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■オープニング本文 遥か月より船来たる。 爪無き人々、月人より居を追われ、かくて月人は森に至れり―― ●しっぽ 考古学者・黒井奈那介が、神威人の民間伝承から断片を繋ぎ合わせて形にした物語には、複数の種族が存在する。 ひとつは白の女神と黒の女神住まう月の国『あるすてら』からやってきた神威人の祖先。 ふたつめは『爪無き人々』と呼ばれる天儀に居たとされる先住民。 そして月の国の民に豊かな森を譲り、社の奥から神の国に渡った『森の神』である。 再び開拓者ギルドを訪れた依頼人は、神威領へ行くので助手が欲しいのだと言った。 「まだ遺跡開口の手がかりは攫めていませんが、神威人に会えばきっと‥‥」 物語に登場する『森』と『社』、それが神威領にあるのではと前回の調査を通じて考えたらしい。現地に向かう為、知恵と力を借りたいと言う。まだまだ気の遠くなる調査が続きそうであった。 数日後。 ギルドを通じて依頼を請けた開拓者達は、依頼人に随従して神威領を訪れていた。 あっちもこっちもケモミミがぴこぴこ。 誰かが「うわ、もふりた‥‥」出かけた願望を慌てて飲み込んだ。神威人は身体的特徴についてとやかく言われたり、触れられたりする事を嫌うと聞く。調査に訪れておいて追い出されては依頼どころではないだろう。 「まずは代表者に会いに行きましょう」 領内を調査するにあたり、挨拶は重要だ。予めギルドで教わっていた道順を辿り、集団が代表者宅を目指していると。 「ひぃっ!」 わさわさわさ。 依頼人が無様な声を挙げた。続いて聞きなれない声がする。 「うっわぁ、ほんとに尻尾ねぇやー」 神威人の少年が依頼人の尻を撫で回して、感心していた―― |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
千古(ia9622)
18歳・女・巫
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
リスティア・レノン(ib0071)
21歳・女・魔
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
将門(ib1770)
25歳・男・サ
リヴォルヴァー・グラン(ib3125)
27歳・男・泰
マタタビ丸(ib3140)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 「参ったな‥‥」 社に通じる鎮守の森の前で、依頼人が頭を掻いた。 ●聖域 同族だけが住まう領地。閉鎖的な土地に暮らす種族の代表者は、いきなり現れた余所者の要求を、柔らかく拒否した。 「皆さんのお里では、民族の聖域に誰彼構わずお通しなさるのでしょうか‥‥?」 それは、遠まわしに示された『進入禁止』の言。 とても言い難そうに口を開いた代表者は困惑していたが、同様に依頼人も開拓者達も戸惑っていた。双方の意識の違いが戸惑いを生んでいたのだ。 訪問者達は調査を行いたいと言う。社の絵図面を起こし、スケッチをし、記録を取る為に訪れたのだと目的を語る開拓者達は、許可を疑う事なく神威領に訪れていた。しかし彼らは調査に関し特別な権限を有している存在ではない。依頼人は調査の手伝いに開拓者の助力を頼んだ一般人に過ぎぬ。 社や鎮守の森は神威族にとって聖域である。社は祭司や族長のようなごく一部の者しか中に入る事は許されない場所だ。神威の民すら入れぬ場所への調査希望――それは、神威領の住民にとって異邦人が聖域を土足で踏み込むに等しい行為であった。 結局、暫しの会談の後、代表者は些かの妥協を一同に示してくれた。 「森を通り抜けるのはご自由に。ただし聖域を穢す行いは一切認めません」 ●調査 ――という経緯の後、一同は改めて予定を組み直した。 「三年‥‥四年っスかねぇ、離れてる間に勘が鈍ったっス」 マタタビ丸(ib3140)は神威領の出だ。出身者なればわかるだろう、と代表者に言われてしまっては反論の余地もない。 「神域ですものね‥‥」 社家の生まれで、自身もまた古事に心寄せる千古(ia9622)が呟いた。 いきなり訪れた者に、おいそれと見せてくれる類のものではないと考えておくべきだったか。そう省みてみると、神威の民でない者たちが神域の森を通り抜けられるだけでも重畳と思うべきかもしれぬ。 今回の調査が如何に不躾なものであったか――千古ゆえにわかる事もある。それでも尚、今回の依頼は神域の調査であり許可を願う必要があった。代表者が「余所者が通り抜けする分には仕方ない」としたのは、千古の立ち居振る舞いに対する最大限の譲歩であった。 「けど‥‥っス。神威の民は森に入れるっスよ」 氏族の決まりが昔通りならば、神威の民が森に立ち入る分には咎め立てはされないはずだ。マタタビ丸はリヴォルヴァー・グラン(ib3125)を誘って、鎮守の森へと消えて行った。 「質問攻めを嫌うという事ですが、挨拶を交わし仲良くできるよう話を交わす分には失礼にはならないのでは?」 リスティア・レノン(ib0071)が示したのは、対人の基本。獣人は興味本位で不躾な態度に嫌気が指しているのであって、それは自分達でも同じ事。 オマケでくっついている獣人の少年に耳を触れさせて、シャンテ・ラインハルト(ib0069)は、そうですねと頷いた。 「私達にとって獣人の方の特徴が興味深いように、少年が私達を興味深く感じるのもわかりますし‥‥ね?」 「‥‥うん?ねーちゃん、何か聞きたい事あるのか?」 シャンテの耳をふにふにしていた少年が首を傾げた。 暫し後、鎮守の森の入口で合流した一行は、互いに情報を交し合った。 まず、神威人は前情報の通り月を崇める一族で、御神霊とも言うべき存在は月そのものである事。従って、形ある御神体は奉られていないとの事だった。 「お祭りは秋に、ささやかに神威領の人達のみで行うそうです」 シャンテの言葉に、彼女にくっついていた少年がうんと頷いた。領内の年配者に話を聞いてきた玖堂真影(ia0490)が補足する。 「他所で言う収穫祭や月見と同じような年中行事みたい。けど月が関係しているので、秋のお祭りは神威の民にとって特別なものみたいね」 真影は彼女の氏族名が意味する処を知っている。それは彼女が氏族の巫女姫で名の意味を知る機会があったからというのも大きかろうが、天儀に広く散らばる神威の民は、その名の意味をどう捉えているのだろう。 そう考えた真影は、年配者や知識人を探して話を聞こうとした。残念ながら確たる情報は得られなかったが、真影はこんな風に解釈してみる。 (「『神』の『威』(光)を受けた人々‥‥とか‥‥?」) 森に入って来た獣人の二人が御社の印象を語る。 「外から見た感じ、アレがあってもおかしくないと思うっス」 「ああ、社は何かを護っているような‥‥いや、神霊を護ってはいるのだろうが、そうではなくて、こう‥‥」 マタタビ丸の報告にリヴォルバーが感じたそれは――皆が精霊門が隠されているのではと推測した部分であった。 「生きてるんかね‥‥」 精霊門と言えば、各国を移動する際に利用の機会がある場所である。国の管轄という印象が強い精霊門だが、ここにそれがあるという話は聞いた事がない。あるとすれば、現在は使われていない朽ちたものという可能性を梢・飛鈴(ia0034)は考えた。 「精霊門なら夜にしか開きませんね‥‥」 「夜か‥‥」 せめて御社の側に近づけたならとシャンテ。森を通り抜ける際にできる事はないかと考える。 呟いた琉宇(ib1119)は、森で皆から逸れられないか‥‥などと考え始めた。試してみたい事があったのだ。 「覗き込んでも見えなかったっスけどね‥‥あ、そうそう」 さばさばと報告を続けるマタタビ丸に対し、リヴォルバーは苦笑混じりの表情。「そうそう」の続きを聞いた皆は、おそらく足場にされたであろう温和な青年に同情した。 「社の屋根に天窓が付いてたんスが、あれは月が見えるように作ってあるっスね」 神威人の祖先は月から船に乗ってやって来たという。月を崇める種族の御社に相応しい作りとなっているようだった。 ●森を抜けるまで 情報交換の後、全員で鎮守の森を通り抜ける。勿論、森を通らずとも神威領を離れる事はできるのだが、せめて一度きりの機会を逃したくはなかった。 ‥‥で。 「何デ、オマエが付いて来るアルカ?」 飛鈴の胡乱な眼差しに、神威族の少年が思わず腰を引いた。手はお尻、どうやら出会いがしらに蹴っ飛ばされた痛みが刷り込まれているようだ。尤も、最初に他人様の尻を撫で回したのは少年の方なのだが。 尻尾の根元を揉みほぐしながら、少年は恐る恐る言った。 「だって俺も鎮守の森に行ってみたかったし!」 神威族とて普段は立ち入りを禁止されている聖域に向かうという、尻尾のない種族。少年は珍しい事づくめの出来事に興味を引かれただけのようだ。 清き森は神の祝福を受けているかのようで、厳かで心引き締まる思いがする。 土足で踏み込んで良い場所ではない――そう思わせるに充分な威光に満ちていた。 すっかりシャンテに馴染んだ少年が、彼女と並んで森をゆく。 「森の中で、珍しい植物や見慣れない虫などを見た事はありませんか?」 「ううん?別に?」 立ち入り禁止区域だけに正確な答えではないかもしれないが、確かに通り抜けている今の風景も他所と然して変わらなかった。敢えて言うなら動物――兎や熊――が多く感じる程度だろうか。 「木々から顔を覗かせる、もふもふ‥‥」 毛モノもふもふ可愛いものが密かに好きな亘夕凪(ia8154)の表情が柔らかい。愛らしさもさることながら、この森には清き空気が満ちている。 (「他じゃ、魔の森の影響が強すぎて、全く警戒せずに歩くなんてできないからね」) 怯えた様子のない森の動物達が、この地の平和を示していた。言葉が話せるなら、目の先で揺れている尻尾の持ち主のような無邪気な性格をしているかもしれない。 (「尻尾がないと直のお触りになる訳か‥‥確かに見た目に痛いやね」) 夕凪、あくまで他人事である。何せ、これまで彼女の尻を狙った命知らずは居ない。 ともあれ、この清浄な空気――森が社を護るのか、社が森を護るのか。 (「古来より魔に追われる事なく神威人が在り続けられる事こそが、神の恩恵の証明なのかもしれないね」) わずかばかり、飛鈴の蹴りに対してのみ警戒する少年の隙だらけの尻尾をもふってみたい誘惑と戦いながら、呑まれた森と呑まれぬ森の違いは一体何だろうかと考える。 どことなくメルヘンチックな風景に、琉宇は御伽噺や童話、幻想的な絵画を思い出した。 精霊と語る清純無垢な少年を描いたジルベリアの絵画。あの絵の少年は楽器を奏でていて――確か全裸だった、ような。 (「み‥‥皆から逸れて1人になったところで試してみようかな‥‥」) どきどきと、ちょっぴり頬を赤らめた琉宇は、絵画の少年のように愛らしい。 感覚的にはジルベリア人が近いだろうか。神威人の血を引くジルベリア育ち、泰国仕込みの泰拳士のリヴォルヴァーは己が起源と向き合っている。 (「神威人の伝承‥‥か。そういったことに詳しければ良かったんだが‥‥」) 彼自身はジルベリアで生まれ育った神威人だ。母の祖となる神威、その伝承は一般に多く流布しているものではないのだが、神威人であるが故に不案内な自分を歯痒く思う辺りに、彼の誠実な人柄が伺えた。 遥か月より船来たる。 爪無き人々、月人より居を追われ、かくて月人は森に至れり―― 考古学者・黒井奈那介が編纂した伝承の一部を表現した言葉を反芻し、将門(ib1770)は森を見渡した。 (「単純に読めば‥‥異国から来た神威人祖先が天儀先住民を追い払って、森を占拠した、といったところかね?」) 血生臭い侵略戦争の記録が、御伽噺の表現を経て月だ森だと変わったか。 だとすれば神とは天儀先住民そのもの、神威祖先は鎮魂の意図で森を祀り尊重した―― (「‥‥なんてな」) と、妄想に区切りを着けて頭を振る。侵略側が良心の呵責の捌け口を設えた話は、何処の地にもひとつは見つかるありがちな話だ。 これまで訪れた何処よりも清浄な空気の中で、許された僅かな刻をせめて発見せしめんと注意深く進む彼の視線の先、木々の合間に人工物がちらと見えた。 ●神去りし社 決して大規模ではないけれど、人々の慎ましい信仰を受け止めるに相応しい、清らかな御社。 ただひとつの氏族だけに信仰される神は、拝殿を持たず社殿のみで構成されていた。外観の印象は他の神社と変わらないように見える。 「シロートには、よくあるフツーの神社にしか見えないアルが‥‥」 ぱっと見てわかるものならとっくに見つかっているだろうと呟く飛鈴の独り言は尤もで、今回の依頼よりもずっと以前に黒井父子が調べているはずだ。 もう少し近づければ建築素材の観察もできたんだけどと琉宇。特徴的な文字や彫刻や絵はないかと遠目に見るが、疑えばどれも特殊に見えるし、天儀風だと言われればそうかと納得してしまうような、曖昧な印象しか感じない。 「もし神と呼ばれた人々と神威人の祖先の間に戦があったとしたら‥‥」 真影の呟きに、同様の事を考えていた将門が顔を上げた。 もし――神と呼ばれた人々が、本当に他地へ渡ったのだとしたら。 「精霊門か、それに準ずるものが社の中に‥‥」 場にいた多くの者もその考えに至っており、皆一様に頷いた。だが、社内部に入れない以上、確かめる術はない。 「松明持って来たんスけどね‥‥」 「社の奥に入れたらな‥‥」 尻尾を力なく落としたマタタビ丸。琉宇がリュートをぽろんと鳴らした。 「森に生ずる精霊、神の住む森――いつか御神とお会いできれば、きっと」 そっとマタタビ丸の肩に手を添えた千古が、自身に言い聞かせるように、呟いた。 探索を終えるべき刻が近付いている。 日が傾き、うっすらと闇に覆われ始めた森の中に、笛の音が流れゆく。 シャンテが奏でる心の旋律。精霊の言葉で森に語りかけるその心は、望郷。 森は、何も答えなかった。 全てを包み込み溶かしてひとつにする、森の空気。 それはまるで、ちっぽけな人間では侵す事のできぬ自然の包容を肌で感じさせるかのようだった。 |