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■オープニング本文 もう‥‥どうなっても、いい‥‥ あたしみたいな‥‥こんな厄介者、姿を消しても誰も泣きやしないんだから―― ●行方不明 北面から訪れた依頼人は、村娘の失踪を係に告げた。 「気ィの強いコでな、いつも村で孤立してましてん‥‥」 苛烈な性格と物言いで、つい先日も同年代の少年少女と派手な喧嘩をやらかしたらしい。 原因は娘が想いを寄せる青年。彼の妹に嘘吐き呼ばわりされて口論となったのだが、周囲は妹の味方で更に泥沼化。四面楚歌の中、温和な青年がどちらにも付かずに口出ししないのを悪い方向へ解釈してしまって、一人思い詰めた様子で村外れへ向かって歩いているのを、何人かが目撃している。 「一人になりたい時は、村外れでいじけてたみたいや」 子供の喧嘩に大人が口出しするのもと、目撃した者たちは静かに見送ったのだが‥‥ 何時まで経っても娘は戻って来ない。さすがに見送った大人たちも心配し始めた。 「村外れを少し離れた所に魔の森がありますのや」 普段は娘が其処まで行かない事を、村人たちは知っていた。だから近場で頭を冷やしてすぐに戻ってくるものと高を括っていたのだ。 勿論、村人たちは即近辺を捜索した。気晴らしになりそうな場所から忍び泣きに適した場所まで、くまなく捜した。だが娘は見つからなかった。 「残る場所は、魔の森――と、そういう事ですのや」 ●晴樹 更に依頼人から捜索対象の詳細を訊ねる。 娘の名は晴樹(はるき)十七歳。元々村の者ではない。十歳の頃に母親と村へ辿り着いた余所者だ。 里を追われ長旅をしていた母親は衰弱しており、村に着いた直後に死亡した。行く宛のなかった晴樹は村で交互に育てる事となり、以降七年間、晴樹は家々を盥回しにされつつ、養われている家の雑事を手伝いながら生きてきた。天涯孤独の娘であった。 「それで‥‥何故晴樹さんは嘘吐きと言われたのです?」 行方不明になるほどに傷付いたというのは、余程の事なのではないか‥‥ふと気になった係は尋ねてみる。 「魔の森の外でアヤカシを見た、言うたらしいんや」 晴樹と青年はかねてより文の遣り取りをしていたらしい。日々の雑感のような‥‥親密な交換日記のようなものだったのだが。 最近形成されたばかりの魔の森の外でアヤカシを見かけた晴樹は、最も信頼する青年へ知らせた。青年は現村長の弟であり村の重鎮である。 しかし――知らせる方法が悪かったのだ。 普段使っている文を用いた。不在と言われ、妹に文を託した。 なのに妹は知らないと言う。嘘吐き呼ばわりされ、知らせたはずの青年にも黙られて、晴樹は行き場を失ったのだ。 「残る場所にはアヤカシが居るやもしれまへん。どうかよろしゅうお頼み申します」 アヤカシが居るなら急いだ方がいいだろう――晴樹が接触する前に。 |
■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038)
24歳・男・サ
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
周藤・雫(ia0685)
17歳・女・志
虚祁 祀(ia0870)
17歳・女・志
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
錐丸(ia2150)
21歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●認定 「今回の騒動‥‥一番悪いの、お前な?」 八十神蔵人(ia1422)に認定されて、村長の実弟である青年は目をぱちくりさせた。戻ったら覚悟せいと言い置いて、手早く捜索準備を始めた蔵人と青年を見比べて、虚祁祀(ia0870)は不思議に思った。 (「なんで何も言ってあげなかったんだろう?‥‥妹が、もっと激昂するだろうから、黙ってたとか?」) 祀の視線は、もう一人の関係者を探す。 燃え尽きた松明を手に消沈の面持ちの者、入れ替わりに飛び出してゆく者。開拓者に依頼したという事もあって、広場に集まっているのは捜索に加わらない野次馬も混じっているようだが、あの固まっている歳若い集団の中に妹が混ざっているのだろうか。 「行きましょう。晴樹さんがアヤカシと出会う前に、何とかしないと‥‥」 周藤・雫(ia0685)が仲間を促した。此度の捜索は二手に分かれて行う。手短に捜索に必要な情報を尋ね終えた恵皇(ia0150)が、朝比奈空(ia0086)に先行すると告げ、先に準備の整った四名が森へと姿を消した。 おお怖い怖いと揶揄して少年少女の集団をちらりと見遣り、小野咬竜(ia0038)は鷲尾天斗(ia0371)と共にアヤカシをおびき寄せる餌を求める。やがて売り手を見つけた天斗は、鶏を一羽買い取ると手早く始末し己が槍に吊り下げた。 手桶に水を汲んできた錐丸(ia2150)はいまだ呆然としている青年を見つめた。 (「居なくなって初めて気づくんだ‥‥嬢ちゃんを独りにさせたって過ちも、アヤカシが居たってことも」) 今なら間に合う。 錐丸は仲間に出立を促す。急ぎましょうと空が応じた。 天斗が下げる鶏からぽたりぽたりと血が落ちる。それを己が身や道具に塗り血の匂いを漂わせた咬竜は、まこと鬼の如き迫力よと恐れる村人達を前に、悪戯っ子のようにニヤリと笑ってみせた。 ●霧 雫の掲げる松明が無を照らす。 新たに生まれたばかりの死の静寂にあって、四名はアヤカシを探すべく生命の輝きを協調した。 「傷の深さに比べて血が目立つと思うから‥‥」 周囲を制して、祀は自らの頬に浅め傷を付けた。手足にしなかったのは後の戦闘を考えての事。顔だけに仲間は心配したが、痕が残る事はなさそうだ。 「蔵人、何をやっている?」 はびこる蔦を切り落としていた恵皇が、手にした松明で昼飯の干し肉を炙っている蔵人に問うた。美味そうな匂いが漂い始める。 「こう‥‥匂いで‥‥」 件のアヤカシに嗅覚があるのかどうかは疑問に感じてはいけないらしい。 (「代わりに晴樹が出て来たら、それはそれで‥‥ある意味、哀しいな」) 晴樹が迷い込んでかなりの時間が経っている。腹が減っているのではなかろうか‥‥そんな事を考えながら蔵人が程よく焼けた肉を口に放り込んだ――その時。 「何かいる‥‥そこね」 立ち止まった雫の姿に、思わず肉を噛まずに飲み込んだ。気配を感じた雫はすかさず心眼を発動する。 何か、いる。祀が目で合図した。 恵皇が進み松明を掲げた。寄ってきたのは――霧状のモノ。晴樹が見たというアヤカシに違いない。 「ほんまにアヤカシ出てきよったで!」 わしの焼肉効果かなーなどと嘯きつつ。視線鋭く蔵人は長槍を構えた。 一方―― 「面倒だから、さっさと見つけて帰ろうかねぇ」 血の滴る長槍を担いだ天斗、口では気のない素振りだが五感は真剣だ。自分達以外の気配を逃すまいと感覚を研ぎ澄ます。アヤカシが出てくればよし、晴樹が先にアヤカシと出会ってしまうのだけが心配だ。 アヤカシに退路を塞がれた晴樹、アヤカシの魔の手が伸びる――すかさずダッシュし彼女を抱きかかえ前転して攻撃をかわす天斗!驚く晴樹を腕に囲ってニヒルに『よう、子犬ちゃん。面倒かけやがって』――完。 「何かいるのか?」 地面に水を撒き、泥濘化させつつ進んでいた錐丸が、真剣に考え込んでいる天斗の顔を見上げた。我に返った天斗は瘴索結界を張った空へと目を移す。 「こちらの方向に、瘴気が」 此度同行の仲間に陰陽師はいない。反応するはアヤカシか形成前の瘴気という事。この地の魔の森は形成されて間もないと聞く、頻発はできないが探索方向の目安になった。 声を出し、物音を立て、血と負の気配を漂わせて一行は進む。瘴気を辿って進むにつれて、他の者にもそれとわかる鍔鳴りの音が聞こえて来た。 「木々から光が漏れています‥‥急ぎましょう、周藤さん達がアヤカシと戦っています」 皆、一斉に駆け出した。 雫の刀が霧を分断した。僅かに黒いモノが覗く。目のような、あれが本体か。 「手ごたえが感じられない‥‥本当に斬れてるの?」 「大丈夫、矢はかすったから、必ず倒せる!」 精霊剣を弓に付加しながら祀が鼓舞した。霧が払えぬかと蔵人が獲物に炎を纏わせる間に、恵皇は霧に飛び込み強かに拳を打ちつける。 「よう、待たせたな」 飄々と戦いに加わった天斗は次の瞬間戦士の本性をあらわにした。 「攻め鷲の槍、とくと味わえ!」 「散れ!」 風車のように得物を回転させた錐丸が霧をなぎ払う。余裕の面持ちで紫煙を吐き出した咬竜は、同じく鬼を名乗る男へ不敵に言った。 「錐丸よ。俺も赤鬼を名乗る以上は、貴様に見せておこうぞ。これが‥‥鬼のいくさじゃあ!」 言いざま、咆哮を挙げる。戦局が動いた。 大振りに霧をぶった切った咬竜は返しで樹をなぎ倒した。避けた霧は樹を避けるように移動する。 「そら、そっちではない。こっちじゃ、来い木っ端めが!」 咬竜の巧みな誘導であった。一見、派手な空振りに見せておいて自在に敵を操る。霧は着実に囲い込まれている。 「ちッ、一瞬やな」 霧の中に隠された目は霧を払ってもすぐに隠れてしまう。ゆらゆらと漂うアヤカシに苛々が募るものの、地道に攻撃を積み重ねていった。 「ここを攻撃されたらどうですか?」 蔵人の払いで霧が途切れた一瞬、素早い足捌きで近付いた雫が、目に向かって鋭い突きを放つ。 空の癒しに後押しされて、焔鬼に負けじと錐丸は得物を振り回した。 「この『纏朧隻鬼』半端な覚悟は決めちゃいねェ!」 幼少より鬼と呼ばれ恐れられて来た。だが人に害するモノだけが鬼ではない。 アヤカシに鬼がいるならば、この隻鬼が喰ろうてやろう。錐丸の一撃で遂にアヤカシは地に伏した。 ●娘 「晴樹より先に見つけられて良かったな」 一般人の娘連れでアヤカシに対峙する事を懸念していた恵皇が、捜索の仕切り直しだなと続けた。一同頷き再び別れて捜索を続行する。 「兄貴、ここ見てくれ」 錐丸が地を示す。数刻前に彼が作った泥濘だ。踏みしめた後が残っている。 「もう、ここにはいないようだが‥‥」 「通ったってェ事か‥‥」 辿れるだけ辿ってみよう。数刻前に晴樹が無事だったという事は解ったのだ。 錐丸は額の布を解いた。隻鬼の由来となった瞳が現れたのも構わず、それを紐代わりに岩清水の瓶を木に括りつけた。晴樹に生きる意志があるなら手に取るだろう。 「名前呼んでも、意固地になって出てこないかも」 祀の呟きに、それも一理と恵皇は木々に目印を付けてゆく方法を取った。 「皆が心配している、というのが伝わればいいな」 依頼がなければ自分達は此処にはいない。依頼を出した者がいる事、心配している者がいる事を晴樹に気付いて欲しかった。 「それにしても、村長の弟さんも何考えてるんだろう」 「そうそう、そもそもアヤカシが出たなんて嘘吐いても、誰も得せえへん事くらい分るやろにな」 身内に甘いのではと、急に青年の悪口を言い始めた祀の顔を雫はじっと見つめた。蔵人と青年の事を悪し様に言う祀は何かを気にしているようだが‥‥? 「あれはヘタレや。わしが認定する」 「あの人はヘタレじゃない!!」 気の強そうな娘が藪から飛び出してきた。 「晴樹‥‥か?」 村で娘の特徴を聞いていた恵皇が確認した。確かに勝気そうな娘だ。 「あの人は優しい人なんだ!あたしみたいな厄介者にも優しくしてくれて‥‥誰にでも‥‥優しい人‥‥なんだ‥‥」 言葉尻が小さくなってゆく晴樹に恵皇は食料を与えて落ち着けと嗜めた。空が静かに諭す。 「厄介者‥‥貴女は自分の事をそう思っているようですが‥‥なら、私達がここにいる意味を理解できますか?」 村の者ではない複数の若者達。おそらく開拓者だろう面々を見渡した晴樹は咬竜と目が合った。 「顔を背けず前を見ろ。きっとそいつは今までお前が避けてきた物じゃろうが、これからはきちんとせにゃいかん事のはずだ」 「泣いて喚いて噛み付いて、お前の生きる世界を変えてみろ。そうすりゃ良い事もあるさね」 天斗が引き取った。お前が生きる世界に帰るんだ、と。 「文を交わしていた青年は、あなたを嘘吐きと言いましたか?」 晴樹が落ち着いた頃を見計らって、雫が静かに切り出した。否と首を振る晴樹に雫は、どちらも大切に思っていたからこそどちらの言葉も疑う事ができなかったのではと続けた。 「それと、妹さんの事‥‥許してあげてくださいね」 お兄さんを貴女に取られると思って意地悪したのかもしれません。雫の話を晴樹は硬い表情で聞いていた。 晴樹を伴い村に戻った一同を、村人達は喜んで迎えた。 厄介者だと思い込んでいた天涯孤独の娘の心に凝る闇はまだ完全には溶けないかもしれないけれど、時が互いのすれ違いを解決するだろう。 だけど、最後にひとつだけ――開拓者が関わった事を記しておこう。 「妹も晴樹も、両方とも可愛いからどっちの味方もできずに黙ってたな?」 蔵人にびしっと指を突きつけられて、青年はぐ、と詰まった。 彼は確かに晴樹の文を受け取っていないのだが、晴樹が嘘を吐く娘でない事も判っていた。妹が我侭で自分に依存している事も知っている。 嘘だとも言えない変わりに本当だとも言えなかった優柔不断の青年に、蔵人はあっさり宣告した。 「よってヘタレ、お前が悪い」 言葉を詰まらせる青年の後ろで無礼なと息巻いている妹と、硬い表情で成り行きを見守っている晴樹、集まっている村人達を見渡して蔵人は、日和見した青年が悪いと断じる。 「ヘタレ、女二人いつまでも飼い殺すな、この場ではっきりせい!どっち選ぶんや!?どっちと祝言挙げるんや!?」 蔵人の煽りにすっかりその気になった妹は青年にしがみつく。顔を真っ赤にさせた晴樹をけしかけて、蔵人は決めるまで神楽には帰らぬと豪快に笑ったのだった。 |