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■オープニング本文 白い妖精は、大自然から生まれた精霊だ。 羽妖精と称されるこの精霊は、通常は見かける事すら困難である。 しかしごく最近、開拓者と共にいる姿が目撃されるようになっていた。 ●息抜きしよう 神楽・開拓者ギルド。 非番だというのに、梨佳(iz0052)が世話をしている仔もふらの七々夜を抱えて受付に立っていた。 「なー、なー♪」 七々夜が来たがったので来てしまいましたと笑う梨佳に、非番の日もお出ましかと職員達は苦笑いだ。普段は連れて来れない仔もふらだから、ここぞとばかりに揉みくちゃに構おうとする。 真っ先に抱かせて貰った桂夏の腕から顔を出した真っ白なまんまるに哲慈は思わず独りごちた。 「相変わらず旨そうな大福っ振りだなァ」 「それを言うなら良い毛並み、でしょうに」 すかさず突っ込みを入れる聡志。 生真面目過ぎる若い職員だが七々夜を見る目は優しげだ。もふらさまという生物の存在は、何処か人に安らぎを与えるものなのかもしれない。 「けどよ、この辺が小豆でよ、目口が開いてりゃ豆大福、閉じてりゃ餡子の漏れた白大福‥‥おい」 ――ぱく。 七々夜に食われた。 「駄目ですよ七々夜、哲慈さんの指なんて食べちゃ!」 「そうよ七々夜ちゃん、お腹壊しちゃうわ!!」 「む〜ふ〜‥‥」 俺の指はゲテモノかいと渋い顔をする哲慈に聡志はしたり顔で頷く。 食いついた指から引き離された七々夜、小豆色の鼻先をくんくん動かしてギルドの外へと首を巡らせた。 「も〜ふ〜?」 「七々夜、何が見えますか〜?」 仔もふらの視線の先は神楽郊外、もふら牧場がある辺りだ。牧場は七々夜が生まれた場所でもあった。 そう言えば新年のご挨拶に伺ってなかったです、と梨佳。ちょっと挨拶に行って来ますとギルドを辞しかけたのを、哲慈は待てやと止めた。 「聡志、北面の様子はどうだ」 「まだ予断を許さない状況ですが‥‥必要な者もいるはずです」 「「???」」 男性職員達の会話に付いて行けてない梨佳と桂夏。七々夜は気にする様子もなく、もふもふ外へ出たがっている。 話を纏めた男達。聡志は足早に受付へと姿を消し、哲慈はギルド内の開拓者達に声を掛けた。 「おーい、朋友こき使い過ぎた奴ら、こいつら連れて、もふら牧場行って来い!」 |
■参加者一覧 / 風雅 哲心(ia0135) / 柚乃(ia0638) / 酒々井 統真(ia0893) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 巴 渓(ia1334) / 菊池 志郎(ia5584) / 鈴木 透子(ia5664) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / フェンリエッタ(ib0018) / エルディン・バウアー(ib0066) / 御陰 桜(ib0271) / 明王院 未楡(ib0349) / シルフィリア・オーク(ib0350) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / アムルタート(ib6632) / 熾弦(ib7860) / 刃兼(ib7876) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 佐々瀬川 美耶古(ib8716) / 紫魏 あびる(ib8747) / 天神 和琴(ib8750) |
■リプレイ本文 ●小春日和 真冬の北風は少し冷たいけれど、風を遮れば日向ぼっこができそうだ。 相変わらずだだっ広い草原に気のいい毛玉達が散っているもふら牧場へ、一同はやって来た。 「おひさ〜♪」 「わんっ」 ここへ来るのは昨春以来だろうか、ちゃんと自分を覚えていた馴染みの子と再会した御陰 桜(ib0271)、忍犬の桃と一緒にもふもふしてご挨拶。 「もふ〜♪」 桜の撫で方が心地良いのだろう、どんぐりまなこを細めて耳をぴるぴる揺らしている。傍で桃が千切れんばかりに尻尾を振っていた。 此処へ来ると、サクランボの植樹を思い出す。 「植樹からもう2年か‥‥」 感慨深げに若木を見上げ、人妖達に手伝わせて世話の準備を始めた酒々井 統真(ia0893)に、気付いた刃兼(ib7876)が声を掛ける。 「何してるんだ? 統真にしちゃ珍しい行動というか‥‥似合わない、ような?」 「似合わねぇか?」 いや失礼と照れ隠しに微笑う刃兼へ、統真はこの樹は開拓者と朋友達が植えたんだと説明した。 「ルイの植えた樹なのですよ」 結い上げた長い銀髪を揺らして人妖の神鳴が言った。この場に居ない金髪の同胞。統真の後ろに隠れている人妖かと刃兼が覗き込むと、隠れていた氷桜と目が合った。 「きゃっ、ご、ごめんなさい‥‥」 慌てて引っ込んだ氷桜だが周囲への興味はあるようで、刃兼が連れていた駿龍のトモエマルをしげしげと見つめている。 癖のある鬣を持つ黒みを帯びた龍は統真の駿龍とも雰囲気が違って―― 「珍しいか」 「ひゃっ」 刃兼に声を掛けられて慌てて統真の背に隠れた。 そんな遣り取りの向こうでは、赤髪の人妖・火々璃が黙々と仕度を進めている。身の丈半分もありそうな剪定鋏を担いで運んでいる。一見危なっかしいように思えるが、統真が止めない辺りあれが火々璃の普通なのだろう。 「ま、最近戦いとか他の朋友達の相手とかで、どうしてもルイに手が回ってないところもあるしな。これくらいしてやらないと」 若木の枝振りを観察しつつ火々璃から鋏を受け取った統真、今日は天気も良いし、良さげな枝があれば挿木をしてみようかと言う。 「‥‥どうせなら、お前も挿木してかねぇか? 仲間が増える方が、あいつも喜ぶ」 「挿木? 俺が?」 刃兼は面食らってトモエマルを仰ぎ見た。陽気な蒼の瞳と目が合って、思わず微笑する。 「‥‥せっかくだからやってみるか」 今日は戦の合間の息抜きの日。 いつも戦ってくれている駿龍の鈴麗の骨休めにと思ったら、仔猫又が自分もと駄々捏ねましてと、礼野 真夢紀(ia1144)は懐から意気揚々と顔を出した猫又の小雪の顎を軽く撫でて言った。 「小雪ちゃんも来たかったのですよね」 「おるすばん、やだ」 明王院 未楡(ib0349)の言葉に舌足らずの口調で返す仔猫又が愛らしい。歴戦の駿龍・鈴麗は気にする様子もなくのんびりと草原に寛いでいる。 そちらの方はと真夢紀に水を向けられ、未楡は旧知の妹分を紹介した。 「夫と出会う以前からの付き合いなのです」 「小父様と‥‥」 真夢紀が生まれる以前からの、かなり古い付き合いという事だ。真夢紀の視線に、シルフィリア・オーク(ib0350)は茶目っ気たっぷりに返した。 「未楡姉さんはともかく、あたいはお姉さんでよろしくね? まゆちゃん」 まだ未婚なんだからと半ば脅迫めいた冗談だが、実際のところシルフィリアも未楡も大変若々しく美しい。 素直に『シルフィリアおねえさま』と呼ぶ事にして、真夢紀は敷いた茣蓙の上に毛布を敷くと小雪を下ろした。小雪は、さむいさむいともそもそ毛布に潜り込んでごそごそやっていたが、良い具合の巣を作ったらしくて毛布をこんもりさせた中で大人しくなった。 「じゃあ、あたい達も始めようか」 何個か設置した七輪には鍋や薬缶が掛けてある。調理用のとは別に用意した湯を盥にあけて、シルフィリアは手拭を浸した。 「まだまだ駆け回って貰うようだけど、ウィンド‥‥よろしくね」 雪の戦場を駆け巡った駿龍のウィンドに声を掛け、労をねぎらう。同じように駿龍の斬閃を温め揉みほぐしながら、未楡は周囲の心温まる様子を微笑ましく眺めた。 小春日和、あちらこちらで主従がのんびり昼寝する光景が見られる。日向に寝そべった鈴麗の口へ真夢紀が剥いた八朔を投げている――平和な、光景。 梨佳や七々夜の姿を探しつつ、未楡は心尽くしの弁当を皆に振舞えるのを楽しみに思う。お弁当に温かな汁物、汁粉や甘味も万全だ。桜の花湯に春の訪れを待つのも悪くない。 桜が投げた鞠を桃が追ってゆく。勢いよく走る忍犬は軽々と跳躍して鞠を空中で捕まえた。 「わ、桃さん凄いです〜!」 「もーふっ」 歓声を上げる梨佳と七々夜に手を振って、桜は一緒に寄ってきたもふらさま達にも声を掛けた。 「もふらさまもやってみる?」 「やるもふ」 いかにも暢気そうなもふらさまだったから取りやすいように軽く転がしてやると、乗り気で追いかけて行った。 「もふっ、もーふっ!」 「七々夜ちゃんもやりたいの?」 「もーふっ」 じゃあ次ねと仲良く遊んでいる傍で、梨佳は最近神楽に来たばかりだという紫魏 あびる(ib8747)と話し込んでいた。 「あっしは紫魏あびると申します。梨佳様、ここの牧場は良い所ですね。コクロも気持ち良さそうに眠っていますよ」 顔の上半分を覆う仮面の奥の瞳は紫、優しく細めて相方を見遣る。甲龍のコクロが寛いで昼寝していた。 「あびるさんは泰国のご出身なんですか〜」 「最南端の集落の出でございます。天儀に来たばかりでして、神楽の環境を知る為に、コクロとあちこち散歩している途中なのですよ」 梨佳は泰国に行った事がないから色々尋ねてみたかったけれど、仮面の女拳士は身の上話をしたがる質ではないようで、さっぱりした気性の持ち主のようだ。束ねた白銀の髪を風に洗わせて、神楽の風景に溶け込んでいる。 いずれコクロと開拓者活動をする事もあろう。その時はよろしくと新米開拓者と職員見習いは挨拶を交し合った。 新しい仲間と言えば、羽妖精と縁が繋がった開拓者達もいた。 「にゅ、何かいっぱいいるのですー」 「あれらは、もふらだ」 物珍し気に辺りを見渡す羽妖精の美水姫に、風雅 哲心(ia0135)は沢山転がっている毛玉の名を教えた。 「にゅ、もふらー 主様あれは?」 見る物触るもの全て珍しい美水姫は哲心の頭上に乗っかって質問攻めだ。 その度に哲心は丁寧に説明していたのだが、そのうち好奇心を抑えきれなくなった美水姫が宙に浮いたらしく頭が急に軽くなった。 二枚四対の蝶羽を広げ、美水姫が哲心の眼前でぱたぱたしている。 「にゅ、みずきごあいさつしてくるのですー」 「あまり遠くに行くんじゃないぞ。あとでかいやつには食われないようにな」 「うにゅ、わかってますです。行ってくるのですー」 無邪気な相棒に最低限の注意を施し送り出す。 澄んだ空に溶けるような青い色をした妖精は、うきうきともふら溜まりに飛んで行った。 (まだ戦況は難しいからな‥‥) 英気を養い、美水姫にも様々な経験をさせておきたい。羽妖精の後姿を目で追って、哲心は大きく伸びをした。 「にゅ、みずきはみずきなのです。よろしくなのです」 「お仲間ね」 口数少なく返した金の髪の冬妖精は決して不機嫌な訳ではなかった。風花の表情は言葉以上に雄弁だ。 「よろしくしてやってね」 「よろしく」 「にゅ、よろしくなのです」 熾弦(ib7860)の口添えで差し出す風花の手を、美水姫は両手で握ってぶんぶん振った。よかった、友達が増えたようだ。 同族のみならず、此処には様々な朋友がいる。熾弦は牧場に点在する毛玉を眺めて、ふと思った。 (そういえば、羽妖精ってもふら様のことは同じ精霊だから知ってるのかしら) 俗っぽ過ぎてついぞ忘れそうになるが、もふらさまも精霊の一種だ。のんびり草を食んでいるもふらさまは風花と遠い親戚――なのだろうか? 風花にとって、もふらさま以外にも龍達や猫又、アーマーなど初めて出会う朋友ばかりだ。それに自分達とほぼ同じ大きさで羽が付いていない――人妖。 (じんよー、って言うんだっけ。どんな子達かな) 興味津々、美水姫と一緒に桜樹を世話している人妖達の許に飛んで行った風花、氷桜の頬をぷにろうと近付いて――逃げられた。 「羽妖精のかたですね。自分は神鳴と言います」 背に隠れた氷桜の代わりに神鳴は自己紹介をして、好奇心旺盛な風花にぷにられたり髪を梳かれたり。そのうち人妖達にも馴染んで、挿木のお手伝いを始めた。 和気藹々としたちっこい子らの様子を眺めていたトモエマルが、尻尾をぱたぱた振っている。 「トモエマル様でしたっけ。空腹主張されてます?」 気の利く神鳴、休憩しましょうかとお茶の用意を始めた。茶請けには大根餅、醤油と青海苔の香ばしさが食欲をそそる逸品だ。 トモエマルと大根餅を分けながら、刃兼は相棒に言う。 「実が成る頃にでも、また来ようか」 嬉しそうに喉を鳴らして目を細めるトモエマルの鼻面を撫でて、春の再訪を約束したのだった。 「ラグナ、ほら早く来るのだ!」 羽要請のキルアに急かされ、ラグナ・グラウシード(ib8459)は微笑を浮かべて付いてゆく。 穏やかな日常、平和な風景。 美しい景色はこの地の安寧を物語っていて――ラグナはしみじみ思う。 (‥‥平和だ) 戦士の束の間の休息。日々アヤカシとの戦いが続くけれど、この地のような平和を世界全てに齎す為にも、アヤカシを滅さんと改めて心に誓う。 ――と、ラグナの思索にキルアの声が割り込んだ。 「それにしてもラグナ! こういうところは、でーとでくるものだぞ」 「‥‥!」 辺りは朋友ときゃっきゃうふふする開拓者達ばかりだ。別にデートでなくともいいじゃないかと穏やかに構えていたラグナだが、キルアは容赦なく続けた。 「なぜラグナにはでーとする相手がおらんのだ?」 「‥‥‥‥」 さすがにこれはキツかった。ラグナはむっと黙り込む。 無言の彼を如何思ったのか、キルアはラグナの前へ回り込むと下から彼の顔を見上げ、心配気に言った。 「早くカノジョの一人でも作れ。そうでないと私たち相棒も心配だぞ?」 「‥‥‥‥」 作らないのではない、作れないのだ――と言うにも言えず、自らの朋友に心底傷付けられた非モテ騎士ラグナは無言で景色を眺めた。 平和だ――潤む視界に映る景色はただただ美しい。 休みだと告げた途端、溶けるようにダラケ切った駿龍を前に、鈴木 透子(ia5664)はどうしたものかと考える。 「‥‥美人さん発見」 ぽそっと呟いた瞬間しゃきっとした駿龍の蝉丸を日向へと誘導してから「おや、気のせいだったかも」言った途端にまた溶けた。 でも此処なら良いのだ。 小春日和の日向なら、お昼寝に丁度良い。 のんびりとくればダラケ尽くす緩急の差が激しい蝉丸に背を預け、透子もまたうたたねを始めた。 このところ結構無理をさせてしまったから――今日はゆっくり休ませよう。 ●穏やかな昼下がり さて、何をしよう。 駿龍と尾無狐と陰陽師、主従は一斉に首を傾げて互いの顔を見た。 陰陽師――无(ib1198)が言った。 「‥‥『何もしない』をしてみますか。せっかくだし」 駿龍の風天と管狐のナイに異論はないようで、三者揃って『何もしない』を始める。 ぽかぽか日当たりの良い場所に風天が横たわると、无が風天に寄りかかり、ナイは无の膝上で丸くなる。優しい陽射しを浴びながら、三者それぞれ夢の中―― 太陽は中天にのぼり人々が空腹を覚え始めた頃になると、移動ベッドが移動茶席に変化する。 寝入っているからす(ia6525)を背に乗せた、もふらの浮舟である。 「後は任されたのであります」 からすと言えば茶席、眠る前に茶と茶菓子の仕度を済ませていたのはさすがだ。荷を解けば、中から茶の入った水筒が何本かと茶菓子や軽食等が現れる。 「色々と駆け回って疲れてたみたいであります」 「なら、眠っていただいた方が良いですね〜」 遠慮なくいただきましょーと梨佳は気楽なもので、かくして主代行を浮舟が務める茶席が始まった。 安眠中の主の意向に添った、誰でも歓迎の茶席である。 どうぞでありますと茶菓子を勧められた管狐が嬉々としてぱくついた。白銀の体毛に尻尾が三本の管狐、紫の瞳を持つ彼は菊池 志郎(ia5584)の朋友・雪待だ。 「この菓子も美味いぞ。志郎も食べてみよ」 どちらかというと、もふらさまに埋もれてぬくぬく昼寝を楽しみたかった志郎だが、後日同じものを作れと雪待の所望もあって茶席に加わる。うん、美味しい。 それにしてもと志郎、さっきまで持参の弁当を食べていたのですよと底無し胃袋の雪待を横目に梨佳へ言った。 「ああ、志郎の弁当も美味いぞ。稲荷寿司は初めて食べたが中々美味かった。きんぴらはまあまあ。五目煮は少し味が薄いな。それでもまあ上達はしているな」 「雪待さん、そんなに沢山食べたですか!」 「まだまだ入るぞ。おお、すまぬ」 「すごい食欲でござんすね‥‥コクロより大食かもしれやせん」 浮舟に竹筒の茶を注いで貰い、喉を潤すと今度は饅頭をぺろり。あびるは小さな三尾の狐に目を丸くして、安らかに寝息を立てる甲龍と見比べた。 ところで、と梨佳は気持ち良さそうに寝入っているからすに視線を向けた。 「浮舟さんがもっふもふなのもですけど‥‥」 「ちょっと幸せそうでありますか〜?」 背の主の寝顔は見えないけれど、何となく想像ができて浮舟は梨佳に応えた。からすは見た目年齢相応には見えない大人びた少女だが、寝顔は何とも愛らしく――幸せそうだ。良い夢を見ているのだろうか。 「妖精と契約したのでありますよ」 「はぅ、羽妖精さんいらしたですか!」 住朋だらけのからす宅に新たな住朋が加わったと聞いて、梨佳は新たに繋がった縁におめでとうと言祝いだ。 食べ終わりすっかり機嫌の良くなった雪待が志郎の首周りで襟巻きよろしく丸くなった頃―― 「謎の襟巻さん、こんにちはですよー♪」 「‥‥ば、ばれてるし!?」 柚乃(ia0638)の襟元で擬態していた管狐の伊邪那、もぞもぞ喋った。 そりゃあばれますよと、毛皮には出せない艶々毛並みを示して梨佳は柚乃と「ね?」顔を見合わせる。柚乃の腕にはもふらの八曜丸、今日の主同伴は八曜丸だから擬態した――らしい。 少女二人が、ちびもふら達を交えてもふら談義をしていると、おやおやこれはとエルディン・バウアー(ib0066)が現れた。 「なー、なー♪」 「七々夜でふ〜」 エルディン神父の傍には助祭を自称するもふらのパウロが尻尾を振っている。七々夜を近づけると、七々夜は兄に甘えるかのようにパウロにじゃれ付いた。 そして今日は迅鷹のケルブもエルディンの肩に止まっている。 「ケルブさん、こんにちはです〜」 挨拶して、梨佳はケルブは女の子かなと何となく思った。迅鷹に性別があるかどうかは知らないけれど、何となくツンデレ少女を連想したのだ。 「梨佳殿、どうしましたか?」 いいえと微笑って誤魔化して、もふもふころころじゃれている仔もふらに視線を向けると、パウロが冒険心に目覚めていた。 「神父様〜 僕お空を飛びたいでふ」 「‥‥え」 「なー、なー♪」 訳するなら、「お兄ちゃんすごい!」と言ったところだろうか。七々夜は期待に満ちた眼差しでパウロを見つめている! 人間達は思わず耳を疑ったが、間の良い事に今日は飛行能力を有した朋友が―― 「‥‥‥‥」 皆の視線を浴びたケルブは無言で目を細めた。嫌そうだ。だが協力してやらない事もないと言っているようにも見える。 (え、私の協力?し、神父様がちゅーしてくれたら‥‥い、いいわよ) エルディンの頬に寄り添い甘えた仕草を見せる。それを肯定と解釈したか、エルディンはケルブの頭にキスすると、至極爽やかに言い放った。 「ダメもとでやってみましょう」 どこから取り出したやら、ケルブの両脚に育児用の抱っこ紐を括り付けたエルディンは、紐の赤子が納まる場所にパウロを固定する。 着々と進む空への挑戦をどきどきと見守る一同。 そこへパウロでなく少女達を見つめる熱く怪しげな視線が―― 「羽妖精たんが居なくてもっ 俺のフェアリィは‥‥」 鼻息も荒く闇目玉先生と化しているのは、自称貴女の恋人・村雨 紫狼(ia9073)、通称ろりこんまん。 過呼吸で拙いのではと心配になるが、ハァハァしているのはこの男の通常なので気にしてはいけないらしい、というか見ているだけなので今の所は犯罪ではない――はずだ、が。 「って、存在全部が間違いに決まってんでしょこンの馬鹿マスター!!」 「ノォーーーーーッッ!!!」 ドォォォォン――! 謎の美少女必殺のドリル攻撃で、犯罪は未然に防がれた! 哀れ変態紳士は腹を打たれて星になり、後には静寂と――何とも言えない空気のみ。 「あーゴメんねー 梨佳ちゃん、怖くなかった?」 「え、と‥‥」 初めて見る土偶ゴーレムだ。土偶でありながら限りなく人型を追及している辺り、紫狼謹製土偶ロイドなのだろうか。 「あ、自己紹介まだだったね☆ ボクはMBD−02、登録名はアイリス! 仲良くしてね!」 「はぅ、は、はい‥‥よろしくなのですよ♪」 星になった紫狼の行方が気になるが、その間にもパウロの飛行計画は着々と進行していた。 「ケルブ、お願いしますね」 「‥‥(神父様にちゅーして貰ったし、お願いされてあげるわよ)」 力を溜めていたか、暫し無言でいたケルブが翼を広げた――が。 「!!(いくら神父様のお願いでも重いわー!)」 「飛ばないでふ」 「飛びませんね‥‥ケルブお疲れ様」 脚を拘束していた抱っこ紐から開放されたケルブ、勢いよく大空へと飛んでいった。残されたパウロはしょんぼりだ。 「僕‥‥ダイエットするでふ。軽くなって、いつか再挑戦するでふよ」 決意も新たに計画失敗の原因をパウロなりに探っていたが、やがて七々夜に目を付けた。 「そうでふ、小さな七々夜ならどうでふ?」 「なー?」 「‥‥だ、ダメですよぅ! 七々夜が飛んでっちゃったらヤですもん〜」 計画は梨佳の大反対により阻止された。 その方がいいねとアイリス、可愛い仔は危険な目には遭わせない方がいい。 「キミの為なら俺はいつでも危険を張れr‥‥ひぃッ」 何時の間にやら戻って来ていた紫狼の足元に矢が突き立っていた。飛来方向を見れば、何とからすが寝惚けたまま射掛けている。 「‥‥‥‥」 あ、ぽてっと倒れてまた寝息を立て始めた。さすが対ろりこんまん慣れした弓術師である。 酷いわ酷いわと、さめざめ泣き真似して同情を誘う紫狼だが不幸はこれに留まらない。柚乃の接近に喜んだのも束の間、柚乃ならぬ謎の襟巻が質問してきた。 「ドキドキしたいの? じゃあ次の中から好きなのえ・ら・ん・で・ねv」 「そだなー」 美少女達を前に、変態紳士が真面目に考える。謎の襟巻が挙げた三つの恋模様――甘酸っぱい恋の予感も艶っぽい大人の恋も捨てがたい、身を焦がすような激しい恋というのも、なかなか。 「やっぱ、芯まで痺れる刺激かなー」 「かしこまりましたー☆」 謎の襟巻――伊邪那の飯綱雷撃だ! 手加減無しの雷撃を受けて悶絶する不幸体質の紳士に、煩いと寝惚けからすが矢を射掛け、騒ぎで起こされた无達が寝起きの不機嫌そのままの顔で紫狼をじっと見ていたかと思うと、徐に毒蟲を放った。 「死ぬ、俺死んじゃう!」 開拓者達の総攻撃を受けて逃げ惑う変態紳士、まだ騒げる辺りは元気と言えそうか。 しかし最後にトドメをさしたのは、雷撃でも矢でも神経毒でもなく――空からの落し物。 「おやおや、偶然ですよ、偶然♪」 ケルブの落し物を頭に浴びた紫狼へ、エルディンはしれっと言ったものだった。 まったく、とアイリスは溜息ひとつ。 「‥‥ボクのマスターを名乗りたいなら、もっとカッコよくなってよね〜」 気を取り直して遊ぼうと誘う。寝起きの陰陽師達には、浮舟の茶と柚乃お手製お茶請けを。 一部災難に遭った者はいたものの、牧場の午後は平和だ。 ●縁と絆と 真冬の川水は言うまでもなく冷たい。 「酷い目に遭ったぜ‥‥」 言うほど悲壮さを感じないのは芸人体質ゆえか。頭髪をがしがし洗いつつ、紫狼は朋友との休日を川で過ごす開拓者達に目を向けた。 折角の休みだから息抜きを兼ねて、和奏(ia8807)は普段の倍くらいの時間を掛けて、鷲獅鳥の漣李を手入れしていた。 水の冷たさも何のその、川の中で漣李に水をかぶらせて固めの刷毛で丸洗いする。泥や埃を落とした後は乾いた布で磨きを掛けて、嘴から爪の先までぴかぴかに仕上げる。 (何だか休日に愛車を磨く人のようですね‥‥) 和奏の脳裏に浮かぶのは牛車だったり駆鎧だったり。実際、少し離れた所では愛用の駆鎧を磨く巴 渓(ia1334)がいるものだから、尚更だ。 「さて、綺麗になりましたし、風も暖かですし。散歩に行きましょうか」 すっきりした漣李を連れて、和奏は空上の人となる。 鷲獅鳥が飛び立つのを見上げ、渓はうんと伸びをした。手にしたマントは相棒のものだ。川水でざぶざぶ洗ったマントは戦いで付いた汚れを流して鮮やかな赤を取り戻している。 アーマーケースから姿を現したゴッドカイザーは既に取り外し可能なパーツを外して岸辺に並べていた。固く絞ったマントを樹の枝に掛けて干すと、今度はゴッドカイザーの水洗いだ。 「梨佳、ありがとよ!」 七々夜と追いかけっこしている少女を遠目に礼を言い、渓はゴッドカイザーの関節部に束子を添わせた。 次の戦いに備えて、丹念に手入れしておこう。 物言わぬ駆鎧ではあったが、渓と相棒の間に言葉は必要なかった。渓と同様に、港の繋留場では味わえない開放感をゴッドカイザーも感じているに違いないのだから。 覚えてる? 羽妖精はそう問うた。 冬のある日――小さなフェンリエッタ(ib0018)と遊んだ妖精達の事を。 幼い頃の夢ではなかった。 だってほら、目の前の羽妖精の翼は記憶のままに綺麗なカワセミの蒼。 「ラズは、その頃の縁でやって来たのね」 「うん、フェンリエッタの傍にいたかったんだ」 背丈の違いこそあれ、羽妖精のラズワルドはフェンリエッタと同年代の姿形をしている。人であればさしずめ幼馴染と言えただろうか。 久しい朋との再会に、話は尽きる事なく言葉は時を埋めてゆく。 「ねえ、それからどうなったの?」 「うん、あのね‥‥」 思い出話、離れていた頃の事、そして今の事――牧場をそぞろ歩き、真冬の自然に耳目を傾けるだけでも話の種になって。 ふと、ラズワルドが呟いた。 「スノードロップ、まだ咲かないかなぁ」 冬の終わりに春を告げる白い花。 ジルベリアではまだ先かもしれないけれど、天儀ならそろそろ見られるかもしれないと思ったのに――と言う。 「ん、もう咲いてる花も何処かにあるかも? 花言葉は‥‥逆境の中の希望、ね」 うん、とラズワルドは頷いた。 厳しいとされる北面の戦況、だからこそ希望の言葉を内包した花を見つけたいと思う。彼の想いにフェンリエッタは早期解決を願った。 「戦は早く終わらせなくちゃ、ね」 「僕も手伝うからね。そしたらフェンリエッタ、今度はお花見に行こ!」 心強い朋を得て、娘は冬の終わりを願う。 羽妖精の誘いにそうねと応えると、彼はフェンリエッタの頬にキスして嬉しげに微笑ってみせたのだった。 これは――戦の合間に心通わせる、開拓者とその朋友達のおはなし。 |