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■オープニング本文 ※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ●地下水脈のこと シノビの氏族連合が王国として成立させた国家、陰殻。 領土の殆どが痩せた山岳地で占められるこの国には、街道らしき道は整備されておらぬ。他国の者を受け入れぬ極めて排他的なお国柄というのも然る事ながら、陰殻は氏族が集まって一国の体裁を整えているだけであり、内情は食うか食われるかの抜き差しならぬ関係で保たれている為である。 移動には土地の者しか知らぬ獣道を用いる。地元民が己の経験で判別し切り開く道だから、当然余所者は判らない。地下に潜む水脈を伝い通るという噂もあるが、真偽を知るのは土地のシノビ達のみ――これもまた、曖昧な噂であった。 陰殻は名張の里。 ここに噂の真実を知る人物がいる。齢九十を越え、既に国の生き字引とも化した名張 猿幽斎(iz0113)である。 その最高齢里長が、里の若者と人気の無い場所に立っていた。二人の前には何の変哲もない岩がひとつ、転がっている。 「笑ン狐よ」 「‥‥長、何度も言うようですが、俺の通り名はショウコです」 律儀に突っ込む若者は、猿幽斎配下の中忍・笑狐こと藤次郎。もう随分と猿幽斎の傍若無人に振り回され続けている、第一の被害者である。 配下の苦情を、似たようなもんやないかの一言で受け流し、猿幽斎は持っていた仕込み杖で岩を軽く叩いた。 この岩を退けろ、という事らしい。 藤次郎も心得たもので、棒切れを差し入れて岩をごろりと転がした。 「これは‥‥」 穴が開いていた。 陰殻の地下を流れる大水脈の事は藤次郎とて知っている。しかしその出入口のひとつが、こんな形で偽装されていたとは―― 「長‥‥」 変装諜報活動が主体の俺に長が機密を教えてくれた――藤次郎は感激した。こんな俺にと振り向けば、猿幽斎は好々爺の笑みで藤次郎を見ている。 「暫く塞いでおったのでな、水脈は変化しアヤカシも増えておろう」 (アヤカシ?) 地下水脈はそんなに危険な所なのか。それで封印に近い形で塞いでいたのだなと勝手に合点している藤次郎を他所に、猿幽斎は仕込み杖の石突で屈んでいた彼の背を突いた。 「お主ちと様子を見て来い」 「へ?」 間抜けな声を残して、藤次郎は穴の中へ消えた―― ●笑狐救出作戦 さて、それから後のこと。 開拓者達は何故か名張の里にいた。 どうやって辿り着いたかとか、里でどのような待遇をされていたとかは考えてはならぬ。とにかく名張の里に滞在中であった。 「おお、集まってくだされたか」 里長である猿幽斎は曲がった腰を更に曲げて開拓者達に一礼すると、調査に出した中忍が一人、地下水脈で行方不明になっているのだと告げた。 「水脈は入り組んでおりましてな、毎回形を変えますのじゃ。中にはアヤカシが巣食っている洞穴もあるようじゃが、道が判らぬで避けようがない」 戦う術を持っている開拓者達なれば、見事アヤカシ溜まりも突破できようと言って、一人一個の握り飯を配った。 「何分貧しい暮らしじゃて、これしかなくて済まんがの、頼みましたぞ」 そう言って里長は開拓者達を隠し通路へ送り出す。 ところで、と開拓者の一人が問うた。 「捜索対象の名前を聞いても構わんか?」 「おお、失念しておりましたな。エンコと申しますのじゃ」 猿幽斎は問いに丁寧に返すと、笑顔で開拓者達を見送ったのだった。 |
■参加者一覧
崔(ia0015)
24歳・男・泰
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
巌 技藝(ib8056)
18歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●水脈侵入 降り立った洞穴の足元を確かめて、たれたぬ忍者が、のほほんと言った。 「ここがシノビのお膝元‥‥の地下、なのだぁ〜」 緊張感がまるでない。 だが、口調はともかく彼は大真面目だった。たれたぬ忍者・玄間 北斗(ib0342)、天然癒し系シノビの青年である。 「こんな穴の中に遭難して一人‥‥ってんじゃ、心細かろうね」 早い事見つけて救助してあげたいとの巌 技藝(ib8056)の言葉に頷いて、北斗は、ほわわ〜んと言葉を返した。 「可哀想なのだぁ〜 救助の為に、おいらもシノビの一人として頑張ってみようなのだぁ〜」 なのだぁ〜 なのだぁ〜 なのだぁ〜〜〜〜 北斗の声が洞穴内に木霊する。 「地下水脈ねえ、つか中忍が行方不明になる程の迷路かよ‥‥」 実に長閑な洞穴を見渡して独りごちた、崔(ia0015)の声が途切れた。 ついさっき入って来たはずの入口が、跡形もなく消え失せている。 「崔さん?」 遠巻きに彼を見た神座早紀(ib6735)が、怪訝な声音で尋ねた。 男性嫌悪症気味な早紀に気を遣い、距離を取ったまま崔はちょちょいと指先で入口だった場所を示す。 「え‥‥これって‥‥」 唖然とする一同。 (アヤカシのせいで戻って来れねえだけなら‥‥って、それも全然良かねえが) 「どうやらちと厄介な水脈みてえだな」 ●不思議の迷宮 ともあれ、四人は陣形を組んで捜索を開始した。 夜目の利く北斗を斥候役に、その後ろに就いた早紀が地図作成を担う。負傷時回復の要になる巫女の早紀を庇える位置に技藝、殿は崔が努める事となった。 「早速分かれ道ですね」 入って来た洞穴には西と北に水路が繋がっている。どちらに行きますかと早紀は地図に印を書き込みながら尋ねた。 「そうだね‥‥北へ行ってみようよ。違ってれば戻って来ればいい」 技藝が、目印にと用意した包帯を振り振り言った。合わせて、壁面に白墨で目印を付ける作戦だ。 「だな。地図と壁に同じ模様の目印付けるのとかどうよ」 ただ目印を付けるだけでなく地図と一対になる印、壁面の目印が何種類かになる事で、目印の混同を避けるのにも良さそうだ。 「じゃあ、行くのだ〜」 北側の出口に身を乗り出して、北斗が呼子笛を吹き鳴らす。 遭難者の耳に届けばいい――エンコの反応がある事を祈りつつ、彼らは水脈内部を進んで行った。 北に進んで暫し、入口の洞穴よりも広い場所に出て来た。 そっと様子を伺えば、隅っこでアヤカシ一体が舟を漕いでいる。その側に根付らしきものが――まさか遭難者の持ち物だろうか。 詳しく見ようと開拓者達が身を乗り出した瞬間、灯りに気付いたアヤカシが目を覚ましてしまった。 しかし相手は一体こちらは四人、押し囲んで一気に叩いて無に還す。 「残念、こりゃあ宝珠の欠片だね」 根付かもと思ったそれは、石ころではないにしろ殆ど価値のない欠片だった。遭難者の遺品でなくて良かったと一同が洞内を観察すると、西側近くにひとつ、奥の北側にひとつ出口がある。 とりあえず突き当たりまで北へ進んでみようと、北へ入ってゆくと―― 「気付かれたのだぁ〜」 と言っても北斗の責ではない。数が多すぎる! どうやら話に聞くアヤカシ溜まりに入り込んでしまったらしく、下級アヤカシの類がうじゃうじゃとたむろっていたのだから気付かれない訳がない。 「避けれるだけ避けるのだぁ〜」 敵の攻撃を極力回避し車手裏剣で応戦する北斗だが、いかんせん数が多い。倒してもすぐに新手に囲まれてしまう。 「神座、巌、下がれ!」 紅の波動をアヤカシに打ち込み援護に走る崔。 技藝は慌てて早紀を庇って、アヤカシに対峙した。その隙に早紀は後方へ下がり、技藝越しに北斗へ声を掛けた。 「玄間さん!」 「まだ平気なのだぁ〜」 北斗を癒すには射程が足りない。彼が持ち堪えている間に、早紀は素早く洞穴内を見渡して出口を探した。 一箇所。アヤカシ溜まりの入口から真っ直ぐに行った西側にある。 「皆さん、出口は西です!」 前線の移動に合わせて早紀も移動を開始する。移動中に近接した機会を狙って癒しの風を仲間達に送った。 (今は戦闘中、右ストレート入れるならアヤカシに‥‥っ) 懸命に男性恐怖症の自身を窘めて、巫女としての務めを果たす――時々アヤカシを殴っていたのはご愛嬌。 まだ終われない、遭難者を見つけるまでは。敢えて敵の殲滅は狙わず走り抜けた。 「‥‥ふう。皆無事かい!?」 アヤカシ溜まりを抜け、通路へ逃げた一同を技藝が確認する。大丈夫、最も集中攻撃を浴びていた北斗も早紀が癒し終えている。ついでに早紀の顔色も良さそうだ。不幸な接触はなかったらしい。 来た道の壁に危険を示す印を描き、同じ印を地図に書き込む。目立つよう壁のせり出した部分に包帯を結び付け、四人は前へ進んだ。途中、一体のアヤカシと出くわしたが、先の追っ手ではないようだ。容易く撃破して突き進む。 通路の終わりで皆を制して、北斗が様子を伺った。 「アヤカシが二体いるのだぁ〜 武器の手入れをしているみたいなのだぁ」 敵が気付いていない様子だと斥候は告げた。 二体、しかも気付かれていないとなると、ほんの少し安心できるから不思議だ。それは決して油断ではなくて、アヤカシ溜まりを抜けて来たという自信が皆の中に芽生えつつあるからだろう。 実際、皆の行動は迅速かつ無駄がなかった。さっさとアヤカシ共を無に還した後、洞穴内に何か手がかりが残されていないかを探す。 「俺らまだここへ来てなかったよなあ」 壁面を凝視していた崔が言った。 灯りを近づければ、白墨の印が付けられている。その印は彼らの持つ地図には記されていなかった。 「これって、もしかして‥‥」 「エンコサン、通ったみてえだな」 もうひとつ。洞穴の中央付近の凸凹を探っていた北斗が松明を持っていた技藝を呼び寄せ手鏡で示した場所には。 「苦無が落ちているのだぁ」 錆びの浮きもない、最近のものと思われる苦無が窪みに落ちていた。 先ほど討伐したアヤカシ2体は得物の手入れをしていなかったか。そしてこの苦無の意味は。 「遭難者は奴らと一戦交えた可能性が高いね」 技藝の予想は皆の推測と合致していた。 そうなると、志体を持たぬ遭難者はアヤカシ2体を相手に戦った事になる。 「無事でいてくださいっ」 生きてさえいれば、怪我の治療なら出来るのだから! ともあれ、遭難者が生きていると仮定するなら、アヤカシ共を振り切って逃走したと考えるのが妥当だろう。洞穴の出入口は三つ、うちひとつは開拓者達が抜けて来たアヤカシ溜まりに通じる道だ。 残る西と南の内、どちらへ逃げたか――北斗は苦無の向きを見た。 (苦無で牽制して逃げたとして‥‥西か) 「玄ちゃんの勘だと西のような気がするのだぁ〜」 のほほんとのたまった、たれたぬ忍者の言葉に従い、皆は西の出口から次の洞穴へ進んだ――アヤカシ溜まりだ!! ●救助一歩手前から ところで、北斗の名誉の為に補足しておくと、彼の観察はほぼ正鵠を射ていた。 エンコこと笑狐は彼らが辿り着いた同じ場所でアヤカシ達と遭遇し、逸早く戦力差を悟って西へと逃げ出した。諜報活動を主とする笑狐は対アヤカシの戦闘術を会得しておらず、懸命の牽制の結果が取り落とした苦無だった。 しかし逃げた先が更に厄介なアヤカシ溜まりだった為、彼は更にそこから別の場所へ全力で逃走していたのである。 閑話休題。 次の間でアヤカシ溜まりに入り込んだ開拓者達は笑狐とは違っていた。 戦う術を持っている志体持ちの彼らは、四人力を合わせてアヤカシ共を滅しつつ出口を探した。 「南西と南ですっ!」 「「南!」」 「了解なのだぁ」 アヤカシ達の隙が出来た場所を瞬時に判断した彼らは水脈を南下した。 しかしこの洞穴に屯したアヤカシ達は執拗に開拓者達を狙い、取って食おうと襲い掛かる。 「‥‥ッ、しつこいっ!」 覆い被さる形で迫ってきた一体を鋭い感覚で避けて、技藝は思う。何だこいつら、まるでオアズケ食った犬みたいじゃないか、と。 「早紀さん! 早く行って!!」 回復手の避難を最優先に彼女を護るべく立ち動く。その技藝を庇うように北斗と崔が壁となり、四人は南の出口から脱出した。 部屋続きになっていた南の洞穴に敵の姿はない。幸い、追ってくるアヤカシもいないようだ。 空腹を満たすなら安全な今の内にと、ここで里長から貰ったおにぎりを食べて、一同は改めて此処までの道筋を地図で確かめた。 「えっと、ここが最初の場所で」 「そこから北へ行ったんだよな」 「で、更に北へ行った先がアヤカシ溜まりで」 「西へ西へでアヤカシ溜まり」 「そこから南に出た場所がここ、現在地です」 エンコさんは何処へ行ったんでしょう、と早紀は小首を傾げた。 それなんだけどな、と崔。 「なあ、皆。さっきの場所で血溜まり見たか?」 顔を見合わせた一同、否と一様に首を振った。 だよな、と崔。腑に落ちない表情で「あったらあったで良かねえが」と続ける。 「もし食われたなら、痕跡くらいは残らね?」 指摘に一同黙り込んだ。 早紀が地図を見つつ、考え考え言った。 「じゃあ‥‥苦無を見つけた場所から南へ?」 言ってすぐ、ぶんぶんと首を振る。だってそれは、北斗の見立て違いだと言うのと同じであったから。 そんな早紀の鼻先をつん、と指でつついて、技藝は「さっきの戦闘を思い出してごらん」と言った。 「さっきの‥‥?」 「ああ。あいつら妙に殺気だってなかったかい? まるで獲物を逃した狼みたいな、今度こそ狩ってやると言わんばかりの殺気というか」 「迷い込んだエンコさんに逃げられた‥‥?」 「ああ、多分ね。あたしは西で間違いないと思う」 アヤカシに追われて水脈内を逃げ回る中忍。 (ますます洒落になんねえな‥‥) 早く見つけないと消耗し切って力尽きてしまうかもしれない。生きている内に助けなければ。 その後も開拓者達は目印を付け地図に書き込み、はぐれたアヤカシを倒しつつ水脈内をくまなく探し続けた。 決定的な死の証と成りうるような酷いものは見つからず、所々に中忍が残したと思われる白墨の跡を見つけるのみだった。偶にアヤカシ溜まりに迷い込んだが上手く乗り切って、その結果―― 「水脈内、殆ど歩いちゃいましたね」 ほぼ完璧に仕上がった地図を広げて早紀は言った。未記載は北西方面のみだ。そして、北西方面を踏破するには、例の餓えたアヤカシ共が溜まっている洞穴を抜けねばならなかった。 「行こう。きっとあの先で一人待ってるよ」 「だな。ここまで探して、印以外のモンが出ねえってのも妙だ」 「おいらもまだ頑張れるのだぁ〜 行ってみようなのだぁ〜」 うん、と早紀は首肯した。 まだ練力は我が身に宿っている。まだアヤカシ溜まりを抜けられる。遭難者を助けなければ! 覚悟を固めた四人は、北西目指して戦地へ飛び込んで行った―― ●それから アヤカシ溜まりを最短で抜けて西へ向かった開拓者達は、西の洞穴の更に西の先、最奥の洞穴へと漸く辿り着いた。 「ああ‥‥助けに来てくださったのですか‥‥?」 岩陰に身を隠していた遭難者が顔を出した。よれよれだ。疲労し切って衰弱している。 「エンコサンって、お前サンだったのか‥‥」 遭難者のエンコ――笑狐の藤次郎と面識がある崔は呆気に取られて呟いたものの、無事を喜ぶ前にと彼の身体状況を確認する。 「動けるか? 酷い怪我はないか」 「ええ、走り過ぎて少し疲れましたが‥‥つッ」 立たせてみると足首を捻っているようだ。急ぎ早紀が風の精霊の癒しを送る。 「ありがとうございます。随分具合良くなりましたよ、ほら」 「良かったです♪」 中忍に微笑んだ早紀は、彼がエンコではなくショウコというのだと聞いて顔色を変えた。 (ショウコって、姉さんから話に聞いていた‥‥?) 思わずまじまじと青年の顔を見てしまう。 姉が顔を合わせづらいと早紀に語ったシノビのショウコ。姉に関わりがある人物を姉に代わって救出できた喜びで、早紀はつい微笑した。 「‥‥どうかしましたか?」 怪訝な表情を浮かべた笑狐が、早紀に手を伸ばして尋ね―― 大人しやかな巫女にぶっ飛ばされた中忍を助け起こし、のほほんと北斗。 「見つかって良かったのだぁ〜 命あっての物種、さあ里に戻るのだぁ〜」 「そうだね、仕事も片付いた事だし、さっさと戻って美味しい物でも食べに行きたいもんだね」 笑狐に触れた技藝に早紀が、笑狐を助け起こす北斗を手伝う崔が。 皆が笑狐に触れた瞬間、一瞬一同の意識が途切れた。 それからの事は、皆よくは覚えていない。 名張の里へ行った事も、名張の地下に広がる大水脈を冒険した事も、今となっては夢だったのではと思えてしまう。 だが夢ではない、そう思えた。 減っている練力が、記憶が真実であったと開拓者達に告げていた。 |