せ?」 「お蕎麦を打って貰ったのよ」 店仕舞いしたはずの兎月庵にはまだ明かりが灯っている。では手伝おうと、からすが厨房へ消えて行った。 今日一日、餅の匂いと熱気が充満していた厨房は、今や出汁の匂いで満たされていた。 「お疲れ様、蕎麦は二八か十割、具も色々あるから選んでね」 仕事を終えた開拓者達を迎え入れるのは、にわか蕎麦屋の井伊貴政(ia0213)。にわかとは言え腕前は料理人のそれ、琉璃はじめ料理上手の開拓者は多いが、納得の出来だ。 「もう腹ペコですっ」 「野菜の天麩羅はございますか?」 巳斗には求めるだけの麺を、菜食の雪の要望にもきっちり応える。 「働いた後の蕎麦は格別だな‥‥ありがとう」 紫蓮が貴政に礼を述べる隣で、同じ想いの蓮華である。 こうして皆と一緒に年を越せるのが嬉しい。新しい年への願いと祈りを込めて、蕎麦を堪能する。 「忙しかったけど温かいお蕎麦を食べれて心も体もポッカポカ。うれしい〜♪」 「冷えた体には救いだわ‥‥」 和気藹々ほのぼのと蕎麦を啜る由里と万理、柚李葉は玉ねぎと桜海老たっぷりのかき揚げを乗せて幸せそうだ。 様々な要望に応えられるよう準備された蕎麦の付け合せから阿月は葱に芹、油揚げと練り物を選ぶ。漸は蕎麦を冷水で締めて貰ってざる蕎麦だ。掻き揚げ二枚入りの蕎麦を所望した久野都は、一枚を半分に割って陽媛の椀へ。月明かりの下、兄と並んで蕎麦を啜る事に趣を感じて、陽媛は微笑んだ。 当然のように山盛七味をぶっ掛けて食べているのはアキラ。ぎょっとした環の視線に気付いた。 「ん?どしたん?…あ!これが足りへんのやわ、きっと」 そう言うなり、環の返事も待たずにどっさり。 「‥‥ちょ!ナニするアルカ!!」 「熱々の蕎麦に辛味‥‥うん、こうでなきゃね」 半泣きの環を他所に、悪気の全くないアキラはご満悦。そこへ環に新たな試練が。 「蕎麦、蕎麦といえば葱。葱といえば焼き白葱。これだけは譲れませぬ」 焼き白葱の皿を手に回っていた茜ヶ原ほとり(ia9204)が、てんこ盛りに焼き白葱を乗せる。 「お〜赤と白の対比が綺麗やな〜」 「更に赤の彩りを」 「やめ、ワタシのソバ‥‥」 ほとりが愛用の黄金一味を取り出した。最早食べ物ではない‥‥ おやおや、と騒ぎに肩を竦めた夕凪の椀も薬味と辛味がたっぷりだ。尤も、限度を弁えて入れた薬味は、身体を温めて疲れを取ってくれる。向かい側には、それはもう幸せそうに蕎麦を啜る譲治や、静かに出汁を味わう志郎がいた。 見かねた貴政が環に新しい蕎麦を出してやり、超特辛味蕎麦はアキラの胃袋へ。気分転換(?)が済んだほとりは再び蕎麦打ちへ戻った。 ほとりの名誉の為に補足しておくが、度の過ぎた悪戯をしている時以外は至って真面目な仕事振りなのである。偶に葱の摘み食いはするけれど。 掻き揚げを作りながら、貴政はやっと静かになったと苦笑したのだった。 慎が何か言いたそうだ。察したまひるは椀を持って庭へ出た。 二人だけの場所、ひんやりした夜風は寒いが熱い蕎麦を啜れば身体は温まる‥‥が、慎は箸で掬った蕎麦を遠慮がちにまひるに近づける。素直に食べてやって、まひるはお返しに蕎麦を慎に食べさせてやった。 「ほらさっさと食べるっ、お蕎麦が伸びるだろー?作ってくれた人とお蕎麦に失礼だ!」 恥ずかしがったり照れたりで焦らす間もありゃしない。だけど二人らしい時間。 蕎麦を食べ終わって、まひるが慎につつっと近付いた。 ちゅ〜っ♪ 「誘ってくれてありがとうね」 お礼って訳じゃないけど、と断って、まひるは慎に笑顔を見せた。 椀の中は思い遣りに溢れていた。 「はふ、あったかーい‥‥ほとりさん、貴政さん、ありがとねっ!」 千羽夜は感謝と共に蕎麦をいただきながら、今度は友達と団子を食べに来ようと考える。乙女にとって甘味は別腹、団子の事を考えただけでもお腹が空いて来る。 平吉とお葛に改めて暮れの挨拶をしていた弦一郎は、海老天を乗せた蕎麦椀を持って座敷へ向かう。弦一郎の座る場所を作って、温かい椀を両手に包み込んだ志狼が呟いた。 「‥‥今年は怒涛の一年であったが。良い、年だった」 戦にのみ明け暮れていた過去を思い返し、今の穏やかな時間に思いを馳せる。新しい年も良いものにせねばならんなと続けた彼にそうだなと応え、渓が天麩羅を齧る。神楽で過ごす初めての年越し、彩虹は仲間達を眺めながらしみじみと蕎麦を啜った。開拓者達にとって大きく世界が動き出した一年であった。 「さあ、僕達もいただきましょうか」 皆に蕎麦が行き渡り、道具も全て片付けて。貴政が静乃と紬、ほとりに業務終了を告げた。 男達が差し向かいで呑んでいる。 「今日も一日ご苦労さんとくら」 目の前の男が無口なのを知っている晃は、気にする事なく平吉と酒を酌み交わす。 今日も働く明日も働く。新しい年も働いて酒が呑めればそれでいい。 ゆっくりと餅を頬張りながら月を見上げる雲母は仕事の後をのんびりと過ごす。 (「アイツも手伝いに来てたっけ‥‥」) ルオウは自分が搗いた餅を蕎麦に入れ、まぁ関係ねぇかと汁を啜った。 「はわ。温いな、琉央もちゃんと食べとる?美味しいよー♪」 湯気の向こうでほんわりと纏が言った。 「纏の丸めた餅も美味いぞ」 自分達の成形した丸餅を一つずつ購入し、交換した二人である。纏の椀には琉央が丸めた餅が入っていた。 湯気で曇ってしまうので、纏は眼鏡を外している。滅多に拝めない素顔の纏はあどけなく愛らしい。魅入りそうになったその時、煩悩を払う鐘の音が聞こえて来た。 「もうすぐ新しい年やなぁ」 「来年もいい年になればいいな‥‥」 しみじみと言葉を交わす琉央の唇に、何かが掠めた。人々が鐘の音に耳を傾けた、新しい年の始まりに。 「その、琉央‥‥隙有り、や♪今年も宜しくな?琉央?」 彼の一年は、恋人の笑顔から始まった。 |