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■オープニング本文 もふらさま。天儀に於いて神の御使いとされる生物。 食いしん坊でなまけもの、頭の中はいつも食べる事で一杯のようで。 もふら牧場では今日も今日とて、もふもふもふもふやかましい―― ●喰ーわーせーろー! その日、ヒデはもふもふ大合唱で目を覚ました。 「「「ごーはーんーもーふー!!!」」」 「うわっ、またかよ!」 まったくあいつらときたら、四六時中なにか食べていなければ気が済まないのだから! 寝起きしている作業小屋の扉を開けると、厩舎から作業小屋の間に、毛玉の道が出来ていた。 「「「サクランボ、食べたいもふー!!」」」 ●サクランボの花が咲きました 「‥‥何かそれ、前にもありましたよね」 神楽開拓者ギルドで、もふら牧場で働く少年の話を聞いた梨佳(iz0052)が既視感を覚えて言った。 「あァ、あったな‥‥サクランボの樹ィ植えたんじゃなかったか?」 筆の尻で頭を掻きながら、三十絡みの男性係が気だるげに言った。書類の束に手を突っ込んであわや雪崩れかけたのを、梨佳が慌てて阻止する。 「わわっ、去年の書類なんてソコにはないですよぅ!」 「‥‥あァ、そうだっけな」 まったく皆片付けやがってと係は言うが、単にこの係が不精過ぎるだけである。手の空いた別の係が帳簿を取りに奥へ入って行った。 「でェ、その後、樹はどうなったよ?」 「無事に育ってるよ。今は花が綺麗だぜ」 係に応えたヒデは、梨佳に花見に来ないかと誘った。 昨年の書類を繰って、改めて係が確認してゆく。 場所は神楽郊外にあるもふら牧場、近隣に住宅はないので多少騒いでも大丈夫。 牧場内には厩舎と世話係が寝泊りする作業小屋があり、作業小屋脇には桜花の樹が植わっている。牧場の片隅には柵で(もふら達の襲撃から)護られた桜桃の若木が数本。いずれも花が見頃。 場所があるだけなので、弁当やその他必要なものは各自持参のこと。 「梨佳、おめぇさんも行くんだろ?」 行って来な、係はそう言って笑った。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 桔梗(ia0439) / 柚乃(ia0638) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 露草(ia1350) / 喪越(ia1670) / 雷華 愛弓(ia1901) / からす(ia6525) / 亘 夕凪(ia8154) / ルーティア(ia8760) / ラヴィ・ダリエ(ia9738) / ジルベール・ダリエ(ia9952) / エルディン・バウアー(ib0066) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 未楡(ib0349) / グリムバルド(ib0608) / 燕 一華(ib0718) / 无(ib1198) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) |
■リプレイ本文 花は食べられないけれど、花見の席にはきっとある。 人がたくさん集まって、食えや遊べの春の一日。 ●お花見 周囲に人家もない神楽郊外の原っぱには、もふらさまが点在していた。 「八曜丸、もふらさまに埋もれようねー」 もふら牧場を訪れた柚乃(ia0638)は藤色のもふらさま・八曜丸に笑いかけ、毛玉の密集地向かって駆け出した。 ちょっぴり斜に構えた八曜丸は自慢の毛をふるりと振って独り言。 「おいらの毛の方がもふもふもふ」 肩があれば竦めていただろうか、もふらさまの中に埋もれては毛が乱れるなどとぶつぶつ言いつつも、柚乃の後をちょこちょこ追いかけてゆく。 ふんわり乾いた青草の上でごろごろしていたもふらさまへダイブして、暫く一緒にうとうとしていた一人と一匹は、やがて顔を上げて牧場隅の柵がある辺りに視線を向けた。 「‥‥向こうでお花見してるね?」 きっと、美味しい物を沢山くれるかも? そんな柚乃の言葉は、周囲のもふらさま達に瞬く間に伝染し。 突如結成された花見弁当争奪隊は、柚乃を先頭に花見席へと大挙して行った! さて、牧場の隅には昨年植樹された桜桃が花咲かせている。初めての花を見ようと宴席を設けた開拓者は多い。 「神父さんに『あーん』と食べさせてもらいたい人、手を挙げてー」 声の主はもふらさま――もとい、例によってまるごともふらで正装したエルディン・バウアー(ib0066)。彩り楽しい花見弁当に甘い卵焼き、おむすびはもふらさまの形にしてある凝りようだ。 「「「もふー」」」 食べさせてもらいたいのか食べたいだけなのか、牧場のもふら達が揃って返事した。希望者がいてエルディンは嬉しそう。 「一華さんのおむすび、てるてるさんみたいですー」 まぁるいおむすびにはどれも海苔で表情が付けられていて、三度笠に下がっているてるてるぼうずみたいだ。 目を見張る梨佳に燕 一華(ib0718)は、にこにこ。 春の陽気は空気も心もあたためる。ぽかぽかあったかで、何だか嬉しくなってくる。 「沢山ありますから、いっぱい食べてくださいねっ」 「いろいろ作ってきたぜ。よかったら食ってくれ」 桜餅に団子に苺大福‥‥甘味類をどっさり詰めた器の蓋を開け、ルーティア(ia8760)が言えば、もふらさまのチャールズがドヤ顔で続けた。 「ちなみに俺も手伝ったんだぜ!」 「主に味見と称した、つまみ食いだけどな‥‥」 呆れ顔のルーティアに即行暴露されていた。 いいじゃねーか、味見役がいてこそ美味い菓子も出来るってもんだなどと騒がしく『手伝い』を主張するチャールズは、牧場のもふら達にドヤ顔講座など開いていたり。 フライドポテトに群がるもふらさま達を侍らせたフランヴェル・ギーベリ(ib5897)が、大仰な仕草で梨佳に言った。 「ああ、ごめん。君が余りに可愛らしいので、花々に新しい季節の到来を告げる春の妖精かと思ったよ」 春の妖精ならばずっと此処に居て欲しい。 芝居気たっぷりの身振りだけれど、眼差しは真剣そのもの。長い冬を知るジルベリアの民だけに、待ちわびた春は珠玉のものに思えるのかもしれない。 フランヴェルに緑茶を勧めながら、雷華 愛弓(ia1901)は「ウホッ! いいもふら!」まるもふ神父様にロックオン。妖しい手付きでもふられるのは時間の問題だ? 「そうそう、うちのモフリィは‥‥」 愛弓が視線を巡らせた先では、もふらさまのモフリィ・モフルヨネ(正式名称はモフリィ・モフルビッチ・モフルヨネというそうな)が周りを威嚇していた。 「‥‥あらあら、体を大きく見せようとして♪」 もふら王を目指して地道に威嚇中――らしい。 そろそろ食事を終えた面々は、まったり寛ぎ中。 沢山のもふらさまに囲まれたエルディンの膝では、パウロが毛を梳かれて目を細めている。 「パウロが頑張ってくれたお陰で、たくさんの人が喜びましたよ」 「もふ〜、僕は皆が喜んでくれるのが嬉しいでふ」 相変わらず騒がしく牧場を駆け回るチャールズを、ルーティアは苦笑しつつも愛しそうに眺めている。独特の言い回しで梨佳に自己アピールを続けているフランヴェルの姿を、甲龍のLOが物言いたげに見つめていた。 「‥‥もふぅ」 一華のもふらさま・木陽が欠伸した拍子に、鼻先に降って来た桜の花弁が再び舞った。 一年振りに訪れた場所は、やっぱり誘惑が多くて。 (‥‥駄目だ駄目だ、竜胆の視線が痛い‥‥) 背に感じる甲龍の眼差しが物言いたげに感じる。 もふもふ天国を前に緩みそうになる表情を引き締めて、亘 夕凪(ia8154)は桜桃の若木を見上げた。そのまま視線を下げて柵を見る。 「まだ、花が咲いただけなんだけどなー あいつらまだかまだかって」 「もふらさま達の襲撃受けてるんじゃあ、強度が流石に心配だねえ」 ヒデから状況を聞きはしたものの、実際見てみると歪み、所々齧った跡さえある柵に苦笑い。余計なお世話だけどと再びの襲撃に耐えられるよう補強する。 「もふらさま、木も食べるのか‥‥?」 感心したような呟きを漏らした桔梗(ia0439)に、ヒデは大真面目に「何でも食べようとはするなあ‥‥」と返し。 「僕は食べないもふよ! おにぎり食べたいもふ」 桔梗の腕の中から顔を出した黒毛白鬣のもふらさま・幾千代が即行で否定する場面もあったりして。 桔梗が用意したおにぎりは、桜の花の塩漬けを使った桜色のおにぎり。ほんのり薫る桜と塩味が絶妙だ。 手伝ってくれてありがとなと礼を言うヒデに、桔梗はううんと首を振って言った。 「俺、開拓者にならなかったら、もふらさまとか‥‥動物の世話をする仕事がしたかった、から」 「そっかぁ、動物、好きなんだな」 桔梗はこくりと頷いた。 「毎日やってるヒデ達は大変だと思う、けど」 楽しい。 膝上の幾千代を愛用のブラシで梳いて、優しく笑む。 もし開拓者にならなかったら幾千代とは出会えたかどうか判らない――けれど。 (出会えたらきっと、仲良くなりたいって、思ったよ) 心地よく寝入っていた幾千代が、知ってか知らずか「もふ」と寝言を呟いた。 ほろ酔いの夕凪は竜胆の首周りを揉みほぐしながら、寄ってきたもふらさま達に埋もれてご満悦。 「浮気は駄目だが一緒ならいいだろう?」 竜胆にそんな事を囁いて、龍ともふ毛を交互にもふって心身ともに休養を楽しんでいる。 「はい、一緒に食べよ♪」 「もふ♪」 お土産のさくらんぼを仲良しさんに振舞っているのは御陰 桜(ib0271)。随分と沢山あるようだが、どうやらそれはオマケしてもらったものらしい。 桜と言えば忍犬の桃が一緒のはずだが、側に桃はいない――やがて。 「おかえり、桃〜♪」 牧場内を駆け回って訓練を終えてきた桃が、桜の許へ戻って来た。随分と気合を入れて修行したのだろう、まだ息が荒く顔つきはキリリと引き締まっている。 「頑張ってたわね、えらいえらい♪」 桜はそう言って両手を広げて桃をもふもふ。途端に、くのいちわんこは仔犬のように甘えた表情を見せた。 もふもふもふ。 訓練のご褒美は桜からのもふもふ。桃はお腹を見せてすっかり寛いでいる。桃の休暇はこれからだ。 ●春を愛でる 一方、桜花の樹下では。 「御機嫌よう♪」 おぜうさまが清く正しく美しくいらっしゃった。土偶ゴーレムと紹介すればぶっ飛ばされそうな乙女系朋友、ジュリエットである。 ターンして優雅にスカートを揺らしたおぜうさま、きゅぴんと人差し指を立てて愛らしく――多分おそらくは――のたまった。 「チェリー‥‥嗚呼、なんて甘美なヒ・ビ・キ☆」 「何処が清く正しく美しいんだろ‥‥」 突っ込み担当(?)喪越(ia1670)は、すぐにジュリエットに物理的な突っ込みを返された。おぜうさまは特別なのだそうな。 そんなジュリエットお嬢様、もふらさま達に一言物申したい事があるのだとか。 「まだか弱いチェリーの木、僅かなチェリーの実に蟻のようにたかるなど‥‥」 ――まさに、もふもふパラダイス。 ドレスを摘み上げ、土煙立てて牧場の端まで疾走してゆくジュリエットを見送り、喪越は桜桃周囲の面々に同情した。 「‥‥ま、これで俺はのんびり花見酒させて貰える訳だがな」 (成程な、これも相棒との付き合い方の形か) どつき漫才のような騒がしい一人と一体の横で、琥龍 蒼羅(ib0214)は至って冷静に状況を分析していた。 腕に迅鷹の飄霖を止まらせている。小さく合図をすれば、飄霖は氷を思わせる水色の翼を広げ、空へと舞った。 暫くすれば戻って来るだろう。弁当を広げてのんびり待つとするか。 出逢ってまだ日が浅いとは言え、飄霖が他者に迷惑を掛けるような性格かどうかくらいは判る。他人に関わらず自由に空を満喫した後、戻って来るだろう。 弁当の後、簡単な訓練を行うのも悪くない。 飄霖の好物を残し、蒼羅は静かに瞳を閉じた。 土偶令嬢が駆け抜ける草原に、小鳥の囀りが流れてゆく。 お気に入りのケープを纏い尻尾を揺らしてリズムを取っている、駿龍のフィアールカを優しく撫でて、アルーシュ・リトナ(ib0119)は緑の風に歌を乗せた。 ――おいで、小さきもの 柔らかき命達 歌流るるひとときを、共に穏やかに―― 牧場のもふらさまは勿論の事、小鳥や小リス、郊外に生ける小動物が寄って来る。 慈愛溢れる恋人の歌に合わせてバイオリンを奏でるグリムバルド(ib0608)。その横で猫又のクレーヴェルが腰を下ろし、灰色の尻尾をメトロノームよろしく振っていた。 やがて、お客様を招いた二人と一頭と一匹はお弁当をお裾分け。 「うむ。ルゥのサンドイッチ美味ぇ」 リクエストに応じてアルーシュに作ってもらったサンドイッチは、クリームチーズとスモークサーモン。パンの部分をひとかけら、千切って投げてやると小鳥達がボール遊びでもしているかのように嘴で我先にと啄ばんでいる。 「クレーヴェルさんにはお魚がありますよ」 今朝、港で求めたばかりの新鮮な魚を貰って、クレーヴェルは嬉しげに青い瞳を細めてみせる。フィアールカともふらさま達には果物を―― 「‥‥こら、こいつは俺の弁当だ! 殺到すんじゃねぇ!」 ――と、グリムバルドがもふらさまとお弁当の奪い合いを始めた。 不動に鬼腕、背水心。真面目というか大人気ないというか、全力で張り合っている! 「まだ沢山ありますから‥‥林檎のコンポートはいかがですか?」 蜂蜜を添えたローズティーを淹れつつ、アルーシュが仲裁に入ろうとしたものの。 「「「りんごもふ!?」」」 「待て、そいつは俺のもんだっ」 ――新たな争奪戦が勃発したとか。 さて、桜桃の樹の下では和やかな花見の席が―― 「ふしぎ兄、急ぐのじゃ‥‥良い場所を取れるかは戦と同じなのじゃ!」 ――行われていなかった。 人妖の天河ひみつに耳元で怒鳴られて、天河 ふしぎ(ia1037)は両手で耳を押さえた。 「わかった、わかったから耳元で‥‥」 ひみつに引っ張られて、そこそこに良い場所を確保する。 家のお抱え料理人に作って貰った重箱のお弁当にはご馳走が沢山。広げて酒食を始めると、ほどなくもふらさま達がやってきた。 「くださいもふ〜」 「こら、もふら! この重は妾とふしぎ兄のものじゃ!」 「わけてもふ〜」 「‥‥えい、喰うななのじゃ!」 やはり此処でも食にまつわる争奪戦勃発。もふらさまの鼻先で牽制するひみつを他所に、ふしぎは美味なるご馳走を口にまったりと。 「いつか、自分で料理も作れるようになりたいな‥‥」 そんな事を考えながら、桜越しに広い空を眺めていた。 やれやれ騒がしい事よと御機嫌な様子で小さな瓢箪を傾ける蓮華。羅喉丸(ia0347)と注しつ注されつ呑む酒は、生きている事への感謝の証。 「月日が移ろうのも早いものだ」 昨年植樹した桜がすくすく成長している様を確認して、羅喉丸は言った。あの時はまだ人妖の蓮華は居らず、甲龍の頑鉄に植樹を手伝ってもらったのだったか。 「去年は頑鉄、今年は蓮華、来年もまた誰かと来たいものだな」 そう呟いた羅喉丸に、酔いで目元を朱に染めた蓮華が目下の者への口振りで窘めた。 「一寸先は闇、来年の事を言うと鬼が笑うぞ、羅喉丸よ」 「そうだな、籤で師匠が当たるとは夢にも思っていなかったしな」 師に負けず劣らず口が立つ弟子である。 蓮華は「こら、羅喉丸」と言いつつも、気持ち良さげに瓢箪の酒を呑み干した。 餅とあられで物静かに酒を呑むのは无(ib1198)。肩には管狐のナイ、時折无の懐に潜ったり頭に乗ったり、小リスのように動き回る様は小さなケモノといった様子だ。あられを一粒摘んで差し出せば、小さな前脚で受け取っておとなしく食べ始めた。 お弁当を頑張って作ったのは、大切な恋人と交換するから。 「ありがとな‥‥すごい嬉しい! 佐伯 柚李葉(ia0859)から弁当を受け取った玖堂 羽郁(ia0862)は感激して蓋を開けた。 中から現れたのは五目の稲荷寿司。春らしい筍の煮物に添えられた人参は桜の形にくりぬかれており、手間隙かかっているのが伺える。 「‥‥えと、美味しい‥‥?」 料理上手の羽郁だから。緊張して柚李葉は問うた。 そんな柚李葉の膝には羽郁お手製の特製弁当が乗せられている。菜の花ご飯に鯛の梅肉蒸し、卵焼きや煮物も美味しそうで――だから余計に心配。 そして柚李葉の心配は羽郁の満面の笑顔に払拭される事となる。 「うん、美味い!」 駿龍の花謳には桜餅、初めて顔を合わせる羽郁の霊騎・汗血には句倶理秘伝の餌を与えて。二人は手を繋いでまったりと桜を見上げた。 「‥‥あのね、羽郁」 ぽつりと切り出され、羽郁は覚悟を決めた。 玖堂本邸へ招待したいと申し出て随分経つ。今日、返事をくれると柚李葉は言っていた。 (俺‥‥今の柚李葉の正直な気持ちならどんな返事でも受け取るよ) 静かに続きを待つ羽郁の隣で、柚李葉はお守りを握り締めた。 小さく深呼吸して。そして―― 「前にデートした時に誘ってくれた羽郁のご実家‥‥花謳と遊びに行っていい?」 二人で歩む道が、また一歩先に進んだ。 ●祈りは風に乗って 桜桃の枝が揺れている――と、「あ」と小さな声がして花一輪降って来た。 「いつき」 樹上で花と戯れている人妖の衣通姫が誤って落としたに違いないそれを摘み上げ、露草(ia1350)は衣通姫を呼んだ。 ふわ、と香った焚き物で下りて来たのがわかる。露草の肩越しに覗き込んだ衣通姫が歓声を上げた。 「桜のおかしなのー!」 露草が用意したのは衣通姫の好物ばかり。さくらんぼのシロップ漬けで作ったケーキはほんのり桜色、寒天菓子の中には塩漬け桜があしらわれている。 漸く迎えた愛し子に甘々の露草は、衣通姫を膝に乗せて手ずから食べさせている。 「折角だから色々食べれた方がと思いまして」 そう言って様々な食物を用意したのは礼野 真夢紀(ia1144)、明王院 未楡(ib0349)が準備した献立と被らないよう事前に相談して、春らしい旬の料理を揃えた。 「もふらさまも皆さんも、ご一緒にいかがです?」 あどけない少女の誘いに皆笑顔で応じていた。 未楡は人好きする柔和な物腰で酒々井 統真(ia0893)にお茶を勧めている。 「助かったぜ。追い出されちまってどうすっか迷ってたんだ。知り合いが和んでる邪魔もしたくなかったし」 昨年植樹した桜桃の生長を心待ちにしていた人妖のルイ、幹に触ったり花の匂いを嗅いだりと嬉しそうなのだが、その様子を統真に見られるのは嫌らしく。 「あいつ、素直に認めたがらないから‥‥」 「花を持たせておやりになったのですね」 くすりと微笑って未楡は真夢紀の三色団子を手にした。 花見に合わせて作った弁当や饅頭は多くの笑顔を招いてくれた。優しい微笑みを浮かべ、未楡は呟く。 「この人々の優しさや楽しい思い出を見届けた桜の花が、風に乗ってより多くの人の元に、温もりと癒しを届けてくれると良いですね」 祈りは風に乗り草原へと広がっていった。 枕と毛布を装備した、大きなもふらさまが牧場内を歩いている。まるで移動式ベッドのようだ。しかも唄まで歌っている――子守唄だろうか。 尤も、移動式ベッドで眠っているのはからす(ia6525)だったから、ただの昼寝と考えてはいけない。 「そのうち起きるでありますよ。悪戯しようとすると酷い目にあうであります」 ベッド、もといもふらさまの浮舟が唄を止めて起こすなと忠告するが、牧場のもふら達は聞いちゃいない。 「ねてるもふ」 「ねむってるもふ‥‥!!」 寝顔をぴくとも動かさずに矢を突きつけられて大騒ぎだ。からすの悪戯心を知っている浮舟としてはヤレヤレである。 「だから忠告したであります」 ――と、背で動く気配がした。 何事もなかったかのように目を開け微笑むと、からすはいつものように声を掛けた。 「やあ。これからお茶でも如何?」 晴天の下、賑やかなお茶会が始まった。 あの頃のように、また。 「大丈夫大丈夫。ジルベリアにおったときもよぉ一緒に馬乗ったやろ?」 夫の手に引き上げられて、ラヴィ(ia9738)は仔犬のシリウスを抱えたまま馬上の人となった。 「‥‥うぅ‥‥相変わらず高いのです‥‥」 亜麻色の霊騎・ヘリオスは人懐こくて大人しく乗せてくれたけれど、馬上の高さはやはり慣れなくて少し緊張する。 それでも――昔よりずっと、景色を楽しめるようになったと思う。 「風が気持ちエエなあ、な? ラヴィ」 ジルベール(ia9952)と共に眺める景色。共に感じる風。 陽の下で風を切って馬を駆るなど、人目を忍んで逢瀬を重ねてきた昔には考えられなかったこと。 片手でラヴィを抱えるジルベールの腕はたくましく、ラヴィに安心を与えてくれる。そのラヴィの腕にはジルベールから贈られた小さなシリウスが目を細めて鼻をうごめかせている。 ひととおり牧場を散歩したあとは、この日のためのお弁当、そして休憩。 「うちは馬も犬も元気やなー」 千切れんばかりに尻尾を振りながらシリウスがヘリオスの後ろを付いて歩いているのを眺めつつ、ジルベールはラヴィの頭を撫でた。 「ラヴィが皆に美味しいご飯作ってくれるからやろね。いっつもおおきにな」 戻って来たシリウスと仲良く全力でじゃれあい始めた、旦那さまの無邪気さを嬉しく見つめ、ラヴィは「こちらこそ毎日ありがとうございます」夫の大きな愛情に感謝の想いを抱く。 『また付き合ってた時みたいに、一緒に馬乗って色んなトコ行こうな』 馬上で囁かれた言葉が耳を反芻する。 幸せを重ねてゆこう――いつまでも、これからもずっと。 |