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■オープニング本文 天儀って知ってる? 最近オトナ達が珍しがってる奴だよなーどんなモンなんだろ。 ●浴衣試着のこと その日、開拓者達はココレフ邸に訪れていた。 開拓者ギルドを通じて依頼されていたのは、到着した浴衣の試着だ。上下の丈はある程度融通が利く浴衣だが、横幅には限度がある。体型性別色々な人に試着して貰い、着付けのアレンジ等を教えて欲しい――という事だった。 「やあ、よく来てくれたね」 出迎えたグレゴリーは浴衣姿。中年小太りの腹に兵児帯が綺麗に収まって、なかなかの貫禄振りだ。その腹に合う浴衣がよく合ったものだと冗談交じりに一人が言えば、彼は特注品だよと笑った。 「ジルベリア人の体型に合うサイズに仕立てて貰ったんだよ」 胴回りの大きな人には幅広の反物で仕立てた浴衣で帯も長めのものを合わせる。小柄な人には帯が余らないような短めのものを。 理屈の上では問題ない発注だったのだが、着心地だけは実際に着てみなければわからない。そこで開拓者の出番、という訳だ。 「大柄のキミはこれを試着してみてくれないか、キミはこちらを綺麗に着こなすコツを‥‥」 「男のかたは衝立の此方側で着替えてくださいね。女のかたは向こう側、わたしにも着方を教えてくださいな」 グレゴリーは相手の顔を見るなり次々と浴衣を手渡してゆく。浴衣を抱えた開拓者達を男女別に分けるのは彼の妻ジナイーダだ。 依頼とは言え堅苦しいものではない。依頼人は友人に手伝いを頼んでいるのと同じ感覚で接するし、開拓者達の緊張もすぐに解れ、場は常に賑やかで朗らかだ。 ――が、その陽気な集会は、息を切らせた訪問者によって終わらされた。 ●奪われた荷を取り戻せ! 「ココレフさん!荷物が、あんたんとこの、天儀からの、荷物がっっ!!」 何とか言い切った男は、駆け寄ったグレゴリーに抱えられてへたり込む。すぐにジナイーダが水の入ったカップを持って来た。 一気に呷って喉を潤した男は運送屋だと名乗り、ココレフ邸に来る途中で馬車が襲撃に遭ったのだと怒り顕わに語った。 腹立たしげに歯軋りする男に、グレゴリーは穏やかに話しかける。 「無事で良かった、怪我はないかい?」 「俺は大丈夫だが、荷物がやられたんだ!あんたんとこに届けるはずだった荷箱も‥‥!」 グレゴリーは絶句した。 男が乗っていた馬車に積まれていたのはジェレゾに到着した天儀便で、その中にはグレゴリーが完成を待ちわびていた物も含まれていた。 「あなた、その荷物はまさか‥‥」 「うん、天儀で仕上げて貰った扇子のはずだ」 力なく項垂れたグレゴリー、怒りが過ぎて情けなさに男泣きを始めた運送屋。 場の様子に見かねて、開拓者の誰かが口を開いた。 「その荷箱、私達が取り返して来ます」 運送屋の話を纏める。 襲撃に遭ったのは、ココレフ邸から少し離れた場所にある街道。運送屋は駆けて来たが徒歩なら1時間程の距離にある、道幅馬車一台分の平坦な道だ。 普段の人通りはまばらで、両脇に街路樹がある為見通しが悪い。近くに民家はあるが、街路樹に阻まれている上に近所の子供達の格好の遊び場でもあるので、多少の騒ぎに注目する者はいない。 犯人は御者台に上がると運送屋を突き落とし、馬車ごと乗っ取ったという。 「俺のロジオン‥‥青毛のあいつは今頃どうしているだろう」 仕事の相棒、愛馬を奪われた運送屋は憔悴している。 お気持ちお察ししますとしか今は言えないが、必ず連れ戻しますと開拓者。 「それで、犯人の特徴は?」 尋ねた開拓者に運送屋は答えた。「十代の少年集団だった」――と。 |
■参加者一覧
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
マリー・プラウム(ib0476)
16歳・女・陰
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
白藤(ib2527)
22歳・女・弓 |
■リプレイ本文 どうすんだよ、この馬‥‥ と、とにかくアジト行こ‥‥っ‥‥うわぁーん、レフ助けてぇ! ●少年集団 「えええーー扇子奪われちゃったのーーー!?」 和紗・彼方(ia9767)の声が庭に響き渡った。着替えて出て来た彼方は藍染の涼しげな浴衣姿、思わず見惚れる愛らしさだが今はそれどころではない。 「おねぇ達に絵柄を頼んだっていう扇子だよね‥‥」 絵付け依頼に彼方の知己がいたらしく、事情を知っているようだ。そうだとグレゴリーは憔悴して頷く。 「ただの悪戯にしては大袈裟だよね‥‥」 幼さの残る顔に知性を宿して、琉宇(ib1119)が考え込んだ。扇子はまだ出回っているものではないし、ジルベリア一般市民に於ける天儀認知度も然して高くはない。犯人は荷の中身を知っていて襲撃したのだろうか。 犯人は少年集団だと言う。悔しげに歯噛みする運送屋に人相を尋ねれば「判らない」との応えが返ってきた。 「街道を抜けていたら、いきなり馬車から突き落とされたんだ」 顔は見ていない、走り去る馬車に複数の少年が乗っていたのだけ確認したと言う。 お怪我はありませんでしたかとアルーシュ・リトナ(ib0119)。 運送屋の身体を気遣い、奪われた馬が興奮していないかと表情を曇らせて、盗難品の特徴を尋ねる。 奪われたのは、馬車一台・馬一頭・木箱一つ。馬車は小型の一頭立ての幌馬車、馬は青毛の老馬で牽引力は強いが大人しめ、扇子を入れていた木箱は水濡れしないよう頑丈な作りだと言う。 「噂になってるらしいしきっと好奇心を抑えられなかったのね。でも、悪い事をしては駄目」 犯人の少年達が、きちんと反省してくれればと願うマリー・プラウム(ib0476)。残念ながら犯人像は似顔絵に出来なかったけれど、青毛馬のロジオンの特徴を聞き取って似せ絵を作る。 馬車はジェレゾの中心にある空港から、郊外のココレフ邸へと移動中だった。馬車に他の荷物がなかったのは、偶々ココレフ家の近くに他の届け物がなかった為である。 「一点物の扇子‥‥高そう。壊れたら大変な事になるよね‥‥」 「ラウ、もし万一、扇子が破損や汚損、紛失していましたら‥‥」 白藤(ib2527)の呟いた。口にすると事の重大さが尚更実感できて、緊張気味の表情が更に強張る――そんな初依頼の白藤を安心させるように、モハメド・アルハムディ(ib1210)は無償で改めましょうとグレゴリーに申し出た。 とはいえ、ココレフ小間物店オリジナル扇子完成には手間も時間も掛かっている。嵩山薫(ia1747)が意思の籠もった強い語気で言った。 「グレゴリーさんの所の開店は私も楽しみにしているの、こんなくだらない事で頓挫させる訳にはいかないわ」 少年達にもそれなりの事情があるのかもしれない。だけど此方にも事情がある。 何としても奪還させていただくわと言う薫が頼もしい。 一同の話に黙って耳を傾けていた巴渓(ia1334)が「だいたい分かった」と彼女の口癖を発した。 「犯人が子供だった事は判った。だが志体持ちかもしれん。皆、気を抜くな」 厳しい調子で皆を促し、開拓者達は捜索に散っていった。 ●街外れの空き家 二人ずつ四組に分かれた開拓者達は、馬車襲撃の起こった街道周辺を中心に聞き込みを開始した。 「青毛の馬が曳く荷馬車を見なかった?」 「見てなくても物音を聞いた人はいないかな?」 薫の問いに琉宇が補足して情報を集める。 襲撃現場は見通しが悪く、かつ物音も生活音に紛れ易い場所だ。周辺住民の記憶に残り難い状況ではあったのだが、根気よく聞き取りを続けてゆくうちに、馬の嘶きを聞いた者と当たった。 「その馬、どの方向へ走り去ったか判らないかな」 咆哮を頼りに逃げた方角が特定できないかと重ねて問うと、声は街外れへ消えたと言う。 「ナァム、この街道を真っ直ぐ進んだのですね」 モハメドが、街道の先にあるものを見極めるかのように遠くを見ていると、渓が渋い顔で独りごちた。 「街外れか‥‥愚連隊が根城にしていそうだな」 「愚連隊とは違うけど‥‥」 渓の言葉に思う処があったのか、住民は街外れに住む少年の存在を教えてくれた。 彼方は尋ねる傍ら道に付いた轍の跡を丹念に調べている。 只事ならぬその様子に、尋ねられた主婦がゴシップの匂いを嗅ぎつけて何かあったのかと尋ね返してきた。 「‥‥ええ、頚木を付けたまま、馬が逃げまして‥‥」 時間が経っていますから、馬車は外れているかもしれませんがと、アルーシュは当たり障り無い程度に説明した。 運送屋から馬車を奪ったのは少年集団だと聞く。最終的な彼らの処遇はグレゴリーに託す事にした以上、必要以上に騒ぎを広めるのは得策ではない。 そりゃ大変だねと他人事で相槌を打った主婦に、地面から顔を上げた彼方が男の子達を知らないかと尋ねた。 「男の子達?」 「この辺で遊んでいる子はいないかなーって」 彼方の問いに、主婦はヤンチャな子達はいるねぇと苦笑して、彼らの溜まり場になっている一軒の空き家を教えてくれた。 白藤の頑張る理由は弟の存在だ。 依頼を達成した事を弟に褒めて貰いたい、褒められるような働きをしたい――だから姉は頑張るのだ。 さて、白藤はローブを身に纏い、マリーと一緒に旅の絵描き一行を装っていた。 「青毛の馬が曳く馬車なんだけど‥‥見なかった?」 そう言ってロジオンの特徴を描いた似せ絵を見せつつ探索を続けてゆくうちに、街外れまでやって来てしまった――のだが。 馬の嘶きが、聞こえた。 「まさか、ね‥‥」 思わず二人、顔を見合わせた。 あの嘶きがロジオンだったなら、出来すぎだ。 「でも、当たりかもしれません。行ってみましょう」 マリーは白藤を促して、馬の気配がある辺りへ足を向けた。 街道を離れた辺りは民家もまばら、あまり手入れもされていないような古びた家が建っているそこに――青毛の馬はいた。 「‥‥ロジオン?」 白藤が小声で声を掛けてみると、自分の名が解ったのか老馬は首をこちらへ向けた。マリーは運送屋に聞いて描いた似せ絵と照合し、目の前の馬がロジオンでほぼ間違いないと感じた。 「みんなに知らせなくては」 二人は頷き合い、仲間に知らせるべく踵を返し――『街外れの空き家』の情報を得た仲間達が近付いて来るのに気付いた。 合流した一同は馬を検分し皆ロジオンだと判断、近くに運送屋のものと思われる馬車が留めてあった事も確認して踏み込む相談を始めた。 「俺が運送屋達を呼んでくる。合流まで頼んだぜ」 いい置いて、渓は風のように走り去った。 モハメドはロジオンに近寄ると小さく口笛を吹いた。人懐こくモハメドに鼻面を摺り寄せる青毛の馬は暴れる気配もない。 「馬は大丈夫だね」 琉宇は犯人達に仕掛ける夜の子守唄を準備し始めた。アジトの内部を確認次第、早々に眠らせてしまうつもりだ。 だが、その前に――アルーシュとマリーが家へ近付いてゆく。 扇子の無事を確認し、グレゴリー達が到着するまでの時間稼ぎをする為に家の中へと入ってゆく二人を、残った開拓者達はいつでも戦えるよう待機して見送った。 ●見つけた 部屋の中では何名かの少年が屯していた。 だらだらとソファに身を預ける者、何かをナイフで懸命に削っている者、小振りのリンゴを齧っている者――等々。 「ねえレフ、あの馬どうしよう‥‥」 「夜にでも返しに行けばいいんじゃね?」 リンゴ樽に手を突っ込んでいた少年に、おどおどと別の少年が話しかけた。レフと呼ばれた少年は事も無げに言うとリンゴを一個投げてやり、もう一個に齧りつく。 「街路樹にでも繋いどけばいいだろ。とりあえず、暗くなるまでそれ食って待っとけ」 美味いぞと慌てる風もなく勧めて来るレフの落ち着き振りを見ていると、大した事ないような気がしてくるから不思議だ。少年は酸味の強い小振りのリンゴを美味そうに齧り始めた。 「‥‥全員で奪ったんじゃないのかな?」 「奪った少年が、あのレフという少年に相談しているように見えますね」 進入前に様子を伺うマリーとアルーシュ。部屋の隅には頑丈そうな箱があった。おそらくあの中に天儀からの扇子が入っているのだろう。 馬車を襲撃したと思しき少年に凶悪さは見受けられず、自身が仕出かした事の重大さに戸惑っているようにも見えた。 レフと言う名は、アルーシュが近隣の主婦から聞いた空き家の主の名だ。 (「天涯孤独の少年‥‥」) 両親と早くに死別し、親戚中を盥回しにされた末に一人で生きてゆく事を選んだ少年。定職に就かず勝手に空き家で寝起きしている近所の鼻つまみ者―― 糊口を凌ぐ為に天儀製品を奪ったのだろうか。 ひとまず二人は何も知らない風を装って、少年達の隠れ家に侵入を試みた。 「こんにちは、楽しそうですね」 通りすがりの訪問者は、人好きする笑顔で少年達へ気さくに話し掛けた。多少の警戒は旅の吟遊詩人ですと、他所者である事を強調して遣り過ごす。 「お腹が痛くて‥‥少し休ませてくれないかな」 身を屈め、目を潤ませて懇願するマリーの演技は迫真で、旅の途中なら遠慮するなと少年達は家に迎え入れてやった。 神妙な顔でソファに身を沈めるマリー。感謝を述べたアルーシュは静かに並んで座り、少年達の様子をさりげなく観察し続けている。 そんな事とは露知らず、リンゴを齧る少年達は話の続きを始めた。 「で、その箱ナンだよ?」 「空港に届いた天儀からの荷物だってさ!」 レフに問われて、少年の顔がぱっと輝いた。褒められるとでも思ったのだろうか、少年は自慢げに語る。ところが。 「阿呆!大事なモンだったらどうすンだよ!」 レフが食べたリンゴの芯がぶつけられた。俺達は食い扶持しかいただかねぇンだと怒っている。与太者には与太者なりの仁義があるらしい。 馬と一緒に返して来いと説教されて、少年はしおしおだ。この分では中の扇子も大丈夫だろう。 開封する気はなさそうだが油断は禁物だ。マリーは符で栗鼠を形作ると密かに飛ばした。 ●天儀を教えて 外で耳をすませていた彼方はマリーの栗鼠に逸早く気が付いた。腕を広げた合図に栗鼠も気付いて彼方の胸に飛び込む。咥えていた紙片を彼方に託し、役目を終えた栗鼠は符に還った。 「穏便に取り返せそうね」 街中で殺傷沙汰や類する行為はできないと、薫は事が荒立たずに済みそうだと安堵した。後の処遇はグレゴリーに一任しよう。 ほどなく、渓がグレゴリーと運送屋を伴って戻って来た。 全員で隠れ家に突入し荷箱を確保、少年達から事情を聞いた。 強奪するに至った経緯は次の通りである。 レフと仲間の少年達の間でも『天儀』が話題になった事があったのだと言う。 「そん時さ、俺が言ったコトを、こいつら覚えてやがって‥‥」 天儀って知ってる? 最近オトナ達が珍しがってる奴だよなーどんなモンなんだろ。 そんな他愛もない遣り取りだったと言う。 ジェレゾの空港に天儀便の荷が届く事、偶々空港から荷運びの馬車が出たのを少年の一人が知った。 仲間を誘って荷の中身を覗こうとした少年は、誤って運送屋を御者台から突き落としてしまい、覗くどころか馬車ごと強奪してしまったのだった。 混乱したのは馬よりも少年の方だった。動揺した少年達が向かった先はレフの家、少年達がアジトにしている空き家だったのだ。 「もうこんな事しちゃ駄目ですよ‥‥私も一緒に謝ってあげますから」 少年達の目をしっかりと見据え、反省を促したマリーはグレゴリーに事件にしないようにして欲しいと頭を下げた。 彼方も一緒に深々と頭を下げる。 「無傷で戻って来たんだから、許してあげて!ボクからもお願いします!」 「何にせよ荷馬車を奪うのは感心しませんよ?」 「ごめんなさい‥‥」 アルーシュの釘刺しに、しおらしく謝罪の言葉を口にする少年。 手を挙げようとした渓を、グレゴリーが制止した。 「止めるな、罪には罰を。俺は大人として、ちゃんと子供に筋を通させる義務があるからな」 「それは立派な考えだけどね、みんな事が大きくならないように動いたんだ」 聞き込みに親子や姉妹、旅の絵師を装ったり、敢えて盗難を全面に出した捜索をしなかったのは、街中で大立ち回りをしないと決めたのは、全て事を荒立てないが為。理由を尋ね、真に悔いているなら許して水に流すのも子供に対する大人の務めだろうとグレゴリーは言った。 「ココレフさんがそう言うなら俺も許してやんなきゃな」 ロジオンも馬車も無事だし、ちょっとした悪戯が大事に発展しかけただけの話だ。俺だって子供の頃は何処の納屋を壊しただの、鶏小屋に穴開けて鶏逃がしただの悪戯を散々やってきたんだしと運送屋。 子供は力の加減を知らない。いくつもの暴走を繰り返して、人は大人になってゆく。大人になった元子供達は、今度は次世代の子供を赦し見守る側に立つのだ。 異儀の文化、見知らぬ道具。木箱の中身を見て、少年達は目を輝かせた。 「これは風を産む道具ですよ」 扇子をひとつ取り、正しく開いたアルーシュが説明する。開く方向を間違えれば骨が歪む、少年達は説明通りに開いて異儀の道具の不思議な構造に感心し。 「綺麗だねー!一点物の扇子‥‥皆が絵を描いた扇子なんだよね!」 少年達に負けず劣らず目を輝かせている白藤、薫は自身が描いた鳳凰が立派な形となって飛翔している仕上がりに安堵して。彼方は知己の描いた天儀の四季の完成品を本人に代わり見届けた。 マリーの着物柄扇子、アルーシュの花々に刺繍の紋様をあしらった扇子、モハメドのカリグラフィーが面白い図案は墨色鮮やかに仕上がって、また彼がロゴ入れしたココレフ小間物店の扇子も良い感じに完成している。 「すごいね、綺麗だねっ」 ひとつ手に取り、ひとさし舞ってみせる彼方。 天儀の舞を珍しそうに見ている少年達、天涯孤独で一人生きているという少年に薫が話しかけた。 「レフくん、と言ったかしら。あなた食い扶持に困っているならココレフさんのお店で働かせて貰えば?」 ね、いいでしょ?とグレゴリーに伺うと、彼には歓迎だよと頷いた。 「私は、ジルベリアの人にもっと天儀を知って貰いたいんだ。君も手伝っておくれ」 「興味を持つ事は悪くないですから、今度はお手伝いを通して好奇心を満たしていきましょう、ね」 アルーシュが新しい従業員に微笑み掛ける。 「ヤッサイード・ククリフさん。私の氏族にはルッバ・ドァーッラティ・ナーフィア、害悪は有益を育てるという諺があるのです」 「ルッバ・ドァーッラティ・ナーフィア‥‥?」 その意味する所は『災い転じて福となす』まさに今回の出来事を表しているかのような諺だ。 そんな一同を見て琉宇が一言。 「これにて、一件落着だよ」 何処ぞの奉行のように見得を切り、扇子はこうやって使うものなんだよと笑ったのだった。 |