【花祝】いつか王子様が
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/03 18:17



■オープニング本文

 水無月に祝言を挙げた夫婦は幸せになれる――まことしやかに語られる水無月の花嫁の伝承。
 紫陽花美しい雨の頃、まだ見ぬ伴侶に憧れて、乙女達は互いの夢を語り合う。

●雨の日には理想を語り
 北面・仁生に女性だけの部隊がある。有志と目付役の老爺で構成された私設部隊で、名を花椿隊と言う。
 花椿隊は芹内王直下の諸隊ではないのだが、女性のみという華やかさから人目を惹いて、他の直下諸隊からは花嫁候補として見られる事もあるようだ。ご近所の問題解決に奔走したり、有事の際には炊き出しや物資調達などに奮闘する等の活躍も見せる――が、大体は詰所に屯って四方山話に花を咲かせているという、乙女の社交場なのであった。

 さて、その日もまた乙女達はいつものように他愛ない話で盛り上がっていた。
「千代姉様の白無垢姿、とっても綺麗でしたの‥‥」
 ほう、と息を吐いてうっとりしているのは商家の娘だ。千代姉様というのは元花椿隊員で、数日前に天護隊の志士・望月某へ嫁いだ娘の事である。
「梅雨のこの時期に、祝言の日だけは見事に晴れて、良うございました」
 花嫁行列を見たという武家の娘が思慮深く頷くと、七宝院鞠子(iz0112)に纏わり付いていた少女が鞠子に問うた。
「曙姫のねえさまは、お嫁さまにならないの?」
「‥‥え、わ、わたくし、ですか‥‥」
 いきなり話を振られて、鞠子は目を白黒させた後、赤面した。
 何も語らずただ頬を染めるだけの鞠子に、少女は重ねて聞きたげだったが、空気を読んだか年嵩の娘が少女を引き離す。さり気なく別の話題を振った。
「こんな雨の日、物語の中では殿方が好き勝手に女性の品評をしたりしますけど‥‥私達もしてみませんか? 殿方の品評を」
 古典でも読んでいたのだろう娘の提案に、また居心地の悪い話をと目付役の老爺が苦笑した。しかし花椿の娘達は乗り気になったようだ。
「あたし達にも好みってのがあるもんねえ」
「千代姉様みたいに、素敵な人に見初められたいな」
「あたしは絵物語の‥‥」
 皆、口々に喋り出す。

「曙姫のねえさまは‥‥」
「‥‥これ、いい加減になさい」

 大部屋から臨む庭は雨に濡れて、紫陽花が黙して佇んでいる――


■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859
20歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
リエット・ネーヴ(ia8814
14歳・女・シ
ルンルン・パムポップン(ib0234
17歳・女・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
シータル・ラートリー(ib4533
13歳・女・サ
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎
クラリッサ・ヴェルト(ib7001
13歳・女・陰


■リプレイ本文

 空は薄曇、雨がしとしと降っている。
 外は湿っぽいけれど、花椿隊は今日も晴れやかだった。

●姫達の内緒話
 さりげなく、シーラ・シャトールノー(ib5285)がクレームブリュレの器を卓へ出した。
 女子の社交場・花椿隊と言えど、ジルベリア伝来の菓子はまだまだ珍しい。敢えて焦がしてある表面を珍しそうに見つめる娘達に、シーラはさらりと言った。
「皆さんでどうぞ。味は保障するわよ」
 シーラは惣菜と菓子を主力にした店を切り盛りしているパティシエだ。素人が作った試作品とは違う流通している商品だと知って、少女達は興味津々匙を口に運んだ。途端に美味しいと姦しく騒ぎ出す。
 そんな中、シーラ特製ガトーの皿を手に熱く語っている開拓者がいた。ルンルン・パムポップン(ib0234)だ。
「やっぱり女の子に生まれたからには、いつか私だけの王子様が‥‥!」
 ぱくり。と野苺を練りこんだスポンジに「美〜味し〜い♪」両手で頬を押さえる様は夢見る乙女、花の盛りの女の子だ。礼野 真夢紀(ia1144)が淹れたお茶を一口啜り、更に熱を入れて語り始めた。
「まず、白馬に乗って砂浜を駆けてくるような姿に憧れちゃいます。そして、私のピンチの時に颯爽と現れて助けてくれる‥‥」
 え。と、一部の年長者達。
 しかしルンルンは一部の固まった聴衆にはお構いなしで夢の世界へ旅立っている――うっとりと。
 暫しのお花畑探訪の後、彼女は現実に戻って声色を変えた。
「『お嬢さん、今助けます、だから俺の後ろで、少しお人形さんのようにじっとしていてくれ』とかなんとか言われちゃって‥‥」
 うっとりしている間に何があった、と一部聴衆。しかし少女隊員達は、照れまくって、くねくねしながらばんばん卓を叩いているルンルンの語りに聞き入っている。
「それで、助けてくれた後、気がつくと花の種と花言葉が残されてて、ああ、あの人が見守っていてくれたんだなんて想えたら‥‥いつも私だけを見てくれて、そっと私を見守っていてくれる人‥‥絶対私だけの王子様見つけちゃうんだからっ!」
 きゃー! すっかりルンルンと同化した少女隊員達が黄色い声を上げた。
 ある意味とても正統派の王子様観から始まった、理想の殿方語りに早々盛り上がる面々と――少し戸惑う一部の乙女。
「恋‥‥ですか」
 ぽつりと漏らしたジークリンデ(ib0258)は未だ恋というものを知らぬ身だ。だが知る事ができればきっと素敵なのだろうと思う――でも。
(私が、恋を‥‥する‥‥?)
 自分が恋する姿を想像もできなくて、愛される自分の姿も想像できなくて。
 何事にも自信が持てない絶世の美女は、焦がれても手の中からすり抜けてゆきそうな儚さを恋愛に対して感じていた。
「ジークリンデお姉様は、どのような殿方が‥‥?」
 いまやすっかり懐いてしまった履物屋の娘が遠慮がちに尋ねて来たもので、ジークリンデは少し恥ずかしそうに答えた。
「私は‥‥実際に誰かに恋をしたことなんかなくって‥‥」
 開拓者になるまでは外に出る事さえ殆どなく、男性とまともに会う機会もなかったように思うと彼女は続けた。
 生粋の箱入り娘だったジークリンデは、それでも絵物語や草紙に描かれる恋物語に夢を持っていたという。
「そう、何時の日か、私にも‥‥‥‥‥」
 運命の人と、自分を愛してくれる人と出逢う日が来るのであれば。
 耳まで真っ赤になったジークリンデは、小さく、本当に小さな声で「その‥‥甘えさせて‥‥欲しいです‥‥」殆ど消え入りそうになって囁いた。

 シーラと一緒に給仕に精を出す真夢紀は、見た目よりもずっと大人びた考え方を持っている。
 枇杷の寒天寄せを切り分けて楊枝を挿したのを目付役の老爺に手渡して、他人事とばかりに茶を飲んでいた彼女は、水を向けられて小首を傾げた。
「まゆですか? さぁ‥‥まだ理想というのはよく解りません。まゆには姉様が二人いるのですけど‥‥」
 下の姉は鬼姫と呼ばれる男勝り。その鬼姫を的確に支えている姉の婚約者は、益荒男とは程遠いが人当たりが良くて穏やかな賢人だ。
「ある程度気心が知れてくれば黙って傍にいてくれればそれで、という事もあるようですが、まゆは神様じゃなくて人間ですから、ある程度は言葉が欲しいです。黙って俺に付いてこい、なんて人は願い下げです」
 これには年長の娘達が頷く。釣った魚にも餌はやらねば逃げるものだ。まして年頃の乙女、気遣う言葉を欲するのは自然というもの。
 だが、真夢紀の理想論はまだ続く。
「弁が立つのは素敵ですけど、寡黙でも欲しいなという言葉をくれれば。口先だけの軽薄な人は嫌いですが、日頃軽薄にしていても譲れない一線を持っていて、その為には立ち向かう人は好ましいかもしれません」
 ここまで話して、真夢紀は茶を一口啜った。そして。
「自分の意思を持つ事は大事ですが、頑固と偏屈は全然別物。結構勘違いしてる殿方は多いですよね」
 これには目付役の老爺も苦笑するほかなかった。

「そうだなぁ‥‥私は優しいだけの子はあんまり、かなぁ」
 少し考えて、クラリッサ・ヴェルト(ib7001)はそう言うと、「そりゃ優しくないよりは優しい方がいいけどね」と言い添えた。
 クラリッサはジルベリア出身の少女である。天儀に渡って来る前、養母に庇護される前の話だと前置きして、幼い頃の話を始めた。
「私にもね、一応幼馴染って言える男の子がいたんだ。悪戯しかしない子で、毎日毎日意地悪されて‥‥」
 思い出したら腹が立ってきちゃった、と笑うクラリッサ。スカートを捲られたり、服の中へ虫を入れられたりと、一通りの嫌がらせをされたらしい。
「私も我慢の限界で、ある時、思いっきり怒鳴って大泣きしながら裏山に走ってったんだ。洞窟に隠れて、わぁわぁ泣いてさ。そしたら‥‥」
 野犬を呼び寄せてしまったのだと言う。
 その時、彼女を助けてくれたのは――いつも意地悪ばかりしていた、彼だった。
「その時かな、初めて男の子ってなんかいいなーって思ったの」
「まさに王子様! ですねっ♪」
 感動したルンルンに、クラリッサは皮肉気に「小汚い王子様だったけどね」と返す。だがその表情は温かい。
「まぁ何が言いたいかって言うとね」
 クラリッサは「いつも優しいだけじゃ駄目」と結んだ。
 いつもは厄介だけど一緒に居て楽しい人。何かあった時、彼女の事を一番に考えてくれる人が理想だと言って、話を終えた。

 鞠子の膝の上でクラリッサの話を聞いていたリエット・ネーヴ(ia8814)が、水を向けられて「う?」鞠子の顔を見上げた。
「えっとね。あのね‥‥」
 リエットは少し考えてから、気持ちを共有できる人がいいと言った。
「一緒にね。手繋いで歩いて行こーって言ってくれる男の子が一番いいじぇ〜」
「手を繋いで‥‥?」
「うん。一緒に楽しんでくれて、一緒に笑顔でいてくれる人。二人できゃっきゃあ、賑やかに笑ったり泣いたり喜んだり出来ると嬉しいね♪」
 無邪気に、だけど本質を突いた理想を語った膝の上の少女に、鞠子は水羊羹の皿を持ったまま感心している。食べていい? と、おねだりする年相応のリエットの口元へどうぞと運んでやって、鞠子は独りごちた。
「一緒に笑って、楽しんで‥‥」
「そうだじぇ? どっちかが先行して相手を見向きもしないのは駄目だと思うじぇ!」
 もごもご口を動かしながら、リエットは力説したものだ。
 そんな二人の様子を眺めていたジークリンデが、お約束とばかりに鞠子へも話を振る。
「曙姫様も理想の殿方はおられましょう。お伺いしてもよろしゅうございますか」
「‥‥あ、あの‥‥」
 途端に真っ赤になった鞠子に、ジークリンデは柔らかく笑んだ。
「いつか想いが、その方に届くと良いですね」
 赤面する、という事は鞠子が恋をしているからにほかならぬ。だからジークリンデは、ちゃんと恋をして好きな相手がいる鞠子を羨ましいと思うのだ。

●紫陽花は君色に染まり
 店先で今日のお勧めを尋ねたところ、水羊羹を勧められた。
 佐伯 柚李葉(ia0859)が手土産に選んだのは兎月庵の甘味だ。店主が気合を入れて練りに練った餡は滑らかで、涼やかさがするりと喉を通ってゆく。
(一座に居た頃は、姐さん達のそんな話を聞くだけで楽しかったけど‥‥)
 開拓者になる前よりずっと前――佐伯の家に養女として迎えられる前、柚李葉は旅一座の楽師をしていた。共に旅をするのは芸達者の兄さん姐さん達。まだ恋だ愛だとは無縁だった幼い柚李葉には、姐さん達の娘らしい話が何とも大人に感じられて、自身と無縁だからこそ他人事として楽しんで聞いていられたものだ。
 今――姐さん達と同年代になってみて、柚李葉は思う。恋愛に憧れや理想を持つようになるのは、幾つくらいからなのだろう――と。
 視界の端に映る、鞠子に甘えるリエットを見るともなしに見ていると、鞠子に話を促された。
「えと、私、晩熟、なんでしょうか‥‥」
 ほんの少し戸惑いを滲ませて、初物のサクランボの軸を指先で弄ぶ。実年齢より幾分若く見える巫女は、自分にはあまり理想や憧れはなかったのだと言った。
「ただ、佐伯のお家に入って‥‥お家の利益になる人とご縁があったらお嫁に行くんだろうって‥‥」
 養女である以上は養家に従うのが定め、見合いでも政略でも、宛がわれた殿御に縁付くのが自分の役割と割り切っていたのだと言う。
 せめて優しい人であればいい。ひとつでも良い所を見つけて好きになれたら、きっと幸せになれるから。
 唯一理想があったとすればそれだけで、本当に多くは望まなかった――のに。
「その、考えもしないくらい夢物語じゃないのかなって、思うくらいの、人に‥‥」
「王子様、いたんですね!?」
 ルンルンの期待に満ちた眼差しに、柚李葉は頬染めて頷いた。
「‥‥身近に若君って、居るんですね」
 王子様は石鏡の名家の若君で、出自の割に気さくで肩肘張らない人。真っ直ぐな気性で、何より柚李葉を大切にしてくれる、優しい人だ。
 初めの内こそ身分差を気にしていた柚李葉だけど、今はもう悩まない。彼に想って貰うに相応しい女性になりたいと――思う。
「きみがそう願うなら、きみはもう充分に彼に相応しい女性なのではないでしょうか?」
 ね? と、枇杷の寒天寄せを食べ終えたシータル・ラートリー(ib4533)が柚李葉に声を掛けた。
 柚李葉を大切にしてくれる彼、彼に報いようとする柚李葉。思い遣っての互いの行動だと思う、と言う。

「ボクも既に恋人がいる身ですが‥‥」
 そう前置きして、彼女は「相手を思い遣らぬ一方通行は違うと思う」と続けた。互いに一方通行なのも困るが男性が強引に過ぎるのも困りますわねと言い添えて、くすくすと笑う。
「告白ならば、場合によって少し強引にしても良いですが♪」
 うんうんと娘達が頷いた。告白するよりされたいという事か。
 幾人かの同意を得たシータルは少し間を空けて、己の理想を語った。
「理想は‥‥ボクの良い部分も悪い部分も全て理解して包んでくださる人が良いですわね♪」
 良い事は良い、悪い事ははっきりと糺してくれる人がいいと言う。
 欠点を指摘されて凹まないとかと聞き手に尋ねられて、シータルは「そうですね」一端引いてから答えた。
「言ってくださると、こちらも直そうとできますもの。心に仕舞われて我慢されるよりもマシですわ。それに‥‥」
 ある程度本音が言い合える仲でないと付き合いも上手くゆくまい、とシータル。見目の幼さから想像できない、賢明な考え方の持ち主である。
 それから、とシータルは何時どんな時でも側に置いてくれる人がいい、と続けた。
「ボクも好きな人と共に、同じ場所で戦いたいですわ。もし、死ぬならば同じ場所で‥‥」
 言い終える前に口を噤む。
 年頃の娘さん達が集う場所で、戦うの死ぬのと言っても良かったかしらと心配気なシータルだが、周囲の娘達は決して反対はしなかった。
 護られる事は嬉しく有難い事、だけど護られてばかりではいけない。それは開拓者同士の恋愛ではごく普通の事に違いなかったからだ。

 それまで、お茶菓子の給仕に勤しんでいたシーラに、お鉢がまわってきた。
「実を言うとね‥‥そちらはとんと縁がなかったのよね」
 裏方に徹していたパティシエは、ほんのり紅潮して打ち明けた。
 シーラの恋人は料理。如何に美味しい菓子や料理を作るかに情熱を傾けてきた彼女には、男性の存在は眼中になかったのだろう。改めて理想像を考えてみても、つい料理に結び付けてしまう。
「料理が上手な男性は素晴らしいけれど‥‥あたしより上手だと却って嫌味に感じるかもしれないわね‥‥」
 あはは、と乾いた笑いを浮かべて頬を掻く。
 同じ趣味を持つ者同士であれば気が合いやすいかもしれないが、シーラは料理を生業にしているだけに複雑な気持ちになるのだろう。
 野苺のガトーを一切れ、皿に移してシーラは言った。
「このお菓子もね、美味しいと感じて貰えるよう、どんな味が好みなのか、美味しいと感じるのかを考え知る事が重要なの。そういう風にあたしの事を考えてくれる人に出逢えるなら‥‥嬉しいわね」
 鞠子に皿を差し出して、シーラは紅茶のお代わりを淹れた。カップをジークリンデに渡して、「でも」と続ける。
「考えてくれるのは嬉しいのだけど、気に入られようと演技する人というのは駄目よね。そういうのは上手く見極めて上手にあしらいたいものだわ」
「シーラさまが仰ると、料理の素材のお話のようですわ」
 くす、と鞠子が混ぜ返した。
 そうかもね、とシーラは返した。
 人を見る目も物の真贋を見極める目も同じ、良い素材にも通じる話かもしれないと。
「容姿でも力でも頭の良さでもなく‥‥結局は誠意を求めているのかしらね」

 いつしか雨は小降りになって紫陽花の瑞々しさが美しい。
 目付役の老爺は静かに話を聞いていた。
 夢と意思を持って理想を語る娘達、彼女達なら大丈夫。きっと佳き伴侶に恵まれ花椿を巣立ってゆくことだろう。