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■オープニング本文 人里離れた山奥の、草を踏み分け出た先は、一面、紅葉の彩にしき―― ●龍田の川で出逢った人は 誰かを待っているようだった。 人はおろか鹿も通わぬ山奥にそぐわぬ狩衣姿の人物は、少年を脱し青年になりかけた辺りの年頃だろうか。いまだ頼りない様子がやや残る、優美な姿で川辺に佇んでいた。 「おや‥‥こんな所で人に会おうとは」 驚きの色を浮かべ、待ち人ではない事に微かに落胆の色も交えた青年は、草木を掻き分けて現れた相客を川辺へと誘った。 秋を迎えた山の木々は赤や黄色に色づき、川面を染めていた。 映りこんだ紅葉、落葉した紅葉――折り重なった葉が織り成す文様は、自然が作り出した錦の織物のようだ。 今この時限りの芸術を独り占めするつもりはないのだろう。青年は相客達に場所を譲ると、再び人待ち顔で佇んでいる。 誰か、待ち人があるようだった。 やがて、場にいる者に名を問われた青年は、暫し考えこう答えた。 「我の名は――そうだな、ちくわと名乗ろうか」 |
■参加者一覧
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
レートフェティ(ib0123)
19歳・女・吟
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
レジーナ・シュタイネル(ib3707)
19歳・女・泰
ロゼオ・シンフォニー(ib4067)
17歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●君は誰 妻と行く紅葉狩りの下見のはずだった。駿龍で空を駆けて来たはず‥‥なのだが。 「ネイトって結構男前やったんやな‥‥」 目の前の青年は如何みても己が乗ってきた駿龍だった。姿は違えどそうとしか言えない感覚にジルベール(ia9952)は順応し始めていた。 短めの髪は龍の鱗を思わせる榛色、自身と同じくらいの高さにある青みが買った灰色の瞳を見つめ、ジルベールは確信した。やっぱりコイツはネイトや。 「ジル‥‥見すぎだ」 ――お、喋った。 とりあえず自分の口調とは違うねんなとジルベールは妙な所に感心して、ほな行こかと青年を誘う。返事もせず先に歩き出すネイトに、そういやコイツは機嫌悪い時たまにシカトするよなと苦笑すると、ジルベールは慌ててネイトを追いかけた。 赤の髪に金の瞳、山の紅葉が変化したかのような男性がロゼオ・シンフォニー(ib4067)を見下ろしていた。 男性の髪は伸ばしっ放しのぼさぼさで、深く走った傷跡が右目を隠す。荒々しいその姿は畏怖を呼び起こしたが、それ以上にロゼオは目の前の男に魅せられていた。 「凄い、綺麗な赤‥‥」 自然にまかせて波打つ髪、激しさと厳しさを感じさせる瞳‥‥自分にはないものを見出して、ロゼオは吸い込まれるように見つめている。 「どうした‥‥」 低く、落ち着いた声。 聞きなれた声にロゼオがはっと目を逸らすと、人の形をとった炎龍のファイアスは「行くぞ」獣人の弟を連れて山の頂を目指して歩き始めた。 いつだったか、こんな経験をしたような気がする。 御陰桜(ib0271)は忍犬の桃を連れて山に入っていたはずだった。 「桃〜♪紅葉がすっごく綺麗だしこの辺でお昼にシましょ♪」 「はい、桜様」 あそこの川辺がイイかしら?などと、うきうき場所を選んでいた桜だったが‥‥ ――ん??? 「桃、あんた今喋った?」 まさかねと振り返ると、やっぱりそう。 きょとんとしている忍びの娘は首筋に桃花の痣。桜よりも頭ひとつ小さくて発展途上の体つき、肩口で切り揃えた黒髪が美しい少女は、黒目をくりくりさせてきょとんとしている。 「え?」 「ナニコレ、桃、ヒトになってる〜♪」 桜に疑いはなく、ただ楽しい事を堪能するだけ。そう、いつものように。 忍犬にするのと同じようにもふもふされて、桃は真っ赤になって身を捩った。 現れたのは人形のような少女。誰かに似た、懐かしい人の姿。 「まあ‥‥」 思わず声を漏らした深山千草(ia0889)は、甲龍の寿々音だった少女に不躾を詫びた。 「‥‥ごめんなさいね、懐かしい人に、似ていたものだから」 「あたしは、千草が喜んでくれたら、嬉しいの。その子のつもりで過ごしましょうか?」 黒髪を揺らして小首を傾げる寿々音は本当によく似ていて。けれど唇から紡ぎ出す声と真珠の肌はまさしく寿々音に違いなくて。 良いのよ、と千草は微笑んだ。 「でも、一度だけ‥‥あの子のつもりで、抱き締めさせて頂戴ね」 静かに、愛おしさの限り――ただ一度、千草は抱き締めて「‥‥有難う」そっと身を離した。だけど寿々音はしがみ付いたままで。 「‥‥貴女がしたいように過ごしましょう。ね、甘えん坊さん」 今度は寿々音を抱き締めて、千草は紅葉映える山の奥へと進んでいった。 ふむ‥‥ちくわ殿、とな。 呟きと共に舌なめずりまでしそうな妹を、皇りょう(ia1673)の姉、蒼月は窘めた。 「食べてはいけませんよ?」 「‥‥な、何を申されるか姉上!?」 本音だだ漏れで「‥‥美味しそうなお名前だとは、思いましたけれども‥‥」ごにょごにょと言い訳するりょうである。 騒がしい姉妹だなとばかりに見つめているちくわの前で、食べ物漫才。 私は酒蒸し饅頭の方が好きですけれどもね、と蒼月。 「あ、でもこの季節なら、栗饅頭も‥‥」 「いえ、そういう問題ではなく!失礼しましたー」 ボケとツッコミ入り乱れ、最初にボケたりょうの裏拳が入った。呆気に取られているちくわに一礼し、漫才姉妹は紅葉狩りに山奥へと進んでゆく。 次に現れたのは春の陽射しを思わせる穏やかな娘、小さな少年の手を引いて――否、胸には娘とお揃いの音符の首飾りが揺れている。アルーシュ・リトナ(ib0119)の手に引かれているのは女の子、フィアールカだ。 名を問われて応えたちくわに、アルーシュは柔らかく問うた。 「‥‥何方か、お待ちですか?」 人里離れた山奥に一人寂しく待ちぼうけ。人待ち顔で佇んでいれば気掛かりにもなろうと言うものだ。 こくり、声に出さず頷いたちくわを見上げ、フィアールカはアルーシュの手をぎゅっと握って言った。 「‥‥ちくわ?呼ばないの?名前」 その名を呼べば応えてくれると信じてやまない存在。手のぬくもりがフィアールカに安心を伝えてくれる。 困ったように表情を翳らせたちくわへ、アルーシュは優しく微笑んだ。 「染まる紅葉が流れ行く先に‥‥その方が居ると良いですね‥‥」 アルーシュがフィアールカと出逢えたように。いつか巡り逢えるように。 ●燃える紅葉の下で 木の上から狐尻尾がちょろり。 やんちゃ坊主がわさわさ揺らすと、赤く染まったカエデの葉がレートフェティ(ib0123)の頭上に降って来た。 こらーと怒れば、狐の面が葉の間から顔を出す。イアリの元気振りにレートフェティは傍らで奮闘中のフェルル=グライフ(ia4572)へ「ごめんね」と振り返った。 フェルルの連れ――エインヘリャルが、頭から紅葉を被ってしまった。 しかしフェルルは寧ろ嬉々としてエインヘリャルに向かっている。 「‥‥ん?いや、俺は大丈夫だ」 人型になっているエインヘリャルは、龍用ブラシを手に迫るフェルルを不機嫌そうに拒否して、自分で葉を払いのけた。 (「確か俺は主にブラッシングして貰っていて‥‥む」) 龍だった頃の記憶が途切れている。 見渡せば、旧知の者も多そうだ。皆人の姿を取っており、そういうものなのかと何となく理解した。 木の上でけらけら笑っているイアリは相変わらず元気そうだし、アルーシュの傍にいる淡い菫色の髪の少女がフィアールカなのだろう。 川面に並んで腰掛けて、アルーシュとフィアールカは身を寄せ合って映りこむ紅葉が水面に揺れるさまを眺めていた。 (「私の姿、ちいさいね」) いつもと違う姿。背中に乗せて飛んだり、歌に合わせて振る尻尾もないけれど、今は―― 小さなフィアールカが微かに身震いしたのを、アルーシュはショールで包んでぎゅっと抱き締めた。 (「ぎゅっとして、もらうと、こころとからだ、全部があったかい‥‥」) 大好き。 きゅっとしがみついてきたフィアールカに、アルーシュは冬の装いの話。 「寒い時期になったらケープが欲しいですよね」 「本当?」 帰ったら、頑張って作ってみましょうかとアルーシュは小さな子に大きな龍の姿を映してまじまじ見つめた。 はらり、はらり、川面に葉が落ちる。紅い葉に黄色い葉。 フィアールカは降って来た葉を捕まえてアルーシュの手に乗せた。 「ね、お歌うたって?」 私、大好きなものふえたよ。アルーシュと一緒、ずっと一緒――大好き。 「ご主人!ご主人!遊ぶのね遊ぶのね!」 わんこ属性そのままにはしゃいでいる男の子。アッシュブロンドの短い髪に茶色の瞳は叢雲・暁(ia5363)のハスキー君。常のもふもふっぷりはないけれど、人の形を取っても性格に変わりはないらしい。愛玩犬の訓練ついでに忍犬の修行も受けたという経歴の持ち主だけに、平常時は徹底的に愛玩犬だ。 マフラー靡かせ派手な忍者装束で駆け回るハスキー君、落ち葉を蹴上げてご機嫌だ。あ、焚き火用の集めた落ち葉に突っ込んだ。 「ご主人!熱いのね!葉っぱなのに熱いのね!」 きゃんきゃん騒がしいハスキー君は暁が何をしているか判ってないみたい。暁は焼芋をしていたのだ――が。 「ご主人!遊ぶのね!」 まとわりついてねだられては仕方ない。再び焚き火に突っ込まれては芋どころではないしと、暁は少し遠くへボールを投げてやる。火の調節をして、芋を埋めたら、焼きあがるまでハスキー君の相手をしよう。 後ろに賑やかな騒ぎを背負って相変わらず川辺に佇んでいた少年に、レジーナ・シュタイネル(ib3707)は「こんにち、は」ぺこ、とお辞儀した。 (「ちくわ‥‥って、まさ、か」) ――夏に撫でさせて貰った事があるよう、な。 途端に気恥ずかしくなるレジーナである。 気持ちを切り替えるように繁る紅葉を見上げ、空との対比に息を呑む。 「見事な彩錦だ。来られて良かったな」 視線にシュロッセの髪が混じった。墨染色の髪を掻き揚げ覗き込む藍の瞳はレジーナを護る城。 「うん、すごい、ね」 背を包み込む保護者の腕に安堵する。この護りある限り自分は自然体でいられるだろう。 実年齢相応にあどけない少女に戻ったレジーナは、ひらり舞う落ち葉を追ってシュロッセの腕を飛び出してゆく。 「とれたよ、シュロッセ」 ね、見てた? にこ、とレジーナは沢山持って帰って押し葉にしたいと言う。 「今日の、想い出に‥‥とって、おきたい」 無邪気で素直で愛らしい嬢。シュロッセの胸が、微かに痛んだ。 紅葉が織り成す絨毯を踏みしめて、りょうと蒼月がゆく。 「りょうも最近働き詰めだから、たまにはゆっくりなさい?」 龍の姿時は皇の当主に仕える存在である蒼月は、今は妹を気遣う良き姉だ。りょうの髪に落ちた葉を払ってやって淑やかに微笑んでいる。 「姉上‥‥」 優しい言葉に感激するりょうだが、生真面目な性分がただの休暇すら許さない。 「いえ。まだまだ修行不足の身。皇家を再興する為にも、このような時にも心身を鍛える事を第一とし‥‥」 ――って、おい。 蒼月は、りょうの話なんて聞いちゃいなかった。 「あら、あんなところに川があるわね。水遊びなんてしちゃおうかしら?」 「お、お待ち下され、姉上〜!!」 ばしゃばしゃと川に入って、龍さながらの水浴びを始めた蒼月を止めようと我武者羅に川へ突っ込んでゆくりょう。 二人して水浸しになりながら、姉は内心思ったものだった。 (「本当に世話の焼ける子だこと。でもそこが可愛いのだけれどもね」) 「紅葉がきれいだな‥‥」 少しばかり騒がしいのはともかくとして、良い気候に佳い景色だ。 紅葉に劣らず見事な髪を風に洗わせて、ファイアスはロゼオを川辺に導いた。 「ねえ、ファイアス‥‥初めて会った時の事、覚えてる?」 彼の前でだけは敬語を使わない少年は、兄を慕う弟の眼差しで思い出を語った。 放浪の獣人だった自分を拾い助けてくれた師の事、師に与えられた『ロゼオ』の名、そして――ファイアスとの出会い。 「ああ。なんだこの子供は?‥‥と思ったな」 「酷いな、僕は一目でファイアスに惹き付けられたのに」 拗ねた様子のロゼオの頭をくしゃりと撫でて、ファイアスは「獣人と気付くまでは‥‥な」そう言って、口を噤んで目を閉じた。 右瞼の上に走る傷が痛々しい。 「‥‥痛く、ない?」 「全然。これは勲章のようなものだからな」 つい、ロゼオは指を這わせて尋ねてしまうが、ファイアスは気にする様子もない。 いつかその勲章を得た時の話も聞きたいなと、ロゼオは言ってファイアスと腕を絡ませた。歴戦の戦士はというロゼオに甘えさせるがままにして「そのうちな」短く約束の言葉を口の中で呟いた。 落ち葉をかきわければ、ほわり甘く温かい香り。 「ハスキー君、焼けたよー!」 焼芋の完成に暁が呼ぶと、ハスキー君は犬そのものの突進をかまして熱々の芋を頬張った。 「熱いのね!焼き立ては熱いのね!」 当たり前だ。暁は芋を半分に割って少し冷ましてからゆっくり齧るよう渡してやる。 この食べ方ではそのうち喉も詰まらせるのではなかろうか。だがそれもハスキー君らしいと暁は並んで芋を頬張りながら思うのだ。 姿は変われど中身は変わらず。 「桃、折角だしその姿でシてみたいコトってないの?」 昼食を済ませた桜の問いかけに、桃の反応は忍犬の時のままだった。 「あっ!手裏剣を投げてみたいです」 目を輝かせて修行の話をする桃に、桜は浮かぬ顔。 けれど、心配そうな桃に「駄目ですか?」尋ねられては修行しない訳にはいかなかった。 「コレをこう持って‥‥で、こういう風に投げる」 「えいっ!」 桜のお手本を真似て手裏剣を真似るものの、桃のは掛け声だけ一人前だ。最初はひょろひょろ飛んでいた桃の手裏剣も、やがては力の入った飛び方をするようになり―― 「やりましたよ桜様」 「桃はホントに頑張り屋さんねぇ♪」 抱き付いて来た努力家の妹分を撫でて、桜は目一杯褒めたのだった。 小さな寿々音の手と同じ大きさの紅葉、これかあれかと探すのも楽しい。何より、こうして手を繋げたのが嬉しかった。 それに、この姿だと千草をぎゅーってしても大丈夫。 千草と同じ纏め髪にして揃いの簪で留めて貰った寿々音は、大好きな人を見上げる感覚に幸せを感じていた。 いつもは背に乗せるばかりでぎゅーもできないし、千草の後頭部は見下ろせても喉元を見上げる事は滅多にないから、何だかとても新鮮だ。それに――間近でお話しできるのも。 「寿々音、手を出してみて」 差し出した手に乗せられた葉はちょうど同じ位の大きさだ。龍の時と比べられるように持って帰れれば良いのにねと千草が微笑する。 箸なんて持った事がなかったから上手く使えなくて、お弁当を千草に食べさせて貰ったのもご愛嬌。 「いつもの貴女なら、一口で食べてしまいそうなのに、おかしいわね」 ふふりと笑んで、あーんと口を開ける甘えん坊の雛鳥さんに箸を運ぶ。 お腹が一杯になって――寿々音はひとつの願いを口にした。 「千草、あのね‥‥あたしに歌をおしえて」 人の言葉で高く低く、歌を教わりながら寿々音は想いの丈を声に込める。 (「初めて褒めてくれたのが、千草だったんだよ」) 威嚇もできないと言われていた己の声。褒めて貰ってどれだけ嬉しかった事か。 人の姿は仮初のもの、龍に戻れば言の葉も旋律も忘れてしまうかもしれない‥‥けれど。 (「たとえ忘れても‥‥あたしの魂が、唄うわ」) あなたが教えてくれた、この歌を―― 「ほら、どんどん食いや。美味いか?」 「美味いで‥‥っ、美味い、ぞ」 ジルベールの口調が伝染ったネイトは慌てて言い直した。わざと語尾を強める辺り、少々恥ずかしかったらしい。 「ほな、俺の分も食べ。いっつも生肉ばっかし食べさせてるし」 愛妻弁当を惜しげもなく分け与えるジルベールの目が優しい。ちくわにも手招きしてチーズ入り竹輪のお裾分けして、待ち人が現れないか遠くを見遣りつつ、ジルベールは想いを語り始めた。 「ネイトな、故郷に残して来た愛馬と同じ名前付けたんや」 ふと食べる手を止めて耳を傾けるネイト。 大好きだった、と語るジルベールの表情は優しくて懐かしさに溢れている。視線に気付いたジルベールは「でもネイトを代わりやなんて思ってへんで」と微笑んで、真顔になった。 「‥‥いや、ホンマは会って暫くはそんな風に思ってたかもしれん。けど何度も一緒に死線を潜ってきて、何時の間にかそんな気持ちは吹き飛んでた」 天儀に渡って以来、何度となく一緒に依頼を遂行し生死を共にしてきた――戦友。誰の代わりでもない、ジルベールの相棒だった。 「ネイトのお陰で俺は生きてて、こうして美味い弁当が食える」 おおきにな。 改まって礼を言われて、ネイトは言葉を詰まらせた。ジルベールは同背格好の青年に笑いかけ、龍にするように撫でている。 「な、俺の相方になって後悔してへんか?俺はネイトに会えて良かったわ」 夢が醒めても忘れない。 いつもは空を映して青く見える灰の瞳が、今日は紅葉で真っ赤に染まっていた事を。 「ん‥‥おなか、いっぱい‥‥」 シュロッセに凭れ掛かって、食事を終えたレジーナはうとうとし始めた。 握り飯で腹を満たした事もあろうが、シュロッセが紅葉を肴に呑んでいた天儀酒も少し入っている。酔いも回っているらしかった。 「ん、眠いの?風邪をひ‥‥」 返事は、ない。 仕方のない子だねとシュロッセは上着を脱いで掛けてやった。 眠っている顔も実年齢相応にあどけないものだ。 (「‥‥ねぇ、私の眠り姫」) 優しく白銀の髪を撫でて語りかける。 君は知らないだろうけど、今大事に持っている捕まえた葉も、ここでの思い出も――おそらくは、もうすぐ消えてしまうんだ。 このひとときは儚い夢でしかないのだから。 愛しい眠り姫の姿を覚えておかんと、シュロッセはレジーナの頬に触れた。 (「それでも‥‥記憶が、消えても‥‥今の、この形のない想いだけは、残るのだろうよ」) 姿変わりて記憶を無くそうとも、我、君の傍にあらん―― |