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■オープニング本文 人里離れた山奥に、小さな湖がある。 湖に棲まうは川姫という人ならざるもの、妖怪と呼ばれる類の存在ではあるが、人に害を成さぬ湖の主であった。 今日も今日とて、川姫は眷属の水童女に使いを頼む。 「ちょっと、良寛はんとこ、行ってきて?」 「はーい♪」 小さな精霊の女の子は、袖になった鰭をぱたぱた振りながら湖の畔にある草庵へ。 湖の畔には見事な山桜が生えている。はらはらと花弁降りゆく庵には、お使い先の老僧が住んでいた。 「りょーかんはーん♪」 庵の前で呼ばうと、齢八十は過ぎようかという老僧が顔を出した。小さな訪問者に相好を崩して、今日はどうしたと尋ねる。 「はるですよー♪」 「おお、春じゃのう」 水童女の言葉はいつも唐突。けれど良寛は水童女の言わんとする事を察しているので問題ない。 「ここ暫くは天気も良さそうじゃ。川姫の所で水に触れるも良し、此処で今が盛りの桜を愛でるも良しじゃの」 「はーい♪」 「誰ぞ遊びに来てくれると良いのう」 「はーい♪」 何を言っても良いお返事しかしない水童女だが、楽しい事が始まるのは解っているようで。 機嫌よく鰭を振っている精霊に川姫への文を持たせて見送ると、良寛は美しく光る湖面を眺めた。 今日も良い日になりそうだ。 |
■参加者一覧
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
橘 琉璃(ia0472)
25歳・男・巫
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
日御碕・かがり(ia9519)
18歳・女・志
アグネス・ユーリ(ib0058)
23歳・女・吟
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
レートフェティ(ib0123)
19歳・女・吟
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
ユリゼ(ib1147)
22歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●桜待つ草庵 とても不思議な感覚だった。 目の前にいる少年は、アルーシュ・リトナ(ib0119)が知っている、近しい者を思わせた。 小柄な体躯、大人しやかな物腰、そして淡い菫色の髪と瞳。 「フィアールカ?」 少年がこくりと頷いた――という事は、少年に見えるが女の子だ。 「あらまぁ‥‥そう‥‥そう言う姿だったの」 アルーシュが、いつもそうしているようにフィアールカを優しく撫でると、彼女は嬉しそうに菫色の瞳を細めた。 ここがどこかはわからないけれど、この幻想的な景色を、不思議な体験を、アルーシュは自然に受け入れていた。小さな女の子の手を引いてアルーシュは歩き出す。遠目に見える桜の樹を目指して歩いてゆくと、小さな草庵が見えてきた。 主は居られぬかと草庵の厨へ足を向けると、父子らしき人物がいた。 アルーシュの挨拶に振り返った少年は桔梗(ia0439)だ。桔梗が団子を練っている傍で、細身の男性が灰汁抜きした蓬を擂っている。 「ここに迷い込んだ人‥‥?俺といっしょ、だな」 桔梗もこの不思議な世界に迷い込んだらしい。父親に見えた人物は風音と言うそうで、擂り鉢から顔を上げ会釈した姿は落ち着いた人柄を感じさせた。 草庵の主さまはと問うと奥に居られるとの事、時折聞こえてくる爪弾く弦の主だろうか。 音が途切れて、白銀の髪の娘が厨に顔を覗かせた。 「桔梗、お花見団子を作るなら手伝うわよ?」 これでも器用なんだからと笑うレートフェティ(ib0123)は、腰に男の子をくっつけている。春風の羽にねこみみ頭巾の男の子の名はイアリ、アルーシュに連れられた同年輩のフィアールカを見つけて、にこにこと手を振った。 「あの、少しの間、お邪魔させて頂いても宜しいですか?」 厨の様子を伺いに出て来た良寛に否やはなく、丁度ジルベリアの菓子と茶葉を持っていたアルーシュの申し出は勿論快く受け入れられて、厨は一段と和やかさを増した。 その頃、外では新たな訪問者が。 「あれ、ここ何処〜」 きょろきょろと辺りを見渡す相棒を、ヴィントは黙って見つめていた。 歌と踊りを愛するこの娘の自由な心は、姿を変えれど今も変わらぬ。だが今は―― 「おぉ♪ヴァン、見て。凄い桜ねぇ‥‥」 湖畔に山桜を見つけ、アグネス・ユーリ(ib0058)は樹の下に近付いた。 樹齢何十年、いや何百年‥‥桜の老木遠目にも見事であった山桜は、近くで見ると更に心に迫ってくる。 アグネスの求めるものに気付いて、ヴィントは荷から天儀酒を出してやる。はらりと舞い降りた花弁を浮かべて献杯し、一杯ずつご相伴に与った二人は湖へ向かって歩き出した。 それから暫く後。 咲き誇る山桜の下で、主従とも友人ともつかぬ二人の青年が、思い出話を肴に一時を過ごしている。 「置いてきて良かったのか?」 紫樹の言葉に、橘琉璃(ia0472)は一瞬首を傾げた。 自分で良かったのかと重ねて問うてくる紫瞳の青年が、残して来た白き甘えん坊を案じているのだと気付いて、琉璃はお前と酒を酌み交わしたかったのだと返した。 杯に注がれた桜色の酒を暫し見つめ、紫樹は出逢った頃に思いを馳せた。 「春だったな?お前と琉架、紫雲‥‥お前ら区別付かなかったぞ」 琉璃と双子の妹、妹に抱きついている弟――見分けが付かない上に妹は泣いていて。往生したぜと思い出す紫樹に、琉璃は引き剥がすの苦労しましたねと微笑んで返す。 あれから幾年、兄は巫女として妹は志士として開拓者の道を歩んでいる。あの頃はそっくりだった双子も、さすがにもう見間違える事はない。 ――と、酒豪の琉璃が珍しく杯を持て余している様子に紫樹が気付いた。 「琉璃、お前なんか顔色悪く無いか?」 額を合わせると熱を持っている。微熱だから大丈夫とやんわり遠慮するのを無理矢理休ませた。琉璃が無理し過ぎると寝込む質なのを、旧知の紫樹は知っている。 素直に横になった琉璃に上着を掛けてやって、紫樹はふと視線を遠くへ遣った。 「それに‥‥このごろ、睡眠不足でうなされているだろう?‥‥‥‥まだ、思い出すのか」 ぽつり問うた紫樹に、琉璃は溜息を吐いた。 「忘れようとしても無理でしょう、あれは‥‥」 もそもそ起き上がると掛けられた上着を紫樹に返してやる。そうか、と言葉少なに応えた紫樹は、琉璃に背を預けて静かに目を閉じた。 「山桜が綺麗に咲いてる♪桃〜ちょっと寄っていかない?」 先輩くノいちの提案に、お堅い妹分は「またか」と身構えた。 里の修行を終えたばかりの桃が供を仰せつかっている先輩くノいち・御陰桜(ib0271)は、どうも楽観的に過ぎるきらいがある。現に今も、密書を携えている任務中なのだ。 「桜さん、今は任務の途中ですよ」 「期日にはまだ余裕があるんだから大丈夫だって♪」 一応、反論してみたが、桜は気楽なものだ。忍びたるもの、お気楽過ぎるのは如何なものかと桃は思うのだが、里長は桃と桜を組ませた。 何もかもが自分と異なる先輩。気質も、体型も‥‥桃はいまだ発展途上の胸元を見下ろして溜息を吐く。 新米は先輩を見て学ぶものなのに、自分は先輩のお目付け役なのだろうか‥‥そんな妄想に陥りかけながらも、桃は結局こう言ってしまうのだ。 「本当に一寸だけですよ‥‥」 まったく、この人は――切り揃えた黒髪を振って、桃は嘆息した。 後輩の気苦労お構いなしに、桜は湖の畔に駆け寄って、水面に映る山桜の美しさに弾んだ声を挙げている。 「綺麗ねぇ♪寄り道したかいがあったわ♪」 その名の如く桜色の髪を揺らした桜の整った肢体が水際に映りこむ――と。 「桜さん!」 好奇心旺盛な水童女達が姿を現した。 その姿はまさしく人間を縮めたような形だが、着物の振袖が鰭になっている。ふよふよふわふわと浮遊し寄ってきた水童女を見つけた桜に警戒の欠片もない。 「?ナニこのコ達、ちっちゃくて可愛い〜♪」 「かわい〜♪」 「かぁい〜♪」 もふもふ。 いきなり撫でられ弄られて、水童女はきゃっきゃ喜んでいるが―― 「桜さん、危険な生き物だったらどうするんですか‥‥」 「大丈夫だって、ほら可愛いもんじゃない♪」 桃の心配を他所に、桜は水童女達と仲良くなったようだ。 もう、と桃は何度目かの嘆息。 「桜さん、お昼にしませんか?‥‥その子達も、一緒に」 「桃ってなんだかんだ言っても面倒見イイわよね♪」 「いーわよね♪」 「ね♪」 桜に撫でられ、水童女達に次々撫でられて、真っ赤になって照れた桃の首筋の桃花痣が、愛らしく浮き上がった。 ●水面に映る朋の顔 湖の畔で男ふたり釣り糸を垂れている。 「いくぜ、黒焔。俺達、双焔の魔弾に撃ち破れない壁が無い事を教えてやろうじゃないか」 天ヶ瀬焔騎(ia8250)、気合を入れて重しを投げた。ぽちゃんと派手な音を立てて水面が輪を描く。 今ので魚が逃げたような気がする。 「了解‥‥っつても、今日は非番だろう?」 条件反射で返事をしたものの、黒焔はまったり非番体勢。餌を付けた釣り針を湖に放って相方の顔を見ると、焔騎は肩を竦めて言った。 「‥‥気分の問題だ、気分の」 長閑だ。 晴れ渡る青空に浮かぶ白い雲がゆっくりと流れてゆく。 並んで釣り糸を垂れる相棒は、しっかりと黒鎧を着込んでいる。褐色の肌と相まって黒尽くめだ。 「‥‥どうした?」 「そんな格好で暑くないのか、黒焔」 焔騎が尋ねると、黒焔は涼しい顔で「騎士の嗜みだ」と返した。 この冷静沈着さが小憎らしい。己と対照的な相棒は汗ひとつかかずに、のんびりと糸が引くのを待っている。 「‥‥何か、居たな」 「あ?魚じゃないか」 一向に引く気配のない釣り糸の近くにも魚はいるのだろう。 遊び半分諦め半分で焔騎が気のない応えを返すと、黒焔が意外な事を言った。 「いや‥‥人の形をしていた」 「そりゃ溺れてんじゃないか!?待ってろよ、解消屋の志士、天ヶ瀬が助けてやる!黒焔お前も来い!」 「いや‥‥あれは、待て!」 手際よく上着を脱いだ焔騎が鎧を身につけたままの黒焔を引っ攫んで湖に飛び込んだ。 (「いや‥‥あれは、水の精霊だと思うのだが‥‥」) 黒焔の呟きは水泡に紛れて消えた。 ――暫く後。 「こんなキレイなお姉さんが釣れたじゃないか、ははははは」 「もぉ嫌やわぁ、お兄さん上手やねえ」 「‥‥‥‥‥」 黙りこくった黒焔と一緒に焚き火脇で熱燗を呑んでいる焔騎は、当然の如くびしょ濡れだ。岸辺に腰掛けた妙齢の美女に敬意を表してお愛想。 「お姉さんも呑むか?」 「ええのん?おおきに♪」 一向に岸から上がろうとしない美女に酒を注いでやると豪快に呑み干した。ああ美味しと艶やかな笑みを浮かべた美女が、焔騎に返杯。黒焔にも注いでやると黙って呑み干す。 延々、それを繰り返して―― 「あらぁ、りょーかんはんや〜♪」 奇妙な酒宴は、すっかりご機嫌になった川姫が、草庵の方向からやって来た老僧一行を見つけて終了した。 懐かしい友との再会を喜ぶのもそこそこに、煌夜(ia9065)は酔いの回った川姫の介抱に忙しい。くたりと煌夜に寄りかかる川姫からそっと目を逸らせて、黄金の獅子が如き騎士は良寛に問うた。 「川姫というものは、皆あのようなものなのか?」 金の髪に優雅な鎧を身に纏う騎士は、その外観に反して実直な質のようだ。良寛は「色々とおりますよ」と苦笑した。 「あの川姫は、レグルス殿のお連れ様と一方ならぬ縁がございましてな」 聞いている、とレグルスは頷いた。時空を越えて繋がる友なのだと。 少し落ち着いて身仕舞いした川姫に、レグルスは改めて名乗り、続けた。 「我は、会うのは初めてだったな‥‥主と親しくしてくれて、礼を言う」 「礼やなんてそんな、あたしの方こそ親しゅうしてもろて、おおきにね」 酔いの醒めた川姫は、少し寂しげに見えた。 この精霊と主との間にどんな縁があるのだろう、とレグルスが考え始めた時。 「見て見て、みしをさんメイド服着てみない?」 荷の中からメイド服を取り出した煌夜に、住んでいる長屋で正月に起こった騒動を思い出し、レグルスは頭を抱えたのだった―― 桔梗が水童女達と一緒に浅瀬に入って魚を捕っている。 風音は、常日頃の落ち着いた少年からは想像できない年相応の様子に微笑んだ。 「川姫、ありがとう。湖の命を私達に分けてくれて‥‥」 湖での魚獲りを快く許した川姫に礼を述べる風音。頭を下げる年上の男性に、川姫は事も無げに「生きてるもんは、みんな命を貰って生きてるんよ」と応える。 『‥‥えと、川姫さま達にとって、魚を獲るのは良くない事、だろうか』 精霊を敬うが故に、桔梗は川姫の禁忌に触れる事を畏れた。自分達が食す魚を、水童女達と捕まえたいのだという少年の気持ちは、決して乱獲したいのではないのだと解っていたから、川姫が怒る道理もない。 水童女達が鰭で桔梗に水を掛けている。水しぶきで魚が逃げてしまうのもご愛嬌だ。時間はたっぷりあるし、皆が食す分を獲れれば充分。 やがて、分けてもらった命を手に桔梗達が戻って来た。水童女達は魚を運んでいる桔梗の背にくっついたりぶら下がったり、すっかり気に入ったようだ。手伝っているつもりなのか、中には籠の端にくっ付いている水童女もいる。 獲れたての魚を火で炙り、塩でいただく。人の自然な営みは水童女達にとっては珍しいものだから、みんな興味津々だ。 「‥‥水童女にとって、川姫さまは、主人なのかな‥‥」 「しゅじん?」 「それとも、母親や、姉みたいな存在?」 「そんざい?」 ただ言葉尻を真似て首を傾げている水童女の姿は愛らしいが、実際の所はどうなのだろう。川姫に水を向けてみる。 「せやねぇ‥‥昔は、主人やったかもね。でも今は、大切な家族なんよ」 お姉さんの方が嬉しいかなと、川姫は笑った。 急に賑やかになった湖畔は人を呼び寄せるものなのか、不思議の世界にはまた新たな訪問者が訪れたようだ。 「わあ‥‥綺麗な桜ですね‥‥」 「あんま見上げ過ぎて転ぶなよ」 日御碕・かがり(ia9519)が無邪気に感嘆の声を挙げたのを、同行の少年そよぎは斜に構えて返した。ちょっぴり生意気少年なそよぎはかがりよりも背が低いのだが、態度はかがりより大きい。幼いながらも、かがりの護衛をしているのだとか。 そよぎを連れて良寛と川姫に挨拶したかがりは、何やら不思議そうな表情を浮かべた。 「‥‥なんだか初めて会った気がしないのですが」 にっこり笑むかがりに、川姫も「あたしもよ」と微笑む。懐かしさを感じるのか水童女達が寄ってきた。 「わぁ〜人妖さんが沢山です〜」 水童女を人妖と呼んだ訪問者は連れなく一人で迷い込んだ模様。梨佳(iz0052)は小さな水の精霊達に囲まれて、急にお姉さんになったような気がしているようだ。そんな梨佳も水童女も一緒に、かがりは遊びましょうと腕を広げた。 そよぎに漕ぎ手を頼んで、湖へと小船をだしたかがり達に目を向けて、アグネスは同じ事を感じている人がいるのだと思った。 水辺に腰掛ける川姫を見つめる。 (「‥‥‥‥」) 不思議だった。何時何処で、誰から聞いたのだか全く覚えていないのに、この人物の話を聞いた事がある気がする。 「川姫と水童女‥‥あたし、あんたの話を聞いた事がある気がするの」 ほら、人妖と呼ばずに、きちんと名前を言える。でも、思い出せなかった。 あれは――誰だったのだろう。 「あんたやユリゼの事を深い声音で語る、水色の瞳‥‥」 「‥‥月の光にも似た金の髪を持つ麗しのひと――知ってはるの!?」 川姫の呟きにはっとする。縋る視線がそこにあった。 ――またね。 耳元で真名を囁き再会を約した、あのひとの声を思い出す。 しかし、アグネスは申し訳なさそうに首を横に振った。 「ごめん、思い出せないの‥‥まるで前世の記憶みたいに、遠いわ」 前世なんて全然信じてないんだけどと、茶目っ気たっぷりに笑うアグネス。もう潰れないでねと川姫に杯を勧めつつ、自身も桜色に染まった酒に口を付けた。 「偶には、夢を見てみるのも良いわよね」 ヴィントを交えてアグネスは語る、自身が見聞きして来た天儀での冒険を。 弾き語るアグネスに惹かれて寄ってきた水童女達と川姫を寿いだ歌を奏で、気持ち良く般若湯を嗜む良寛に酌をしてやり。 呑まぬものには甘い菓子と美味しいお茶を。 「アルーシュ‥‥私、好き。歌も、お茶の香りも」 ぽってりした茶器を両手に包み込んだフィアールカは、アルーシュに淹れて貰ったお茶の香りを胸いっぱいに吸い込んで、にっこり笑った。 フィアールカにとって何処よりも安心できる場所。アルーシュの膝に座って、水童女達とお茶会を楽しんでいたフィアールカは、ぽつりぽつりと心の内を言葉にする。 「アルーシュの好きなもの、全部、好き」 そうして――フィアールカは大好きな人にぎゅっと抱きついた。 手にした花びらクッキーを水童女達に分けてやっているイアリの傍で、レートフェティは皆で作った花見団子に手を伸ばす。頭上の桜を眺めて食す淡い甘さは、ほのかな花の香りも相まって桜を口に含んでいるかのよう。もっちりとした弾力が団子である事を主張している。 「お三味線、弾いて」 「「ひいて〜♪」」 イアリが小さな水童女を引き連れてレートフェティに演奏をねだる。団子の串を皿に置き、レートフェティは撥を握った。 「たまさかに行き逢う人を 分け入る深山が雪の桜の 紡ぐ縁――」 謡を交えて楽を鳴らせば、イアリがくるりくるりと宙を舞う。 ふよふよと辺りに漂う水童女達が面白がって、一緒にふわりふわりと舞うもので、岸辺と湖面の双方で何とも面白い余興となった。 良寛は舞を纏めているレートフェティの言葉を思い出していた。 『私も良寛さまのように、いつか土地の精霊と親しくなれるでしょうか』 彼女の問いに答える必要はないだろう。答えはもう出ているのだから。 「――はやもはや 時を忘れて 語りつくせば 惜しむひとひら はらはらり――掬う水面に たゆたう花は 浮くも沈むも 水心」 結びと共に弦を弾く。舞も綺麗に収まって、撥を置き、軽く一礼したレートフェティに惜しみない拍手が捧げられる。 続いて桔梗が、風音の笛で巫女舞を奉納する。心通い合う二人の息はぴったりで、清く美しい。 (「風音のこと、皆は父親みたいって言う、けど‥‥」) 親しい開拓者の顔を思い出して、ふと思う。 笛の奏者を見遣れば、落ち着いた物腰で奏でている。細身でありながらしっかりした体つきの風音は頼りになる大切な人で―― (「本当に、父親だったら良いのに、な」) 桔梗の頬がほんの少しだけ染まった。 舞は祈る、山桜の平安を。湖の、川姫や良寛、水童女達の幸せを。 人と精霊の別なく、共に楽しみ共に笑い共に生きる、桃源郷がそこにあった。 ●水の旅人 毀れた水は還らずに、ただ何処へなりと流れてゆくのみ。 旅人は、ひとつところには居られずに、ただ何処へなりと漂泊するのみ―― (「不思議な所に出ちゃったな‥‥」) 如何に旅慣れたユリゼ(ib1147)とはいえ、目の前の風景は余りにも現実に乏しかった。 「フロージュ‥‥?」 旅の供を振り返ると、いない。 二十歳ほどのしなやかな女性が立っていた。光の加減で金にも見える銀の髪、青い瞳は大切だった誰かを思わせて、少し胸が痛む。 かの女性ではないと解っているのに、立っているのはフロージュなのに、一瞬あの人と間違えそうになって――苦笑する。 解っていた。フロージュがあの人の姿を取った理由。 (「‥‥どんだけ身内好きなのよ、私」) 大切だったから、今でも大切な人だから。 ユリゼの想いを知る旅の相棒は哀しげに目を伏せた。そんな些細な仕草すら、かの人を思い出させてしまうと言うのに。 湖に人の気配を感じて、導かれるように歩を進めた。 「‥‥あ」 歳の頃は十二三歳辺りだろうか、短い髪をふたつに結った幼さの残る少女が立っていた。 「えと〜」 「はじめまして。ユリゼって言うの、どうぞ宜しくね」 独特の間延びした物言いが名を問うているのだと感じて、自ら名乗る。手を取り微笑んで頭を撫でてやると、嬉しそうに笑った。 「あの〜もし良かったら、こっちでお茶いかがですか〜?」 梨佳の誘いは寂しげなユリゼに抗われた。何と声を掛けて良いか迷っていた梨佳は、ふわりと抱き締められた。 「可愛い女の子は大好きだわ」 またねと梨佳から背を向けて、ユリゼとフロージュは歩き出す。 水面にはらはらと桜の花弁が舞い降りている。美しさに目を和ませ歩を進めている主従に、また別の声が掛かった。 「ユリゼはん‥‥?」 懐かしい口調に思わず立ち止まる。塩湖の姫が水辺に佇んでいた。 不思議と疑問を感じずに、ユリゼは川姫に再会の挨拶と報告に来たのだと語った。友人とのその後、抱えていた問題の事‥‥私の愚痴ねと自ら結んで。 かつて川姫がそうしたように、今度はユリゼが川姫を抱き締める。ありがとう、と。 全てを背にしたユリゼに残ったのは、フロージュただ一人。 かの人に似た姿のフロージュは主の哀しさを知っている。 「リゼ…笛を、聞かせてくれませんか?私は歌えませんが‥‥」 誰もいなくなった桜樹の下で、ユリゼは想いを音に乗せた。 娘の寂しさ、哀しみが音となって空へ昇ってゆく。やがてユリゼは笛を残し次の地へと旅立った。 これは夢、春霞立つ水陽炎が見せる夢―― |