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■オープニング本文 雲の間から覗いた陽の光が、紫陽花に浮かんだ雫に反射している。 梅雨の合間の晴れた日に、ささやかな転機を迎えた者達がいた。 ●涼暮月の宴 砂の儀アル=カマルに眠る古の船を巡る戦いもひと段落した、ある日のこと。 神楽・開拓者ギルドでは、受付業務の職員が机に突っ伏して行き倒れていた。 「腹ァ減った‥‥」 この職員、名を哲慈という三十路真っ只中の男やもめである。だらしなく着崩した着物の襟元はうっすらと垢染みて、彼の日常生活のお粗末さが透けて見える。おそらくは自炊もせず食料の備蓄もないのであろう、ゆうべから何も食べていないのだと恨めしげに同僚に愚痴った。 哲慈より幾分若く、対照的に神経質そうな同僚――名を聡志という――が、仕方がないでしょうと返した。 「私が起こしに行ったから良いようなものを‥‥あんなものを食べては体を壊します」 どうやら食料はあったらしい。ところが食料は、この陽気ですっかりカビてしまっており、聡志が問答無用で廃棄処分したようだ。 哲慈が未練たらしく「あれはまだ食えた」などと反論しているのを、梨佳(iz0052)に遣いを頼んでいた年若の職員・桂夏が聞きとがめて、彼らを呼んだ。 「じゃあ、私達とお茶しますか? 新茶に合う甘味の試食をするんです」 もう上がりでしょう、と桂夏。これから梨佳の下宿先で、兎月庵の新作候補を食べ比べるのだと言う。梨佳が兎月庵へ出向いて下宿先へ甘味を運んでいる間に、桂夏が仕事を終わらせる手はずなのだとか。 餅屋へ遣いに行くのだという梨佳に、そう言えば‥‥と聡志がもうひとつ指令を下した。 「そうそう、今日は兎月庵に開拓者を派遣していましたね。そろそろ上がりの頃合でしょうから、声を掛けてやりなさい」 はぁいと元気に返事して、梨佳はギルドから出て行った。 「‥‥うし。梨佳ァ行ったな?」 行き倒れていた哲慈が、もそもそと起き上がった。さて、と頭を掻きながらギルド内にいる開拓者達へ「おめェら暇か」と声を掛け始める。何事かと寄ってきた開拓者達に、哲慈は自分達との同行を誘った。 さて、ここからが本題である。 「このたび梨佳の面倒を私達三人で見る事に決めたのです」 聡志の言葉の意味を、開拓者達は思い巡らせた。それはもしや―― 哲慈が頷く。正規職員が面倒を見る、それは梨佳が見習い職員として扱われる事を意味していた。 そもそも職員見習いは非公式のもので、正規職員が自費で後継者を育てる徒弟制度のようなものである。つい忘れがちであるが、梨佳は日々ギルドに通って自主的に雑用をしているだけの一般人であり、誰か特定の職員の下に就いて経験を積んでいる訳ではない。 今のままではいつまで経っても見習いとしての経験は積めない。そこで三名は相談したのだった。 「本当は私一人が梨佳ちゃんの面倒を見なければならないんですけど‥‥」 桂夏の声が段々小さくなってゆく。彼女は三名のうちで最も年が若い。職員としての経験も浅く、得意とする担当業務も偏りがある為、先輩同僚の二人にも協力して貰うのだと言う。 「私が担当するのは街の人材派遣です。聡志さんは公的なお仕事が多くて、哲慈さんは幅広い担当をお持ちです。梨佳ちゃんには色々覚えて貰いたくて」 「梨佳と一番親しいのは桂夏ですから、仲良くやっていけるでしょう」 聡志はそう言って、御披露目がてら開拓者達にも祝って欲しいと言った。 先程ギルドを発った梨佳は、兎月庵で甘味の荷を受け取って下宿先へ向かう。彼女が到着するまでに宴会準備を済ませて欲しいのだ。 宴会場所は梨佳の下宿先。 一階部分で大衆食堂を営んでいるのだが今日は臨時休業、我々の貸切だ。準備・宴会するにあたり厨房は借りられるが、生活空間である二階部分へは侵入禁止。 下宿先へ着いた梨佳を祝福で迎えられるよう、頑張って欲しい。 「今日は兎月庵へ人を遣っていますから、梨佳と一緒に来るでしょう。彼らの分も料理を準備してください」 作り過ぎても哲慈さんが食べますから大丈夫です、と聡志は大真面目に言った。 そんな説明をしている間にも、哲慈は人集めに熱心だ。 「おう、そこの神威人の兄ちゃんも来いや」 真剣な眼差しで求人掲示を閲覧していた吾庸(iz0205)にも声を掛ける。まだ登録したばかりの新参がと固辞したげな吾庸に、職員達は親睦会も兼ねているから気にするなと口々に言った。 「新参古参は関係ありません。あなたは開拓者でしょう」 「梨佳ちゃんと面識あるとかないとかも、気にしないでくださいね」 「そういうこった。ンな訳だからよ、そこのおめェも遠慮すんな、なァ?」 また一人とっ捕まえて、哲慈は空いた手でわしわし自分の頭を掻いている―― |
■参加者一覧 / 鈴梅雛(ia0116) / 井伊 貴政(ia0213) / 音羽 翡翠(ia0227) / 桔梗(ia0439) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 鬼啼里 鎮璃(ia0871) / 深山 千草(ia0889) / 秋霜夜(ia0979) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 喪越(ia1670) / 辟田 脩次朗(ia2472) / 瀬崎 静乃(ia4468) / 平野 譲治(ia5226) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 村雨 紫狼(ia9073) / フラウ・ノート(ib0009) / エルディン・バウアー(ib0066) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 未楡(ib0349) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 志宝(ib1898) / リア・コーンウォール(ib2667) / シータル・ラートリー(ib4533) / 黒木 桜(ib6086) / 羽紫 稚空(ib6914) / クラリッサ・ヴェルト(ib7001) / gomigo(ib7003) / 芍薬(ib7023) |
■リプレイ本文 ●宴の準備をしよう ギルドで捕まった開拓者達の一団は、賑やかに宴会場へと向かっていた。 会場は商店街の中にある大衆食堂だ。店々が立ち並ぶ通りを、わいわいがやがや歩いてゆく。 「和奏、あれなに?」 お姫様人妖・光華が和奏(ia8807)の袖を引いて問うた。光華の買い物に付き合って荷物持ちをさせられていた和奏は、首だけ巡らせて一団を見る。 「‥‥さあ」 「もうっ! わかんないなら聞いて来なさいよっ!」 光華姫に命令されて、従者・和奏は荷を抱えたまま集団の端に居た哲慈に尋ねた。祝い事があるとかで、これから宴会準備なのだとか。 「そういう事なら、行くわよ和奏!」 「良いことならたくさんの方に祝ってもらった方が、縁起も良さそうですね」 乗り気な光華に引っ張られて輪に加わった。 さて、食堂に着いた一行は急ぎ準備に取り掛かった。何せ梨佳が戻って来る前に準備万端整えておかねばならないのだ。 板前法被に作務衣袴。どこの料理人だといういでたちは、日頃から料理屋の助っ人で腕を鳴らしている井伊 貴政(ia0213)だ。もちろん着衣は自前である。 「僕には料理くらいしかしてあげられる事もないしねぇ」 飄々と、手際よくあれこれ下拵えを進めてゆく。旬の食材をあれこれ見繕っている姿はとても楽しそうで、彼が心底料理好きなのが伺える。 水周りでは年端もゆかぬ少女達が賑やかに支度中。 「梨佳さんは女の子ですし、甘味中心で行きましょうか。今まで梨佳さんとあった時に作ったものは‥‥」 全部覚えているんですよ、とあどけない笑顔を向けたのは礼野 真夢紀(ia1144)だ。初めて梨佳に出会ったのは遅めの七夕節句の事だったか、あれから沢山の甘味を作ってきたけれど、今日は新作のレアチーズケーキを作りましょうと巫女の特権・氷霊結で凍らせた柚子果汁で爽やかな逸品を作ってみせた。 「結構暑くなりましたし、ほかには冷やし汁粉とかき氷と‥‥」 「姫は相変わらず料理好きよねぇ」 真夢紀を姫と呼ぶは幼馴染の音羽 翡翠(ia0227)、同い年ではあるが同郷の関係からつい真夢紀を上位に呼んでしまう。 「翡翠も手伝ってくれるのでしょう?」 当然と協力要請し、真夢紀は明王院 未楡(ib0349)に何を作るか尋ねた。少女達の会話を微笑ましく眺めていた未楡は暫し考えて、翡翠に水を向ける。 「そうですね‥‥翡翠ちゃんは何を作りますか?」 「お祝い事なんですよね‥‥」 思案した翡翠の視線の先では、蒸篭を抱えた桔梗(ia0439)が忙しそうだ。赤飯は大丈夫。ほかには―― 「祝う側には男の人もいるんでしょう? 甘味苦手な人もいるでしょうし、焼肉出来る卓の準備はしておきませんか? 肉が駄目な人でも野菜炒めなら食べられるでしょうし」 一息に言った翡翠のしっかりした考えに、未楡は笑顔で頷いた。慈母は少女達が作りたいものを手伝う心積もりでいたから、今日は二人専門の助手である。 これくらい持てますと健気に下拵えした材料の包みを運ぶ巫女。 黒木神社の黒木 桜(ib6086)は羽紫 稚空(ib6914)の心配を他所に、許容量以上の材料を抱えて厨房に入ってきた。 ――と、そこに段差が! ぐらりと傾いだ己の身の感覚に、あわや食材を撒き散らす大惨事を覚悟してギュッと目を瞑った桜だったが、大惨事はおろか地面との衝撃も感じなかった。 代わりに感じたのは、そっと包み込むぬくもり。 「大丈夫か? だから俺も持つと言ったじゃねぇか」 無理すんな、と続ける稚空の言葉には桜への恋慕が見え隠れする。だが当の桜はまったくもって鈍感で、心配性の友達に礼を言うと空いていた隅の調理台に包みを置いた。 包みの下から現れたのは濡れ布巾に包まれた練切生地。乾燥しないよう厳重に梱包して持ち込んだ生地は丁度良い滑らかさで、作業の続きも捗りそうだ。適量ごとに分けて、青に赤にと淡く色付ける。繊細な指先で形作って切り込みを入れれば、見事な紫陽花が咲いた。 「上手いもんだな」 手伝える事はないかと見守っていた稚空が感嘆の声を上げた。 舞えば麗し歌えば可憐、おまけに手先も器用で料理上手。頑張りすぎて一人で背負い込もうとする所や色事に鈍感な所も、桜らしくて可愛らしい。 名に相応しい桜花を思わせる美少女は、惚れた欲目も加わって稚空には完全無欠に見える。事実、桜は大変良くできた娘さんであった。 「紫陽花のほかにも初夏らしいものを作りますね」 紅く染めた生地を細工して、愛らしい金魚を作る。淡く水色に染めた生地へ泳がせれば、涼しげな練切が出来上がった。 「もう少し作りましょう。稚空、手伝ってくれますか」 「当たり前だろ!」 乱暴に応えを返すも嬉々として、恋する青年は少女の手伝いを始めた。 「桔梗くん、ありがとう」 蒸篭を抱えた小柄な少年へ、深山 千草(ia0889)がおっとりと声を掛けた。「ん」と小さく返事する桔梗は蒸篭に蒸し布巾を被せて、続きを待つ。充分に吸水された餅米と小豆を、千草が蒸篭へ移した。 「お、いよいよ梨佳セニョリータにお赤飯を炊いてあげる日が来たか」 竈に鎮座した蒸篭を見つけ、喪越(ia1670)が非常に紛らわしい冗談を吐いた。通じずきょとんとしている桔梗の横で千草が苦笑して、やんわりと言い変える。 「梨佳さんの昇格祝いのお赤飯よ。職員への第一歩の、ね」 「そりゃめでてぇ。細かいこたぁよく分からねぇが、めでたいんなら盛大に祝ってやるのが礼儀ってもんだな。そう、派手にな!」 何とも怪しげな応えを返して、混沌陰陽師は厨房を出て行った。 今頃、梨佳は兎月庵から此方へ向かっているだろうか。 「梨佳、喜んでくれる、よな」 桔梗の呟きに、千草が穏やかに請合っていると、表が何やら騒がしい。到着したようだ。 ――どうにも馴染まないこんにゃろうを溶け込ませてやる! 「おまえも行くんだよケモミミマン!」 仏頂面で黙々と洗い物などしていた吾庸を、村雨 紫狼(ia9073)が呼んだ。 ぬ? と振り返る吾庸。何だこの軽そうな男は、自分は確かに獣人だがケモミミマン言うな、とでも言いたげに、黙って紫狼に鋭い視線を向けている。 「そうやって壁作られちゃ、依頼で安心して組めねーんだよ。馴れ合ってもらわねーと困るんだ」 「壁を作っているつもりはないのだが‥‥」 もそりと反論する吾庸に悪気はない。自分にできる事をと、黙って洗い物をしていただけだ。 生来の寡黙な姿勢が、壁を感じさせていたのだろうか。黒狼の獣人は叱られた大型犬のように凹んだ――が、相変わらず強面のままである。 にーっと、前向き開拓者は吾庸に笑ってみせた。 「いつどんなヤツと組むか分からねー依頼だぜ、まずは笑う事から馴れてこーじゃん!」 真似しろよと促されて、吾庸も不器用に口元を歪めてみせる。怖い。怖いが一応笑顔のつもりらしいから勘弁してやろう。 「そんじゃ行こうぜ、神父さんの珍獣胴上げ大会によ!」 獣耳カチューシャを手に、紫狼が吾庸を引っ張って外へと出て行った。 ●迎えに行って迎えられ さて――時間は少し遡り、ギルドを発った梨佳の足取りを追ってみよう。 一方、兎月庵に到着した梨佳は、前庭に座っている白いもふ毛の忍犬と柚子色の猫又に遭遇していた。 猫又の背中には真っ白な兎がちょこんと乗っている。 「林檎さんです?」 もしやと呟いた言葉に名を呼ばれたと感じたか、兎がぽわぽわと身じろぎした――という事は猫又は鬼啼里 鎮璃(ia0871)の結珠か。忍犬はどこの子だろうと思っていると、店から仕事あがりの志宝(ib1898)が出てきた。 「狛、迷惑かけなかった!? ‥‥あれ、梨佳さん?」 今日の仕事は飲食店の手伝いだったから、志宝は狛にきつく言い聞かせて前庭に待機させていたのだ。生物の持ち込みはという事で、結珠と林檎も一緒に大人しく待って居る。暴れず動かず大人しい三匹は、前庭の茶席で寛ぐ客の目を和ませていた。 「志宝さん、お疲れ様ですー 可愛いわんこさんですねっ」 「狛って言うんです。元気すぎるのが難点ですが、もふるには十分すぎるほどもっふもふのふっわふわですよ♪」 主の登場で警戒の解けた狛がふわふわ尻尾を振ってみせた。撫ぜていいか問えばどうぞの返事、梨佳は大喜びで狛と友達になった。 「‥‥あ、そーでした。あたしお使いに来たです。志宝さんも良かったら甘味の試食もどうですか?」 梨佳が試食用の甘味を受け取りに来たのだと言うと、そういう事ならと彼は狛を繋いでいた縄を樹から解きつつ是非にと応えて、奥へ消える使いの少女を見送った。 中を通って真っ直ぐ厨房へ向かうと、鈴梅雛(ia0116)が大盥に氷を作って鎮璃がそれを砕いていた。 「これだけ済ませてから終わりましょうか‥‥おや、梨佳さん」 表で聞いたような反応に迎えられ、梨佳はえへへと笑った。茶色い頭に気付いた女将のお葛が寄って来る。 「梨佳ちゃんが取りに来てくれたのね。雛さん達のおかげで、とってもよく冷えてるわよ」 言葉の後半は雛達にも向けて、ありがとうとお葛。二人にも試食に行かないかと誘った。 「ひいなも、試食に行って良いんですか?」 勿論、と女将と少女は頷いた。 それにしても結構重い荷であった。 お葛と梨佳が両端から手桶を持つのを、下から狛が背で支えて運んでいる。 「ごめんね、やっぱり冷えていた方が美味しいと思うのよ」 新茶に合わせた甘味は冷菓のようだ。氷も一緒に運んでいる分重さが増したのだが、きっとよく冷えて美味に違いない。 「結珠さんは‥‥いいです」 ちろ、と振り向かれて鎮璃が慌てて否定した。気侭な猫又が荷運びを進んで手伝う訳もない。懐に収めた林檎が鎮璃の衿の合わせから顔を出した。ふんふんと鼻をひくつかせた先に、首凝りでコキコキしている瀬崎 静乃(ia4468)がいる。 「お疲れ様でした。大丈夫ですか?」 「‥‥久々で疲れたみたい。ありがとうね」 暫く開拓者の仕事を休んでいた静乃の首には一日仕事の緊張感が重くのしかかっているようで、甘い物を食べて疲れを癒してくださいねと、お葛が労う隣では料理を通じて知り合った少女二人が楽しげだ。 「バイトは初めてだったので、とても楽しかったですわ〜♪」 頬を紅潮させ、興奮気味に話すシータル・ラートリー(ib4533)の口調はお淑やかで、どこか育ちの良さを感じさせる。相方のフラウ・ノート(ib0009)もご機嫌で応じた。 「ん♪ 久々にバイトしたけど、面白かったわ。また、行きたいわね」 楽しげな様子は梨佳をも嬉しくさせた。仕事を斡旋し開拓者を派遣するギルド職員も、このような充足感を覚えるだろうか。頑張って職員を目指すぞと改めて心に誓う梨佳である。 八人と三匹の一団は商店街に入った。この中に店を構える大衆食堂が梨佳の下宿先だ。食堂では桂夏達が待っているはずだった――が。 「食堂の前に‥‥もふらさま、です?」 もふらさまっぽい何かが、いた。 まるごともふえもんを着た、エルディン・バウアー(ib0066)だった。 「お帰りなさい、梨佳殿」 「コンニチワ、ボクモフエモn‥‥」 語尾にモザイクが掛かったような気がしたが、裏声で聞き取りにくかっただけだろう。籠を背負ったもふえもん2号こと、辟田 脩次朗(ia2472)だ。 お子様思考の梨佳、もふえもん1号2号に大喜びだ。暫く無邪気に喜んでもふっていたが、やがて小首を傾げて尋ねた。 「もふえもんさん達、どうして此処にいるですか?」 「うふふ、それはですねー‥‥」 いつの間にかもふりに混ざっていた秋霜夜(ia0979)が「おめでとうございますー」と言ったのを合図に、忍犬の霞が千切れんばかりに尻尾を振って梨佳に飛びついた。 「わ、何、何です!?」 「「「見習い職員、おめでとう!!」」」 食堂の扉が開いて、其処此処から開拓者達やその朋友達が顔を出したのだ! 賑やかなのには慣れている。しかしあまりに突然で、急すぎて。 梨佳は「おめでとう」の意味を飲み込めずにきょとんとしていた。 開拓者達の後ろに立っているギルド職員達――哲慈・聡志・桂夏の姿を認めて漸く祝辞の意味を、自身が見習い職員として認められたのだという事を、悟った。 桂夏と哲慈が梨佳を迎える。 「梨佳ちゃん、改めてよろしくね」 「飼い主は桂夏だけどよ、俺も聡志も手伝うからな」 「‥‥ほんと‥‥ですか?」 いつもと変わらぬ厳しい表情の聡志へ、梨佳は恐る恐る尋ねた。返ってきたのは「今まで以上に仕込むからな」肯定の言葉であった。 「んーっ! 全力で祝うなりよっ!」 「「「ばんざーい!」」」 平野 譲治(ia5226)の声掛けに、もふえもん1号2号と獣耳カチューシャ装備の紫狼、鎮璃と志宝に朋友達も加わって、梨佳を空へと放り投げた。 胴上げに合わせて、佐伯 柚李葉(ia0859)が清らかな笛の調べを奏でている。喪越が挙げる爆竹が鳴り響く中、霞や結珠や、もふぬいが宙を舞っているのはご愛嬌。 商店街をゆく人が何事かと足を止めて、祝い事があったのかいと笑顔で通り過ぎてゆく。 三回きっかり、少女が目を回さない内にそっと地面に下ろしてやれば、もふら達が我先にと寄って来た。 「梨佳〜〜おめでとうでふ〜〜♪」 エルディン教会の助祭を自称するもふらさまのパウロが、そのもふもふボディで祝福してくれた。一方、年端もゆかぬとは言えレディには違いないと気遣いを見せる神父様は、もふらグローブをした手を自身の胸に添えて、紳士的に言祝いだ。 「いつか梨佳殿が受付に立つ事を、心よりお待ちしています」 「梨佳〜〜みんな待ってるでふよ♪」 少女は神の御使いの背に運ばれて宴会場へと入って行ったのだった。 ●祝いの宴 梨佳の下宿先は大衆食堂だ。故に普段から人の入りはあるし、料理の匂いも活気も慣れたものである。 しかし、今日のこれは違っていた。 梨佳の為に集まった人、用意された料理、祝いの活気であった。 喪越が用意したくすだまが見事に割れて、紙吹雪が室内を更に華やかに彩る。 「わぁ‥‥」 皆が梨佳を見ていた。祝いの宴を整えて、梨佳を待っている。 「こんばんわんわ! おめでとーね♪ これからもよろしくぅ〜」 久々の再会、ハイタッチで挨拶してリエット・ネーヴ(ia8814)はいつものように力一杯の元気で祝う気持ちを表現し、巴 渓(ia1334)は梨佳の頭をくしゃりと撫でた。 「おめでとう、だ」 もふらのおやっさんは居ないが出世祝いにこれをやる、と緋色の花と白い小華が描かれた名工の簪を髪に挿してやる。 (梨佳もギルド員の仲間入りか‥‥) もふらと戯れる事だけがギルドの仕事ではない、渓は殺伐とした仕事がある事も身を持って知っていたから、複雑な気持ちで無邪気に喜んでいる少女を見つめる。 いつか梨佳も戦場へ人を斡旋する役を担う事もあるだろう――それでも。 (今の純真さは‥‥俺がとうに捨てた眩しさは、失って欲しくないもんだな) 「梨佳ちゃん見習い昇格おめでとうっ」 オレンジのリボンを付けたもふぬいを抱えて、柚李葉がやって来た。お祝いにと手渡すと梨佳は嬉しそうに抱き締めて、礼を言った。 「いつか受付に立てるように、頑張りますねっ」 卓に並ぶは種々様々な料理の数々、そして沢山の甘味。 「お葛っ! この饅頭は、この蜜を掛けるなりかっ!?」 兎月庵の新作甘味を盛り付けて、譲治は黒蜜をたっぷりと掛けた。自分で食べると思いきや―― 「んっ! おめでと、なのだっ!」 満面の笑顔で梨佳の前へ。既に梨佳の卓には甘味で溢れていたが、当の本人は本当に嬉しそうに受け取っては食べている。 「梨佳は、甘いの好きなりねー!」 「‥‥女の子は甘いものは別腹、というらしいの」 静かに茶を喫していた朱雀寮の同輩に、譲治は「静乃もなりかっ!?」特製・譲治スペシャルをもう一皿用意する。 「そんなに食うと腹が土偶ゴーレムになるぜぇ」 「女の子に、それは禁句なのですよー」 ひと暴れ終えて、にやにやと茶々を入れる喪越に、霜夜はびしっと釘刺して片端から料理を楽しんでいる。並んで甘味を堪能しながら、志宝も同意して笑った。 「そうそう、宴会は楽しんでなんぼですよね♪」 様々な甘味に涼やかさを添える初夏の練切。 好評に胸を撫で下ろした桜は、者言いたげな稚空の視線に気付いて振り返った――ところ、いきなり両手を握られた。 「いい加減分かってくれ!」 何を分かれと言うのだこの美青年は、と怪訝な顔をした桜の両手をしっかりと握り締め、稚空は勢いに任せて叫んだ。 「お前、どんな女性よりも俺の中では一番綺麗だし大好きなんだ!」 おおっと、告白入りました! この手の事は、酒席での伝達が異様に早い。あっという間に店内は静まり返った。 ――気まずい。非常に気まずい。 宴の勢いに任せて告白したものの、こうも静まり返られると何とも気まずいものがある。しかしここで中断しては桜も気まずかろうと、稚空は男の意地で耐えて彼女の返事を待った。 稚空の葛藤などいざ知らず、桜は普段通りおっとりとしている。告白は素直に嬉しかったようで、ほんのり頬を染めて、言葉を紡ぐべくそっと息を吸った。 「私も‥‥」 店内の全員が緊張した――桜の言葉に耳をそばだてて。 「私も、どんな男性よりもずっと稚空の事が好きですよ。優しくて、いつも私のこと助けてくれて、友達の中でも私の中でも一番大切な友達です」 ――嗚呼。 期待が外れた酔客達は、力なく崩折れた稚空の側で通夜酒を始めた――らしい。 からす(ia6525)が人妖の琴音と一緒に、いつものように茶を淹れる。いつもと少し違うのは祝宴にて酒も注いでいるという事。 「如何かな」 呑める人には美酒を注ぎ、飲めない人には茶を淹れて、勧める甘味は―― 「これ、からすさんが作ったですか?」 ジルベリアにはあまり馴染みのない梨佳には、クッキーやケーキは大層珍しい。天儀菓子とはまた違った甘さに口元を綻ばせて喜んだ。 場の皆が初めて目にする菓子もある。 モハメド・アルハムディ(ib1210)が持参したのは揚げ菓子、バラフ・アッシャームだ。蜜を絡めて照りの出た小さな揚げ菓子はナツメヤシの実の形に似ている。 「マブルーク! おめでとうございます! 甘いものがタホッビーナ、お好きだと聞きましたので」 「わぁ♪ えと、シュクラン! ですっ!」 母国語で礼を述べた梨佳に、甘い物は私も好きですよとモハメドは微笑んで、ジルベリアの寒地で作りたい菓子があったのだがと言った。 「寒い場所でないと出来ないものなのですか? ひいなの氷霊結で作れませんでしょうか?」 「凍らせるお菓子なの?」 雛の提案に興味津々のお葛が乗っかって、暫し甘味卓は菓子談義に。知恵と技術を出し合えば、いずれ真夏の天儀でも実現可能かもしれないと微かな期待を抱き、モハメドは焼肉卓で吾庸と並んで手酌酒をしている聡志を見るともなしに眺めた。 (冗談も言える人だったのですね‥‥) 自分にも他人にも厳しい人、という印象からは意外な一面に驚きを隠せないモハメドである。 さて、その焼肉卓では哲慈が食い溜めとばかりに黙々と肉ばかり食べていた。さりげなく鎮璃が野菜を寄せてやるも確実に避けている。 「好き嫌いはいけませんよ。ねぇ、林檎さん」 焼く前の野菜をお裾分けして貰った林檎は聞いているのかいないのか、もきゅもきゅ野菜を齧っている。喧騒を他所に、結珠は椅子の上で丸くなっていた。 シータルの取り皿が真っ赤である。 「焼肉には、やはり辛目がいいですわね♪」 いや、それもう辛目どころじゃないから。 ――とは、さすがにフラウには口に出して言えなかった。しかし彼女の顔は引き攣っている。 (よ、よくあんな辛い物を食べられるわね。味覚どーなってるのかしら?) やっとの思いで突っ込んでみた。 「‥‥か、かけすぎじゃない?」 「まあ。ボクとした事が♪ フラウさんもご一緒に食べますか?」 シータル、とても爽やかである。 ふるふると少し引き気味に遠慮したフラウの反応を心底残念そうに、シータルは笑顔で香辛料山盛りの真っ赤な肉を頬張った。 「美味しい♪」 さすが辛党、汗ひとつかかずに真っ赤な料理をぱくついている。相棒に末恐ろしさを感じつつも、フラウは楽しく食事を共にする。 「‥‥あ、新人さん放っといちゃいけませんね」 手酌の仏頂面を発見した鎮璃、お銚子片手に席を移動して挨拶がてら酌をする。名を名乗り頭を下げて、いつか依頼で同席した際はよろしくと手土産を渡した。 「あ、これお近づきの印に」 「‥‥忝い」 手渡したのは昼間働いていた兎月庵の甘味。吾庸は一瞬、肴にするか迷ったようだった。どこまでも頭の固い男である。 「あらぁ、今日は貸切?」 がらりと扉を開けて中を覗き込んだのは御陰 桜(ib0271)だ。貸切だが開拓者の貸切だから気にすんなと誰ともなしに引っ張り込む。既にへべれけの者も幾人かいるようだ。 桜が中に入ると同じように引っ張り込まれたクラリッサ・ヴェルト(ib7001)が手持ち無沙汰に座っている。 「‥‥拉致られた」 まぁ、怪しいものじゃないからいいんだけどねと苦笑して、クラリッサはこの宴会が梨佳の見習い職員昇格御披露目のものである事を教えた。 「へぇ? 梨佳ちゃん正式に見習いになったんだぁ♪ 良かったわねぇ♪」 事情を飲み込んだ桜、甘味に囲まれてご満悦の職員の卵に近付いて頭を撫でると、今日は休みで買い物に出てたのと紙袋を取り出した。 「そうだ!一人前に一歩近づいたお祝いにコレあげるわ♪」 「わぁ、ありがとです! 何ですか? 開けていいですか?」 喜んだ梨佳は紙袋を覗き込み――赤面した。 紙袋の中身が紐ショーツと紅小鉢だった事を知った女性陣が、何だ何だと覗き込もうとする男性陣から紙袋を死守する中、中身が何だったか言おうとしない梨佳にくすりと笑って、桜は言った。 「しっかり仕事を覚えてそういうのが似合う様なオトナのオンナになる様にってね♪」 「‥‥はぁい」 真っ赤になって、梨佳は頷いたものだった。 遅れて到着したリア・コーンウォール(ib2667)が、宴たけなわの食堂に現れた。 「むぅ。遅れてしまったな。リエットは待っているだろうか‥‥?」 先に到着しているはずの従姉妹を探していた。 彼女の後ろを、ご機嫌で「うきゅ♪」と口ずさみながら山盛りに取り分けた料理を運んでいるのが、その従姉妹殿なのだが気付かない。 「‥‥全く。あの子はどこにいるのか‥‥」 リエットは自分の席に戻ると、きちんと正座して箸を握った。いただきまーす。 「うきゅ♪ 美味しいじぇー!! じぇ?!」 ――いた。 器用に箸を使って食べていたリエットは、リアに気付いて手を振った。リアは取り分けた自身の分の料理と一緒に、リエットがいる卓につく。 「待たせた‥‥のだろうな」 リエットが飲食している側に積みあがった使用済の皿が物語っていた。それにしても、この子はこんなにも食べたのか。 「リアねーも食べるじぇ? 美味しいじぇ♪」 そしてまだ食べるつもりらしい。 ところで梨佳は何処だろう。リエットが以前世話になったらしいからと改めて挨拶して、リアは祝辞を述べた。 「昇格、おめでとう。ギルドで会った時にはよろしく頼む♪」 「リアねー、梨佳ねー、桶来たじぇー!」 興奮気味なリエットの声に振り返れば、貴政が大きな桶を運んできていて。 「おめでとう。これから一緒に頑張ろうね」 そう言って、卓へ出したのは大きな桶――に入った南瓜プリン。さすがの大きさに、皆から歓声が上がったのは言うまでもない。 渓が弾くバイオリンに、からすがフルートの音色をハモらせる。給仕を一通り終えた彼女は小さな淑女のよう、黒を基調とした白いフリルのワンピース姿が可愛らしい。 「ダンスを披露しようか。お願いできるかな」 口元からフルートを離したからすは渓に伴奏を頼み、琴音の手を取って一節披露。大きさの違いはあれどメイド服姿の琴音と二人、くるくると人形のように愛らしくターンする。 拍手の後、からすと琴音だけだったダンスは、一人また一人と増えて行った。比例して踊る場所はどんどん広くなってゆき、音曲と笑い声が夜の街へ漏れ出てゆく。 一息ついて着席した梨佳に、桔梗と千草がそっと近付いて言祝いだ。 「梨佳、おめでと」 「おめでとう、梨佳ちゃん」 贈られた飾り紐は白い縮緬の花。梨の花を組紐に縫いつけた愛らしい飾り紐。 着けていいかと梨佳が尋ねたので、桔梗が左手首に結んでやった。手首に白い花が咲いたようだ。腕を上げるとしゃらりと音を立てる。 「わぁ、綺麗です可愛いです♪」 「ん。おっきな実がなるように、応援、してる」 「これからは、もっと沢山、お世話になるのね。そしていつか来る実りの日を、楽しみにしているわ」 年頃の女の子らしくはしゃぐ梨佳に、二人はにこにこと祝辞を添えた。 (いつでも梨佳、前、向いてた) 桔梗は知っている、梨佳がずっと頑張ってきた事を。 地方から単身上京し、連日ギルドに通っては自主的に雑用をこなしていた梨佳。機密事項の多い場所だけに掃除程度しか任せられなかったし、時には邪険にされたりもしていたけれど、二年と少々の年月をかけて、梨佳はギルドに集う人達に馴染んでいったのだ。 初めて出会ったのは初秋の七夕節句、笹竹でギルドの入り口を占拠していた梨佳は一人で頑張っていて、そのうち皆が手伝い始めて―― (梨佳が頑張ってたの、知ってるから、俺達は、ここに居るし、今の梨佳も、ここに居る) 「梨佳が頑張ってるの見てて、俺も、頑張れた。上手く言えない、けど。梨佳は、俺にとって‥‥」 きょとん、と梨佳は桔梗を見上げた。左手を膝に乗せて、神妙に聞いている。 そう畏まられると続ける方も緊張する。まして桔梗は―― 「ふふ。同士というか‥‥『友達』よね」 友達と呼んでしまうのさえ怖くて、躊躇い言いよどんだ少年に、千草がそっと助け舟を出した。 自信なさげに俯いた桔梗の頬が赤い。小さく「うん」と言ったまま俯いている桔梗に、梨佳は満面の笑みで応えた。 「あたしも桔梗さん、だーいすきですよ♪」 梨佳だって、桔梗が居てくれたからここまで頑張って来れたのだ。 賑やかに和やかに、神楽の夜は更けてゆく。 その日、食堂の明かりはいつまでも灯り続けていた―― |