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■オープニング本文 壁に囲まれた浮遊島――天儀。 空に浮かぶ島々には陸があり水があり、命育むものがいる。 人は食わねば生きてはゆけぬ。日々の糧を作り育て収穫し、命を繋いでゆく―― ●早乙女の唄 「小梅ー苗束投げとくれー」 田から叫んだ母に向かって、畦に居た小梅は苗束をぽーんと投げた。傍に居るもふらさまが負うた笊から次の苗束を攫むと、そろそろ植え終えそうな父がいる方向にも声掛けて投げる。 今、小梅の村では田植えの真っ最中だ。 昨年は雨風続きでなかなか進まなかった田植えも、今年は順調に終えられそうだ。ひとつ気に掛かると言えば、暑いのか寒いのか一定に安定しない気温セが―― 背に負うた弟の太郎がむずかり出したので、小梅は慌てて背を揺らしてあやし始めた。 その晩の事―― 厠に立った小梅は不可思議な音を耳にした。 (「うた‥‥?」) 高く低く、緩やかに流れる音は言葉のようにも思えたが、こんな夜中に誰だろう。 小梅とて、酔っ払いのダミ声が歌っていたなら、追うてみようとは思わなかったに違いない。音とも歌とも取れる不思議さに興味引かれて、小梅は田へ向かって歩き始めた――が。 「小梅!具合が悪いのかい!?」 厠からなかなか戻って来ぬ娘を心配した母の呼び声に、小梅は我に返った。 慌てて家に戻る小梅の視界の片隅に、ちらりと白い人影が映ったような気がした。 翌日、苗を植えたばかりの田は酷い事になっていた。苗が全て枯れ果てていたのだ。 「何故‥‥」 皆、理由が解らなかった。 何せ、植えたばかりなのだ。根付かず枯れるならまだしも、苗は田に根を降ろしたまま枯れている。田には水が入っており、枯れる理由も思い当たらぬ。 「昨日の今日で枯れるなんておかしいよ‥‥ゆうべは風ひとつなかったじゃないか」 誰かの言葉に、小梅ははっとなった。 夜中に聴いた不可思議な声。田にいた白い人影――まさか。 「ゆうべ、誰かが田んぼの中に居ただって?」 小梅の話を聞いた長老補佐が、村人達に尋ねてゆくが、誰も夜中に田へ入ったという者は居らず。 「余所者が悪さする理由も思いつかんしの、アヤカシじゃったら事じゃ‥‥神楽の町へ連絡を入れてみようかのぉ」 補佐の話を引き取って、長老が開拓者ギルドへの依頼を決断した。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
水月(ia2566)
10歳・女・吟
白蛇(ia5337)
12歳・女・シ
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
久悠(ib2432)
28歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●水田と枯渇苗 村に到着した開拓者達は奇妙な光景を目にしていた。 水の満ちた田に枯れた苗が揺らいでいる。地中に根を下ろしたまま力なく水面に漂う苗は茶に変色しており、再び生長しそうにはとても見えなかった。 「稲が枯れると、かえるさんも悲しいの‥‥」 蛙が大好きなケロリーナ(ib2037)、かえるさんのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めて眉を顰めた。今の時期なら卵からおたまじゃくしが孵る頃だろうか。苗の生長と共におたまじゃくしは蛙へと成長し、やがて賑やかな合唱を披露してくれる。 かえるさんが悲しいのはケロリーナも悲しい。 (「ケロリーナみんなにっこりできるよ〜にしてあげたいな〜」) まだ声持たぬおたまじゃくし達は元気かと、田を覗き込んで考える。 白蛇(ia5337)は、畦に屈んで田の水を口に含んで味をみる。塩気を多く含んでいる水では苗は枯れてしまうだろうから、多少の危険は覚悟の上で飲んでみたのだが―― (「普通の田んぼの水‥‥だね‥‥」) 塩気も毒気も感じなかった。 もし、苗を枯らす輩が水を汚しているならば、止めさせたいと思う。水は忌むべきものを洗い流してくれるもの、大切なものだから。 局地的被害――久悠(ib2432)は、この奇妙な現象に興味を持っていた。 (「人にも他の小動物にも被害はなし。苗だけ枯れるとは‥‥」) 解決は村人を救う事にもなり、事件の真相を知る事は自身の興味でもあった。依頼を請けた際に聞いた話では、どこか優しげな印象すらある。小梅や村人からも話を聞きたいものであった。 「アヤカシによる生気吸収の可能性もありそうですが――」 断定は禁物ですねと続けるのは宿奈芳純(ia9695)、結論は小梅が見たという白い影の正体を探ってからでも遅くはない。一同は挨拶も兼ねて、村人達から話を聞くべく長老の家へと向かった。 「霜夜さん!」 「小梅ちゃん元気でしたかー?」 約一年振りの再会を喜ぶ少女達、秋霜夜(ia0979)は以前この村に依頼でやって来ていた。あの時は小梅の弟、太郎が迷子になったのだったが、さて太郎は相変わらず子守をしているもふらさまの背上で元気そうだ。 「たろさんはもう歩けます?もふもふさん大変ですね」 くすくすと、もふらさまを労って撫でてやる。けれどすぐに表情を改めて依頼を請けてやって来たのだと告げた。 「仔細はギルドで聞いちゃいるが‥‥」 崔(ia0015)は小梅の背丈に屈むと、彼女に白い影遭遇時の事を尋ねた。 「‥‥その歌はお姉チャンの声か‥‥?」 真面目に何聞いてる。 閑話休題。 周囲の視線から目を逸らし、崔は小梅に当時の印象や感じた事などを改めて問うた。 「えぇと‥‥歌、音‥‥?うまく言えないの‥‥綺麗だった‥‥気がする」 小梅なりに懸命に思い出してはいるようなのだが、何分不可思議な出来事だっただけに上手く言葉にできないようだ。 薄れる記憶に戸惑う事こそあれ、少女には怯えた様子がない。久悠にはそれが不思議に思える。白い影は小梅を害するものではなかったのだろうか。 芳純が、この村に伝わる田植え歌について尋ねた。すぐさま誰ともなく歌い始めたが、小梅の表情はその歌ではなかった事を物語っている。 ひとまず、事前に決めてきた作戦に添って、囮にする田の借用と苗少々を分けて貰いたい旨申し出ると、長老は快く協力してくれた。 全員で、借りた田に苗を植える。見張り用とは言え、何事もなければそのまま育てられるように、きっちり植えつけてゆく。 ジルベール(ia9952)は初めての田植え体験だ。田植え唄と一緒に作業を教わりながら、見よう見真似で泥田に挑んでいる。 「毎年こんなしんどい作業してるん?えらいなぁ」 人が生きてゆく為に、大地の恵みで命を繋ぐ‥‥慣れない中腰での重労働は、なかなかに厳しい。 心配気な水月(ia2566)と物言いたげなケロリーナに、ジルベールは虚勢を張ってみせた。 「腰痛?そんなわけないやん。俺おじさんちゃうし。おにーさんやし」 「ジルベールおにいさま、植える場所ずれてるの〜」 若さを強調するジルベールお構いなしで、ぬいぐるみのかえるさんを抱っこしたケロリーナが畦から指摘する。かえるさんを振り振り、雨乞いを歌ったりもして。 「けろ〜♪けろ〜こ♪」 まだ空は青いけれど、全ての田に苗が植わったら、水の恵みがあるといい。 水田におたまじゃくしが生まれ蛙になって、雨呼ぶ大合唱になればいい。 梅雨経て暑い夏を過ぎ、秋には実りを授けてくれるように。 ●娘の影 皆で田植えを終えた後は、再び各自が調査や確認に向かった。 村内に手がかりが残されていないか、注意深く地を調べる開拓者達。 苗を植えた田以外の被害に遭った田に足を踏み入れて、ジルベールは水中を覗き込んだ。 「水に毒物は入ってないな‥‥苗以外の‥‥畦の雑草まで枯れとるな。それから‥‥」 田に付き物の水棲生物達。田螺やおたまじゃくし、まだ早いなら卵だろうか――とにかく生きている形跡を探していた。向こうの田では崔が、隣の田ではケロリーナが手がかりを探している。 やがて田から上がった開拓者達は互いに見たものを報告し合った。 「どこも同じなの〜」 「まだ早いっちゃ早いかもしれんが‥‥」 顔見合わせて、同じ答えに行き着く。それは――田に生物の気配がないという事だった。 「意外と、もふらさまが何か知ってたりして‥‥」 んなワケないかと、もふもふを覗き込むジルベール。もふもふのどんぐりまなこは何を考えているのやら、よくわからない。太郎のほっぺをふにふにつついて何かと構いたくなってしまうのは、一家の主として赤子に興味があるのかもしれない。 「美味い米食べて、大きくなるんやで」 「うー♪」 「なあ、もふらさま、どう思うよ?」 崔がもふもふを両手でくしゃ撫でしてやると、もふもふは「もふー♪」機嫌よく鳴いた。 もふもふの背から太郎がころんと落ちてきたのを掬い上げて、崔はきゃっきゃ喜ぶ太郎をもふもふの背に乗せなおしてやる。すっかり遊んでいると思ってまた落下を繰り返す太郎に付き合ってやりながら、小梅と一緒にお手玉をしている白蛇に目を向けた。 小梅より少し年上くらいの白蛇だが、生まれ育ちからずっと大人びて見える。小梅の気を紛らせるように、白蛇は心配な素振りは全く見せずに少女同士の遊びに興じてみせていた。 ひとつ、ふたつ、みっつ‥‥何度も宙に上がるお手玉に、小梅は無邪気に喜んでいる。 (「大丈夫‥‥僕達が‥‥ちゃんと解決するから‥‥」) 小梅の笑顔に安心し、白蛇は少女の遊びに付き合っている。 開拓者ギルドで、一同は白い影についての予測を立てていた。アヤカシであれば幽霊系かもしれぬ、幽霊と言えば何か悔いを残して死んだ者はいないだろうか‥‥等々。 「立ち入った事をおうかがいしますけど‥‥」 霜夜が長老に改めて問うたのは、今回の事に繋がるような伝説や辛い最期を迎えた娘の有無だ。暫く首を捻っていた長老にはそういった心当たりはないようだったが、霜夜が村の危険区域に水を向けると長老の表情が変わった。 「東の森は、あれからどうなっていますか?」 村外れの東側には森がある。昼間でも欝蒼と暗く、村の大人達は危険区域として子供達を立ち入らせないようにしていた。一年前、太郎が行方不明になった際も東の森に行ってしまったのではと心配したものだ。 長老は、夏前に姿を消した娘がいるのだと言った。娘は隣村の男と恋仲だったのだが、夏前に両者共に姿を消したのだと言う。 「二人揃ってじゃったから、街へ出たのじゃろうと言う事で落ち着いたのじゃが」 駆け落ちの理由に思い当たる節はなかったのだが、子でも孕んだのなら余計な詮索はすまいと皆口を噤んだのだとか。 「夏前というと、ほぼ一年前か」 最近という程直近ではないかと、久悠が一人ごちる。しかし娘行方不明の折に、娘を最後に目撃した者が口にした言葉を聞いて、眉間に皺を寄せた。 目撃者はこう言ったのだという。東の森に消えてゆく娘を見た――と。 一方、東の森周辺を移動する白い影。 芳純の後についてゆく小さな白い姿の正体は水月だ。今、村では白い影の話でもちきりだけに一人歩きは間違えられそうなのと森は危険区域という事で、単独行動は避ける。二人は森の外周から見て回っていた。 (「美味しいご飯の敵‥‥」) 小さい手をきゅっと握って目を凝らす水月。小柄ながら健啖家で、食の楽しみ有り難味を知っている。だからこそ今回の苗を枯らす敵は許せない。自然目付きが鋭くなって、森の中で動いているはずのものを凝視している。 彼女の視線の先で動いているのは芳純の人魂だ。芳純は意識を集中し、符を薄暗い森に放ってその視界を借りる。視たものを水月に伝えていた芳純だが、水月に袖を引かれて自身が視るのに集中していた事に気付いた。 夜が近くなっている。そろそろ戻ろうと村へ引き返す二人、芳純は自分の口で報告すべく、森の奥で視たものの情報を頭の中で整理していた。 あの光景は、白い影と関係あるのだろうか―― ●白き影は 夜になって二手に分かれた開拓者達は、交代で田の見張りに就いている。 「東の森に、人の‥‥?」 霜夜に芳純は頷いた。 今回の依頼が終わった後ででも、人を入れた方が良いだろう。芳純が視たものに関して皆の意見は一致していた。 「今んとこ、アヤカシが棲んどる様子はないけど‥‥危ういな」 昼間、アヤカシの有無を探索していたジルベールが言った。現在の東の森は瘴気満ちる森ではないけれど、薄暗く人が忌避する状況が続けば、いつか良からぬものが発生してもおかしくない。現に、芳純が視たものが森にある。 「白い影〜幽霊さんじゃないといいな〜」 かえるさんのぬいぐるみを抱き締めて言ったケロリーナの言葉には、ちょっとしょんぼりした響きが伺えた。 夜半、そろそろ別班に交代を‥‥という頃になって、それは現れた。 心地よい響きであった。 歌とも音ともつかぬ微かな響きは、耳に優しく自然に紛れ、心にすうっと入り込んできた。だがそれは―― 「気をつけてください、呪歌の類です」 逸早く気付いた芳純の声で、皆我に返った。 小梅は母親の声に救われたのだと今ならわかる。これは捕らわれてはいけない声だ。引き止められなかったなら、小梅はどうなっていた事か。 別班へ芳純が伝令を飛ばす中、戦闘準備に入る。 合流までの僅かな時間に精査を。ジルベールが相手を確かめる――それは紛れもなくアヤカシであった。 田の中程に出現した白いアヤカシを目指し、霜夜が駆けた。泥を蹴上げ、一気に近付くと拳を打ち込んだ。入った、実態のあるアヤカシだ。幽霊であれば実体のないアヤカシかもしれないとの懸念があったのだが、どうやら心配なさそうだ。 霜夜に先制され揺らぎつつも、アヤカシは細い手を振り上げた。姿仕草から遠目には女型アヤカシと見える。アヤカシの指先が掠った霜夜が警告した。 「毒を持ってますっ!」 霜夜の声で周囲を見渡したアヤカシの標的が、遠く詠唱中のケロリーナに向いた。眷属に引き入れんと妖しい声で誘うが魔術師の集中力が誘惑を撥ね退け、呪歌は風切る矢に中断された。 「村の人らが生きていく為や。悪く思わんといてや」 夜の闇にも迷わずに正確に射抜くジルベールの矢。女子供に手を挙げるのは彼の流儀に反するけれど、昼間共に田植えをした村人達や小梅達の為に、命を繋いでゆく為に迷いを振り切って弓を絞る。 射掛けられ、戸惑うアヤカシにケロリーナのサンダーが命中し、夜の田が一瞬明るくなった。光の向こうに別班の面々が駆けてくるのが見えて、芳純はアヤカシに向き直った。 真っ先に到着した白蛇がアヤカシの退路を断つように畦に立った。哀桜笛を構えると、アヤカシの呪歌に対抗するように奏で始める。 否、か細い笛の音は印であった。アヤカシの許から突如上がった炎の渦は、白蛇の術によるものだ。身を焼かれ悶えるアヤカシを、久悠とジルベールの矢が貫き、鎮火に合わせて拳士達の攻撃が集中する。 圧倒的不利でありながらもアヤカシは悪足掻きを続けていた。この中で操れる可能性があるニンゲンを探している。 狙いを定めたのに気付いた水月が畦から加護を舞い、呪歌発動前に抑え込む。仲間の感謝に言葉なく仕草で返し、小さな白き巫女は皆を護り続けた。 全員合流後、集中攻撃に程なくアヤカシは無に帰したのだった。 ●祠 翌朝、村人達は白い影がアヤカシであった事、今後はもう出ないだろう事を知った。 「今年も田植え、遅れちゃいましたね‥‥お手伝いさせてください♪」 霜夜は腕まくりして張り切っている。勿論仲間達も異論ない。今日の内に全ての田に苗が植わりそうだった。 村人総出で田植えをしている中、芳純は長老に頼み、人を呼んでいた。 「落ち着いて聞いていただきたいのですが‥‥」 一年近く前に消息を立った娘の親と、娘の恋人だった男の親に、芳純は告げた。東の森に男女と思しき白骨があると。 東の森の奥深く、枯葉に埋まるように、二つの遺体は永久の眠りに就いている。人魂が正確な場所を捉えていた為、場所は簡単に特定できた。人を頼み捜索に出た者達は、僅かに残る着物などから娘達だと判断して村へ連れ帰った。 今となっては駆け落ちしたのか心中したのか、はたまた何らかの事故だったのかはわからない。ただ、逝った者には還る場所を、残された者には長き不安の終わりを齎した事は確かだろう。 畦に真新しい祠が建っている。 ご飯とお水をお供えし、田の神様に感謝を捧げた小さな祠。 田植えの合間に、白蛇が傍で笛を奏でている。少し哀しい調べは、真新しい塚にも捧げられた鎮魂の曲だった。 |