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■オープニング本文 仁生の夏は今年も酷かった。 ぐったりと四肢を投げ出し、ちくわは力なく秋を夢見る―― ●猫又溶ける夏 北面は仁生、七宝院邸。 知らぬ者が見れば野垂れているようにしか見えずに、ぎょっとしたであろう。 「ちくわ殿、はしたのうござりまするぞ」 「‥‥‥‥」 白い腹を見せて廊下に落ちていた猫又の前脚を掴んだ一ノ姫付きの乳母は、抵抗する気力もない猫又をずりずり持ち上げて几帳を潜ると部屋の猫籠へと放り込んだ。 「あらあら、ちくわはまた廊下で寝ていたの?」 おっとりと扇を動かした主から薫香が漂う。七宝院絢子(iz0053)は汗ひとつかかぬ涼しげな顔で乳母の於竹を見遣った。 昨年であれば氷だ避暑だと大騒ぎした猫又の待遇であるが、今年は慣れたもので夏仕様の猫籠で遣り過ごしている。 とは言え、されるがままくにゃりと力なく猫籠に納まった猫又に、心配そうな視線を向けた。 「ちくわはもっと、体力を付けなければ駄目ね」 開拓者の朋友は日々訓練して鍛えているのだと聞く。ちくわがバテているのは鍛え方が足りないのではなかろうか。 「‥‥我は元気ぞ」 「‥‥於竹」 「畏まりましてござりまする」 籠の中から異議申し立てが聞こえたが、絢子はお構いなしだ。 かくして、七宝院家の猫又を外出させよとの依頼が開拓者ギルドに並ぶ事と相成った。 ●猫又を涼ませるだけの簡単なお仕事です 神楽・開拓者ギルド。 「北面か」 壁の掲示を凝視していた吾庸(iz0205)が呟いた。ここ数日ギルドに通って求人募集を矯めつ眇めつ眺めていた、依頼未経験の獣人である。 「猫又の世話か」 貴族の屋敷で飼われている猫又を世話するという内容だ。 吾庸は獣人の隠れ里で猟を生業とし森と共に生きてきた弓術師である。朋友は猟の相棒にと彼自身が仕込んだ迅鷹だ。猫又はケモノの一種と聞くし、世話くらいなら自分にもできるだろう。 (‥‥にしては、随分と高額な報酬だが) 報酬欄に視線を向けた吾庸が難しい顔をする。相手が猫又という点を差し引いても、法外な報酬が記されていた。 この吾庸、里に妻子を残して上京した出稼ぎ開拓者だ。稼ぎを待つ家族の為に吾庸は仕送りをせねばならぬ。 しかし彼は上京早々借金を抱える身となっていた。杜鴇の登録手数料を支払いきれず、不足分は依頼報酬から月々支払う契約を結んでいた。 提示されている報酬があれば今月分の仕送りは勿論、借金の月払いも支払って尚、釣りが出る。駆け出しの赤貧開拓者には大変有難い報酬だが――やはり法外過ぎる額が気になった。 何か裏があるのではなかろうか――そう考えるのも至極当然の事である。故に吾庸は、暫くの間この依頼の前で請けるか否か迷っていたのだった。 小半時も経った頃、漸く吾庸は気持ちを固めた。 まずは話を聞いてみよう。己の手に余る内容であれば、その時は辞退すればいい。 受付で志願の旨を伝え、精霊門の利用許可を得る。彼は杜鴇と共に北面は仁生へと向かったのだった。 ●海へ行こう 通された部屋で乳母から依頼詳細を確認した吾庸は、猫又が入った籠と報酬を抱えて七宝院邸を辞した。 「貴族の考えは解らぬな‥‥杜鴇」 肩に止まった迅鷹に話しかける。たかが猫又の世話だけでこの報酬だとは。金持ちの考える事など出稼ぎの自分には理解の範疇を超えている。 本当に猫又の世話でこの報酬だった。 籠の中の三毛を海に連れて行き、避暑させるだけの簡単な仕事だ。にも関わらず、仕送りと月賦を支払って釣りが出る。 吾庸は森の民だ。森に生き、必要な分のみを得て生活するを旨とする、無欲な男であった。 隠れ里では収穫は皆で分けたものだ。 来月の支払いは来月稼げばいい。金子を貯蓄するという発想のない素朴な男は、余剰金の使い道を考え始めた。 開拓者を誘って海に行こう。それぞれの朋友も連れて行ける場所がいい。 「誘いに乗る者はいるだろうか」 吾庸の肩越しに杜鴇が籠を覗き込んだ――猫又は威嚇する元気もなく、ぐってりと伸びている。 海に放り込めば蘇生できようか。 生真面目な男は、大真面目に猫又を泳がせる方法を考え始めていた。 |
■参加者一覧 / 酒々井 統真(ia0893) / 高倉八十八彦(ia0927) / 乃木亜(ia1245) / 皇 りょう(ia1673) / 神鷹 弦一郎(ia5349) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / 鞘(ia9215) / エルディン・バウアー(ib0066) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / レートフェティ(ib0123) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 千覚(ib0351) / 无(ib1198) / 藤丸(ib3128) / 針野(ib3728) / 黒木 桜(ib6086) / アムルタート(ib6632) / 山羊座(ib6903) / 羽紫 稚空(ib6914) / 射手座(ib6937) / 魚座(ib7012) / 羽紫 アラタ(ib7297) / 黒鋼(ib7314) |
■リプレイ本文 ●海!! 不条理だ、と男は言った。 「あ〜‥‥なーんでお前なんだよケモミミマン!!!」 村雨 紫狼(ia9073)の魂の叫びに、吾庸に摘まれたままのちくわが「ケモミミマン‥‥」反復して呟いた。当の本人はケモミミマン言うなと言いたげに、むすっと黙り込んでいる。 「んで、そのちくわぶだかすこんぶだか‥‥」 「我は、ちくわ、だ」 「似たよーなもんだろ! そいつを鍛えろってさー 意外とドSだと思うぜ〜」 求婚者あまたの幻の美女をドSの一言で片付けるロリコンマンは、吾庸を指してムサいムサいと言いながら律儀に準備体操なんぞしている。 「ぉいっちにぃーさっんしぃーっというこって、俺は浜辺のエンジェルたちにあたーくしとくんであとは任せたっ!」 腕の曲げ伸ばしも完璧に準備を済ませた紫狼は、土偶ゴーレムのミーアにびしっと任務を与えると、次の瞬間には遠くに駆け去っていた! 「おぉぉ浜辺のえんじぇるたーん!!!」 「って、ええ〜!? ま、マスター!!」 慌てたのは残されたミーアである。 折角土偶ボディを防水処理して水着も新調、マスターとの甘いひとときの為に張り切って準備したというのに―― 「ミーアのらぶらぶビーチラブ‥‥」 よよ、と泣き崩れたミーアだが、立ち直るのは早かった。 ぷらんと吾庸に摘まれたままのちくわを見上げて「でもミーア負けないのですっ」健気に土偶ゴーレムは言った。 そう、マスターのどんな理不尽にも耐えるのが土偶ロイドの務め。 「マスターの代わりに遊ぶのですちくわちゃん! 吾庸さんもトットキちゃんも一緒なのですよ☆」 人と同じくらい表情豊かに、ミーアはそう言って笑った。 さて、何をして遊ぼう――と考えた矢先。 「フハハハハ! ばかんすなのじゃー!!」 猫又が、水をものともせず海に向かってまっしぐらに駆けてった。皇 りょう(ia1673)んちの真名である。 「毎日『暑い』とやる気を無くされていた真名殿が、あそこまではしゃがれるとは‥‥」 海に相応しからぬ羽織袴姿のりょうが感慨深げに呟いたものだから、吾庸は首根を摘んでいたちくわを、無造作に海へ投げ込もうと―― 「猫さんは水が苦手なんです。意地悪は、め〜ですよ」 おっとりした声に阻まれて、吾庸は振り返った。 明王院 千覚(ib0351)が、忍犬のぽちと立っていた。手には球を持っている。 「ぽち、ちくわさん。一緒に練習しませんか?」 球を転がせば、ちくわがそわそわ反応した。どれ、と砂地に下ろしてやると球にじゃれている。猫又も猫の一種らしい。 「猫は水苦手だよ? だからイカダとか浮く奴に乗っければいいよ!」 アムルタート(ib6632)が尤もらしく吾庸に入れ知恵していたから、後でちくわにとっては受難の出来事があるかもしれない――? 「さーて、と。初海〜♪ オアシスよりずっと大きい! アンバー、行くよ〜!」 甲龍アンバーの背に乗って、アムルタートは元気に海へ突進して行った。 「うわ!? 何コレ変な味がする!?」 初めて味合う潮の味、ぺっぺと吐き出して顰め顔。どうやらアンバーも少し海水を飲んでしまったようだ。 「アンバー大丈夫? 海の水は飲んじゃ駄目だね〜」 ひとつ覚えたよ♪ アムルタートは無邪気に笑って、もう一度海に挑んだ。 寄せては返す波、向こう岸が見えない広い広い水場は彼女が初めて目にするものだ。何度か海水を飲む羽目にはなったけれど、そのうち一人と一頭は海上にのんびり浮かんで寛ぎ始めた。 「若造が愉快な事になるかと思いきや‥‥」 何時の間にか戻って来ていた真名が、砂地を転げるちくわを横目に「まあこれはこれで」水着の上に単を羽織った千覚に表情を緩めた。 「して、何故お前はいつもの辛気臭い羽織袴姿なのじゃ? 海に来たのならば、このお嬢さんのように水着に着替えて、乙女の柔肌を晒すのが礼儀じゃろう!」 「真名殿、娘さんに失礼な事は仰らないでください! そもそう仰られるのが目に見えていたから‥‥」 海に敢えて平服で臨んだのだと、りょう。真名は雌の猫又のはずで、女同士で柔肌だ何だとどういう趣味なのだとぶつぶつ独りごちている。 りょうを他所に、真名は海辺の華達に愛想を振り撒きながら言ったものだ。 「何者も本能には抗えんのじゃよ」 含蓄あるようで、その実、真名限定の本能かもしれない。 あっちもこっちも人語を話す朋友達。 「たまには、人語を使いませんかね。ナイ」 駄目元で促した无(ib1198)、管狐のナイがそっぽを向く様子を見て苦笑した。 ナイが人語を発するのを好まないのは知っているのだ。意思疎通は鳴き声や身振り手振りで済ませてしまうナイが、人語に苦手意識を持っているのも解っている。 ――だが、である。 苦手で好まないだけで喋れるのだ、ナイは。だったら慣れさせてみようじゃないか。 「‥‥ちょっと、いいかな」 真名を呼び止めた无、人語を喋る利点をナイに話して貰えないかと頼んだ。真名は大いにやる気だが、りょうは複雑な様子だ。 「喋らない事の方が良い場合もありますよ、无殿」 「何を言う。わしの助言あってのお前じゃろう、りょうよ」 そんな会話の合間にも、ナイは身振りだけで意思疎通を図ろうとしている。結局ナイは、だんまりさんのままだったけれど――无はナイと過ごす海での休暇を楽しんでいたのだった。 「ああ。なんとなく解る‥‥ケモノって、結局毛のモノだもんな‥‥」 柴犬尻尾をたれんと垂らし、藤丸(ib3128)は「俺も暑いもん」耳まで寝かせて言った。 「夏毛に生え変わっても暑いんだよな‥‥」 柴犬系獣人は猫又に同情の眼差しを向けた。何となく、持っていた団扇で仰いでやる。ちくわの体毛が風にそよいだ。風があるだけでも気分が違うのか、ちくわは心地良さげだ。 「ほら、竜胆。お前もこう、ばっさばさとだな」 「‥‥ぎー?」 迅鷹の竜胆にも翼で仰げと促すが、竜胆は主の意図を測りかねている。 「お前には天然羽団扇があるだろー?」 「ぎー?」 竜胆は、やっぱり理解できない。迅鷹にとって翼は飛ぶためのものだからだ。 「この度はお誘いありがとうございます」 丁寧に頭を下げて挨拶した乃木亜(ia1245)に倣って、ミヅチの藍玉もぺこりと頭を下げた。海にはいつも来ているのだと言う。 「藍玉、お魚を獲ってきてね」 慣れた様子で海へ消えた藍玉を見送り、乃木亜はちくわに体力作りを提案した。暑さにへばっている猫又だけど、体を動かして美味しいものを食べれば、きっと体力も付くに違いない。 運動は気が進まないちくわだったが、年頃の娘さんの提案には素直に従った。頑張れば新鮮な魚のご褒美が待っている。 足にくっついて離れない人妖に、針野(ib3728)は優しく促した。 「ほーら、シヅ。遊んでおいで?」 「しづる様、自分達もいますから一緒に行きましょう」 人妖同士仲良くやりなと酒々井 統真(ia0893)。 海に行くと言ったら酒々井家の人妖全員が行きたがって大騒ぎになったのだが、針野の相棒が人見知りの事もあり今回は神鳴を同行させた。その選択は正しかったようだ。 「‥‥う、うんっ、神鳴ちゃん、よろしくなの」 針野の膝の後ろから顔を覗かせて、しづるはおずおずと挨拶した。 「波打ち際で、貝殻を拾いましょうか」 「‥‥うんっ」 「おう、行ってこい」 「シヅも神鳴ちゃんも、呼んだら戻ってきぃよー?」 日焼けや脱水の心配をする針野の気分は母親だ。 兄妹のような微笑ましい人妖二人を見送って、統真は自身の鍛錬を始めた。着衣のまま海に入る。腿までの深さで立ち止まると、今度は浜辺と並行に走り始めた。 泳げる深さではないから、体重に海水の重みが加わって腿に負荷がかかる。些細な負荷だが、一歩ごとに負荷は蓄積された。 (無心に走れ、俺) 立ち止まれば足を上げるのが辛くなる。心を無にして前へ進んだ。 夏の海、周りは遊ぶ開拓者達――水着姿が気になっては恋人に顔向けできぬ。黙々と、統真は走り込みを続けた。 しづるが両手一杯の貝殻を拾って戻って来た。人妖達に水分補給を促して、針野は二人の肌が赤くなっていないか気にかける。 「日焼け? シヅが日焼けしたら、はりちゃんや、やっちゃんとおんなじにならない、かな?」 「ふふ、シヅはそのままのシヅでいいんよー」 しづるは無邪気なもので、針野のような小麦色の肌になれると信じているようだ。照れくさくなった針野は、しづるの頭を撫でて言ったのだった。 「八十八、似合う‥‥かな?」 おずおずと、うっすら頬染め現れた鞘(ia9215)が問うた。ごく薄手の生地で作られたワンピース型水着は鞘のしなやかな身体の線をくっきりと浮き立たせる。 「ええのう、可愛えのう」 しおらしい彼女もまた良いものだ。高倉八十八彦(ia0927)が悦に入っている横で、鞘の人妖・かたなは冷静に突っ込みを入れていた。 「うわ、鞘が乙女してるし!?」 八十八彦もまた、そこに佇んでいるだけなら淑やかな美少女に見えかねない中世的な美少年だ。誰もが振り向く愛らしい一対に、鞘を小さくしたかのような人妖、目を惹かぬはずがない。 誇らしいような、面白くないような。 海辺のナンパと唯一縁遠い管狐――秋瀬稲穂の豊幸彦が八十八彦の肩にひょいと乗った。少々威嚇してやれば、海辺の軟派野郎共は別の標的求めて離れてゆく。小さく苦笑して、八十八彦が鞘に説明した。 「秋瀬稲穂の豊幸彦さまが海が見たい言われたけえ、見に来ましたけえの」 そうそう、主は己ぞと秋瀬稲穂の豊幸彦。八十八彦の肩越しにきょろりと首を巡らせて、あちらへ連れて参れと仰せになった。 「どうするかは八十八に任せる。私は一緒に居られればいいから」 気兼ねして見上げる八十八彦に、鞘は大人の女性の余裕。 結局、訓練とまではいかないまでも秋瀬稲穂の豊幸彦の希望を汲んだ二人である。 「うむ。余は満足である。なんぞあれは?」 祭神さまの示した方向にあったのは、打ち上げられた小船。かなり破損し朽ち果てているようだが―― 「八十八、宝探し、しない?」 「そりゃあええのう、何ぞあるかいのう」 勿論本物のお宝がある訳ではないけれど、朽ちた小船から想像を膨らませるのも悪くない。八十八彦と鞘は仲良く木っ端や貝殻を拾い始めた。 愛しの恋人と探し物というのが良いのだ。二人で見つけたものはたとえ硝子片でさえ水晶のように輝いて思える。 「磨いたら勾玉になるやろか」 「きっと凄く綺麗だよ」 胸元に大きな白貝殻を宛がった鞘は嬉しげにはにかんで。かたなは放置された秋瀬稲穂の豊幸彦に文句たらたら絡んでいた。 「うー、あの二人をからかいたいけど桃色空間に入りづらい。まさかあの二人があぁも甘い空気生み出すとはねぇ。そう思わない?」 「海を所望したは余であったものを‥‥」 水も漏らさぬ恋人達に中てられっ放しの朋友達である。 ●とれーにんぐ! 広い海原を走る――龍と人が三対。 「サジッター♪ そぉら! 突っ込めーーーっ♪」 「ローズッ! すごいすごい〜〜♪」 「かりばーんっ 違っ‥‥ソッチじゃ無‥‥ あ゛ーーーっ!!!」 射手座(ib6937)の声に応えた駿龍のサジッタが速度を上げる。次いで射手座を追う魚座(ib7012)の炎龍・ローズ、そしてこの遊びの発案者・山羊座(ib6903)が操る甲龍のえくすかりばん――と続いていた。 彼らは各々の龍に荒縄を括り付け、それに掴まっていた。足元には楕円に削った板一枚、器用に乗っかって海上を滑るという趣向だ。 「くっそ、次はハンデ作ろうぜ」 葡萄酒が入ったゴブレットを手に、恨めしげに射手座に進言する山羊座。魚座の分を注いでいた射手座は機嫌よく次戦のハンデに応じた。 「頑張ったねーーーっ ローーーズゥーーー」 「くるーん♪」 当の魚座はローズにキスの嵐。 行動の派手さに華やかな容姿に朗らかな仕草――そして、薔薇をあしらった華麗な水着。何かと目立つ事もあって、人々が一度は振り向いてゆく。 (恥ずかしい‥‥) 山羊座は頭を抱えたが、射手座は魚座の水着は彼なりの冗談なのが解っているから余裕で笑っていられる。それよりも、と山羊座の方をちらと見た。 (山羊座の奴、何であんなの選んだんだ?) ともあれ、三者三様に個性的な面々なのであった。 さて、一休みして仕切り直しだ。 「あっ、ちょっと待って♪」 魚座が二人を引き止めて、ちくわを掴んだまま砂浜を歩いている吾庸に手を振った。無愛想が気付いて近付くと、魚座はローズに繋いだ荒縄を差し出して遊びに誘った。 「吾庸さんもやってみる?」 「‥‥あ、ああ」 勢いに呑まれて荒縄を受け取る吾庸。掴んだちくわの所在に迷っている風だったので、魚座はちくわを受け取ってぎゅうと抱き締める。 「遣り方は解るか」 山羊座の問いに、素直に遊び方を教わる吾庸。無骨な獣人に説明しながら、山羊座は思った。 (親しい友でもないのに海に連れて来てくれたお人好しか‥‥) 世の中には随分なお人好しが居たものだ。そんな事を考えながら吾庸の足に板を装着してやる。 (まぁ、オレはえくすかりばんが楽しめればそれでいい) 開始を今かと待っている甲龍を見、目を細めた。 太陽照りつける砂浜を駆ける開拓者とその相棒。 「桃、いっくよ〜♪」 ピンクのビキニに同性すら羨む肢体を包み、御陰 桜(ib0271)が球を投げた。 「わんっ!」 利口な返事をして一心不乱に球を追う忍犬の桃。桜が何処に投げても必ず取って来る従順で行動力のある努力家だ。たったと駆けて球を拾って戻って来る。たとえそれが海上であろうとも、桃はすいすいと泳いで球を拾って来た。 「桃〜えらいえらい♪」 桜にお腹をもふもふされると桃はデレデレに大喜び。桃にとっての一番のご褒美は、桜が褒めてくれる事なのだ。 甲龍は海に浸かるのを嫌がりはしないだろうか。 レートフェティ(ib0123)は何となくそんな心配をしつつ、甲龍のイアリと水際まで来ていた。笛と鈴を鳴らしてイアリを誘導しつつ、サンダルを脱ぎ捨てる。 「さあイアリ、まずは球を操る練習よ」 イアリの鼻先にボールを乗せて、バランスを取らせる。とんとんとリフティングのゼスチュアを示して、イアリに鼻先のボールを打ち上げるように指示した。 とん、とん、とん――――‥‥ 初めのうちはすぐに落としてしまったボールも、回数をこなす内に5・6回は続くようになってきた。 「イアリ、すごいすごい。素晴らしいわ♪」 出来た事はしっかり褒めて、次の練習へ。 「威織。今回の訓練だが‥‥足腰を鍛えよう‥‥ほどほどに、な」 神鷹 弦一郎(ia5349)は忍犬の威織に球を投げて、取りに行かせたり頭の上で打ち上げさせたり。合間に海に入って泳いだり潜ったり、遊――訓練をしっかり行っている。 何せ威織は元気が有り余る若犬だ。全力で向かってくるので此方も気を抜かずに相手しなければ、力負けしてしまう。 本気で遊び倒した弦一郎は番傘と茣蓙で誂えた日陰で一休み。まだ威織は千切れんばかりに尻尾を振って、遊んでいる他の開拓者達にじゃれている。 「あら、あなたも一緒に遊ぶ?」 イアリとキャッチボールをしようとしていたレートフェティが威織を誘っている。 (迷惑そうじゃないから‥‥大丈夫か) 弦一郎は暫し目を閉じた。 一方、レートフェティは、件の猫又もボール遊びは好きかしらと三毛を探している。 「あらら‥‥」 見つけたものの、駆け足の訓練だか何だか、杜鴇に追われて駆けているちくわの姿を発見。手にしていたボールを思わずちくわに転がして。 不意の乱入に驚いた杜鴇の追撃が止んだ後は、ちくわも交えてボール遊び。思い切り走って目一杯笑って。遊び疲れた後はイアリの背に凭れてお昼寝しよう。 浜辺で訓練に励む巫女と双子と朋友達。 「よし、いいぞ羽矢輝、青羽。偉いな♪」 羽紫 稚空(ib6914)の元に戻って来た迅鷹の羽矢輝と鷲獅鳥の青羽は、主の言葉に嬉しげな鳴き声で応えた。 「へ〜、お前の相棒達、お前にしちゃしっかり訓練されてんだな」 稚空の兄、羽紫 アラタ(ib7297)が負けじと、駿龍の鋼夜に先導させて鷲獅鳥のウインディに騎乗する。双子とは言え弟に負けるのは癪に障るというものだ。 「さてと。鋼夜、ウインディ! 俺らも負けていられないな。よし、やるぞ!」 アラタのやる気に、鋼夜とウインディは頼もしく鳴いて応えた。 二人共頑張っていますよと平等にフォローする黒木 桜(ib6086)に、稚空もにこやかに返す。 「桜のクロガネもよく慣れているよな」 「俺の可愛い桜に近づくんじゃねーよ!」 途端、桜の周囲に侍っていた管狐の伯尾が青の体毛を揺らして頭突きした。 「痛ってぇ! 何するんだよ!」 「この獣! 大丈夫だったかい? 桜」 前半は稚空への罵声、後半は桜への労わり。伯尾の態度は随分と差があるようだ。 「あんたの相棒は、稚空以上にしっかり訓練されてんだな。しかし‥‥その狐、やけに態度が違わないか?」 呆れ気味にアラタが言うのを困ったように頷いて、桜は一触即発の稚空と伯尾を引き離した。 「伯尾もうその辺にして下さい、私も一緒に謝ってあげますから」 「「そんな必要ねー」」 睨みあう両者から同じ言葉が出て、つい吹き出してしまった桜である。 男性にはきつく接する伯尾だが、稚空に殊更きつく当たってしまうのは彼が桜を好いているのに気付いているからだ。アラタは人間の男だが、稚空は桜に近付く悪い虫という訳だ。 桜には指一本触れさせぬとばかりに牽制する伯尾を他所に、稚空は木陰の猫又に声を掛けた。 「おい白虎。そんな所休んでねーで、お前も何か訓練とかしろよな!」 「俺はそんな事しなくてもちゃんと仕事こなせている。無駄に力使う必要はない」 猫又・白虎は至って冷静に反論する。それでは羽矢輝達の動きを見ていてくれと稚空に頼まれて、それくらいはと頷いた。 ●海の思い出 波打ち際には様々なものが漂着する。 人妖の光華とのんびりと、波が洗った落し物を物色している和奏(ia8807)だ。 「光華姫、桜貝を見つけましたよ」 ほわり笑んで光華に手渡す。 探し物に飽きたら砂の上に足跡を付けて。創作意欲が湧いたなら砂の城を築いてみたり。 日頃おっとりしている和奏だから海でも大騒ぎしたりはしないけれど、光華は和奏を独り占めできるのが嬉しくて仕方ない。 他愛ない一日、だけど貴重な一日なのだ。 傘で作った日陰に長椅子を置いて、ごろんと寝転がる神父様。 のんびり見送って 「ふふ、視線の先は良い子には内緒ですよ」 誰にともなく断って、目の保養に勤しむはエルディン・バウアー(ib0066)だ。迅鷹のケルブが遊んで欲しそうに寄って来ていたが、すっかりバカンスモードのエルディンに見送られ、青空へと飛び立った。 「遊んでらっしゃい、他の相棒を食べちゃダメですよ」 怒ったような甲高い鳴き声をひとつ上げて、純白の迅鷹は旋回した。食べはしないが、狩りの練習はするつもりらしい。 やがて、ちくわを捕まえてしてやったりと言った風情のケルブと、吾庸に平謝りするエルディンの姿が浜辺で目撃された―― 日陰で冷茶を振舞っていたからす(ia6525)は、狩られたちくわが鷲獅鳥の彩姫に警戒しているのに気付いて言った。 「大丈夫。君が敵でなければ彼女は優しい」 大きさはともかく彩姫の仕草は鳩や雀と変わりない。日向で砂浴びして、くるくると鳴いている。実に平和だ。 そうこうしている内に、彩姫は砂を払って毛繕いを始めた。やはり小鳥と大差ない。重ねて言うが、からすの身長の四倍はある巨大なケモノである。 「君は海に来た事あるかな? 彩姫」 からすの問いに彩姫は首を傾げた。実に温厚で大人しい。 迅鷹を朋友としている吾庸は彩姫に関心を持ったようだ。からすが弓術師と聞いて鍛錬方法を尋ねた。 茶席を中断し、からすは弦を張りなおした。遠方に僅かに見えた木の実を捉えて示す。 「例えば。浜辺に漂着したあの木の実」 あまりにも遠い木の実を射るという。吾庸であれば諦めているところだ。 しかしからすは持ち前の落ち着きで弓を構えると、木の実を正確に射抜いた。 「怠れば技は鈍る。基礎に終わりなし」 からすは弓を下ろすと、何事もなかったかのように静かに日々鍛錬と結んだ。 水着の上に上着を羽織り、鍔広帽子を被って日焼けに備えたアルーシュ・リトナ(ib0119)は、龍用の大きな麦藁帽子があれば良いのにと、駿龍のフィアールカをそっと撫でた。 水辺なので今日のフィアールカはケープも付けていない。アルーシュの手に擦り寄るように顔を寄せたフィアールカは、早く水に入ろうとアルーシュを誘った。 フィアールカの背に乗ってゆらりゆらり。海に浮かんだアルーシュは水面の反射に目を細めた。 「ちくわさん、一緒に海で浮かんでみませんか?」 岸でへたれている猫又を誘う。龍の背に乗るだけならと同意したちくわをフィアールカの背に乗せる。意外と平衡感覚が鍛えられたようだ。 岸に戻って来たアルーシュは吾庸に小さな瓶を手渡した。 「折角ですから、お子さんや奥様、絢子さまへのお土産に、貝殻を拾ってみては?」 海の思い出話に添えて。 森の隠れ里では海の巻貝は珍しい。今月の仕送りに同送しようと吾庸は父の顔して微笑んだのだった。 |