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■オープニング本文 北面という小国は、天儀有数の米どころである。 土地と水に恵まれた北面の穀倉地帯は、国民の生活を支え他国へ輸出されてもいる重要な資源であった。 ●おとぎばなし 昔々、ある所に勇敢な若者がおりました。 ある日、若者は街道のど真ん中でトグロを巻いている大蛇と出くわします。人々が大蛇を避けて回り道をする中、若者は平然と大蛇の脇を通って行きました。 その夜、宿で休んでいる若者の許に一人の稚児が訪れます。 「昼間の豪気さを見込んで、お願いしたき事がございます」 稚児は龍宮の使いと名乗り、この先に大百足が棲んでいて田畑を荒らすのだと言いました。退治して欲しいという娘の頼みを快く引き受けた若者は、弓矢を手に山へ分け入ると大百足に対峙し、それを討ち取ったのです。 以来、大百足が棲んでいた辺りの山里が飢饉に悩まされる事はなくなったのでした―― 「お妙、北面が米どころなのは、勇者のおかげなのか?」 「さあ、どうでしょうねえ」 少年に布団を掛けなおしてやり、お妙と呼ばれた乳母は曖昧に応えを返した。そろそろお休みなさいませと主を促し、灯りを吹き消す。 「‥‥‥‥」 「北面のお米が美味しいのは、農家の皆さんのおかげだと思いますよ」 お妙が捻りも何もない答えを言った頃には、少年――九戸家の嫡男・瑠璃丸の安らかな寝息が聞こえていた。 ●勇者の大百足退治 北面・仁生にある開拓者ギルド。 御伽噺に聞くような事態に、ギルドの入口がごった返していた。 収穫間際の農村地帯に、大百足型のアヤカシが出現したとの事。 敵の全長は六尺六寸、それに無数の脚が生えており草をなぎ倒しながら田に近付いているという。 「ムカデ野郎が来る前に、稲を刈り取っちまえ!」 「できるかよ馬鹿!間に合わんで稲もろとも喰われるのがオチだ!」 「じゃあどうすんだよ、せっかくの新米が‥‥」 入口付近で好き勝手に騒いでいる野次馬共の話し声を、乳母と一緒に散歩中だった瑠璃丸が聞きつけた。 「お妙!大百足だ!」 昨夜聞いたばかりの御伽噺を思い出し、ぱあッと明るくなる瑠璃丸の顔に、お妙は苦笑した。 まだアヤカシは御伽噺と然して変わりないのだろう。いずれ志士としての修練を積み、北面国に仕える事になろう若君だが、今はまだ無邪気にしている瑠璃丸が愛おしい。 「アヤカシですよ、若君。ムカデの形のアヤカシが出たのでしょう」 「誰が倒すのだ?」 瑠璃丸が真面目に問いかけるので、お妙は「開拓者と申す者達です」と至極普通の答えを返した。 さて、これは良かったのか悪かったのか―― 「我も付いていく!」 小さな志士の卵は、主の顔してそう言った。 ――暫くして。 深々と辞儀をする乳母の隣で、ギルドの職員が開拓者達に依頼の説明を始めた。 集まった開拓者の面々には、九戸家の瑠璃丸君を同行させた上でアヤカシ退治に向かっていただきたい。場所は仁生の外れ、農村地帯近くの街道。 瑠璃丸君は六歳、まだ戦闘訓練はしておられぬが志体持ちで将来は志士への道を歩まれよう御方だ。御伽噺の英雄譚がお好きで、年齢の割にしっかりしておられるが、戦いに参加させぬよう注意されたし。乳母殿の説得の甲斐あって、瑠璃丸君がご自分からアヤカシに向かっていく事はない、けしかけたりせぬよう此処に釘を刺しておく。 「尚、乳母のお妙殿は現場へは同行されぬ。開拓者の皆を信頼して若君をお預けになる‥‥それを忘れぬようにな」 職員の言葉に、お妙は再び深々と辞儀をした。 |
■参加者一覧
水無月 湧輝(ia0552)
15歳・男・志
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰
御哉義 尚衛(ib4201)
18歳・男・魔
紅雅(ib4326)
27歳・男・巫
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
紫堂(ib4616)
22歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●山から来たりしモノ いつもは人もまばらな街外れ、街道は行き交う人のみならず野次馬まで混ざってごった返していた。 小柄な獣人の少年達が両手を広げ通せんぼ、手配しておいたギルドの職員達と一緒に野次馬達を退けてゆく。 「はいはーい、そこの兄ちゃんら、危ないからこっから通行止めなっ」 「すぐに終わります故な、お急ぎの道中誠に恐縮でござりますが、暫しお待ちくださりませ」 虎の尻尾を揺らして元気に人を遮る羽喰琥珀(ib3263)、古風な物言いで旅客に頭を下げる白銀の狐獣人は寿々丸(ib3788)だ。 多くの人々が少年達の勧告に応じ、避難をしている移動の波とは逆方向へ移動しているのは、この地に現れたアヤカシを討伐に訪れた開拓者達だ。 はぐれないようしっかりと握り、幼子と繋いだ手を引いていた紅雅(ib4326)は、開けた場所へ出ると瑠璃丸の前にしゃがみ、言った。 「さて、虫さん退治に参りますが‥‥ひとつだけ、約束してくださいますか」 「何をじゃ?」 小さな頭を傾けて問いかける瑠璃丸はあどけない。志体を持っていると聞くが見た目仕草も年相応の六歳といった様子。養弟とは三つ四つ年下くらいか。 「まず、私から絶対に離れないでください。できるだけ、こうして手を繋いでおりましょう。手が繋げない時は、私の着物の端をしっかり掴んでいてください」 こんな風にここを、と紅雅は己のひざ辺りを示す。手が繋げない状況は主に戦闘中だから、瑠璃丸の所作が妨げにならず、かつ瑠璃丸が掴み易い場所を教えた。 「こうか?」 「そうです。これが約束出来なければ、連れては行きませんよ?」 約束する、としっかり頷いた幼子と指きりしていると、人払いを済ませた寿々丸と琥珀が近付いて来た。 「大兄様、こちらは終わりましてございまする」 「その子が若君か?」 近付いた琥珀は、瑠璃丸と目線を合わせると懐から「正飴」を取り出した。 「瑠璃丸つーのか、よろしくなっ」 「くれるのか?かたじけない、よろしくのう」 にっこり笑って「正飴」を差し出すと、甘味と気付いた瑠璃丸の顔がぱぁッと輝いた。言葉遣いこそ幼子らしくはないが、とても嬉しく思ったようだ。満面の笑みを浮かべ食べても良いかと聞いて来る。いい子にしてたらなと頭をくしゃ撫でして立ち上がると、大百足がやって来ると聞く山を見遣った。 瑠璃丸を足元にくっ付けたまま、紅雅も山に目を向ける。隣へ視線を移せば養弟が白銀の耳を微かに揺らして符を飛ばしていた。 (「今回は寿々も一緒です。兄として、格好悪い所は見せられませんね」) 蝶に変化した符は草叢に消え、寿々丸の耳目となる。真剣な表情で周辺を探査している養弟を頼もしく思い、紅雅はしがみ付いている瑠璃丸の頭に手を添えた。 草原を見渡し、水無月湧輝(ia0552)が独りごちる。 「今まで教えてもらった剣‥‥化け物相手に通じるか、試してみるかな‥‥」 開拓者となって、初めての戦い――初陣であった。 虫は苦手なんですと御哉義尚衛(ib4201)、ギルドの仕事はいくつか請けているが、アヤカシ退治は初めてだ。些か不安になりながらも、アヤカシが村に降り大変な事になってしまう前に頑張らなくてはと思う。 「‥‥とりあえず、師匠より弱いとうれしいなぁ‥‥」 気負う尚衛に並ぶ湧輝に緊張の様子はなくて、アヤカシより怖いものを思い出して「縁起でもない」などと身震いしていた。 「師匠、ですか‥‥」 幼い頃より学問に打ち込んできた尚衛の脳裏に浮かぶ恩師は、人か書物か。 自分が学問に打ち込んできたように、学べる幸せに喜びを見出す子供もいるだろう。ささやかな生活を、アヤカシ如きに打ち壊させてはならない。今食い止められるのは自分達なのだ。 草叢に入り、拳大の石を拾って懐に入れながら、紫堂(ib4616)は自然体で敵を待つ。初依頼だが必要以上に気負うつもりはなかった。寧ろちょっと面倒くさく思ったのは内緒だ。 「皆さんが懸命に育てた稲の収穫を狙うとは許せません」 共に、接近したアヤカシを引き付ける役を担う長谷部円秀 (ib4529)も気負うでもなく戦いの刻を待っている――が、呟いた言葉に冷静な彼の内なる激しさが伺えた。 そうなのだ。面倒だとは思ったが、見過ごす事ができなかった。 収穫間際の稲、人々の暮らし。守らなければならないのはどこの地でも同じで、故郷の村を守ると思えば仕事としちゃ悪くない。だから紫堂は今、ここにいる。 ――と、大地が、揺れた。 「まさに物語に出てきそうな怪物だねぇ。あの大きさの百足は気持ち悪いわ」 懐の小石を探り、紫堂が飄々と顔をしかめて見せる。相棒の余裕ある表情に苦笑で返し、円秀は「行きますよ」紫堂を促し、駆けた。 「アヤカシの注意は私がひきつけるので隙をついてください」 湧輝を残し、二人が走る。 突然動き出した生物に、大百足が反応した。移動の速さとは別の、得物を狙う俊敏さで二人を追ってくる。 「まだ捕まらねえよ、っと!」 大声を上げ、脚のひとつを交わした紫堂が百足の頭部へ向けて小石を投げた。小石ひとつの衝撃は然して傷にはならないものの注意を引くには充分で、百足は挑発した人間に顔を向ける。 「虫の顔は間近で見たいもんじゃないが、こうでかいとなぁ」 うげぇと顔を歪める紫堂、挑発と取ったか百足は紫堂を追い始める。負けじと円秀が投げた十字手裏剣が百足の節に食い込んだ。 「こちらですよ」 上手く引き付け、街道へと誘導する。陣形を整えた仲間達が待ち構えている。 ●大百足 山に現れたソレは、木々を削り、じゃりじゃりと耳障りな音を立てて里へ降りてくる。 「さすがに大きゅうござりますな‥‥」 大百足に息を呑んだ寿々丸は瑠璃丸を一目見て、養兄の近くに就く。瑠璃丸は怯えた様子もなく気丈に紅雅の手を離すと着物の端を握り締めていた。 大丈夫、約束通り大人しくしている。後は守り通すだけだ。尚衛は小さく頷いて、杖を握り締めた。 「まあ、気楽に行こうぜ‥‥肩の力を抜けよ」 まだ少し緊張が伺える尚衛の両肩をぽふりと叩き、巴渓(ia1334)が前に出る。草叢で待ち構えていた仲間達が、大百足を引き寄せて近付いて来ていた。 紫堂と円秀に先導された大百足を開拓者達が取り囲んだ。 「ほら、前ばかり見てたらこっちから攻撃されちゃうよ。節なら少しは斬れるかな?」 不意打ち気味に湧輝が刀を振るった。攻撃に翻弄され余所見をしている大百足に尚衛が冷気を浴びせ、その動きを鈍らせ後退する。一度深々と胴部の節へと刃を食い込ませた湧輝は、二太刀目で傷の位置に再び刀を叩き込んだ。 「まぁ、一本二本斬っても平気だろうけどね」 暢気に言いつつも二度目で胴部を断ち切った。切断された胴の一部は、本体から離れて尚ぎちぎちと音を立てて動いていたが、やがて徐々に瘴気へと還っていった。 後衛を護るように琥珀が動き百足から力を奪い、円秀の攻撃に合わせて渓が百足の頭部を殴り付けた。円錐形の刀身を持つ短剣に炎を纏わせ、円秀が前へ踏み出す。 「相手が何であれ、叩き斬って見せましょう」 紅の炎を纏い殺傷力を更に高めた短剣を、地に叩き付けられた頭部へと突き立てる。体重かけて身体ごとぶつけた刃は百足に深々と突き刺さり、円秀の重さを乗せて押さえつけられた格好になった大百足は逆立ち様に胴をくねらせた。 「大人しく致せ!」 胴部で円秀を叩こうと暴れる大百足を寿々丸の式が抑えつける。幾体かは跳ね飛ばされたものの、小さな式は胴部にぶら下がり懸命に組み付いている。 「逃がすわけには行かないんだ。ここであったが運のつき…おとなしく死んでくださいなっと」 「村に降りられては困るのです。倒します!」 「当然、負ける気はありません。通しませんよ。ここでとどめを刺します!」 一斉に攻撃を仕掛け畳み掛ける。次第に大百足の動きが鈍くなってきた。押さえに徹していた寿々丸も攻撃に転じ、アヤカシを切り刻む。 紅雅の着物を握り締め、瑠璃丸が固唾を呑んで見守っている。不安にさせないよう声には出さなかったが、紅雅は仲間の様子が気に掛かっていた。 (「囮の際、もしや‥‥」) 紫堂を見る。相変わらず飄々と、のびのびと剣を振るっている紫堂の動きが止まった。 ほぼ形だけを残した大百足を真っ二つに両断するや、紫堂は大見得を切った。 「我が剣に斬れぬものなし‥‥ってな」 にや、と笑って紫堂はそのまま崩折れた―― ●勇者は目の前に 「皆、無事ですか」 霧散してゆくアヤカシを見届け、円秀が言った。 酷い状態の者はおらず、その場での治療で足りそうだ。琥珀の小さな身体に支えられた紫堂は、どうやら知らぬうちに大百足に噛まれていたらしい。周囲は勿論、本人すた気付かず戦い続けていたのだった。 「大兄様、瑠璃丸殿、ご無事でござりまするか」 「寿々も無事ですね」 寄ってきた寿々丸の安否を確認し、紅雅は安堵する。すっかりしわくちゃになった着物の端をを離し、瑠璃丸が開拓者達を迎えた。 「寿々丸、格好良かったぞ!」 偉そうな六歳に褒められた寿々丸は養兄を見上げ「本当?」尋ねる。自分の事のように嬉しげに、紅雅は頷いた。 「自信は持てたか」 「ん、なかなかの動きだったけど‥‥何とかなったね」 渓に問われた湧輝は、血振りした刀を懐紙で拭い「こういう敵ばっかりなら苦労しないんだろうね」と言い添える。 戦っている時は必死で、虫が苦手な事は意識しなかった気がする。倒せて良かったですと尚衛は微笑んだ。 「若様、俺達はどんな感じに見えた?」 紅雅に解毒を施されながら、紫堂が問うた。 囮となって誘導した際に知らず噛まれていたらしいのだが、周囲は勿論、本人すら気付いていなかったらしい。 「すごいな、皆は強いな!」 程よく力の抜けた感じで気さくに尋ねると、大百足と戦った面々を見回して、瑠璃丸は紅潮して言った。 約束を守った幼子の頭を撫でて、琥珀が瑠璃丸に尋ねてみる。 「勇者と俺達、どっちがカッコよかった?」 「皆じゃ!」 即答する瑠璃丸に、琥珀は笑顔で「頑張れば俺達より強くなれるぞ、頑張れよ」そう言ったのだった。 |