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■オープニング本文 『おいたし でなでな おいわかこぬ』 栢山遺跡の入口を開かせた呪文は、世の人に奇人と冷笑された男が遺したものだった。 ●神威人――カムイビト―― 栢山遺跡を開いた冗談のような呪文は、探索に出かけたまま行方不明となっている考古学者、黒井某が遺したもので、黒井の子息、奈那介が所持している手帳に記されていたものである。 考古学者・黒井某は、泰やジルベリア以外にも儀があると主張し、その根拠を神威人の伝承に求めた。新儀の有無はともかく、新儀に関する黒井の説があまりに荒唐無稽であった為、世の人々は耳を貸さず妄言と嗤ったのだった――が。 今ここに来て、黒井の説は注目を集めている。 神楽・万屋。 「このごろ、みんなのボクを見る目が変なんだよ‥‥」 そりゃあそうだろうと、開拓者ギルド支給品の在庫確認に訪れていたギルド職人は暁の耳を見て言った。 「神威人は珍しいからな、ただの付け耳だと思ってた奴まで気になってるだろうよ」 栢山遺跡の発掘を通して、今また神威と神威人の伝承に注目が集まっている最中だ。あまり見かけぬ神威人が万屋にいると聞けば、一目覗きに来る輩がいてもおかしくない。 ――と、暁と目があった開拓者が、気まずそうにそそくさ店を出て行った。 へにょ、と暁の耳が横に開く。 「‥‥ボク、手拭かぶろうかなあ」 ちょっぴりうんざりしているようだった。 ●御伽噺――オトギバナシ―― 一方、開拓者ギルドでは。 訪れた依頼人は、図書館で調べ物をするので手伝いが欲しいのだと言った。 黒井は神威人の伝承から遺跡の入口を開けてみせた。ならば他にも手がかりはあるだろうという訳だ。 「今回は御伽噺や昔話を中心に調べるのですが‥‥」 遭都の図書館には膨大な書物が収められており、一人では到底調べきれるものではない。そこで手伝いをという訳だ。 多くの者が夢と浪漫を求めて動き出す。第三次開拓が始まろうとしていた。 |
■参加者一覧
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
秋月 紅夜(ia8314)
16歳・女・陰
千古(ia9622)
18歳・女・巫
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
ルシール・フルフラット(ib0072)
20歳・女・騎
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
ランファード(ib0579)
19歳・男・騎
伏見 笙善(ib1365)
22歳・男・志 |
■リプレイ本文 遭都にある大きな図書館は、天儀にまつわるあらゆる文献が集められた記録の宝庫である。 管理者であるちょっと無愛想な顔立ちの眼鏡青年――紫音曰く。 「記録は編者によって歪められることもあるが、どの記録も事実の一端はとらえている」 ●妄想の園へようこそ 天井まで聳え立つ棚に詰め込まれた蔵書。 天儀の全てが此処にある――かもしれない、知の宝庫に立ち、千古(ia9622)は静かに深呼吸して古い紙の香りを嗅いだ。 此方で過ごせるだけでも素晴らしい。 精霊や古事に心惹かれる娘にとって、此処は楽園のような場所であった。 「知識の海の中に埋もれし手掛かりを探す‥‥これもまた一つの宝探し」 深紅なるは高貴の証。 高貴なる薔薇に触れつつ、ロック・J・グリフィス(ib0293)が呟いた。 「かつて空賊騎士と呼ばれていた頃の冒険心が刺激される」 ロックが長い緋色の髪を揺らすと、結い上げた髪に結んだ金のリボンが光に反射しキラリと光る。 美しい。非常に高貴な佇まいである‥‥動きやすさ重視の服装すら騎士の正装に見えてくる。 「二匹目の泥鰌、か。さて、どうなることかな」 天井高く聳え立つ棚の蔵書に息を呑んだ依頼人を横目に、秋月紅夜(ia8314)が独り言。黒井某に続けと探索の真似事をするのはともかく、調べ物をするのに図書館を利用する選択自体は的確な判断だと思う。 (「どうやら本気で取り組むつもりだね」) 海に落とした釣り針を見つけるが如き根気の要る取り組みだが、依頼人が本気であれば協力を惜しむ道理はなかった。 考古学者・黒井某は、伝承の体系化までに気の遠くなるような年月を掛けている。長年掛けて調べ上げた行跡を、十人掛かり一日そこらで追いつく事はまず無理だ。 興味と直感と妄想に頼って、各々の琴線に触れた情報を集めてゆく方法を採った。ひとところに固まっていても仕方がないので、それぞれ思い思いの場所を陣取り調べ物を始めてゆく。 「おとぎ話から情報を探るとは、何とも興味深い依頼どすなぁ。歌舞伎の参考になればええんどすが」 華やかな美女のように見えるが歌舞伎役者、つまりは女形を生業としている華御院鬨(ia0351)が期待に満ちた目で書架を眺めている。 伏見笙善(ib1365)の着目点は、神威人や猫族の文化だ。どちらも現代に生存している種族で、その暮らし振りに関する資料はそれなりに正確なものが揃っていた。 「ふむふむ‥‥総じて自然を愛する温厚な種族って感じですかね〜」 気になった箇所を書き写す、料紙の枚数が増えていた。 随分長く書き物をしていたようだ。少し休憩、一服しようといつもの習慣で懐から煙管を取り出した笙善、いつものように煙草盆を探してきょろきょろしている所を図書館の職員に見咎められた。 「あの〜火はありますかね〜?」 笙善の問いに職員の顔色が変わった。ここは紙類の多い図書館だ。 「館内で煙草は禁止です!」 「ひ〜!!すいませんすいません!!あんまり来ないから禁煙だなんて知らなかったんですよー!!」 平身低頭、地に頭擦り付けて土下座する笙善。館内では決して煙管は使いませんと念書まで書かされて、何とか館内に留まる事を許して貰った。 気を取り直して、資料に向かう。 「今、巷で噂の遺跡‥‥その先にある浪漫の為!」 だがそれは禁断症状との闘いの始まりでもあった―― ●妄想探求隊 各々自由に閲覧を‥‥とは言え、その方法は様々だ。 「俺は異端とは思わんぞ、神威人犬猫進化論説を‥‥ッ」 天儀各地に伝わる御伽噺や昔話のうち、ロックが注目したのは擬人化された犬や猫が登場するものであった。 ロック曰く。 「不思議に思ったことはないか?離れた各地に似たような物語が伝わっているのか‥‥これこそが、神威人の軌跡をたどる証拠になると、俺は確信している」 顎に手を当て、一人納得するロックが手に取った昔話は、人間に助けられた人語を話す動物が恩返しに宝物を人間に与える‥‥というもの。これもまた各地に類似した話が残る定型だ。 「何故、擬人化された動物と宝なのかそこにも手掛かりがあるかもしれん」 尚も動物が登場する御伽噺を探していると、奇妙な文献を発見した。誰が描いたやら戯画には彩色が施されており、青い狸とメガネザルが手を取り合って国造りをしている様子のようだ。 「どr‥‥?のb‥‥?かすれて名が読みとれんのが残念だ」 かなり胡散臭い文献だけに、読めなくて良かったかもしれない。 青い狸の戯画本が置いてあった辺りで、薄い書物を開いている輝夜(ia1150)。 「何か見つかりましたか?」 ルシール・フルフラット(ib0072)に覗き込まれて、ぎょっとして閉じた。表題は『葱姫武勇伝』ネギ一本でアヤカシと対等に渡り合ったという、伝説の歌姫を描いた作品だ。 「ネギ‥‥?」 「いや、まぁ、その‥‥」 さ・ぼ・り。 そそくさ調査に戻る輝夜である。 手際よく資料を選び出し、閲覧席に向かったランファード(ib0579)は古文書を広げて目を通し始めた。 彼が調べているのは神威人の伝承だ。中でも伝承に多く出て来る『月』に関する物語を集めてみた。 「わたし、は‥‥つき、の、せか‥‥い、に‥‥かえらなければ、なりま、せん‥‥」 月を恋しがり月に戻ろうとした男女の話は今も多く残されている。竹から生まれた絶世の美女が月に還る物語を読み解き書き写しながら、ランフォードは月への道に思いを馳せた。 (「今回探しているのは『あるすてら』への封印された道‥‥」) 道は何故封印されたのだろう。 封印するだけの理由が思いつかなくて、ランフォードは文献に残されていないかと再び蔵書室へ向かった。だが、いくら探しても手がかりは見つからなかった。 (「もしや意図的に隠されているのでは」) つい、閲覧者制限のある棚の辺りに視線が向く――と、そこには背の高いふわふわ金髪の姿。 「エルディンさん、どちらへ?」 「近付いてはいけません!」 主に警告した本人が。 かつて禁書の扱いを受けた書籍のうち、成人男性を対象としたいかがわしいものを隔離している辺りで、エルディン・バウアー(ib0066)が胡散臭い動きをしていた。 「ここから先は健全な青少年が閲覧してはなりません!」 「はあ‥‥」 その手にあるのは何ですかとはランフォードには聞けなかった。代わりに、どんな事に着目しているのかを尋ねてみる。 口伝の文字化、歌や童謡の記述が残されていないか探していたのだと、エルディンは小脇に抱えていた本の中から一冊を抜き出し、ぱらりと開く。 「なになに‥‥ん!?伝承のとおりだ、読める、読めるぞ!」 「それはすごい。音読してみてくださいませんか」 開いた頁に手をかざし、興奮気味に黙読するエルディンに素とも突っ込みともつかぬ返しが入った。冗談ですよと照れ笑いを浮かべるお茶目な二十八歳は真面目な顔になって言った。 「さすがに体系化して残っているものはありませんね」 文献は全てが真実とは限らない。多くの中に埋もれた僅かな真実を見つけ出さねば手がかりは得られない。これら文献を漁り調べ体系化した、黒井父子の苦労は如何ばかりか。 「宝珠でもあれば解読も少しは楽になるでしょうが‥‥例えば、嵐の壁が薄い部分を指し示す青い光を発する宝珠とか」 妙に具体的だが、宝珠に秘められた力が謎の解明に役立てば、確かに楽になりそうだ。しかしそれにはまず宝珠を捜さねばならぬだろう。 「古文書に対応する宝珠は、代々ある家系に受け継がれているものと相場が決まっています」 「天儀王朝‥‥ですか?」 否、とエルディンは首を横に振った。この手の宝珠は滅亡せし王家の子孫の元にあり、大抵は庶民として市井に暮らしているものだと。 なるほど、とランフォードはエルディンの妄想に乗せられている。 「貴種流離譚に多く見られる典型ですね。でも実際にそんな事が?」 「実は私も古い秘密の名を‥‥嘘です、冗談です」 まだ言うか。 紅夜の目に留まった一冊の書物。 神威人の暮らしと歴史に関する文献が収められている棚に挟まっていた薄い書の背には、厳めしい文字で表題が書かれている。 「『八つの知恵の書』か‥‥‥‥む」 手を伸ばしかけた紅夜だが、手はすぐに己が顎に当てられた。そのまま思案している。 紅夜、背が低かった。 目的物は手を伸ばした先より更に棚一段分高く、届くには一尺ばかり足りないのだ。 (「台を取りに行くのも手間だし‥‥読んでみたいし‥‥」) 台の代わりになるもの、ないかな。 辺りを見回して、おもむろにそれまで閲覧していた書籍類を積み始めた。 月にまつわる伝承を紐解いていたルシール、紅夜の怪しい行動に気付いた。 (「何をしているのでしょう‥‥運び辛ければお手伝いしますのに」) ルシールは、とても真面目で礼儀正しく常識的な考えをしていた。まさか紅夜が足場にする為に積載を始めたのだとは想像もつかなかった。 気になる書籍が多く、閲覧席まで運ぶ為に抱えやすいよう積み上げ始めたのだと考えたルシールは、親切心から紅夜に近付いた――その時。 「何をしているのです!」 積み上げた書籍に足を掛けた紅夜を見るに至って、ルシールは漸く目的に気付いた。慌てて止めに入る。 「ご、ごめん‥‥代わりと言っては何だけど、あの本を取ってくれないかな」 自覚はあったから、紅夜も素直だ。目的の本を指差して取ってくれるよう頼む。 快く取ってやりながら、日頃背の高さに少々コンプレックスがあるルシールは苦笑した。 「‥‥こういう時は背の高さも便利ではあるのですけれど」 「‥‥ん、有難う」 紅夜は何となくこそばゆい気持ちで本を受け取ると、そちらの首尾はどうかと尋ねた。ルシールは抱えていた月に関する本を見せた。 「獣人の故郷にして新儀の可能性が高い『アルステラ』伝承特有の例えを抜きにしても、月と関わりが深い事は判るのですよね‥‥」 夜空に輝く月と新儀――どちらも遠く離れた存在。 雲を攫むような話という表現はあるが、今回の探索は、まさに空に浮かぶ別天地に手を伸ばすに似たようなものであった。 ●爪なき人々と森の神 閲覧席での千古は、実に楽しそうだ。 一般入場ではこれほど貴重な書籍は触れさせてもらえまい。慎重に扱わねば崩れてしまいそうな古い資料をそっとめくると、褪せた墨が当時の筆遣いを千古の前に現した。 残念ながら、現代のような絵巻物や絵物語の形で残っているものはなく、断片的にしかなかったけれど、図書館が管理保存していた資料は時を止めて当時の情報を伝えてくれる。 「これは、船?」 人らしきものが描かれている背景に、人よりずっと大きなものがあった。大きく破損した描写をされているそれは、神威人が乗ってきたという船であれば、到着後に大破した事を意味しているか。 また別の絵では森の中に人々の姿が描かれていた。注意深く見たところ、頭部に耳が付いているようには見えない。森の神だろうか―― (「神威人を土地の主と認めた神は、一体何処へ‥‥」) 黒井の纏めた伝承では、社の奥から神の国へと渡ったとされる森の神。自身も社家の生まれ育ちの千古は、神の国に至る社にも注目した。 (「特定の社を指すのでしょうか」) 謎を残しつつ、次の資料を手に取る。開くとおどろおどろしい光景が描かれていた。 大地に転がるしゃれこうべ、生気なき大地に墨の霧の描写は死の風か。 神威人が元居た世界を暗示している絵に続きはなく、ただ不吉さだけを千古に伝えてくる。 この後、生き残った者達は、あるすてらを捨てて船に乗り、栢山遺跡からこの世界へ出て来たのだとしたら。 それに――社の向こうの神の国。 (「儀はまだあるような‥‥」) 「お疲れさんどす。休憩せいへんと頭が働きまへんえ」 はんなりした言葉遣いと一緒に、茶菓子が差し出された。調べ物の傍ら、空き時間に買出しに出ていた鬨だ。 暖かいお茶にほっと息をつき、鬨に礼を述べた千古は彼の調査状況を尋ねた。 「なかなか結構難しいもんどすなあ、比喩があらへんか調べてたんどすけど‥‥」 御伽噺はそれ自体が比喩がかっているから、疑い出せばきりがない。だから鬨は伝承に最も多く登場する単語に着目した。 「月から来はった神威人、腐った大地に覆われたあるすてら‥‥」 呟きは謡のようでもあり、役者の鬨らしくもある。 千古は微笑んで、墨の描写を指し示した。 「ほう‥‥死の風が吹いた後、なーんも残らへんで‥‥」 現在、自分達が夜空に見ている月に映る陰は、死の大地の跡かもと鬨は言った。 輝夜が本棚の間で難しい顔をしていた。 猫族と神威人双方の伝承を比較したり、宝珠文明を襲う魔物が出て来る伝奇小説を読んでいた輝夜は、さっきまで天儀に先住していたという『爪無き人々』の消息を伝えるものはないかと探していたのだった。 神威人の伝承と逆の立場にある爪無き人々。彼ら視点の伝承が残されていないか、探していたのだが。 「追われた者は話にも残らぬか」 神威人関連以上に捜索困難のようであった。気を取り直して、もうひとつの気掛かりを調べ始める。 月の国あるすてらに忍び寄った死の影。眼下の星より吹き付けられた死の風により、あるすてらは死の大地と化したのだという。死の影についての詳細が知りたかった。 (「死の風はもしや‥‥」) 我々自身にも身近なものではあるまいか。 その疑問を解くべく、輝夜は文献を求めた。同じ書架でエルディンと顔を合わせた輝夜は、彼もまた同じ推測に行き着いた事を知る。 「あるすてらが滅びた原因は疫病?あるいは‥‥」 「瘴気かもしれぬな」 二人、頷きあう。 毎日天儀のどこかでアヤカシ被害が出ている。アヤカシを生み出すのは瘴気だ。 「もしアヤカシが増えすぎて移住したのだとしたら‥‥あるすてらは未来の天儀の姿なのかもしれません」 暗い未来、不安な可能性を打ち消すためにか、検証するためにか。 二人はもうひと踏ん張りと、書架に向き合い情報を探し始める。文献の全てが真実とは限らない、だがどこかに必ず真実は混ざっているのだから。 |