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■オープニング本文 何の因果か、この身は陰殻に生まれ落ちた者―― 昨日の友は今日の敵、殺した友は数知れず。今日を生き延び、明日は我が身の生き地獄。 ● 陰殻国・名張の里。 長たる頭領の猿幽斎に呼び出されたあなたは、隠しきれぬ緊張を伏せた身に圧し留めていた。 「よう来たのう」 好々爺といった様子であなたに声を掛けてくる猿幽斎翁は、あなたが生まれるよりずっと前から生き延びて来たシノビだ。同年代のシノビが残っておらぬがゆえに翁の実際の年齢は不明だが、一説には百歳を越えたとも言われているにも関わらず未だ現役のシノビとして頂点に立っている熟練の存在だった。何気ない声ひとつにも裏があるように思えて、あなたの緊張は高まるばかりである。 「主を呼んだのはの、次期頭領にと思うての事じゃ」 次期頭領。なれば翁は名張の長を降りるというのか。 あなたは次の言葉を待った。 先を急がぬあなたの慎重さに翁は「それでええ」含んだ物の言い方をして、続けた。 「候補はの、主以外にも居る。全て――殺せ」 ※このシナリオはハロウィンドリーム・シナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。 |
■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072)
25歳・女・陰
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
真珠朗(ia3553)
27歳・男・泰
仇湖・魚慈(ia4810)
28歳・男・騎
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
紫焔 鹿之助(ib0888)
16歳・男・志 |
■リプレイ本文 ――全て、殺せ。 己以外の者、全てが敵と思え。 ●余戦 長の話が終わるや否や、座していたシノビが駆けた。 「目の前に出されている『最強』のご馳走‥‥いただかずに他を喰い散らかすなんてのは、趣味じゃないんすよ」 猿幽斎目指して一気に距離を詰める。口調は常のまま乱れもなく、真珠朗(ia3553)は一族の長に牙を剥いた――が。 「ま、待って〜!」 目の前の猿幽斎が、女の子の声で叫んで顔を剥いだ。現れた顔はペケ(ia5365)。 軽く舌打ちした真珠朗の耳に、何処からか猿幽斎の声だけが聞こえて来た。 『ふぇっふぇ‥‥惜しかったのう。儂の命が欲しくば、追って来るがええ――』 ●羨望 殺るならあいつだと決めていた。 何故かは解らないが、狙うならあいつだと思ったんだ。 ふらりと紫焔鹿之助(ib0888)は水鏡絵梨乃(ia0191)の前に姿を現した。 「しょうがねぇよなぁ‥‥ヤらなきゃいけねぇってんだ。俺を恨むなよ」 「ああ、そういう事なんだね」 嫌々ながらのような言葉とは裏腹に、声には愉しげな響きを滲ませる鹿之助。瞳に偏執的な光を宿し、懐に収めた腕を僅かに動かした。 ひゅん‥‥っ。 瞬間、絵梨乃に向かって黒い蔓が走った。 「‥‥おぉっと」 鼻先を掠めた鞭状のものをかわし、絵梨乃は鹿之助に向き直る。 ち、と舌打ちした鹿之助本人に動きはない。微かに指先を繰り二撃目を走らせる――絵梨乃の足元を狙ったそれは代わりに酒瓶を砕いていった。 「勿体無いな、まだ残ってたんだぞ」 あくまで普段通りの様子で文句を言う絵梨乃だが、きつく睨みつける目付きは本気だ。ち、と舌打ちした鹿之助の手元に得物が戻った。 「愉しみだったんだがなぁ、黒弦がお前の首に絡みつくのを‥‥さ。ま、そう簡単にはヤられてくれねぇか」 上等だ、と鹿之助は背に負うた大鉈に手を掛けた。 先程とは打って変わった動の攻撃に転じた鹿之助が、大鉈を構えて踏み込んだ。絵梨乃は素早さで勝る。力任せの一撃を避けようとして、辛うじて受け流したものの無傷ではいられず大きくよろめいた。 絵梨乃は体術を使う候補者である。言い換えれば我が身が得物であり鎧のシノビだ。身体の動きを封じてしまえば此方のものだ。 「お前を倒して、俺は手前ぇの力、証明してやる‥‥!!」 酩酊状態の絵梨乃は畏るるに足りぬ相手であったか。一気に畳みかけんと、鹿之助は黒弦に炎を纏わせ再び絵梨乃へ放った。 しかし、それが鹿之助の油断かつ誤算であった。 「‥‥ぐっ、はぁ‥‥っ」 断末魔の呻きを上げたのは鹿之助の方であった。拳士の拳が深々と彼の腹を抉る。 絵梨乃は黒弦を避けると、肉薄した鹿之助に拳を繰り出した。 酒に酔ったかの動きを見せる体術が存在する。酔拳と呼ばれる事もあるその体術は先読みできない動きが特徴、絵梨乃はその遣い手であった。大きくよろけた絵梨乃だが、見た目ほど衝撃を受けた訳ではなかったのだ。 「畜生、ここまでか‥‥空が妙に青いなぁ‥‥」 薄れゆく意識の中、鹿之助は己の感情に気付く。 やっと解った‥‥俺は‥‥自然体のあいつに嫉妬してたんだ―― ●活殺自在 頂点に立つ器ではないと思う。己の仕事振り、生存率を鑑みても、中堅でこそあれ頭領にはなれぬ自覚があった。 選出された事自体が根も葉もない噂であっても不思議はないとさえ思っていた。 暗殺系をはじめ危険な仕事を多くこなしている中堅シノビ、仇湖・魚慈(ia4810)は、候補者一覧に目を通した。 どうせ生き残る事叶わぬならば、せめて心残りをなくして逝きたかった。 (「できれば死ぬ前に‥‥」) あの忍法を体得してから逝きたいものよと、候補者の内で最も頭領に近い位置に居る者へと狙いを定めたのだ。 探し人は見晴らしの良い山腹に居た。 「あぁ、俺ぇと手合わせするかぁい?」 魚慈の闘志に動じず、犬神・彼方(ia0218)気だるげに迎えて煙管の灰を落とした。 次期頭領の座を争う殺し合いだというのに、彼方は『手合わせ』と言う。仕事の遂行よりも闘う事に執着するシノビだとは聞いていたが、こんな時でも闘いに固執するのかと魚慈は真面目に分析した。 (「此方とて同じ、か」) 死ぬ前に体得したし忍法の為に彼方を選んだのだから。 ひっそり笑んで、魚慈は長方盾を構えた。この盾は護りの為だけにあらず、これを使いこなしての攻撃が魚慈の戦法だ。 「さて殺し合いましょうか‥‥忍法『矛盾撃』!!」 構えた盾ごと突撃し、対手の懐に入り込むが極意。超接近格闘戦の遣い手に対する彼方は十文字槍で応戦した。 人の骨など無いも同然の切れ味を誇る名槍が長方盾を弾く。槍の長さ分、彼方に分があり、魚慈に近付く事を許さない。それは常日頃、人を寄せ付けずにいる彼方の生き方にも似ていた。 「さぁて、反撃と行くかぁね。力を求めるなぁら力で‥‥ま、権力なんざぁいらねぇが、手に入れたいもんなぁらあるんでなぁ!」 「なんの、忍法『堅甲利兵』‥‥くっ!!」 長方盾を止めた槍先を捻り、魚慈の腕を返す。有り得ない方向に曲げられた魚慈の腕が悲鳴を上げた。魚慈は力を相殺せんと身を捻り受身を取ったが、次の瞬間、名槍に捕らえられていた。 「ああ、道半ばで死ぬとはこういう気分ですか‥‥」 帷子も骨もないかのように、柔いものを突き刺しているかのように。 易々と身を貫かれた魚慈の最期の言葉は、未練。 (「忍法『堅甲利兵』‥‥会得できなかったか‥‥無念」) しかし彼は微笑んでいた。 「では、お先に失礼します」 魚慈は微笑みながら――逝った。 「‥‥そこに居るんだろぉ、黯羽」 彼方が言った。名に、愛おしさを滲ませて。 最愛の女と殺し合う為だけに、彼方は生き永らえている。 ●三つ巴 『三番目に有力な候補者』を巡って、輝夜(ia1150)と九法慧介(ia2194)が争っていた。 勝者はペケとの対戦権を得られる。敗者は死すのみ。 その様子を当のペケは荒れ屋で眺めていた。 「さすが不死身のペケの異名を持つ私、人気者です」 部隊全滅の失敗依頼で唯一の生存者、しかも頻繁に生き残る伝説の不死身シノビ・ペケ、とは自称だが、ともかくペケは二人が潰し合うのを、屋根の上から高見の見物と洒落込んでいた。 (「まさか偽物だとは思わないでしょうね‥‥」) 一瞬だけ本物らしからぬ黒い笑みを浮かべた頭領候補は、実は名張とは別の里から忍び込んだ間者である。本物のペケを捕らえて成りすました偽ペケを巡って、名張のシノビ二名が殺し合いをしている――なんと愚かな争いであろうか。 (「潰し合いなさい‥‥名張流は、この私が裏から支配してあげるわ」) そんな事を腹の内で考えておりながら、偽ペケは本物ぽくオロオロと死闘を見守っている。 まさか洒落で始めた屋台の客が相手だとは。 「お前は‥‥焼きネギ屋の娘!」 「そういう御主は、いつぞやの‥‥はて、誰だったかなぁ!?」 忘れた振りして輝夜が先制した。 普段はサムライや焼きネギ屋の看板娘に扮して相手の油断を誘い屠るのが常道の輝夜、此度ばかりはそれは通用せぬと思っていたのだが‥‥縁は異なものだ。この場合、味なものかどうかは微妙だが。 輝夜に斬り付けられた慧介、少し寂しい顔をした。 俺は焼きネギの旨さを覚えているのに! 「酒が進んだな、あの焼きネギ‥‥つい呑み過ごして酒代が足りなくなって」 「ああ、あの時ツケにしたお侍か。なんと御主もシノビであったとは」 あはははは。 何とも和やかだが、これは死闘だ。一族の長を巡る殺し合いだ。会話の合間にも斬撃が飛ぶ。 遂に慧介も腹を括った。 「面倒だけど、じい様の見立てだからね‥‥‥‥参る」 一瞬にして慧介から表情が消えた。 精神集中し敵が発する気を読み解く――忍法『空木』は慧介が得意とする術だ。 読め、輝夜の気―― 「あの時のツケを払うてくれるのか?」 嗚呼。 慧介は律儀な質であった。『タダ』が嫌いで、貸しはきっちり回収し、借りは何があっても返そうとする几帳面な質であった。 ――ツケ。 この一言が、慧介の運命を変えた。 タダで死んでやる気はなかったのに。タダを嫌う姿勢が慧介の命取りとなった。 僅かな迷いを交えてしまった全力の攻撃、空木から繰り出した忍法『破霊』は、たった一言によって破られた。 「ツケを払ってから逝きたかったですよー武運をお祈りしてますよー」 微かに苦笑を滲ませて、慧介は逝った。 「‥‥さて」 くるり、振り返った輝夜が徐に着ぐるみを取り出した。着込むのを待たず、偽ペケが屋根の穴から屋内へ逃げる。逃げたというよりは誘ったという方が正しいかもしれない。輝夜は罠と知りつつ後を追った。 暫くは荒れ屋から「我は虎じゃ、虎になるのじゃ」の輝夜が暗示を掛ける声が聞こえたり、ペケの悲鳴が聞こえたりしたのだが――荒れ屋から火の手が上がった。盛大に燃える建物から出てくる者は、誰もいない。 ●死の終焉 次期頭領の座には全く興味なかった。 望むのは死闘を楽しむ事のみ、それが体術遣いの真珠朗であれば尚更楽しかろう。 木の上で古酒片手に真珠朗を待っていた絵梨乃は、刻が来たのを悟ると酒瓶の紐を手に巻きなおした。 「待ってたよ。ボクの相手をして貰うよ、真珠朗!」 手加減無しで仕掛けられる喜びに気を高ぶらせ、絵梨乃が奇襲を掛けた。素早さでは共に甲乙付け難い、絵梨乃の忍法『稲妻』を真珠朗は紙一重でかわした。 「あんたも候補に選ばれてたんですねえ。悪いけどお呼びじゃないんすよ。あたしの性分って事で許してやってくださいよ‥‥っと!」 目指すは猿の爺ィただひとり。阻む者あれば殺る。 間合いを計るまでもなく接近戦となった。互いに体術を得意とする者同士、戦闘の型も似ている。攻撃すればかわされ、かわせば隙を突かれた。仕事の経験では絵梨乃に分があったが、潜在的な力は真珠朗が経験を上回る。次第に絵梨乃は追い詰められていった。 「忍法『花』ですか‥‥いつまで続きますかねえ」 花弁を模して回避し続ける絵梨乃を煽る真珠朗。避けは絵梨乃とて本意ではない。遂に彼女は大きな賭けに出た。 「うん‥‥ボクらしくないよね。いくよ、竜!」 足技遣い絵梨乃が動いた。ひらりひらりと柔らかく動いていた姿勢から一転、雄々しい龍を思わせる壮絶な蹴りを放つ――忍法『竜』、絵梨乃の隠し玉であり最終奥義であった、が。 「終わりにしましょうや」 「なっ‥‥!?」 真珠朗が一枚上手であった。さらりと言い放ち撃ち出したのはそれまで使っていた名張流体術『地被り』、ただし竜に喰わせるように合わせた。足を掬われた足技遣いは大きく均衡を崩す。そこへニ撃目が絵梨乃を襲った。 竜を襲う白き虎――死闘が決した瞬間であった。 「‥‥そこぉに居るんだろぉ、黯羽」 魚慈を倒し、その場に佇んだまま彼方が呼んだ。姿は見えねど、覚えある煙草の香りに気付いていた。 先程まで喫煙していたのだろう、煙管に唇を触れたまま、北條黯羽(ia0072)がうっそりと姿を現した。 常ぼんやりと煙草を吹かしている黯羽が、その実、感情豊かな女である事を彼方は知っている。 「‥‥待ってたぜぇ、この刻をなぁ」 愛しさを滲ませた間延びした物言いは、どこかねっとりとした執着を感じさせた。絡みつくような彼方の視線を、何の感慨もなさげに黯羽は見遣る。 心からの本心を表さぬ女であった。抜け忍を許さず、たとえそれが合法のものであろうと多くの粛清を敢行して来た『外道の法』に属するくノ一は、情を何処かに置き忘れているかのようだった。 「全ては猿の爺様の掌の上、というのにな」 ふ、と皮肉げに息を吐けば、紫煙が空に拡散した。 いいように利用され続け、最期まで踊らされるシノビ達。笑えるじゃないか、死を賭して逝くまで踊れとは。 「候補者なんざぁ面倒くさいだけだが、お前がいるというのなぁら話は別だ‥‥さぁ殺し愛とぉいこうか!」 彼方が十文字槍を構えた。魚慈を屠った穂先は欠けも曇りもない。 黯羽は煙管の灰を落として懐に仕舞った。右手を挙げ、指を鳴らす。 「血舞桜」 挨拶代わりの桜吹雪が彼方を襲った。たまらず防御に出た隙を突いて、多くの抜け忍の自由を奪ってきた忍法『縄縛身』を繰り出す。 (「ま‥‥踊るならばシノビらしく最期まで闇の中で踊り明かそう、逝くまで‥‥喜劇という名の悲劇を」) 爺様、見ているのだろう?この顛末、せいぜい見届けるがいい。 「‥‥ちっ」 縄縛身をかわされた黯羽が舌打ちした。もとより力量差のある相手であり、今の失敗は痛かった。 しかし一撃さえ致命傷になりかねない重い攻撃を、彼方はわざと焦らすように黯羽へ撃って来る。 (「狩られているな‥‥」) 指を鳴らしつつ血舞桜で応戦する黯羽は、彼方を寄せ付けぬので精一杯だ。 じわじわと嬲るように追い詰めてゆく彼方は心底愉しそうで、残忍かつ快楽的な笑みを浮かべていた。 「愛してるぜぇ‥‥俺だけぇのにしてぇくれぇになぁ」 共に不器用な二人であった。 片や感情を表に出さず、片や他者を傍に寄せ付けぬ。そんな二人がいつしか惹かれあっていた。 「もうお前を感じられないのだとしてぇも‥‥お前がぁ欲しいんだ、黯羽」 命を欲して攻め求める彼方を、黯羽は全力で受け止めた。 両腕を広げ、無防備に見せかけた黯羽は事前行動無しで血舞桜を発動した。猛吹雪が彼方を襲う。力余って思い切り突き出した人間無骨が愛しい女に深々と突き刺さる感触に愕然とする彼方へ、黯羽は優しく囁いた。 「‥‥来世で、逢おう」 いつもより近くにいる彼方へ、最初で最後の忍法『奇重刃』を放つ。 黯羽がいない世界に生きている意味はない――既に生を諦めていた彼方には奇重刃を避けるだけの気力は残っていなかった。 「く‥‥ろ、は‥‥」 「好いていたぜ、誰よりも、な‥‥」 一瞬だけ、二人の唇が触れ合って。 煙草の香りだけを残し、二人は岩肌を堕ちて行った―― 「‥‥さて、来ましたよ御頭」 死に損なって生き延びて、唯一残りましたよと真珠朗が現れた。 依頼の報告でもするかのように。猿幽斎の命を奪う為に。 下忍に生まれ仕事はそこそこ、力量は並程度だと自覚している。何故に己が候補者に選ばれたのか、いぶかしく感じていた。 組織というものに馴染めぬ自分を隠し続けて生きてきた真珠朗にとって、頭領の座や名張の未来などどうでも良かった。ただ、泥にまみれた『生』よりは、一夜に咲いて散る華のような『死』こそ憧れる。 それこそが、真珠朗の持つ資質。 最後に残った候補者を、猿幽斎は怪しく微笑って迎えた。最期の瞬間さえ微笑っていた。 『見事‥‥じゃ』 「生まれてきたのは、あたしの責任じゃありませんが。『それから』ってのは、どうしようもなく自分の選んできた道だって話で」 ――萎びた死骸を見下ろして、真珠朗は遣る瀬無い気持ちを吐き出した。 |