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■オープニング本文 開拓者ギルドの壁に貼られた一枚の募集要項に目を留めたあなたは、僅かに眉を顰めた。 『この依頼、秘密裏に行動されたし。詳細は係まで』 たった一文だけの募集要項。興味を持ったあなたは、カウンターへ向かう―― ●義兄の奇行 依頼人は北面の首都・仁生で貴人の家人をしている、大村礼珠という名の十五歳の少年。両親を早くに亡くした礼珠には雛菊という名の姉がいて、彼女は北面の片田舎に嫁していた。 雛菊の夫は学問をよくする男で山に庵を結んでいる。少々変わり者のきらいはあったが、礼珠の知る義兄は姉を手中の珠の如く誰よりも大切に扱う気性の優しい男‥‥のはずだった。 先日、礼珠が姉の許を訪れた際、雛菊は身篭っていた。 荒れた庵、変わり果てた義兄。 やつれた姉に礼珠は事の次第を問うが、雛菊は哀しげに首をふるばかりで、愛する夫を貶すような事は一言も口にしない。 何とか宥めすかし、聞き取った言葉の断片を繋ぎ合せるに、義兄の豹変はつい最近の事らしいと解った。 雛菊の懐妊を知った義兄は、妻が不自由しないよう麓の村で出産できるようにと、家を借りるべく村へ降りたのだと言う。 ところが、帰宅した夫は村の事など何も言わぬ。両の手に鶏を掴み戻った夫は借家の為の金子でそれを求めたようだ。驚く妻の眼の前で生きたまま齧り付いた。 食い尽くした後は、身振りでお前が買いに行けと金子を投げる。以来、連日身重の妻に里へ買い物に向かわせた。雛菊は素直にそれに従い、亭主の希望通り鶏数羽を求めて来るのだが、義兄は礼も言わずに食らい付く。すぐに貯蓄は底を尽き、義兄は大切にしていたはずの学術書を売れとまで指し示す有様。雛菊は自分の衣服を売って糊口を凌いでいたようだ。 あまりの酷さに苦言を呈しようとした礼珠を、雛菊は泣きながら推し留めた「今は山の神に憑かれているだけに違いないから」と。 ところが――礼珠は聞いてしまったのだ。義兄の、否、義兄の姿をした偽者の本音を。 『アト、ヒトツキ‥‥オンナ‥‥ハラノ‥‥コ‥‥』 最早義兄ではないと直感した。あれは、腹の子もろとも姉を喰らう為に生かし続けているだけに過ぎないのだ。 深夜、義兄に模したソレが暴れる鶏を毟り喰っている浅ましい姿を物陰から見た礼珠は恐怖を必死で推し留めた。今声を上げれば自分だけでなく姉、そして甥か姪まで全ての命が絶たれてしまう。 翌朝、何事もなかったかのように装った礼珠は、姉にこう切り出した。 「姉上の生活が困窮している様を見るのが辛うございます。わたくしは都で些少の財産を得ました。後日使いの者に荷を運ばせますので、お納めいただけませんでしょうか」 横で聞いていた義兄は妻を押しのけて喜んだ。己の欲望のままに喜ぶ義兄に嫌悪の情を抱きながら、後ろ髪引かれる思いで姉の庵を辞した礼珠は、すぐさま神楽へ使いを走らせたのだった。 ●依頼概要 現在、礼珠は北面の精霊門近くで待機している。依頼を請けた者は礼珠が用意した荷を、使いの者として雛菊の許まで運んで欲しい。 義兄の姿をした何物かの独り言が真実であるならば、雛菊と腹の子はまだ無事だ。様子を見て有事の際は雛菊を護る事が任務である。 |
■参加者一覧
一條・小雨(ia0066)
10歳・女・陰
紙木城 遥平(ia0562)
19歳・男・巫
鬼啼里 鎮璃(ia0871)
18歳・男・志
アルカ・セイル(ia0903)
18歳・女・サ
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
大文字・姫子(ia2293)
20歳・女・泰
飛騨濁酒(ia3165)
24歳・男・サ
橘 楓子(ia4243)
24歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●文二通 「この内容で手紙を書いてください」 紙木城遥平(ia0562)に手帳を渡された依頼人の少年は、遥平の説明を理解するのに暫くの時を要した。 目の前の青年は自分に同行を願い、嘘の信頼性を高めたいのだと言う。 暫し考え、要請の意味を理解した礼珠は次のように記した。 『姉上様。 義兄上のご様子にただならぬ物を感じております。心を病んでおいでのように思われ、姉上の御身に障っているのではと心配に思いました。 姉上のご様子を街よりお医者様に診ていただきたく存じます。お医者様方が庵を出られた後、義兄上に何か理由を付けて抜け出してください』 何とも胡散臭げな文であった。 雛菊が懐妊している事は、ふっくらし始めた腹や体型に現れており、雛菊自身が身を以て感じている事でもある。懐妊を告げた義兄の判断能力に信が置けぬという理屈に首を傾げながらも、何とか礼珠なりに文を認めた。 書き上げた文を手渡し出立の準備をしていた礼珠の許へ、小柄な少女が近付いてきた。大きな瞳をくりくり動かして、一條・小雨(ia0066)は少年に告げる。 「礼珠はん、余計な事せんと直に戻りや?」 先程、嘘の片棒を担げと言われたばかりだ。面食らう礼珠に小雨は一通の文を手渡した。 「これをお姉はんに渡して」 「どんな内容か、伺ってもよろしいですか?」 見てもええよと許可を得て、小雨の文を広げる。 そこには一文、『旦那を救う為の話がしたい、外にて待つ』真意を小雨に尋ねた。 「お姉はんを庵から離したいんや。アヤカシやったらお腹の子もろとも危ういし」 小雨の瞳は真っ直ぐに己へと向けられていた。澄んだその瞳に迷いはない。信じられると直感し、礼珠は文を受け取った。 依頼人は両親を早くに亡くし、肉親は姉ひとりのみと言う。 並べると兄妹のようにも見える二人を眺め遣り、鬼啼里鎮璃(ia0871)はもう一人の護るべき者、そして倒すべき者へと想いを馳せた。 (「アヤカシに憑かれてしまったんですか‥‥残念ですが‥‥解放してあげる事しか、できませんね」) 解放、それが倒すべき者への供養と言えた。 「おい!鶏が入ってねえじゃねえか!」 荷を検めていた飛騨濁酒(ia3165)が指摘した。依頼人の少年が準備した荷は姉夫婦の生活に必要な衣服道具が中心で、食料は保存の利くような物が多い。濁酒は皆に待つよう告げると、暫くして籠に三羽の鶏を入れて戻って来た。殊更に目立つよう籠を据える。 北面の精霊門で依頼人と落ち合った開拓者は七名。医者に扮した遥平と助手役のアルカ・セイル(ia0903)、その警護の橘 楓子(ia4243)が共に庵へ向かう。 「道中半ばまで、ご一緒する。俺達は別働隊として、礼珠殿や雛菊殿をお守りする」 氷海威(ia1004)の説明を受けた礼珠は、よろしくお願いしますと握手すべく手を伸ばした。咄嗟に身を固くした威は「すまぬ」と一言。日中まだ暑いにも関わらず、彼の服装は肌を晒さぬ服装に肘まである手袋だ。 「いいえ、こちらこそ。皆様をお頼りしております。よろしくお願いいたします」 何か事情があるのだと感じ取ったのだろう。礼珠は深く問いただす事なく柔らかく笑んだのだった。 ●妊婦 山道を荷運びの一行がゆく。 妊婦の身で雛菊は此処を上り下りしていたのだと言う。亭主の言うがままに、生きた鶏を求めて里へ降りる為に。 (「貞淑な妻、献身的な女房と言えるのだろうけど‥‥ただの言いなりになるなんて、あたしにはできないねぇ」) 自由奔放に生きる楓子にとって、亭主に傅く生き方は窮屈に映るのかもしれない。だが同時にアヤカシと化した夫に傅く雛菊を責めるつもりも彼女にはなくて「面倒くさいねぇ」と肩を竦めた。 庵の近くでひと悶着起きた。 「荷を運ぶのは俺様と礼珠だけかよ」 濁酒が見回す。医者役の遥平と助手のアルカ、警備役の楓子は同行できない。小雨、鎮璃、威は別働隊として潜伏する手はずで、庵まで荷運びができないのだ。 「重いが、すまぬ」 集団で訪問して敵に警戒されぬ為とは言え、皆で運んできた荷を負担させねばならない事に気兼ねして、威が詫びた。 庵に到着し、弟の呼ばう声に雛菊が顔を出した。目立ち始めた腹に荒れた手を添えている。 「大村様のご依頼で荷をお届けにあがりやした〜」 庵の前で、濁酒は普段とはまるっきり違う腰の低い声を挙げた。荷を降ろしつつ、旦那様はいずこへと濁酒が問うと、雛菊は山へ出ていると答えた。果たして、まことかどうか。 「荷の運搬は終わりました‥‥では、あっしはこれで失礼します」 揉み手でもしそうな勢いで体ごと礼をすると、さっさと庵を後にした――振りをして、そのまま物陰に身を潜める。 「姉上‥‥これを」 震える手で二通を文を手渡した。一読した雛菊は表情を曇らせた。 「礼珠‥‥どういう事?」 目を逸らし首を振る弟に問いただそうとした、その時。次なる訪問者が到着を告げた。 「弟さんからのお手紙を読んでいただけましたでしょうか。奥方とお腹の子の具合を診て欲しいと頼まれた紙木城と申します」 立て板に水。爽やかに理知的な青年は名乗った。 雛菊はどうして良いかわからないでいる‥‥ややあって、女は青年をしっかと見つめて告げた。 「殿方のお医者様にはかかりとうございません。折角来ていただきましたが、お引取りくださいませ」 礼珠あなたもあなたです、わたしは村の産婆さんのお世話になっておりますものを‥‥そう弟を叱る雛菊の言葉は偽りであったのだが。 礼珠が渡した異なる2通の文を読んだ後で登場した遥平は充分に胡散臭い存在だった。そもそも里との僅かな行き来のみで山に籠りきりの女に、医者にかかるという発想はない。まして妊娠という女の一大事に、異性の医者にかかるなど言語道断。 助手役のアルカないし警護役の楓子が女医役か産婆役になっていれば、少しは違った反応も見られたかもしれない。だが現れたのは男、もし本当に医者であったとしても雛菊は羞恥が先に立って診てもらおうとは思えなかった。 「そうですか‥‥しかし奥方はお疲れのご様子。町の診療所まで行かれては」 助手も手伝いますので。遥平に水を向けられてアルカは軽く会釈した。 雛菊とて不安であった。夫の急変、ようやく安定し始めた体調。町の診療所へと言われて、不安が一気に加速した事は否めない。 (「献身的な女房‥‥か。母親であってもらいたいね」) 別れ際、楓子の腹への視線を感じて雛菊は微笑んだ。その顔はまだ見ぬ我が子を待つ幸せを思わせて、雛菊がやつれている分悲壮にも感じられた。 (「腹の子は母親しか護れないんだからさ‥‥お前さんはあたしが護るから」) その様子を小さな狐が見つめていた。 ●憑き物 一方、別働班。 庵裏の藪に隠れた三名は、時折腕や足を叩きながら庵の様子を伺っていた。礼珠を伴った濁酒、医者役一行が到着して―― 「遥平兄はんが断られたわ、雛菊はんに」 符を管狐へと進化させた小雨が庵の偵察を実況中。雛菊が庵へ入った事を鎮璃に告げた。今の所、亭主の姿は見ていない。 管狐が小雨の手元で符に戻ったのを認めた鎮璃は、離れた場で待機している威に合図した。遠目には見えぬが、威が符を蝿に進化させ飛ばしたはずだ。 「外出中との事ですが‥‥確かめてみましょうか?」 「まあ監視は始まったばっかりや、ぼちぼちいこ」 心眼を発動しようとした鎮璃を制して、小雨は牡丹餅を差し出した。張り込みは気長にやるに限る。のんびり構えて待つとしよう。 「鶏を丸ごとなぁ‥‥」 ぽつんと呟いた。うち鍋がええなと続けた小雨は、鎮璃を前に爆弾発言。 「鶏鍋もええけど兎鍋もええんよ。鶏肉に似て柔らかぁて、口の中でこう‥‥鎮璃兄はん、何で固まっとるのん?」 神楽に帰れば白兎の林檎が待っている。大事な大事な同居人。鎮璃は笑って誤魔化した。 監視を引き継いだ威は牡丹餅を手に精を出す。 (「弟を残し、雛菊殿は、庵の中か‥‥」) 式を内部へ潜入させたところ、雛菊は疲れた様子で座り込んでいた。泣いているのかと見紛うような哀しい顔をしている。 「あなた‥‥わたし、あなたを信じていて‥‥良いのですよね‥‥」 常と違う事が次々に起こっていて、妊婦の精神的な疲労は高まっていた。 夫を信じたい。だが夫の変貌は余りに突然過ぎて。誰に縋って良いのか、誰にも縋ってはいけないのか、雛菊は混乱しかけていた。 「姉上‥‥」 礼珠が入ってきた。申し訳なさそうに余計な事をいたしましたと詫びる。いいえと首を振り、雛菊は辛うじて残った理性で言った。 「わたしは、あの人を信じているわ‥‥だから、真実を知りたいの」 きちんと、教えてくれるわよね。 もう一通の文を手にした雛菊は、弟を伴って再び庵の外へ出た。 庵の裏手に居た者は、威の合図で雛菊の接近を知った。もはや藪に隠れる必要もないので、立ち集まり彼女を待つ。 弟と共に現れた妊婦に酷ですがと前置きして、鎮璃は真実を告げた。 「いいえ‥‥これではっきりしました‥‥今のあの人は、わたしのあの人ではない事を」 安心しましたと礼を述べる雛菊の表情は固い。小雨が捕捉した。 「アヤカシに憑かれるっちゅー事は、死ぬっちゅー事や。そこに例外はあらへん。放っといたら雛菊はんも食べられてたんや」 鶏のように、とは敢えて言わないが、アヤカシと同居する者の末路は明白だった。それに‥‥今の雛菊にはもう一人分の命がある。 「夫の忘れ形見、むざむざアヤカシに食わせぬ為にも‥‥生きられよ」 精一杯の想いを込めた威の言葉が雛菊の心に沁みた。 医者を騙った者達も集まって来た。雛菊が事情を知ったとわかり、アルカが言い添える。 「一番大事なのは、あんたが信じてやる事だ。化けの皮被ったアヤカシじゃなく‥‥優しかった本当の夫を」 頷いた雛菊の瞳から涙が溢れ出した。 夫が庵内にいる事を確認し医者班に護衛を任せて、三名は動き出した。別働監視していた濁酒も合流する。 「できれば綺麗な状態でお別れをさせてあげたいですね」 「うむ、ご遺体は傷つけたくない」 「雛菊はんの為にもな」 無傷は難しいかもしれないが努力はしたい。荒縄を握り締めた鎮璃に威と小雨の同意が重なる。小さな庵の夫が臥しているという奥部屋へ突入した。 アヤカシに憑かれた死人は、うっそりと乱入者を眺めた。 だが、それらが自分に害するモノだと知るや、死人の動きは居合わせた者の誰よりも素早かった。 用意した鶏の残り香でもあったのだろうか。死人は鎮璃の捕縛を掻い潜り、濁酒へ向かって駆けた。咄嗟の事に避けきれず、濁酒はまともに攻撃を食らう。 「咆哮を使う必要もなかったな」 嘯きつつ体勢を整える濁酒。 「天津御霊国津御身八百万精霊等共爾‥‥喰らっとき!」 暴れるアヤカシに近付き小雨が砕魂符を打つ。手痛い一撃を喰らって怒りを顕わにするアヤカシに威の呪縛符が重なった。 「身体は動かぬ、獲物は逃げる‥‥さて、どうする?」 威は遺体を傷つけぬよう、アヤカシのみを滅する事ができるよう念じつつ符を打ち込んだ。 「何だか様子がおかしいね‥‥面倒くさいねぇ、ちっと助太刀して来ようか」 庵から離れようとしていた楓子が気付いた。あまりにも長いのだ。心配そうに見遣る雛菊に「腹の子を大事に、ね」と言い残し、楓子は戻って行った。 拘束されて尚、アヤカシは敵意を向ける。 鎮璃の長槍がアヤカシの脇腹に深く食い込んだ。遺体から叩き出せぬなら、せめて目立たぬように。衣服で隠れる場所を狙う。 出発の時点で一人欠いていた。依頼人の護衛で三名を欠き、四名で戦っている。更に遺体への配慮を抜きにしても攻撃がなかなか当たらない。自然、長期戦になった。 援護に現れた楓子も加えて、少しずつ削るように対手の体力を奪ってゆく。だが、戦闘があまりにも長期化し仲間も疲弊していた。特に、主な攻撃手となっていた陰陽師三名の消耗は激しかった。 (「帰すべきを帰し、滅すべきを滅し、守るべきを守るべし」) 陰陽師としての己の誓い。もう誰も失わなせたりはしない。符を握り締め、威は諦める事なく打ち付ける。 漸くアヤカシを倒した頃には、皆一様に疲れ果てていた―― ●依頼記録 大村礼珠の依頼に応じた開拓者七名は、礼珠を伴い護衛対象の庵へと向かった。 豹変していた雛菊の夫にはアヤカシが憑いており、それを討伐。里の者により懇ろに弔われた。 雛菊は礼珠の許に身を寄せている。母子共に安静を要する状態だが、医師によると心が安定すれば大丈夫だろうとの診立てである。 |