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■オープニング本文 翼を持たない生物も、頑張れば空を飛べる! ――かもしれない。 ●発端 北面は仁生、七宝院邸。 名家の流れを汲む下級貴族の一ノ姫を前に、猫又が不貞腐れていた。 「絢子よ」 主従の立場はない、仁生滞在中身を寄せているだけの猫又は、厳かに七宝院 絢子(iz0053)の名を呼び捨てると、至極当然の事を口にした。 「‥‥我は、空は飛べぬぞ」 猫が空を飛べないのは、幼子も容易に判断できる事だろう。勿論猫又にだって飛行能力はない――しかし。 絢子は、扇で口元を隠したまま事も無げに言ってのけるのだ。 「あら‥‥だからこそ訓練の価値があるのではなくて?」 そして今日もまた、七宝院家の一ノ姫様は、乳母の於竹に空へ連れ出される猫又のちくわを見送るのである。 「於竹は不満ではないのか?」 飛空船の発着場で、ちくわの問いに乳母は平然と「何がでござりますか」と問い返した。 この乳母にとっては一ノ姫が何より大事、居候の猫又は姫様の食客でしかない。 「翳姫様のお申し付けでござりますれば、於竹が叶えて差し上げるのは当然の事にござりまする」 そこに、ちくわの意思確認が介入する余地はない。 於竹から船長に引き渡されたちくわは嫌々ながらも諦めて、訓練の名を冠した無茶振りに付き合わざるを得なくなる。 (いっそ、逆訓練でもできぬものか) 恨みがましく、そんな事を考えながら背中の毛を逆立てて、空の緊張に耐えるのだ。 ●修業は道連れ 再び、七宝院邸。 げっそり疲れ果てたちくわが、絢子に物申している。 「絢子よ。これは虐待ではないかと思う」 「‥‥そうかしら」 扇を口元に添えたまま、絢子は心底不思議そうにちくわに問い返す。 嗚呼、浮世離れした姫君の気まぐれよ。 自身もまた人の世の常識とはかけ離れた所に生きるものなのに、ちくわは自分が絢子よりも常識を識っているように思えてならない。 他の猫又が訓練を行うのは、開拓者の朋友だからである。開拓者と共に戦場に赴く為の訓練である。一般人、お貴族様の家で居候している自分が訓練しても然して意味はない。 ぐったりと、ちくわは口を開いた。 「絢子よ‥‥我のみ訓練しても意味はなかろう」 「何故?」 「開拓者の許に居るもの達は、絆を深める為に共に訓練していると聞く。我のみ鍛えても意味はない」 いっそ絢子も巻き込んでやる。 ちくわとしては、そのつもりで言ったのだが。 「そうね‥‥於竹」 意外とあっさり肯定の声を聞いて、ちくわは拍子抜けした。既に絢子の意識は乳母に向いている。 続いた言葉に悲鳴を上げたのは乳母の方であった。 「於竹、ちくわと一緒に訓練を受けていらっしゃい」 ――という経緯があって、一人と一匹は北面開拓者ギルドに居た。 「なにゆえこのような事に‥‥」 於竹が非難がましく己を睨んでくる。どうしてこうなったのか、ちくわの方こそ訊きたいくらいだ。 何度目かの恨み言に閉口して、ちくわはギルドの受付に身を乗り出した。 「頼もう。我らと共に訓練を行う者を集めて欲しいのだ」 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
アルネイス(ia6104)
15歳・女・陰
浅井 灰音(ia7439)
20歳・女・志
汐見橋千里(ia9650)
26歳・男・陰
フィーネ・オレアリス(ib0409)
20歳・女・騎
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
シルビア・ランツォーネ(ib4445)
17歳・女・騎
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟 |
■リプレイ本文 何故だろう。普段以上に過酷な訓練が待ち構えているような気がした―― ●追う猫 「俺は猫エージェントのミハイルだ」 アーニャ・ベルマン(ia5465)の朋友・ミハイルは白い前脚で掛けていた黒眼鏡を外して、にやりと笑った。 さぞや百戦錬磨の大猫又に違いない。緊張するちくわに、黒眼鏡の下から現れた瞳が鋭く光った。 「猫又の戦いを教えてやるぜ。遠慮なく来いよ」 ちょいちょい、と招く白足袋の前脚は爪を出さない。その扱いは、まるで仔猫に対してかのようである。 ちくわは少しむっとした。だから前脚に力を込めると、思いっきりミハイルに振り下ろした。 「どこを殴ってるんだ?」 華麗に避けられて、ちくわの渾身の一撃は虚しく空を切った。何度爪を繰り出しても、その度にミハイルはするりするりと避けてしまう。 「ほら、頭、尻尾、背中」 ここにあるぞとミハイルは自身を示す。時折ちくわに近寄っては前脚でちょんちょんと触れてゆくのが尚腹立たしい。 ちくわはムキになって追い掛け回した。 「鎌鼬、使いたければ使え。それくらいのハンデは必要だろ」 「そのようなもの、要らぬ!」 ますます頭に血が上ったちくわの攻撃が当たるはずもない。見かねたアーニャが中休みを申し出た。 あくまで余裕のミハイルは、戦闘慣れしていないちくわを通して自己も振り返ってみるつもりでいた。だから、ちくわの本気はしっかり受け止めてやるつもりで、尚も発破を掛けてやる。 「お前の爪が俺に当たったら、またたび酒を奢ってやるぜ」 「ミハイルさーん! またそんな勝手な事を‥‥」 彼の奢りはアーニャの払いだ。思わずアーニャが口を出す。 しかし、頭を抱えている開拓者を他所に、猫又達の間では約束が成立したようだ。 「肴に竹輪を付けてくれるか」 「いいだろう。頑張りな」 それからは兄猫又の胸を借りる弟猫又の訓練といった様相になっていった。 もう、ちくわには張る意地はない。野生の猫が親猫から狩りを習うように素直にミハイルへと向かってゆく。結局ミハイルには毛一本触れる事はできなかったけれど、両者共に得るものはあったに違いない。 ●大切な―― 蜂蜜色の髪が軽やかに揺れた。 「千里、どこ行くの?」 人妖の和登がうきうきと尋ねてくるのを、汐見橋千里(ia9650)は無表情で見つめていた。 (遊びに来たと思っているな) 感情が表に出難い千里が無表情なのはいつもの事、ご機嫌の和登は気にしない。それどころか千里がずんずん郊外へ進むものだから、ますますピクニック気分で期待している。 (この調子だと、訓練の為に北面へ来ているなどとは全く思っていないな‥‥) ――さて、和登は機嫌よく訓練を受けてくれるだろうか。 案の定、和登はすっかりおかんむりだ。 「着いたぞ。今日はここで訓練だ」 「えーっ! やだやだ! クンレンなんて楽しくない!」 黙って仕度を始めると、和登が千里の着物の裾を引っ張って食い下がった。 青い空を飛んでいた、小鳥が一羽降りてきて「どうしたの?」とでも言いたげに二人を見ている。 「人魂の訓練だ。あの鳥と感覚を合わせるぞ」 「やーだーっ! 千里はいつもおしごとでいないじゃない! たまのお休みは本読んだり庭いじりばっかり! 今日は和登と遊ぶの!」 「私は聞き分けのない子は嫌いだ」 ぴちち。小鳥が和登を呼んでいる。 仕方なく和登は千里の言うままに小鳥へ意識を集中した――が、遊びたい盛りの人妖の集中はすぐ途切れてしまって、和登は和登のまま。小鳥に変ずる事はない。 「もう!こんなの出来ないの! 和登帰る!」 「一人で帰れるものならな」 足をじたばたさせて和登は駄々をこねた。しかし千里は動じない。それどころか、平然と受け流す。こんな時、無表情の小憎らしさと言ったらないだろう。 「むううー!」 ぱこーん。 偶々掴んだ木の枝を千里に向かって投げつけた。避けもせず、和登の癇癪を無表情で喰らう千里は何を考えているのやら。 感情が表に出難いだけで、千里にも考えはある。怒りもするし心配もする。 「私がお前を依頼に連れて行かないのは、お前が未熟だからだ。見なさい」 ちくわがミハイルを必死に追っていた。 実情はまたたび酒を賭けた追いかけっこだったのだが、立派な模擬戦に見えて和登はしょんぼりした。目に涙を浮かべている。 ――戦えないから、千里はいつも自分を置いていくんだ。 「‥‥和登は千里のお嫁さんになりたいのに、こんなんじゃ‥‥」 和登に視線を合わせたまま、千里は「配偶者になるという事は家族になるという事だ」と言った。 「私達はもう家族だろう? 家族だからお前が心配なんだ。怪我して欲しくない。だから訓練もするんだ」 解るね? そう尋ねて頷いた和登の頭を優しく撫でた千里は持って来た弁当を和登に持たせた。 「ではまた始めよう。だがその前に腹ごしらえだな」 「うん!」 次はきっと小鳥になれるに違いない。 ●汝の名は 低草が風に揺れている。広く開けた其処には、案山子が陣形を組んでいた。 「この案山子はいわば敵。今日はこの案山子を相手に連携の特訓をするよ」 浅井 灰音(ia7439)が案山子を示してレギンレイヴに告げた。迅鷹は灰音の言葉を聞いているとばかりに蒼白い頚を傾けてじっとしている。 案山子を並べ終えた灰音は、右手に剣、左手に短銃を持ち意識を集中した。 途端、灰音の周囲の気が張り詰める。 「さあ、始めるよ、レギンレイヴ」 声と同時に迅鷹が二対の翼を羽ばたかせる。蒼の翼が雄々しくも美しく陽光に映えて、不可侵の美は青の空へと舞い上がった。 案山子の数や二十余、動きこそしないけれど兵と想定して配置した並びには隙がない。それらを一人と一羽で倒すのが今日の課題だ。無論個々で攻撃していては意味がない。開拓者とその相棒、息を合わせて戦う為の訓練である。 上空でレギンレイヴが旋回している気配を感じる。 左手の短銃を構え、案山子の一体を狙って撃つ。狙い違わず貫通した案山子へ、弾薬を追うように烈風が襲い、胴半分を宙へ跳ね上げた。 灰音が狙った案山子をレギンレイヴが風斬波で切り裂く。幾度となく繰り返す内に、互いの呼吸が解り始めた。レギンレイヴが灰音の動作の何処に着目して反応しているのか、意識する事で更に連携の精度が上がってゆく。 「そろそろ、次の連携に移ろうか」 中天で待機しているレギンレイヴへそう言うと、灰音は右手の片手剣を構え直した。 金の薔薇があしらわれた、女神の名を冠した優美な剣である。刀身に意識を集中し、灰音は喚んだ。 「我が剣に宿れ‥‥汝の名はレギンレイヴ!」 女神の祝福を受けたという剣、その柄の薔薇が蒼に染まる。蒼白い光を放ち輝き始めた剣の変化はレギンレイヴの同化によるものだ。 新たな力を以て、灰音は前衛の案山子に肉薄した――瞬間、案山子の胴が落ちていた。重い音を立てて地に落ちた頃には次の案山子を流し斬る。そうして全ての案山子が使い物にならなくなるまで、一人と一羽は訓練を続けたのだった。 訓練を終え、肩に止まらせたレギンレイヴに餌を与えつつ灰音は相棒に労いの言葉を掛ける。 「お疲れ様。今日の経験がこれからの戦いに活きるといいね」 共に戦いを楽しむ為に。 彼女の言わんとする所を悟って、レギンレイヴが同意とばかりに甲高い声を上げた。 ●仲良くなろう 「こんにちは、ちくわさん」 行儀良く挨拶したレティシア(ib4475)に猫又は機嫌よく挨拶を返した。女の子には愛想が良いようで、猫好きレティシアのもふりにも快く応じている。 ごろろごろろと喉を鳴らしているちくわの喉元を撫でていたレティシアだが、視線を感じてその手を止める。 視線の主は判っているのだ。 付き合いの悪そうな孤高を貫く白銀の龍。龍舎では一匹ぼっちで不貞寝しているに違いない――駿龍のフィンブルヴェトル。 振り返ればやはりじっと見つめていた。 フィンブルヴェトルからすれば、レティシアは妹のような存在だ。年上振ってみたい少女は未だ幼くて、したたかな癖に無防備に過ぎる。放っておけない可愛い妹なのだが、その妹にフィンブルヴェトルの気持ちは通じていない。 「フィル‥‥」 一匹ぼっちの駿龍は、孤独に震えて(注:レティシア視点)いた。 きっと龍舎でもこんな風に、仲間に入れて欲しそうに――あ、フィンブルヴェトルがソッポ向いた。 「もうお姉さんが一肌脱ぐしか!」 このままではいけない。レティシアお姉さんは張り切っていた! 一人と一頭は落ち着きそうな場所へ腰を下ろした。 ぽかぽか陽気に草は青々、フィンブルヴェトルの背にもたれればぬくぬくだ。 そのまま昼寝するのも素敵だったけれど、今日の目的は来たるべき公園デビューに備えてフィンブルヴェトルの引っ込み思案を克服する事だ。 レティシアはバイオリンを取り出した。 「いいですかフィル。みんながいて世界があるのです」 ぎぃ〜〜〜〜 バイオリンを鳴らす。 一本の弦を鳴らしてもひとつの音しか出ないけれど、二本の弦に弓を当てると、ほら和音。 小鳥の囀りを使えば野原の小動物が集まって来た。生き物に囲まれて、フィンブルヴェトルは落ち着かなさげだ。構いたいのを我慢して、レティシアは和を説いた。 「大切なのはハーモニーです、フィル」 歌ってごらんと促され、フィンブルヴェトルは唸るような声を出した。彼なりに歌っているらしい。実は歌好きの龍である。 スキルを継続しながらレティシアは次の段階へ。 「時には相手の歩幅に合わせてあげられるか。気遣いは春の始まり、です」 バイオリンを奏でる少女を先頭に白銀の龍と小動物達の、微笑ましい行進が始まった。 その後、思いのほか小動物に心を開いたフィンブルヴェトルに、今度はレティシアが焼きもちを――というのは、また別のおはなし。 ●人馬ともに いつ何どき激戦地へ向かう事になるやも知れぬ。 鍛錬は積んでおくに越した事がないと、皇 りょう(ia1673)は戦場と同等の装備を身につけて、訓練に臨んだ。 良い天気である。ともすれば汗ばむ陽気ではあったが、これも有事に備えてのことだ。 「白蘭」 準備を終えて、傍らで草を食んでいた霊騎を呼んだ。鍛錬を始めるぞと声を掛ければ、寄ってきて素直にりょうを背に乗せた。 「重いか、白蘭」 開拓者仕事の報酬という、初めて自身の力で手に入れた霊騎は通常の馬よりも小柄だ。重装備の自分が騎乗して大丈夫だろうかと、白蘭にベタ甘のりょうは気になるが、当の白蘭は全く苦にした様子もない。 どうやら今日は機嫌が良いようだ。 日向ぼっこと草を食むのが大好きなこの霊騎は、非常に気性に波がある。全くやる気を見せない時に何をどう呼んでも無駄だから、今日の白蘭は真面目に鍛錬を行う気でいると見てよさそうだった。 凛々しい女武者を乗せた霊騎が野を駆けてゆく。 なみあし、はやあし、かけあし――鎧一式身に纏う、これはりょうの騎乗訓練でもある。 (私も、馬との付き合い方をもっと学ばねばならぬ) 生真面目にそんな事を考えながら、白蘭と意識を合わせようと心を澄ます。初めは煩かった武具防具の音が、だんだんとリズミカルになってきた。少しずつ人馬一体となってきたのかもしれない。 もう少し駆けさせても大丈夫だろうかと白蘭の腹を軽く蹴った途端、重心がずれた――と感じた瞬間には、どさりと落ちていた。十間ほども離れた所で白蘭が止まっている。鎧の重さに、りょう自身が付いていけなかったらしい。 (‥‥くっ、戦場で落馬する訳にはいかぬ) もう一度。 鎧の重さを考慮した体重移動を体で覚えて、次に目指すは小高い傾斜。 先程は青々した草の上だったが、土の上で落馬は思わぬ怪我の元になる。少々不安ではあったが、有事の際、最悪の状況を想定して鍛錬しておいた方が良い。 (私とて一介の武人、臆しているわけにはいかぬな) 「‥‥白蘭、お手柔らかにお願いするぞ?」 意を決して白蘭に声を掛ける。指に馴染む白毛が頼もしかった。 一通りの訓練を終えて、りょうは武器防具一式を外して置いた。 「もう少し‥‥付き合っては貰えぬだろうか、白蘭」 一人の女を乗せた霊騎が野を駆けてゆく。鍛錬とは別の、人と馬が共に親しむ時間。 ひとしきり駆けた一人と一頭は、水場で汗を流した後、神楽へと戻って行った。 「これからも宜しく願おう、百蘭」 りょうの微笑みを残して。 ●金色の薔薇 開拓者が朋友とする存在はいくつかあるが、中でも駆鎧――アーマーは特異な存在と言えるだろう。搭乗者の練力を消費する事で駆動できる巨大な鉄の鎧は、ジルベリア帝国によって天儀へ齎されたものである。 戦場に於いてアーマーと搭乗者は一心同体、意のままに乗りこなすには搭乗者自身に相応の技量が求められる。アーマーは搭乗者の防具であり武器でもあった。 深紅のアーマーが野を駆ける。深紅のボディに薔薇の紋章が黄金色に咲いていた。戦場にあればさぞ凛々しくも美しい駆鎧であろうか。 フィーネ・オレアリス(ib0409)が駆るロートリッターは、訓練の姿もその見目に相応しい優美な身のこなしをしていた。 深紅の閃光が走った。 アーマーの重さを感じさせぬしなやかな走りから攻撃へと移行したロートリッターの大剣が草を薙ぐ。青々とした初夏の原に深紅が映えて美しい。 乗り手もまた誇り高い美女であった。編みこんだ纏め髪は黄金に輝き白い肌に映える。翠の瞳に優しさを湛え――しかし戦いの場では毅然と。 大剣を構え、振るう。その太刀筋は深紅の薔薇が咲いたような艶やかさだ。続いて、ぴたりと静止したロートリッターのボディに咲いた黄金の薔薇がきらりと光った。 (戦いの場こそ美しくあれ) 気高く、凛と立ち続ける為に、薔薇の貴婦人は訓練にも手を抜かない。深紅の駆鎧はまさにフィーネそのものなのだ。 一通りの訓練を終えて土埃を浴びたロートリッターを丁寧に洗う。所作だけに留まらずアーマー整備も搭乗者の務めだ。 (こうしてマメにトレーニングをしてあげないとダメなのですよね) きっちり磨き上げられたロートリッターは、陽の下で輝いている。 空映す機体を眺めつつ紅茶のカップを傾けながら、フィーネはこの一日の切っ掛けとなった猫又が野を駆けているのを見つけて苦笑した。 ●追われる猫 先程まで追う側だった猫又が、アーマー二機に追われている。 「このあたしが折角相手してやるんだから、大人しく捕まりなさいよ!」 アーマーのサンライトハート改、略称サンライトからシルビア・ランツォーネ(ib4445)が容赦ない声を浴びせた。 動力音が神経を逆撫でる。毛を逆立て、半ばパニック状態で逃げた先には、大蝦蟇が待っていた。 「ちくわ‥‥美味そうな名前なのだー♪ さぁこい!捕まえてやるのだ〜」 「!!」 ジライヤのムロンが蝦蟇舌をべろーんと伸ばしたから堪らない。辛うじて喰われるのは回避できたものの、ちくわの毛並みは濡れそぼってベタベタだ。 「もう少し味見したいのだ〜」 (なにゆえ我のみが‥‥ッ!) 完全に他人事で見物している於竹を遠目に、恨めしげに召喚主を見遣る。ムロン召喚中のアルネイス(ia6104)が、至極真面目に「頑張って逃げてくださいね〜」のほほんとのたまった。 さて、誤解がないように申し添えておくと、開拓者達は猫又虐めをしているのではない。 一般的な朋友よりも能力未開発なちくわの為に、楽しく鍛錬を行おうという試みだ。 その決まりは単純に『一定時間内に、ちくわが逃げ切れば勝ち』。 開拓者側は能力差を考慮の上、ちくわに酷い事をしないようにと気をつけての鬼ごっこなのだが、数や大きさの圧迫感は如何ともし難いようで、ちくわはそろそろ正常な判断ができなくなってきているようだ――あ、補食されまいと動いたちくわが『夢の翼』の旗印に突っ込んだ。 「あれっ‥‥大丈夫?」 X3『ウィングハート』を駆動していた天河 ふしぎ(ia1037)、左手のハサミでちくわを捕まえる気満々だったが、こんな形では心が痛む。息も絶え絶えの猫又を、そっと抱き上げて小休止と相成った。 「情けないわね。こっちは全力でやってやるんだから、あんたも頑張りなさいよ」 ――まったく、異国の地で猫追っかける羽目になろうとは。 シルビアの口調はきついが、文句が出る分ちくわの事を真剣に考えているのだとも言える。 (いくら機体自体の性能が良くたって、搭乗者とのアジャストができてなきゃ意味ないわ) ――より一層、人機一体の動きが取れるようにならなければ。 他人に厳しい分、自分にもまた厳しい娘であった。 「さ、一休みできたでしょ。続けるわよ」 多少持ち直したちくわ、ウィングハートのマントを調えているふしぎ、召喚中の逢瀬を満喫中のアルネイス――さらっと見遣って、シルビアは素っ気無く続きを促した。 「逃げるなーなのだぁ!せいやぁ!」 ドドドドドン! ムロンの大見得が決まった! ムロンが居る辺りを中心に土煙が上がった。これではムロンが何処にいるか判らない! ――が、梵露丸を口に含んだアルネイスの冷静な突っ込みが入る。 「あれ? でもそんな事したら肝心のちくわ殿も煙幕の中に消えちゃうんじゃ‥‥」 はてさて、煙幕の外では猫又追うアーマーの図が再開されていた。 「行けっ、ウィングハート!」 前を走るちくわへ、ウィングハートが全身で突っ込んでゆく。辛うじて交わした猫又は一目散に木へと登った。 通常の追いかけっこであれば高い木の上は捕まえ難い場所であり、場合によっては反則にもなる――のだが。 そこはそれ、アーマーは非常な巨体なのである。 安心して一息入れているちくわへ、そーっと近付くアーマー一機。 「‥‥大人しく捕まりなさい!」 轟音と共に飛んできたサンライトの腕に驚き、ぎゃッと声を上げて、ちくわが木から飛び降りる。 逃げようったって、そうはいかない。 シルビアは練力消費を考えて背後接近作戦に切り替えたのだ。急襲の機会は一度きり、これで逃せばちくわも警戒するだろう。 「待ちなさい‥‥!?」 そう、確かにシルビアは練力消費を考えていた‥‥が、時間とは非情なもので、離れた場所でウィングハートが落ちている。 制限時間内に練力を使い果たしたアーマー搭乗者達を他所にちくわは逃げて―― ――時間内一杯召喚し続けたアルネイスの勝利というべきか。 煙幕に突っ込んだちくわは、ムロンの口の中に納まったとか。 ●空の散歩 夜になって―― 皆が去った原の上空では、燕 一華(ib0718)が駿龍の蒼晴と夜間飛行を楽しんでいた。 いつもは他の朋友込み、しかも仕事や訓練で飛ぶだけだったけれど、今だけは一華を独り占めだ。蒼晴は宵闇もものともせずに機嫌良く飛んでいた。 「夜の風も気持ち良いですね‥‥っ、蒼晴っ」 人間にはほんの少し肌寒い感じもしたけれど、蒼晴と共に風を感じられるのが何より心地良い。藍闇の中、僅かな月の光が真新しいてるてるぼうずを淡く浮かび上がらせた。 あれからもうすぐ一年になろうか。 『わぁっ、青い綺麗な姿ですねっ!』 幾分小柄な青い龍を見つけた嬉しそうな第一声を、青天白日のように見た人接した人の心を晴れやかにとの願いを込めた『蒼晴』という名を、首に掛けて貰った一華と揃いのてるてるぼうずを――蒼晴は、とても気に入っている。 あの日から、一華と蒼晴は朋となった。 ひとしきり空を満喫して小休止。一華が奏でる笛の音が、夜の闇に溶けてゆく。 風の音のような鎮魂を奏でていた笛から唇を離し、一華が漏らした。 今日は夜の飛行だったけれど、昼間の空中散歩も悪くない。それに―― 「‥‥えへへっ、蒼晴も友達が居た方が嬉しいですもんねっ」 いつか、きっと。 蒼晴が大好きな笑顔で、一華は「楽しみにしていてくださいねっ」そう約束したのだった。 |