【浪志】篝屋掠奪始末
マスター名:周利 芽乃香
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/26 00:48



■オープニング本文

 心を失った時、人はただの畜生と成り果てるだろう――

●畜生働き
 暗闇に、白刃がきらめいた。
 悲鳴とも言えないような小さな呻き声を挙げて初老の旦那が事切れる。強盗が、男の口元から手を離す。彼の手にはじゃらじゃらと輪に通された鍵が握られていた。
「馬鹿め。最初から素直に出しゃあいいものを」
 男は蔵の鍵を部下に投げ渡すと、続けて、取り押さえられた娘を見やった。小さく震える少女の顎を刀の背で持ち上げる。
「‥‥ふん。連れて行け」
 少女は喚こうにも口元を押さえられて声も出ず、呻きながら縄に縛られる。縛り終わる頃には、蔵の中から千両箱を抱えた部下たちが次々と現れ、彼らは辺りに転がる死体を跨ごうが平然とした風で屋敷の門へと向かう。
「引き上げだ」
 後に残されるは血の海に沈んだ無残な遺体の山のみ。「つとめ」とも呼べぬ畜生働きである。

●婆娑羅姫
 広々とした邸宅。
 その一角では、どちらかと言えば小柄な女性が大杯を傾けていた。月明かりに風鈴が鳴り響く中、どたばたと廊下を走る音がする。
「なンだよ、うるせぇなぁ‥‥」
「森様、奴らの盗人宿が割れました!」
 縁側に駆け込んできた男の声に、森と呼ばれた女性が振り返る。様相は幼いが、酔った目元はぎらぎらと輝いて喰らいつかんばかり。まるで、飢狼だ。
「ようやくか‥‥あんだけ連日の畜生働きだ。腐れ外道どもめ。たんまり溜め込んでやがンだろうな‥‥」
 ふらっと起き上がって、身の丈を越えた十文字槍を担ぎ上げる。彼女は、大杯を飲み干すや、大きな声で人を集めろと叫んだ。

●盲目の傭兵
 あの大声では、屋敷の何処に居ても聞こえるな。
 盲目の男は森家の婆娑羅姫が上げる大音声に苦笑した。
 少女の頃からお転婆だったが、最近は男勝りが過ぎて殆ど愚連者である。女らしさが欠片もない酔声は大方、手持ち無沙汰で大杯でも傾けていたのだろう。
 男は森家の食客だ。藍可の父に召抱えられなければ食い詰め浪人の果てに無縁仏であったろう、そんな男だ。
(‥‥さて、藍可は何を始めるつもりかな)
 足元に投げ出してあった鉾を手に取って、源右衛門は自室を出た。
 梅雨時らしい、じっとりと湿った空気だが雨は降っていないようだ。藍可の部屋からだろうか、風鈴の音が涼を感じさせた。

 殺気は読めるが空気は読めぬ安田源右衛門。
 昔の彼を知る者には、そう揶揄される。
 幼い頃に光を失い、闇の世界で気配のみを頼りに生きてきた源右衛門には人並みはずれた生存本能があった。闇に生きればこそ敏感に感じ取れる周囲の気配、殺気を読み取れば逸早く反応する。
 盲目でありながら源右衛門が鉾の名手になり得たのは、気配の変化を読む事に長けていたからである。盲目でありながらその武勇は健常者に決して引けを取らぬ、寧ろ鉾を突き出す際の気魄は健常者以上のものがある――盲目の少年は着実に腕を磨き、長じてからは自らの武を金で売る傭兵となった。
 ところが、源右衛門は人の心の駆け引きには不調法であったらしい。
 彼が与した組織は、何故か負け戦が多く、最終的には壊滅した。その度に雇い主を失い次の組織へ、そしてまた雇い主を失う――そんな事を繰り返し生き永らえてきた源右衛門を、傭兵仲間の中には疫病神呼ばわりして憚らない輩もいる。
 しかし、森某――藍可の父は疫病神とまで揶揄される、源右衛門の腕と強運を見込んだ。娘の護衛がてら槍の手解きを命じ、藍可の槍術が源右衛門のそれを越えた今でも藍可の側に就かせた。
 あれから数年、源右衛門は藍可の傾奇道楽に付き合っている。
 淡々と――郎党達と馴れ合う訳でもない。積極的に暴れる訳でもない。ただ報酬で雇われている、食客なのであった。

 昼も夜も月明かりとも無縁の世界で生きている盲目の男は、慣れた足取りで廊下を渡った。
 迷う素振りもなく婆娑羅姫の部屋の前まで着くと「入るぞ」一声掛けて敷居を跨ぐ。
「源右衛門、出入りだ。付き合え」
 唐突に切り出され、やはりなと苦笑する。
 本当にこの姫様は男勝りの喧嘩好きだ――いや、男ですら藍可ほど激しい気性の者はそう居るまい。
「‥‥して、何処へ殴りこむつもりだ」
「蝮党の塒が割れてよ、上前を撥ねてやろうって寸法だ」
 畜生働きの奴らだ首も刎ねても構わねえぞと物騒な言葉を吐く。
 気配の変化で、源右衛門には藍可がふ、と口元を歪めたらしい事を察した。これは上前を撥ねたついでに殺す気だ、番屋に突き出そうなどとは毛ほども思ってはいまい。
「奴ら、あちこちに塒を作ってやがってよ、お前に任せるのは柳通りの篝屋だ」
 いくつかある隠れ処の内のひとつらしい。
 歓楽街の通りに面したシケた飯屋だと補足した小柄な気配が、すいっと近付いた。
「行くだろ、源右衛門」
 面白い玩具を見つけたかのような、藍可のわくわくした声の響きに、源右衛門は殊更普通に返事した。
「御意のままに」


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
緋炎 龍牙(ia0190
26歳・男・サ
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
劫光(ia9510
22歳・男・陰
尾上 葵(ib0143
22歳・男・騎
桂杏(ib4111
21歳・女・シ
巳(ib6432
18歳・男・シ


■リプレイ本文

●香袋
 安田源右衛門が篝屋に到着した時には、既に開拓者達が集まっていた。
 劫光(ia9510)は源右衛門に名を名乗ると、客を装った仲間が先行している事を言い添え、冗談めかして言った。
「腕は疑わないが間違って俺たちまで切らないでくれよ?」
「‥‥保障はせんが、開拓者がそう簡単に斬られはせんだろう?」
 薄く笑って軽口を返す。
 余裕が伺える受け答えは命の遣り取りに慣れているからか――
 嫌な余裕だ、と崔(ia0015)は盲目の傭兵を見遣った。
 正直、盗賊の稼ぎを横取りするとか腕に物言わせた遣り口の依頼だとかは、崔には全く興味ない。目の前の源右衛門が淡々としているように、崔もまた此度の仕事を冷ややかに見ていた。
 互いに冷静の方向が違うにも関わらず、今こうして顔を合わせているのは――
(‥‥畜生働きの盗人好きに襲ってこい、ってな部分だけには利害一致すんだよな‥‥面倒な事に)
 畜生働きに泣かされた力無き人々の溜飲を下げるべく、その拳を振るう事にした崔である。
「安田の旦那にとっちゃあ稼ぎの回収が重要で、連中は生死込みで俺らの好きにしろ‥‥で構わないんだっけか?」
「ああ、私は藍可の依頼を遂行するだけだ。蝮の先行きは知らぬ」
 許可承ったぜ、と崔はニヤ、と笑む。
(蝮、蝮か‥‥)
 常は飄々と愉快な御仁である崔と並び、尾上 葵(ib0143)もまた微かに頬を歪めた。近しい者しか気付かないほどの僅かな歪み、それは郷里での惨劇の記憶に結びついていて――
 気持ちを切り替え、葵は懐から香袋を掴み出すと源右衛門に挨拶した。
「尾上葵、騎士や。あんじょうよろしゅうな」
「‥‥洒落者か」
「それほどでもないけどな、この香りは仲間やと覚えといてぇな」
 そう言って、香袋を崔、劫光へと回してゆく。劫光から香袋を受け取った桂杏(ib4111)が香袋を握ったまま源右衛門に問うた。
「勤めのお邪魔にならないよう伺っておきたいのですが‥‥戦いの際にお読みになられるのは、源右衛門様に向けられる殺気のみでしょうか?」
「戦いの際、か‥‥」
「源右衛門様の側で殺し合う私と組の者は、どのように映っておられるのでしょう」
「‥‥その場になってみないと判らないが‥‥何時私に牙を剥くか判らぬ殺気、だろうな」
 源右衛門は戦闘中は自分の身を守る事のみに本能が集中するのだと言った。激戦の時であれば、己が如何立ち動いたかさえ覚えていない事もあるという。
(敵二人と判断する可能性もある、という事ですか‥‥)
 曖昧な源右衛門の返答を、桂杏はそう解釈した。
「今回は、その香袋を頼りにさせて貰うよ」
 桂杏の警戒に気を悪くする風もなく、源右衛門は淡々と言った。
 一体香袋の仄かな香りが何処まで効果あるか判らぬが、盲目ゆえに常人以上に嗅覚には敏感なのかもしれぬ。
 劫光を源右衛門の側に残し、桂杏・崔・葵は篝屋の裏へ回った。周辺地形の探索を済ませ勝手口を封鎖した面々は突入の時を待つ。
 劫光が蝙蝠を召喚して篝屋へ滑り込ませた。中では客に扮した先行班が調査しているはずであった。

●篝屋店内
 三十人近くは居るだろうか。
 揃いも揃って悪党面が集った店内に紛れ込んだ女賭場師――秋桜(ia2482)は部屋でごろりと横になって気配を読んでいた。腰には一升徳利、相当の飲兵衛といった風情である。
「姐さん、イケる口だろ?」
 酔客が誘いを掛けて来るのを適当に受け流して、気だるげにざんばら髪を掻き揚げる。
 都を脅かす畜生、蝮党。弱き民を害し私服を肥やす悪党。
(畜生を黄泉路に落とすが鬼ならば、私は鬼にでも化物にでもなりましょう)
 普段の女中姿からは想像もつかない、すれた賭博師を装っている。酒に関しては慣れているものの酩酊の振りをして、周囲の様子を伺っていた。
(入口付近の小卓に一人、二階に二人‥‥)
 同じく素行の悪い客の振りをして紛れ込んだ仲間の位置を読む。他の客達の会話に耳を澄ませ、蝮の尻尾を探る――
 一方、入口付近の小卓。
 狭い店内を一望できる位置を取ったのは緋桜丸(ia0026)。酒肴を注文し、ちびりちびりとやりながら、それとなく店内を観察する。
 調理場には店主とおぼしき親仁は一人と女中が二人。低い壁が調理場と客席を仕切っている。此方から親仁の手付きは見えないが、向こうからは客の動きが見える仕組みになっていた。
 客席はほぼ満席で、皆一癖ありそうな輩ばかりだ。蝮の奴らを見分けられれば良かったのだが、さすがに蝮でございと吹聴しているような奴はいない。
(一人たりとも逃がしゃしねぇ)
 首実検は後からでも出来る。一人残らずとっ捕まえれば良いだけの話だ――と。
「‥‥おっと、もうねぇや。お嬢さん、酒頼むわ」
 空になった徳利を摘んで振って、緋桜丸は甘い声で女中に追加を頼んだ。

 二階に通された二人の開拓者の周囲は少々ピリピリとしていた。
「て、手前共は只の飯屋でさぁ‥‥」
 口ではそう言う篝屋の下男の目はギラギラと抜け目ない。緋炎 龍牙(ia0190)は湯呑みを手に「そうだねえ」気のない相槌を打った。
「いやぁ、最近噂には聞いているからね。ちょっとお話を、と思って」
 何の話やらと空とぼける下男に酒肴を勧めつつ、最近街を騒がす蝮の噂を聞きたいんだよと促す。尤も、買収で口を割るようでは非情の畜生盗賊の一味にはなれぬというもの。下男とてのらりくらりとかわしている。
 隣の小部屋に忍び込んだ巳(ib6432)が休憩に入ってきた酌婦と鉢合わせて、その口を塞いでいた。
「おっと、済まないねぇ。ちぃと静かにしてくれよ」
 騒がず男の手に塞がれたままになっている酌婦の素人娘にはない肝の据わりようは油断ならぬと、巳は音も立てずに空いた手で忍刀を抜いた。
 そのまま、耳を澄ませて篝屋内の音を拾う――時が止まったかのような暫し――再び動き出したのは隣の部屋からだった。
 忍耐力のない下男が、やおら龍牙に襲い掛かったのだ。

「‥‥やれやれ、隠し事は苦手かな。じゃあ、僕も‥‥いや俺も本来の仕事に戻るか」
 龍牙の口調ががらりと変わった。同時に纏う空気さえ殺伐としている。漆黒の忍刀をすらと抜き、龍牙は感情の籠もらぬ声で言った。
「残念だが、君達を生かしておく訳にはいかない‥‥」
 匕首を抜いた下男を一閃で倒し、龍牙は部屋を出た。今の騒ぎが戦いの火蓋になったのは疑いようもなく、現に――隣の部屋から女の悲鳴がしていた。
(向こうもお楽しみのようだな)
 ならばやりたいようにやらせておこう。龍牙は階下へ駆け下りた。
 巳が居る部屋では、酌婦が足の腱を切られて蹲っていた。
「まあ待てよ。逃げるこたぁねぇだろ‥‥?」
 名の如しとはこの事か。蛇が獲物を追い詰めるが如く、巳は薄い笑みさえ浮かべて女を壁際に追い詰めていた。
 じりじりと尻だけで後退する女には恐怖の感情しか伺えぬ。
「‥‥ぃ、嫌‥‥死にたく、ない‥‥」
「ばーか。足切ったぐれぇで死ぬもんかよ」
 何とか搾り出した声を、巳は鼻で笑ってあしらった。
 ぐい、とおんなの顎に柄を押し当て、仰向かせた顔へ舐めんばかりに己の顔を近づける。
 ――ふ、と巳から表情が消えた。
「‥‥なかなか死ぬことができねぇから苦しいんじゃねぇか」
 捕まえる為にか、弄ぶ為にか。
 命の行方さえ男に握られた酌婦は、抗う事もできずただ涙を流すのみだ――

●突入、そして制圧
 ――蝙蝠を使役していた劫光が変化を感じて源右衛門の袖に触れた。
「安田、行くぞ」
 並んで正面から突入するや呼子笛を吹き鳴らす。劫光の笛は店内に響いた。入口付近に詰めていた緋桜丸は勿論、聴覚を研ぎ澄ませていた秋桜や巳、勝手口の三名にも伝わった。
 しかし同時に、その警告音は、店内の荒くれ者達には番屋の手の者が来たと思わせた。そも血の気の多い者達である。皆それぞれに得物を構え、乱入者達に歯向かう姿勢を見せたのだ。

「おっと、悪いがここからは誰も逃がさねぇぜ…一匹たりともな」
 入口を封鎖した緋桜丸は女中に伏せているよう命じて、両の手に刀を構えた。新たな血を吸わんとばかりにぎらついた殺人剣の輝きに呑まれて、周囲が一瞬固まった。
「俺らは蝮を探している。斬られたくない奴は大人しくしてろ」
「蝮なんざ知らねえ!」
 一瞬の逡巡から立ち直った無謀者が緋桜丸に飛びかかる。添え刀が碧の燐光を纏って悪漢を受け止めると、刀工清光の名を冠した主剣が鮮やかに払い除けた。どうと倒れる身の程知らずに肩竦め、緋桜丸は店内を睨め回して言った。
「悪いが動く者には容赦しねーぜ」
 味方と認識した源右衛門と背中合わせになり双刀を振るう。
 彼らの射程に入らない位置から援護するは劫光、素早さ自慢のならず者から足を奪わんと符を放つ。
「縛せ、戒めの龍!」
 虚を突かれた一瞬を狙った緋桜丸の蹴りが入り、逃走未遂者はその場に崩折れた。
 足癖は良い方なんだがと嘯きつつ、緋桜丸は鋭い視線で落ちたならず者を見下ろした。
「悪さをしたら自分に跳ね返るんだぜ」

 勝手口から侵入した三名は抑えに徹していた。
「我、死すれども屈せず。我が蒼穹の誓い、理非によりて揺らぐ事なし」
 誓句を朗々と唱え、葵は「天誅といくか」前を行く崔に言うともなしに呟くと、猫の子一匹通さぬ構えで退路を塞いだ。
 元々、飯屋の騒ぎで逃げ出すとなれば多くは入口から逃げようとする。勝手口を抜けようとする者は表よりも少なく、反面、蝮党構成員である可能性が高い。
(店で働く男は組所属の可能性高し、だが女については‥‥)
 闇討ちに持ち込むべく荷箱の陰に潜んだ桂杏は、思案を巡らせる。
 蝮党に所属する者は蝮の刺青を入れていると噂で聞いた。しかし飯屋に偽装した盗人宿でこれ見よがしに刺青を晒している者はそうおらず、確実に捕縛する為には逃がさない事が先決だった。
 こじんまりとした狭苦しい店だ。幸い逃走に向いた窓はない。明かり取りの小さな窓だけが開いており少々息苦しいくらいだ。
 崔が前、葵が後ろに就いて勝手口を塞いでいた。客は勝手口からの脱出を諦め、大人しく別室に収まったり歯向かって痛い目に遭ったりしている――と、そこへ。
 店主が揉み手でやって来た。
「店で暴れる客がいると、番屋へお知らせしとうございます。そこをお通しくださいませ」
 言い分は間違ってない。
「騒ぎが落ち着くまで、誰であろうと篝屋から出すわけにゃいかねえよ」
 それだけは譲れないと崔が推し留める。
 荒事の多い花街の飯屋の主人と言え、この店主少々落ち着きすぎていた。食い下がろうとする目付きが只者ではない。
「しかしこのままでは」
「俺らの仲間は、その辺のゴロツキやあらへんで?」
 ほら、何も怪しいことあらへん。飄々とした風情を保ちつつも葵もまた店主に警戒して位置を取る。
 遂に店主は諦めたようで――つまり、本性を表した。
「通してくださらんのでしたら力づくで‥‥文句はないだろう?」
 がらりと口調を変えると懐の出刃包丁を抜き、飛び下がった。その跳躍力――志体持ちだ。
 奇声を上げ後退から床を蹴り跳躍した蝮党の男に、身を屈めた崔の突きが交差した。突破を阻まれた男を、光纏った葵の大身槍が推し戻す。
「む、お前ら志体持ちか!」
 精霊の加護を自在に操る人間はそう多くはない。同種の人間に出会ってしまった男は舌打ちした。しかし更に運の悪い事に、己を囲んでいる志体持ちは男よりずっと格上だ。
「わかった、お頭に話を付けよう。お前らも蝮の一員になれ‥‥ッ!?」
 あろうことか盗人に引き入れようとした男は、背後に潜んでいたもう一人の志体持ち――桂杏に短剣を突きつけられていた。
「稼ぎは何処に隠してありますか」
「!!」
 格上3名に囲まれては為す術もない。男は観念して力を抜いた――

 一方、秋桜の動きは他者と一線を画していた。
 蝮党が蓄えた、上前の確保を優先して動いたのだ。
 調査時に、調理場付近が怪しいと目星を付けていた。混乱に乗じて向かってくるならず者、酔漢達を容赦なく切り捨てて調理場を目指す。
 逸早く店主は逃走を試みていたが、女中の一人が伏せたままそろそろと水瓶に近付いているのを秋桜は見逃さなかった。
「蝮ですね」
 そっと近付き、同じ名を冠する忍刀を首筋に宛がう。それだけで女中は息を呑んで身動きが取れなくなった。
「稼ぎはどこですか」
「‥‥ァ、ァ‥‥」
 緊張で掠れた声は聞き取れないが、指差す仕草で水瓶の中だと通じた。女中を拘束したまま水瓶に近付いた秋桜は、水瓶の中に盗賊の稼ぎの一部が納められているのを確認すると、何の感慨もなしに女中の首に当てた忍刀を――挽いた。
「こんな物の為に‥‥力無き民の命が‥‥」
 畜生をまた一匹始末した秋桜は、汚らわしげに水瓶の金子を掴み上げた。

 多少の死傷者を出しつつも篝屋を制圧した開拓者達は、店主の男の供述に従って店内に隠された蝮党の稼ぎを残らず回収した。篝屋で捕縛された者は番屋に連行され蝮党の関係者かを詮議され、おそらくは処刑の沙汰が下るだろうとの事だ。
 金子は、役人が到着する前に安田源右衛門が持ち帰った。契約通り森藍可に引き渡した由。
 尚、金子のその後であるが未だ使われた形跡なし。
 常であれば手元に金あらば花街へ繰り出すか宴会で使い果たす藍可が、今回に限っては何処へ出かけるでもなく屋敷に籠もっている辺り、周囲の者達は奇妙に感じているとの事である。