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■オープニング本文 開拓者が来なければ知るべくもなかった。 天儀――遠く、遠く離れた神秘の地、麗しの文化。 ●佳きこの日に 内装を終えた店内に運び込まれる荷の数々。 「おっさん、これは何処に運べばいい?」 「ああ、それはその奥に。まだ開けなくていいから、あそこの箱を側に移動させておいてくれないか」 家具を抱えた少年が店主の指示を仰ぐ。グレゴリーは展示台の奥をレフに示して、続いて細長い箱を指差した。 「あれは何が入ってるンだ?」 長持ちを見遣り尋ねたレフに「浴衣だよ」とグレゴリー。納得した少年は衣桁を運んでいった。 荷の運び込みは粗方済んだし、少し様子を見て来ようか。 「レフ、後は頼むよ。家に戻って来る」 「りょーかい、おっさん無理すンなよ?」 従業員に店を任せ、店主は自宅の様子を見に戻って行った。 澄み切った秋空の下、ココレフ家の庭ではホームパーティの準備が進んでいる。 「あら、あなた。お店は良いのですか?」 庭のあちこちに設えたテーブルに飾る花器のひとつを抱えたジナイーダが、店にいるはずの夫を見つけた。グレゴリーは妻に順調だと報告して妻が持っている鉢植えを見て微笑んだ。 「ビオラか。いいね、慎ましい」 色とりどりの小さな花が、こんもり盛るように咲いているのは目にも彩かで愛らしい。 茶菓子の用意も出来ているようで、キッチンからは甘い香りが漂ってくる。 満足気にグレゴリーは頷いた。 今日は大切な日。 グレゴリーにとって人生の節目となる日なのだ。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 菊池 志郎(ia5584) / からす(ia6525) / エミリー・グリーン(ia9028) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 明王院 浄炎(ib0347) / ファリルローゼ(ib0401) / マリー・プラウム(ib0476) / 天霧 那流(ib0755) / ルーディ・ガーランド(ib0966) / 琉宇(ib1119) / モハメド・アルハムディ(ib1210) |
■リプレイ本文 ●ココレフ小間物店にて ジルベリアの地にて、遠き天儀の文化を語る。 最近巷で注目されている天儀の物品を扱った店が遂に開店の日を迎えたとの触れ込みに、ココレフ小間物店の客足は初日からまずまずの入りだった。 店を訪れたモハメド・アルハムディ(ib1210)は、レフの姿を認めて思わず呟いた。 「ヤッラー、驚きました、まさにルッバ・ドァーッラティ・ナーフィアです。アルハムド・リッラー!」 ルッバ・ドァーッラティ・ナーフィアとは彼の氏族の諺で『災い転じて福となす』を意味する。 過日、グレゴリーが仕入れた荷が災禍に遭い、モハメドをはじめ何名かの開拓者が解決に協力したのだった。その際、街外れの空き家に住み着いていたレフ・カリンと関わったのだが――まさか無断居住の少年が店員になっているとは。 運命の導きだ感謝だと、驚きのあまり最後のあたりはすっかり氏族の言葉になっていたモハメドだが、すぐに我に返ると店の手伝いを申し出た。 実際、開店初日の店内はまだ完全には片付いておらず、にも関わらず物珍しさに客足は途絶えない。天儀の事を多少なりと知っている開拓者が手伝ってくれるのは、店員にとっても客にとっても有難い事であった。 「素敵なお店になったのね♪」 開店祝いに訪れたマリー・プラウム(ib0476)と天霧那流(ib0755)は売り子志願。マリーは看板娘として手伝う気満々だ。 奥で着替えてきた那流は自前の浴衣姿。先日の事件の際に来られなかった事を詫びて、代理に寄越した妹分は役に立っただろうかと尋ねた。今日はその詫びを兼ねて手伝いたいのだと言う。 那流の問い、そして申し出をグレゴリーは「勿論だ、助かるよ」と歓迎した。 「実際に着て接客した方が説明しやすいですし、宣伝にもなりますから」 艶やかな髪を浴衣に合うよう結い上げて、少しばかり衿を抜いた那流のうなじが涼やかで色っぽい。帯に扇子を差して、非常に解りやすい『天儀らしい』姿だ。 「私だって負けてませんよっ!看板娘の本領発揮なのですっ!」 着替えて出て来たマリーもまた着こなしが可愛らしい。特にマリーはジルベリア人だから、客が自身で着る際のイメージを作りやすそうだ。二人の持つ色彩が対照的な事もあって、何とも良い二枚看板になった。 入れ替わり立ち替わり、目新しさに惹かれたジルベリア人がやって来る。ジルベリア逗留中の開拓者も然り。 「きゃあ、可愛い雑貨が一杯☆」 門出への祝辞の後、エミリー・グリーン(ia9028)は店内に一歩踏み出すなり歓声を上げた。ファリルローゼ(ib0401)は年下の大事な友人の喜ぶ様子に微笑して、店内をぐるりと見渡した。 落ち着いた雰囲気の良い店だ。 店主たるグレゴリーを見つけると、開店祝いにと花束を贈った。美人に花を貰えるなんて嬉しいねとおどけてみせて、グレゴリーは店員に飾るよう花束を渡す。 「喜んでもらえて嬉しいよ、ゆっくりと買い物を楽しませてもらおう」 微笑むファリルローゼはエミリーに手を引かれて、衣装棚へと連れ去られてゆく。色とりどりの帯を前に、エミリーは大はしゃぎだ。 美人な魔術師の友人へのお土産にと、何枚か見比べて赤紫の帯を選ぶ。 「それから‥‥お兄様は‥‥」 あまりに夢中で探しているエミリーがおかしくて、ファリルローゼはついからかってみたくなる。 「カールフにはこれが似合いそうだな?」 「もー、真面目に選んで!」 華やかにレースをあしらった女性用の小物を勧められたエミリー、ぷぅと頬を膨らます。 そんな彼女も愛らしいと悪戯っぽく微笑んで、ファリルローゼは碧色のブローチを手に取った。最愛の妹の、真っ直ぐな翠の瞳によく映えるだろう。淑やかな紫髪の友人へは深紅の髪飾りを、それから―― ファリルローゼがこっそり揃いの髪飾りを選んだのと同様、エミリーもまた白い花のアクセサリーを手に取っていた。 (ロゼちゃんへは、これが良いわね♪色違いの翠は有るかしら?) 互いに秘密を抱えて、娘達は買い物を楽しんでいる。 ファリルローゼからの花束を綺麗に活けて窓辺に飾っているレフを見て、那流は嬉しそうに微笑した。 「彼方が喜ぶわ。あの子から話は聞いてたから、あたしも嬉しいわ」 独りで生きてきた少年は歳不相応に気が利きよく働いている。 他儀の商品を扱う関係上、客からの質問に答えたり専門知識を要する事もあるだろう。わからない事があったら聞いてねと那流は言って、真剣な眼差しでレフに後を託した。 「これからもお店の事お願いね、頑張って」 菊池志郎(ia5584)は感心して呟いた。 「ジルベリアの方の目には、天儀の文化はやはり、珍しいものとして映るのですね」 志郎の前には馴染み深い小物類が並んでいる。 しかし何か母儀のものと印象が違う。不思議な違和感を感じて、志郎は小物類の前に立っていた。 扇子を手に取ると、おもむろに開いてみる。中から現れた不思議な紋様――絵のようにも見えるこの紋様はジルベリアの文字だろうか。 「ヤー、菊地さん。このミルワハ、扇子は私の氏族の言葉で書いてあるのです」 そう言ってモハメドは「アルマディーナ・アルジェレゾ・フィルジルベリーヤ」と読んでみせた。ジルベリアの街ジェレゾという意味らしい。 街並みのようにも見えるその文字が面白く、また天儀とは一味違った個性を感じる。 「この扇子のように、双方の文化が融合してできた品物が増えていくのでしょうね、きっと」 志郎はそう言って扇子を閉じると店内を見渡した。 天儀でもなくジルベリアでもない、不思議な空間。改めて見ていると、天儀の意匠よりも装飾的で明るい色使いに見えてくるのだった。 少し離れた所では、ルーディ・ガーランド(ib0966)がジルベリア人の客に解説中。 「そいつは提灯。本来灯りに使うけどそれは土産用の飾り物だな」 紙を貼り合わせたランプを不思議そうに折りたたみする客に説明している。土産用だから実際に火を入れてはいけないと注意を添えて。 (「しかし、ジルベリアでこれだけ調達するのは大変だったろうな」) 店主のグレゴリーは好きが高じて店を出したのだと聞く。好きの一念でよく開店できたものだと感心しつつ店主がいる方を見た。 グレゴリーはレフと一緒に琉宇(ib1119)と談笑中だった。 「ねえ、レフさん。あの時の他の人達は今どうしてるの?」 琉宇が尋ねた『他の人達』とは、レフが根城にしていた空き家に集まっていた不良少年達の事だ。気ままに悪戯ばかりしていた悪童達はココレフ小間物店で働いてはいない。 「ん?あいつら?みんな家に帰ったよ」 ココレフ小間物店で働くにあたり、レフは勝手に借用していた空き家を引き払った。仲間と共に綺麗に片付けて、今レフは店の二階に住んでいる。他の悪童達は帰る家のある子ばかりで、相変わらず悪戯はしているようだが屯する場所がないため素直に家へ帰っているとの事。 いつか皆で集まれたらいいな、とレフは笑った。 「ナァム、それは良かったです」 「何だいモハメド、家を継がなかったと思ったら、こんな店で丁稚奉公かい」 モハメドが陳列棚を整えながら相槌を打っていると、年配の男性客が彼に話しかけてきた。振り返り客が知己であると気付いてモハメドは首を振る。 「ラ・ラ、いえ、ギルド依頼の一環ですよ」 「その割には楽しそうじゃないか」 モハメドの過去を知る男性客は問屋を預かるジルベリア商人の一人だ。旅商であったモハメドの過去を知り、また事情通でもある。 「知ってるぜ、泰国の珈琲を仕入れたそうじゃないか。そのまま家を継げよ」 呆れ混じりに言う旧知の客に、モハメドは返答に困っている。 試着室から、腰紐で浴衣を固定した状態の娘達が現れた。 「わぁ‥‥♪」 「ふふっ、実際に使ってるのを見るのが一番ですもの。よくお似合いです♪」 力作を前にマリーは満足そう。 エミリーは鮮やかな橙の髪をいつものように結って、撫子が彫られた櫛を挿していた。太陽を思わせる赤地に橙で円を重ねた浴衣は着る者を選びそうな柄だが、元気な彼女によく似合っている。 「私まで‥‥その‥‥」 ファリルローゼは咳払いして誤魔化した。彼女の淡い金の髪は結い上げられ、瞳と同じ紺色の簪で止められていた。白の透かし織りに紺一色で染め抜いた花は牡丹か薔薇か。華やかでありながら凛とした風情を漂わせるのは、シンプルな色使いとそれを着こなす者の凛々しさ故であろう。 「さあ、これから帯を結びますよー♪」 帯はどれが良いだろうと、生身のマネキンさん達に帯を宛がうのは実演効果抜群で、マリーと那流は取っ替え引っ替え帯を結んでみせた。 様々な結びが織り成す天儀の美意識に、客達は珍しがって集まってくる。試着を望む客も現れ、売り上げもなかなか好調だったようだ。 「エミリー、今日は楽しかったな」 微笑みながら、ファリルローゼはこっそり買った髪飾りを差し出した。 エミリーは一瞬驚いたものの、同じ事を考えていたのだと知って満面の笑みを浮かべた。 「ロゼちゃん、いつも仲良くしてくれてアリガト♪」 互いを想って選んだ贈り物を交換し合った二人は、仲良く手を繋いで帰っていった。 ●ココレフ家にて 庭に設えたテーブルにはビオラの花器とジルベリアらしい料理の数々、そして天儀料理。 ジナイーダが揃えた料理とは別に、天儀ならではの料理を食べてもらいたいと開拓者が差し入れしたものだ。 三方を両手に捧げ持ち、礼野真夢紀(ia1144)が縁台を作っている明王院浄炎(ib0347)に声を掛けた。 「小父様、月見饂飩も出したいんです。饂飩打ち、手伝ってくださいますか?」 「ああ、手伝おう。まゆちゃんの手料理、御主人らが喜んでくれれば良いな」 仕上がったばかりの縁台に団子を積んだ三方を乗せ、秋草を飾る。月見団子は栗餡と芋餡だ。 設えが整った辺りでジナイーダが近付いて来た。大きな鍋を持っている。 「まあ、可愛らしい。お鍋はこれで良いかしら?」 「ありがとうございます。月見饂飩と芋煮鍋を作ろうと思いまして」 天儀の品物を扱う店であれば、天儀の風習も知ってもらえたら嬉しいと、真夢紀は観月の風習について説明した。 二人の話を聞きながら、浄炎はせっせと手を動かしている。天儀から持ち込んだ竹で籠を編んでいるのだが、そのまま小間物店へ出しても遜色ない出来だ。 楽しみだわと微笑んで、ジナイーダは夫と歓談中の機織師の許へ行く。 「ココレフさん、おめでとうございます。奥様にもお会いできて嬉しいです」 花のような微笑を浮かべたアルーシュ・リトナ(ib0119)はジナイーダに祝辞を述べて挨拶すると、お祝いにとコースター一式を出した。 「まあ‥‥可愛い」 幾つになっても可愛らしいものは女性を幸せにするのだろうか。 ジナイーダは少女のような笑みを浮かべて受け取ると、早速使わせていただいて良いかしらと尋ねて、うきうきとセッティングを始めた。 人が集まり宴が始まる。 作り手の心尽くしの料理に和やかな会話、ちょっとした出し物。 琉宇は扇子で紙吹雪を舞わしてみせた。 「天儀では、舞台の小道具として扇子は色々に使うんだ。どう?蝶々みたいに見えない?」 扇子の上で遊ぶ紙がひらひらと舞う。ぱしりと閉じれば夢の終わり。 「お、やってるやってる」 やって来たルーディは皿一枚を手にあれこれ取り分けて。 庭の隅の観月の誂えからも団子を分けてもらっていると、キッチンから出汁の匂いがしてきた。 「みなさーん、月見饂飩ができましたよー」 真夢紀が運んできた丼には食べられる月が浮かんでいる。その後ろから浄炎が煮えたばかりの芋煮鍋を運んできた。 アルーシュが今日奏でる調べは、天儀の楽曲だ。 それはジルベリアの地では珍しく、異国情緒に溢れ、聞く者に憧れや望郷を喚起させる。天儀に渡り、少しずつ覚えた曲をのんびりと弾きながら、アルーシュは願う。 異国の品を詰め込んだ玩具は子のような、宝箱のような、そんな素敵なお店になってくれますように――と。 お茶の香りが立ちのぼる。 すっかり涼しくなったジルベリアのガーデンパーティーでは、温かいお茶が嬉しい。 カップを包み込んで指先を温めながら、ジナイーダは改めてグラスに敷いたコースターを眺めた。 「素敵な花ね。何と言う名前なのかしら」 コースターには花の刺繍が織り込んである。ダリアのようでもあり違うようでもある刺繍の花は何だろう。 「先日、天儀で菊の花を見て参りました。種類により愛らしくも気高くもある花でした」 「刺繍の花は菊と言うのね」 「菊は、とても良い香りをしているよ」 実際に天儀へ行った事のあるグレゴリーが補足する。菊の朝露を移した綿というものもあるのですよとアルーシュ、いつかお持ちしましょうと微笑んだ。 「奥様は天儀に興味は‥‥?」 水を向けると拗ねたように夫を見て「恋敵かしら」などと言う。グレゴリーは家族そっちのけで天儀に入れ込んでいたようだ。 「本当はね、私も興味あるのよ?でもこの人ったらいつも一人で出かけてしまって‥‥」 こんな愛らしい花が咲いているなら是非見てみたいわと、恨めしげに夫を見遣るジナイーダ。 お茶の香りに心和ませて、アルーシュは天儀へと誘った。 「素敵な所ですよ。是非一度ご夫婦でいらしてください。それに‥‥こんな風に、あちらの花や柄をこちらの品に織り込んでも素敵かと」 機織師はにっこり笑って「お仕事お待ちしております」と結んだのだった。 ●夜の訪問者 さて、再びココレフ小間物店。 そろそろ店を閉めようか――という頃の話。 日が傾くにつれ、人も減り商品棚にも空きが出始めた。 (「沢山売れたってコトだよなー」) さすがに疲れたか、こきこきと肩をならすレフの前に黒猫が横切った。 「ん?」 目を凝らせど猫はいない。いるのは小柄な客ひとりだ。 ――と、客が振り返った。 「猫!」 化け猫だった! 「うん、いい反応だ」 面を取り、ニヤリと笑ったのはからす(ia6525)だ。 「い、いらっしゃい」 自分より年下の少女に恐れおののいたのが恥ずかしかったのか、レフは照れ隠しに憮然と応対してみせた。 「開拓者は変わり者が多いということさ。私は割と悪戯が好きだ」 「お前、開拓者なのか」 なら驚かされても仕方ないよなとアッサリ機嫌が直るレフ17歳。黒猫のような開拓者少女が店内を見て回るのを興味深く眺めている。 からすは傘を広げてみた。何の変哲もない傘、だけど寸分違わず貼り込まれている渋紙は整然と、職人技の美しさを感じさせる。 「なかなかに探し甲斐のある店だ。憶えておくよ」 店を閉めようとやって来たグレゴリーに、何事もなかったかのように世間話などして、傘を買ったからすは夜の闇に消えた。 |