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■オープニング本文 氷室とは、冬季にできた天然の氷を夏季まで保存する為に考えられた保管技術である。涼しい山中や洞窟に穴を掘り、藁や茅で覆って保存する。 保管された氷は貴重なものであり、殊に夏場の氷は権力者や富裕層などごく一部の者達だけのものであった。 ●夏あたりの猫 北面・仁生、七宝院邸。 「‥‥於竹、ちくわの様子は、どう?」 単の上に涼しげな紗の打掛を羽織った七宝院絢子(iz0053)は、傍らの乳母に居候の様子を尋ねた。 乳母の於竹は困ったように首を振ると「どうしたものでござりましょうなぁ」嘆息する。 居候――猫又のちくわは、只今完全に夏あたりしているのだった。 ちくわは絢子に飼われている訳ではない。対等な、あくまで居候の身だ。 三月ほど前、野生の猫又が仁生内をうろついているという報を受けた開拓者により保護されたのがちくわだ。人里に興味を示し、暫く滞在したいのだと言うちくわを、開拓者達は七宝院家に預けた――のだと絢子は聞いている。 絢子の通称は翳姫(かすみひめ)という。その意味する所は『居るか居ないかわからない』存在感のない翳のような姫君――また自身も他者への関心を示す事は稀だ。 常は間借り人や居候が増えたとて気にする絢子ではないのだが、珍しくこの猫又には興味を示した。時折つれづれの話相手にしたり、猫特有の所作に心和ませたり。ちくわは、於竹以外で絢子の姿を見た稀有な存在でもあった。 「‥‥於竹」 主の声に顔を向ければ、氷は残っていなかったかと問う。 ちくわの寝床には簀子を敷き、下に氷を入れていた。少しでも涼しいようにという気遣いからだが、氷はすぐに溶けてしまう。 何せ今年は殊のほか暑い夏だった。屋敷は風通し良く設計されてはいたが、陽射しの強さで籠もる熱ばかりはどうしようもない。人が耐え難き酷暑、毛皮を纏ったちくわであれば尚更暑かろう。 於竹は申し訳なさそうに首を振った。 残念ながら屋敷にある氷は全て使ってしまい、近辺の氷室の氷も全て採取したはずだ。私有地内にまだ氷室は残っていなかったかと絢子に重ねて問われて、於竹は北面の外れにある山を思い出した。 ほどなく、開拓者ギルドへ氷運搬の依頼が出された。 北面辺境の氷室から氷を切り出し、七宝院邸まで運ぶ――力自慢の男衆であれば一般人でもできそうな依頼だ。 ただそれには開拓者でないと難しい条件が付いていた。 『七宝院家預かりの猫又と共に向かい、その無聊を慰めて差し上げるべし』――と。 |
■参加者一覧
佐上 久野都(ia0826)
24歳・男・陰
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
和紗・彼方(ia9767)
16歳・女・シ
ヨーコ・オールビー(ib0095)
19歳・女・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
レジーナ・シュタイネル(ib3707)
19歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●とけたちくわ 猫又が伸びていた。 くてりだらりと伸びている様は猫そのもので、尻尾が二又になっていなければ普通の猫と変わらない。大きさはやや成長した仔猫か小柄な成猫程度だろうか。 そんな猫又が力なく四肢を投げ出して、ぬいぐるみのように転がっていた。 「久しいの、達者であった‥‥かを聞く前に、えらく垂れておるの」 垂れまくりの知己を前に、輝夜(ia1150)は苦笑した。 ちくわは力なく視線のみを輝夜に向けて、尻尾の先だけ持ち上げて振ったのを挨拶に代えたようだ。その尻尾もすぐにぱたりと落ちた。 「ちくわちゃん、動かなくなりましたの‥‥」 つんつん、と力尽きた猫又に触れるケロリーナ(ib2037)の横で、和紗・彼方(ia9767)は猫又も夏バテするのだと感心している。 「そうだよねぇ、猫又ちゃんは毛皮分、余計に暑そうだもんねぇ」 (「柔らかい毛並み‥‥むぎゅってしてみたい‥‥」) ジークリンデ(ib0258)はそう思ったものの、絶賛夏バテ中の相手を前に言うのはさすがに憚られて、今は胸の内だけに留めておく事にする。 「天儀の夏、は‥‥とっても、暑い、ですね。私も、びっくり、しました。猫さんは‥‥もっと、大変そう‥‥はぅ」 ジルベリアから天儀へやって来て間もないレジーナ・シュタイネル(ib3707)の白い二の腕は、夏の陽射しで赤くなっていて大層痛そうだ。手拭を井戸水で冷やして来たケロリーナが、通りがかりにレジーナの腕を冷やっこい手で撫でて行ったのが心地よい。 熱を持っているのか、すっかり真っ赤な鼻先に手拭を近づけてやると、ちくわは求めるように顔を寄せて来る。手拭に顔寄せて猫又は目を閉じた。 出立前に確認しておきたい事があった開拓者達は、絢子の乳母・於竹に尋ねている。 「氷の運搬用に大八車を借りられへんやろか?」 「あと、スノコ付の木箱などありましたら‥‥」 ヨーコ・オールビー(ib0095)と佐上久野都(ia0826)の要望に、於竹は「おお、そうでしたな」今更ながら気付いたようで。 「現地に氷室の管理をしている者の家がございまする。道具類はそちらでお借りになられるがよろしゅうござりましょう」 荷車などの大物だけでなく荒縄や鋸等も借りられると聞いて、菊池志郎(ia5584)は助かりますと微笑んだ。 北面辺境までは各々の旅支度と猫籠だけの身軽な旅になりそうだ。開拓者達は伸び切った猫又を籠に詰めて涼を求めに出発した。 ●国外れへ 猫籠に結んだ小さな鈴が涼しげに鳴った。 「もし気に入るようなら着けても構わぬぞ」 心地よさげに目を閉じているちくわへ輝夜が鈴を鳴らしてやる。体感温度は変わらぬまでも気持ちは穏やかでいるようで、くてりと伸びた腹が規則正しく上下している。 「ほらほらねこねこ、扇子で扇いだるさかい、元気だし」 「吟遊詩人の――」 眠ったようなままな猫又をぱたぱた扇ぐヨーコは、見上げたちくわの物言いたげな表情にキッパリ拒否の姿勢。 「アホ言いな、こない暑い中で歌なんて歌うたら、うちの方が倒れてまうで!」 氷室まで我慢しーやと突っぱねる。 猫又だけでない、人間にもこの夏の暑さはきつかった。 「こまめに休憩と水分を。あの木陰で少し息を入れませんか」 「そうですね。涼しい時間帯に距離を稼げば良いのです」 陽射しが強い時間帯に頑張ったとて十全の力は出せないから、無理はしない方がいい。久野都の提案に志郎が頷いて、一同は大樹の木陰に身を寄せた。 「ちくわ殿‥‥良い伸び具合で‥‥いや、失礼」 籠から半身だけ出して日陰にぐてっと伸びた猫又を扇子で扇いでやりながら、久野都は意外と体長のあるちくわに「ひんやりが来ましたよ」と言ってやる。近くの川で手拭を濡らして来たケロリーナが鼻先をぴとぴとしてやると、ちくわは前脚で手拭を挟んで気持ち良さそうな表情を浮かべた。 久野都に変わって志郎がちくわを扇いでやる。濡れた手拭が風と合って涼を生んだ。 「ちくわちゃんー冷たいの濡らして来たよー」 ぬるくなった手拭を交換して彼方は「気持ちいい?」尻尾だけで応えを返すちくわに笑いかけた。 無理せず着実に道をゆき、特に障害もなく北面辺境へ到着した一行は、於竹に教えられた氷室の管理者宅へ向かった。出迎えた管理者は開拓者の訪問に少しばかり驚きの表情を浮かべた。 「何と、今年は此処の氷室も必要になりましたか‥‥」 妙な言い回しの意味を尋ね返すと、此処の氷室は予備氷の保存場所であって、毎年仕込みはするが夏に使用される事はこれまでなかったのだと言う。 「ひと夏越すせいでしょうか、霜が付きましてね。二年越しはできないもので冬には仕込み直すのですよ」 つまり後生大事に取っていた氷も、冬になれば無用の物として破棄されるらしい。何とも勿体無い話である。 「霜なんか付くもんなん?」 ヨーコが訝しげに尋ねたところ管理者も同じように感じていたようで、保管方法に難があるのでしょうかと悩んでいる。仕込み直しの際に霜焼けになりながら取り除くのですと難しい顔をして言った。 「それは大変ですね」 やんわりと気遣う言葉を掛けたジークリンデ、もし良ければ氷持ち出しのついでに氷室内を清掃して参りましょうと申し出た。酷い霜状態になるという話に何か引っかかるものを感じたからなのだが、管理者は素直に開拓者の厚意を喜んで道具貸し出しや諸事に協力的に応じてくれた。暗いだろう氷室内部の間取りを確かめて、開拓者達は管理者宅を後にした。 「ここは‥‥涼しい、ですね」 言葉少なにレジーナは言うと、多少具合が良くなってきた様子の猫又を見て安堵した。 山に入ると下界の暑さは嘘のように和らいで、寧ろ肌寒い位だ。ケロリーナは志郎にランタンを手渡して小さく身震いすると、ちくわをぎゅっと抱え直した。 防寒着を羽織ったジークリンデを先頭に、志郎と久野都が内部を照らし出す。久野都の手を離れた光の虫は氷室奥まで飛び進み――消えた。 「おや‥‥」 意図せず消えた夜光虫を訝しむ一同。暗視を発動した志郎が夜光虫の消えた辺りに目を凝らすと、何やら蠢くものがいる。 「ネズミじゃなさそうだね‥‥でも動いてる」 同じく暗視で問題の地点を凝視していた彼方は、ヨーコの背に隠れているケロリーナの腕にいたちくわに、少しの間外で待っているよう促した。 「ほんなら、うち、ちくわと一緒に大八車の番しとるわ。安全確認が終わるまで、ちくわは氷室に入ったらあかんよ!」 ケロリーナから猫又を受け取って後方待機。 しかし有害な存在だった場合、氷室の中で戦う訳にもいかない。氷に損害を与えては元も子もない。 「上手くゆけばよし、とりあえず誘き出せるか挑戦してみるか」 輝夜はそう言って、氷室の外から雄叫びを上げた。 中では何やら気配がする。動いているようだ。 「‥‥あ、こっち来始めたよ!」 彼方の声に、開拓者達は一斉に武器を手に待ち構えた―― ――で、結論から言うと開拓者達の圧勝だった。 白い綿毛のような、霜の如き冷気のアヤカシは軽く叩いただけで霧散した。それはもう、夜光虫が消えるのと同じ位簡単に。 「思ったのですが‥‥」 ホーリーアローで霜アヤカシのみを狙い撃ちしたジークリンデは、あまりに手応えないアヤカシの存在に、ひとつの仮説を立ててみる。 すなわち――氷室の管理者達は、霜をアヤカシと気付かずに毎年払い続けていたのではなかろうか。 氷の周囲に付いていた霜アヤカシは、一般人でも退けられるごくごく弱いものだった。完全に滅せず残った瘴気は再びアヤカシとなって氷室に戻る。それを翌年管理者達は再び払う‥‥の繰り返し。 「なんちゅーか、いたちごっこやね‥‥」 片頬ひくつかせて言うヨーコ。ジークリンデの表情はいまだ硬いままだ。 「それにしても、このような場所にまでアヤカシが発生しているとは‥‥」 アヤカシは瘴気より出ずるもの、何か穢れるものでもあったのだろうか。訝しく思ったジークリンデは氷室内を点検し、丁寧に清め始めた。 後に氷室の管理者は語ったと言う。氷が使われた年以降、氷室に霜が付かなくなりました――と。 ●涼の空間 霜取りを済ませ氷の切り出しも終えた開拓者達は、運び出す前に一休み。 切り出しの際に出た氷を器に入れ岩清水を注ぐと涼しげな音が鳴った。久野都は一気に飲み干して喉の渇きを潤す。自然が磨いた清水の清涼さが心地良い。 「ちくわちゃん、大丈夫?まずのんびりして体調良くしてから遊ぼうね」 伸びっぱなしの猫又を抱えて氷室に入ってきた彼方が、ちくわを菰の上に寝かせた。 されるがままに垂れているちくわの足先を見て、ジークリンデはうずうず。 (「肉球ぷにぷにしてみたい‥‥」) けれど、不調な相手の意思を問わずにもふぷにするのは良くない事だから、ちくわが回復するまでぐっと我慢。そのまま観察していると、鼻先と耳の中が桃色から淡い桜色に変化してきた。 胴体が少しずつ固まってきたというか四肢に力が入ってきたようで、だんだん身体がまぁるく脚がくにっと折れ曲がって――やがて綺麗な香箱座りになったちくわは猫よろしく「にゃぁ」と鳴いた。 「よかった、ちくわちゃん具合良くなった?」 差し出した手に顔を摺り寄せるちくわへ、元気になって良かったよと彼方。 ジークリンデはちくわの前に竹輪を出して、ふりふり。好物の匂いに鼻をひくひくさせたちくわの前脚が、つい竹輪を追った。 その愛らしい反応を堪能して竹輪を与えると猫又は旨そうに齧り出す。 「ちくわ様‥‥」 「‥‥ん?じ、ジークリンデ!?」 二又しっぽを揺らしながら竹輪を齧っている猫又、じっと我慢で見守っていたのだが遂に我慢ならなくなったジークリンデは、見上げてきたちくわをむぎゅっと抱き締めた。 口から竹輪をぽろりと落としたちくわだったが、拒む風もなく寧ろご機嫌の様子だ。甘えるようにじゃれかかる猫又をジークリンデは再びむぎゅっと抱き締めた。 「ときにちくわよ、以前会った時より少々太ってはおらぬか?」 「‥‥‥‥」 輝夜の言葉にちくわが固まった。 確かに、この夏は殊のほか暑くて殆ど動いていなかった気がする。なのに精の付くものをと美食(主に竹輪)に明け暮れたような‥‥ 地に擦った腹毛を持ち上げるように背中を丸めたちくわへ、輝夜が山での運動を提案した。 「ほれ、例えばこの竹輪をな‥‥お主が取れるものなら取ってみよ!」 「‥‥か、輝夜!待てぇっ!」 ちくわが齧りかけていた竹輪を奪った輝夜、氷室の外へ飛び出した。慌ててちくわも竹輪を取り返しに後を追う。竹輪を巡るちくわの追いかけっこが始まった。では俺もと志郎も山へ消えてゆく。 「おお涼しい♪酒も冷えるわ♪」 追いかけっこそっちのけでご機嫌のヨーコは酒盛り準備。出るわ出るわ、持ち込んだ大量の酒類を並べて氷で冷やしている。 「ちくわさん、は‥‥お酒、飲む、んでしょうか」 未成年には甘酒を用意している周到なヨーコを眺めてレジーナがぽつり。酔っ払って猫踊りするちくわを想像したとかしないとか。 季節の果物を持ち込んだジークリンデは、自らの術も用いてシャーベット状に加工している。 やがて戻って来たちくわを、かえるさんの手を振って出迎えたケロリーナは、かえるさんで改めてご挨拶。今度は球遊びしましょうとボールを取り出した。 ところが皆同じ事を考えていたようで、あちこちから球や手鞠がころころ。暑さを凌いですっかり元気になったちくわは、あれこれどれもと動くものを追う。 「そうしておると普通の猫じゃの」 ちくわと山を駆け巡り竹輪を奪い合った輝夜が、外で流した汗を手拭で拭っている。彼女と猫又との間に何があったのかは不明だが、なかなか激しい追いかけっこだったようだ。 「ちくわちゃんの好物は竹輪ですの〜?」 『友だち』の名が付いた球を転がしてケロリーナが問う。狙い澄まして飛び掛ったちくわが応と答えると、ヨーコと肴談義していた久野都が言葉を詰まらせた。 「肴は‥‥ちくw‥‥いえ、蒲鉾に山葵醤油が良いですね」 「竹輪も蒲鉾も、用意してございますよ」 猫又の好物とあって、練り物は一通り用意しているのだとジークリンデが微笑んだ。 宵闇にヨーコが奏でる音が溶けてゆく。 氷を極力溶かさぬよう明日の出立は早目だから、年少組はそろそろ就寝だ。 「ちくわちゃん、姫様の事好き?」 腹ばいになり目線合わせて、彼方がちくわに尋ねた。満足そうに目を細めるちくわに、彼方も「そっかー」嬉しそうに目を細め。 「本当に良くして貰ってるんだね。これで姫様も喜んでくれるね」 良かったとにこにこ。 かえるさんを抱えて夢の中のケロリーナ、レジーナはまだ寝付けないようで、毛布の端を弄んでいる。 「私‥‥天儀にはきたばっかり、で‥‥」 ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。 ちくわさん、とレジーナは猫又を呼んだ。 「ちくわさんが前、居た所や今居る処、は‥‥どんな場所、でしょうか‥‥?」 寄ってきた猫又は思案中かのように暫し顔を洗って、それから語り始めた。 仁生の街中を散策中に開拓者と出会い、縁あって七宝院邸に身を寄せている事。それまでは仁生近くの山で気ままに暮らしていた事。街へ降りて初めて食した竹輪が大層旨かった事‥‥徒然に話していると。 「ちくわさん‥‥あの、暑ければ‥‥我慢、しますけど‥‥ちょっと、撫でてもいい、でしょうか‥‥」 「勿論だ」 遠慮がちに望んだレジーナの声が眠気を孕んでいた。快く応じたちくわは伸ばされた手に身を近づけて、そのまま眠りに就いた娘の毛布に添うて丸くなったのだった。 ●高嶺より来し花 行きより早く七宝院邸へ帰還した一行が持ち帰った氷は、それは見事なものだった。保護方法、運搬速度、どれをとっても完璧で、氷の損失は最小限に抑えられている。 「皆様、お疲れ様でござりました。ちくわ殿もお元気になられて、ようござりましたなあ」 出迎えた於竹に空になった猫籠を手渡し絢子に宜しくと言い置いて、開拓者達は七宝院邸を辞した。 これはその後の話である。 「氷室の山は良かったぞ。故郷の山を思い出してな、里心が付きかけたぞ」 まあ、と絢子。山に戻られては寂しいわと猫又に返せば、ちくわはまだ戻らぬよと後脚で首の後ろを掻いた。 緩やかな時が流れる日常が戻っていた。 御簾越しに庭を見遣れば可憐な花が咲いている。白い五弁の花は撫子に近い種なのだと聞いた。 志郎が山に分け入り絢子への土産にと根ごと持ち帰った山の植物は、七宝院家の庭に根付き絢子の目を楽しませている。 絢子の代わりにちくわが出かける。ちくわが見聞した事を聞き、絢子は外界を知る。 今はまだそれだけかもしれない、だが。 「あの花の群生を見に、いつか山へ行ってみぬか?」 ちくわの誘いに、絢子は花を見つめたまま「考えておきます」そう応えたのだった。 |