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■オープニング本文 新たな他儀や種族と出逢い縁を結んだ往きし年。 天儀歴1012年の幕開けに、君は何を思うだろう―― ●松の内 正月の神楽・開拓者ギルド。 年中無休で開いているとは言え、さすがに多少閑散とした感じが否めない施設内では、まばらに掲示された依頼書を睨むように凝視する獣人の姿があった。 「‥‥‥‥」 むっすりと、不機嫌そうに求人を閲覧している獣人は吾庸(iz0205)、仏頂面はこの男の地顔である。 「‥‥‥‥」 目ぼしい依頼が、ない。 いや、依頼自体は連日張り出されているのだが、彼にできそうな仕事が、なかった。 いつ合戦が再開されるや判らぬ現状、里へも戻らずこうして神楽で年を越した吾庸だったから、できれば有事を優先できる仕事がいい。 年末年始の短期限定で多く見受けられたのは接客業の求人だったが、愛想無しの彼に勤まるはずもなく、先ほどから黙って掲示を凝視したまま――という訳だった。 暫くもっそり固まっていた黒耳の獣人を見るとも無しに見ていた、職員の一人が声を掛けてきた。 「吾庸さん、吾庸さん。もし良かったら神社警備のお手伝いに行ってくれませんか?」 「‥‥神社警備?」 掲示にはない依頼だ。 依頼じゃないんです、有志を募ってご近所の警邏をしているだけなんです――と、職員。神主様から心付程度のお年玉はいただけますよと言い添えた。 「神社か‥‥」 警邏であれば万一松の内に合戦が動こうと、そちらへ戻る事もできよう。 報酬というよりも正月に暇を持て余していただけの単身赴任者は、有志の警邏とやらを引き受ける事にした。 場所を尋ねれば近所の小さな神社だそうで、先に何名かが警備に就いているはずだとか。 職員に礼を言った吾庸、神社目指して、もそもそと開拓者ギルドを出て行った。 |
■参加者一覧 / 桔梗(ia0439) / 奈々月纏(ia0456) / 玖堂 真影(ia0490) / 柚乃(ia0638) / 深山 千草(ia0889) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 九法 慧介(ia2194) / 倉城 紬(ia5229) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 村雨 紫狼(ia9073) / 千古(ia9622) / 千代田清顕(ia9802) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 未楡(ib0349) / 日和(ib0532) / 无(ib1198) / 央 由樹(ib2477) / 西光寺 百合(ib2997) / タカラ・ルフェルバート(ib3236) / シータル・ラートリー(ib4533) / 猪 雷梅(ib5411) / 赤い花のダイリン(ib5471) / 雪刃(ib5814) / フィロ=ソフィ(ib6892) / エルレーン(ib7455) / 破軍(ib8103) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / ダンデ=ライオン(ib8636) |
■リプレイ本文 ●真新しい年の始めに 神楽は開拓者ギルド近くにある小さな神社。 決して有名なお社ではない其処は、新年を言祝ぎ神への誓いを立てる参拝客でごった返していた。 近隣住民のに混じって、参拝に訪れる開拓者の姿も見受けられる。 出店の売り上げを妨げないように気をつけて、明王院 未楡(ib0349)は簡易休憩所を設置した。 「未楡小母様、自家製の柚子茶や生姜湯もお持ちしたのですけど‥‥」 如何でしょう? 小首を傾げる礼野 真夢紀(ia1144)の心尽くしは未楡も大歓迎だ。 寒い中、参拝に訪れる人が少しでも温かく過ごしてゆけますように。 奉仕の心で、未楡と真夢紀は甘酒や汁粉、味噌汁などの温かい飲み物を用意する。 「ついつい気持ちよく呑みすぎてしまう方もおられるでしょうね‥‥」 「ご心配なく小母様、膝掛け代わりにもなる毛布も用意しましたから」 娘の友人はしっかりものだ。未楡は微笑んで、またいそいそと仕度を始めた。 暫く振りの開拓者ギルド近辺を、千古(ia9622)は気持ちも新たに歩いていた。忍犬の黒方が逸れてしまわないように、今日は普通の飼い犬よろしく縮緬の首輪と組紐の引き綱を付けている。 (すっかり御無沙汰していましたね) 懐かしくも真新しい空気を纏う境内を通り、本殿で拝礼し拍手を打つ。 心静かに、千古は祈った。 (新しい年が幸多き年となりますように。辛い事があっても乗り越えてゆけるよう、この地に息づく人々をお護り下さいますように) 産土神に祈りを捧げ、深く頭を下げる。気持ちが引き締まる心地がした。 拝礼の間、境内の隅に留守番させていた黒方を迎えに行って、一人と一匹は境内に並ぶ屋台を見て歩き始めた。 食べ物を扱う屋台が多いけれど、千古の心を留めるのは小物類。黒方用の玩具や首輪にも付けられそうな装飾品につい目が向いてしまう。 「この大きさですと黒方の首輪に付けても邪魔にはならなさそうですね」 手にしたのは辰の土鈴と同じ形の干支根付。 土鈴は黒方に、根付は千古自身に。お揃いですねと彼女は微笑んで買い求める。 屋台で買い求めた諸々と社で得た御札は姫へのお土産に。 賑やかな場所が好きな人妖の光華を心に思い浮かべ、和奏(ia8807)は参道をそぞろ歩く。年神様には実家で挨拶を済ませている。此方の神社へは土地神様の加護を願いに参ったのだった。 さすがにこの人手では人妖を連れ歩くのは難しかったから家に残して来たけれど、屋台を覗いても気に掛かるのは光華の事だ。 「光華姫がお好きそうですね‥‥」 可愛らしい装飾品をひとつ求め、次の屋台を覗く。 食べ歩きは苦手だし、求めたものは家で姫と一緒にのんびりといただく事にしよう。 神妙に手を合わせて祈る恋人を、こっそり横目でちらと見る。 九法 慧介(ia2194)が隣で祈っていた。目を閉じ祈る慧介は礼服で、普段とは雰囲気が違う気がした。少年めいた朗らかさが形を潜めて、年相応の落ち着いた青年に見える――けれど。 (慧介が怪我したり、病気したりすることがないように) 隣の青年の無事を、雪刃(ib5814)は祈った。神様に彼の無事を託すつもりはない、慧介が無病息災であるよう自分が守る――そう誓って銀狼の神威人は神の前に立つ。 「‥‥さて。お神酒貰って屋台でも見に行こうか」 慧介の誘いに、二人はまず御神籤を引いて見る事にした。 「‥‥‥‥よかった」 ほっとした様子の雪刃、神妙に小さな紙に記された神からの言葉に目を通す。 そんな恋人の横顔を眺める慧介は思う。残念ながら雪刃の晴れ着姿は拝めなかったけれど、その凛とした横顔はやはり美しい。 「どうした、凶でも引いたか」 怪訝そうな雪刃に慧介はいいやと首を振って、吉の御籤を懐へしまった。 (神様、雪刃との付き合い、温かく見守ってくださるよね) 二人して枝に結ぶ必要もない結果だったのを微笑みあい、恋人達は境内へと歩き出した。 慧介の願い事、それは――雪刃とこれからも、楽しく過ごせますように。 この日の為に準備した赤い振袖は乙女の勝負衣装。 「お前‥‥」 「‥‥! や、やっぱりこれ動き辛ぇわ! 着替えてくる!!」 踵を返しかけた猪 雷梅(ib5411)を、慌てて赤い花のダイリン(ib5471)は引き止めた。 (どうしよう、着慣れないモン着ちまって‥‥やっぱこんなの私には似合わなかった‥‥!) 逃れられず涙目になった雷梅に、ダイリンは意外な事を言った。 「折角似合ってるのに勿体ねぇだろ?」 そう、彼が驚いたのは雷梅の振袖姿が似合っていたから。に、と笑ったダイリンに、雷梅はおずおずと微笑み返した。 気を取り直して、二人は拝殿で願い事。 (祈るつってもな‥‥叶うなんて限らねえんだしよ) 冷めた思考で鈴鳴らした雷梅だが――ひとつだけ、願いを掛けた。 「今年も一年、良い年でありますように、と‥‥ん?」 ちらり隣を見れば雷梅が此方を見たようだ。 (‥‥こいつに嫌われませんように) 「さて、っと。屋台見て回るか!」 待ち合わせた時のしおらしさは何処へやら、ダイリンがいつも通りの雷梅に振り回される事になるのは、この後すぐ―― 紆余曲折あった。逆求婚して早半年、お家騒動から早一ヶ月。 句倶理の民の新当主・玖堂 真影(ia0490)は、側近にして最愛の人、めでたく婚約者の立場になったタカラ・ルフェルバート(ib3236)を伴い神社を訪れていた。 今日だけは当主の顔は無し、年頃の娘の顔で真影は首を傾げて恋しい人に問う。 「ねぇ、タカラ。今日は日付が変わるまで傍にいてくれるんでしょ?」 「ええ、真影。僕はいつでも、貴女の御心のままに――愛しき我が君」 微笑んで、タカラは応えた。 これから気苦労も多くなるだろう凛々しく美しくも愛おしい主にして我が姫、年の離れた側近にして夫たる者は、せめて今日だけは甘やかすつもりでいた。 手を繋いで、のんびりと参道を歩む。 この手から、長年の恋心が伝われば良いのにとタカラは思う。主にして思い人、誰より愛しい我が姫に。 (考えなきゃいけない事は多いけど‥‥) タカラの気配を間近に感じつつ、真影はふるりと頭を振った。いけないいけない、今日はタカラとの逢瀬だけを考えるんだ! 「真影‥‥?」 やはり里の事が気に掛かるのだろうかとタカラが心配気に覗き込むと、真影は顔を寄せて微笑した。 「大好き。ううん、愛してるわ」 「っ‥‥全く、どこでそんな殺し文句を覚えてくるんですか‥‥」 一本取られた形になったタカラだが、焦がれ続けて成就した幸せを言葉に乗せて囁いた。 「‥‥僕も愛してますよ、真影」 ●初めての初詣 手本を示してくれる恋人の一挙手一投足を凝視する。 「ここで願い事するんやけど礼儀作法があってな‥‥よう見とき」 「うん」 参拝は初めてだ。わくわくと日和(ib0532)は央 由樹(ib2477)が二礼二拍手一礼する様を見つめた。 「‥‥こう?」 「そうそう。ほな本番行こか、願い事は何でもええで」 予行演習を終え、二人して拝殿で祈りを捧げる。 (この一年、健康に過ごせますように‥‥日和と一緒に居れますように) (央の傍に少しでも長くいれますように‥‥あと、友達が幸せになりますように) お互い内緒だったけれど、真剣に祈る内容は互いを思う心だ。 参拝を終えた後は社務所で絵馬を求める。 「‥‥?」 初めて尽くしの日和、絵馬が何なのか理解していなかった。由樹の絵馬を観察していた日和、見よう見真似で書いた願いは―― 「これが私の大事!」 「『央 友達 肉』‥‥? ‥‥‥‥‥‥まぁ‥‥ええか」 由樹が『無病息災』と書いたのに合わせたのだろう、どや顔で絵馬を見せる日和の頭を撫でて、由樹は甘酒でも飲むか微笑った。 手を繋いで屋台を巡る。伸ばした手を優しく握り返してくれる由樹の手、そこに籠もる温かさ。 「央、ありがとう。約束くれて、叶えてくれてありがとう」 嬉しかった。約束ができるのは独りじゃないから、未来があるから。 叶えられなかった約束もあった、だけど日和との約束は――必ず。 「約束は叶えるもんやろ? だから、また俺と約束してくれな」 お礼を伝えてくる日和の頭をそっと引き寄せ、由樹は額に口付けを落とした。 神社に行く事自体が初めてだった。 「初めてなんですの。ドキドキしますわ♪」 手水舎で、うきうきと現役巫女の所作講座を聞くシータル・ラートリー(ib4533)、いつも以上ににこやかだ。 「ここで外の穢れを流すんです。こうして‥‥」 「うきゅ? あけましておめでとーだじぇ♪」 教えるのは倉城 紬(ia5229)、そこへリエット・ネーヴ(ia8814)が合流し、三人は拝殿へと向かった。 ぱしんぱしん、リエットが大きく拍手を打つ。 「去年と同じよーに、過ごしたいじぇ! でも、悲しむの嫌っ♪」 (知人友人さんが無事に過ごせますように。あと、夫の無病息災を♪) (今年もお姉様達、友人達が健やかに過ごせますように) それぞれに願いを乗せて祈った後は、三人で一つの絵馬を求めて寄せ書きする。 絵馬を下げた所でリエットが、晴れ着姿の梨佳を見つけた。 「あーっ、梨佳ねーだじぇ♪」 「わぁ、皆さんお揃いで〜」 梨佳の装いは萱草色の地に辻ヶ花の文様が華やかな大振袖だ。鶸萌黄に七宝が染め抜かれた帯を蝶文庫に締めて、縞の半襟が可愛らしい。揃いで誂えたのだろうか、花弁のような絞り口の巾着を下げている。 「おぉお!? 着物、似合うじょ。簪も可愛い〜♪」 まるで自分の事のように喜びはしゃぐリエットに梨佳も嬉しそうに礼を言い、お参りして来ますねと人混みに消えた。 紬と顔見合わせ微笑み合うシータル。 「綺麗でしたわね〜♪」 「では私達は甘酒を貰いに行きましょうか‥‥リエットさん?」 一番ちょこまかしている子が居なくなっていた――と思ったら、御神酒の列に紛れ込んでいる! 「めっ、ですよ! あと、数年の辛抱ですから♪ はい。甘酒です」 「うきゅ‥‥」 慌てて連れ戻し、優しく窘める紬なのだった。 晴れ着の娘を負うた青年が境内を歩いてゆく。 「もっとぎゅっと抱きついてくれた方が歩きやすいんだけどね」 「‥‥こういう時どうしたらいいのか分からないんだもの」 千代田清顕(ia9802)の背にしがみ付き、西光寺 百合(ib2997)は真っ赤になって顔を伏せた。 時は少し遡る―― 参拝を済ませ、二人は手を繋いでそぞろ歩いていた。 「あれなぁに? あれ食べられるの?」 見るもの触れるもの、全てが珍しくて幼子のように問いかけるの百合様子が微笑ましい。無邪気な疑問に清顕は一つ一つ丁寧に答えて言った。 「あれは社務所、御神籤や御守を売っているよ。食べ物とは違うけど、やってみるかい?」 こくり頷いた百合と一緒に、今年最初の運試し。 「どうだった?」 「‥‥‥‥」 良くない御籤は結んで帰ればいいさと慰められて、しょんぼりしていた百合に希望の光が灯った。 (七夕みたいに、高い所に結んだら良いのかも) 何が何でも挽回したかった、今年の恋愛運。 漸く清顕と相愛になれたけれど、いまだに名で呼ぶのは慣れなくて。そんな状況で引いてしまった少し良くない恋愛運。 だからこそ、百合は頑張った。頑張って背伸びして高い場所へ御籤を結ぼうとして――足を挫いてしまって。 そんな訳で、清顕の背に負われている百合なのだった。 周囲の目が恥ずかしい。背負われるなんて小さい子がされる事じゃなくて? 「‥‥ほんとにこれでいいの? 皆そうするもの?」 「皆なんてどうでもいいだろ。俺だけ見てなよ」 おろおろする百合に清顕は事も無げに言った。決して恥ずかしい事はないのだからと。 暫く無言で歩いていた二人だったが、清顕がさりげなく問うた。 「さっき神様に何をお願いしたんだい?」 「‥‥‥‥内緒」 恥ずかしいからではなかった。何となく、口に出しては成就の妨げになるような気がして、百合は口を噤む。 (千代田さんがこれ以上悲しい思いをしませんように) 願いを胸の内にしまって思う――また名前で呼べって、言われるかな。 人が混めば逸れる者も多くなる。 親と逸れて泣いていた子を保護したフィロ=ソフィ(ib6892)、長身の背を屈めてしゃがむと迷子と目線を合わせて微笑んだ。 「可哀想に…もう大丈夫。一緒にお母さんを探そう」 穏やかな物言いが迷子の心を落ち着かせかけたのを、別の黒いオーラが阻んだ。 「ダンデ、そんな恐い顔をしてはいけないよ」 「この顔は生まれつきだ‥‥フィロ、そんなガキは放って置け。時間の無駄だ」 しかめっ面で黒オーラを発し続けるダンデ=ライオン(ib8636)。唯一心を開いているフィロがやるというから警備に付き合っているが、彼自身の意思で警備しているとは言いがたい。 「‥‥何でボクが警備なんかしなくちゃなんねぇんだ」 「さ、手をつないで。お母さんも心配しているからね」 ぶつくさ文句を言うダンデはお構いなしで、フィロはにっこりと迷子と手を繋ぐともう片方の手で強引にダンデを引っ張って人混みを歩き始めた。 「‥‥ッチ」 何やかや言ってもフィロには敵わない。ダンデは大人しく後を付いて行った。 ●こちら有志警備隊本部 さて、警備は開拓者有志で行われているもので、様々な形での支援がある。 からす(ia6525)の茶席は警備拠点として酔っ払い介抱用に活躍していた。 「やあ、お疲れ様」 破軍(ib8103)が抱えて来た人酔いしたらしき参拝客を休ませて、温かい茶を淹れる。 「どうぞ。落ち着くよ」 熱いから気をつけてと差し出せば、少しずつ啜って人心地付いたようだ。暫くして礼を述べ去った客を見送る。 この茶席では茶以外にも様々なものが用意されていた。普通の茶や水は勿論の事、御神酒を戴きすぎて酔っ払った者達には酔い覚ましの一杯を。 「大丈夫。すぐに良くなる」 マグロ状態でごろごろ転がっている酔っ払い達に特製薬草茶を飲ませて、そろそろ回収して来てはと吾庸に促した。 どうしてこうなったのだろう。 愛想良く招き猫の真似をしている管狐の傍で、无(ib1198)は社務所の手伝いをしていた。 そもそも神社へは警備に訪れたはずだったのだ。ついでに御神酒を戴ければという呑兵衛根性な期待があったのも否定はしないが、警備の合間に神主に神社の謂れを尋ねていただけなのだ。 (交代要請の声が聞こえたのでしたっけ‥‥) 无は警備の交代だと思って向かったのだ。 呼び声は社務所からで、よろしくお願いされたままなし崩しに御札の授与を任されて、ナイは招き猫の真似事を始めて。 (手伝っているつもりなのでしょうね、尾無狐は‥‥) 言葉こそ発しないものの、どこか楽しそうなナイの様子を横目に、无は溜息のひとつでも吐きたい処であった。 溜息の代わりに鶴の人魂を飛ばして気散じしていたところ、迷子を連れたフィロとダンデがやって来た。 「この子のお母さんを探しているのですが‥‥」 「オイ、チビ。泣くんじゃねぇぞ」 揃って長身ながら性格は真逆らしい二人に迷子を連れて来られて、无は巫女から迷子案内所へ誘導するよう頼まれた。 「私が、ですか」 なりゆきで手伝っているが、もし案内先でまた交代要員になってしまったら警備に戻れるかどうか――御神酒も呑めそうになくなってしまう。 顔色こそ変えなかったが内心参ったなと思っていたそこへ、吾庸が无の回収にやって来た。 「‥‥迷子か。拠点で親が待っていたぞ」 一同を警備拠点で待っていたのは、やはり迷子の親だった。 「お兄ちゃんたち、ありがとう!」 「‥‥アァ、もう迷子になんじゃねぇぞ」 やっぱり人相の悪い様子で口も悪かったけれど、子供はもうダンデを恐れなくなっていた。 「ダンデ、良かったですね。怖がられなくなって」 「関係ねぇ」 ぷいと横を向くダンデ。 一方、彼らから十間ほど離れた所では、ちょっとした捕り物が発生していた。 神社で振舞われる御神酒や甘酒は飲むと厄除けになると言われ、どうしても周辺は人が混むものだ。 そして混雑を利用する不埒な輩が出るのも珍しくない話。 しかしながら、開拓者有志が警備している所で非道な行いをしようとしたのが運の尽きだったと言えるだろう。 「『天知る地知る人知る我知る』神の遊び場で神の許さぬ不届き罷り通らず」 神の童子が如き少女が、朗らかに笑いながらハリセンを振るう。吹っ飛んだ巾着切りに、からすは鉄扇よろしくびしりとハリセンを突きつけて言い放った。 「謝れば恥だけで済むが?」 「何をぅ!?」 ところが三下は力量差など図らぬもので、無謀にも相手が少女と侮って反撃に出たものだから堪らない。 すっぱーん! 晴々しいほど爽やかな音を立てて、三下は顔面から地面に突っ込んだ。相手が志体持ちと踏んでの容赦ない制裁だ。場が気まずくならない内に、からすはぺこりと頭を下げた。 「お騒がせしました」 誰かが拍手し始めて、いつのまにか見世物と勘違いした参拝客達は、神の遣い役の童子に惜しみない拍手を与えていたのだった。 目立つ場で上手く収めた捕り物もあれば、人知れず遂行された捕り物もある。 混雑する神社に於いて、破軍は敢えて神社周辺の地形に着目した。 神社は人が多いが、人気の少ない場所こそ危険。参拝の善男善女が悪漢に連れ込まれ易そうな場所を中心に警邏する。 所々に酔い潰れが落ちていたが、ひとまずは平穏無事――と思いきや、酔っ払いの懐を漁る不届き者を発見して追い払う。 「おい、起きろ」 いわば酔っ払いも犯罪の一因。眠りこけている男を揺り起こし帰宅させて、破軍は思う。年が明けただけでこうも賑やかになるとは、と。 (まぁ、俺には関係ない‥‥仕事をするだけだ‥‥) ギルドの職員が心付程度は出ると言っていたか――時間があれば茶屋で一杯しゃれ込むとしよう。 己の職務を果たすべく、破軍は静かに酔漢が去った場所を後にした。 警備に志願したラグナ・グラウシード(ib8459)は混雑する参拝客の整理を行っていた。 仁王様もかくやの鍛え上げた肉体と尊大な物腰で、混雑を手際よく纏めていたのだが――そこへ晴れ着姿のエルレーン(ib7455)を見つけた途端、彼の怒りに火が付いた。 「貴様‥‥ッ、まだ生きていたか!」 「‥‥!」 あまりの剣幕に周囲の参拝客は何事かとラグナを見上げる。その形相まさに鬼の如し、皆怯えて見ない振りを始めたがエルレーンだけは平静を装っている。 「‥‥‥‥」 間近で見ていた者がいれば、エルレーンが唇を噛み締めて敵意に耐えているのに気付いただろう。 ここは神域、争う場所ではない。 しかしラグナは敵意をむき出しにして、神域に似つかわしくない言葉を怒鳴り始めたので、あまりの状況に善男善女の参拝客達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。行列整理の意味なしである。 エルレーンとラグナの半径五尺ばかりに奇妙な空きが出来ている。晴れ着の娘をビシィと指差し、ラグナは罵倒し続ける。 「忌々しい罪人め! わかっているのか貴様の罪深さが、お前など‥‥」 ――ばさり。 「おまえ、など‥‥!!!」 言葉の最後は地に向かっていた。大柄な体躯を屈ませて、ラグナが懐から落ちた御札を拾い集めている。 それを覗き込んだエルレーン、笑うまいと口元歪ませ結局耐え切れずに笑い出した。 「‥‥やだぁ、必死にも程がある、の」 「みみみみ、見るな! 馬鹿者!」 慌てれば慌てるほど拾った御札を落としてしまう。大事な大事な祈願成就の御札――それは。 「そんなんだからラグナはモテないんだ‥‥!」 すごく効果があると聞く恋愛成就の御札をかき集めては撒き散らす修羅の騎士を嘲笑し、エルレーンは悠々と本殿へ歩いて行った。 暗い過去は消せないけれど――今年は平和な年になりますように。 ●新年に立てる誓いは 髪を結い上げ大振袖に身を包んだ看板娘が梨佳を見つけた。 「梨〜佳ちゃん」 袂を押さえて挙げた手を振ると、柚乃(ia0638)に気付いた梨佳が寄ってきた。残念、今日は七々夜連れではないようだ。 「おめでとうございますです。柚乃さん綺麗です〜♪」 「呉服屋のおかみさんが見立ててくれたんです♪ 梨佳ちゃんも可愛いっ」 一通り女の子同士の会話に花を咲かせた頃になって、梨佳は柚乃の襟元に気が付いた。 柚乃の首周りを覆って尻尾に頭を埋める管狐。 『あ、今日のあたしはただの襟巻。気にしないで頂戴』 「襟巻きの振りをしてるなら伊邪那さんが逸れる心配ないですねー♪」 感心したように言った梨佳の言葉を聞いたなら、同行していない七々夜の事が尚の事気に掛かる。 「ま、まさか七々夜ちゃんは迷子に‥‥」 柚乃の頭の中で、仔もふらが「な〜、な〜‥‥」と弱々しく泣いている様子が鮮明に再現された。おろおろ心配そうな柚乃に、梨佳は下宿に置いてきましたよと暢気なものだ。 「七々夜も襟巻きになってくれたら連れてこれたかもです〜」 美味しい匂いに釣られてもふもふ正体を表しそうな襟巻きを想像して、少女達はふふっと微笑みあった。 「八曜丸は神楽に住むお友達さんと一緒に。もふらさま達の新年会なんです」 お呼ばれしてるんだけど梨佳ちゃんもどう? と誘われた梨佳、とても心が動いたけれど遠慮させて貰う事にする。 「また今度、お誘いしてくださいです〜」 いそいそ参道に消えてゆく梨佳を見送り、柚乃は拝殿へ向かう。 気掛かりは、今まさに苦難の状況にある北面の戦乱。願いは民の幸せ。 (温かなお正月を迎えられますように) 亡くなった方の冥福を、今を生きる人の無事を祈る。そして助かった人々が来年は大切な人達と共に新年を祝えるように―― 合戦中の今は無理としても、来年こそは。この哀しみを長く続けさせまいと心に誓い、柚乃は社務所で御籤を引いた。 「‥‥‥‥」 『なになに? <恋愛:良縁有。求めよ、さらば与えられん> ‥‥?』 「‥‥い、伊邪那!!」 うっかり襟巻きの前で御籤を開いてしまって読まれてしまった。柚乃は慌てて御籤を樹に結び付けた。 鈴緒を振り鳴らして拍手を打つ、男女。 黒の羽織袴の青年と振袖姿の娘は正月に相応しい正装振りで―― 「はい、晴れ着こそ乙女の戦闘服なのです!!」 ――中身はいつも通りの美少女型土偶ロイドだった。 貸衣装だから破るなよと釘を刺す村雨 紫狼(ia9073)、黙っていれば目出度い益荒男振りだ。 しかし彼は知る人ぞしるロリコンマン、正装の下にはどんな煩悩が包み込まれている事やら――と、その時ミーアが散策中の梨佳を見つけた。 「マスターマスター、梨佳ちゃんなのですおめでとーなのです☆」 「あ、ミーアさん! 紫狼さんも明けましておめでとうございますです♪」 「きちんと挨拶できて偉いなー んじゃ、梨佳たんにお年玉だぞー」 「わーい、ありがとうです〜♪」 ナイスキュートで似合ってるぜと晴れ着を褒めてお年玉を与える、ごく普通の大人の行動である。おかしい、この男の煩悩どこ行った。 「失礼な、俺だってなー てぃーぴーおーは弁えてんだ」 ――という事らしいので、警邏中の吾庸は矢を射掛けずに済みそうだ。 それにしてもと紫狼、むっすり仏頂面の獣人の顔を矯めつ眇めつしながら何気なく言った。 「なんか最近よく会うなー まさか誘い受け!?」 「‥‥‥‥射掛けるぞ」 やはり正装の下はいつもの紫狼だった。 男達が奇妙な間を取っている間に、ミーアと梨佳は並んで賽銭を投げている。 「は〜 緊張なのです!」 貸衣装の晴れ着を破きかねないほど肩に力を入れて、ミーアは抱負という名の思いの丈を叫んだ。 「ま、マスターの赤ちゃんが欲しいのですううーー!!!」 「‥‥な、なんですとぉぉぉ!?」 目を白黒させる紫狼だが周囲の視線は温かだ。ミーア、完全に若妻だと思われている。 微笑ましい視線の中、ミーアが土偶ゴーレムなのを知る吾庸が紫狼の肩を叩いて言った。 「まあ、頑張れ」 「良かったですねミーアさん、紫狼さんお子さん作ってくれるですよ!?」 さて、紫狼はどうする――!? 参拝客の混雑がだいぶ引けて来た頃になって、御陰 桜(ib0271)が忍犬の桃を連れて現れた。桜色の晴れ着に帯は藍色、髪を艶やかに結い上げた姿は、春らしくも凛とした装いだ。 拝殿へ向かい手を合わせる桜の隣で桃も神妙に目を閉じて、一緒に揃って願い事。 (今年も元気で楽しく過ごせますように♪) (もっと桜様の力になれます様に) 毎年だいたい同じ願い事になってしまうけれど、この願いが生きて行く上で最も大切だと思う桜と桃だ。 参拝を終えて、さて何処を見てまわろうかと思っていると、梨佳が桃を見つけて駆け寄ってきた。 「わー、桜さんも桃さんも明けましておめでとうございますっ」 「わん!」 「あけおめことよろ〜♪」 桃へ初もふもふする梨佳へ桜はにこやかに挨拶を返し、「あら七々夜ちゃんはいないのねぇ」ちょっぴりがっかりして言った。 「会えたら七々夜ちゃんを初もふもふしたかったのに〜」 「はぅ、すみませんです。人が多いかなって思ったもので‥‥」 また今度もふってやってくださいねと梨佳。 何をお願いしたのと桜に問われて、梨佳はえへへとごまかした。嬉しそうな気配を感じるから、きっと幸せな願い事をしたのだろう。 そんな桜の直感は予感とも言えそうで―― 「あ、えと、桜さん桃さん、またですっ」 駆けてゆく梨佳の行く先に桔梗(ia0439)の姿を見つけて、桜は「いいわねえ♪」妹を見守る姉の眼差しで呟いた。 「桔梗さーん!」 紫苑色の着流しに白藤色の羽織を合わせた、しっとりと渋めの装いの桔梗は、普段よりも大人びて見えた。 「梨佳、おめでと」 「明けましておめでとう、梨佳ちゃん。まあ、綺麗だこと‥‥ねえ、桔梗くん?」 青磁色の振袖姿が淑やかな深山 千草(ia0889)に褒められて、梨佳ははにかんで桔梗を見た。 「ん、着物も梨佳も、ピカピカ」 「ありがとです♪ ‥‥えと、今年もよろしくお願いしますっ!」 遭遇した嬉しさで年賀の挨拶がすっかり抜け落ちていた梨佳、慌てて頭をぺこりと下げた。 二人が参拝を済ませるまでの間、梨佳は手水舎で水の流れを眺めて待つ事にして、一緒に参道散策をしようという事になった。 混雑する拝殿で千草は桔梗が逸れないよう声を掛けた。 「桔梗くん、大丈夫? もう少し、こちらにおいでなさいな」 「ん。ごめん。少しだけ、寄らせて」 そろり遠慮がちに近寄った桔梗に、千草は「お願い事は、決めてある?」と尋ねた。案の定、桔梗は迷っている。 「‥‥あのね。桔梗くんが元気で頑張れますようにって、それは私がお願いするわ。他に何か、お願いすること」 驚いて見上げる桔梗に、自分自身の事をお願いなさいと促す。千草はくすくす笑って言った。 「大丈夫よ。精霊様は、心も広くていらっしゃるわ」 暫し悩んだ少年と、母代わり姉代わりである女性は、鈴緒を握り土地神へと祈った。 (桔梗くんや、家族の皆が、健やかに過ごせますよう。心に、春が訪れますよう) (俺を好きだと思ってくれる人達の、気持ちを裏切ることが無いように。ずっと、 ‥‥好きで、居て貰えます様に) 「‥‥お願い、出来た。凄く欲張った、から‥‥うん。その分も、精霊様に、頑張ってお仕えする」 巫女の少年は照れるように頬染めて決意を新たにした。 禊の水を眺めて待っていた梨佳と合流し、屋台を回ろうと手を繋ぐ桔梗の様子を千草は微笑ましく見つめていた。 人に触れられるのが苦手な桔梗が手を伸ばして自分から触れようとする――それが如何に進歩であるか、千草には解っていたから。 にっこり微笑んだ千草は、二人の邪魔をしないようにと少し離れて見守っていた。 ふわり、甘い香りに誘われて新妻が鳥居を潜る。 夫とは他日参拝の予定だったけれど、奈々月纏(ia0456)はちょっと一休みしたくて境内に足を運んでいた。 長椅子に腰を下ろして、振る舞いの甘酒を一口。 「はわぁ〜♪ 甘酒美味しいな〜」 参拝に訪れた人達を眺めつつ、明日辺り夫にも作ってあげようなどと考えてのんびり啜っていると、参拝を終えた兎月庵の平吉お葛夫婦が通りかかった。 「おー♪ お久し振りです」 纏は思わず立ち上がり、世話になった甘味処の主人夫婦に新年の挨拶をする。 応援は呼ばなかったけれど年末は餅搗きで忙しくて――等々餅屋の近況を尋ねたり、また兎月庵の豆茶が飲みたいなどと世間話をしていると、お葛が「今日旦那様は?」と尋ねた。 「夫は‥‥ああっ、ウチ買い物の途中やってん! ほな、また!」 甘酒片手に、纏は慌てて駆け出した。 「あらあら‥‥初々しいわねぇ。ね、あなた?」 「‥‥俺達も甘酒をいただくか。好きだろう、お前は」 平吉の言葉に、お葛は嬉しそうに頷いた。 天儀歴1012年の幕開けに、人々は何を思い、何を願う―― |