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■オープニング本文 猫又は精霊の加護を受けて生まれたケモノの一種である。数は希少で高値で取引される事も多い。 時折討伐依頼が出る程獰猛ではあるが、長じれば精霊魔法をも使いこなす事から随行させる開拓者も少なからず存在する。尤も――通常の猫感覚で連れ歩いている者も、中にはいるのだが。 ●猫喫茶 開拓者ギルドに訪れた男は「猫又を貸してくれる人を探しています」と言った。 「猫の日にちなんで、猫又を店の目玉に呼びたいのです」 詳細を聞こう。 男は『猫喫茶』なる茶店を営んでいる。そこでは通常入店を断られる事の多い獣類――男の茶店では猫――と交流する事を目的としており、店内には何匹かの猫を飼っている。客は猫の相手をしながら歓談に興じる、という趣向だった。 誰が言い出したものやら、二月二十二日は『にゃーにゃーにゃー』で猫の日なのだそうだ。猫喫茶店主はその日限定で猫又を借りる事を思いついた。ツテを辿って借りる手はずを整えたのだが―― 「つけ尻尾で本数を増やした普通の猫だったんです」 猫又は珍しく、そう易々と見られるものではない。企画は既に客達へ伝わっており、皆楽しみにしているのだと言う。 「初めから此処でご相談すれば良かったです。開拓者の中に猫又を飼っている人はいませんか?」 もしよければ、どうか貸していただきたい。男は土下座せんばかりに頼み込んだ。 |
■参加者一覧
鬼啼里 鎮璃(ia0871)
18歳・男・志
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
斉藤晃(ia3071)
40歳・男・サ
九条 乙女(ia6990)
12歳・男・志
燐瀬 葉(ia7653)
17歳・女・巫
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
嘉神 都姫(ia8775)
20歳・女・陰
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●猫又 二月二十二日、朝。 猫喫茶の店主は初めて目にした希少生物に目を丸くした。 「ボンが頭を下げて頼むものですから‥‥私は気が進まないのですけれど、ちょっとだけならお手伝いして差し上げますわ」 猫が、喋っていた。 否、正確にはルオウ(ia2445)の猫又・雪が喋っていたのだが、通常は人語を喋る猫など居らぬものだから、店主は口をあんぐり開けている。 「これが、猫又‥‥」 雪は二股になった尻尾を揺らしてみせた。 その名の通り真っ白な毛並みの二股尻尾は、それぞれ別方向にゆらゆら動いている。付け尻尾ではない、間違いなく猫又であった。 しかも、そんな本物の猫又が五匹もいた。 「あたし茉莉花、ヨロシクね☆」 「も、もぉりー?」 「モーリーホァが言いにくかったら『まつりか』でもいーよ?」 趙彩虹(ia8292)と一緒に店主へ挨拶した茉莉花は丁寧に呼び方を付け加えた。白く優しげな毛並みの上に衣服を纏ったお洒落さんだ。身に纏うものの印象もあってか、飼い主の彩虹と何処かにた雰囲気を持っている。 燐瀬葉(ia7653)の肩越しに前脚を垂らしている猫又は紗々。葉に合わせて「よろしゅうなぁ」挨拶する言葉の癖は主の葉に似たのだろうか。 「我の名前は結珠。この子は鎮璃んの同居兎の林檎って言うの」 「結珠さん、しづりんって何ですか」 苦笑する主を愛称で呼ぶのは鬼啼里鎮璃(ia0871)の結珠、ユズと読む。鎮璃の懐から飛び出した綿毛兎の林檎さんを紹介した猫又、心持ち首を傾げたように見えた。 「猫喫茶なのに、兎居て良いのかなぁ?」 林檎さんと顔見合わせる結珠。二匹の様子が愛らしくて、店主は構わないと笑顔を見せた。 「うちには気性の激しい子はいないから大丈夫だよ」 寧ろ気性が激しいのは猫又達の方かもしれない。九条乙女(ia6990)の猫又、ジジは半眼で依頼人をじろり。実際に食べた事はないが、人間など食料扱いだ。 (「クソ乙女がいなけりゃ暴れてやるんだが‥‥」) ちろりと隣の乙女を見上げる。猫又貸し出しの依頼と聞いていた乙女はジジのみを猫喫茶へ寄越すつもりだったのだが、飼い主の話も伺いたいと誘われて同行したのだ。 「ジジ、私の顔に何か付いておりますかな?」 「ううん、僕ちゃんと頑張るね!」 乙女の問いに、思いっきり猫を被るジジである。 ●猫又喫茶 「今日は一日よろしゅうさん」 店主と従業員達に気さくに挨拶した斉藤晃(ia3071)、今日は裏方の手伝いに来ている。 「猫又で癒しの空間ね。色々と疲れてるやつが多いんやろうな」 ふむふむと頷く晃。店で飼われている普通の猫達の様子を眺めつつ、あれこれ準備を整えて癒し空間構築に余念がない。 またたび、毛玉に猫じゃらし。 室内には暖かそうな敷物を、そして冬にはやはりこれ。 「人間でもまるくなって寝てたくなる最終兵器や」 部屋の床を一部抜いて晃が設置したのは掘炬燵。早速、店の猫達がもそもそと探検を始めて、掛布団に見えていたお尻が尻尾だけになりするっと消えたり出てきたり。 「桃源郷なの‥‥!」 嗚呼、何というにゃんこぱらだいす。 思い思いに遊んでいる猫達の様子に、そよぎ(ia9210)が目を輝かせた。開店前の掃除をと店先に出たものの、手にした箒は止まったままで店内の猫達に釘付けだ。 「しっぽ。しっぽをさわりたい‥‥」 ちょいちょいと招くように揺れる尻尾が、そよぎの心をかき乱す。 「そよぎ様、触っていらっしゃいませ」 我慢は毒ですよとばかりに彩虹は苦笑して、そよぎから箒を取り上げた。開店前に触れ合えるのは従業員の特権だ、折角だから猫達とも仲良くなっておこう。 そんなこんなで、一日限定の猫又喫茶、開店だ。 ――とは言え、開店と同時に客が殺到するような店でもない。 従業員一同、至って長閑に客を待っていると、現れたのは開拓者。 猫又喫茶来店第一号、嘉神都姫(ia8775)は、おっとりと店を覗くと、迎えた猫達に息を呑んだ。 都姫、無類の猫好きである。長毛種、短毛種、仔猫から成猫まで選り取り見取りの状態に、思わず普段のお嬢様然とした態度が可愛い物好きの少女のそれに豹変した。 「にゃーちゃん、私と一緒に遊ぶのにゃ〜」 誰? 無意識に猫撫で声で猫達に迫る都姫だが、案外そういう猫好きは多いのか、皆慣れたものだ。従業員は勿論、店内の猫達も構わず都姫に寄って来る。都姫は瞬く間に猫まみれになって、至極幸せそうだ。 「都姫ちゃんも来たんや?」 「いらっしゃ〜い」 奥から出て来た旧知の葉と紗々に迎えられ、一緒にまったり。寄ってきた橙色のトラ猫を抱き上げた葉が、耳の後ろを掻いてやりながら暫し都姫と談笑しているうちに、葉の肩から紗々の気配が消えた。 「紗々?」 「葉ちゃん‥‥紗々どうしちゃったのかしら」 呼んでみても返事なし。すたすた離れてゆく。焼餅やなと葉は苦笑した。 こんな時のご機嫌回復法を、葉は勿論知っている。 「紗々〜おやつせーへん?」 彼女の好物を懐から取り出して強調するように振ってやると、紗々はくるりと振り返った。 「‥‥食べたってもえーよ」 口調は渋々だが、本当は嬉しいのだというのは態度でわかる。尻尾をぴんと立てて寄って来た紗々のご機嫌はもう直っているはずだ。葉と都姫は顔を見合わせて微笑んだ。 さて、猫又という生物は、一説では討伐対象にもなる獰猛な生物であり。 ぺしっ。 「おやおや、この子は人慣れしてないのねえ」 ジジに前脚で拒まれた客は、猫の気まぐれと苦笑した――が。ジジの内心はそうでもなかったりする。 (「おい!人間!きたねぇ手で触るんじゃねぇぞゴルァ!」) かなり口が悪かった。しかも胸の豊かなお姉さん以外に触れさせない辺り、助平親父が猫になったかのよう。 猫又とは言え猫の仲間だと客に認識されているのを良い事に、好き勝手に拒否していたのだが―― 「お、ジジ頑張ってるなー!」 一旦退出後、客としてやって来たルオウに捕まった。 「ル、ルオウのあんちゃん‥‥」 「おや、その子も喋れたんだねえ。人見知りする子なのかね、お兄ちゃん知り合いかい?」 「ああ、知り合いの猫又だ」 大人しくルオウに撫でられているジジを見て、客が我も我もと触れたがる。ルオウの前で無碍に扱う訳にもいかず、そうこうしているうちに抱き上げられてジジ絶体絶命。 「ジジ少し休むか?」 新しい猫塔を設置していた晃が、ジジの耳がぺそんと寝ているのに気がついて、救いの手を差し伸べた。 「おやおや、人見知りの子に悪い事しちゃったねえ。またね、黒猫さん」 何も知らぬ客達に見送られ、奥へ消えてゆくジジ。 (「ジジが人見知り‥‥?」) 「まったく‥‥ボンと来たら私を何だと思ってますの?」 密かに首を傾げていたルオウの前に、雪が現れた。猫喫茶の手伝いなどと普通の猫扱いされておかんむりだ。 「雪、ともだちできたかー?」 お前生意気だから友達少なそうで心配だったんだと主に言われて、言葉に詰まる雪。客の一人に請われて、ルオウは雪を紹介した。 「その子は雪って言うのかい?綺麗な子だねえ、名前通りの綺麗な白い子だ」 「まあ、まあ、見とれるのは判らなくもないですわ‥‥」 客に真白な毛並みを褒められて、まんざらでもない様子の雪は、ルオウと一緒に客との歓談に興じ、しっかり役割を果たしている。 一方、奥へ引っ込んだ晃とジジ。 「ぬこも色々大変やの」 気配り飲兵衛は、店内にいる猫や猫又達の様子にも注意を怠らない。奥には何匹かの猫が餌を食べたり毛繕いしたりしていた。 「ジジもご飯食べ」 連行して来たジジを放して、晃は自分も昼食を摂る。のんびりと猫達を眺め、猫溜まりになっている場所で一休み。 「ぬこはひなたぼっこの良い場所しっとるからなぁ」 ふわぁと伸びをして、暫し目を瞑る。 きょろきょろと晃が静かになったのを確認したジジは猫達と四方山話。 『おい、おめぇら。人間に酷い事されてないか?されてたらわしに言えよっ!仇を取ってやるからな』 意外と男気のある猫又であった。 一般の客達もちらほらと顔を出し始め、本日の目玉、猫又達は接待に忙しくなってきた。 「猫又って人の言葉が喋れるんですね」 開拓者にとっての既知が周知の事とは限らない。珍しい生物と初遭遇した客の一人が妙な感心をすると、茉莉花は「ま、ね☆」前脚で髭を撫で上げた。 「あたし一人喋りまくってるかもしれないけど‥‥」 「あ、以前の依頼で喋りまくったの、気にしてたんだ?かわいー」 主の彩虹が茉莉花を茶化すと、茉莉花は「だってさー」困った様子がまた愛らしくて、客は主従の掛け合いを微笑ましく眺めている。 「‥‥ところでさ?小虹まで猫耳付けなくて良いんじゃん?」 彩虹の頭上にぴょっこり付いている白い猫耳を顎で指し示して、茉莉花は尻尾をゆっくり揺らした。色合いといい、雰囲気といい、この主従とてもよく似ている。 「ますます似るよね、その猫耳付けるとさ?」 「いーのいーの♪猫の日だし、猫又喫茶だし♪」 「とっても似合ってますよ」 客が笑って褒めてやる。可愛らしく軽妙な語り口調の一人と一匹は仲良しの少女達のようだ。華やいだ雰囲気と彼女らとの会話は客らに至極好まれた。 一方、のんびりまったり派なお客様には、ころころしている猫又と綿毛兎がお勧めだ。 縁側で寄り添う、まあるい柚子色の後頭部と真っ白な毛玉。 結珠と林檎が日向ぼっこをしていると、いつの間にか座布団を持ったご老女方が仲間に加わっていたりする。そこに会話は殆どないけれど、小春日和のぬくぬくを分かち合う至福の時は癒しを求めに来た客の望むものであり。時折撫でられては、くぁ、と欠伸する結珠である。 「はーい、お待たせしました」 客へお茶と甘味を運んできた鎮璃は、寛いでいる猫又と白兎の姿に微笑んだ。 「ああ、これが鎮璃ん。一応、我のご主人だよ」 「しづりん‥‥結珠さんたら、またそんな呼び方を‥‥」 結珠の客への説明に、苦笑する鎮璃。いまだ鎮璃の片思い状態な主従なのだが、彼の髪紐と同じ色の飾り紐を首に巻く結珠の砕けた呼称は、それなりに彼に親しみを抱いているのかもしれない。主かどうかはともかくとして。 ちょこちょこ寄ってきた林檎さんを抱き上げて「後でね」と約束する。営業が終わったら猫々猫又兎でもふもふまみれを堪能しよう。頑張るぞと鎮璃は厨房へ戻って行った。 客と意気投合するのは猫好きという共通項あっての事か。 そよぎは屈託なく客に話し掛け、客もまたその会話を楽しんでいる。 「にゃんこかわいいですよねーあたしあのちっちゃい子が好き。ふわふわしてるの」 指差した先には長毛種の仔猫、ころころ毛玉にじゃれて遊んでいる。 一心不乱に遊んでいるものだから、ちょっと悪戯心が湧き上がってきて、毛玉をちょちょいと此方へ転がしてみると、仔猫も一緒に付いて来た。 「肉球と耳としっぽだったらあたしは断然しっぽ派なの」 仔猫から片時も目を離さずに、そんな事を話すそよぎ。近付いて来た仔猫を驚かせないようにそっと触れると、柔らかな被毛の感触が指先をくすぐった。小さな命はとても儚げで愛おしく感じられて、思わず笑みがこぼれる。 少し離れた所で猫まみれになっていた都姫は、一匹の仔猫に懐かれたようだ。都姫の膝へ登ろうと懸命にじたじたよじよじしているのがいじらしくて、膝の上に乗せてやる。梳くように毛を撫でてやっていると、安心したように眠り始めた。 「その子、都姫ちゃんが好きやねんなぁ〜」 動けなくなってしまった都姫にそっと団子の皿を勧めて、葉は目を細めて言った。 「では‥‥せめて、この子が起きるまではこのままで‥‥」 身動きはできないけれど、それ以上に満たされる思いが都姫を包み込んでいた。 気ままな猫達に合わせて、時間はまったりゆっくりと過ぎてゆく。 ●労の宴 一日を終え、一般客を見送った後。 「おわったーっ!」 付けた猫耳までへたっている彩虹、ぐったりと崩折れた。怪訝な様子で茉莉花が彩虹を覗き込む。 「小虹?」 「やっと猫又さん達と‥‥」 ふふふ。 従業員として一日を過ごした彩虹が心置きなく交流できるのは閉店後、やっと巡ってきた機会に緩む頬も隠しきれない彩虹に、茉莉花は納得したようだ。 「小虹が猫又気にしないなんてありえないもんね☆」 「そう♪」 お楽しみはこれからだ! 「お疲れさん。ぬこはまたたび、人はマタタビ酒で今日の仕事の乾杯やで!」 晃の音頭で宴が始まった。 店主も従業員も開拓者も、猫達や猫又、兎も勿論みんなお疲れ様。酒や飲み物は準備済、肴やご馳走は仕出しを取って、皆で慰労の宴会だ。 「さっちゃんも、みんなもお疲れ様〜」 紗々を労って葉は彼女の毛繕い。うーんと紗々は伸びして寛いでいる。 漸く遊べますと鎮璃は猫じゃらしを手にご満悦。結珠は鎮璃を見守るように眺め、林檎は彩虹の膝の上に。迎えに来た乙女へジジは再び猫を被り、雪は宴会に加わったルオウの様子を姉のような眼差しで見つめていた。 都姫はすっかり仲良くなった仔猫と一緒に宴会を楽しんでいる。 そよぎはじたばたする猫を抱き締めたまま、思う存分もふりまくって。 「また遊びに来たいのね」 抵抗する猫達との格闘の跡が伺える傷だらけだが当人は大満足のようだ。そんな彼女に店主は「いつでもどうぞ」と声を掛けた。 そんな仲間達の様子を眺めつつ、注がれた酒に口を付ける晃。いまや晃は従業員達とすっかり打ち解けていた。 「仕事の後のコレが旨いんや」 仲間に注がれた一杯を、心底旨そうに呑み干したのだった。 |