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■オープニング本文 一目見て、惹き付けられた。 天儀の文化、天儀の風俗、天儀の道具に小物‥‥何と美しい。 ●異儀文化 儀の発見と共に存在を天儀人に知られる事となったジルベリア大陸。 遠く離れた儀なだけに、双方多くの住民にとっては互いの儀は縁のない場所だ。ジルベリアに於いては、王族はじめ開拓者と呼ばれるごく一部の者達が天儀と行き来する以外、一般住民にとっては関わる事のないはずの場所であった。 天儀は遠くにあって我々には関係ない。そんな住民の認識が大きく変わったのが、過日起こったヴァイツァウの乱だ。天儀から応援に駆けつけた開拓者達の多くは天儀人であり、天儀特有の装束を身につけていた。 未だ戦後処理や諸事解決の為にジルベリアに留まっている天儀人も少なからず居り、人々の生活にも膾炙している。天儀に興味を持つ者も現れ、ごく一部ではちょっとした話題にもなっていた。 ●扇面の紙 さて、ここにグレゴリー・ココレフなる中年男性がいる。 齢四十を過ぎた辺り、中年小太りで貫禄充分なグレゴリーは、一目見て異儀の文化に魅了された者の一人である。彼には四十余年の人生があり、生き様があり、貯蓄があった。 財産を元手に店を開こうと考えていた彼は、自身が魅せられた天儀の小物を扱おうと決心し、ジェレゾ開拓者ギルドを訪れていた。 「‥‥して、ご依頼はどのような事でしょうか」 慇懃無礼に迎えられたグレゴリーは、抱えていた小箱の蓋を開けた。 「紙ですか」 「紙だよ」 一定の大きさ形に切り揃えられた白い紙が束になって入っていた。これが何かと訪ねた職員に、グレゴリーは「扇子の材料だ」と答えた。 「私は作業工程を見学した。これは扇子ではないよ」 小物屋を起業するにあたり、商品買い付けの為に天儀に渡ったグレゴリーは扇子工房を訪れた。商談はそこで行われたのだが、どうやら其処で取引の行き違いがあったようだ。 「骨というパーツがないし職人もいない。そもそも絵を描く前の段階だ」 完成品の扇子を注文したつもりが絵付け前の地紙を仕入れてしまったグレゴリーは、落ち込むでもなく前向きに次の行動に出た。 「そこでね、絵を描いて次の天儀便で送り返そうと思うんだ」 絵付け後の紙と、加工代金や送料他追加料金を添えて、天儀の工房へ送り返す。いくらか日数はかかるだろうが、戻って来るのは彼の店オリジナルの扇子だ。 人好きのする微笑で、グレゴリーは職員に言った。 「絵を描ける開拓者を集めてくれないかな」 |
■参加者一覧
四方山 連徳(ia1719)
17歳・女・陰
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
マリー・プラウム(ib0476)
16歳・女・陰
天霧 那流(ib0755)
20歳・女・志
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
神鳥 隼人(ib3024)
34歳・男・砲
セゴビア(ib3205)
19歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●白紙の小箱 「やあ、よく来てくれたね」 ココレフ家を訪れた開拓者達を、グレゴリーはにこにこと友好的に出迎えた。どうぞと通された先は居心地良さそうなリビングだ。 出されたお茶を一口、さて依頼の話をと懐から扇子を取り出した嵩山薫(ia1747)に、グレゴリーは「そうそう、それそれ」などと笑顔で頷いた。恰幅の良い体型からは意外に思える身軽さで奥へ消えた彼は、すぐに小箱を持って戻って来て。 「それのつもりだったのだがね」 開けた箱には噂の地紙。 用途を知らなければただの紙にしか見えないだろう。これでは売り物にはならないし、当然損をしているはずなのだが、目の前の依頼人は行き違いの災難など何処吹く風の様子。やぁ困ったと笑い飛ばしている。 「でも、オリジナルの扇子を作れる機会なんて、そうないからね」 片目を瞑ってみせる小太りの中年男は茶目っ気たっぷりだが、前向きと言うか、寧ろ此方が頭を抱えたくなるようなと言うか。 四方山連徳(ia1719)、何とも言えない表情で思わず進言した。 「今後はしっかり確認してから取引したほうが良いでござるよー!」 ともあれ開店前で良かった。 小間物店は秋にオープン予定なのだと聞いて、夏らしい涼しげな扇子を開け閉めしていた天霧那流(ib0755)が彼に問うた。 「絵を描くのは後の商品としての柄案?それとも、一点物?」 例えば、と弄んでいた自前の扇子を広げて、続けた言葉はその用途。 扇子は涼を取るものに留まらず、着こなしの小道具としても重要な役割を齎す。 「着物と同じく、柄で季節感を出したり、御洒落に用いる事が多いかもね。あたしも好きで持ち歩いてるわ」 確かに今日の装いに合っている爽やかな一品だ。依頼人は「貴女がお持ちのような一点物を是非」にっこりとそう言った。 開店が秋であれば、涼を取るものよりも携帯小物の意味合いが強かろうか。そして一点物。 「ヤッサイード・ククリフ、ココレフさん」 氏族独自の敬称で呼びかけたモハメド・アルハムディ(ib1210)が、天儀への輸出は視野に入れているのかを尋ねてみると、いずれできたらいいねとグレゴリーは楽しげだ。どこまでも楽観的な志向の持ち主のようであった。 ともあれ、仕事を始めよう。 一同は、暫しの休息の後、グレゴリーが地紙の小箱を持って来た奥の部屋へ移動した。 ●夢を描く 奥の部屋は作業がし易いように片付けてあった。 広い部屋には大きなテーブルがいくつか並べられており、筆やインク、絵の具などが整理して置かれている。 それはまるで、職人の作業場。 「グレゴリーさん、あなた何者でござるー!」 「ははは、只の趣味人だよ」 連徳の突っ込みを笑顔で受け流して、お好きな場所へどうぞと誘う。皆思い思いの場所に席を取り、白い地紙に向かい始めた。 先日、天儀で田植えを手伝ったのだと言うセゴビア(ib3205)は、その時の驚きを小さな身体一杯に身振り手振り。 「田んぼってね、一面泥だらけなのよ」 「畑なのにかい?」 先日天儀で商談した際は神楽の街中しか行かなかったらしいグレゴリーには水田はピンとこないようで、畑と混同している。セゴビアはううんと首を振って補足した。 「麦じゃないもの、稲ってね、水を張った泥の中で育てるの」 「それじゃ晴れた日でも仕事の後は泥だらけだね」 「そうなの、もう大変で‥‥っと、横道に逸れちゃったね」 セゴビアは天儀の農村風景を扇面に描きたいのだと言う。見て来たからねと張り切って、春夏秋冬の様子を山羊耳をぴこぴこ動かしながら練習開始。 「あわわ 滲んだ!‥‥って意外と良い感じ?」 結構順調そうだ。 マリー・プラウム(ib0476)は着席すると持参のスケッチブックを広げて依頼人に問うた。 「グレゴリーさん、お眼鏡に適う構図はあるかしら?」 扇のように広げられた幾枚かの図案は、マリーがあらかじめ描いて来たものだ。ふむふむと頷きながら眺めていたグレゴリーは、迷わず言った。 「これはいい、全部お願いできるかな?」 「全部ですか?」 「ああ、どれもが世界にただひとつの一点物だからね。仕上がりが楽しみじゃないか」 頼むよと肩を叩いて、アルーシュ・リトナ(ib0119)の席へ向かう。 アルーシュは、軽く描き散らしながらグレゴリーを待っていた。用紙に描かれているのは艶やかな薔薇の花、ジルベリアに馴染みある紋様を縁にあしらった愛らしいデザインを考えているようだ。 「この縁模様は刺繍の紋様だね」 小間物屋を開こうとしているだけあって、女性が好みそうな小物類に関する知識もあるらしい。小さく頷いたアルーシュはグレゴリーの前で用紙に苺の花を描き足して、筆に赤の絵の具を含ませた。瑞々しい苺の実を花に添わせて、白い小花を配すると、薔薇の華やかさが落ち着いた愛らしさに変化した。 「カモミールも可愛らしいですよね」 依頼人は「きっとお客様に喜ばれるよ」と微笑んだけれど、絵師アルーシュは何か物足りない様子。少し考えて新しい色を作り始めた。 「今度は何の花を描くのかい?」 「菫も小さく散らしたいかなと‥‥」 絶妙の配置で散らされた菫は可憐で、慎ましやかなのにあるとないとでは印象がまるで違った。グレゴリーは「期待しているよ」と満足気に大きく頷いた。 何かに取り憑かれているかのように物凄い勢いで紙に絵筆を走らせている連徳の扇面は、墨一色で描かれた濃淡が美しい。 特に龍の下半身のかすれは何とも言えない風情があるねなどと墨を乾かしている最中の完成扇面を眺めていたグレゴリーは、違和感を感じて首を傾げた。 両の前脚が鎌の鼬、火を吹く狼‥‥? 「大炎獣くんでござるよー」 狼を指して連徳が言った。そう言えば彼女は陰陽師だ。鼬や狼は陰陽師が従える式らしい。 改めて見てみると、皆どこかしら通常の動物とは異なった外見をしている。一見普通の鴉のようだが『眼突鴉くん』は目玉を咥えているし、彫刻の絵だと思っていた人間の頭部は『岩首くん』というそうな。 「鼬は『斬撃符くん』で、こっちの鬼は『招鬼符くん』でござるー」 「ヤー、四方山さん。グール、鬼‥‥ですね」 「あら良い筋肉、強そうな‥‥強そう?」 モハメドと一緒に覗き込んだ薫の語尾が疑問系になったのには訳がある。 招鬼符くん、二体描かれた式鬼は筋肉質でとても強そうなのだが、一方がもう一方を棍棒で殴っていた。それはもう一方的にボコボコに。 「どうみても虐めです本当にありがとうございました、でござろー?」 「あはは、酔狂な人の目に留まるかもしれないね‥‥と、これは?」 グレゴリーが扇面の端を指差した。ただの虐め画ではないと思わせる何かがあるのは、隅っこに使役中の陰陽師と思しき人物が描かれていたからだ。 「符を構えた陰陽師ね」 「『陰陽師くん』でござるよー」 よく見ると、どの扇面にも描かれている。『蛇神くん』の扇面に至っては、超巨大な蛇と人間の縮尺比較まで付いている親切さだ。 この使役者のキャラクターも面白いねという訳で『陰陽師くん』のみを使用した扇面も作製依頼、別仕様の人形を抱えた『陰陽師ちゃん』と二種類を描きあげた。 天儀の四季を知って欲しいと、那流は地紙に季節を描く。 春は菜の花、満開の菜の花に蝶が舞うほのぼのとした情景だ。桜は誰か描くだろうと読んだ那流の予想は当たっていて、少し離れた場所ではマリーが愛らしい光景を描いている。 秋は薄。美しい月を浮かべた夜の原を。冬は雪、雪兎に南天の色が鮮やかだ。 夏の蛍はアルーシュと同じ題材だったけれど、添える植物の選び方や描き方が各々個性的だった。笹の葉を選んだ那流は涼やかな様子を、紫陽花を選んだアルーシュは柔らかな優しさを描き出す。 アルーシュの蛍が柔らかな光を放っているようなのは、その描写方法に特徴があった。細かく描写はせずに、色をほんのりぼかすように置いてゆく。 「素敵‥‥紫陽花に蛍の図案で夏の単が欲しくなるわね」 この図案の反物が欲しいわと那流が目を細めて言うと、アルーシュは「ホタルを見に行ったんです」と、はにかんだ。 「紫陽花は、その時のユカタの柄なんです」 遠くから眺めた蛍は詳しく観察できなかったものの、その淡い光の思い出は浴衣の紫陽花の淡い青紫と共に、淡くも鮮やかな思い出としてアルーシュの記憶に残っている。 「どちらも素敵ね」 二人が描く蛍に微笑み、薫は天儀の風景を描いている。 幾重にも連なる山脈を臨み、手前には芳しき花を。 「嵩なる山に薫る花‥‥まあ、作者の私の名前と掛けた洒落みたいなものね」 くす、と笑んだ薫に、なるほどと一同。 扇面の花のように艶やかな人妻は、もう一枚に取り掛かった。朱赤の絵の具を筆に含ませて、大胆に伸びやかに描き出す。素人のお目汚しなどと謙遜しつつも何とか描き上げたそれは、鳳凰が飛翔する姿だった。 これも式かいと問うたグレゴリーに、泰国の伝説上の神鳥よと薫。炎を纏い荒々しく翔ぶ鳳凰の姿は悠然と雄々しい。天儀風ではないけれど、ジルベリア人にとっては泰国もまた他儀。きっと人気が出るよとグレゴリーは嬉しそうだ。 墨の濃淡で描いている連徳の隣で、モハメドが墨を磨っている。 とはいえ連徳の手伝いなのではない。墨を磨るのは彼の表現方法、氏族に伝わる書道を表現に生かそうと考えての事だ。 やがてモハメドは、おもむろに何かを書き付けた。 「ヤッサイード・ククリフ、ココレフさん。マラウユック?いかがでしょうか?」 覗きこんだ紙に描かれていたのは不思議な紋様。文字のようだがジルベリア語でも天儀語でもなさそうだ。 「アッテンギーヤ、『天儀』です」 紋様の側に天儀の様式で『天儀』と書く。 なるほど、見た目が良く似ていた。グレゴリーには珍しく映るそれらの文字は、周りに居る天儀の開拓者達には違いが面白く感じられた。 「おお、それは個性的でござるよー」 自身も個性的な両面扇子の図案を描きつつ、連徳が言った。 珍しいだけでなく面白い趣向なのだと理解したグレゴリーに、モハメドは新たにひとつ書いて見せた。 「これは?」 「ドゥッキャーン・ククリフィ、『ココレフの店』と」 音楽記号のような書体で楕円に書かれた文字は、彼の名を冠している。完成すれば宣伝にもなるだろう。 ジルベリア語で『ココレフ小間物店』と訳を書き添えたのを店のロゴにしても良いだろうかとグレゴリー。他にどんな書式があるのかと尋ねた彼のリクエストに応えて、モハメドは様々な書式で表現していく。 殊にしっかりした書体で街並みを形作り、『アルマディーナ・アルジェレゾ・フィルジルベリーヤ(ジルベリアの街ジェレゾ)』と綴ったのは、黒一色の文字でありながら芸術的であった。 「ヤッサイード・ククリフ、ココレフさん。アルカッタゥ・ジルベリーヤ、ジルベリア文字のカリグラフィーは如何でしょう?」 「扇子にかい?」 「ジルベリア語の扇子って、珍しいと思うよ」 面食らったグレゴリーに、絵の具が乾くまで一休み中のセゴビアが一言。互いの儀を行き来できるのは一部の限られた者だけだ。多くの民にとって相手の儀は未知の存在で、ジルベリア文化はまだまだ天儀に広まっているとは言い難いのだ。 モハメドが頷いて言った。 「ナァム、ええ、そうですよ。あなたも天儀や泰国の文字にハル・タフタマーム、関心を抱かれるでしょう?ホム・アイドァン、皆さん同じなのです」 ●彩紙の小箱 皆、次々に扇面を描き上げて、絵の具が乾くのを待っている。手の空いた者は軽食の準備などして、小腹の空いた者は一休み。 セゴビアが胡桃パンを頬張っている。扇面に描いたのは天儀の四季折々の米作風景、今いただいているのも農家の皆さんあってこそ。 「ありがとう小麦さん、ありがとう農家の皆さん」 食べ盛りは感謝しつつもぐもぐ。 喉を詰まらせちゃ駄目よと薫はそんなセゴビアにお茶を淹れてやった後、愛用の鉄扇を磨く。 「さすが熟練開拓者ね、武器の手入れも怠らないなんて」 「もう十年間も愛用してるかしらね‥‥亭主から贈られた代物なの。今でも大事な宝物よ」 もごもご食べているセゴビアに話して、惚気たかった訳じゃなくてよと人妻は満ち足りた微笑を浮かべた。 「拙者の分も残しておくでござるー!」 描いている途中で考え込んでいた腹ぺこ連徳が軽食卓の向こうで吼えている。一組描き上げて、もう一枚‥‥という所で悩んでいるようだ。 「九尾狐?可愛い!」 何処に悩む事があるのかと、マリーは不思議に思いつつ、傍にあった完成扇面を見た。 やたらでけぇ鬼と有象無象のアヤカシが描かれていた。 「‥‥?」 「『炎羅くんと愉快な仲間たち』でござる。裏面は、炎羅くんの略歴と討伐までの概略付でござるよ」 何とも超大作だった。 墨絵の九尾狐の何処が拙いのか、連徳は渋い顔で言った。 「これは『白狐くん』なんでござるよ‥‥ただの九尾狐にしか見えないのが、なんとも‥‥」 彩色すればと言えない所が悩ましい所だ―― あともう一枚。 アルーシュが青い実を付けた枝を扇面に描いた。 「梅の実をご存知ですか?青々としてとても綺麗なんですよ」 花しか知らないというグレゴリーに、こんな絵も偶には良いのではと悪戯っぽく笑ってみせた。 マリーが描いた扇面は、どれも天儀らしさを漂わせていた。 「着物の柄ってとても素敵ですし、きっと印象に残ってるんじゃあないかしら?」 「ああ、勿論。とても天儀らしくて素晴らしいね」 そうそうこの模様の衣服を着ていたよと、グレゴリーが指した扇面は矢絣模様。衣服の紋様は土地や国によって様々、まして遠く離れた儀の紋様は尚更に珍しくて興味深い。 硝子玉転がる水中を気持ち良さそうに泳ぐ金魚の構図は涼しげで粋だし、『天儀とジルベリアの架け橋』と題した構図は桜樹ともふらさまの対比が愛らしい。もふらさまもまた天儀特有の生物だから天儀らしい構図と言え、ジルベリア人の目に珍しく映る事だろう。 「これらが完成品になって届くのが楽しみだよ。ありがとう」 皆が描き上げた扇面を小箱に戻して、依頼人は感謝の言葉を述べたのだった。 |