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■オープニング本文 嗚呼、かの君の御心や如何に。 つくづく解せぬは恋慕の情―― ●乙女の園へ 北面は仁生に、その詰所はある。 女子のみで構成された花椿隊。北面の諸隊の内には含まれない、有志で結成された非公式部隊である。 隊長こそ志体持ちであるが、意思さえあれば志体の有無は問わない。非力であっても人の役に立ちたいという思いがあれば、それは充分な動機だ。 また、非公式ではあるものの、女子のみという隊の華やかさや慈善活動に勤しむ様子は仁生の人々に受け入れられており、時には息子の嫁になどと縁談が持ち込まれる事もある。 要するに、花椿隊は妙齢の女子達が集まる乙女の園なのであった。 さて、この日の北面開拓者ギルドでは、煮え切らない青年貴族を前に、職員が苛々していた。 「あのー 桧垣様?」 名を呼ばれて、北面貴族・桧垣実道は顔を向けた。先日のようにぐずぐず泣き濡れてはいなかったが、それにしても殴りたくなるような煮え切らなさだ。 先日、開拓者達に引き取って貰った青年は北面貴族だった。後日、使いの者が報酬を持参した際は驚いたものだ。しかしその件は既に済んでいるはず、今日は一体何の用事だろう。 生憎、通訳してくれそうな同行者は居なかった。実道卿一人がおどおどと、依頼を出したげに職員を拘束しているのだ。 「あのー」 職員とて暇ではない。実道の相手を放棄しようとした時、彼は職員の袖を掴んだ。離せ、立ち去れないじゃないか。 「‥‥供を、願いたいのです‥‥」 実道の目的地を聞きだす為に、その後職員は小半時を要したのだった。 実道卿の依頼を纏めると以下のようになる。 自分は、翳姫こと七宝院絢子(iz0053)に懸想しているが、なかなか想いを伝えられずにいる。開拓者に相談した所『女の子を理解するなら形から』と助言を貰った。 北面には花椿隊という女性のみの諸隊がある。理解を深める為に訪問したいのだが、自分は男であり女性ばかりの場に行くのは気が引ける。 つきましては開拓者達に供を願い、共に花椿隊を訪問して欲しい。 ――以上、ここまでの書類作成に半日。 (何でこの人、家人を連れて行かないんだろう) 心中で突っ込みを入れつつも、職員は実道卿に一言助言をしてやった。 「花椿隊は女の子の集まりですから、手土産に甘味を持って行くと喜ばれると思いますよ」 「‥‥ど、どのような甘味がよろしいでしょうか‥‥」 再びぐずぐず悩み始めた実道卿は放っておいて、職員は彼の引き取り手を捜し始めた。 ●花椿隊詰所 一方、噂の乙女の園では―― さっきから心此処に在らずで手仕事が一向に進んでいない七宝院鞠子(iz0112)を気遣って、花椿の娘が休憩に誘っている。 「曙姫様、少し御休みになりませんか?」 「いえ‥‥わたくしは‥‥痛ッ」 上の空の挙句、手加減無しに針で指を突いた鞠子の手を慌てて掴み、娘は言わんこっちゃないと鞠子から繕い物を取り上げた。突いた指先を絞るようにぎゅうっと握ると、赤い血の玉が白い指に浮き上がる。 「暫く御休憩なさいませ」 有無を言わせず、奥で茶を喫していた目付役の老爺に引き渡す。 手当てを済ませた鞠子に茶菓子を勧めながら、目付役は鞠子の沈んだ表情を痛まし気に見遣った。 (幼馴染が開拓者であったな‥‥) 老爺は鞠子が花椿隊を訪れた経緯や、志体を持たぬ身でありながら開拓者を目指そうとしている理由を知っている――その道の困難さも。 大丈夫ですと無理に微笑もうとする鞠子を痛々しく見つめ、最近仁生を賑わせている浮ついた噂に思いを馳せた。 北面王・芹内禅之正の嫁取り話から端を発した一連の噂は、適齢期の男女やその親達をも巻き込んでの婚活に発展し、ちょっとした社会現象を巻き起こしていた。 適齢期の女子全てに芹内王宛の身上書提出が求められた事で一時は後宮建設の噂さえ流れた一連の騒動だが、以降も一部の民に与えた影響は大きかった。 噂を真に受けて後宮入りする位ならと早々に籍を入れた恋人達、身上書作成ついでに目ぼしい相手を捕まえておこうと画策する親族達、祝言続きに悲喜こもごもの関係者達―― 立場は色々あるが、鞠子もまた何らかの事情を抱えているのだろう。 鞠子の家は数代前に名門七宝院家と婚姻を結んだ新興貴族だ。元は北面外れに土地を持つ豪族であったといい、裕福ではあるが家格は低い。 もしや政略結婚の縁談でも持ち込まれているのだろうか。 極力彼女を刺激しないよう気をつけながら、目付役は鞠子に話を促してみた。 「昨今の仁生は随分と華やいでおるが‥‥鞠子殿はいかがかな」 「‥‥!」 過敏に反応して表情を強張らせる鞠子。どうやら急所に触れてしまったようだ。 恐縮し嘆息する目付役に謝り、鞠子は庭へ視線を遣った。 (あの方には‥‥恋ゆる御方が‥‥) 長く逢っていない筒井筒の君。 幼い約束を胸に思って眺めた庭は、涙に霞んで朧気にしか見えなかった。 |
■参加者一覧
玖堂 柚李葉(ia0859)
20歳・女・巫
玖堂 羽郁(ia0862)
22歳・男・サ
詐欺マン(ia6851)
23歳・男・シ
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
ニノン(ia9578)
16歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●いざ逝かん、乙女の園へ 北面・開拓者ギルド。対実道に、これ以上の人物は居ないと思われる開拓者を見つけて、職員は声を挙げた。 「ああっ、助かりました!」 貴人もかくやの格好をしたシノビと、前向き思考のサムライの二人連れ。先日、白昼堂々泣き濡れていた実道を保護してくれた開拓者達だ。 「よぉ、ナヨ男。元気だったかー」 サムライのほう、村雨 紫狼(ia9073)が実道へ気楽に声を掛けた。人は皆平等、敬意は払うが貴族だからと謙る必要もない。彼らにとっては実道はただの後ろ向きな若者だ。 紫狼が実道を構っている間に詐欺マン(ia6851)は職員から仔細を聞いていた。 「異性に慣れるという事でおじゃるか‥‥」 正直、女性に慣れたいなら遊郭にでも行けと思ったが、さすがに刺激が強かろうと柔らかく言葉に乗せる。 「何も最初からそのような所に行かずとも、誰かおなごを招き寄せれば良かったのではないかと思うでおじゃる」 「そうですよねー そもそも何であの人一人歩きしてるんですか? ご家来衆何やってんですかね、もう‥‥」 お陰で大層業務妨害されましたよなどと職員まで愚痴りだしたが、付き合ってやる義務も義理もない。 詐欺マンは恋に悩む者に手を差し伸べた。恋に悩む実道が行きたいなら、地獄であろうと逝くのが愛と正義と真実の使者なのである。 「花椿隊とは、まろも知らぬものでおじゃるが」 「北面の私設諸隊です」 割って入った声は、玖堂 羽郁(ia0862)のもの。かつて実道に恋文の書き方を指南した青年だ。お久し振りですと挨拶し、一緒に行きましょうと同行を申し出た。 一方、実道は一人殻に籠もってうだうだぐだぐだ悩んでいる。 「手土産は‥‥どのような店で求めるものでしょうか‥‥」 本当に、一人歩きは危険過ぎる気がする。 そこからかいと呆れつつ、兎月庵のが美味いんだが神楽だしなーと紫狼。羽郁が職員に問うた。 「この近所に人気店はありませんか?」 「単に甘いだけでは手ぬるい。見た目華やかな物も取りいれるべきでおじゃる。練り切りなどどうであろう」 職員から季節菓子を扱っている名店を聞き出して、三人の開拓者達はギルドから実道を撤収した。 ●曙姫の涙 その頃、花椿隊詰所では、男達の訪問など想像もせずに、まったりのんびりした午後を過ごしていた。 注意力が散漫になっている鞠子に針仕事は危ないと、隊員達は古着を解くのやら洗い張りの役割を鞠子に宛てていたのだが―― 「鞠子姉様、そこを切っては布まで‥‥ああっ!」 「曙姫様、伸子は私が打ちますから!」 ――などと、失敗を繰り返し、結局目付役の話相手に追いやられてしまっていたのだった。 縫い針どころか伸子針まで手に刺した粗忽者の姫は、どんより落ち込んで茶を啜っている。 先の合戦の報告をしていた佐伯 柚李葉(ia0859)の話さえ上の空。 「‥‥鞠子さま?」 「‥‥‥‥あ、はい。何でしたでしょうか」 「門が開いた修羅の里に何か送れたら良いですね、と申し上げたのですが‥‥」 「‥‥そうでしたね。申し訳ございません‥‥」 どんより。 これほどまでに彼女の心を乱すものは何だろうかと、柚李葉は困った様子で表情を曇らせた。 「いいえ‥‥鞠子さまには、特別美味しいお茶をお淹れしましょうね」 しょんぼり凹む鞠子に微笑んで、柚李葉は茶器を温め始めた。 ニノン・サジュマン(ia9578)が、そっと火を灯した香蝋燭を鞠子の側へ寄せた。ふわりと漂う柑橘系の甘い香りが、鞠子の心に染みとおってゆく。 「どうしたのじゃ姫。悩み事でもあるのかの?」 「ニノンさま‥‥」 顔を上げた鞠子の表情は不安で曇っていて、今にも降り出しそうな雨雲のようだ。 乙女の悩みと言えば恋の悩みと相場が決まっておるが‥‥と前置きして、ニノンはそれでもと続けた。 「無理にとは言わぬ。しかし辛いことがあるなら吐き出してみてはいかがじゃ」 「‥‥‥‥」 蝋燭の香りが鞠子の心を和ませる。柚李葉が温めていた湯呑みに茶を注いで、ほっとするような香ばしい香りが加わって。 ふいに、つ、と鞠子の頬を涙が伝った。 「姫?」 「鞠子さま!?」 「わたくしは‥‥」 実道と男性開拓者達が訪れたのは、ちょうどそんな瞬間だった。 ●幸せを選び取るのは 迎えに出た詰所の玄関で、恋人と鉢合わせしようとは。 (羽郁!?) (柚李葉!?) 驚きの声を挙げそうになるのを堪えて、柚李葉は目で問いかける。 『同行しているのは猫又捕獲の際に会った事がある貴族の人、名前は確か‥‥桧垣さん?』 対して羽郁は、ただただ運命の巡り合わせに驚いていた。嬉しい偶然に、今すぐ柚李葉を抱き締めてキスしたい所だが――懸命に耐える。 しかし、羽郁の頬の緩み具合は場の皆に伝わっていた。 「お知り合いかの?」 迎えに出た目付役に問いかけられて、羽郁は誇り高く挨拶した。 「サムライの玖堂羽郁です。彼女は、俺の初恋の君にして、大切な恋人の佐伯柚李葉姫です」 皆の前で堂々宣言されて真っ赤になった柚李葉の肩を抱き寄せ、羽郁は「本日はお邪魔しますね」悠々と奥へ入っていった。 こうした偶然もあるのですねと感嘆気味に実道は呟いて、手土産を花椿の娘達に差し出した。 「まあ、この包みは‥‥」 「毎月の新作を楽しみにしておりますのよ」 「ありがとうございます、お茶をお持ちしますね」 色々声を掛けられて、実道は背骨が柔らかくなったようだ。どうにも居心地が悪そうで引き気味になっている。 「ナヨ男、しゃきっとしろ!」 紫狼に背を張り手され、実道はひぃと情けない声を出した。紫狼進行で自己紹介すると、噂に敏感な花椿の乙女達の質問責めが容赦なく始まった。 「桧垣様? 桧垣家のご嫡男の実道さまですか?」 「七宝院の翳姫様に想いを寄せられておられるとか‥‥もう、お二人は?」 想いが通じていれば、こんな所へは来ていない。 内心突っ込みながら、詐欺マンは実道の退路を断つような位置に陣取り周囲に視線を巡らせた。 ――ちくわは来ていないか。 以前、実道絡みで捕獲した猫又が来ていれば、話のネタにもなろうものをと残念に思いつつも、次なる作戦に出る。 「本日は実道卿が皆とお話ししたいと仰せゆえ参ったのでおじゃる」 間違ってはいない。女性慣れしたいが為に花椿隊詰所を訪れたのだから。 しかし敢えて話があるかのように振ったものだから、噂好きの雀たちは更に実道に群がった。助けを求める実道の顔を涼しげに見遣り、課題を与えたであろうと視線で指示を出す。 そう、詐欺マンは道々、実道に課題を与えていたのだった。三度は話題を振る事、離れに籠もったり開拓者だけとつるんだりしない事。 前門の紫狼、後門の詐欺マン。 意を決した実道は、大きく息を吸い込んで――小さい声で話を振った。 「‥‥今日は良い天気‥‥ですか」 ――ですか??? そんな実道と周りの様子に感慨深く、羽郁は思った。 (‥‥出発点は、桧垣さんも俺も同じだったのにな‥‥) 最初に出逢ったのは恋文指南、そのころ羽郁はまだ柚李葉に片思いの段階だった。その後自分は想い人と結ばれ、実道は未だ悶々としている。 この訪問を切っ掛けに、少しでも実道が前に進んでくれるといい。祈りつつ、彼は秋の恵みを使ったケーキやマフィンを皆に勧めている。 「林檎の香りの紅茶を淹れたのは柚李葉だったのか。きっとケーキによく合うよ」 「良かった‥‥皆さんもどうぞ」 はにかんで、柚李葉が淹れたての茶を配ってゆく。 羽郁の茶菓子は優しい味がした。柚李葉が好きな、想いの籠もった優しい味だ。 「鞠子さま、ほら、栗もほっこり」 優しい甘さに鞠子の雨雲が晴れてゆく。漸く晴れてきた表情に、紫狼が言い添えた。 「鞠子たん、悩みなら誰かに相談してみっといいぜ? せっかくの美少女が台無しだ」 マフィンを手に頷いた鞠子へ、に、と明るく笑って、紫狼は今度は黒い笑みを浮かべた。 「さーて、ナヨ男にダメ出ししたい女子はいないかー!」 全員が挙手したのは言うまでもない――が、そこは茶会の席という事もあって和やかなダメ出しとなったのだった。 ニノンが持参した茶菓子は茶巾包みだ。見目も愛らしい南瓜ランタン型の茶巾は南瓜餡、中にはちょっとしたお楽しみが隠されている。 南瓜の中から胡桃を見つけた鞠子が顔を綻ばせた。 「まあ、可愛い!」 「ようやく笑ってくれたのう」 ニノンはそう言って、姫は笑顔の方が可愛いぞと微笑んだ。 鞠子は暫くもじもじとしていたが、やがて遠慮がちに口を開いた。 「ニノンさまは‥‥都の噂を知っていらっしゃいますか?」 「都? 遭都のか?」 いえ仁生の都のですと鞠子は言い添えて、政略結婚の道具にされそうになった姫を恋人の貴族が攫って駆け落ちしたという話に触れた。 「姫‥‥?」 ただの噂話で語ったのではなさそうだ。なぜなら鞠子の目は潤んでいたのだから。 (その噂の貴族、もしや‥‥) ニノンは茶巾の皿を実道にも回して、新たな試練を課してやった。 「実道殿、良い機会じゃ。花椿隊の面々に、おなごが殿方に対して何を望んでおるのか聞いてみると良い」 実道がまたもや娘達の言葉責めに遭ってあたふたしているのを凛と見遣り、ニノンは再び鞠子に相対した。 「姫、あの男を見られよ。好いた相手に認められる為に必死なのじゃ」 貴族の威厳も何もあったものじゃない。ただひとりの恋する青年が、己が恋の成就の為に懸命に努力していた。 「恋とは、本来みっともないもの。好きな男から直接振られでもしない限り、諦めることはないのじゃぞ」 隣に座る柚李葉の手を取って、羽郁は言った。 「曙姫、どんな時でも何があっても、己が選ぶ事で幸せになれるんですよ」 幸せを選び取った羽郁の言葉は重い。実感の籠もった言葉に、小さくこくりと頷く。 鞠子が選ぶ幸せは何だろう。 彼女がどんな選択をしようとも、その結末は笑顔であって欲しいと柚李葉は思ったのだった。 |