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■オープニング本文 わたくしに出来る事はありますか。 志体を持たぬわたくしでも‥‥お役に立ちたいと感じるのは、過ぎた思いでしょうか。 何かせずにはいられなくて、ただ思いに突き動かされて。 ●資質 北面、仁生開拓者ギルド。 供も付けずにギルドを訪れた貴族の姫は、個室に通され職員と一言二言言葉を交わした後ぽつねんとその場に残されていた。 長く待つ間にする事もなく、気付くと悪い方へと思索に耽ってしまう。 志体を持たない者でも開拓者登録はできましょうか。その問いに職員は明らかに困惑していた。経歴を聞かれ心得を問われ、職員が退去して随分経つ。待つ時間が長いほど不安が募った。 懸念が覚悟に変わった頃に、漸く姿を現した職員は上司を一人連れていた。 「七宝院家の二ノ姫様、でしたな。まことに申し上げ難いのですが‥‥」 今の貴女様では、志体無しの武芸者にも敵うまい。当ギルドは深窓の姫君を危険に晒すような登録はできかねます。気遣いながらもはっきりと、上司は鞠子に登録拒否を告げたのだ。 七宝院鞠子(iz0112)、十五歳。 北面貴族の名家、七宝院家の傍流にあたる地方貴族の出身。現在は姉と共に七宝院の北面邸で生活している。 幼い頃より北面で暮らしてきた鞠子には幼馴染の少年がいる。子供の頃は何も知らずに遊んだものだが、彼は家格の高い家の嫡男であった。本家の七宝院ならまだしも鞠子の家とは格別に付き合いがある訳でもなく、互いの成長と共に疎遠となっていた。 だが――疎遠すなわち忘却と同義ではない。 仲睦まじく遊んだ思い出、幼い約束は、少女の心にしっかりと根付いていた。 家格の違いを知っている今、妻になどとは望まない。だけど彼の御役に立てるなら、せめて。 彼は嫡男として多忙な毎日を送る傍ら、開拓者としてアヤカシ退治も行っていると聞く。 志体を持たぬ身で開拓者を目指すのが、どれだけ困難な事かは判っていた。それでも少しでも近くに、彼と同じ世界に。 想いだけを支えに、深窓の姫君という境遇を捨て広い世界への一歩を歩む決心をした、その矢先の難関であった。 小柄な身体が尚の事頼りなげに厳めしい門を潜り出る。 明らかに気落ちした少女の肩へ、声を掛ける者がいた。先ほど鞠子に応対した職員だ。 先程は失礼しましたと頭を下げた職員は、ギルド業務とは別だと前置きした上で鞠子に情報を授けた。 「当開拓者ギルドで御身柄をお預かりはできませんが、北面の女子有志が自主的に活動している団体がございます」 一度訪れてみられては? 鞠子が世間慣れしていれば、職員の笑顔の意味が伝わったかもしれない。ただただ素直な少女は笑顔を厚意と受け取って、感謝の言葉と共にギルドを辞したのだった。 ●花椿隊 教えられて訪ねた先は、華やかな空間であった。 賑やかというか、姦しいというか。 常、乳母や女房に囲まれている鞠子ではあるが、同年代の少女達が寄り集まっている場に居合わせるのは初めてだ。 花椿隊の詰所入口で、呆気に取られて声を掛けるのも躊躇っていると、一人の娘に気付かれた。 「お客さんね?」 一斉に向けられた顔、顔、顔。 集中する視線を受けて鞠子は更に固まったが、すぐに落ち着いて用向きを告げた。隊員増と知って少女達の間で笑い声が起こる。 「これ、そのように笑うては娘さんが驚いておられよう」 鈴にようにころころ笑い声を立てる少女達を嗜めて、出迎えた老爺は鞠子を温かく迎え入れた。 「開拓者ギルドから‥‥真面目なお嬢さんのようですな」 首を傾げて話を聞いている鞠子へ、目付役だという老爺は『花椿隊』の成り立ちから構成員に関する全てを語って聞かせた。 有志で構成された花椿隊は開拓者ギルドに準ずる場所ではなく、年頃の少女達が集う社交場のような意味合いの場所なのだと言う。中には花嫁修業感覚で通う者もいるとか。 しかし花椿隊は仁生の街ではそれなりに認知されており、開拓者ギルドに頼む程でもない簡単な仕事を頼むのに重宝されている。女性のみの隊という華やかさから世間の男性諸氏から注目される事もあるが、あまり気にせず活動なさいと目付役は言った。 「志体を持たずに吟遊詩人になりたいと言われましたな、頑張りなされ」 祖父がいればこのような御方だろうか。鞠子は目付役の温かい言葉に頷いた。 ●ただひとなれど 「七宝院の?曙姫様にお目にかかれるとは嬉しい事ですわ」 新参の少女は瞬く間に同年代の少女達に囲まれた。 「お姉様はご息災ですか?桧垣家の貴公子が想いを懸けておられるとか‥‥」 「曙姫様は、通い人は?某家の方が文を遣られたと噂がございますが‥‥」 好奇心一杯の娘達に質問攻めにされて、鞠子はどうしたものかと困り顔。目付役は賑やかな少女達をにこにこと眺めている。 そのうち、漸く鞠子にも答えられる質問が上がった。 「曙姫様、吟遊詩人というクラスはどのようなものなのです?」 「何でも‥‥ジルベリアに伝わる歌詠みの職業だそうですわ」 歌詠みとは少し違うような気がしなくもないが、まあ追々解ってゆく事であろう。 吟遊詩人の話から、乙女のさえずりはジルベリアの話に移った。 遠い異国では反乱軍蜂起で混乱が続いているとか。実感が湧かぬ程に遠くはなれた北面の地であれ、あれこれと話の種は尽きないものだ。 やがて、民の生活に話が向いた。 「北面の冬も寒うございますが、ジルベリアは極寒、氷凍の世界と聞き及んでおります。戦火の民は凍えておりませんでしょうか」 ひとりが偶々言い出した事が、花椿隊のやる気に火をつけた。裕福な家庭の娘が義援物資をと言えば、商家の娘が家の船で送りましょうと提案する。 ならば、送る物は? 「人々が凍えぬよう、身を包むものを送りませんか?」 我ら花椿隊、女性のみの隊であれば、女性らしい細やかな気遣いを。 皆で敷布や掛布を作ろう、かの地の人々が暖かく過ごせるようにと、鞠子は通り名を思わせる春の日の曙の如き微笑みを浮かべて言ったのだ。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
鳳・陽媛(ia0920)
18歳・女・吟
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
玖守 真音(ia7117)
17歳・男・志
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
紅咬 幽矢(ia9197)
21歳・男・弓
江瑠那(ia9439)
25歳・女・巫
ニノン(ia9578)
16歳・女・巫
ニーナ・サヴィン(ib0168)
19歳・女・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●娘の園 華やかな場所であった。 針子募集であれば、室内が布で鮮やかに彩られているのは道理というものであった。 ――だが。 (「女の子だらけとは聞いてないぞ!」) 呆然とするうっかりさんな美少年ひとり。仕事と聞いてやって来た紅咬幽矢(ia9197)は場の雰囲気に内心頭を抱えていた。 女の中に男が混じる、まして幽矢は常日頃自身の女顔を気にしていたりする訳で。 正直帰りたかった。だが幽矢の責任感がそれを許せなかった。裁縫は嫌いじゃない。兄から教わって、そこそこの手は持っている。 (「くっ‥‥」) 逡巡の後、幽矢は中へ入って行った。花椿隊、女性のみで構成された諸隊の詰所へと。 室内では既に賑やかな空間が出来上がっていた。 女三人寄れば――などと俗な言葉もあるけれど、それが若い娘達となれば尚の事。間仕切りが取り払われた広い空間では、貴族の姫から街娘、十代から妙齢のご婦人まで様々な女性が集い思い思いに手と口を動かしている。 その中心にあるのは、手分けして作っているキルト。大きな木枠に張られた布地は、端切れを合わせて色形面白く繋ぎ合わせたもので、間に柔らかく綿を挟んであった。 「ジルベリアの寒さに耐えうるように致しましょう」 ジークリンデ(ib0258)の提案で中綿には保温性の高い羊毛を用い、かの地に住まう人々が温かく過ごせるようにと願いを込めて一針ずつ仕上げてゆく。 お嬢様育ちのジークリンデの立ち居振る舞いは優雅で美しく、その滑らかな手が生み出す針の目は正確で丁寧だ。 佐伯柚李葉(ia0859)が真剣な面持ちで曲線状にキルティングをかけている。直線に針目を落とすよりも糸を引きやすく攣れやすいから、丁寧にゆっくりと仕上げてゆく。 懐かしいな、と柚李葉は楽師として旅一座の一員だった頃の事を思い出して語った。 「私がまだ姓の無い柚李葉だけだった頃、こんな風に皆と花形の姐さん達の衣装を縫ったんですよ」 「佐伯の姉様、そんな経験があったんだ」 何時の日か、自分達もこの衣装を着られるようになりたいね‥‥と、夢を語り合った日々。 玖守真音(ia7117)は柚李葉の話に耳を傾けながら、慣れた様子で針を動かしている。少女達の中にあって違和感なく溶け込んでいる稀有な男子である。 「ニーナさんは音楽をお仕事にされているんですよね?お話聞かせてくださいませんか?」 柚李葉が興味募らせて請うと、柱に背を預けてハープを奏でていたニーナ・サヴィン(ib0168)が、快諾の合図の如くしゃらりと弦をかき鳴らした。 楽の音がゆるりと流れる中を、乙女達の声がさざめく。 「ええと‥‥こうでしょうか‥‥痛っ」 あううと涙目で訴えかけた秋霜夜(ia0979)の手を取って、大丈夫ですかと鞠子が血止めを施した。既に霜夜の手は膏薬だらけだ。 「初めは誰でも覚束ぬもの。恥じる事はない、精進なされ」 傷だらけになりながら果敢に取り組む少女を、にこやかに見つめる目付役の翁の視線は優しい。温かな眼差しは誼ある道場の老師にも似て、霜夜は真剣に目の前の課題に向かって。 久々の針仕事、勘を取り戻すのには少し時間が掛かったけれど、だんだん慣れてきた。 目線を寄せて布に集中していたリエット・ネーヴ(ia8814)は、鞠子を見つけて無邪気な笑顔を向ける。にこぱと笑って挙げた右腕に釣られて、鞠子も袖を押さえて手を振った。 「私、リエットってゆーの。宜しくお願いだねぇ〜♪七宝院ねーちゃん」 愛らしい挨拶に微笑む鞠子だが、リエットは何やら考えている様子。 「‥‥う?曙姫ねーちゃんの方がいい?」 「ふふ、お好きなようにどうぞ。でも‥‥家の名で呼ばれるよりは其方の方が嬉しゅうございますわ」 「う♪ なら、曙姫ねーちゃん〜」 「はい」 くすくすと笑う鞠子と、満面の笑顔で名を呼ぶリエット。微笑ましい少女達をジークリンデも穏やかに笑んで見つめた。 「曙姫様‥‥素敵な呼び名ですよね。日を導くような暖かで優しい名前」 「左様ですな。明けぬ夜は無く、いつか日が昇る‥‥希望の籠った佳き名です」 目付役が頷いた。 鞠子は志体なくして精霊と交わりを持とうとしている娘、それが如何に困難であるか目付役は知っている。だからこそ、折れずに希望を持ち続けて欲しいと願わずにはいられない。 「ふわぁ‥‥なんでも工夫次第なんですね‥‥」 着々と仕上がってゆくキルトラグを感心して眺めているのは鳳・陽媛(ia0920)だ。ラグや毛布類を作る過程、少々味気なく機械的なものを想像していたのだが、此処で行われているのは目にも楽しく工程も楽しい集まりだ。 「‥‥あ、感心している場合じゃないよね」 自分もやってみようと陽媛は娘達の輪に入ってゆく。 静かに、ひたすら淡々と手を動かしているのは江瑠那(ia9439)だ。どの作業箇所に居ても違和感なく溶け込み、迷いもなく針を動かす。 その実、江瑠那の内には迷いがあった。此度の会合が、失われた記憶を手繰る手がかりとなるか、どうか。 (「私は‥‥以前このような場にいたのかな?」) 己の内に問いかける。馴染みか違和感か、それを確かめる為に。 「おお、顔が触れる辺りはこれが良かろう」 布の手触りを確かめていたニノン・サジュマン(ia9578)が心地良さ気に頷くのは、肌触りの良い布地だったからだけではない。 この姦しさが心地良い。 例え世の中が乱れようと、おなごが元気であれば何とかなるものと、ニノンは年齢以上に老成した感性で場に身を委ねる。 手仕事にお喋り、それから――もうすぐ美味しいお茶が入りそうだ。 ●お茶とお菓子と、恋話 針を持つ者、手を休める者。 柚李葉から豆茶の湯呑みを受け取って、緊張から解放された霜夜の体が溶けた。 「はふ‥‥つ、疲れました〜」 「まあ、お疲れ様」 へにょと卓に突っ伏す霜夜に出されるあんみつ。 幽矢が「お気の毒様」に近い口調で差し出したそれは、幽矢のお手製だ。張り詰めた神経に甘味が染み渡ってゆくのを見届けて、鞠子から餅菓子の皿を受け取った。若鮎を模したそれは柔らかい皮に包まれた羽二重餅がほのかに甘い。 出たから食べているだけだよとつれない反応を見せてはいるものの、針仕事や茶菓子の用意など細々した事に気付いて立ち働く。素振りほど嫌がってはいないのだろうと、目付役は若者達を温かく見守っている。 「ジルベリア程ではないが天儀も寒い、女子に冷えは大敵じゃ」 ニノンが切り分けているのは生姜のシフォンケーキだ。身体を温め痩身効果も期待できると述べた効能は少女達にはとても魅力的で、しかも美味しいとあれば尚更だ。北面の地ではまだ珍しいケーキは、口に入れるとほろりと崩れて滋味が広がった。 「それに喉にも良い。曙姫は吟遊詩人を目指すなら覚えておくとよろしかろう」 小皿のケーキが少し大きいのは応援の気持ち。生姜湯に生姜飴‥‥生姜の加工法について話題が進む。 「リエットちゃん、もっと食べる?」 「陽媛ねー、いいの?」 「私、そんな食べられないから‥‥」 小食の陽媛が食いしん坊に自分の菓子を分けている。無邪気に喜ぶリエットの食べっぷりが気持ちいい。 健啖振りならニノンも負けてはいない。その小柄な身体の何処に入るのか、あれこれ給仕や会話を交えながらも次々と皿を空にしてゆく。 「やれやれ、もう少し作って来ようか」 仕方ないなと言った風情で幽矢が厨に立った。暫くして彼は白玉団子を浮かせた汁粉を作って来た。幽矢本人は否定するに違いないけれど、意外と世話好きで気遣いの細やかな少年である。 カップを傾ければ、丁寧に淹れた紅茶の香りが鼻孔をくすぐる。ジークリンデが焼いたスコーンには、お好みでフレッシュジャムやクリームを添えて。少し空腹を覚えたならば、真音が差し入れたキッシュをどうぞ。 ご自慢のエッグタルトをニーナに勧めつつ、真音は少女達の恋の話にもしっかり混ざっていた。 「俺の忠誠は姫姉様の、愛情は奥さんの物なんだ」 きゃーと花椿隊のお嬢さん達。おそらく少女達の空想中では、守護される姫君であったり妻であったりするのだろう。夢は希望、想像力逞しい少女達は前向きで力強い。 エッグタルトを手に他愛無い会話に耳を傾けていたニーナは、鞠子を気遣いつつ尋ねた。 「差し障りがないなら聞かせて、鞠子さんが吟遊詩人を目指すのはどうして?」 シフォンケーキを一口大にしていた手を止め、鞠子は少し赤くなった。詩歌が得意であればと勧められたのが切欠だったのだが、本物の吟遊詩人を前にして今更ながら恥ずかしくなったのだ。 戸惑っている鞠子の様子を解すように、ニーナは続けた。 「吟遊詩人って自由な職業だから、大層な理由が必要な訳でも、崇高な志がなくちゃいけない訳でもないと思うのよ」 かく言う自身も世界中をウロウロしたいだけなのだと笑う。 漸く緊張が解れて、鞠子は開拓者活動をしている人と同じ世界に立ちたくて開拓者登録をしようと思い立った事、得手とするものから吟遊詩人を勧められた事を話した。 「志体を持っておらず、武芸の心得もない事から、開拓者登録はできなかったのですが‥‥」 ひょんな事から紹介された女性だけの諸隊・花椿隊。 此処に導かれたのが縁であるならば、此処で自身に出来る事を成したいのだと言う鞠子に、ニーナは優しく手を差し伸べた。 「誰にだって出来る事は必ずあるわ」 自分に出来る事を考え気付けるというのは、簡単なようで難しく尊く素晴らしい事――まだ少しあどけなさの残る目の前の少女は、それを成そうとしている。 「‥‥だから私、鞠子さんの事好きよ。あなたにとって一番大切なものを大切にしてね?」 吟遊詩人の娘から、吟遊詩人を目指す少女へ。親愛の情を込めて繋いだ手は暖かく優しかった。 「鞠子様の歌‥‥とても聞いてみたいな」 そう陽媛が言ったもので、目付役が筝を出して来た。筝の演奏には唄を合わせるものもある。琴柱を立てている間に合奏しましょうかと話が纏まって、心得のある者が思い思いに準備を整えた。 ニーナが奏でるハープの澄んだ旋律に、鞠子の筝が低く応える。笛を得意とする柚李葉が即興で曲を踊らせ、陽媛が舞をひと差し。 北面の地に、春を待つ娘達の祈りが奏でられる。 江瑠那は一心不乱にピースを繋げていた。 甘味の話題も楽曲も、さらりと聞き流して縫い物に集中している彼女は、己の内に問いかける。 (「戦場とは違う優雅な場所‥‥時の流れ、華やかな会話‥‥わたしは、このような世界に居たのかも‥‥?」) 居心地は悪くなかった。心躍るものがないのは、記憶が欠如しているからかもしれない。お茶菓子を嗜むより給仕している方が性に合っている気がするのは、姫様でなく従者であったのかも‥‥などと徒然考える。 体が覚えているのか、不思議と針を持つ手に迷いはなく、江瑠那は次々とトップを仕上げていた。 (「‥‥‥‥?」) 集中していた江瑠那の耳に、小さな話題の欠片がひとつ。 「霜夜さんは好きな人、いるの?」 「え?あたし??‥‥や、やだなぁ‥‥あたしはまだ修行中の身で‥‥」 花椿隊の娘が発した、何気ない問いに霜夜がうろたえた。嗚呼、そんなに気を散らしては―― 「‥‥はうっ!」 「霜夜の手、これ以上膏薬貼れないじゃん」 「はうぅ‥‥」 霜夜の指にまたひとつ、赤い玉が浮き上がる。真音が関節を固定しないように気をつけて膏薬を巻いてやる。くいくいと指を動かす霜夜、うん大丈夫そうだ。 ありがとうございますと再び針を持った霜夜が、皆さんはどうなんですかと話を振った。 途端に固まる空気。 「‥‥ふぇ、あたし変な事言いましたか!?」 おろおろする霜夜は悪くない‥‥はず。皆して反応を伺っている辺り、皆語るよりも聞き手にまわりたいようだ。 「まったく‥‥女ってそういうのばかりだね。くだらない‥‥」 口では無関心を決め込みつつも、幽矢の耳は誰か話さないものかと普段より一割増しに大きくなっているような。 「曙姫が開拓者になりたいと思われたのは、ある人と並び立ちたいと言われたな‥‥さてはその開拓者、想い人かの?」 ニノンの問いに、皆の視線が一斉に鞠子へと向いた。 件の姫は真っ赤になった顔を袖で隠して、こくり頷く。どんな人だと集中攻撃する少女達や困り果てた鞠子の様子を、柚李葉はにこにこしながら見守っている――尤も、話の矛先が自身に向けば、柚李葉とて平静ではいられないのだが。 きゃいのきゃいのと姦しい少女達の声に耳を傾けて、江瑠那の顔も桜色に染まっていた。相変わらず手は止まらずに作業を続けているのだが、考えは恋の話に向かう。 (「そういえば‥‥私には、そのような方がいたのかな?」) 今まで自分の恋愛など考えもしなかったし何も思い出せなかったけれど、いたなら良いなと想像を巡らせて、袖に隠れる姫の恋路が明るいものであれと願わずにはいられなくなった。 「曙姫様‥‥これを」 江瑠那は持っていた恋愛成就のお守りを鞠子に手渡す。鞠子はお守りを両掌で恭しく包み込んで受け取った。江瑠那の想いや願いも一緒に託されたような心持がして、大切にしたいと思ったのだ。 ●尊きこと 大勢で掛かっていても、一日に仕上げる数には限りがある。それでも日が傾く頃には四枚の大判ラグが完成していた。 「使う人達が癒されるように、香りを付けてはどうでしょう?」 「仕上げに花椿の刺繍を入れてはどうじゃろう?」 「赤、白、薄桃、絞り‥‥四種類の椿を刺繍したらどうかな‥‥」 四枚それぞれ使う人が違うから、それぞれに個性と共通を持たせたい。 綿を挟んだ完成キルトの上から下布も掬って紋様を刺し込むと、ふっくり柔らかい中に椿花が咲いた。 赤い椿にはレモングラス、白い椿には蓮、薄桃の椿にはクラリセージ、絞りの椿にはラベンダー。 リエットが端切れを使って香りの加減を確かめる。そうっと椿の周辺に含ませて、香りが混ざり合わないように別々に梱包した。 別れ際、自分はいつも姉の後ろにいる子だったと語ったジークリンデはたどたどしく手を差し伸べた。 「その、友だちになれればって‥‥」 控えめな淑女の白い手を取り、鞠子はわたくしで宜しければと再会を願う。 口は悪いが幽矢の言葉は間違いなく励ましだ。 「剣を振るしか能のない猿達にあんたのやれることを見せてやるといい」 ぶっきらぼうな厚意の言葉を、ありがとうございますと鞠子は微笑んで受け取る。 ニノンは花椿隊の義援キルトが評判になれば良いのと言って、皆の心は必ず伝わる筈じゃと結んだ。 「何もせずにおるよりずっと良いに決まっておる」 寒さの厳しいジルベリアの地で、花椿のラグに暖まり心慰められる人が、きっといる。 誰かの役に立ち、癒しと幸せを与うる行動に志体の有無は関係ない。それは全ての人が等しく誇れる行いなのだから。 |