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■オープニング本文 菊の花の頃、人々は長命を祈り菊花に願いを託す。 その香は邪気を払うと伝えられ、菊酒や着せ綿と言った風習として今に残されている―― ●北面、ある貴族邸にて。 部屋を吹き上げた風が、涼しく感じられた。 「姫様、秋の気配がして参りましたな」 格子を上げて振り向いた、乳母の言葉に主が頷く。庭を眺めたらしい姫は扇の向こうから小声で乳母の名を呼んだ。 「於竹、菊の頃が近いのですね」 御節句の仕度をいたしましょう、菊の御節句。主従はにこやかに話を纏めると、都へと使者を出した。 ●神楽、開拓者ギルドにて。 「この度、皆さんに向かっていただきたいのは北面の千代見村です」 壁の『護衛依頼』という募集を見て集まった開拓者に、ギルドの係は荷を護ってくださいと続けた。 「馬1頭と商人1名、魔の森を抜けて仁生まで送り届けてください」 馬の荷は綿、重いものではない。これを商う商人が一人付いている。 依頼を請けた者は、北面の精霊門から千代見村へ赴き、商人と馬を伴って仁生の依頼人宅まで送り届ける事。商人達が千代見村へ戻る際は魔の森を迂回する為、護衛不要ですと係は説明した。 「魔の森の大きさはどの位なんだ?」 開拓者の一人が尋ねた。ごく新しい小さめの森だと言う。なら避ければ良いじゃないかと言う開拓者に係は補足する。 「あの辺りは入り組んだ地形をしています。仁生と千代見村の間にあるその森を迂回すると、往復で半月はかかってしまうでしょう」 つまり、今月初旬の菊の節句には間に合わないという訳だ。 魔の森を抜けて期日までに依頼を達成して欲しい。 危険な場所を敢えて通る事になるが、必ずや護り抜く事ができると信じていると、係は力強く開拓者達を送り出したのだった。 |
■参加者一覧 / 天津疾也(ia0019) / 斎賀・東雲(ia0101) / 紅(ia0165) / 犬神・彼方(ia0218) / 南風原 薫(ia0258) / 高遠・竣嶽(ia0295) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 葛切 カズラ(ia0725) / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 秋姫 神楽(ia0940) / 桐(ia1102) / 輝夜(ia1150) / 喪越(ia1670) / 錐丸(ia2150) / 水津(ia2177) / ルオウ(ia2445) / 侭廼(ia3033) / 斉藤晃(ia3071) / 木綿花(ia3195) / 箱屋敷 雲海(ia3215) / 赤マント(ia3521) / 真珠朗(ia3553) / 伎助(ia3980) / シャルロット(ia4981) |
■リプレイ本文 ●出発、でもその前に。 「殿が火を放つ‥‥」 水津(ia2177)に魔の森焼き討ちの可否を問われた係は、困惑した表情を見せた。 「魔の森は、放置すると国を滅ぼしかねないよ」 「村のみなさまも、近くに魔の森ができてさぞ不安なことでしょう」 魔の森は危険な存在。赤マント(ia3521)と木綿花(ia3195)が言い添えるのも尤もな事ではあるのだが―― 「開拓者ギルドは開拓者に仕事を斡旋する場所、私は皆さんに取り次ぐのが仕事です。許可できるような身分ではないのです」 言葉を選びながら説明し、その上で私の考えを述べて良いのなら‥‥と前置きした係は否定的な意見を述べた。 「今回は一般人護衛で届いている依頼です。魔の森には謎が多く、入念な事前調査も無しに通過後焼き払うというのは、お勧めできませんね」 私は許可も指示もできる立場ではありませんから、皆さんがどうされるかは自由ですけれど。 そんな無責任な言葉と共に、係はこう言って開拓者達を送り出した。 「伝えておきましょう、それが私の役目です」 ●北面、商人を迎えに。 北面の精霊門に到着した一行は、護るべき商人を迎えに千代見村へと向かっていた。 「折角燃やしたい放題の魔の森があるのに〜」 「今回燃やすんはアヤカシだけで我慢しとけや?」 未練たらたらの様子は水津だ。それとなく釘を刺す斉藤晃(ia3071)の話など聞いちゃいない。 「ギルドの方は自由って言いましたね、言いましたよね!?」 アヤカシ遭遇前に精霊の力を借り始めて、慌てて晃に止められた。 「痛!!じょ、冗談じゃないですか?本気にしないで下さいよう」 嘘だ、目が本気だ。 此度の護衛、期日までの遂行には魔の森を抜けねばならぬ。開拓者といえど決して安全とは言えぬ道であり、一般人連れなら尚更の事。軽口を叩きながらも開拓者達に隙はなく、往路のうちにと森の状況を確認しながら歩を進める。 ルオウ(ia2445)は生物の気配が全くしない森に溜息を吐いた。夏の名残も感じさせぬ死した森に巣食うのは、アヤカシのみと言う事か。森の高みを見上げた赤マントは奇襲に長けたアヤカシを探す。次に通る時は護衛の時だ、道筋を覚えようと試みる者も多かった。 魔の森を抜けた一行に届いた菊の香り。千代見村が近い事は嗅覚が教えてくれた。 一面に咲く小菊の花。千代見村の名に相応しい光景に、木綿花は微笑んだ。 (「菊の原 千代見渡しや 咲きこぼれりて――」) この村から綿を取り寄せる仁生の姫に思いを馳せ、目の前の景色を歌に詠む。 出迎えた村人によると、まだ綿の準備が少し残っていると言う。待つ間、菊の香りを愉しむ者あり、菊畑を肴に酒宴する者あり。 佐伯柚李葉(ia0859)は菊畑の前に立つと、思い切り深呼吸した。この群生、目に焼き付けて帰りの護衛も頑張ろう。 柚李葉の微笑ましい様子に近付いて来た村人が一人。共に仁生へ向かう商人だ。出発までにまだ少し時間が取れそうだったので、と話しかける商人は少々緊張しているようだ。 「素敵な菊畑ですね。今回は綿だけですけど、菊も出荷しているんですか」 「ああ、出荷しているよ。小菊は勿論、まだ先だが大輪の菊は鉢で出す。仁生にも出荷していたのだが‥‥輸送に日がかかるようになってしまったので、今年はどうだろうな」 魔の森に阻まれて、仁生へ向かうには半月かかる。花は生もの、難しいのだと嘆息した。だから今回の森抜けは大変な事で、よろしくお願いしますと改めて頭を下げる。緊張を解すように柚李葉は話題を変えた。 「菊の節句には村でお祭りはないのですか」 「この村では花見は菊、とも言うよ。お貴族様のような風習はないが、これから初冬までの間、見頃の時期に皆でご馳走を持ち寄って、のんびり過ごす事はあるねえ」 また見においで。柚李葉に旅のお守りにと求められて快く一輪手折る。気さくに話しかける彼女と接して、商人の不安も解けたようだった。 先行して一部の開拓者が森に入った事を告げに柚乃(ia0638)がやって来た。あまり間が開かぬうちにと出立を促し、一度だけ振り返る。菊畑をしっかり心に留めて村を後にした。 ●魔の森、先行する者達。 千代見村で魔の森形成前の話を聞いた錐丸(ia2150)は、隊商が通れそうな場所を見極めつつ森を進んでいた。村で分けて貰った幾輪かの菊を相棒の伎助(ia3980)が手に歩む様は、何やらアヤカシへの手向けのようにも見える。後続への目印として適度に切り分けた荒縄を結び付けていた錐丸が伎助に物言いたげな視線を向けた。 木々に下がるは、まるで首括りの紐のようで。 「縁起悪いって?わかりやすいと思うよ♪」 結び方の指示をした伎助、あっけらかんと言い放つと輪の部分に菊花を挿す。目線の先に点々と続く黄色い目印は確かにわかりやすいのだが‥‥ ――と、錐丸の足が止まった。 油断なく辺りを見渡し心眼を発動する。錐丸の合図に伎助の蹴り一発、錐丸の一閃が重なって呆気なくアヤカシはその力を失った。霧散してゆく姿は人型、この森で遭難した者だろうか。 「かわいそうに‥‥森に喰われたんだね」 目印とは別に、菊を地に手向けた。 菊の目印を元にルオウが手斧で枝を切り払ってゆく。 (「魔の森‥‥アヤカシとも縁深い場所ですが‥‥今は通り抜ける事だけを考えましょう」) 高遠・竣嶽(ia0295)は周囲を警戒しつつ時折心眼を混ぜる。 何かいるようだ――出て来たのは、太刀とぬいぐるみを抱き締めた少女。 「お前も開拓者だろ?一緒に来いよ」 行きで時々見かけては姿を見せなくなった少女に同行を促した。声を掛けられたシャルロット(ia4981)は、目と口を縫い込んだ牛のぬいぐるみをぎゅっと抱いて、困ったような眼差しでルオウを見つめていたものの、素直に後へ従った。 「俺はサムライのルオウ、よろしくな。お前、名前なんてんだ?」 あまり歳の違わなさそうな少年に話しかけられた少女は、ぬいぐるみを介して名を名乗る。快活に笑ったルオウはそれ以上問い質す事なく、彼女がはぐれないように気をつけて森を進む。 暫く進むと戦闘音が聞こえて来た。別行動の先行班、露払いを担った輝夜(ia1150)と羅喉丸(ia0347)だ。 「我が前に立ち塞がるというのなら砕いて進むのみ!」 多勢を相手取っている。歴戦の開拓者達はアヤカシの攻撃を巧みにかわし手痛い一撃を与えてはいるが、いかんせん数が多い。合流した仲間達に、期待していたと信頼の表情を見せた。 「へっ!きやがれぃ!!」 ルオウが吼え、アヤカシの注意が助勢に向いた。その隙を突いて敵の背後を取った羅喉丸が鉄山靠で粉砕、竣嶽は向かってきた敵に抜き打ちの一閃を浴びせる。 「高遠、怪我ぁないか?あんたぁの背中は俺が守るかぁらな」 アヤカシの動きを封じながら竣嶽に近接した犬神・彼方(ia0218)は手にした符の力を己が槍に託す。のんびりした口調ながら、彼女を怪我させまいとする意思は強い。的確に援護し、竣嶽がすれ違いざま斬ったアヤカシに止めを刺した。 「よぉ、アミーゴ。頑張ってるねぇ」 ふらっと現れた喪越(ia1670)が参戦、援護する。 ヒトもアヤカシもその存在に意味があるというのなら、この戦いはどんな意味があるのか――優しさ故に相反する想いを抱え、印を結ぶ。 シャルロットは嗤っていた。戦いに酔ったような狂気の笑みを薄く浮かべて、身の丈に合わぬ鋭い太刀を振り回していた。 サムライが鬼か、太刀が鬼か。その場のアヤカシを打ち倒した一同が見たのは変わり果てた少女の姿。 「シャルロット!!」 ルオウに揺り動かされて我に返った少女は、出会ったばかりの時のような困った眼差しで少年を見つめ返して。木綿花の手当てを受けた彼女には、もう狂気の影は見られなかった―― ●魔の森、護る者達。 一方、先行隊と間を置かずして出発した護衛隊は払われた枝と下がる菊花を目印に進む。 (「いつアヤカシが現れるか不明だ。気を抜かず警戒しよう」) 背筋をぴんと伸ばし、紅(ia0165)は冷静に警戒に当たる。空中を警戒する赤マント、傍に従う柚乃は、菊畑の情景を胸に加護結界を施し万一に備える。 「そない硬くならんとー」 斎賀・東雲(ia0101)が商人の緊張を解すように気さくに話しかけている。 「こんだけ人おるんやから、そう危ない目には遭わんて」 「そうそう、大船に乗った気分でいればいいんやで」 天津疾也(ia0019)も請合って。商人の不安が紛れるようにと明るく話しかけながらも警戒は怠り無い。不安にさせぬよう気取らせたりもしないで快活に振舞う。 『ソウヨ、ムシロ東雲モイラナイクライナンダカラ』 いきなりオネェな声色が割り込んで、声の方向と見遣れば雪だるま。東雲の肩からユキちゃんがこんにちは。 「あいたー、ユキちゃんそこは言ったらアカンとこ!」 東雲の一人突っ込みに吹き出す一同。時折、葛切カズラ(ia0725)の際どい冗談を交えながら、瘴気満ちる森の中を和やかに隊商は通り過ぎてゆく。 自信満々に歩く秋姫神楽(ia0940)と、対照的に「偶には散歩もいい、ねぇ」などと気負わない雰囲気の南風原薫(ia0258)、アのつくあれが苦手な箱屋敷雲海(ia3215)は馬を曳く商人に、折角の機会だからと教えをこうた。 「拙僧恥ずかしながら物を知らぬ。菊の節句は存じているが、この綿は如何様にして使うのだ?」 「着せ綿の使い方かい?上つ方は御節句の際に、菊の朝露を含ませた綿で御身を拭われるのさ。さすれば邪気が払われて、寿命が延びると伝えられているんだよ」 「それは有難き物ですな。これも転輪王のお導きであろう」 合掌する雲海の横で感心する赤マント。 「しかし身を拭うにしては随分嵩がござらぬか?」 雲海の疑問も尤もで、馬の荷は重くはないとは言え、相当大きなものである。これでも通常の着せ綿よりは嵩が低いのだと商人、荷解けば三倍にはなると言う。 「毎年、七宝院家からのご依頼は露を乾燥させた綿をご注文いただくのでね、小さく圧し縮めてお納めするのだよ」 乾燥?伝えられる風習は露を含ませた綿に意味があるのではないのか。それに‥‥届け先。 七宝院――何処かで聞いた家名のような気がする。 桐(ia1102)はまったりしているようでいて、その実人遣いが荒い。 「怪我なんて酒呑んだら治る治る!」 持参のお茶を啜りつつ、侭廼(ia3033)を前線に追い立てる。真珠朗(ia3553)には警戒を指示。 「ほら、経験差とか気にせず頑張る!」 真珠朗、容赦のない物言いに、ついぼそりと悪態を吐いた。 「真面目にしねーと桐の鬼ぃさんがおっかないって話ですし、尻ぃ蹴っぽられる前にさっさと持ち場に就きますか」 「鬼ぃとか言わない!そんな事言う子は、反対側に回って挟撃の警戒でもする!」 かく言う桐はのんびりお茶を嗜んでいる訳で。尤も、行楽ならもう少し風情のある場所でしたかった‥‥などとぶつぶつぼやく真珠朗も、その指示に素直に従っているのだが。 規模の小さい森であった事、先行する者達が的確に倒し道標を残していた事から、護衛陣が直接戦闘に入る事はなかった。遠目に立ち上る瘴気を見はしたけれど、此度の仕事は護衛であり討伐ではない。護衛対象の安全を第一に、休憩を挟みながら一同は森を抜けたのだった。 ――と、その前に。 「ふふふ、今度は止める人はいません‥‥燃えるですよ〜」 折角目の前に燃えるものがあるのだ、燃やさずして焔の魔女と呼べるだろうか、否呼べない。 殿を務めた水津、周囲に誰もいないのを確認すると火種を生み出した‥‥が。 「ごくろうさん。鴉が鳴くから帰るで」 お目付け役の晃に発見され、猫掴みで仁生へ引きずられて行った―― ●北面、菊の宴にて。 仁生に到着した隊商は先行隊と合流、依頼人の邸へ向かった。 「粋だ、ねぇ」 護衛に付き添った二十五名もの開拓者ごと邸内に通されて、貴人の豪気振りを薫は軽く冷やかした。飄々と付いて行った先に一席設けてある。 暫く待たされて商人と共に姿を現したのは老女。依頼人の乳母だと言う。人前に姿を見せるのを好まぬ姫であると説明し、不在を詫びた。 「皆様お疲れ様でした。今宵は当邸にお泊りになり、ご一緒に菊の御節句を祝ってくださいまし」 老いても貴人に仕える者、優雅に一礼すると乳母は下がっていった。 「てぇ事は、後は無礼講だねぇ」 懐から花札をちらつかせる喪越に、彼方とカズラが乗った。 「賭博で慣れてるかぁら、そう簡単には負けられん!」 「何賭けようか?」 まずは喪越が親になり。札を配っていると見物も集まって来た。疾也が賽子を玩んで問う。 「お、花札かいな。俺が胴元やったろ、何賭けるん?」 「罰ゲームはどうだい?」 額に『肉』と書いてやるぜと不敵に笑う喪越。菊酒の杯を傾け『米』と書いてやるとカズラは艶やかに応戦し、彼方はぐるぐるほっぺを描いてやると宣言した。 「ねぇねぇ、あれ何あれ何、遊戯?」 恥を賭けた真剣勝負を初めて見た神楽、目をキラキラさせ手当たり次第に仲間を捕まえて尋ねている。東雲が捕まった。 「あーあれは花札っちゅうてな、札の絵合わせて点数競うんや」 「どうやってやるの?万屋に売ってる?」 「万屋に売ってるさかい、帰ったら買うたらどや?」 『マア、見テテゴランナサイ』 東雲はユキちゃんと一人二役で実況中継と解説を始めた。雲海が固唾を呑んで見守る中、薫は古酒を片手に外馬賭けを誘って回る。怪我はせずとも酒は旨い、侭廼は酒が少々過ぎたようだ。 (「あ〜役逃しよったな」) 漫才‥‥もとい中継に耳を傾けながら機嫌よく杯を傾けている晃に、桐の一言。 「あんまり呑み過ぎないようにねー」 「さすがは鬼いちゃんやなぁ〜」 ご機嫌に水を差された晃は桐と真珠朗を比べ見て、赤マントににやり。おはぎにぱく付いていた赤マントは手荷物から着せ綿を取り出した。 「こうすると邪気が拭われるらしいよ!」 桐の鬼成分が拭われたかどうかは当事者のみぞ知る。 一晩中、菊の宴を愉しんで―― 「二人とも、邸を出る前に顔を洗った方がいいよ?」 「勝負なんて関係ねぇ、美味しい場面を逃さねぇのも運の強さって奴だぜ」 「喪越、それぁ説得力なぁいな」 額に『米』と書かれた喪越、眉が異様に太くなった彼方がいたと言う‥‥ |