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■オープニング本文 ●武闘大会 天儀最大を誇る武天の都、此隅。 その地に巨勢王の城はある。 城の天守閣で巨勢王は臣下の一人と将棋を指していた。 勝負がほぼ決まると巨勢王は立ち上がって眼下の此隅に目をやる。続いて振り向いた方角を巨勢王は見つめ続けた。 あまりにも遠く、志体を持つ巨勢王ですら見えるはずもないが、その先には神楽の都が存在する。 もうすぐ神楽の都で開催される武闘大会は巨勢王が主催したものだ。 基本はチーム戦。 ルールは様々に用意されていた。 「殿、参りました」 配下の者が投了して将棋は巨勢王の勝ちで終わる。 「よい将棋であったぞ。せっかュだ、もうしばらくつき合うがよい。先頃、品評会で銘を授けたあの酒を持って参れ!」 巨勢王の求めに応じ、侍女が今年一番の天儀酒を運んでくる。 「武芸振興を図るこの度の武闘大会。滞る事なく進んでおるか?」 「様々な仕掛けの用意など万全で御座います」 巨勢王は配下の者と天儀酒を酌み交わしながら武闘大会についてを話し合う。 「開催は開拓者ギルドを通じて各地で宣伝済み。武闘大会の参加者だけでなく、多くの観客も神楽の都を訪れるでしょう。元よりある商店のみならず、噂を聞きつけて各地から商売人も駆けつける様子。観客が集まれば大会参加者達も発憤してより戦いも盛り上がること必定」 「そうでなければな。各地の旅泰も様々な商材を用意して神楽の都に集まっているようだぞ。何より勇猛果敢な姿が観られるのが楽しみでならん」 巨勢王は膝を叩き、大いに笑う。 四月の十五日は巨勢王の誕生日。武闘大会はそれを祝う意味も込められていた。 ●祭りの街 遭都、神楽開拓者ギルド。 武勇の誉れ高き巨勢王主催の武闘大会が行われるとあって、神楽の街は普段以上に賑やかだ。 「色んな人が集まってますねぇ〜」 開拓者ギルドから街を眺めて、梨佳(iz0052)がほんにゃり笑う。 ギルドの職員になりたくて、連日通っては自主的に掃除だ茶汲みだと手伝いをしているこの少女は、今から約一年前に故郷を離れて一人神楽へとやって来た。現在は手伝いを家賃代わりに、ギルド近くの食堂に下宿している。 「梨佳の所も忙しいのではないか?」 職員の一人が尋ねると、下宿人は「そうなんですよ〜」ふにっと応えた。 「色んな所から、たっくさんのお客さんがご飯食べに来てましてぇ〜」 「ならば、こんな所で油を売ってる場合ではないだろう。さっさと手伝いに帰れ」 「!!」 涙目で抗議する『自称・開拓者ギルド職員見習い』の少女と、お堅い職員との応酬は、他の職員に中断された。 「おう、それだがよ梨佳。お前さんの下宿先、何か言ってなかったかい?」 此度の武闘大会では、各地からの来客を見込んだ営業展開を行う店舗も多い。独自の割引や催しを行ったり様々なのだが、祭りの場では常とは違う不便も多く、開拓者ギルドにも助っ人募集や警備依頼が多く舞い込んでいた。 「ふぇ?‥‥あ!」 そうでしたと梨佳、大家から預かっていた書面を職員に手渡した。 さすがに一般人には仕事内容は見せられぬ。ねえねえ何書いてあるんですかと覗き込もうとする梨佳の眼前に手をかざし、職員は真面目な顔で書面に目を通した。 「ほれ」 梨佳だけ蚊帳の外で回覧する職員達。さらさらと書類を纏めた職員が、梨佳に掲示分の紙を手渡した。 素直に壁へ貼りに行く見習い職員もどき。梨佳が貼った求人募集は『警備募集』となっている。 梨佳の下宿先がある商店街の店主達が、費用を出し合って武闘大会期間中の警備要員を雇ったのだった。 ●イワシ鍋 さて、一日終えて下宿へ帰宅した梨佳。 「ただいま〜女将さん、今晩は何ですかー!」 真っ先に向かったのは、いつもと違う匂いを放つ厨房だ。夕飯の催促をする店子に、女将は「イワシ鍋よ」と振り返る。 覗きこんだ鍋の中にはぶつ切りのイワシと野菜、茶色い煮汁。 くんくん、と梨佳が鼻を動かした。 「お味噌の色、ですけど‥‥」 「わかる?ジルベリアの黒ソースを使ってみたの」 先日起こったジルベリアでの反乱を切欠に、天儀でもジルベリアの人や物を見かける事が多くなってきた。ジルベリアで使われている調味料を手に入れた女将は、旬のイワシを使った鍋物に使ってみたのだと言う。 「大丈夫よ、味を調えてあるから。味見してみる?」 勧められるままに煮汁を舐めると意外と旨い。女将は武闘大会中の定食にするのだと満足気だ。 「梨佳ちゃん、ギルドにお願いしてくれた?当日はお願いね」 手を洗うなり早々に卓へ着く店子にご飯を山盛りによそってやって、女将は慈母の笑顔で今日の出来事を語る梨佳に相槌を打っていた。 |
■参加者一覧 / 沙羅(ia0033) / 井伊 貴政(ia0213) / 葛葉・アキラ(ia0255) / 橘 琉璃(ia0472) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 鳳・陽媛(ia0920) / 秋霜夜(ia0979) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 懺龍(ia2621) / 真珠朗(ia3553) / 倉城 紬(ia5229) / 海神・閃(ia5305) / 設楽 万理(ia5443) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 鞘(ia9215) / 宿奈 芳純(ia9695) / アリスト・ローディル(ib0918) / 伏見 笙善(ib1365) / 志姫(ib1520) / 黒色櫻(ib1902) / 元(ib2011) / 美沙(ib2059) / 御津(ib2063) |
■リプレイ本文 ●商店街の朝 神楽の街は祭りの最中、宿屋はごった返していた。 手伝いに入った礼野真夢紀(ia1144)は礼儀正しく挨拶を済ませると、姉さん被りに襷掛けで早速大忙しだ。 宿泊客の中には家族連れも多い。母親の腰にくっ付いた小さな子に笑いかけて、真夢紀は宿屋の亭主に厨房の夜間利用許可を取り付けた。 (「あとは‥‥」) 水桶と柄杓を手に、真夢紀は宿前の通りに水を打つ。 宿屋の前を通り過ぎ、梨佳が下宿先の食堂に駆け込むと、既にそこも戦場だった。 「梨佳ちゃん、おかえりなさい」 厨房で黙々とイワシの下処理をしていた井伊貴政(ia0213)が気付いて声を掛けてきた。彼の手元には処理済のイワシが皿に積まれている。 「ただいまです〜すごいですね、これ全部貴政さんが?」 「そうだけど?」 至って平然と反応しつつも、手は正確にイワシを開き続けている辺りが料理人の凄い所だ。骨や臓物は別の器に取り分けてある。 「鍋に使わない部分も、料理によっては使えますからね」 感心する梨佳に、新鮮さが何より貴重だよと貴政。 巴渓(ia1334)が下処理済の皿を空き皿に取り替えて、梨佳も早く仕度して来いと二階へ追い立てた。言われるままに駆け上がり、部屋で前掛けを付けて降りてくる。揃いの前掛けを付けた佐伯柚李葉(ia0859)が、梨佳に気付いて手を振った。 趣味を兼ねた仕事に従事中の懺龍(ia2621)の警邏先は本屋だ。 天井にまで届く本棚にぎっしりと詰まった本。真新しい紙の匂いと、年季の入った匂いの入り混じる、薄暗い店内―― (「ああ、落ち着くわ‥‥」) 大好きな本に囲まれて幸せな気分に浸る懺龍である。そんな同好の士を、店主の青年はにこやかに迎え入れた。 「気に入ったかい?ゆっくりして行って‥‥ではないな、任せたよ」 店番の一切を小さな同僚に預け、店主は試合見物に出かけた。暫くは懺龍が本屋の主だ。 (「‥‥本を穢す奴は許さないわ」) 懺龍は店の入口に罠を設置し始めた。予め店主には罠の位置を教えてあるが、発動方法も教えておかねばなどと考えつつ、準備を終える。 やがて懺龍は、そ知らぬ顔をして店番という名の読書を始めた―― (「お祭りね‥‥」) 神楽の街の賑わいを前に、沙羅(ia0033)はふと、自分が何年も祭りに参加していなかった事に思い至った。 そんな沙羅の手には『在庫限り』の札。陰陽師御用達の店を手伝う事になった陰陽師の沙羅は、的確に商品を整頓してゆく。普段は一部の者にのみ贖われる品だが、今日は新規開拓の良い機会かもしれない。 準備ができたら、客寄せに式でも出そうか。通りをゆく子供の目を惹けるように。 ●商店街警邏隊 巨勢王の誕生日を記念して行われる武闘大会とあって、神楽の街には普段以上に各地から人が集まっている。 哀しいかな、人が集まる場所にはいざこざも少なからず起こるもので、地元の者だけでは警備が間に合わないのが現状だ。この商店街でも開拓者ギルドを通じて手伝いを頼んでいたのだった。 さて、商店街を警邏している開拓者達。 「完全に雑用な気がするが‥‥ふん、まあいい。これも経験だ」 相方に手を引かれ、通りを歩くアリスト・ローディル(ib0918)。至上の智者たらんとする者が‥‥などとぶつぶつ言っている彼に、相方が楽し気に振り向いた。 「どデカいお祭りや!うきうきするなぁアリストちゃん!」 「‥‥‥‥」 「どないした、アリストちゃん?」 相方――葛葉・アキラ(ia0255)が、黙りこんだアリストを覗き込んだ。 何なんだこの娘は。 一度依頼を共にしてから妙に親しげにしてくるアキラとの距離を測りかね、理解に苦しんでいるアリスト。彼に向けるアキラの表情は無邪気そのものだ。 「アリストちゃん?なんぞ変なモンでも食ったんか?」 「ちゃん付けは勘弁してくれと前に言った筈だが‥‥」 こめかみを押さえて異議申し立てるが、アキラはお構いなしだ。引いていた手を思いっきり引き寄せて、腕にしがみつき見上げる。 「何や、そんな事?嫌よ嫌よも好きの内、て言うやんか☆」 アキラ、どこまでも無邪気だった。 これからも『ちゃん』付だと宣言されて、アリストは更に切れ掛かる――が、そうも言っていられなさそうだ。通りの木に娘を押し付けて絡んでいる酔客を見つけ、二人は急ぎ向かった。 「こらァ、何しとんねん!姉ちゃん嫌がっとるやないか!」 「んぁ、何だお前。嫌よ嫌よも好きの内ってぇ言うんだよ!」 何処かで聞いたような言葉に、アリストが苦笑する。アキラは気付いたやら気付かぬやら、酔客相手に真っ向勝負で怒っている。 「その姉ちゃん放し!」 「はぁ?俺ぁこの姉ちゃんと仲良くだな‥‥あれェ?」 酔っ払いの戯言は腕から消えた娘の感触で途切れた。娘がアキラに攫われたのだと気付くまで暫し、背に娘を庇った彼女にヘェと余裕の表情で、今度はアキラに狙いを定めたようだ。 「その姉ちゃんの代わりにお前でもいいぜェ?」 「いやや!汚い手ェ放し!!」 「彼女は俺の連れだ。手を離して貰おうか」 いやらしい顔つきでアキラの手を取った酔客の戯れは、アリストの介入で完全に潰えた。呑み足りないならセイド入りの水でも飲むかなどと物騒な事を言いつつ、さっさと取り押さえる。 「まったく‥‥アキラの方が強いだろうに、何を考えてるんだか‥‥」 肩をすくめるアリストが言うのも尤もで、アキラは何だか嬉しそうに見えるのだ。 「アリストちゃん、助けてくれるて信じてた!」 目をきらきらさせて喜ぶアキラに、アリストは目を逸らして「まあ助けてやらん事もない」と独りごちた。 一方、ある開拓者達の一団には小さな同行者が。 「もう痛くはありませぬよ」 懐に用意していた包帯を迷子の膝に巻いてやり、志姫(ib1520)が銀の瞳を細めた。白銀の髪を揺らし微笑む様子は神秘的で、泣いていた子は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、こくりと頷いて返す。優しく、志姫は涙の跡を拭いてやった。 「さあ、親御さんを探しましょう!」 秋霜夜(ia0979)が迷子に逸れた親の特徴を尋ねた。幼い子とて、明確な特徴を判りやすく教えてはくれなかったけれど、とりあえず遠くから来た事と逸れたのが父親だという事は判った。 「ふむ‥‥この子に見つけてもらった方が良いかもです?それに歩き疲れちゃいますし」 思案した霜夜、見守っていた海神・閃(ia5305)の肩をぽむ。 「はい?」 「ここは一番、『閃お兄さん』の頼もしい所、皆に見せませんか?」 霜夜はにっこりと閃へ子の肩車を頼んで、迷子は急に開けた視界に歓声を上げた。 通りはかなりの混雑だ。 店々も賑わい、あちらこちらに観光客と思しき人物が見受けられる。 「遠くから来た人‥‥待っててね。必ず探してあげるから」 父と自分は観光客だと言う肩上の迷子を励まして、閃は果敢に人混みを縫って歩く。 「わぁ、あの道具屋さん店先に式を出してますよ〜」 親探しを兼ねて見物もしている霜夜が指差した先には、客引き中の沙羅が。陰陽師が使う品を中心に扱っている店だけに一般客の入りは少ないが、店先の賑わいは他に引けを取らぬ。 「あら‥‥どうしたの?」 鳳・陽媛(ia0920)が新たな迷子を見つけた。しゃがみ込み、子の目線に合わせて優しく問うと、いつの間にか逸れてしまったのだとか。 「赤い服を着たお母さんね?」 特徴を聞き、探しましょうと立ち上がる。 ――と、そこへ小鳩が飛んできた。足に文を結び付けている。志姫は文を広げた。 『男親 五行より来たる 男五歳児迷子捜索中』 宿奈芳純(ia9695)からの伝令だ。志姫は閃の上できょろきょろしている迷子を見上げた。 五歳児――くらいだ。 「遠くから来たと仰いましたな。五行からでしょうか?」 「ごぎょー?うん、ごぎょーからきたのっ!」 この子かもしれないと、返信を小鳩に結び付けて送り返す。新たに見つかった迷子の特徴も記し加えるのも忘れない。 「じゃあボクらは宿屋に行ってみるよ」 閃と志姫を見送って、陽媛は霜夜と迷子の親探し続行だ。 「え?あたしも肩車役?」 物言いたげな視線を感じて霜夜は面食らったけれど、迷子の肩車をするなら陽媛より自分だ‥‥と思い返して。 「はふ‥‥拳士の修行と思えばエンヤコラ‥‥」 霜夜さん頼もしいですよと陽媛が微笑った。 お誕生日なのですかと、此度の御前試合の経緯を知った和奏(ia8807)が言った。 さすが王様豪気なものですねと連れの男。これから二人連れ立って御前試合を見に行く事になっている。 和奏は困っている人なら老若男女問わず誰にでも救いの手を差し伸べていた。 「お祭りで一人は寂しいですものね」 「そうでしょう、そうでしょう。貴方のような方がいらして、助かりました」 今の仕事は観戦に付き合う事のようだ。やたら馴れ馴れしい男に腰を抱き寄せられながらも、和奏は何の疑いもなく彼に付き合ってやっている。どこまでも純真素直で世間知らずな少年であった。 「会場はこちらなのですか?」 「ええ、こちらが近道なのです」 道ひとつ外れた路地に向かい掛けているのを近道なのだと丸め込まれて、和奏は怪しげな男に付き従っている。 二人の影が路地に消えようとした、その時――礫を腕に食い込ませた男が呻いて屈み込んだ。 「人の恋路を邪魔するつもりはないんだけどね」 私が無粋者の真似事をするとは、などと独りごちて物陰から現れたのは見た目は幼い少女。からす(ia6525)が、二人の妙な様子を不審に思って尾行していたのだ。 「して、和奏殿はどのような経緯で、この男と?」 尋ねれば未だ御前試合観戦の付き添いだと信じている和奏の応えが返って来。 ふうと溜息を吐くからすの方が年長に見える。今の男は下心あって頼み事をしていたのですよと諭すと、そうでしたかと和奏は初めて知ったと頷いた。どこまでも素直な少年である。 「私だけでは許容し切れない事もある。手伝ってくれないかな」 兄妹に見える姉弟のような開拓者達は、今日が験が悪いと蹲ったままブツブツ泣き言を垂れている女衒を路地に放置して、表通りに戻って行った。 祭の往来で困っているのは迷子だけではない。とかく人混みに流されがちになる年配者や妊婦などの一般客を守るのも警邏隊の仕事だ。 「はいはい、ちょいと通してくださいよっと」 人の流れに声を掛け、老婦人の手を引く真珠朗(ia3553)、片腕には風呂敷包みを持っている。併せて老婦人には大丈夫ですかと気遣いの声を掛け、足並み揃えて共に進んでいる。老いても女性、年頃の青年に付き添われるのは心華やぐものがあるようで、ほんのり頬赤らめて俯き加減に従う様子が微笑ましい。 神楽土産を探していた老婦人の買い物に付き合って案内をしている真珠朗だ。彼自身は平気だが、随分長い事歩かせているかもしれないと、老婦人の身体が気に掛かった。 「お疲れではありませんか?宿屋が休憩所を作っていますから、一休みしましょう」 「何から何までありがとうございますねえ」 彼の気遣いに、老婦人はほっとした笑みを浮かべた。 真夢紀が手伝っている宿屋前の通りは、誰もが休憩できるように席が設けられている。その片隅で、芳純が小鳩の帰還を迎えた。結ばれた文を確認し、傍で緊張している観光客らしき男性に迷子が一人こちらへ向かっている所だと告げる。 「文治でしょうか‥‥」 落ち着かぬ親に茶を勧め、芳純は次々戻る小動物達から黙々と情報を集めていた。同時に自身でも符を飛ばし、周囲の状況を探っていた。 何処で迷子がいるとか、何処で酔客が暴れているとか、情報を纏め、その近くに居る開拓者へ伝令を飛ばす。彼が仲介役になる事で、商店街警備は円滑に遂行されていた。 「あ!とーちゃんだ!!」 人の流れの中から子供の声がした。やがて見える子の頭――誰かに肩車して貰っているらしく、大人の背丈ほどの所に顔が見える。 「文治ッ!」 「良かった、お父さん見つかったね」 肩上の文治に語りかけ、閃が安堵の息を吐いた。 再会した親子に、真夢紀が改めてお茶菓子を出した。ジルベリア出身の知人に教わったのだというドーナツはおからでできていて、噛み締めれば滋味が口に広がる。迷子捜索班の仲間にも包みを手渡して、真夢紀は手伝いに戻って行った。 ●祭りの味 昼時ともなれば、飲食店は大忙しだ。 定食屋では、揃いの前掛けを付けた姉妹のような少女達が接客に忙しい。 「舶来のソースを使ったお料理は如何ですか?期間限定です♪」 柚李葉の呼びかけに足を止めた通行人を、梨佳がどうぞとソース香る店内へと案内する。初物好きの客やら常連客やらで結構な賑わいを見せていた。 「イワシ鍋定食ひとつです〜」 厨房へ注文を伝えに来た梨佳に渓がちょいちょいと手招きした。呼ばれるままに近寄った梨佳の口へ熱々の物体を放り込む。 「‥‥?!!!」 はふはふ言って咀嚼して、漸く飲み込んだ梨佳は「これ何ですか」と問うた。 「名前?ああ『お好み焼き』だ」 「タコヤキもあるわよ」 鉄板を持ち込み、慣れた手つきでキリを使う設楽万理(ia5443)。彼女は開拓者屈指のソース使いである。人呼んで『ソースの探求者』、ソース料理にも拘りがあって、イワシ鍋にも興味津々だ。 「初めて聞くけど、ソースは大体のモノとあうからアリね‥‥油のよく出るものと一緒に煮ればコクが増すと思うわ」 胡麻なんてどうかしらとの万理の助言に、女将は成程と練り胡麻を足してみる。またひとつ奥深い味わいになったようだ。 お好み焼きやタコヤキのようにソースを塗るのもいい、揚げ物に塗っても美味だろう。ソース談義となると自然と熱が入る万理の提案を、女将のみならず厨房を手伝っている料理好きの面々も興味深く聞いている。 「はう、そぉでした!イワシ鍋定食っ!」 新たな進化を遂げた鍋の中身を小鉢に移し客の許へ持ってゆくと、客は茶のお代わりを注いでいた柚李葉と雑談中。 御前試合を観て来たのだと興奮冷めやらぬ様子で語る客に、柚李葉は「実は私も出たんですよ」こそりと告白して微笑んだ。 「おやまあ、お嬢ちゃんも闘うのかね?可愛い顔して強いんだねえ」 「でも集中攻撃を受けちゃって、真っ先に倒れちゃいました」 柚李葉がふふりと笑って付け足すが、客は出場者と話をしているのだと興奮気味だ。四方山話は梨佳が運んできた定食でお開きになったけれど、客の満足気な様子に柚李葉は軽く挨拶して卓を離れた。 試合観戦に訪れた客の会話は、手伝い達にとっても祭の雰囲気を味わう良い機会だ。橘琉璃(ia0472)は厨房で作業の傍ら、客席から漏れ聞こえる会話に耳を傾けてその雰囲気を楽しむ。出かける余裕はなかったけれど、楽しげな様子が伝わってくるだけでも気持ちの良いものであった。 鞘(ia9215)が手伝い先に蕎麦屋を選んだのは、実家が蕎麦屋だからだ。 「盛り蕎麦お待ちました、どうぞごゆっくりしていってください」 接客笑顔は実家の手伝いで慣れている。ありがとよとかっ込む客に一礼し、食べ終わった客の蒸篭を下げて厨房に戻る。 店での応対自体は慣れた実家と然程変わらない。味の拘りが店それぞれなのも知っているから、気遣いの方向も的確だ。鞘の落ち着きっぷりに、店の主は安心して任せられるよと蕎麦打ちに専念している。 「お里は何処なんだい?」 木鉢の中で粉を練っている店主の問いに、石鏡ですと鞘。神楽の味も学びたいのだと語る開拓者に、店主は快く営業終了後の蕎麦打ちを許可する。 「私にも石鏡の蕎麦の味、教えておくれよ」 「はい、喜んで。――あ、お代金いただいて来ます!」 周囲の目を盗んで食い逃げを図ろうとした客を発見し、鞘が追った。その後、客がどうなったかは――鞘と食い逃げ犯だけが知っている。 警邏に就いているのは商店街通りだけではない。仕事と趣味(?)を兼ねて店内警邏に就いている者もいる。 往来の人混みを眺めながら天儀酒をちびちびと。居酒屋に居座っている伏見笙善(ib1365)だ。 「いやぁ〜賑やかですね〜♪」 飄々と呟く声は、面白いものを見ているような他人事。尤もこれが彼独特の口調のようで、呑みはすれど警備の目は怠りない。 「確かにこんなに賑やかじゃあ乗じて悪さする輩も出るでしょうなぁ〜‥‥と」 言ったそばから喧嘩が始まった。 いよいよ危険になったら手を出すが、まずは様子を見てみよう。笙善、徳利から天儀酒を注ぎ足して、男二人が言い争う様を観察し始めた。 「あの審判はァけしからんッ!ありゃァ小次郎の勝ちだろゥ!!」 「いーや、武蔵の勝ちで合っとるよ。んな小童が勝つ訳なかろ」 「何言うかッ!我が流派愚弄するか!」 「お前さんこそ武蔵んとこ愚弄しとるね」 「何ィ!」 ――どうやら、御前試合の勝敗について議論しているつもりの観戦者達のようだ。彼らが観ていたのは剣術の試合だったのだろうか、負けた流派の肩を持っていた酔客が少々絡み酒が過ぎると見える。 「勝ち負けに刃物は無粋じゃありませんかね〜?」 酔客が腰刀の鞘を握ったのを、笙善は見逃さなかった。杯を空けるとすぐさま二人の仲裁に入る。 「お主は何だ」 「さて〜ただの開拓者でしょうか〜?」 飄々と、しかし只者ならぬ気配を漂わせ酔漢達に迫る。酔ってはいても武芸を嗜む者なだけはあるようで、笙善の気に圧された酔客達はたちまち酔いを醒まして勘定を済ませると、そそくさと立ち去っていった。 やれやれと肩を竦めた笙善、場の雰囲気を乱してすみませんでしたねと自身も勘定を済ませると、キセル片手に店を後にした。 「この平和がなが〜く続けばいいんですがぁ〜」 さて、次はどこの平和を守ろうか。 一方、罠を仕込んで店番を続けている懺龍。 大好きな本に囲まれ、未読の本が何冊もある状況はまさに天国だ。客の入りはあまり良くはないけれど、客は大抵本好きで話が合うから接客も楽しい。 そんな平和な店番時間も、何やら不穏な気配が漂い始めた。 (「‥‥あの人、本好きには見えない‥‥」) 本好きの勘であった。 否、不審者を見分けるのは開拓者の性のようなものかもしれぬ。ともかくその来店者は挙動不審に過ぎた。本に集中する振りをして視線は客に向けたまま、手探りで罠発動の縄の位置を確かめる。 (「あ‥‥本を懐に入れた」) まだだ。今声を掛けては惚けられておしまいだ。じっと時を待つ。 やがて来店者は探し物が見つからなかった風を装って店から出る素振りを見せた。 ‥‥ ‥‥‥‥あと一歩。 「本を万引きなんて‥‥許さない」 店を半歩外に出た所で、来店者の頭に金盥が降って来た! 商店街のあちらこちらで不埒者の叫びが木霊する中、至って平和な店舗も勿論ある。黒色櫻(ib1902)が手伝いに訪れた甘味屋もそのひとつだ。 「いらっしゃいませ、今日は何になさいますか?」 おっとりと来客に声を掛ける櫻の姿を一目見て、開拓者と気付く者はそういないだろう。身のこなしは確かに鍛錬を積んだもののそれなのだが、元々はお嬢様育ちだったのではと見る者は思う。そして、そのおっとり仕草の方が櫻らしいと感じさせるのであった。 「お姉ちゃん、餡団子ちょうだい」 「はい、落とさないように気をつけてね」 餡をたっぷり乗せてやり、小さな子を見送って。 この先も店で働いてくれないかと水を向ける甘味屋の店主に「お客さんとしてまた来ますよ」とやんわり断りを入れる。 ――でも。 (「本当は、天職かもしれませんね‥‥」) 己の性分は己が一番よく知っている。店主に微笑んだ櫻は、今はなき北面の故郷に思いを馳せた。 「あ、櫻さん!」 一日の迷子捜索を終え、櫻を見つけた霜夜が手を振っている。 今から梨佳の下宿先の食堂で、夕食を食べるのだと言う霜夜の誘いに、櫻も甘味屋を辞して一緒に向かった。 慌しい一日が終わり、食堂には商店街各地に散っていた開拓者達が集まっている。 「皆さん、お疲れ様でした」 彼も忙しかったのに、疲れの気配も見せず茶を配る琉璃。万理のタコヤキや渓のお好み焼きをつまみつつ、一同は鍋が炊けるのを待つ。 「皆さん、お待たせしました〜腕によりを掛けましたよ」 厨房から現れた貴政が熱々の土鍋を運んできた。卓の真ん中に置き、蓋を開けるとふわりとソースの匂いが漂う。 「これがイワシ鍋ですか」 話鍋を前にした芳純の言葉に、貴政はいいえと首を振る。まかない料理ですよと。イワシの下処理で出た骨を使って、貴政はつくね鍋を作ったのだ。 鍋の中ではつくねから出た出汁を吸った葱や椎茸が美味そうに煮えている。隠し味にはジルベリアの黒ソース、味噌と擦り胡麻でコクを出した鍋は皆の工夫が生かされている。 それぞれの卓に鍋が行き渡ったのを見届けて、女将は改めて「皆さんお疲れ様でした」と労いの言葉を掛けたのだった。 |