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■オープニング本文 お! いらっしゃい! 何か探し物? ここは『万商店』。開拓者の冒険に必要な品々や、いろいろな儀から取り寄せた便利な品が沢山だよ! 君のお気に入りは見つかった? じゃあお代は―― ●看板少年の一日を追ってみよう 神楽に店を構える万商店は、開拓者御用達の店だ。 依頼遂行に必要な武器防具に消耗品、食料や嗜好品に至るまで一通りの品が揃えられている。最近は他儀との繋がりが増した事で、更に品揃えが豊富になったと専らの噂である。 万商店の店番は獣人の少年だ。 神威人が珍しかった頃は付け耳疑惑さえあった、彼の名は暁。商家の息子で、年若いながら中々の遣り手だそうである。 何時誰が行っても暁が応対する。つい先日、彼の代わりに興志王が魔槍砲の販促活動をしていたが、その例外を除き殆どいつも暁が店番をしているのだ。 暁は休憩しているのか。 実は暁は複数おり、シフト制で店番しているのではないのか。 暁きゅんには御飯も厠も関係ない! ――などと、開拓者達の間で無責任な噂が立ったとか立たなかったとか、それはともかく。 誰かが放った一言が、何故かある日のギルドで依頼として掲示されていたのだった。 『気付かれないように、暁の一日を観察しようぜ!』 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 村雨 紫狼(ia9073) / フラウ・ノート(ib0009) / 玄間 北斗(ib0342) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / シータル・ラートリー(ib4533) / 凹次郎(ib6668) / 日之火鎚(ib8138) |
■リプレイ本文 ●うきゅ? 冬の気配が近付く晩秋の朝。 万商店の一日は、梁の上から聞こえてくる奇妙な鳴き声から始まった。 「うきゅ〜 うきゅきゅ?」 ネズミだろうか、それとも暁が使役する式でもいるのだろうか。 否、鳴き声の正体は、万商店の間借り人のものだ。 「うきゅ?」 梁からアホ毛がみょーんとぶら下がっている。熱い渋茶を啜って暖を取っていた暁は、梁の上に棲み付いたリエット・ネーヴ(ia8814)に「おはよー」驚くでもなく挨拶した。 万商店を寝床のひとつにしているらしいリエット、まだ眠気が残っているらしくて、ぼぉーっと梁からぶら下がっている。商品追加や陳列を終えて一息吐いていた暁はもうひとつ湯呑みを用意すると熱い茶を淹れてやった。 「下りといでよ、今日のお茶請けはドラ焼きだよー!」 「うきゅっ! うきゅきゅっ!!」 リエットは今日の朝御飯をゲットした♪ 「さて、とボクはそろそろ店番に戻るね。ごゆっくりー」 するする柱を伝って下りて来た小動物――もといリエットに言い置いて、暁は店先に戻る。リエットは頂戴した朝御飯と食べられる事への感謝を込めて、感謝の踊りを始めた。 「うきゅっ、うきゅきゅ! うきゅうきゅ、うきゅ!! きゅ〜♪」 「お、何だ何だ」 髪をぴこぴこ動かして、きゅっきゅきゅっきゅと踊っているのが通りからは客引きに見えるとかで、その日の午前はそこそこ繁盛したらしい。暁に喜ばれたリエット、満更でもないようすで「うきゅ♪」ご機嫌なのだった。 ●暁きゅんのアブない午後!? 慌しくも繁盛した日の昼下がり。 昼食を摂る暇もなく応対に忙しい暁の様子に、フラウ・ノート(ib0009)が気付いた。 「今日は何か、特別な事がある日なの?」 客の一人に何気なく尋ねてみると、特にはないはずだが午前中から盛況だったらしい。 その一端が梁の上に棲む小動物の踊りだとは露知らぬフラウ、そのまま四半時ばかり様子を見ていたが客足は増えるばかり、暁は到底休憩できそうもない。 そもそもフラウは消耗品補充に訪れただけだったのだが、さすがに気の毒になってきた。 「暁さん、お手伝いしましょうか?」 「あぅ〜 ありがとう! 助かるよー!」 ある程度店内が落ち着くまで、フラウは売り子の手伝いをする事にした。 暫くして一人でも応対できるくらいの混み具合になってきたので、フラウは暁に休憩を促した。厚意を有り難く受け取った暁、奥へ入って行った。 そうして漸く得たお昼休み。 腹くちくなってうとうとしかけた暁の目を盗み――不審人物が動き出す。 「‥‥って。誰が不審者やねーん!」 地の文にツッコミを入れるは変態紳士、又の名を村雨 紫狼(ia9073)という同人者。 そう、この日彼は開拓者としてでなく趣味に生きる者として万商店を訪れていた。開拓者ギルド支給品の受領に訪れた振りをしながら、接客中の暁の様子を観察する目は妄想ハンターのそれだ。 会計の為に暁が背を向けた一瞬を狙って、紫狼は万商店の品数を――勝手に増やした。 「ちょっと! 何やってんのさ、紫狼さん!」 気付いた暁が回収した新商品(?)は、紫狼自作の薄い本。タイトルなんと『ボクこわれちゃう 〜興志王のアブない魔装砲〜』――大丈夫なのか、色々と。 「何てモノ置くんだよ! ボクそんな趣味ないからね!」 真っ赤になって回収する暁の様子もまた紫狼の妄想力をいたく刺激するのだが、それはともかく没収された『ボクこわ(略)』の代わりに『百合』なる薄い本を並べて紫狼は反論した。 「少なくとも用途不明な『鍋のふた』より売れるぜー?」 「鍋のふたは立派な支給品だよっ 愛用してる開拓者さんだっているんだからねっ」 どこかで鍋蓋マンがクシャミしたような気がするが、さて。 このままでは自作本全てが古紙行きにされてしまう。『百合』は人情本なんだがなーと暁から取り返しつつ、紫狼は真面目に問いかけた。 「聞いたぜ? あのくず鉄王が万商店に来てたのって、暁きゅん目当てだったんだろ?」 「な!? ち、違うよー 魔装砲の販促だってばー!!」 先日、万商店を訪れていた興志国の若き王は自由奔放で放蕩の性がある。一か八かの賭け事に熱くなれる性分で男気のある人物だ。 「やー、いいカップリングだと思うぜぇ? 遊び人の伊達男と男の娘、ローライズな暁きゅんを宗末のアニキが‥‥」 「わーっわーっ!!」 暁の否定が却って客の目を引いている。尚、本編は十八禁の為、暁は勿論多くの良い子の開拓者達は読めない仕様だそうな。 そんな際どい薄い本を抱えて、紫狼はなおも営業熱心に言い募る。 「‥‥と言う事でっ 次回の籤封入物のラインナップに如何だろうか!! 「そんな爽やかに言われても〜」 ぐったり疲れた暁の代わりに、フラウがせっせと働いていると。 「‥‥‥‥」 今日も今日とて女物の支給品を引き当ててしまった和奏(ia8807)が、微妙な顔して固まっていた。 「どうしました、和奏さん。あ、支給品引き換えね?」 「‥‥ええ。 暁 さ ん に 用意していただけますか」 首を傾げつつフラウが暁を呼びに行く。 わざとだろ、絶対わざと女物引くように仕掛けてあるだろ、このケモミミ男の娘! ――と和奏が思ったかどうかはともかく、とにかく和奏はここ連日女物ばかり引き当てていた。一体どんな顔して支給品を手渡してくれるのやら、その顔じっと観察してやると和奏が待ち構えていると、当の暁は、にこにこしながら畳んだ衣類を持って来た。 「お待たせー 良かったね、季節限定品だよ!」 にこにこ。 邪気の欠片もない顔で差し出されたのは『なりきり魔女セット』――これを着ろと言うつもりだろうか。 女の子でも魔女ごっこする年齢でもない和奏が何とも言えない顔をしていると、暁は支給品を押し付けて笑顔で言った。 「きっと似合うよ♪ また明日ねー」 尚、確かに和奏は見目麗しいが、女装癖はないはずだ――多分。 ●噂の真相 そろそろ一息入れたくなる頃になると漸く客足も引いてきて、フラウが手伝いを終わらせた頃、入れ違いにからす(ia6525)が万商店を訪れた。 「最近、何か入った?」 茶葉の棚を覗きながら尋ねるからすに、薄い本が入荷しかけた――などとはとても言えない暁だ。尤も、からすは見た目以上の分別と落ち着きを兼ね備えているので年齢制限など無関係かもしれないが。 何かあったな、と、からすは思ったけれど、何食わぬ顔して茶や香などを選んで買い求める。 買ったばかりの茶葉の包みを示して暁を誘ってみた。 「どうかね、隅でお茶でも」 「んー ありがと。気持ちだけ受け取っておくよ」 店番を離れられないのは承知していたから、からすは気を悪くした様子もなく店の隅で茶席の準備を始めた。 離れられないなら茶菓子を手渡せばいい。私語を慎むべき場所であれば筆談にすればいい。 暁の状況に配慮して、手作りクッキーと茶の湯呑みを乗せた盆を暁の傍に置いておく。盆には筆談用の帳面も載せられていた。 「‥‥? ‥‥!?」 目礼してクッキーを齧る暁、帳面に走る文字に目を通し、噴き出しそうになった。 そこには『実は暁は何人もいるという噂。真偽は如何に』と書かれていて。 ぎょっとしてからすを見ると、小さく頷きが返ってきた。そんな噂が流れているらしい――改めて店内を見渡せば、開拓者達が自分の様子を伺っているような気がしなくもない。 接客の合間に、慌てて暁は返事を書いた。 『ボクはひとりだよ!』 日が翳り始める頃までは客数も少なく、まったりとした時間が流れてゆく。からすの淹れる茶の香りが漂う中、凹次郎(ib6668)がいつもの日課に訪れる。 朋友の訓練を終えた後、港から万商店へ直行するのが凹次郎のお決まりだ。そして暁に尋ねる一言も。 「暁殿、手拭の入荷の予定は無いでござるか?」 「凹次郎さん、またぁ?」 少々苦笑いしつつ、暁はごめんねと返した。 そんな遣り取りをしていると、日没の礼拝前に立ち寄ったモハメド・アルハムディ(ib1210)が万商店に現れた。 「ハラーム、禁忌の中に博打も含まれるのですが、タクスィーム、支給は思し召しだと考えます」 そう言って支給品籤を引くモハメド。 彼の信ずる神が、本日彼に与えた支給品は――極辛純米酒。 「‥‥‥‥」 モハメドは困惑気味に暁を見つめた。 彼の信仰に於いて飲酒は禁忌だ。何故神が酒を彼に与えたもうたか、神学者ではないモハメドが推し量るには余りに難しい問題だった。 しかし、ひとつだけはっきりしている事がある。モハメドは酒を呑んではいけないという事だ。 だから彼は酒呑みなら大喜びするだろう楼港名物の純米酒を、気前良く凹次郎へ譲った。 「ナァム、きっとこれもサダカなのでしょう」 「これは忝い。今夜は兄者と晩酌させていただくでござる」 ここで会ったも何かの縁であろう。厚意は素直にありがたく受け取って店を出る若者を見送って、暁はモハメドに言った。 「ねえ、モハメドさん。天儀ではお酒を神様に捧げたりもするんだよ」 「ハカン、そう、聞いた事があります。御神酒という言葉がありましたね」 モハメドはサダカであれば神の意に沿う事なのだろうと微笑んで、日没の礼拝に臨むべく、店を後にしたのだった。 日も暮れて、一日の終わりに立ち寄る開拓者がちらほら訪れる頃。 「籤と酒貰いに来ましたよ」 そう言って現れた无(ib1198)は、今日も講義は休講でしたと肩落とし気味に暁に――言おうとして、張り紙片手のシータル・ラートリー(ib4533)に遭遇した。 「おや、お休み中ですか」 張り紙には『仮眠中。ご用件のある場合は、起こしてください』の文字が並んでいる。 疲れているのだろう、毛布を掛けて貰った暁は玄間 北斗(ib0342)の着ぐるみ尻尾を抱き締めて、すやすや眠っていた。 「仕事帰りに伺ったら、舟漕いじゃってたのだぁ〜」 どうやら子供の遊び相手の依頼だったらしい北斗、たれたぬきの着ぐるみのまま店先に座っている。 代わりで良ければ買い物どうぞと言われたが、特に急ぐ用でなし、无も一緒に目覚めを待つ事にした。 「ボクは後日改めて伺いますね〜」 緑茶葉を買いに来たシータルは、一礼すると二人に店番を任せて店を後にする。 男二人、手持ち無沙汰でぼーっとしていると、无の懐からナイがするりと出て来た。 たれたぬ尻尾に興味を示したようだ。静かにくんくんと鼻先を近づけて匂いを嗅いでいると、気配に気付いた暁が目を覚ました。 「‥‥あれ、マイケル?」 何故か寮近くの子供達に付けられたあだ名で呼ばれて、ナイは暁の頬に鼻面を押し当てた。 おはようとナイを撫でた暁は状況把握、慌てて売り子の顔に戻った。 「わわっ、ごめんね! 何が要るのかなっ!」 「ああ、急ぎませんから、どうぞお構いなく。今日もまた青龍寮は休講でしてね」 ああ、そうだったんだと暁。残念だったねと言う彼もまた陰陽師の端くれだ。修行はどうですと无に尋ねられた暁は店番主体だよと答えたが、呪術武器の品揃えに関してやら、季節限定支給品の話やらを取り留めなく話して過ごす。 「きみは陰陽術で何を成したいです?」 「‥‥うーん、分身とか偽身とか? 店番用に便利そうだもん」 无の問いに暫く考えた暁がそんな事を言ったもので、无は小さく笑って「まぁ暇があったら修行に付き合いますよ」そう言って買った酒を手に家路に着いた。 もし術を成し暁が増えたなら――きっと総出で内職に勤しむに違いない。 ●正体 月が出て、辺りの店が閉まった頃でも、万商店は開いている。 依頼に必要な備品を求めにやって来た柚乃(ia0638)と、護衛のもふらの八曜丸が店を訪れたのも、そんな夜中の事だった。 「最近は都も物騒もふ」 「八曜丸が付いて来てくれるお陰で安心して‥‥って、あら? 暁クンが‥‥」 人もまばらな店内で、暁が酔っ払いに絡まれていた。 相手は開拓者だろうか一般人だろうか、ともあれ梯子酒の果てに開いていた店に乱入した客というのは間違いなさそうだ。 「ねーちゃん、天儀酒頼まぁ!」 まだ呑むつもりらしい、というか此処は酒場ではない。ついでに暁は男の娘であって、おねーちゃんではない。 「大丈夫でしょうか‥‥」 いざとなったら八曜丸をけしかけようと、柚乃が固唾を呑んで見守っていると、暁は営業スマイル全開で酔漢を導いた。 「はいはーい、天儀酒の酒蔵へごあんなーい♪」 そのまま酔漢を店の外へ放り出す。背を押した瞬間、足まで出ていたのは見間違いという事にしておこう。蹴り出された酔漢は寒空の下で蹲って眠り始めた。まあ志体持ちなら凍死はしないだろう、多分。 「あ、ごめんねーえ? お待たせっ」 暁の笑顔が怖い。 ともあれ柚乃は備品の購入と支給品の受領とを済ませて―― 「これをどうしろと‥‥」 そろそろ時期外れの感がし始めた『魔女なりきりセット』を手に途方に暮れたとか。 明け方近くの誰もが寝入っている早朝に訪れた少女へ、草鞋を編みながら舟を漕いでいた暁は「いつも大変だね」と声を掛け出迎えた。 「もう慣れましたから」 礼野 真夢紀(ia1144)は月の何日かはこの時間帯に来店する。支給品受領と備品の買い足しを済ませて、にっこりした。 対して暁はさすがに少々眠そうだ。 多くの人が夢の中であろう時間帯だけに無理もないというもの、真夢紀は寛容に対しつつ、さりげなく暁の様子を観察する。 夜中は寒くて重ね着しているのだろう、気のせいか胸元が膨らんで見える――嗚呼、温石を懐に収めているのかもしれない。 「なに? どーしたの?」 「随分寒くなりましたね、暁さんもお疲れ様です」 脳裏に『暁複数存在説』の噂が過ぎった真夢紀、慌ててふるふると頭を振って何事もないかのように振舞った。 (まゆの目の錯覚ですよね‥‥) 胸のある暁は心持ち背が低いような気もしたが、きっとまだ寝惚けているのだろうと無理矢理自分に言い聞かせる。 見てはいけないものを見てしまったような気になりながら、真夢紀は万商店を後にした。 本能が警鐘を鳴らしていた。 暁は謎が多い。謎は謎のままでいるのが一番だ――と。 |