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■オープニング本文 ぷぃ〜ん‥‥ 羽音がする。 闇に紛れて姿は見えねど、間違いなく奴はいる―― ●蚊 本格的な夏はまだだが、寝苦しさはもう夏そのものだった。 寝付けずいらいらと寝返りを打った女は、寝苦しさを倍増させる羽音を耳にした。 刺さない蚊もいるとは聞いたが、耳障りなだけでも充分不快害虫だと思う。 羽音が耳元に来た瞬間を狙って、女は思い切り自分の耳元を叩いた。 手ごたえはあった。 だが――女の掌が触れたのは、子供の頭ほどの物体。それを疑問に思う暇もなく、次に女を襲ったのは――激痛。 隣で寝ていた亭主は、女房の声にならない悲鳴に目を覚ました。 闇の中、只事ならぬ雰囲気だけは伝わってくる。女房に声を掛けるが返事がない。 明かりを点けた男が見たものは、人の頭ほどもある蚊の姿をしたアヤカシに己の女房が喰われる様子だった。 ●蚊に喰われる村 開拓者ギルドに現れた依頼人は、以前から家畜の失踪事件があった事を語った。 「一晩で忽然と姿を消すもんで、村では泥棒の仕業だと思っていたんですよ」 見回りを強化したり番犬を置く等してきたそうだ。しかし今回初めて人間が襲われ、アヤカシの仕業と判明したと言う。 「亭主の方は無事でした‥‥ですが、奥さんがね‥‥跡形もなく喰われたんですよ」 生き残った亭主から聞き取った目撃談によると、アヤカシは蚊を象っている。 ただし大きさは通常の蚊の比ではなく人の頭ほどの大きさである。生物の血液を吸い、同時に液状化する物質を生物の体内へ注入しているようで、捕食対象は生きたままどろどろと溶けてゆく。アヤカシは生物の苦痛と体を余す事なく喰らい尽くすという算段だ。 「相手がアヤカシでは、とっ捕まえる訳にもいきません。何せ捕まえるどころか、こっちが捕まったが最後、喰われちまうんですから」 敵は人の頭ほどあるとの事、感知できれば逃げ出せるからと、村では一時的な対策として家畜を全て放し飼いにした。村の共有財産であり動きの鈍い牛は、村人が交互で見張り逃がす事に決めたのだが―― 昼間は良かった。蚊を象っているものの大きさが大きさだ、見かけ次第逃げる事で被害は最小限に抑えられた。 問題は夜、眠れないのだ。 羽音がする。ただの蚊かもしれない、だがアヤカシならば‥‥? 時折、家畜の数が減る。睡魔に負けて、うっかり眠って喰われたか。それがまた村人の恐怖を煽る。 村人たちは一時たりと緊張を緩める事ができなくなった。些細な事で争うようになった。 「皆、寝不足でイライラしているんです。俺だってグッスリ眠ってみたい」 依頼人の口調に、係は「そうなる前に来てくださいよ」の一言を引っ込めた。それは急いだ方が良さそうですねと返した係に、依頼人は切実に首肯する。 「開拓者の皆さんにお願いしたいのは、アヤカシの退治と農作業です」 「農作業?」 「ええ、夏草は生長が速い。このところの天候では水を撒かにゃ田畑も枯れる。毎日世話してやらにゃならんのです」 生きる為には秋の実りへ向けて地道な世話を必要とする。田畑を枯らせる事は生きる事を放棄する事に等しかった。 「皆さんがお越しの間、俺たちは隣村へ避難させて貰います。各家で大事にしている家畜は連れて行きますが、牛や鶏たちなど連れて行けない家畜が村に残っています。そいつらの世話も頼みます」 「して、牛何頭、鶏は何羽です?」 「牛は4頭、鶏は‥‥わからんですな、暫く放し飼いにしとったもんで」 代わりに、鶏が多少減っていても諦めると言う。とは言え、生活が掛かっているだけに全滅は勘弁して貰いたいがと言い添えて、依頼人は生欠伸を噛み殺した。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
天雲 結月(ia1000)
14歳・女・サ
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
煉(ia1931)
14歳・男・志
喜屋武(ia2651)
21歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●寝不足の人たち 「一匹の蚊が現れただけで村が疎開状態とは‥‥」 喜屋武(ia2651) が言うのも無理はない。 村に着いた一同を迎えたのは、夜逃げ仕度のような一団だった。 大八車に家財道具、大風呂敷を背負って犬猫を抱えた村人たち。何だか殺気立っているような気がする。 睡眠不足とはかくも恐ろしいものか。外でも眠れる元野生児の煉(ia1931)は冷静に観察。 「ちょ‥‥引越しじゃねぇか!」 宿泊には各家を使って構わないと言う。だが、この調子では家の中が空っぽでも不思議ではない――かもしれない。 箪笥こそないものの、車にお櫃だの行李だのを見つけた酒々井統真(ia0893)は呆れて言った。 紙木城遥平(ia0562)は依頼をしたと思しき男を見つけて、依頼期間中の待遇についての確認をする。 牛は四頭、依頼人と他三名が開拓者へ引き渡しの為に曳いていた。牛は農作業の力仕事に使っており村の共有財産。村人が連れて行くもの以外の犬猫は、子を産んで増えたのを村で世話している半野良。所々で走り回っている鶏は、放し飼いの共有財産との事だ。 「鶏は村で祝い事があった時などに潰すのですよ」 肉類はご馳走らしい。連れて行きたいが捕まえるのは諦めましたと、依頼人は疲れた表情で言った。代わりに多くはないがほぼ毎日採れる卵は新鮮なうちにどうぞと言われた。 「せやったら卵で精のつく料理作ろか」 遥平と同じくやまじ湯浅醤油を持参して来た天津疾也(ia0019)が言った。時は夏、暑さに倒れないよう、梅干や岩清水などの準備も怠り無い。 草むらから顔を出している鶏を目で数えているのは桔梗(ia0439)、全てを捕えられずとも、常に見守れるようにしていたい。何せアヤカシが何処に潜んでいるのか判らないのだから。 困っている人を助けるのは騎士の役目。巨大な蚊の形というのは怖いけれど、 「頑張るぞ!」 自称・白騎士、天雲結月(ia1000)が拳を握る。隣に立ち、結月の足元に擦り寄る仔犬の姿にほんわり和んでいた皇りょう(ia1673)は、彼女の気合に微笑んだ。 ●護るもの世話するもの 村人たちを見送った後、疾也と桔梗、統真が牛を厩舎へ曳いて行った。 「アヤカシに喰われないうちに捕獲しなくては」 残る保護対象は鶏と半野良の犬猫たちだ。辺りを見渡した水鏡絵梨乃(ia0191)は、鶏の位置を確認。腹がくちくなっているのか、襲うでもなく近くで丸くなっている猫ともども抱え込んだ。一羽と一匹、捕獲成功。 木の上で様子を伺っているのは煉だ。視線の先には鶏が三羽と、少し離れて2羽。三羽のいる地面の辺りに餌を撒いてある。頃合を見計らって網を落として、一気に五羽捕獲。 同じ方法で猫を捕まえたものの、手酷い反撃に合ってしまった。 (「‥‥何故いつもこうなるんだ‥‥」) 猫、嫌いじゃないのに。 「日の高いうちに集めてしまいましょう」 動物の世話はあまりした事がないという斑鳩(ia1002)も懸命に鶏を追う。漸く追いつき屈んで捕まえた斑鳩の膝に、懐っこい犬が前脚を乗せて来た。尻尾を振っている犬の頭を撫でてやると、鶏を運ぶ斑鳩に犬は大人しく付いて来た。 厩舎の側に喜屋武が作った木柵は太い丸太を組み合わせたもので、中の動物たちが多少暴れても平気そうな頑丈なものだ。これならアヤカシの侵入を阻止できれば中の動物は大丈夫だろう。 「ほらほら、今つかまっとかないと蚊にやられてしまうぞ」 脱いだ上着を腕に巻きつけて前に突き出した喜屋武が、もう一方の手に餌を持って大型犬を誘導すると、遊んで貰えると思ったのか、犬は餌より腕にじゃれ付きながら柵へ入って行った。 両手に一羽ずつ鶏を攫んで来た遥平は柵の中へ放り込みながら考える。 (「一羽絞めて串打って焼き鳥にでもしたら美味いだろうなー」) 肉の誘惑を堪えて、焼き鳥を免れた奴らに美味い卵をくださいよと言ってみる。 結局、鶏十三羽、犬と猫が沢山。 「これだけいると壮観だな‥‥」 念のため鶏と犬猫とは仕切りで遮って、柵の中へ干し肉を差し入れたりょうは手の甲を舐められて目を細めた。 アヤカシがどこに潜んでいるかわからない上に守らねばならぬ動物たちがいる。しかも留守番まで任されている。 此度の依頼は何人かで固まって行動する事に皆で決めていた。女性四名、男性陣は二手に分かれる手はずだ。 「でかい蚊かいな‥‥この時期はあの羽音にムカッと来るが、頭ぐらいの大きさやと更にきそうやなあ」 ちょっとげんなり気味の疾也、手はしっかりと草を刈る。同じく鎌を手に、統真は身の丈よりも高い夏草に埋もれて奮闘中。 疾也の近くで慣れた手つきで草刈りをしている桔梗は、生まれ育った隠れ里を思い出していた。 「慣れてんなあ、やってたんか?」 こくりと頷く桔梗。齢十三歳の細身小柄の彼が使い込まれた鎌を持つというのは、なかなかに違和感がある。 「そうかあ、手伝いしとったんやな」 えらいえらいと思わず鎌を持っていない方の手で桔梗の頭を撫でようとすると、彼は僅かに身を震わせた。気を悪くした風もなく疾也は手を下ろして、にっと笑った。 「暑さにへたらんよう、頑張ろな」 商家の生まれの疾也は幼い頃から人心の機微を見ている。彼のさりげない気遣いに桔梗も穏やかに頷いた。 あらかた捕り物が終わった頃、田畑の水遣りの為に大八車へ刈った夏草を詰めた樽を積み始めた統真へ、結月は持参の蚊取り線香を取り出して言った。 「アヤカシ自身には効果がないみたいだけど‥‥普通の蚊音と誤認する事が減るからっ」 受け取った統真、なるほどと頷く。これなら忌避せず近付く音に容赦する必要はない。 「アヤカシ野郎、蚊だってんなら早々に叩き落してやるぜ」 ●共同生活 日が落ち、辺りが暗くなった頃。 「この辺に作りましょう」 遥平の提案で村の中央に位置する少し広めの場所へ篝火を組んだ。柵に使った丸太の残りと、よく燃えそうな枯れ木を合わせボロ布を混ぜる。火種を打ち込むと勢い良く燃え出した。 「飛んで火に入る‥‥って言いますし、加えてある程度の人数で待機していれば効果的に誘導できると思うんですよ」 アヤカシは蚊を模していると言う。夏の虫と同じかは判らぬが、試してみる価値はあった。 一方、桔梗と斑鳩は家々を回る。宿を探しているのだ。目視と斑鳩の瘴索結界で周囲に異常がないかを確認し、男女別に宿を決めた。 「ここなら厩舎や柵に近い」 「近くに瘴気もありませんね」 中も念入りに確認し、壁の穴などを修復しておく。結月と疾也が笊に卵を集めてやってきた。 飯の炊ける良い匂いが漂って来た。 「先にいただきます」 炊きたてご飯に産みたて卵、やまじの醤油をひと垂らし。夜の見張り先行班の遥平が卵かけご飯をかき込む。明日からは厚焼き玉子や茹で玉子にしてみよう、きっと美味しいに違いない。 「味噌汁できたよ、熱いから気をつけて!」 絵梨乃が先行班に味噌汁の椀を配る。豪快に食す喜屋武と静かに箸を進める煉。疾也は梅干の小皿を差出して一緒に摂るよう勧めた。 夜食にもなるように、握り飯を作っているのはりょうと結月だ。 「材料を切ったりするのは得意なのだが‥‥そ、その代わり、お握りなら任せろ!」 ぎゅぎゅっと握ったりょうの手から出現したのは超巨大お握り。 「‥‥お、大き過ぎただろうか‥‥」 「ううん、夜中ってすごくお腹空くもの、とっても喜んでくれると思うっ」 元気な結月の反応に、りょうも顔を綻ばせた。 先行班と入れ替わりに統真と桔梗、斑鳩が戻って来て全員が食事を済ませた。慣れない事の多い一日だったが食事を摂らねば体力は保てない。依頼はこれからなのだ。 交互に休息を取りつつ夜の見張りを終えて朝を迎えた。 男性陣は二手に分かれて田畑の整備、女性陣は厩舎と保護柵の周囲を護り動物たちの世話。 (「まだ遊びたい盛りであろうに‥‥」) 男性陣が刈った夏草を受け取りに向かった絵梨乃を見送り、りょうは姉のような眼差しで仔犬を追いかける結月を眺めた。餌遣りを終え、今は小動物の精神的な負担軽減のために少しの間遊ばせている。人の頭ほどもあるという蚊のアヤカシが近付かないか、それとなく監視しているのだ。 捕まえて抱き上げた仔犬に頬ずりしながら近付いて来た結月は、りょうに抱かせて言った。 「可愛い動物さんたち、護ってあげようね!」 こういう妹がいれば自慢かもしれないと、目を細めて微笑むりょうだったが、鶏数羽に襲撃された結月を見て慌てて彼女を追いかける。 厩舎で牛の毛を梳っていた斑鳩は表の騒ぎに目を向けた。 「きゃ、舐められてしまいました」 少々くすぐったそうな斑鳩の手は表に気を取られてつい止まっていたのだが、牛はよほど気持ちよかったらしい。催促するように小さく鳴いてみせた。 ●蚊蜻蛉 農作業と警備が続いた四日目。ソレは畑に現れた。 天職かと思うほどしっかりした鍬捌きで畑の畝を上げていた喜屋武の褐色の肌に汗が光る。上着はとうに脱ぎ捨てていた。 (「本物の蚊は汗や吐く息によってくるという。アヤカシは何につられるか知らないっすけど‥‥」) 力一杯働けば、その力を求めてやってくるに違いない! 実直な喜屋武らしい、まことに直球な行動であった。囮のつもりが半ば目的と化しているのはご愛嬌。 少し離れて夏草を処理していた煉は、小手をかざして空を見上げた。 日差しがきつい。青空に白い雲‥‥暫く雨はなさそうだ。作業の続きをと目線を下げたその時、大きな浮遊物を見つけた。 「‥‥来るぞ」 寡黙な煉の声に、遥平が反応した。口数の少ない者の言葉ほど重いものだ。顔を上げ、不快な羽音を立てる浮遊物に気付く。 「喜屋武さん!」 肉体労働に集中している仲間に声を掛け、火種を打ち上げた。相手は蚊を模している、熱源に近付くかもしれない。戦闘し易い場所へと出現させた火種へ喜屋武は駆けた。巨漢の咆哮が挙がる。アヤカシは真っ直ぐに喜屋武へと向かって行った。 呼子の音が聞こえた。耳ざとく聞きつけたりょうが方向を確認する。 「東にアヤカシだ、私は南へ連絡に行く!」 「僕は東へ行くよ!体力温存させてもらってた分、頑張るっ!」 「ボクも東!蚊なんて叩き落としてやる!」 「東と合流後、もう一度呼子で合図をお願いします!」 斑鳩は後を追うと約束。家畜たちの収納を確認後、瘴索結界を使って安全確認しながら東へと移動した。 煉が投げた網を、宙に浮いたアヤカシは起こった風に乗ってふわりと回避した。 「蚊を模しているというだけあって、風に飛行障害を起こすようですね」 冷静に飛ばされたと分析した遥平が力の歪みでアヤカシを押さえ込んだ。蚊を模したソレは羽を一瞬捻らせる。 「デカイとはいえ、飛び回ってる的に当てる自身がないので皆さんお願いします」 他班が合流するまで何とか持ちこたえねばならない。喜屋武は自らを囮とし十字組受の構えを取った。網を捨て、煉は刀身に炎を纏わせる。 自分たちの頭ほどもある巨大な蚊は、不愉快な羽音を立てて長い口吻を揺らした。なまじ巨大なだけに、その口吻は刃物のような鋭利さに見えた。 両の手の護りで十字組受の構えを取った喜屋武は蚊の攻撃を余裕でかわす。執拗に迫られながらも遠目に加勢が来るのを認めた。 「お待たせ!ボクらも戦うよ!」 絵梨乃と結月が向こうから駆けて来る。一番に合流した絵梨乃が突っ込みざま蹴落としを決めた。蚊はふらりとよろけたものの依然宙に浮いているが――その時。 「逃がすわけにゃ、いかねぇ!」 東からの加勢、統真がちかづきざま網を投げた。すんでの所で交わされかけたが、飢えが絶頂に来ていたアヤカシは喜屋武に固執、彼ごと捕える事に成功した。刺されはしたが喜屋武は網ごと蚊を振り払う。 「大丈夫ですか!」 合流した斑鳩が仲間の安否をすばやく確認する。負傷者が居ない事に安堵して皆の士気を高めるべく舞った。自分がいる限りは誰も倒れさせやしない。神楽巫女の心意気で懸命に舞う。 「落ちろや、蚊蜻蛉!!」 狙いを定めて放った疾也の弓が、アヤカシを地へと叩きつける。力の歪みで桔梗と遥平が更に押さえ付けた。 動きの鈍った蚊に結月の強打が落ちた。力を溜めた一撃はアヤカシを直撃する。りょうが援護の連携攻撃、次の矢をつがえた疾也によって、巨大な蚊は無へを帰したのだった。 「へっ、案外やわかったな」 羽むしってやろうと思ってたのによ。統真の呟きに皆一様に緊張が解ける。 「ほんまにでかい蚊やったなあ」 「あんなのに刺されたら痒いでは済みませんね」 そういえば、刺された仲間がいる。皆の注目を浴びた囮となった男は思い出したように全身を掻き毟り始めた。 「げっ、蚊取り線香が燃え尽きていました。薮蚊や家畜の蚤に喰われたようです」 この調子だと心配はなさそうだ。 ●そして 「いやぁ……この時をどんなに楽しみにしていたことか」 湯に浸かり身体中の息を吐き出すと、一日の疲れまで抜けてゆくような気がした。絵梨乃はゆっくりと腕を伸ばして、心からの思いを声に上げる。 慣れぬ農作業にアヤカシへの警戒。四日続いたその生活に加えて今日は戦闘。 でもそれも今日まで。あと三日の留守番は残っているが、緊張は解いていい。アヤカシを倒した今なら、心置きなく寛げた。 一番風呂を男性陣に譲って貰った女性陣は揃って湯を使っていた。田舎の事とて神楽の街のような豪華な風呂でなく、庭で沸かす大釜のような少人数用だが、それでも充分なご馳走だ。 「どうした、天雲殿?」 白い鎧を外すのに手間取っているのだろうか‥‥遅々もじもじと服を脱ぐ結月に、りょうは振り返って尋ねた。 「‥‥ぼ、僕‥‥その‥‥」 胸が、なくて‥‥ 最後の言葉が聞き取れず、りょうは首を傾げた。だがとても恥ずかしそうな様子だけはひしひしと伝わってきて。 「大丈夫だ、私もこんな事は初めてなので少々気恥ずかしい」 「りょうさんには僕の寝相の悪さも見られちゃったし‥‥」 「寝相?可愛い寝顔だったぞ」 本当に姉妹のように思えた四日間。安心した結月の着衣が解かれた――が。 「斑鳩ー背中流しっこしよう!」 妙に嬉しそうな絵梨乃に、斑鳩はもちろん、静かに湯船を楽しんでいたりょうも身を震わせた。 「なにやら貞操の危機的空気を感じますが‥‥」 斑鳩が感じたその空気はあながち間違いでなかったりして、絵梨乃は手をわきわきさせている! 「返り討ちにしてくれます!」 大騒ぎの身体検査が始まった! そんな女性陣の悲鳴を耳聡く聞きつけた男が約一名。 「‥‥お、アヤカシまだ残っとったんか!?」 男の運命は神のみぞ知る――のだが。 しかし後に疾也は語った。『わが生涯に一遍の悔いなし』と。 |