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■オープニング本文 ●安須大祭 石鏡、安雲の近くにある安須神宮にて二人の国王‥‥布刀玉と香香背は賑々しい街の様子を見下ろしてはそわそわしていた。 「もうじき大祭だね」 「そうね、今年は一体何があるのかしら」 二人が言う『大祭』とは例年、この時期になると石鏡で行なわれる『安須大祭』の事を指している。 その規模はとても大きなもので石鏡全土、国が総出で取り組み盛り上げる数少ない一大行事であるからこそ、二人が覗かせる反応は至極当然でもある‥‥が。 「はしゃいでしまう気持ちは察しますが、くれぐれも自重だけお願いします」 「分かっていますよ」 だからこそ、やんわり淡々と二人へ釘を刺すのは布刀玉の側近が滝上沙耶で、苦笑いと共に彼女へ応じる布刀玉であった。人それぞれに考え方はあるもので、石鏡や朝廷の一部保守派には派手になる祭事を憂う傾向もあり、一方で、辛気臭い祭事より盛大なお祭りを望むのが民衆の人情というもの。 様々な思惑をよそに、お祭りの準備は着々と進みつつあった。 ●ぷれっしゃー 名は体を表すという言葉もあるが、名前負けという言葉もある訳で――この男の場合、どうやら後者のようだ。 子供の頃からそうだった。ここ一番の肝心要な時に限って具合が悪くなる。 その度に近所の悪ガキ連中からはヨワシ、ヨワシと囃し立てられて‥‥さすがに幼馴染達に茶化される事はなくなったけれど、未だに不調とは縁が切れないでいる。 (「ヨワシ、か‥‥」) どうにも力が籠もらない腹を抱えて、健治は自嘲した。何と皮肉な自分の名、いっそ改名したいくらいだが、今はそんな事をしている場合ではなかった。 「もふ‥‥」 心配そうに鼻面を押し当ててくるもふらさまを「心配すんな」とひと撫でして、健治は開拓者ギルドへ使いを頼んだ。 ●もふレース 安須大祭絡みで、石鏡では関連の催しが数多く催されている。 ここ、もふレースの会場もそのひとつで、健治はもふらさまの調教師だ。相棒のもふらさまの名はモフラノキセキ、このレースが初参加となる。 そして晴れの日――健治は用意された長椅子に伸びて、開拓者ギルド職員を待っていた。 使いの小僧の働きが良かったのだろう、やってきた職員は何名かの開拓者を連れて来ており、既に話も付いているようだ。 「すみません、俺‥‥いつも、こうなんです‥‥情けないですね」 長椅子から僅かに身を起こし、健治は己の不調法を詫びた。自分は体調を崩しやすい質で、殊にここぞという時に限って倒れてしまうのだと語る。 だが、今回は倒れたままではいられないのだと健治は言った。もふレースに参加したいのだと。 「俺、いや俺のもふらさまが、もふレースに出るんです。俺の代わりにアイツの‥‥モフラノキセキの、付き添いやってください」 そう言って、頭を下げた。 もふらさまの世話をできる人、というのが今回の依頼募集条件だ。 モフラノキセキが参加する、もふレースは単純にゴールを目指す競争だ。直線コースにもふらを並べて一着を予想する。 もふら達はただまっすぐ進めば良いのだが、そこは食いしん坊で怠け者の上に気分屋のもふらさま、素直にゴールを目指してくれない。調教師は誘導してゴールを目指させる。何も使わずに声だけで誘導しなければならず、調教師の腕の見せ所だ。 「誘導に餌や好物、玩具などは使ってはいけません。もふらは人の言葉を理解しますから、その気にさせて進ませます」 尤も、叱咤激励は逆効果になる場合もあるから、もふらとの常日頃の信頼関係が物を言う。 健治が自分の変わりに誘導役を開拓者に依頼したのは、開拓者の中にはもふらを朋とする者も多くいると聞いたからだった。 「俺のもふら‥‥モフラノキセキは、とにかく怠け者で気分屋です。叱ると拗ねるし褒めるといじける」 駄目じゃん、と誰か言った。 扱いが難しいもふらだが、気分が乗れば早いのだと健治は飼い主馬鹿丸出しで惚気た。そして「勝たなくてもいいんです」とも。 「お祭りに参加させてやるだけでもいいんです。俺のせいで出られなかったなんてのは可哀想だから‥‥」 宥めすかして頑張ってきた日々を思い出したか、健治が涙ぐんだ。 ともあれ――観客席からでなく選手席からレースを楽しめばそれで良さそうな依頼だった。 |
■参加者一覧
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
ルルー・コアントロー(ib3569)
18歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●ヨワシ もふレース会場の控え室で、開拓者達は依頼人と面会した。 健治は青い顔をして長椅子に横たわり、腹に拳大の物を抱えていた。どうやら焼石を布で包んだ懐炉のようだ。動き回るのは勿論、大声を出すのにも腹に力が要るから声を出すのも難儀なのだろう、僅かに半身を起こし小声で開拓者達に合図した。 「‥‥えと、腹の薬は、もう飲んだ、のかな」 半身を起こした健治に近付き目線を合わせ、屈んだ桔梗(ia0439)が気遣いつつ問うた。ええと力ない返事が戻って来たが、薬を飲んだのならいずれ落ち着くだろうけれど。 「もふ‥‥」 健治の腹から懐炉を取り上げて、モフラノキセキを添わせてやった。『外から温める』分は、きっとこの方がいい。 「ごめんな、モフラノキセキ‥‥」 「けんじ、げんきになるもふ‥‥?」 飼い主の腹にしがみつき撫でられているもふらさまは心配そうに鼻先を擦り付けて甘えている。 (「せめて一目見て応援させたい、な」) できれば健治自身に競技に参加してもらいたいものだが、競技開始までに調子を取り戻せるかどうかは定かではないから、起き上がれそうなら観戦だけでもと桔梗は願う。 巴渓(ia1334)の視線は厳しかった。 控え室に健治がいると知るや一言言ってやらんとばかりに構えている。連れて来た、もふらのおやっさんことジョーカーには競技説明と身の振り方の打ち合わせだけ済ませておいて、今日はがっつりモフラノキセキの応援に回るつもりでいた。 緊張が腸に伝わり腹を壊す。こうした体質の者自体は大して珍しくはない。問題は健治の気弱さだ。 「お前だって解っているんだろう」 慕ってくるモフラノキセキを抱えている健治に厳しい口調で問いかける。戦地と変わらぬ厳しい気配に、健治が真剣な表情を渓に向けた。 「相棒への信頼を言葉だけで済ますんじゃねえ、這ってでも相棒を応援し見届けろ」 厳しい声は腹に響くようだ。まだ大声を出すにはおぼつかない健治は無言で頷いた。目の真剣さが渓の言葉に報いようとしていた。 とは言え、もふレースは声だけでもふらをゴールに導く競技である。玩具や食物、相棒の好むものなどは一切使用できない。このまま会場で通用する声量を取れないならばモフラノキセキの調教師としては出場できない。モフラノキセキとて今は健治に甘えているが、いざ競技となるとどう動くかはモフラノキセキ次第であった。 「食い意地が張って怠け者で気分屋、あの腐り切った性根をどう叩き直すか、かが問題じゃな‥‥」 「少しは言葉を選んで下され。それに真名殿も怠け者の度合いでは‥‥いえ、何でもありませんぞ」 猫又・真名は言いたい放題だ。皇りょう(ia1673)が焦って静止するも、当の真名はお構いなしで、りょうに知恵を授けるという名目で青筋浮かべて毒舌を披露する。 「世話に関しては、本職の者の説明も聞けばお主でも何とかなるじゃろ。もふらのような手合いは、こちらが熱を上げるだけ無駄かもしれんな。敢えて特に働き掛けず、意味深な態度で好奇心を煽ってみてはどうだ?」 「意味深‥‥とは?」 戦での駆け引きならば心得がある、と頼もしいりょうだが、もふらさま一斉駆けっこの図を想像して蕩けている辺り、アテにしても良いものか‥‥まあ良いか。 そこはかとなく不安を感じつつも、真名は暢気に大欠伸で競技開催を待っている。 依頼は健治の代理でモフラノキセキの誘導役を担う事だ。それにはまず仲良くなる事から始めよう。 アーニャ・ベルマン(ia5465)の装いは何と全身もふら装備。しかも相棒のハードボイルドな猫又・ミハイルまでもふら姿だ。 「キセキさん、健治さんの知り合いのもふらのアーニャです」 「俺は‥‥もふらのミハイルだ。よろしくな」 嫌々ながらもマタタビ酒に釣られてアーニャに付き合うミハイル。ぽふぽふ、と肉球でモフラノキセキの背を叩き、その背に乗っかった。 (「結構いい手触りじゃないか」) もふら猫又、意外と居心地良さそうだ。 競技前なら飲食自由だ。アーニャは健治がモフラノキセキにしているのと近い状態にできるよう、健治に尋ねておいた好物を差し入れて柔らかく毛を撫でた。 寛ぐモフラノキセキに赤いスカーフを巻いたもふらがご挨拶。 「おいら八曜丸もふ。おいらも走るもふよ、よろしくもふー」 競争相手ではあるものの、レース自体がのんびりまったりしているせいか顔合わせも和やかだ。一緒に遊ぼうとでも言うような雰囲気でもふもふ交流している。 八曜丸とモフラノキセキの微笑ましい対面に表情を緩ませて、柚乃(ia0638)はぎゅっと抱き締めた。 「今日はライバルになるけどよろしくね。レースが終わったら、皆で美味しい物食べよ?」 「おいしいものもふ?」 抱き締められて身動きが取れないモフラノキセキの尻尾だけが嬉しげに揺れている。柚乃は「頑張っただけランクアップ」などと上手に気力を上げてやる。 「おいらの分もあるもふ?」 思わず心配になった八曜丸に、柚乃は勿論と抱き寄せた。 「だからみんな、頑張って行ってらっしゃい★」 もふレース参加もふらは、開拓者の朋友にもいる。 レース会場は広々と気持ち良さそうな広場、好天に恵まれぽかぽか陽射しが差しているとあれば、これほど昼寝に向いた場所はない。 (「僕、日向ぼっこに良さそうって‥‥言っただけ、なんだけどな‥‥」) 何がどうして今の状況なのか、もふらの木陽は戸惑っていた。 けれど、相方の燕一華(ib0718)が楽しそうに出走手続きなどしているのを見るにつけ、戸惑いも気にならなくなってきた。楽観的なのがもふらの良い所かもしれない。 (「‥‥一華が楽しそうだから‥‥良いけど、ね‥‥」) もふぁ‥‥と欠伸する木陽に闘争心は全くなさそうだ。 「がんばるもふ!」 一方、張り切っているのはルルー・コアントロー(ib3569)のもふら・もふ秋。 レースに出てみたいと言ったところ、ルルーが特製お稲荷さんを作ってあげると言ったものだから更に張り切っているのだ。 「お稲荷さん食べたいから走るもふ〜」 「もふ秋さん、レース中は駄目ですよ」 ルルーは苦笑して、入賞したら作ってあげますねと微笑んだ。 ●スタート前 さて、レース会場の控え室から観戦席に場を移そう。 偶々、安須大祭に訪れていた御陰桜(ib0271)が忍犬・桃と一緒に観戦席に座っている。 「温泉巡りの合間に、もふれ〜すもイイわよね♪」 膝に載せた桃の首筋をもふもふとマッサージしつつ、火照った艶肌を晩秋の風で冷ます。かの大もふ様もまっしぐらの大温泉をはじめ、歴壁に集中する名湯の数々によって、桜の美貌は更に磨かれていた。 「桃〜あたしがお風呂の間、待たせちゃってごめんねぇ」 混浴はできないけれど、こうして一緒に楽しめるのも大祭ならではだ。桃は聞き分け良く大人しく桜に膝に収まってもふもふされている。満たされた表情でうっとり目を閉じていた。 「桃が選んだコ、やる気なさそうだったけど‥‥大丈夫かしら?」 応援する選手もふらを選びに向かった先で、桜と桃はモフラノキセキに出会った。 非常にやる気なさげなもふらだった。 もふらさまは元々熱血漢ではないけれど、モフラノキセキは輪をかけたヘタレさんに見えた――のだが、桃がこのもふらさまを選んだので桜は一緒に応援する事にしたのだ。 「まぁ、桃のオススメだもんね♪」 大丈夫。直感に近いけれどそう思った桜は、ゆったりとコースを眺めた。 もうすぐレース開始だ。広場に敷かれた白線で区切られた十本の直線コースに、選手もふらがずらり並んで、それぞれの誘導役が傍に立っている。調教師の中に見覚えある開拓者が混じっているのは、朋友を参加させているのだろう。 「あのコね、モフラノキセキ。頑張れ〜♪」 8枠に収まったモフラノキセキは落ち着きがないように見えた。観客席をじっと見つめ、誘導役の調教師達が待つゴール付近には見向きもしないでいる。 「大丈夫かしら‥‥余所見ばっかりしてるけど」 まさかモフラノキセキの誘導役の背中が渓だなんて、桜は思いもしない。 4枠に入った渓のジョーカーには使い走りの小僧が形ばかりに立っており、調教師の健治は観戦席から相棒を応援していた。モフラノキセキは健治を見つめていたのだ。 コースを見遣ればモフラノキセキの視線が真っ直ぐに此方に向いていた。 「健治殿を見ておるな‥‥健気な」 りょうが半病人の身体を支え席に座らせ、言った。ただひたすら健治を慕うもふらの姿を少しは見習って欲しいものよと、屋台で買い込んだ食べ物に囲まれてだらりんと伸びている真名に視線を向ける。 「‥‥なんじゃ、お主のもふら好きも病気の域じゃな。其処からもふらの視線なんぞ判る筈もなかろう」 冷ややかに真名は言ったが、りょうは健治達の絆を信じる。 それに―― (「この位置からだと、十頭のもふらさまが一斉に此方に向かって走って来るのが見えるのか‥‥」) ほわわん。 知らずうっとりと顔を崩している事など、りょう本人は気付いておらず。真名は呆れて嘆息した。 もふレースのスタート側。 選手もふら達が収まっている辺りで、ミハイルとアーニャが懸命にモフラノキセキを宥めていた。 「健治はお前の相棒じゃないのか?お互いをフォローしあうのが相棒ってもんだろう」 「心配なのはわかります。けれど健治さんも頑張ってくれてます。ゴール近くの席でキセキさんの事、見ていてくれてますよ」 ほら、と示した先には青い顔の青年が何とか座席に腰を下ろしたところだった。りょうに肩を貸して貰い、懐炉代わりに真名を膝に載せている。 「もふ‥‥けんじのだっこ‥‥もふ」 大好きな飼い主を取られたようにでも感じたのだろう、微かな嫉妬を覚えたか、モフラノキセキがもふぅと唸った。 「無事にゴールできたら、また抱っこしてもらいましょう?そしたら‥‥みんなで一緒に遊びませんか?」 ぐずる選手をアーニャが懸命にあやしている――と、その時、呼子笛を手に審判員が入場した。 ぱらぱらと拍手鳴る中、ミハイルは最後に一言だけ残してコースを離れた。 「ほら、観客席で健治がこっちを見ているぜ。見せてやれよ、お前の元気な姿を」 あとはモフラノキセキ次第だ。言葉を尽くして応援した一人と一匹はゴール前で待機する。 開拓者と共に訪れた朋友の内、もふレースに参加しているもふらさまは五頭。 特製お稲荷さんを夢見て浮き足立っている3枠のもふ秋を、隣の4枠で精神統一中の渋もふらジョーカーは冷静に観察した。 (「取らぬ狸のなんとやら‥‥にならんといいが」) コース両端、1枠の幾千代と10枠の木陽は「もふぁぁ‥‥」気負った様子もなく、ゆったり欠伸。このまま眠ってしまいそう。モフラノキセキにひとつ分離れた7枠の八曜丸は綺麗に梳られてもふもふだ。 観客席に向かって司会者が愛想の良い声を上げた。 「さーて、おまちかね。もふレースを始めますよ〜!」 位置に就いて‥‥‥‥よーい、どん! ●ヘタレノキセキ 各もふら一斉に――かどうかはともかく、もふもふ移動を開始した。 てててて、と小走りに併走する桔梗の様子が愛らしい。 「幾千代、おいで」 腕を広げ抱き締めんばかりに呼ぶが、幾千代が近付くとまたてててと走る。本当に抱き締めるのはゴールしてからだ。 その幾千代は何やら気になるものがある様子。 「気持ち良さそう、もふ」 木陽が疾走(?)している10枠の辺りに陽が射して、何とも気持ちが良さそうだ。木陽もだんだん走る速度が落ちている―― 「木陽ーぽかぽか気持ちいいですねーっ♪」 端から指示系や叱る系統の言葉は使わないつもりでいる一華の声掛けは普段通り。そして木陽もいつも通り――コースを外れて丸くなった。 「ぬくぬくもふ‥‥」 もふぅ、もふぅ、と寝息を立て始めた。 一華に言わせれば、これもまたもふらさまらしい様子である。自由気侭に楽しんでいる姿が見ていて一番嬉しくなるのだ。 「僕、つかれたもふ」 常であれば疲れたと主張すれば抱き上げて運んでやるのだが、桔梗は今幾千代を抱っこする事ができない。してしまえば失格だ。 「幾千代、ごめん」 「日向ぼっこするもふ」 ぽてぽてと枠線を越えて木陽に近付いて。並んでころりとお昼寝開始。 そうこうしている内にも、もふレースは白熱の戦いを――してはいなかった。 観客の間で一番人気だった9枠のレディモフラに纏わり付かれジョーカーは辟易気味だし、八曜丸ともふ秋は競技終了後のご馳走話に花を咲かせている。 ――あ、遂にもふ秋特製お稲荷さん求めて脱走!八曜丸も逆走を始めた! 「八曜丸、こっちこっち。一番にならなくてもいいけれど、戯ればかりしていると‥‥」 さらりと髪を揺らし、柚乃が目を伏せた。 「‥‥‥‥御褒美はお預けかなっ」 にっこり。 ぴたりと止まる八曜丸、柚乃の声を聞きつけたモフラノキセキが反応した。 「ごほうびもふ!」 ご褒美。ごほうび。うれしいこと。 モフラノキセキは観客席に目を向けた。懸命に応援をしている青白い顔の青年が瞳に映る。 「がんばるもふ、けんじげんきになるもふ‥‥!」 モフラノキセキは渓に向かって――正確にはゴール付近に席を取っている健治目掛けて走り出した。 立ち止まった八曜丸を抜いて、競技相手に懐かれているジョーカーを抜いて。 モフラノキセキの猛進に触発された、他の選手もふら達も一斉に駆け出した。お昼寝していた木陽も、ジョーカーに纏わり付いていたレディモフラも。 「健治さん、モフラノキセキが来ますっ!」 欄干にしがみ付いて応援していた梨佳が叫んだ。突っ込んで来るもふもふの群れに正気を失いかけながらも、りょうは気丈に健治を支え続ける。 懸命に、走っていた。 やる気のないあいつが、褒めても叱っても上手く誘導できなかったあいつが走っていた。 「凄い‥‥早いよ、モフラノキセキ‥‥」 一番・二番人気のもふらには劣るものの、まっすぐに走る姿は健治が願っていたモフラノキセキの晴れ姿だった。 そのまま3着でゴールしたモフラノキセキは、コースを越えて健治の腹に飛びついた。 入賞者が決まった頃――相変わらずのもふら達。もふ秋は特製お稲荷さん求めて迷走中だし、漸くレディから解放されたジョーカーは精神的に疲れ切っており、義理から何とかゴールしたとか。 「毛が汚れたもふ。桔梗に綺麗にしてもらうもふ」 そんな事を言いながら、幾千代は日向でのんびり毛繕い。 レース中とて桔梗は幾千代の毛繕いをしてやれないのだが‥‥胸を痛めつつ、最終兵器、取っておきの一言を放った。 「俺、モフラノキセキを、連れて帰ろかな」 「!!」 かくして、幾千代は無事ゴールに辿り着き、桔梗と共に神楽に戻ったそうな――めでたしめでたし。 |