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■オープニング本文 嗚呼、我が胸何故に張り裂けん。 この想い、溢るるばかりのこの想い―― ●街の噂 芹内禅之正、言わずと知れた北面王であり志士であり、御歳四十三歳の独身男である。 彼には幼い頃から仕えてくれていた家臣がいた。名を雁茂時成と言う。 この雁茂翁が人生最後にして最大のご奉公を始めた。すなわち『芹内王の嫁探し』である。 まず雁茂翁は、国内から適齢期を迎えた未婚女性の身上書を集めさせた。 一国の王に相応しい女性たるもの、深い教養と気丈さを併せ持った女子が良い。 芹内王自身が貴族の養子を経て現在の地位に居る事から、身分は高すぎず低すぎず―― 「徳があれば多少の素性は問わん、娘御の釣書を集めい!」 要は手当たり次第に集めて、雁茂翁は片っ端から選別していった。 そしてその行動が大きな誤解を生む事となる。 「おい聞いたか?」 「聞いた聞いた。意外だよなぁ、あの堅物が後宮おっ建てるんだってよ!」 「国内の娘は皆わしの物じゃ、とか言ったんだって?」 「怖ぇよなー 独身中年男の撹乱?」 芹内王後宮建設計画の噂――どうしてそうなった。 ●月へ召さるる君 北面・開拓者ギルド。 職員は閉口気味に目の前でぐずぐず泣き崩れる青年を見下ろしていた。 「月へ‥‥月が‥‥」 「あのー」 声を掛けてみた。めそめそ。聞こえてない。 貴族と言っても様々で、宮中に暗躍する野心家から、なよなよ女々しい貴族まで色々だ。目の前の貴族は後者のようで、人目も憚らず泣いている。 「私は‥‥私は‥‥」 「あのー」 再び声を掛けてみた。ぐすぐす。気付いてない。 どうしたものかと職員は溜息を吐いた。 先程からぶつぶつぐすぐすと泣いている青年の名は桧垣実道。北面の一貴族で、そこそこの家柄の御曹司である。 貴族としてはそこそこ、色恋に関しては全くの不調法。七宝院絢子(iz0052)に懸想しているのだが、未だ絢子の覚えなしという朴念仁だ。 実道がこの世の終わりとばかりに泣き崩れているのには理由がある。 北面王・芹内禅之正に世継をと、芹内王世話係・雁茂時成が一大後宮建設の計画を立てているのだという。同時に、雁茂翁は国内各所へ手配し、適齢期の未婚女性の身上書を掻き集めて一人残らず囲い込もうとしているのだとか。 (嗚呼、かの君が王の許へ召されてしまう‥‥) 身分問わず集められたと聞くから、彼が想いを寄せる七宝院の姫君達の身上書も集められたに違いない。 七宝院の一ノ姫・絢子は、人前に姿を現さぬ事から『翳姫(かすみひめ)』と号されるのだが、妹姫である曙姫(iz0112)を大人びた風にした絶世の美貌を持つと伝えられている。芹内王が稀代の美女を手に入れぬ訳がない。 (王に召されれば、二度とお逢いする事は叶うまい‥‥) かくして実道卿は、街の噂を真に受けて、悲嘆にくれているのであった――尤も、場所を弁えぬ悲嘆は迷惑以外の何物でもないのだが。 これまで実道卿は神楽開拓者ギルドを通して依頼を出していた。 故に職員は、目の前で泣き崩れている青年の正体も知らなければ依頼経歴も知らない。 一向に返事のない青年を前に、職員は匙を投げた。 「あのー 誰かこの人、連れてってくれません?」 |
■参加者一覧
からす(ia6525)
13歳・女・弓
詐欺マン(ia6851)
23歳・男・シ
リエット・ネーヴ(ia8814)
14歳・女・シ
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
クロウ・カルガギラ(ib6817)
19歳・男・砂
ハシ(ib7320)
24歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●悩める青年貴族の相談に乗る会 「おお、これは実道卿」 不審者と化したお貴族様の対応を放棄した職員は、彼を知っているらしい者の声に救世主出現と振り向いた。 「この御方は桧垣家のご子息、実道卿におじゃる。何かお困りのご様子、まろが伺って進ぜるでおじゃる」 詐欺マン(ia6851)の心強い言葉に、拝み倒さんばかりに実道を押し付けて、職員はそそくさ持ち場に戻って行った。 「‥‥さ、詐欺マン、殿‥‥?」 鼻を赤くし涙でぐちゃぐちゃの顔を上げて、詐欺マンを見上げる実道。 詐欺マンは己が袖で実道の肩を包み込み、弱き者が頼らずにはいられない不思議ぱわーを発揮させて鷹揚に慰めた。 「運が良かったでおじゃるな。まろが力を貸すでおじゃる」 「‥‥ざ、ざぎまんどの‥‥がだじげない‥‥」 ぐすぐすべそべそ、涙に濡れた顔を隠そうともせず幼子のように泣きじゃくる実道を、詐欺マンと並んで覗き込んだ村雨 紫狼(ia9073)は珍獣を見るかのような視線を投げかけて考える。 こんなヘタレが本当に深慮遠謀魑魅魍魎の跋扈する貴族社会の一員なのだろうか。 とりあえず人目の無い場所へと男二人で実道を立たせて移動する。肩を貸しながら、紫狼はこっそり考えた。 (ナヨ系貴族、略してナヨ男) 前向きポジティブ全開の紫狼からすれば、実道は自分と全くの対局にいそうな存在だ。思いっきり背中を叩いて肉食系男の気合を入れてやりたい所だが、そんな事をすれば骨折しかねない軟弱さなのは、肩に回った腕から十二分に伝わってくる。 真昼間から号泣している男と両脇で介抱している男達を、人々はさり気なく避けてゆく。異様な光景に手を差し伸べようとする者はごく僅かだ。 「うわっ、どうしたんだ!?」 思わず声を掛けたお人好しの一人、クロウ・カルガギラ(ib6817)が、近くの茶屋で詳しい話をと合流し、男ばかりの愁嘆場(?)に何事かと寄ってきたハシ(ib7320)も付いて行った。 茶屋では丁度からす(ia6525)が喫茶のひとときを過ごしており、かくして此処に悩める青年貴族の相談に乗る会が発足したのである。 ――で。 店の角席を陣取って、開拓者達は実道の話を聞く事にした。 「まずは挨拶ね」 ハシはそう言って、今回縁のあった男性陣をハグしていった。唯一の女性・からすには握手、この辺り紳士的なのだが――実道は女性物のアル=カマル衣装を纏ったハシを、女性だと思い込んだようだ。ハグされてあたふたと抵抗した。 「じょ、女性がそのような‥‥!」 強い日差しから肌を守る為、アル=カマルの衣装は布面積が非常に高い。細身の身体を覆い、露出しているのは目元のみ――という、布の塊のようなハシだが、女性物を纏ってはいてもれっきとした男性だ。 「あら嬉しい事言ってくれるじゃない♪」 機嫌良く回した腕に力を入れたもので、軟弱貴族は息も絶え絶えに――あ、意識が飛んだ。 閑話休題。 実道を介抱したクロウが、からすからお茶を受け取って勧めている間、詐欺マンからこれまでの経緯を聞かされた一同は、何とも言えない顔で実道を見つめた。 「それってまだ何もしてねーって事じゃ‥‥」 紫狼の呟きが場の総意を代弁していた。 ところが実道はムッとして「文は送っております」などと言う。尤も、絢子の許へは多くの手紙や珍しい品々が届けられており、実道の文はそれらの中に紛れているのが現実なのだが。 いずれにせよ、文の効果がなく絢子の覚えがないというのは、現在の実道を見ていれば容易にわかる事だった。 「いいか! 男はがっつり肉食系っっ! ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられんっ!」 煩悩の徒、紫狼は力説した。 男たるもの、女風呂は必ず覗き、女子更衣室に突撃してこそ! 「出落ちマン殿は黙るでおじゃる。素人が真似をすれば火傷では済まないでおじゃる」 力説をぴしゃりと止めて、詐欺マンは実道を見た。 未だ顔も見た事がない七宝院絢子。大体、未だ会った事もない人間に恋焦がれ続けるというのは如何なものだろう。 「他に誰か気になる者などはいないのであろうか?」 「居りませぬ。私には翳姫様しか居りませぬ」 一体何処が良いのやら、頑なに実道はそう繰り返すのだ。 しかしなよなよし過ぎだなこの男はと、紫狼は呆れ気味に見つめた。半端な気持ちで人を好きになっても結局誰も幸せにできない――出鱈目なようで紫狼は彼なりに真面目に心配していたのだ。 「何つーか、そんな大事な相手なら、泣いてる暇は無いんじゃね?」 呆れ気味に団子を齧るクロウの隣で傍観者を決め込むからす。 「うんわかるわ〜 恋ってステキよね〜」 落ち込んだ実道の手を優しく取って、ハシは言った。殆ど呑み屋の女将のノリである。聞き上手のハシは実道の手を揉み解しながら、要領を得ない話に耳を傾けてやる。悲恋歌ができるかもなどと思っているのは内緒だ。 「ほら、このおはぎ美味しいわよ〜 栗餡ですって。はい、あーん」 素直に口を開けた実道に食べさせてやる。どうやら落ち着いて来たようだ。 ハシは人差し指を唇に当てて少し考えてから、実道に尋ねてみた。 「ねーぇ、あなたの思う絢子ちゃんって諾々としちゃう弱い子なの? 信じられない?」 実道は栗餡おはぎを飲み下して、瞳を瞬かせた。ハシに手を預けたまま、指の一本に至るまで念入りんい揉み解されている。 「恋なんてナルシシズムだけど。月の天女みたいな人でも人間だし女の子なのよ〜」 実道はされるがまま大人しく聞いている。たとえ揉み解されていた爪先が紅く染められようと――紅く? 「あらやだ〜 かわいいっ」 ハシ、実道にマニキュアを塗ってご満悦だ。万商店にはこんなのしかなかったのよねと爪紅で実道の爪を彩って、ハシはふぅと息を吹きかけた。 「ホントはタイツ‥‥網タイツがいいんだけど。アレは視界が開ける感じ〜おススメ」 一体何をしようとしている。 怪訝な顔をしている実道と一同へ、ハシは事も無げに言った。 「え?やっぱ女の子を理解するなら形からでしょ」 「そうだよなー 女装は基本だな!」 女装すれば美女にもなれる変態紳士と意気投合しつつも、ハシは「女の子の友達が増えれば良いと思うんだけど〜」と言った。 「私は違うだろう」 その場唯一の女子に目が向けられたが、当のからすは慌てず落ち着いたものだ。少なくともきゃっきゃうふふと女子会をするからすを想像するのは難しい。 「女の子同士って仲いいし、共通の話題が増えるのは強みなのだけれど〜」 いい場所ないかしらね、などと話しつつ、とりあえずは落ち着いた実道を連れて茶屋を出る事にした。 ●噂の出所 仁生の街は多少浮ついてはいたが、大っぴらに芹内王の後宮建設を語る者はいなかった。 「まあなんだ。その王様、相当な堅物だって話らしいし、それが突然ハーレムなんて、眉唾もいい所だろ?」 クロウの言葉に、あり得ないから余計に信憑性が高いのだと実道。やれやれこうなったら本人に確かめるのが良かろうと、からすは実道に芹内王との面会を求めた。 「‥‥せ、芹内王にですか? そんな急に‥‥」 「実道殿ならお会いできるでしょう」 そこそこの上位貴族である桧垣家の御曹司だ、今は戦時でもなし面会を求めれば逢えるかもしれなかった。結局実道は、開拓者達を連れて仁生政庁の門を潜ったのだった。 「ところで、からす殿はどちらのご出身なのですか?」 「秘密だ」 貴族や志士達の中にあって、あまりに堂々と不自然なく貴族を演じるからすに、実道はつい尋ねてしまったのだが、あっさりとかわされた。代わりに雁茂老を見かけたら教えて欲しいと言い置いて、からすは悠々と庭を眺めている。 クロウは通路を行き交う役人を捕まえて、世間話。噂の真偽を確かめれば、皆顔色を変えて――その多くは噴出すのを堪えた――噂を否定した。 「例の芹内王様の噂は聞いてるかい?」 「王の噂? 何だそれは」 「知らないのかい? 国中の女性を集めてハーレム作るって街中噂だぜ。可笑しな話だよなあ。いきなりハーレムとか、有り得ないって」 「ある訳なかろう! 第一あの堅物だぞ? 浮いた話のひとつもないわい」 「だよなあ」 あはははは。 皆、たちの悪い冗談だと笑い飛ばして本気にしない。 「役人共は知らぬようでおじゃるな。そもそも子供が百もあっては大変な事になるでおじゃる」 国中の女性を囲い込んで己が後宮を作るなど、どだい無理な話なのだと詐欺マン。無理を承知で実現させたい、それが浪漫と言いきる紫狼は置いといて、クロウは「そらみろ」と実道の不安を薄めていった。 「からす殿、あちらから来られる御方が雁茂時成殿です」 長い廊下の向こうから歩いてくる老人はかくしゃくと、血気盛んな頃のままの顔色で――とても御歳六十三とは思えない姿を指して、実道が言った。 粗相なく近付いたからすは丁寧に挨拶し名を名乗った。 「雁茂時成殿とお見受けいたします。少々お伺いしたい事があり参りました。北面王、芹内禅之正様が後宮を造られると街の噂になっておりますが、ご存知でしょうか」 「な‥‥若はそのようなものは造られん!!」 若? 一瞬皆は顔を見合わせたが、芹内王の幼少時から世話をして来た雁茂翁にとっては何時まで経っても『若』なのだ。 一同の微妙な表情を他所に、雁茂翁は顔を真っ赤にして怒り出した。不埒な破廉恥なと地団駄踏んで怒っている老人に、からすはそっと近付く。 さあ、これで仕上げだ。 「この噂、芹内王は御存じで?」 「知っておられる訳がなかろう! そのような不名誉な噂など!!」 からすは青い顔して立ち尽くしている実道に目配せした。あとは雁茂翁を焚きつけるだけだ。 「差し出がましいとは存じますが、事態の収束の為に手を打つのが宜しいかと」 「当たり前じゃ! 即刻対処するわい!」 お辞儀するからすの横を、雁茂翁は大急ぎで立ち去って行った。 「‥‥という訳だ。あとは君次第だ。実道殿」 ●開拓者ギルドの記録より 数日後、北面は仁生開拓者ギルドに桧垣家の家人が訪れた。 ここで初めて、職員は先日泣き崩れていた青年が桧垣家の御曹司であったのだという事を知る。何でも開拓者達に大変世話になったとかで、ギルド経由で礼金を渡して欲しいという事だ。 報酬が出る以上はと、職員はこの出来事を報告書に記した。 当然――芹内王後宮建設の噂込みで報告書には記載されている。 市井の噂はそう簡単には揉み消せなかったものらしい。 |