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■オープニング本文 猫又は精霊の加護を受けて生まれたケモノの一種である。数は希少で高値で取引される事も多い。 時折討伐依頼が出る程獰猛ではあるが、長じれば精霊魔法をも使いこなす事から随行させる開拓者も少なからず存在する。 尤も――通常の猫感覚で連れ歩いている者も、中にはいるのだが。 ●猫又が訪れる家 犬は人に付き猫は家に付くと言う。 では猫又はどうなのだろう‥‥そんな事を考えた者がいた。『猫喫茶』なる茶店を営んでいる男である。 「猫喫茶では店内に猫を放し飼いしています。お客様には猫達の相手をしていただきながら歓談していただく趣向なのですが‥‥」 今年も猫の日企画をしようと思いまして。 神楽・開拓者ギルドを訪れた男は受付でそう言った。 「今年は最初から開拓者さん達のお力を借りに参りました」 もうあんな思いはこりごりですからと苦笑する男。 男の店では如月二十二日を猫の日と称し、特別企画を行っている。昨年の猫の日には猫又を借り受けての『猫又喫茶』を開催したのだが、尻尾の数を偽造した偽猫又を掴まされた男の要請に応じて開拓者達が朋友の猫又を手伝いに貸し出したのだった。 今年も猫又喫茶ですかと過去の報告書を繰っていた係が尋ねると、男は似たようなものですがと前置きして言った。 「猫又達がお客様、人のお客様には訪れた猫又達のお持て成しをしていただく趣向です」 企画内容は以下の通り。 猫の日限定で、猫喫茶の店舗は常連客貸切状態になる。 天儀の一般家庭風に整えられた店内で、常連客達は日常生活を送っている――という設定。 その家は何故か猫又達の通り道や集会所になっており、常連客達は猫又達に翻弄されながら猫又の居る幸せを享受する。 ――という、何とも倒錯的な趣向だった。 「開拓者さん方の猫又達には、店内で自由に寛いでいただければ‥‥お客様達はそれを御覧になって満足されますので」 昼寝しようが爪とぎしようが自由。気侭な猫又の姿を見せてやればいい。時折擦り寄ってやったり何時のまにか添い寝してやっていたりすれば、客達は大喜びするだろう。 でも如何にリアルな行動と言えど喧嘩は止めておこう。一般人が出入りしている普通の店だ、スキル全開で猫又が喧嘩を始めては被害が洒落にならない。 依頼の形式を通しはするが、仕事と肩肘はらず、人にも猫又にも楽しい一日を提供できれば嬉しい限りですと男は言って手続きを終えた。 |
■参加者一覧
ダイフク・チャン(ia0634)
16歳・女・サ
鬼啼里 鎮璃(ia0871)
18歳・男・志
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
玖堂 紫雨(ia8510)
25歳・男・巫
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
ルーンワース(ib0092)
20歳・男・魔
中窓 利市(ib3166)
28歳・男・巫
アーニー・フェイト(ib5822)
15歳・女・シ |
■リプレイ本文 その日、依頼人が営む猫喫茶には、猫は一匹もいなかった。 代わりに現れたのは――猫又達。 ●猫又さんおいでませ 別件で私は不在だがと前置きして、玖堂 紫雨(ia8510)が連れに釘を刺した。 「‥‥月児、判っていると思うが。くれぐれも変な行動はするなよ?」 紫雨の背に流れる長く艶やかな漆黒の髪が揺れた。 扇子で口元を隠し柔和に目を伏せて猫又を諭す様子は、とても二児の父とは思えぬ。半世紀近く生きているようには見えない若々しさだ。 その壮年の男性を前にして、猫又の月児は不敵な物言いをした。 「‥‥ふ、案ずるな、めぇ。お前ではあるまいし、そこまではしゃぐ真似はせぬよ」 「な‥‥ッ!」 途端に紳士の顔が崩れた。 いまや紫雨の幼名を呼ぶ者など月児くらいしか居らぬ。そして彼の調子を狂わす者も。 「‥‥とッ、とにかく、玖堂の名を汚す事のないようにな」 わざとらしく咳払いして、紫雨は扇子を口元から話した。他所行きの顔で依頼人に丁寧な挨拶を済ませると、店を出る。 月児は、からかい甲斐のある奴だと言わんばかりにその後姿を見送って、ゆらりと黒銀の尻尾を振った。 さて、この日の猫喫茶は特別仕様。店の猫達と猫を世話する従業員達には一日の休暇を与えてあり、店に居るのは依頼人と猫又、常連客と一部の開拓者達だ。十二匹もの猫又が集まって依頼人はギルドに頼んで良かったと大喜びである。 そんな依頼人に、ルオウ(ia2445)のお目付けを自称する雪は一年振りのご挨拶。 「自由にしていて良い、との事ですから本当に自由にしてますわよ?」 雪の言葉に依頼人はご自由にと笑顔を向けた。 自由とは言え、開拓者ギルドから一応の釘は刺されているから、猫又達も無茶はしない――はずだ。 「騙された‥‥」 穏やかでない独り言を呟きつつぶーたれているのは玉響。何でも斎 朧(ia3446)に甘言で連れて来られたのだとか。 「その気で来てる人間をからかっていいって言うから来たのにさ‥‥『今日は悪戯禁止です』なんて‥‥」 「志体の無い人間に玉響の悪戯は命に関わる事もありますから‥‥」 そりゃないよと見上げた先に、当然でしょと微笑む朧が居たりする。 お目付け役の同伴付きでは勝手もできぬしサボりもできぬ。つまんなーいと不貞腐れる玉響に、ルーンワース(ib0092)の肩越しに瑚珠が一緒に居眠りしてようぜと慰める。 「今日は猫の代わりらしいからな、適当に尻尾で挨拶してりゃいいだろ」 そうそうそれで結構ですと依頼人が請け負った。 何せ今日は猫又が主役、来客は気侭な猫又の姿を眺めて癒される趣向なのだ。なので猫又達は気兼ねなくのんびりしていれば良い。 「んニャあたいは店先で日向ぼっこしてるニャ〜」 綾香様はダイフク・チャン(ia0634)に「任せろニャ!」しっかり請け負って招き猫又と化した。 そんなこんながあって――猫又屋敷、開店である。 ●猫又が寄る家 ここはごく普通の家。 玄関があって居間があって、厨があって土間がある。 屋根があって縁側があって、日向があって猫がいる――尻尾は二又だけれど。 縁側で初老の男性が転寝している。猫喫茶の常連客だ。日当たりの良い場所に二つ折りの座布団敷いて、綿入れ着た男が陽を向いて横になっていた。 ――と、そこへ柚子色の猫又が近付いて。 「んー‥‥ごろごろしちゃうぞ♪」 柚子色猫又・結珠が男の首筋に頭を突っ込んできたものだから、男はビクゥと緊張するやら嬉しいやらで固まっている。 「結珠さーん、お昼寝の邪魔しちゃいけませんよー」 きょほきょほ笑いながら、鬼啼里 鎮璃(ia0871)が厨から顔を出した。 目を開けたまま固まっている男に良かったら遊んでやってくれと言い添えて再び厨に消えてゆく。 「結珠さんは怖くないですよー そうそう、おやつに欲しい物があったら、言って下さいねー」 言葉の後半は結珠に向けて。 消えた鎮璃を見送った男に問われて結珠は首を傾げた。 「主人の‥‥あー、何か主人って感じじゃないなぁ」 「そぉだよねー トモダチ‥‥ってカンジ?」 何時の間にやら青い瞳の猫又が増えている。 四方山話に加わった茉莉花は趙 彩虹(ia8292)をトモダチと称した。その響きから察するに、同年代の友人感覚で仲良しなのだろう。探し猫又がいるらしく、きょろきょろと周囲を見渡している。 「ちくわ来てるかな☆」 「ほぉ‥‥竹輪が好物なのかね」 男に誤解を招いていたが、暫くすれば本当に竹輪が好物の猫又が現れる事だろう。 天井から尻尾が下がっている。 否、梁の上に猫又が座っていた――玉響だ。 ゆぅらりゆらり、尻尾を揺らしては人間の手が伸びる度に引っ込める。 (このくらい、いいよね) お人好しならぬお猫好しが多かった事もあって、床で誘っても客の興味は其方へ移ってしまうから、釣りよろしく尻尾で人間を釣ってみる事にした。 ゆぅらりゆらり。 その尻尾をじっと見つめる人間――ならぬ猫又一匹。 (‥‥っと、やべぇやべぇ) 瑚珠は慌てて目を逸らして、じりじりと後退した。 誘うように揺れる尻尾は条件反射で手を出したくなる。 (俺の仕事は猫の代わりだが、本当に猫になったら後で恥ずかしいだろ!) 遊びたいが、そこは瑚珠のプライドが許さないらしい。 ゆぅらりゆらり。 おいでおいで、尻尾に少しでも触れられたら、本体も触らせてあげるよ。 揺れる尻尾を遠目に眺め、朧はくすりと苦笑した。 (‥‥あれだけ嫌がっていても、完全に誰にも気にされなくなるのは嫌、というところのようですね) 気侭我侭寂しがり。猫又さん達は複雑なのだ。 寒さ残る晩冬の囲炉裏端の一角では、蒼い猫又が歓談中。 「僕の名前は‥‥そうだねえ」 かつてはお嬢さんであった年輪を経た女性達に囲まれて、巴 渓(ia1334)が派遣した『ただの猫又』を自称する彼(という事にしておこう)は、蒼の尻尾でご婦人の一人の顎をひと撫ですると、呼吸するのと同じ自然さで甘い言葉を続けて吐いた。 「君のハートを射抜く銃撃者、トリガー。‥‥なんてのはどうかな」 「猫又様‥‥いえ、トリガー様‥‥」 良いのか悪いのか、そこに種の別はない。 亭主にすらそんな扱いをされた事のないご婦人はすっかり骨抜きだ。さすが口説き文句で世の中を渡って来たという『愛の狩人』を嘯くトリガー氏、素人主婦など容易いものであった。 夜の蝶に移されたという香水の匂いを漂わせ、トリガーは澱みなくご婦人達を口説いている。すっかりホスト猫又である。 「僕の同居人クンは見かけはがさつで美意識に欠けるけど、料理の腕は確かだから安心してよ」 キミみたいに清楚で麗しい姫君と同居したいものだねなどと、悪びれもせず言ってのけて、年増のご婦人達に暫しの夢を与えているのだった。 妖しい囲炉裏端と同じ部屋、窓際では少女と二匹の猫又が日向ぼっこ。 「尻尾‥‥なくなっちゃったの?」 一本のみの尻尾を揺らすベールィに「痛くなかった?」と少女が問うたので、窓際で日向ぼっこしていた雪は驚いて一人と一匹の方を見た。 「いや‥‥我輩は尻尾が一本しかないが、先天的なものであるよ」 ベールィはと言うと気を悪くした風でもなく、寧ろ心配そうに見つめる少女を安心させるよう丁寧に説明してから、雪の方を向いて言った。 「優しい娘子であるな。あの馬鹿娘にも娘らしい優しさを持って欲しいものであるが‥‥」 ふう、と溜息ひとつ吐いたのは、彼の言う『馬鹿娘』ことアーニー・フェイト(ib5822)を慮っての事。尤も言葉のきつさの割にベールィの声の響きは優しい。 雪は香箱にしていた前脚をゆったり伸ばして言った。 「ボンにも‥‥もう少し落ち着いて頂きたいものです‥‥何かあれば鉄砲玉の様に飛んでいってしまうのですから‥‥」 「雪殿が日々目付け役として苦心されているお気持ちは、理解できるつもりであるよ」 ねえ、と困ったように水を向けられて、ベールィは然も在らんと頷いた。 ベールィもまた、アーニーの目付け役としてジルベリアから付いて来た存在である。彼女は別の依頼に出ていてこの場にはいないが、もし居たとしても同じように歯に衣着せぬ物言いをしたに違いない。目付け役あるいは男親のような存在なのだ。 似たような境遇の者同士、話すは己が相方――開拓者の事になる。 愚痴のようで、それでいて愛しさの滲む猫又達の話を、少女は穏やかな顔で聞いていた。姿こそ猫又であったが、瞳を閉じれば故郷の両親のようであったから。 ●猫又よろず相談室 フラウ・ノート(ib0009)は猫好きだ。高じて猫又を朋友とした。 猫又の名はリッシーハットと言う。彼女にしか懐かない、硬派な猫又である。 さて、今日フラウはリッシーハットを猫又屋敷に出向させ、自身はルオウと一緒に客として訪れたのだが―― そこは猫又だらけでした。 「きゃぁ、猫又さんが沢山!」 縁側から囲炉裏端、畳の上に箪笥の上まで――猫又だらけ。 フラウが目を輝かせていると、一匹がお出迎えに寄ってきた。 「ようこそ、常連のお客人‥‥ではなく開拓者であろうかの?」 月児の年を経た厳かさな姿も、フラウの前では『黒い猫又さん』にほかならぬ。案内もそこそこに、もふられぷにられフラウの為すがままになっていたのだが、店主が迎えに現れて漸くフラウは我に返った。 「リッシー、迷惑かけてませんか?」 入口付近から辺りを見渡して尋ねたものの、フラウより先に到着しているはずのリッシーハットが見当たらぬ。 そも見知りする猫又であった。フラウ以外に愛想がない。触れられるのが、殊に尻尾に触られるのが大嫌い。 猫と触れ合うのを売りにしている猫喫茶で、尻尾を掴まれるのを何より警戒する愛想無しの猫又が接客するというのだから、それはもう心配していたのだが―― 「リッシーハットさんですか? おや、さっきまでそこの日向を独占してましたが‥‥」 「どこ行ったのかしら、まさかお客さんに失礼な事して‥‥」 愛想無しの猫又が一般人に爪出しパンチをかましている様を想像して、フラウは思わず身震いした、が。 リッシーハットがご機嫌斜めな本当の理由はフラウ自身にある事を、彼女は知らない―― 弖志峰 直羽(ia1884)が寛いでいる。扇子を遊ばせて、ゆったりと仰ぐ度に香りが仄かに漂った。 「わんこも好きだけど、にゃんこの気ままさも好きなんだよなぁ♪」 犬猫ではなく、わんこにゃんこと言う辺りに直羽の愛情が見て取れる。透けて見えるを通り越して、もうダダ漏れだ。 すりすり、もふもふ。 「こう、くるっと足元に纏わりつかれたり、にゃんこぱんちでぽふぽふされたり‥‥」 ぽふぽふ。 直羽、すっかり夢心地。妄想の世界に戯れている。 「ちょっとぉ‥‥気付いてよぉ」 「‥‥猫さん最高っす」 ――あ、サムズアップしたまま失神した。 実際に茉莉花から猫ぱんちされていた事に気付かないまま昇天した直羽を、茉莉花が「起きてよ〜」とばかりにぱしぱししていた。 「それにしても‥‥物好き多いね?」 「‥‥そうだな」 幸せそうに意識を失っている直羽を見下ろし、複雑な表情を浮かべているのは十三匹目の猫又・ちくわ。結局覗きに来たらしい。 「‥‥直め、易々と意識を手放すとは‥‥情けない」 並んで直羽を覗き込み、羽九尾太夫が黄金の瞳を細めた。毛先が仄かに紫がかった白い毛並みは手触り最高そうなふわふわ長毛、首元の桜色のレースリボンが愛らしい。 「妾には、綺麗好きだ美人にゃんこだと煽ておったものを‥‥」 口調はのんびり、その実言っている事は案外と手厳しいのは、師であった先代の主に申し訳なく思っての事か、あるいは他所のにゃんこにデレる相方を妬いての事か。 もふん、とふかふか尻尾で直羽を叩いて、羽九尾太夫は縁側へ。 何時の間にか縁側には猫又が集まっていて、人間も交えて何やら悩み相談室めいていた。 真面目に雪へ教えを請うのはベールィ。 「ときに雪殿、お恥ずかしい話ではあるが‥‥我輩ではなかなか手が回らぬ部分もあるのでな‥‥」 女性の機微を知りたいのだと言う。 とは言え、彼に想い猫がいるという話なのではない。彼が監視し導かねばならぬアーニーは年端もゆかぬ少女、ベールィは雄であり堅すぎる紳士であるからして、女性特有の微妙な心理状態を慮るには至らぬ事もあるかと――考えたようだ。 「ボンに見習わせたいものですわ」 雪はふふと含み笑いして、男親たる猫又の悩み事に耳を傾けた。 「お主、何か悩みがあるようじゃの」 年の頃は二八か二九か、今まさに花開かんという年頃の若い娘に声を掛ける大柄の猫又。琥珀と白の長毛を慎ましく揺らせば、聡明さを含んだ深緑の瞳が娘の心に癒しを齎した。 「猫又さん、聞いてくれますか?」 「わしの名は、えびねじゃよ。わしでよければお主の悩み聞いてやってもよいぞ」 百獣の王を彷彿とさせるほど威厳漂う大柄なえびねに寄り添われた娘だが、不思議と恐怖は感じない。人語を解する賢者への畏敬と静穏を以て、娘はえびねの毛に指を滑らせながら他愛ない――しかし本人にとっては一大事の――悩み事を打ち明けた。 「ほう‥‥レンアイをしておると。ばれんたいんにかこつけて贈り物をしたとな‥‥頑張ったな」 娘の指に力が入ったのだろう、えびねの毛が少し引っ張られた。少し湿っぽくなった小声を、えびねは静かに聞いている。 「うむうむ、お主は悪くない。素直な気持ちを伝えただけじゃ。相手の男は見る目がないのう」 どうやらバレンタインに意を決して告白したが振られたらしい。 本格的に泣きに入った娘を毛に埋もれさせて、えびねは柔らかな肉球で娘を撫でた。 「えびねさん‥‥わたし‥‥もう消えてしまいたい‥‥」 「そのような事、言うでない。お主は美しいし気立ても良い。世間の男が放っておくものか」 ぽふぽふ。後脚を器用にまわして、えびねは優しく包んでやる。親猫の腹毛に埋もれる仔猫のような格好になった娘は、すんすん泣きながら大人しく抱っこされていた。 「泣いていては折角の美人が台無しじゃぞ? ほれ、甘いものでも食べて元気を出すのじゃ。利市‥‥もとい、わしの奢りじゃ」 ちょいちょい、と厨へ向けて前脚を振り合図する。 甘味の注文が通ったのを見届けて娘に話し続ける。実はここからがえびねの本題なのだ。大盛り餡蜜を頬張ってすっかり泣き止んだ娘に、えびねは見合いの世話人よろしく話を切り出した。 「ところで‥‥お主にピッタリの男を知っておるのじゃ。志体持ちじゃし、まあ少々ぐうたらではあるが、そこそこ顔も性格も良い。一度会うてみぬかの? ‥‥ん?」 「え び ね」 大柄な猫又より尚でかい男が後ろに立っていた。 中窓 利市(ib3166)は娘に「ちょっとすみませんね」そう言ってえびねの首根っこを引っつかむと奥へと引きずっていく。 「利市、何をするのだ」 「お前は何を言い出すんだ!」 休憩室まで引きずってゆくと、利市は獅子くらいもある猫又を座らせてお説教を始めた。 曰く、今は仕事中であり、自分は恋人など求めてはおらぬ。 ちんまりとおとなしく猫背で聞いていたえびね、利市を見上げてぽつりと言った。 「年をとった時にお主が一人では寂しいじゃろ」 「お前‥‥」 そう言ったえびねはまるで年老いた親のようで。 利市は一瞬言葉を失ったが、説教以上にしっかりした口調で叱った。 「何を言い出すんだ! 嫁が来なくてもお前がいるだろ!」 「‥‥‥‥」 真剣な表情の利市と顔合わせ、ふいと目を逸らしたえびねは「しょうがない奴じゃの」声に嬉しさを滲ませて、言った。 ●春の陽射しの中で お昼にと鎮璃が用意したのは牛鍋丼だ。 さすがに箸は使わないが人間と同じようなものを食す猫又を目にして、猫とはやはり違うと常連客は妙な感心をしている。 薬味の葱を平気で含む結珠を心配気に見つめ、箸の止まった客の一人が問うた。 「猫又さんは豪勢だねえ。食べても大丈夫なのかい?」 「平気だよ☆ んー でも、ほかの子は違うかもしれないけどね?」 猫ならぬ猫又、さらに猫又の中でも個人差があろうから、猫又に葱類は平気かもしれないし危険かもしれない。 「あたいは平気ニャよ〜」 ――との事なので、綾香様と結珠以外の猫又の皆さんは自己責任でどうぞ。 「丼物なんてワイルドな料理、僕は普段食べないけれど‥‥そうだね、君が食べさせてくれるなら食べてみようか」 トリガー、上手に客を乗せて食べさせて貰っていた。 「食べ方も色々あるっすね‥‥」 どの子も可愛いのに変わりないけど、やっぱり羽九尾が一番だネ! 丼から直食いは抵抗があったか、羽九尾太夫は直羽に取り分けて貰った小皿に口をつけている。その様子がまた上品で麗しいと直羽は飼い主馬鹿全開でデレていたり。 「ちくわは竹輪の方が良かった?」 「いや、これも美味だが‥‥我の好物を知っているのか」 名の由来と知らずとも名が好物を示しているようなもの。少々照れた様子で、ちくわは牛鍋丼を大人しく食べている。 常連客が持ち込んだ魚に興味を示したリッシーハットは猫そのものの仕草で、警戒しつつも徐々に接近、やがて魚を咥えると何処か落ち着ける場所へと姿を消した。 「牛鍋丼とやらは包んでいただけぬか‥‥」 天儀の食べ物が珍しいジルベリア育ちのベールィ、アーニーの土産にと考えたようだが少々難しい様子。代わりに客が持ち込んだ天麩羅の折詰を土産に貰ったようだ。 食後には月児や渓達が用意した茶菓子をどうぞ。 「我も皆と食したいと思うたのでな」 そう言って月児が並べたのはマタタビ入りの茶菓子。 「酒の肴はまだニャか〜!」 一匹酒宴になっている綾香様、人間に酌をさせて天儀酒を煽っていた。厨ではダイフクが慌てて酒肴の仕度をしているが、この主従の場合案外普段通りなのかもしれない。 春の兆しを感じさせる温かな陽射しが丸い背を温めた。 うーん、と脚を伸ばして後脚で首筋をかしかしすると、月児が螺鈿の櫛を示して厳かにねだる。 「そこな人間、我の毛並みを整えてくれぬか?」 心地よい陽気は猫又達にも人間達にも微睡みを誘う。転寝を始めた客の鼻っ面をちょいちょいと構っていた瑚珠も、やがてルーンワースの肩に登って器用に眠り始めた。 「妾らは好きにさせて貰うておるでの、リッシーハット殿も心地良い場を見つけられたのであろ」 フラウの撫で方にうっとりと目を細め、羽九尾太夫は膝から顔を上げて言った。慰めるように尻尾でぽふぽふするとフラウもまたうっとりと羽九尾太夫の毛を撫でる。 素直でない愛想無しの猫又が、実はそれを遠くから睨み付けていたりするのだが―― 「何々? どうしたの?」 話好きの茉莉花が寄ってきた。あたしの話も聞いてよと、ちらちらと露骨に店内を覗き見している彩虹にも聞こえるように話し始める。 「小虹‥‥あ、あたしの連れの彩虹の事なんだけどね? 最近なかなか依頼に連れてってくれないんだぁ‥‥グライダーばっかでさ」 茉莉花をギルド登録する際、高価な調度品を売り払って登録料を工面してくれた彩虹は本当に嬉しそうだったのに、今では留守番ばかり。 「茉莉花殿、妬いておられるのかの?」 「違っ! 機械に嫉妬とかアリエナイから!」 羽九尾太夫に図星を指された茉莉花、ポーチから煮干を取り出してぽりぽり食べ出した。どうやら照れているようだ。 (‥‥あ) 二匹の会話を聞いていたフラウとルオウは顔を見合わせた。 何時の間にか――リッシーハットがフラウの背に凭れて眠っていたのだった。 |