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■オープニング本文 北面の一都市・楼港。 不夜城の異名も持つ一大歓楽街でもある楼港は、様々な国の思惑が交錯する地でもある。 富集まる所に欲集まる――楼港は一国家の都市というには余りにも複雑な事情を抱えている街であった。 ●泥鰌 夏の暑さもさすがに和らいだ陰殻、名張の里。 刈入れの済んだ田は何処も似たようなものだ。丸坊主になった田は寒々と、稲穂の実りの有無など関係なく地面をさらしていた。 蜻蛉があちこちに飛んでいる。畦道から田へ、赤蜻蛉を追って此方へ駆けて来る子供達を、名張猿幽斎(iz0113)は目を細めて眺めていた。痩せ細った体躯、曲がり切った腰――齢百歳は行こうかという老齢の猿幽斎は、この里の長だ。 「おささま、トンボとっていーい?」 猿幽斎がいる田に侵入するのが少々咎めたのだろう、年長の子が尋ねたのを、にこにこと「ええぞ」と応えようとして、猿幽斎は慣れた感覚に目を細めた。 「ほれほれ、向こうの方がようけおるぞ」 「「「はーい」」」 子供達は素直だ。長様の言う事に何の疑いも持たず蜻蛉を追って離れてゆく。相変わらずにこにこと、細めた目の奥だけに本音を隠して、猿幽斎は問うた。 「笑ン狐か」 「‥‥長、俺の通り名はショウコです」 笑狐と呼ばれた青年が猿幽斎の足元に跪いていた。ショウコでもエンコでも同じやないかと、猿幽斎はそ知らぬ風で笑狐に要件を促した。 「何ぞあったか」 「泥鰌が死にました」 「何故死んだ」 笑狐は答えた。楼港の場末で、刺殺体で発見されたのだと。 泥鰌とは笑狐同様通り名で、村では沼五郎と呼ばれている。素早さと脱出能力に秀でた中忍の中年男で、楼港内の諜報員の束ね役の一人だ。束ね役はそれぞれ個別で動いており、泥鰌の死亡は泥鰌配下の諜報員との連絡が取れなくなった事を意味する。 「寝返ったか」 猿幽斎はまず配下の裏切りを考えた。名張は裏切り者に容赦ない。泥鰌は配下に引導を渡そうとして返り討ちにあったのではなかろうか。 しかし泥鰌が易々殺されるはずもなかろう。猿幽斎は笑狐に報告を促して、驚いた。 「‥‥心ノ臓を一突き、だと」 腐っても陰殻の中忍、何の反撃もできずに殺されたというのが異様だった。狙い違わず心臓を貫いた傷跡だけが残されていたと聞いて、猿幽斎は相手が相当の手練と予想した。 「まずは手の者を見つけねばなるまい‥‥だが見つけても殺られては意味がない」 相応の腕を持った開拓者を雇うか、と猿幽斎は呟いた。 ●探し人 神楽・開拓者ギルド。 人目を憚る依頼なのか、個室に集められた開拓者達は藤次郎と名乗った依頼人に「人を探して欲しいのです」と告げられた。 「それが誠に申し上げ難いのですが‥‥どんな人なのか、手前共にも分かりませんので」 恐縮しつつ藤次郎は事の次第を話し始めた。 先日、楼港で殺人事件が起こったのだが、その被害者が知人だった事。 知人は楼港で人に接触していたらしい事。 接触していた人物に会えば知人が何をしていたのか分かるかもしれないから、探して欲しい事。 「まったく、手がかりらしきものが全くないのが申し訳ないのですが‥‥」 知人は中年男性で――と特徴を述べてゆく。楼港の番屋には死亡者名は『沼五郎』で記録されているはずだと言った。 更に藤次郎は沼五郎の死因が刺殺である事、相当の手練によるものらしい事に触れ、しなやかな体躯を折って頭を下げた。 「心の臓を一突きだったそうです‥‥下手人は志体持ちかもしれません。どうかお気をつけて」 ●柊歌 「それで‥‥源さん、どないしはったん?」 鈴を転がすような女の声を頭上で聞きながら、安田源右衛門(iz0232)は女の膝に預けた頭を少し動かした。光なき眼を女に向け、鷹揚に応える。 「さて‥‥どうしたかな」 篝屋襲撃で得た己の報酬の大半はこの女に消えた。盲目の男に見目の色香は無意味だ。男が求めたのは声の心地良さと打てば響く心栄え。特に女郎の拘りは無い方だったが、居心地の良い敵娼を見つけられたのは幸いだった。 「お前は不思議な女だな、柊歌。血生臭い話を怖がるどころか面白がるとは」 「せやかて、源さんの話、面白いんやもん」 ――ねえ、聞かせて? 貴方の話を。 オウカと呼ばれた女郎は忍び笑いを漏らすと、源右衛門の頬をそっと撫でた。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
ラシュディア(ib0112)
23歳・男・騎
マックス・ボードマン(ib5426)
36歳・男・砲
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
キアラ(ib6609)
21歳・女・ジ
イーラ(ib7620)
28歳・男・砂 |
■リプレイ本文 花街に喧嘩や刃傷沙汰は珍しくない。 先日鉄漿溝で見つかった中年男の死体も、そんな喧嘩の拗れによるものと思われていた――のだが。 ●殺された男 青い顔をして番屋を訪れた娘は、行方不明の父を探しているのだと言った。 「これと言った特徴もないんやけど‥‥」 娘を演じる神座真紀(ib6579)、年恰好を沼五郎のそれに合わせて役人に尋ねた。 心配に押し潰されそうな娘の身体を護衛のラシュディア(ib0112)がそっと支えた。女の旅は物騒だからと番屋まで付き添った崔(ia0015)と共に、先日起こった殺人事件の帳簿を繰る。 「鉄漿溝にて発見‥‥と。娘、父の名は沼五郎に相違ないか」 「‥‥! お父ちゃん、お父ちゃんは!?」 生憎遺体は荼毘に付された後だったが、番屋に残っている帳簿の内容と特徴が一致すると役人に知らされ、真紀は半狂乱で所在を問い質した。 引き取り手がいなかった沼五郎の遺体は、無縁仏として楼港内の投げ込み寺に埋葬されたと教えられた真紀は、足早に番屋を去る。ラシュディアが慌ててその後を追った。 「‥‥遣り切れねえな」 娘と連れを見送った崔は心底気の毒そうに言って、さりげなく役人に尋ねた。 「で、その沼五郎サン、お登りサンぽかったかい?」 客側の人間だったか、それとも楼港で働く人間だったのか――遺体の格好で大体の立場は伺えよう。 役人は下男のような格好だったと答えた。一大歓楽街に下男など大勢いるが、少なくとも一見の客でなく生活に馴染んでいたというのが判明した訳だ。 「働きに出て殺られちゃ敵わねえよな‥‥気の毒に」 あくまで同情の素振りを崩さず、崔はそう言って番屋を出た。 依頼人が言っていた通り、これと言った特徴のない風采の上がらない中年男であったようだ。言い換えれば、他人に印象付けないよう無特徴でいたとも考えられる。 ラシュディアは真紀を護衛しているように見せかけつつ、酒場で聞き込みを始めた。真紀の方も武芸とは無縁の、気丈に父の行方を探す年頃の娘を装っている。真紀を知らぬ者は、彼女がアヤカシ討伐を生業にしてきた氏族の次期当主だとは到底気付けないだろう。 「沼五郎という人を探しているのですが‥‥ご存知ないですか?」 背後に真紀を庇いつつ、ラシュディアは酒場の親仁に尋ねた。袖の下を渡しつつ、こそり夜春を使う事も忘れない。 「お父ちゃん、誰かに迷惑掛けてへんかった‥‥?」 年恰好を伝えれば、時折呑みに来ていたなと親仁。真紀が酒場には不慣れな娘の振りして尋ねると、荒っぽい話は聞かなかったな気の毒にと同情してくれたものの、よくは知らないんだ済まねえなとの返事だ。 「いっつも、古漬を肴に一合だけ呑んでく人だったよ。慎ましい生活だったんだろうな」 娘さんにはちと辛いかもしれんが――と親仁は前置きして、廓の雇い下男か下働きを請け負う人足に見えたなと言った。 「廓か‥‥」 真紀どうする? とラシュディア。 もとより真っ当な死に方をしていない沼五郎だから、汚れ仕事は厭わぬつもりでいた彼だが、ここでは真紀は護衛対象のお嬢さんだ。 真紀はしっかり顔を上げて親仁に礼を言った。 「おっちゃん、今までお父ちゃんのこと面倒見てくれておおきにな。あたし探してみるわ。行こ、ラシュディアさん」 ぺこりと頭を下げて花街に消えてゆく孝行娘の後姿を、何も知らぬ親仁は心配気に見送っていた。 ●沼五郎という男 楼港の表通りを異儀装束の夫婦が歩いている。 観光だろうか、男が多い楼港で遊女でない女は目立った。肌を露出した扇情的な格好をしていれば尚更だ。すれ違う男の興味本位な視線を軽くかわして、キアラ(ib6609)は夫役のイーラ(ib7620)に腕を絡めた。 「よろしくお願いしますね、あなた」 屈託なく笑顔を向けて仲睦まじい夫婦を演じる。二人はアル=カマルの行商人という設定だ。適当な見世を覗き、天儀屈指の花街に他儀の小間物需要はあるか商談に訪れたのだと理由を付けると、楼主が中へ入れてくれた。 「しかし魅力的な奥方様ですな」 キアラの露出した褐色の肌は珍しいらしく、値踏みするかのようにじろじろ見る。恥ずかしがるかと思いきや、キアラは熱心に話し込む風を装って楼主に近付いた。 「ありがとうございます。けれどこの街にはもっと魅力的な女性は多いのではなくて? 殿方が奪い合うほどの美女が」 先日も刃傷沙汰があったと聞いたがと、それとなく沼五郎殺害事件に話を向けた。 お客人は耳が早いと楼主は一笑に付して、そんな色気のある話ではないのだと説明する。イーラの反応を気にしつつもキアラをちらちら観察しながら、楼主は言った。 「刃傷沙汰? いや、あれは下働きの男が辻斬りに襲われただけですぞ」 「それは物騒な、犯人は見つかったのかい?」 イーラが乗っかると、楼主は未だ見つかっていない事を告げ「運がなかったのですな」然程もない事のように言った。 あっさりした楼主に反して、気の毒だと表情を曇らせるのはキアラだ。 「下働きの方でしたか‥‥お気の毒に。親しい方もおられましたでしょうに」 「沼五郎に、ですかな。はて‥‥愛想の良い男ではありませんでしたからな。この辺り一帯で雑用を請け負っておりましたから、知り合いは多うございましょうが」 楼主の言葉に、二人は顔を見合わせた。 一方、マックス・ボードマン(ib5426)は沼五郎の遺体が発見された鉄漿溝に足を運んでいた。 表通りを一歩抜ければ花街の闇はすぐ其処にある。悪臭漂う、華やかな色街の影の部分だ。表通りで見世を張れなくなった女郎達が客引きに躍起になっている姿も物悲しい。 (ふぅん‥‥) 女達をすり抜けて現場に着いたマックス、此処に倒れていたであろう沼五郎の姿を思い描いてみた。 ここまでの道はそれなりに賑わい姦しかったが、溝の周辺の人通りは殆どない。遺体が流れ着くほどの溝幅はないから、此処で殺害されたか、別所で殺害後に遺棄されたか――というところか。 不夜城と称される楼港にも人通りが途絶える時間帯はある。客を取った遊女も取れなかった遊女も引き払う深夜、街を歩くのは酔客か下働きの者くらいだろう。 沼五郎は心臓を一突きされていたのだという。 大の男を一撃で殺害した下手人は相当な腕の持ち主で、しかも沼五郎を殺す気満々だったと考えられる。一方で沼五郎には抗う余裕もなかった―― (沼五郎さんは襲われる事に気が付かなかったか、あるいは‥‥) ――襲われるはずのない相手に襲われたか。 ひとつの可能性を確かめに、マックスは鉄漿溝近辺での聞き込みを開始した。目撃情報はなく、争った形跡も怒声も聞こえなかったとかで、事件当夜を覚えている者は居なかったが、被害者を知る人物には行き当たった。 「雑役の沼五郎さんだろ、辻斬りに遭ったんだって? 気の毒にねえ」 「よろず請け負いの人足?」 周辺住民の話からはそれなりに重宝されていたらしき事が伺えたが、ひとつ所に専属で奉公している下男ではないらしい。口入屋を当たってみるかと、マックスはもう一回りしてみる事にした。 その頃、崔は朱格子を覗き込み―― 「んー、役得?」 もとい、遊女達に聞き込み中だった。 こういうのは高位の遊女より、お茶を挽いているような暇を持て余した女の方が話に乗って来易い。最近起こった殺しのと水を向けると、すぐに沼五郎の名が挙がった。 「沼さん死んだんだって?」 「知り合いか?」 格子越しの遊女は、この辺の廓じゃ大抵知ってるんじゃないかねえと答えた。肥え取りから死体運びまで、何でもこなす雑役の男だったという。 「この辺一帯か‥‥馴染みの子なんぞ居なかったか?」 「馴染みねえ、客になる事はなかったからねえ‥‥そう言えば」 「そう言えば?」 近くの廓の妓女と話をしている姿を見た、と遊女。雇われ者同士というには妓女の身分が高過ぎるのが少々異質で覚えていたと言う。 「郷が同じだったのかねえ、姐さんの方が頭を下げてたよ」 千寿楼という廓の名を確かめて、崔は香袋をひとつ手渡した。 「すまね、今はちと客にはなれないから‥‥今度な。約束だ。それから、俺が色々聞いてた事は他言無用だぜ」 「わかってるよ、廓の女は口が堅いんだ」 ぺらぺら喋った割に調子よく、女は崔を見送った。 ●被害者を知る女 一通りの捜査を終え、一同は楼港外れの宿に集まっていた。 「沼五郎は流しの下働きだったようですね」 キアラが言った。皆が得た情報を突き合わせると、沼五郎は廓の雑事を請け負う下男だったが、特定の廓に雇われている者ではないという事になる。更にマックスが続ける。 「しかし楼港内の口入屋の何処にも、沼五郎が籍を置いている店はなかった」 「てぇ事は、口入屋から来た振りをして働いてた訳か」 何でまたそんな事をと崔。ふと依頼人の言葉を思い出す。 (‥‥下手人が志体持ちかもって発想は、正面からその男を殺るにゃ相当の腕が要るから‥‥か) 下手人のみならず、沼五郎も一癖ありそうだった。 躊躇いもなく心臓を一突きした下手人を、ラシュディアもまたその筋の者だろうと推測していた。調査中に尾けられるような事はなかったが、それでもこの話は何処か胡散臭い。 「もう少し調べた方が良さそうだが、ひとまずは藤次郎さんに報告しておくか」 依頼は依頼で完了させようとイーラが纏め、ここまでの調査内容を依頼人に報告する事とした。 「何か裏のありそうな依頼やけど‥‥」 神楽に戻る道中、真紀は酒場の親仁の言葉を思い出していた。 古漬を肴に一合だけ呑んでゆく人。 慎ましく生きている中年男の沼五郎と千寿楼の妓女、柊歌との間にどんな繋がりがあったのだろう。 再度楼港を訪れる予感と共に、一同は帰路についたのだった。 |