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■オープニング本文 年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず。 いまや知る人も少なくなった桜樹は、山の頂で変わる事なく誰を待つ。 ●花のもとには 七宝院には本家と傍家がある。 数世代前に地方豪族と婚姻を結び発生したのが、傍流・七宝院家である。 傍家は家格が低く殿上の資格を有してはいないが祖先が残した財力だけはある。仁生の別邸に移り住んでいる当代とは離れて、いまだ北面の辺境には先祖伝来の土地が残されている。 ふわりと空気が和らいだ気がした。 その日、七宝院絢子(iz0053)は、自室で取り寄せたばかりの香を合わせて試しに焚いていた。 春を待ちわびる想いを託して調合した香は、寒さ和らいだ空気にふわりと溶け込み、絢子の周囲を満たす。 僅かな気温の変化に春を感じて思い巡らすのは、遠く離れた山の事。絢子自身は行った事のない家の山には見事な桜の樹があるのだと聞く。 (「その桜樹の根元には‥‥」) 嗚呼そういう時期だったと、絢子は乳母の於竹を呼んだ。 「御山の桜でござりまするか、今が見頃でござりましょう」 於竹はしみじみと懐かしんだ後、「そう言えば‥‥」絢子の意図に気が付いた。 「そういう時期でござりまするな」 「ええ。於竹、今年は使いを出そうと思うの‥‥鞠子には依頼だと言ってあげて」 畏まりましてと於竹は下がって行った。 ●春を謳わば 北面・開拓者ギルド。 「七宝院の二ノ姫様と、山桜の無聊を慰めに行く‥‥と」 依頼の体裁を整えた職員が羨ましいと微笑んだ。 いわば花見の誘いである。貴族の依頼であれば酒肴も歌舞音曲も出るだろう。志体を持たぬ身ゆえ七宝院鞠子(iz0112)の開拓者登録は断ったギルドだが、依頼での同行であれば問題ない。 遣いの者が差し出した徳利を受け取り、書面には『桜樹に捧げる神酒有』と書き添える。 「何か謂れのある場所なのですか?」 職員の問いに、事情を知らぬ遣いの者は「さて‥‥」首を傾げるしかなかったが、主の望みであれば何か理由があるのだろうとぼんやり考えたものだった。 |
■参加者一覧 / 星鈴(ia0087) / 風雅 哲心(ia0135) / 芦屋 璃凛(ia0303) / ヘラルディア(ia0397) / 真亡・雫(ia0432) / 奈々月纏(ia0456) / 玖堂 真影(ia0490) / 北条氏祗(ia0573) / 篠田 紅雪(ia0704) / 鷹来 雪(ia0736) / 江崎・美鈴(ia0838) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 鳳・陽媛(ia0920) / 巳斗(ia0966) / 天宮 蓮華(ia0992) / 奈々月琉央(ia1012) / 氷(ia1083) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 紬 柳斎(ia1231) / 大蔵南洋(ia1246) / アルティア・L・ナイン(ia1273) / 銀 真白(ia1328) / 巴 渓(ia1334) / 嵩山 薫(ia1747) / 周太郎(ia2935) / 犬神 狛(ia2995) / 風瀬 都騎(ia3068) / 風瀬 零雨(ia4098) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 倉城 紬(ia5229) / 御凪 祥(ia5285) / 神凪瑞姫(ia5328) / タクト・ローランド(ia5373) / 氷那(ia5383) / 設楽 万理(ia5443) / 景倉 恭冶(ia6030) / 藍 舞(ia6207) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / ギアス(ia6918) / 痕離(ia6954) / 千羽夜(ia7831) / 亘 夕凪(ia8154) / トーマス・アルバート(ia8246) / 天ヶ瀬 焔騎(ia8250) / 白漣(ia8295) / 朱麓(ia8390) / 一心(ia8409) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / ジェシュファ・ロッズ(ia9087) / 霧咲 水奏(ia9145) / 皐(ia9176) / ニノン(ia9578) / 草薙 玲(ia9629) / ベルトロイド・ロッズ(ia9729) / ラヴィ・ダリエ(ia9738) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / ヴァン・ホーテン(ia9999) / アレン・シュタイナー(ib0038) / レートフェティ(ib0123) / ニーナ・サヴィン(ib0168) / ジークリンデ(ib0258) / トカキ=ウィンメルト(ib0323) / ブリジット(ib0407) / テフテフ(ib0455) / 不破 颯(ib0495) |
■リプレイ本文 ●桜樹に逢いに 七宝院家の所領だという北面辺境の山は、長く人の通いがなさそうな場所であった。 ギルドを通じて参加した開拓者達は、獣道を探しつつ頂上を目指す。 ふと視界が開けた先には、見事な山桜が一同を待っていた。 曙姫様おひさしゅう御座いますと品良く膝を曲げたジークリンデ(ib0258)との再会を喜びつつ、鞠子は彼女の手を引いて桜の真下へ向かった。 「白い雲を間近にしているようですね」 ジークリンデの言葉はまさに言い得て妙で、山頂で臨む満開の桜は皆に雲上にいるかのような錯覚を与える。 「いい日和だ‥‥」 快晴、青空、白い雲。 氷(ia1083)は本能で居心地の良さそうな場所を見つけ出すと、早速連れて来たもふらの水を枕にお昼寝開始。あっという間に健やかな寝息が聞こえ始めた。 それを見たベルトロイド・ロッズ(ia9729)が、外観そのまま子供らしいやんちゃな笑みを浮かべた。 「樹の根元に埋めちゃうよ?」 言い出したら本当に埋めかねない兄に乗りかねない弟、弟のジェシュファ・ロッズ(ia9087)が持っている籠にはジルベリア料理やお菓子、酒肴になるようなものが沢山入っている。兄のベルトロイドの荷物には酒瓶が入っている。 「桜というのはこんなに綺麗なのに、稀に怪談を聞く事もありますね」 例えば、根元に死体が埋まっているとか。 真亡・雫(ia0432)は双子をやんわり引き止めながらも物騒な事を口にする。埋められては敵わないと、もふ枕が逃亡しようとしたが寝惚けた氷はしっかりと抱き締めて。そんな周囲で宴の準備が始まった。 「開拓者は食いしん坊が多いゆえな」 そんな事を言いながら、十段もの重箱を広げるニノン・サジュマン(ia9578)。かく言うニノン自身も健やかな胃を持っている。 唐揚げに春巻き‥‥筍の七味焼きは酒肴にも喜ばれよう。甘いものを好む者には、さつま芋のレモン煮がお勧めだ。 「僕、甘い物が好きなんです」 ニノンが広げるお重から次々現れるご馳走や甘味を目に、雫は紅の瞳を細めて嬉しそうだ。 「それはよう御座いました」 ジークリンデが鍋と串の準備をしているのはフォンデュの用意だ。パンやソーセージ、茹でた人参やブロッコリーにはチーズフォンデュを、チョコフォンデュ用には果物を沢山切り分けて微笑む。 ジルベリア出身の開拓者も多く、皆で持ち寄った料理は各地の様々なものが並べられていた。 ヘラルディア(ia0397)はジェレゾの出。 「花を愛でつつ食べる料理は美味しいものですからね」 故郷の料理に慣れて来た天儀の食材を合わせて作る、ヨモギとひき肉を入れたピロシキはヘラルディアの創作料理だ。初めて食べる天儀出身者だけでなくジルベリア出身の者にも好評で、あっと言う間に皿が空く。 「このピロシキ美味しいですね」 ピロシキを一口齧って独特の風味に驚いたトカキ=ウィンメルト(ib0323)が注いでいるのはビーフシチュー。時間を掛けて火を通した肉はほろりと柔らかく、彼が料理好きな事が伺える。 「トカキ様のシチューも、懐かしい優しい味がいたします」 給仕がひと段落ついて、トカキからビーフシチューの椀を受け取ったヘラルディアは、心安らぐお味ですねと微笑んだ。 「まったく‥‥天儀の人間は桜と聞くとすぐこれだから‥‥」 開拓者だらけの山奥で、胡蝶(ia1199)が肩を竦める。口ではそう言いながらも、やたら気合の入った重箱弁当を抱えているのはどういう事か。 「中途半端は嫌いなだけよ」 わざわざ断りを入れる胡蝶を、銀真白(ia1328)は少々面映い気持ちで見つめた。 今まで歳の近い友人というものが居らず、目の前の同年代が初めてだ。ヴァイツァウの乱に於いて小隊『百花』で共に戦った間柄だが、さして親しく会話をした事もなかったような気がする。 真白が敷いた茣蓙の上に、豪華な重箱の中身を広げた胡蝶の物言いは何処か突き放したような感じだが、性根は人の好い人物なのだろうなと真白は思う。此度の花見も真白の誘いに付き合ってくれたのだから。 軽食と食後の団子を取り出した真白が重箱の蓋が開くのを期待して待っている。照れ隠ししつつ胡蝶が開けた重箱からは色とりどりの行楽弁当。 期待以上のご馳走に喜ぶ真白へ再び照れ隠しする胡蝶。普段は質素でもハレの日くらいは豪勢に費用を惜しまないのが胡蝶の遣り方だ。やはり好人物なのだろう。 ほら早く食べるわよと、胡蝶は真白へふんわり焼いた出汁巻玉子を取り分けてやった。 「さあ腹ペコな者は存分に食うがよい」 ちょっぴり偉そうに勧めるニノン。年齢にそぐわぬ年寄りくさい口調で甲斐甲斐しく給仕をする彼女の手元にいまだ開いていない重箱が一段。 「ふふふ、取っておきのお楽しみ『飾り巻き寿司』じゃ」 蓋を開けると、ごく普通の巻き寿司が長いままで入っている。そのうちの一本を皿に移し、ニノンはナイフを手に取った。 「まあ、見ておれ」 食べやすい大きさに切って、向きを変えるとあら不思議。巻き寿司の中に桜の花模様が入っていた。 「わあ、綺麗やなあ」 花見らしい華やかさ愛らしさに藤村纏(ia0456)が歓声を上げた。桜の色は梅干を混ぜ込んで着色したのだとのニノンの説明を聞いて、鞠子は関心しきり。 「曙姫様の得意なお料理は何でしょうか?」 「少しずつ、お料理を覚えていきたいのですが‥‥」 ジークリンデの問いに、鞠子は少し恥ずかしそうにあまり料理をした事がないのだと告白した。 「もし宜しければ、いつか教えていただけませんか?」 食べさせたい人がいるのだと、鞠子は朗らかに笑む。口当たりの良い発泡酒片手に、ジークリンデはおっとり微笑んだ。 玖堂姉弟がいる辺りも豪華だ。料理上手の双子は種類も量も大量に持ち込んでいる。これが全て手製だと言うのだから、仕度はさぞ大変だったに違いない。 佐伯柚李葉(ia0859)と手分けしてお茶を配っていた、玖堂家の姉・玖堂 真影(ia0490)は友人知人へのお裾分けにも余念がない。お茶と一緒に甘味も添えて手渡してゆく。 一通り配り終えて戻って来た二人に、玖堂家の弟・玖堂羽郁(ia0862)が食事を勧めた。 「柚李葉ちゃんの口に合うと良いけど‥‥」 そう言って恋人にメバルのジャガイモ蒸しを勧める羽郁。白身魚は彼女の好物だと聞いているけれど、気に入ってもらえるか心配になるのは相手が恋人だからだろう。 柚李葉は小さく目を見開いた。 「‥‥私の好きなもの、覚えててくれたの?」 ありがとうと、箸を付けた柚李葉はにっこり。気に入った様子だ。春を告げる魚は、彼の思い遣りと桜の美しさも相まって、いつもより美味しいと感じる。 こんな美味しいお料理の前にお礼にもならないけれどと恐縮しつつ、柚李葉は桜の名を冠した笛を取り出した。はらりと降る桜の花弁を受け止めて、繊細な音と調べを奏で始める。 ●桜精に寄せて 「おや、風流だねぇ‥‥」 流れて来た笛の音に、朱麓(ia8390)が鞠子へ視線を移す。リエット・ネーヴ(ia8814)を膝上にくっつけて桜下の歓談に興じていた鞠子は、朱麓の視線の意味に気付いて少し頬を赤らめた。 「まだ‥‥構えの違いに慣れてはおりませんが‥‥」 遠慮がちに取り出す蛇皮線と撥代わりの筝爪。筝を扱うのとはまた違う三絃の楽器は、吟遊詩人を目指す娘に開拓者が贈った品であった。 「鞠子ちゃん、吟遊詩人を目指しているの?」 吟遊詩人を生業とするレートフェティ(ib0123)が、同業者が増えるのが嬉しいと目を輝かせた。頷く鞠子にジルベリアの楽曲を教える約を交わすレートフェティ。 「その代わりといっては‥‥なんだけど、天儀の歌も教えてほしいな」 これから暮らしてゆく天儀の歌、新しい世界への期待が籠もった願いに、鞠子に否やのはずもない。 ハープの弦を調整していたテフテフ(ib0455)が、皆の準備が整った風を察して、弦を一掻き鳴らした。 「では、やってみますか」 まずはテフテフがリードを取って一曲。春の日差しを思わせる、ほのぼのとした調べは即興での伴奏も合わせ易い。 緩やかな調べに真影が立ち上がった。真影は陰陽師だが巫覡氏族の出、里に戻れば神子姫だ。幼い頃より修得してきた神楽舞を春の調べに乗せて、桜に捧げるは浄化の舞。 姉の舞に合わせて双子の弟が対を舞う。赤の髪と青の髪の双子達は一対の人形に似て、何処か夢のような光景を思わせた。 舞いの最中、すれ違った際に羽郁は姉の耳元にそっと囁く。 「愛してるよ、真影」 恋人とはまた違う対の存在。たった一人の姉を想う心と絆はいまだ変わらない。 真影にとっては、判っていても改めて言われると嬉しく安心できる言葉であった。 「‥‥うん、あたしも‥‥」 こっそり返し、双子はまた離れる。 双子の舞に合わせて哀桜笛を奏でる柚李葉は、縁あって自身の許にやってきた笛に思いを馳せた。 この笛に哀しい想いが宿っているのなら、玖堂の姉弟の舞が浄化を司るのなら。 (「どうか哀しい想いが少しでも柔らかい想いに変わりますように‥‥」) 清き巫女の奏でる笛の音は優しく空へと還ってゆく。 桜の精が舞い降りたかのようであった。 揃いの巫女袴を穿いた三人、年少の少女が鳴らす洒脱な三味線の音に合わせ年長の娘二人が舞う―― 「決して女装ではありません‥‥!」 ――失敬、三味線奏者は少女と見紛う美少年、巳斗(ia0966)である。 舞手は巳斗が実の姉が如く慕う天宮蓮華(ia0992)と白野威雪(ia0736)だ。艶やかな黒髪の蓮華と神秘的な銀髪の雪は、桜花を刺繍した揃いのシースルーショールを纏い、優しく幻想的な夢を描く。 ふわり、ふわりと舞う桜精達の姿に、ほう、と楽師達も手を止めた。 「花と雪の要請の、桜吹雪を纏う舞‥‥なんて見事なのでしょう」 姉達の麗しい姿に巳斗の三味線も張り切ろうと言うものだ。得意の三味線、更に想いを撥に込めて、巳斗は弦をかき鳴らす。 桜精達の、合戦への慰労の気持ちを込めた舞は、場を共有する皆の心に穏やかに浸透していった。 静かに舞い終えた精霊達がゆったりと一礼し後ろへ下がると、続いて朱麓が立ち上がる。 戻って来た巳斗に江崎・美鈴(ia0838)が抱きついた。 うにゃーごろごろと巳斗にくっつく美鈴は、まるで猫のよう。人見知りが激しい美鈴は巳斗がいるから花見の席にいるようなものなのだ。安心したように懐いてくる美鈴を巳斗はよしよしと宥めてやって。 「蓮華ちゃんも、みーくんも‥‥合戦、お疲れ様でした」 巳斗の頭を撫でながら、長姉の雪が労うと、美鈴が差し出したお団子をぱくりと銜えたままの巳斗が嬉しそうに微笑んだ。 「お花見に因んで、桜の甘味を作って参りました」 ほんのり桜色の練り切りは桜の花を模して、葛切には桜の花弁を閉じ込めて。蓮華のお手製に桜精達の笑みが零れた。 「上手く舞えなかったら‥‥まあその時は笑っておくれや」 ニイっと酒宴の余興だと断って進み出る朱麓、求むは故郷の楽曲だ。泰国出身の父、理穴国出身の母を持つ朱麓がどちらでも良いと言うものの、はてどんな楽曲にしたものかと楽師達は思案顔。 「んじゃ、北面の流行曲でいいんじゃない?」 三味線を手に、藍舞(ia6207)が事も無げに言ったもので、鞠子は最近仁生の志士達の間で好まれている、勇ましい曲を奏で始めた。 勇壮な剣舞に合わせて舞う草薙玲(ia9629)は緊張のあまり動きがややぎこちない。そんな様子もご愛嬌だ。 「き、緊張します‥‥」 「酒の席だ、硬くなりなさんな」 朱麓に励まされ、だんだんと解れてゆき、玲らしい巫女舞を披露する。 腕に覚えのある者たちばかりだけに、初見の曲であれ伴奏には違和感がない。伴奏を担いながら、テフテフは不思議な感覚に包まれていた。 (「何だか懐かしい気がする‥‥あたいは、覚えていないはずなのに」) ジルベリアで育ったテフテフは天儀で生を受けた。何処でかは彼女自身も知らぬが、その名のように蝶が帰る場所を本能で知っているように、懐かしさを感じ取っていたのだ。 「お疲れ様だじぇ〜♪」 剣舞を終えた朱麓と玲をリエットが迎える。実戦にも使えそうだと真剣に見つめていたリエットの隣には何時の間にか杯を手にした風雅哲心(ia0135)が。 「お疲れ様。よかったよ、すごく綺麗だった」 恋人のお褒めの言葉に、凛々しい志士が珍しく照れた‥‥が、玲の視線に気付いた途端に素っ気無い素振りを見せた。 「こうやって大勢の中でのんびりするの何年振りだろうかねぇ‥‥さ、呑み直そうか」 次に場所を譲った舞手は、仲間達と宴に戻って行った。 代わって現れたのは艶やかに髪を結い上げた清楚で優しげな天儀美人。一人は可愛らしいといった形容の似合うお団子頭の天儀美人だ。 理穴伝統の舞をと低めの声で楽を所望した彼女達は、何処の誰だろう。 「弓術師の蛍です」 はて、そんな名の弓術師は参加者にいただろうか?蛍に頑張りましょうねと声掛けられた相方の名は名簿にあったような気がするが‥‥ 首を傾げつつ、ニーナ・サヴィン(ib0168)がハープの弦を弾く。優雅で美しい女舞に相応しい調べを奏で始めると、二人は由緒正しき理穴の女舞を演じ始めた。 楽に似て、飛び入りの詮索も宴には無粋だろう。 詮索に頭巡らすのはやめて、ニーナは傍らで蛇皮線を鳴らす鞠子に話しかけた。 「私は、歌よりも舞よりも、演奏しているのが一番楽しいのよね。鞠子さんはどれが楽しいのかしら?」 「そうですわね‥‥心澄ませて音を合わせる瞬間に、心震える想いがいたします」 合奏とはかくも楽しきものかと鞠子はニーナに微笑みかけた。 そう言えば、初めのうちは硬さの見えた蛇皮線の扱いも、随分緊張が解れてきているようだ。並んで三味線を合わせていた舞の表情に変化はなかったけれど、鞠子の様子に安堵する。息を合わせた二人の弦が、小気味良く場を満たした。 一曲見事に踊り切り、着物の袖で口元を隠して笑む佳人二人。 「‥‥ぷっ」 ――ぷ? 堪えきれずにふきだしたお姉さん方は、淑女にあるまじき呵呵大笑。 「実は男でしたー!」 結い上げた髪を解いて垂らした佳人の正体は、不破颯(ib0495)だ。薄化粧が残っている分、却って色っぽい。 「友人が多く参加してるので、騙してみたいって思ったんですっ!」 可憐な娘は白漣(ia8295)、お団子頭のまま恐縮している様子に観客達は見事に騙されたと腹を立てるどころか、女装のまま酌を頼もうとする始末。 桜樹の下は、ますます賑やかになってきた。 日が高くなる頃、お昼寝主従は覇権争いをしていた。 「うーんうーん‥‥」 枕に覇権を奪われた氷、もふらに腹の上へ乗っかられてうなされている――でも起きない。 風邪引かなきゃいいがと氷達を見つつご馳走を摘んでいた巴渓(ia1334)は付いて来ていたもふらのジョーカーの顔を見つめた。 「おやっさんは相棒には違いないが、考えが読めんからなぁ」 白いソフト帽にサングラス、渋い紳士のジョーカーはダンディに含み笑いをしてみせた。言葉なくとも「男が考えを読まれるようじゃお終いだろう」とでも言いたそうだ。ちなみに声を発すれば渋く深みある御声をしているとか。 「ま、一緒に楽しむとするか‥‥今日はアルコール無しだぞ、おやっさん!」 ごく自然に徳利へ手を出そうとしたジョーカーを制して、演奏を終えた楽師達を拍手で宴に迎え入れる。 「この木も曙姫や皆に囲まれ、春を楽しんでおるじゃろう」 一息付いた鞠子へ、ニノンが桜茶と取り分けた飾り巻き寿司の皿を差し出して。その隣でのんびり煙管を吹かしていた雲母(ia6295)の目付きが、だんだんと険しくなってきた。 「騒ぐ花見もいいが、無粋だなぁ」 酒も入って、賑やか通り越して騒がしくなってきた桜樹の下、雲母の言葉を耳にしたニノンが冗談交じりに一言。 「ふふ、あまりの賑やかさに驚いて花を落とさねば良いが」 花を落とされては堪らぬと、ぷかり紫煙を吐いた雲母は不機嫌そうに威圧し始めた。あらあらと鞠子は串団子を雲母に勧め。煙管の代わりに団子の串を銜えた雲母は再びぼーっと桜を見上げ始めた。 舞手楽師達を称賛で迎えた渓は、お礼って事もないがと鞠子へ一首。 『春謳う 薫るほのかな花一輪 調べ響きて曙の君』 「‥‥なんてな。学がないんで、貴族育ちの嬢ちゃんにはいい加減なもんだがよ」 謙遜する渓に鞠子は言ったものだ。 「大切なのは誰かに向けて伝える心と教えてくださったのは渓様、あなた様ですわ」 「言われたな。いい演奏だったぜ、戦いの澱が心から晴れた気分だ。鞠姫、ありがとうよ」 晴れ晴れと、渓は鞠子と共に笑う。 「しかし何故この山桜なのじゃ?」 桜茶の湯呑みを包み込んで指先を温めていた鞠子へニノンが問うと、鞠子は桜樹の根元に目を向けた。 「わたくしも、初めて御目もじいたしますの‥‥ご先祖様だと、伺っております」 そこには小さな碑がひとつ。 かつてこの地は北面辺境の豪族が治めていたのだと言う。 仁生の貴族、七宝院の若君がある事情でこの地を訪れた際、豪族の一人娘と身分違いの恋に落ち、妻にと娶った。それが傍流・七宝院家の始まりなのだとか。 きっと若君と一人娘が此処で逢引をしたのだろう。二人にとって思い出深い地に建てられた碑は、子孫の幸せを此処で見守っているに違いない。 ●桜樹の下で さて、宴もたけなわ――あるいは一番の騒音元――へ視点を移そう。 「もう我慢できマセン!吟遊詩人的何カ、ヴァン・ホーテン!歌いマス!リッスン!トゥ!マイ!ソォゥル!!」 慌てて騒音公害(?)ヴァン・ホーテン(ia9999)を取り押さえる仲間達。合戦の慰労会を兼ねた花見を楽しむ【焔風】の面々だ。 「オォゥ、何故止めマスカ!ミーも吟遊詩人デス。上手くはありマセンガ‥‥」 だから被害が出る前に止めるんだと、彼の歌唱力を知る一同。 知ってか知らずか、天ヶ瀬焔騎(ia8250)が呵々と笑って「歌うなら俺も歌うぜ」などと言うものだから、収拾が付かなくなりかけている。 「口の開いてる皆は、さあさ召し上がれっ♪」 すかさず千羽夜(ia7831)がお重を回す。お重の中は、白いおにぎりと筍御飯のおにぎりだ。 白いおにぎりを手に取った和奏(ia8807)が、はむっと一口。おにぎりの中から焼鮭がこんにちは。 「鮭が入っていました」 「こっちは梅だね」 皐(ia9176)にくっついてお相伴に預かっていた瀬崎静乃(ia4468)は梅おにぎり。氷那(ia5383)が『当たり』付きですよと笑った。まだ出ていない具があるらしい。 「ねぎ味噌だ」 これは酒のアテになるぞと酒豪の皐、まだまだ呑めそうだ。 「おやつに三色団子もありますよ」 【焔風】の乙女達が作ったお弁当は、食べやすいおにぎりに肴にも良い様々なおかず、甘味も勿論完備。和奏が作った某所直伝のお惣菜も添えて。 ほんのり甘い卵焼きを一口食べたアルティア・L・ナイン(ia1273)、好みの味だったか心配気な調理者が安心する笑顔を向けた。 「んむ、流石は千羽夜くんだ。美味しいなぁ」 「煮物は恭冶さんの口に合うかしら‥‥」 更に心配な表情で伺うのは、景倉恭冶(ia6030)が微妙な間柄の特別な人だから。何気ない風を装って千羽夜の傍を陣取っていた恭冶の反応も上々で、ほっと一安心。 鶏肉おにぎりを受け取った都騎(ia3068)が美味そうに頬張る様も気持ちよく、恋人冥利に尽きるというものだ。滅多に見られぬ恋人の少年のような笑顔を前に、一羽零雨(ia4098)も嬉しげで。 「素人だけれどそれなりには自信作よ。遠慮なく食べてね」 そんな前口上と共に各儀様々な料理珍味を幅広く提供する嵩山薫(ia1747)。現役主婦だけあって、出された料理は皆ぬくもりのある味わいだ。呑まぬ人にはご馳走を、呑む人には勿論酒をと、大きな酒樽ひとつを宴に提供する豪気さだ。 「オゥ、天儀ではお酒は14になってから!」 双子のロッズ兄弟が平気で酒を口にしているのをヴァンが見咎めた。 悪びれた様子もなく「故郷では10歳から呑んでいた」などと嘯くロッズ兄弟。本当は同年代を誘って呑みたかったのだが、さすがに同年代で飲酒を嗜む者はなく、結局兄弟だけで呑んでいる。 どの料理もそれぞれに美味しく、互いに褒め称え合い和やかに酒宴は進む。注しつ注されつ杯を重ねる焔騎が、さり気なく重箱を広げた内に自作の弁当を紛らせたりもして。 「この照り焼き、美味しい♪」 「誰が作ったの?」 密かに料理上手な焔騎、乙女陣の反応にこっそりご満悦。誰作か知って箸を付けたトーマス・アルバート(ia8246)、筍の照り焼きを肴に一杯。 ぽつぽつと、トーマスは焔騎に礼を述べる。戦いの中で弱気になりがちだった自分を、何度も勇気付け励ましてくれた小隊長。 「お前のおかげで俺は‥‥ようやく自分の進むべき道を見つけられそうな気がする」 この戦いで、見えかけてきたものを自信に変えられるよう、強くなってみせる。例え不器用でも、憧れに近付く為に。 決意新たにトーマスは杯を空け、ひらり舞い降りた花弁を浮かせ、アルティアが杯を飲み干した。 「‥‥ああ、良き日だね。次の年もその次の年も、こんな風に皆で桜を見たいものだ」 朋と共に――これからも、いつまでも。 「さて‥‥と」 夢中でぱくつく無邪気な千羽夜の傍で静かに杯を舐めていた恭冶が、懐から花札と賽子を取り出した。 「‥‥お、やるかい?」 受けて立つ焔騎、賽子を入れた椀の音に遊び好きの飲兵衛達が寄って来る。 酒宴の席だ、金品は賭けぬ。負けた者には特製混合酒の罰酒を煽って貰おうか。 勝っても負けても楽しくなりそうだと、御凪祥(ia5285)は妖しい笑みを浮かべ胴元に挑む。不敵に受けて立つ恭冶は、徐に古酒と桜火と天儀酒とヴォトカを混ぜ合わせた。 「いきなりそれ全部混ぜるか?」 酒は弱くないし潰れぬ自信はあったが‥‥このチャンポンはやばそうだ、主に味の面で。 既にすっかり出来上がっているギアス(ia6918)が、にゃーにゃー言いつつ参戦し、最初の駒が張られた。親になった恭冶から丼椀に賽子を振ってゆく。 「負ける気がしねぇな」 「そのうちベロベロに酔わせてやるぜ」 「‥‥よし」 「‥‥にゃっ!!」 最初の被害者が決まったようだ。 「楽しそうじゃないか。たまには仕事忘れて興に耽るのも良いだろう」 「ふふ、負けませんよ?」 「わたしも混ぜてくださいな」 何とも形容し難い酒を煽ってにゃーにゃー呻いているギアスを横目に、北条氏祗(ia0573)と天儀美人のままの颯と白漣が新たに加わって、余興は騒がしく続く。賽子に飽きれば花札で賭け、次々と酔っ払いが増えてゆく。 不思議と暴れる輩がいないのは、祥が花札を武器代わりに牽制しているからだろうか。酔っているらしく、目元に朱が差して非常に色っぽい。女装の二人といい、何やら楼港での酒宴のようだ。 聖職者ですからお忍びで、と控えめに参加していたトカキもどうやら酒が過ぎたようで――意識が途絶えた所を、からす(ia6525)に救出された。 「琴音、水持ってきて」 人妖の琴音に救護の手伝いを頼むと、琴音は「わかった」てきぱきと動いて岩清水を運んでくる。 気が付いたトカキに薬草茶を振る舞い、からすは暫く寝転がっているように告げた。 「大丈夫、明日にはスッキリしているはずだ。今はおやすみ」 風邪を引かないように布団を掛けてやると、いまだ酔いの残っているトカキは静かに眠り始めた。 ――と、そう言えば、朝からお昼寝中の主従はどうしているだろう。 「へっくし!」 『ぶしっ!』 氷達、舞い落ちる花弁に鼻先をくすぐられて、お目覚めと相成った。 猫又も酒を呑む。 芦屋璃凛(ia0303)の猫又、冥夜は肴を前に酒の催促だ。そのうち酔っ払って桜樹に登る。 「冥夜駄目だって登っちゃ‥‥ったく仕方ないなー」 「まぁ、猫やししゃぁない‥‥って、璃凛、おまえも登るんかい!」 冥夜を追って登り始めた璃凛を、星鈴(ia0087)は慌てて引き摺り下ろした。とろんとした目の璃凛、こちらも酔っ払っているようだ。 「それじゃ、その代わりうちも星鈴と‥‥しちゃおうっと」 「‥‥は?ってうわ、ちょ、どこ触ってんねん!?ひゃぁっ!?」 何の代わりかわからない、絡んできた酔っ払いに抱きつかれて、星鈴べしべし叩いて抵抗する‥‥が、押し倒された。 (「なっ‥‥何をしている女同士で!」) こっそり様子を伺っていた神凪瑞姫(ia5328)は妹の痴態にあたふた。真っ赤になって璃凛が星鈴の唇を奪う様を見ているばかりだ。 (「二人とも、それでは風邪を引いてしまうぞ‥‥まったく、璃凛は腹まで」) 心配している着目点が姉というより母親のようだ。星鈴に口付けたまま璃凛は眠りに落ちてゆく。瑞姫は二人に近付くと、妹の寝顔に穏やかな笑みを浮かべた。 「私もこのような頃が有るはずだったのだな‥‥」 運命の悪戯で別れて育った姉と妹。瑞姫の声に反応したか、寝惚けた妹が呟いた。 「姉さん‥‥どうして‥‥壁作らないで」 辛そうな璃凛に、瑞姫もまた苦しい表情を浮かべた。生き別れの妹を探す為にシノビとなった瑞姫、己を縛る境遇が璃凛との間に壁を作ってしまうのが辛い。 「‥‥心配せんでも、大丈夫やて‥‥」 星鈴が璃凛の頭を撫でた。苦しむ姉妹の姿が、ただ切なかった。 一部で羽目を外し始めた中、ごく健全な(?)酒盛りを続けている集団もあり。 「桜の下で桜酒、花み見れるしお酒も呑める。いいわねぇ穴場での花見」 桜火を周りに注いでゆく設楽万理(ia5443)。知るも知らぬも皆仲間、此処で会ったが縁の始まりとばかりに楽しい酒を呑んでいる。 給仕に回りがちなヘラルディアから皿を受け取り、代わりに酒を満たした杯を持たせ。気のいい酔漢は酒を提供しながら自分では一滴も呑もうとしない人物に気が付いた。 「いいお酒を差し入れた、そこのあなた。呑めるんでしょう?」 「いえ、まあ、その以前呑み過ぎたというか何というか‥‥今日は控えようかと‥‥」 呼ばれた一心(ia8409)が恐縮するもので、あら残念と万理も無理には勧めない。タチの良い酔っ払いはアッサリしたものなのだ。 では団子はどうですかと、雫が甘味の皿を一心にまわしてやる。音曲を楽しみに来たのだと語る一心は、自分でも楽器を上手く弾けるようになりたいとか。 「器用そうな手をしてるわね、本当は上手なんじゃない?」 一座に混じってお茶を嗜んでいた舞が、一心の指先を一言。実は細工物を好み細かな作業を得意とする一心である。上手くなるでしょうかと苦笑した。 アレン・シュタイナー(ib0038)が、林檎を器用にウサギ型に剥いている。 「ギアスは‥‥ああ、あの調子じゃリンゴどころじゃないな」 にゃーにゃー阿鼻叫喚状態の知人を横目に、林檎を希望する者には皮を剥くかどうかを聞きながら配るアレン。意外とマメだ。 そんな彼の様子をブリジット(ib0407)は絵に写し取っている。可愛い仕立ての絵にして、後で彼にプレゼントしよう。そんな事を考えながら、春の一日を謳歌する。 ジルベリアのレースをあしらった襟元、短い丈の着物の裾はひらひらはためき、しなやかな白い太腿を惜しげもなく晒して。 いつも見る姿が若武者もかくやという凛々しさだけに、この麗しさは反則だ。しかも薄化粧を施している辺り、篠田紅雪(ia0704)の凝りようは徹底しており。 目の前の艶姿に、犬神狛(ia2995)は顔を真っ赤に染めた。 「!あっ、その、よう似合っておるぞ?紅雪殿‥‥」 しどろもどろになりながら、心寄せる娘の装いを褒める狛。赤くなった狛の反応をいぶかしく思いながら、紅雪は「そうか」普段の口調であっさり返した。 しかしながら、紅雪とて若干の緊張は覚えている。服装に対してではなく、狛が己の誘いに乗ってくれた事に対してだったのだが。 堅苦しく同行了承に感謝を述べた紅雪は、狛を人の少ない辺りへ誘った。 「名前‥‥だから、一緒に見たかった」 「ほう?そうなのか‥‥?」 自身の名の由来は桜にあるのだと言う紅雪に朴訥と相槌をうつ狛。共に見上げれば、満開の桜が空に浮かぶ雲のようだ。 「散った花が、薄紅の雪のように見えた、と‥‥聞いていて、な‥‥」 だんだんと小さくなってゆく紅雪の声に「さよけ‥‥」狛の相槌は何とも色気ない。 消え入りそうな小声になっていた紅雪が、狛の反応に自嘲気味に続けた。 「所詮我侭‥‥くだらぬことに、つきあわせたようだな‥‥」 ぽつりと言った娘の背中へ、男の声が被さった。 「迷惑なんぞとは、わしは思っておらぬよ‥‥」 互いに遠慮のある不器用な二人だが、すれ違う程浅い縁ではない。背に降った狛の言葉に、紅雪が娘の顔で振り返った。 案の定、彼が眠り始めた。 惰眠が趣味だと豪語するタクト・ローランド(ia5373)が団子を食べて茶を飲みまったりに飽きた頃に転寝を始めるのは毎度の事、皆と離れた場所に陣取って良かったと密かに思う。 茶の相手に天儀酒を手酌していた痕離(ia6954)は、そっとタクトに己の膝を貸した。眠りかけのタクトが何か呟いたが、再び眠ってしまったようだ。 滅多に見る事のできない、彼の無防備な寝顔。間近で見られるのも稀だから、痕離は遠慮がちにそろそろと手を伸ばした。 (「桜より酒より、君が‥‥なんて、口が裂けても言えない、けれども」) 少しだけ、ほんの少し頬や髪に触れる位は許して欲しい。ぎこちなく触れる痕離の指にタクトの意識が戻った――が。 (「‥‥まあ、好きにさせておいてやるか」) 半眠半覚醒のタクトは狸寝入りを決め込んだ。 酒盛りの喧騒を離れて、静かに過ごす都騎と零雨。 「何か忘れている気が、するんだがな」 零雨の膝に頭を預け、桜を見上げた都騎が言った。大切な事のはずなのに思い出せない、何か。少し心がもやつくものの、覗き込む零雨が心配な顔をするもので、都騎は考えるのを止めた。 「桜‥‥綺麗、ね」 零雨は恋しい人の傍にいるささやかな幸せを享受する。今度は二人でと、都騎は恋人に再訪を約束して。 ●桜花舞う許で はらはらと降り注ぐ花弁、この場にいないあの人へ。 (「天儀の花はまるで音色のように舞い散るのね」) 儚くて幻想的で、綺麗な花弁はジルベリアの雪のようだ。兄ならば料理に使うだろうかと、家で待っている家族を想い、ニーナは花弁を集める。 ジルベリア出身の夫婦は、自然が恵む春の幸に感謝を捧げて。 「故郷はまだ寒いやろけど、天儀はすっかり春やねぇ」 ほっこりと空を見上げるジルベール(ia9952)に、ラヴィ(ia9738)は綺麗な布を広げて落ちてきた花弁を集めている。 「塩漬けにしてお店のメニューで使いましょう♪」 「そら楽しみやな‥‥ところで桜って美味いん?」 楽しそうな妻の料理は絶品だ。期待と共に、はらりと舞い降りた花弁を、あーんと口を開けてぱくり。 「‥‥何かアッサリしてるけど、これが春の味なんやね、きっと」 「来月のメニューにしましょうね、ジルベールさま♪」 もごもご味わう夫に、指折り数えて調理例を挙げてゆくラヴィ。途端にジルベールが空腹を覚えた。 「そろそろ一休みせーへんか?」 はいと頷きラヴィが取り出したのは、ジルベールがリクエストした出汁巻き玉子にハンバーグ、唐揚げにサラダとおにぎりも。 食後は暫し寄り添いお昼寝して。元気になったら土筆や蕨などの春の幸も集めて、鞠子にもお土産をお裾分けしよう。 「葉桜になったら、今度は葉っぱもらいに来よか?」 膝上で眠る妻を愛しげに撫でて、ジルベールは青葉の頃に思いを馳せた。 人の宴から少々離れた場所で花見を楽しむ人と龍。 「鈴麗は前行けなかったもんね」 駿龍の鈴麗と一緒に花見を楽しむ礼野真夢紀(ia1144)。沢山作ったお弁当を鈴麗は美味そうに平らげる。 鈴麗の項を撫でて、真夢紀は先日教わった桜の香を作ろうと綺麗な花弁を拾い集め始めた。 遅れて到着した大家殿に一献傾けて、亘夕凪(ia8154)が大蔵南洋(ia1246)に「皆と楽しんで来たらどうだい?」と何気なく振った。 「私は竜胆がいるからね。‥‥さて、賑やかな宴の場は苦手かい?」 そんな事を言いながら、夕凪は悠々と自身の杯を干す。目の前の旧友が人付き合いを不得手としている事は知っている。誤解されやすい旧友は兎角損な役回りになる事が多かった。 「‥‥で、遅れて来たのも何かあったんだろ?」 「花見の御誘いとは誠に結構な御申し出、しかし手ぶらで行く訳にも参らず‥‥」 図星のようだ。南洋を促すと、ぽつりぽつりと語りだす。 己の不調法さを悩んだ律儀な武士は、出立前に七宝院家を訪れた。大人数での花見となれば男手はいくらあっても困らぬだろうと、荷物運びから場の設営等、今の今まで雑用を担っていたのだった。 「‥‥まったく。ホンに不器用な人さねえ」 悪戯心を起こした夕凪、懐から扇子を取り出すと散る花弁を南洋の顔に扇ぎかけ、くっくと笑う。 まあ、いつものように差し向かいで花を楽しむのも悪くないかと、空いた南洋の杯を満たして、皿の肴に手を付ける。 「竜胆を放っておいて良いのか」 「‥‥?こら、帰りが危ないから呑むんじゃない!」 銚子を舐めようとしている甲龍を慌てて止める夕凪、南洋はほろ酔いの店子を眺めて、乗り手が酔っているとどうなるのだろうなどと考えたものだった。 恋人の反応は予想通りのものだった。 「わあ、綺麗やね〜」 演奏終了後、二人してこっそり離れた桜樹の下で、纏は無邪気に喜んでいる。分けて貰った料理や酒が入って少々ご機嫌気味の恋人に、琉央(ia1012)は呑み過ぎてやしないかと声を掛けた。 「ん‥‥?酔ってへんで?」 纏さん、酔ってます。少し休めと琉央は纏に膝を貸した。 「え〜ウチが膝枕するぅ〜」 「いいから休め」 ぶっきらぼうに膝へ押し付けると、程なく纏の寝息が聞こえて来た。 よし、纏には聞こえないはずだ。漸く琉央は本心を―― 「‥‥桜の花より‥‥お前のが綺麗だよ、纏‥‥」 膝上の恋人に囁いて――ふと目線の先に倉城紬(ia5229)発見。 「!!し、失礼しました‥‥」 真っ赤になってあれこれ言い訳をはじめた紬だが、気まずいのはお互い様だ。何せ紬は先程の桜精の舞を真似て懸命に練習していたのだから。 一人離れて佇んでいた鳳・陽媛(ia0920)の姿は、春の精霊のようで何とも儚げに見えた。皆様とご一緒に如何ですかと鞠子が問うと、鞠子に会いたかったのだと陽媛は言う。 「綺麗な桜‥‥」 だけど、桜の花はちょっと苦手。すぐに散ってしまうからと哀しげに目を伏せて、でも‥‥と続けた。 「大事な人の為に一番綺麗に咲く事ができるなら‥‥私はなれるかな?桜のように‥‥」 鞠子様、お相手してくださいませんか。舞の歌を。 二人の少女が春に咲く。大切な人を想い、彼の人の為に花開く。 少し静かに酒を酌み交わせる場をと、密かに憎からず想い合う二人は、宴の場を抜け出した。 (「水奏が乗り気になってくれて助かっちまったなぁ」) 周太郎(ia2935)は、想い寄せる娘が隣に居る事に、ほっと息をついた。いまだ想い告げておらぬ相手、霧咲水奏(ia9145)は不器用な青年の想いを知ってか知らずか、空いた杯を満たしてくれる。 願い叶った今、周太郎は幸せなのだが、面と向かって水奏に言うのもむず痒い。 「周殿?」 杯を持ったまま固まっている周太郎に、水奏が声を掛けた。 「‥‥連翹が咲いた」 桜樹の下で、周太郎が思いがけない事を言った。 (「連翹、と」) ふふりと笑った水奏、連翹咲く原を思い浮かべる。ならば―― 「連翹の袂に咲くは胡蝶草、ですな」 色眼鏡の向こうの紫眼が水奏を見据えた。連翹の袂に咲く胡蝶草――その心は。 青年の希望は叶えられ、娘は青年と共にある。良きパートナーであると、花が持つ言の葉が告げている。 (「‥‥拙者も、同じ想いに御座いまする」) 願わくば、これからも。 ゆるりゆるりと言葉遊びに興じつつ、水奏は周太郎に寄り添った。 皆が山を降りた頃―― からすは一人、桜樹の上に居た。琴音を地上に残し、桜のより近くへと。 何となく、桜から寂しげな感じがしたのだ。 それが何かはわからなかったけれど、何となく感じた気持ちを笛の音に乗せて、からすは鎮魂の曲を奏でる。 静かな夜に、桜が震えた――そんな気がした。 |