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■オープニング本文 斜命山脈の主を名乗る上級アヤカシが居る。 バンコウという名の彼奴は、東房の僧兵達にとって多くの同胞達を喰らった不倶戴天の怨敵である。 狼面で常に顔半分を覆い、表情はおろか声すら聞いた者は居らぬという万紅を、人は黒狼天狗と呼んだ。 ●好機到来 冥越八禍衆が一人である弓弦童子の撃破から四ヶ月――国家滅亡の危機をも齎した大アヤカシが遺した爪跡は、今なお人々を苦しめていた。 そのひとつが隣国東房との国境付近で活性化している魔の森だ。東房は国土の半分以上を活性化した魔の森に覆われている国だが、弓弦が動いた事により勢いを増した魔の森の侵食方向は国境の斜命山脈を越えて北面へと及んだ。一度活性化した魔の森は、弓弦討伐後も北面清和地方でアヤカシ事件が頻発する一因となっている。 魔の森の滅却縮小は国家を越えての重要事。 拡大を続ける魔の森に対し、先の戦いで長年の確執を越え手を携えた北面と東房が対策に乗り出した。そこへ両国からの要請により北面と縁深い陰殻が加わり、三ヶ国は魔の森焼却の機会を見計らっている。 そして――三ヶ国の間を取り持つように協力するのが、王朝の認可のもとに動く独立組織・開拓者ギルドである。 北面は清和地方に拠する朝日山城。 ギルド経由で国境警備に就いていた吾庸(iz0205)は、交代に来た開拓者にすぐに座敷へ行くよう伝えられた。 「座敷へか?」 「ああ。ギルドからの通牒が来ているから行動可否の表明をせよ、との事だ」 詳細は座敷へ行けば解るだろうと、吾庸は同僚に礼を言って座敷へ直行した。行ってみると、奥に文机が並べられており墨硯と書類が用意されている。 「通牒があると聞いたのだが」 国境くんだりまで出張して来ていたギルド職員に声を掛けると、書類を繰りながら名を問うて来る。名乗って暫し、国境警備の任に就いている開拓者だと確認し、職員は吾庸に此度の仕事について説明を始めた。 「警備中の開拓者の内、魔の森討伐に加われる開拓者と相棒を募っているのです。吾庸さんは参戦できますか?」 曰く。 此度、朝日山城側と延石寺側の両面から魔の森の焼討を行う。決行にあたり両拠点駐屯中の開拓者のうち参戦可能な者を従軍させる。 「国境警備の仕事で相棒も連れて来ていますよね。吾庸さんの相棒は‥‥迅鷹、と。戦えますか?」 「無論だ。そのつもりで連れて来ているが‥‥」 なら問題ありませんと職員。迅鷹の杜鴇を連れて焼討に参加してくれますよねと強引に迫る。 有事の際は戦うつもりで警備に就いていた訳だし、吾庸は別に構わんがと焼討作戦に加わる事にした。同じ仕事だ、増えた仕事分報酬が増えるのは有難い。 「それで、俺はどう動けばいいんだ」 「ありがとうございます、ではこの書類に署名を‥‥」 職員は、開拓者達の署名が入った書類と朝日山城周辺地図を示した。 ●頂を目指せ 二国を跨ぐ作戦決行の当日。 北面は朝日山城、東房は延石寺を出発した開拓者達は、数名ずつの組に分かれて斜命山脈の頂を目指して進攻した。開拓者達の後続には北面は志士隊、東房は武僧派僧侶達が就いている。道中遭遇したアヤカシは開拓者達が滅して瘴気濃度を下げ、すかさず後続の一般兵達が残る瘴気を焼払う作戦だ。 北面側、東房側、いずれも足元は不安定の険しい山だ。慣れぬ山道に足を取られ、疲労を溜めながらも開拓者達は進軍した。 作戦開始から暫く経った頃―― 「‥‥‥‥」 後続の僧兵を気遣って振り返った東房側の開拓者が、突然立ち止まって眉間に皺を寄せた。 目を凝らす――まさか。 「どうした?」 「いえ、まさかと思うのですが‥‥あの方向は」 再び眉間に皺を寄せて目を凝らした。同僚も同じように目を凝らしてみる――と、今度ははっきりと見えた。 「御寺に火の手が!」 彼らが発って来た方向、延石寺方面から火の手が上がっていた。今やはっきりと認められる赤炎と立ち上る黒煙に、開拓者達の間に動揺が走った。 「敵襲か?」 「ここ数日おとなしいとは思っていたのだ、こんな形で奇襲をかけようとは!」 「今からでも取って返して消火に当たった方が‥‥」 混乱し、開拓者達が口々に帰還を進言する中、意外や落ち着いていたのは延石寺の僧兵達であった。 延石寺はこれしきでは落ちませぬと僧達は言った。今はお役目遂行中、役割放棄はならぬと主張する。 「このまま進みましょう。寺にも戦える者はおりまする」 「ただの小火かもしれないというのに帰還しては水稲院様が落胆されましょう」 ここ数日の観測に拠れば特に濃い瘴気や強力なアヤカシ出現の報は齎されておらず、今なら魔の森を縮小させられると見込んでの一斉作戦だった。彼らは確固たる役割を担って御山に入っているのだ。 「もし敵襲ならば伝令が来るはず。戦いながら進む我々に追いついているはずです」 最悪の事態を想定するなら伝令が殺害されている可能性も否定できなかったが、一理あった。 それに彼らは斜命山脈を随分登って来ており、今から山を下って援護に間に合うかどうかも不確かだった。与えられた役割を放棄してアヤカシを討ち損ねた挙句援護にも間に合わないというのでは、どっち付かずとしか言いようがない。 「信じましょう。寺に残る我らが仲間を」 僧兵の言い分を、開拓者達は受け入れるほかなかった。 今は任務を遂行しよう。ただひたすら頂を目指せ。 順調に焼払いが進めば、合流地点で両国の兵達が落ち合えるはずだ。それこそが両国の悲願である。 |
■参加者一覧 / 柊沢 霞澄(ia0067) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 尾鷲 アスマ(ia0892) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 菊池 志郎(ia5584) / 鈴木 透子(ia5664) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / 村雨 紫狼(ia9073) / 以心 伝助(ia9077) / 千代田清顕(ia9802) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / 明王院 浄炎(ib0347) / 明王院 千覚(ib0351) / 无(ib1198) / リア・コーンウォール(ib2667) / 杉野 九寿重(ib3226) / ローゼリア(ib5674) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 丈 平次郎(ib5866) / 刃兼(ib7876) / 斎宮 桜(ib8406) |
■リプレイ本文 ●山頂を目指して 北面側、朝日山城拠点。 魔の森焼討にあたり、開拓者達は各々襲撃の仕度を済ませていた。 「こんにちは。吾庸さん。えっとそちらは‥‥トッポギさん?」 「いや。トットキだが‥‥」 炎龍のヒムカの胴に鞍を結び付けていた柚乃(ia0638)が、仕度を済ませて迅鷹を肩に載せていた吾庸を見つけて声を掛けた。 迅鷹の名は杜鴇――トットキだ。言い間違えて首を傾げる柚乃に、生真面目な男はボケも返しも無しに真顔で訂正しようとして――突如身震いした。 「‥‥あの、どうかしましたか?」 あどけなく復唱した柚乃は仏頂面の男を見上げて尋ねた。 顔色が悪い。狼獣人の耳を後ろに反らし気味にして、口をへの字に曲げている。機嫌を損ねてしまっただろうか。 「吾庸さん?」 「いや、済まない。背筋が寒くなってな‥‥何かの予兆でなければ良いが」 険しい顔を無理矢理愛想笑いに変えようとしていた吾庸、背後から掛けられた声に完全に失敗した。 「アーくん来たよ〜ん☆」 膝裏に一撃喰らったかのようにがっくり崩落ちた男の背後から、へらへらりと現れたのは村雨 紫狼(ia9073)。聞こえない振りしてそそくさ退散しようとした吾庸に食って掛かる。 「‥‥って無視すんなあケモミミまーん!!」 「‥‥黙れ。誰がアーくんだ」 「お前☆ おー お前がトッポギかー よろしくなー」 再びがっくり崩れた吾庸の肩に止まったままの杜鴇に挨拶する紫狼に、膝を付いたまま生真面目な男は思った。 (そんなに間違えやすいのだろうか‥‥) 「すみません吾庸さん、マスター馬鹿だけど悪気はないんです〜!!」 「‥‥‥‥却ってタチが悪いな」 土偶ゴーレム・アイリスのフォローになってないフォローに、嘆息して吾庸は応えたものだ。 今回の魔の森焼討作戦では、開拓者とその朋友が先陣を切り後続の一般兵が森を焼き払ってゆく事になっている。開拓者の中には飛行可能な朋友を同伴させている者も多く、地上と中空からアヤカシ駆除にあたる事となった。 空を行く手はずのリンカ・ティニーブルー(ib0345)が甲龍のリンデンバウムに騎乗する。 「そろそろ行こう。では皆、魔の森で」 目的地は皆同じ。互いの武運を祈りつつ、斜命山脈の頂上を目指すのだ。 並び進む甲龍と同じくらい強固で広い背中。より効果的に敵を減らさんと、先んじて森へ分け入る明王院 浄炎(ib0347)の背を追い、娘達――実の娘と親子同様の付き合いがある娘――は足を早めた。 ――気を抜くな。奇襲に備えよ。 前を行く父に言葉はない。声に出さずとも、その背が発する気が娘達に警戒を促す。浄炎に並んで道を分けていた甲龍の玄武が、ぴたと止まった。 「ぽち‥‥私の分まで、お願い」 警戒の仕草を見せる忍犬に、明王院 千覚(ib0351)は祈るように命ずる。先導する父とは別の方法で戦闘に寄与する千覚の得手は負傷者治療だ。意図は伝わったようで、声を殺してくぐもった鳴き声が返ってきた。 がさりと藪を掻き分けて現れたのは豚鬼が二匹。一瞬互いに顔を見合わせたような仕草をした後、勝てると侮ったか二匹同時に浄炎目指して突っ込んで来た。 「小父様!」 弓を構えた礼野 真夢紀(ia1144)の声に見向きせず、アヤカシ共は浄炎を囲まんと動いたが、玄武が飛翔したと同時に浄炎は手にした棍を両手に構えて、下半身へ素早く気を巡らせた。 「‥‥‥ハッ!」 ぐるり回転させた棍は大地を踏みしめた足の均衡を保つもの、大きく足を踏み出した浄炎の気魄は踏み出した右足を通じて大地を巡り、一直線に一匹の豚鬼を払い除け、流れる動作でもう一匹を叩きのめしていた。 「ぽち!」 巫女二人を護るように翼を広げた玄武の向こうから千覚の声がした。同時に龍の背を越えて高く高く跳躍した影は忍犬のもの。戦場へ飛び出したぽちは浄炎が叩きのめした一匹目掛けて突っ込むと、その足目掛けて噛み付いた。足を封じられた一匹は、ぽちを振り放さんと暴れるが、ぽちは離そうとしない。不利を悟ったもう一匹が逃走を図ったが、それを許す者はいない。 「魔の森は後世に残してはならぬもの‥‥子らの代にアヤカシは不要」 素早く棍を翻した浄炎に胴を打たれて、豚鬼が転んだ。起き上がろうとした背に真夢紀が放った矢が刺さる。 「あ‥‥小雪!」 その時、猫又の小雪が真夢紀の懐からするりと飛び出た。てちてち歩くさまは未だあどけない仔猫のそれだ。 「こゆきも」 舌足らずな声でそう言うと、小さな口を開けて胸一杯に息を吸い込んだ。何かを悟ったらしいぽちが豚鬼の足に食い付いたまま小雪の動作に注意している――次の瞬間、ぽちは仔猫又が吐いた黒炎塊から飛びのいた。 「こゆき、いいこ」 追いついた後続隊が呆気に取られる中、一帯を焼き払った小雪は満足そうに舌をぺろりとして顔を洗うと真夢紀の懐に戻っていった。 志士隊が森を焼き払っている間に、千覚と真夢紀は治療に大忙しだ。 「疲れた人は梅干やチョコを口にしてください!」 手持ちの食料を提供する真夢紀、千覚は止血剤や包帯を手に慈悲の声を掛ける。 「負傷者は‥‥こちらへ。悲願が達せられるその時を、一緒に迎えましょう」 戦いは武器持つ者と癒す者双方がいて続けられる。二人の癒しの力に、周囲の開拓者達も後続の志士達もどれだけ助けられた事だろう。 足並み揃え、小休止の壁役を玄武と共に担いながら、浄炎は一人でも多くの者が山頂へ山頂へ到達する事を願わずにはいられなかった。 「この地に生きる者の悲願ならば、自ら成し遂げたかろうよ」 皆、成し遂げる為に戦っている。自分はその手助けを、支えをしているのだと気を引き締めて、彼はまた娘達と先駆けを担う。 一団の殿、後続の兵達にほど近い位置を鈴木 透子(ia5664)が就いていた。忍犬の遮那王に警戒させて彼女は思う。 (効果があるのでしょうか‥‥) 魔の森を焼くという事、それこそが彼女の興味であった。故に前方でなく後方の一般兵達に近い位置を取って進軍する。後続をアヤカシ共が襲わないようにと気を配りつつ、有事の際は何時でも結界が張れるようにしていた。 開拓者達の進軍に合わせて、北面志士隊達は森に火を放った。 少しずつ、少しずつ。魔の森焼却は時間が掛かるものらしい。森全体が湿気を帯びているかのような魔の森では、汚染された樹木もそう簡単に燃やせはしない。生木を更に燃えにくくしたような状態で、ぶすぶすと異臭と共に煙るばかりだ。 だが焼討の効果は着実に上がりつつあった。焼却区域は確実に面積を広げていた。 中空を統べる龍達とその主達には、地上の変化がよく分かる。 地上の攻防を見下ろす中空も戦いは避けられぬ。空からの奇襲を最小限に抑えるべく、龍を駆る者達は陽動と討伐を担っている。 気流を味方に付けた駿龍が風に乗った。 「轟きなさい『魔弾』!その名を示しませ!」 軽やかに空を滑る駿龍・ガイエルの背からローゼリア(ib5674)の気高き声が飛んで、同時に必中の弾丸が火の玉の中心を貫いた。 派手な音を立てて爆発する自爆霊が空中で霧散してゆくのを目の端で見届け、次の敵を探す。風の助力を得たガイエルは優雅でさえある。 「森が、瘴気が、抗っている‥‥」 見下ろす地上のせめぎ合い。杉野 九寿重(ib3226)は呟いて、六翼の鬼が値踏みしているように地上を見下ろしているのを見つけた。 地上へなど行かせはせぬ。弦月の名を冠す上長下短の弓の弦を力の限り引き絞ると、黒漆の弓が赤く光を帯びた。 「青龍」 駿龍の青龍に回避の構えを取らせて、九寿重は力の限り引き絞った弦から矢を放った。 「キィィィェェェ!!!」 上翼の根元に深々と矢を突き立てられた鬼が、残りの翼で飛行を保ったまま害した相手を探している。 瞬間、ガイエルが割り込んだ。 「こちらですわ!」 わざと注意を向けるように動いたローゼリアが囮になろうとしているのを、九寿重は悟った。鬼を挟んで二頭の龍が位置するように動く。 「大きな翼ですこと。当て放題ですわね!」 地上に落としてしまわないよう残る翼に注意して鬼の力を削いでゆくローザリアに怒髪天の鬼の注意は集中している。大きく開いた翼の向こうに青龍に乗った九寿重がいるのも気付いていない。 ――頼りにしていますわ。 ローゼリアの声が聞こえたような気がした。鬼を挟んで向こう側の親友、二人でこのアヤカシを――討つ! 九寿重は強弓を引いた。再び赤みを帯びる理穴弓、紅の燐光を帯びた矢が六翼の鬼の背へ吸い込まれてゆく。 「ギャァァァ!!」 射抜かれた鬼に飛ぶ力は残されておらず、地上へ落下しながら霧散していった。 空に残ったのは駿龍二頭と親友達。 つい、とガイエルを寄せてきたローゼリアに九寿重は人懐っこい微笑みを浮かべて言った。 「私達で道を開けましょう」 「ええ。貴女とならば安心ですの」 そう言って、ローゼリアも微笑った。 立ち上る瘴気の森の上空を二頭の龍が哨戒している。地上組が進むのに合わせて哨戒している二頭の内、一頭はリンカが乗るリンデンバウム、もう一頭は柚乃が騎乗する炎龍のヒムカだ。 リンカは甲龍の背上で漆黒の理穴弓の弦を弾いている――精神集中し、アヤカシの所在を探っているのだ。 「‥‥‥‥」 近くに、敵がいる。琴線に触れる距離感からして飛行系、数は――小型が二、と言ったところか。 (ヒダラシであれば拙いな) 「リンカさん?」 「敵がいる。あたい達の近くだね」 目を凝らし逸早い発見を心掛ける――鏡弦で感じた距離は地上よりも近い、それが示す事は飛行しているアヤカシだという事だ。 「いました、自爆霊! 柚乃が行きますっ ヒムカ!」 手綱を手にきつく巻き、龍轡を返した柚乃がヒムカを急降下させた。擦れ違いざま一撃食らわせて、反撃の自爆をさせぬ内に白霊弾で止めを刺す。 「地上の味方を狙う敵は容赦なしですよー」 再び空へ頚を向けるヒムカの手綱を引いて、柚乃は注意を凝らした。 魔の森を覆う空にも瘴気は立ち込めている。地上の焼き払いが進めば、大気の穢れも浄化されるだろうか。 定位置へと上昇中に上空で焙烙玉が爆発した。リンカだ。急ぎヒムカを昇らせると落下し行く鬼面鳥の群れと擦れ違い、その上空に矢をつがえ射程を計っているリンカと彼女へ向かっているアヤカシ二体の姿が見えて来た。 一瞬鬼面鳥を追うか迷ったが、リンカに加勢すると決めたのは厄介な敵だったから。 「リンカさん!」 「戻って早速で済まないね、あいつらを地上に下ろす訳にゃいかない」 先の戦い――集団戦に於けるヒダラシの厄介さを、二人は重々に承知していた。 接近しつつある敵の姿を見据えた。限界まで引き絞った弓からリンカの意思が、風切る音立てて放たれる。 「人々の絆の力を見くびるんじゃないよ‥‥!」 焙烙玉を喰らわせた鬼面鳥共は地上の同胞に委ねよう。今は目前のヒダラシに集中せんと、二人は煩わしく飛び交う二体の鬼に対峙した。 一方地上ではアヤカシ共を討ち取りながら山頂を目指している。 濃い瘴気の中、紫狼が囮となるべく咆哮を挙げた。 「ド・グー!」 「‥‥なんだその雄叫びは」 「記録書上の演出だよ☆」 ぱらぱらと現れた歩行系アヤカシ達に矢を向けて、突っ込む吾庸に擦れ違いざまアイリスが返す。からくり人口が増える中で土偶ゴーレムもねという彼の心の叫びを咆哮に変換してみたとかなんとか。 「そこ、メタ台詞喋らせんなー! アイリスお前も無理すんな!」 追ってきて前衛を張るアイリスを庇いつつ、紫狼は双手に朱の刀を構えた。雄叫びはともかく構えは戦い慣れたサムライのそれだ。 「え!? マスター!?」 「お前、本格的なバトル依頼は今回が初めてだろ? 無理すんなよ」 アイリスはその場に固まった。紫狼が庇ってくれている。しかも気遣ってくれている。これはもしや自分を守ってくれている状況なのでは―― 強気なボクっ娘ドグーロイド、恥ずかしげに俯いた。 「‥‥ま、マスターって、やっぱりボクn‥‥」 「違わい、お前って部品が特注品ばっかなんで、修理にスゲー金掛かるんだっ!」 雉も鳴かずば撃たれまい、とは言うが――南無。 「うわーんマスターに期待したボクがバカだった〜〜!!」 アヤカシならぬ朋友に攻撃される紫狼を他所に、桜色と漆黒の髪が動いた。どつき漫才の前衛に入れ替わって前線へ出た斎宮 桜(ib8406)とからくりの桜月だ。素早く小鬼の背後に回りこんだ桜月を、桜は小鬼越しに見上げて叫ぶ。 「桜月、行くよ!」 二人同時に腹と背を打つ。小鬼越しに、桜月の拳と触れ合ったような気がした。霧散を始める小鬼には振り返らず、次の敵に備えて油断なく二人背中合わせに警戒する。 「天詩は俺の傍で‥‥」 「アヤカシなんて、うたが全部やっつけちゃうからね!」 まだ言い終わらない内に前線へと突っ込んで行く羽妖精の後姿を、菊池 志郎(ia5584)は呆然と見送った。 「あまうたー?」 呼んでみるが聞いてやしない。アーマー用の武器を器用に振り回して小鬼に斬りかかっていく。 「えいっ! うたは強いんだからね!」 「グェッ」 跳躍から上段で斬りかかり、剣が止まったタイミングで身体を反転させると小鬼の胴を思いっきり蹴り飛ばして跳躍する。背の羽根も相まって、小鬼の周りを飛来しているかのような身軽さだ。 蹴飛ばされて仰向けに倒れた小鬼に、ずぶりと剣を刺して止め。 「うた強いの! どーだまいったか!」 「生き生きしてるなあ‥‥」 思わず拍手する後続の仲間達に手を振ってみせる天詩に、近付く羽猿を気功波で仕留めた志郎が思わず呟いた。 ぱちぱちとノリ良く拍手しながら、からくりの笑喝が、からす(ia6525)を振り返る。 「からすはん、うち楽にし過ぎでっしゃろか?」 「いいのよ」 護衛を命じたのだから構わないのだと鷹揚に返す。だから気負わなくても良いのだと、敵のいなくなった戦場に残兵はいないかと名弓の弦を弾き始め、次の戦いまで何か喋ってと笑喝に頼んだ。 「そうどすなぁ‥‥ほんなら今回の朋友会議の様子でも語りましょか?」 白狐の面の下では思案顔をしているだろうか――笑喝は少し間を開けて、からす宅での同伴決定会議の顛末を語り始めた。 からすが多くの朋友と絆を結んでいる事は開拓者の間でもよく知られていて、彼女の屋敷は別名朋友屋敷と呼ばれていたりする。全種族住んでいても不思議はない大所帯の屋敷では、此度の任務にあたり誰が付き従うかで話し合いが行われたのだとか。 静かに相槌を打ちながら、からすは呪弓と呼ばれる理穴弓の弦を注意深く弾き続けた。注意深く辺りを見渡し、自爆霊の姿がないかを確認を続けている志郎にくっ付いている天詩が興味津々耳を傾けている。 「‥‥とまあこんな訳で、最後はキリエちゃんとじゃんけんですわ。‥‥アレ、今何やら光りましたで」 羽妖精とのじゃんけん勝負に勝ったからくり女は話を結ぶと空を見上げ、その拍子に中空の爆発を知った。 笑喝に促されて皆が見上げれば、二頭の龍の影がせわしなく飛行している――そのやや下方に龍とは異なる飛行集団の塊を認めた。 「気をつけて。アヤカシが近付いている」 「飛行系、自爆霊でしたら厄介です。天詩、突撃するのを待ちなさい」 おそらくは空の知らせの敵だろう。自爆霊を危惧する志郎が張り切り過ぎる元気な天詩を今度こそしっかり引き止めて、一同は迎撃すべく一斉に駆け出した。 山頂まで、あと少し。 辿り着ければ双方向から森を焼く様子が見えるはずだ。 ●不退転の進攻 同時期、東房では進退を迫られていた。 甲龍・頑鉄で空からの固定砲台を担っている羅喉丸(ia0347)には、延石寺から昇る黒煙も、魔の森内で起こっている逡巡も、手に取るように窺い知れた。 戻りたい気持ちは分かる。だが、今は―― 僧兵達が迷っている間も、アヤカシ共は己が領域に入り込んだ人間共を餌食にせんと集まって来る。地上が決定を下すまでの間、羅喉丸は躊躇う地上を鼓舞するかのように、力強く中空を抑え続けた。 豚鬼を牽制し、自爆霊を接近前に潰しておく。羅喉丸が地上への攻撃に集中する分、近付く飛行系の初期攻撃は頑鉄が引き受ける事になる。 「頑鉄、耐えてくれ」 寡黙に護りの姿勢を貫く頑鉄に言葉短く声掛けて、羅喉丸は近付いた羽猿を引っ掴むと急所に拳を打ち込んだ。 「この程度で引く訳にはいかなくてな」 力を失い形を崩してゆく羽猿を放り出し、油断なき目を向ける。 地上の集団が動き出した――少しずつ、移動している方向は、山頂。思わず羅喉丸の口角が上がった。矢をつがえたまま、彼は誰に言うともなく鼓舞の言葉を呟いた。 「進もう、為すべき事を為すために」 延石寺に残った仲間が持ち堪える事を信じよう。その上で魔の森焼討が成功すれば、アヤカシ側は撤退せざるをえなくなるに違いないのだから。 希望を含んだ朗らかな声を背に聞き、頑鉄はそっと移動を開始した。 その頃、作戦続行か帰還かを協議する地上で、无(ib1198)は尾無狐を撫でながら難しい顔をしていた。 无達の許に、延石寺からの伝令は来ていない。中途でアヤカシに殺された事など知る由もない一団には、寺の状況は判断付きかねる。 (雲輪さん大丈夫かねぇ) 焼討隊の出立時、体調を崩して寝込んでいた雲輪円真を思い出す。健常であれば百人力の彼なのだが―― 結局このまま進攻すると決まり、柊沢 霞澄(ia0067)は決定を安堵の面持ちで聞いた。 信じる心は尊いもの、いま自分が為せる事は同じ東房側の一団を一人でも多く山頂へ到達させる事―― 「霞澄様を守るのは私の務め、必ず守り通します」 並び立っていたからくりが呼応した。少し硬めの淡々のした物言いは主のそれとは少し違うが、服装の違いこそあれ、髪の色から姿形に至るまで霞澄にそっくりだ。 からくりと知らぬ者が見ればよく似た姉妹に間違えもしようかという、からくりの麗霞の誓いに霞澄は小さく頷いた。 動き始めた行軍の中、霞澄は行軍の中心で出来るだけ多くの兵に回復が回るよう隊の中央に位置を取った。霞澄にぴったり寄り添った麗霞はさながら姫騎士のようだ。 「‥‥解、ナイ頼む」 人魂を哨戒させていた无が、言葉少なに管狐を開放する。短い言葉なれど意味する所は明快、がさりと藪を掻き分け出て来たアヤカシの一団を見遣り、庇うように霞澄の前に立つ麗霞。 ナイは无の肩から飛び降りた。ケモノ本来の獰猛さと賢しさを瞳に宿し、集団の先頭に居る多角鬼に狙いを定める。瞬間、ナイの周囲を風が巻き起こった。 「‥‥‥‥!」 魂喰の式を宿した符を構えた无より早く、ナイの風刃が鬼の腕に生えた角を削り取る。角ひとつ飛ばされた鬼が人間達に気付いた時には既に遅し、人間達が先手を取っていた。 「皆さん、頑張って‥‥すぐに癒します‥‥」 回復役が己が使命。注意深く見守る霞澄が戦況を見極め適時に回復援護ができるのも、護れる盾があればこそだ。 「霞澄様には指一本触れさせません」 静と動、二人の少女が戦場を舞った。 空を行く、赤と金の髪。 揺れる金のアホ毛――やんちゃな普段は何処へやら、駿龍のシャートモアを駆り従叔母の許へアヤカシを追い込むリエット・ネーヴ(ia8814)は一人前の開拓者だ。 「モア、もっと早く!」 勢いよくアヤカシの群れの中心に突っ込んだ。混乱する翼腕鬼共が無茶苦茶に攻撃を仕掛けて来るが、喰らってやるシャートモアではない。素早くすり抜けて体躯を翻した。 「モア、もっかい!」 従叔母が待つ方向へ向き、リエットは叫んだ。手に構えた苦無と手裏剣は五本になっている。 次はあの翼腕鬼に。リエットは狙いを定めてシャートモアを遣った。 刻々と近付く翼腕鬼の群れを待つは甲龍のシュティンに騎するリア・コーンウォール(ib2667)、リエットの従叔母ではあるが十代の少女である。 (さすが、手馴れているな) シャートモアとの息が合った撹乱に思った。普段は従姪のお守り役が多いリアだが、こうして共に戦うと従姪が幼いながら開拓者だという事を実感する。 (‥‥あと、少し) そろそろかとシュティンに鱗の硬質化を命じて待った。 翼腕鬼の群れを追い込んでシャートモアに騎したリエットが飛び込んできた。 「リアねー、来たじぇー!」 「うむ。確実に、仕留めよう」 他の鬼よりも羽ばたく力が弱い鬼。集団の中に、追い込みの際リエットが傷付けた鬼がいるのに気付いて、リアは照準を定めた。 「当たれ‥‥っ!」 翼の根元目掛けて放った砲撃は狙い違わず翼腕鬼の翼を射抜いた。片翼になった鬼が地上へ向かって落ちてゆく。 「やったじぇ♪」 「まだだ、いくぞリエット」 残る翼腕鬼をも殲滅すべく、リアは戦友に発破を掛けた。 森を駆け抜ける人と獣達。 「さすが魔の森‥‥湧いて出て来るな」 進めど進めど次々襲い掛かるアヤカシに、千代田清顕(ia9802)は軽く眉を顰めたが、咆哮が上がったのを認めて立ち止まった。 「モクレン、背後警戒。来い」 忍犬に言葉短く指示を出し、囮となった刃兼(ib7876)の許へと急ぐ。 刃兼は猫又のキクイチと互いに庇い合うように背中合わせになり、アヤカシ達の包囲を防戦しつつ刻が満ちるのを待っていた。 小鬼、豚鬼、羽猿に自爆霊――集まって来るアヤカシはどれも容易く倒せるものばかりだったが、いかんせん数が多い。これらを一箇所に集め一網打尽に皆で討つというのが彼らが取った作戦だ。 アヤカシ共の中央、朋友の猫又と庇い合い臨戦態勢の刃兼が仲間の配置を認めて告げた。 「よし、行くぞキクイチ」 「承知でありんす!」 アヤカシに囲まれていた刃兼と猫又のキクイチが同時に動いた。周囲をなぎ払うかの太刀筋に合わせて放ったキクイチの鎌鼬が、混戦に僅かな隙間を開けたのを以心 伝助(ia9077)は見逃さなかった。 「一点集中! 今っすよ!」 素早く印を結び火を呼ぶ。場所限定で上がった炎が小鬼を包み、火達磨が暴れて広がった空間へ、尾鷲 アスマ(ia0892)と丈 平次郎(ib5866)が滑り込んだ。平次郎がその身に纏う覇気が道を開けたかのようだ、気魄に一瞬、辺りのアヤカシ共が怯んだ。 「飽かぬ顔触れも存分戦える事も、好ましい限り。いざ」 「援護する。存分にやるといい」 「かたじけない」 背後に感じる仲間達気配が更に心強く、刃兼は太刀を構えなおす。頂上まであと少し、だが道中どう転ぶかわからないから練力は温存しておきたかった。 アヤカシの壁を挟んで円陣を組んだ格好だ。右へ左へとアヤカシ共を翻弄しながら、清顕が自身に付いて来た壁の一部を動かした。 「ちょっと派手にいくぞ」 言い置いたのは仲間への注意、すかさず警戒し防御を取った仲間達とは違い、本能ままたむろっていた小鬼の幾体かが焙烙玉の爆風に巻き込まれた。更に崩れた包囲網を飛び越えて、忍犬達が跳躍する。 首に御守りを掛けた黒柴がモクレン、茶柴は伝助の柴丸だ。追って純白の小柄な蕨生が続く。アスマの傍らに就いた蕨生、焙烙玉の煙が鼻を刺したか、ちょいと前脚で顔を擦った。 「さて‥‥蕨生、遅れるな」 経験浅い忍犬ながら、いくぞと声を掛ければ途端に居ずまいを正して主の助けにならんと豚鬼の足元に纏わり就いた。 「グォ!?」 「観取が甘いな」 体勢を崩されて注意が下に逸れた豚鬼の脹脛目掛けて太刀を突き刺す。ぶよぶよと柔い肉を通り越し貫き通した刃金が豚鬼の腱を切り裂いた。 本当に足元の自由を奪われた豚鬼が上半身のみで反撃しようとする二の腕を、足元を抜けた蕨生が噛み付いて離さない。 腕の関節部、そして目元――脂肪が多い豚鬼だから薄い部位を狙って着実に力を削いでゆく。 同胞が沢山で興奮気味の柴丸が伝助を呼んでいる。アヤカシ壁の外側にいた伝助は柴丸をちらと見遣り、翼腕鬼へ苦無を投げた。 「柴丸、頼むでやす!」 「わんっ!」 人の言葉にするなら「合点承知!」だろうか、柴丸は千切れんばかりに尻尾を振って一声吠えると、主が射落とした翼腕鬼へ軽々と飛びついて引き下ろした。 次の飛行アヤカシを――と標的を探して伝助は印を結びつつ警告した。 「羽猿が混ざってやす! 投擲武器はお控えを!」 「しまった!」 清顕が叫んだ。ちょうど中空に浮かぶアヤカシへ向けて手裏剣を投げたばかりだったのだ。標的は違ったが、羽猿に盗られては武器にされてしまう。 その時、黒い影が高々と跳躍して漆黒の刃を受け止めた。 「モクレンか!」 主の手裏剣の軌道を読んだ忍犬が、身を挺して叩き落していたのだった。勢いを削がれた手裏剣の落下地点へ降りたモクレンは、咥え直すと真っ直ぐに清顕へ運んできた。 「よくやった。えらいぞ。帰ったら干し肉だ」 褒められた事が何より嬉しいモクレンは、ちょっぴり自慢げな顔をしていた。 羽猿も退治され、忍犬達の獅子奮闘をくつくつと笑いながら眺めている管狐が呟く。 「ほほう、ようやっておるの」 時満ちれば手助けしてやっても良いなどと管狐の導は嘯いているが、ウルグ・シュバルツ(ib5700)は気を悪くした風もない。この、人を食った余裕たっぷりの白毛紫瞳の管狐が、戦場を写生しないだけ良しというものだ。 付き合い慣れてきたウルグに導も気楽なもので、飛行系とくに接近が厄介な自爆霊や鬼面鳥などを優先して撃ち落している相棒を茶化しながらも、戦況は真面目に伺っていた。 「主らで捌き切れている間は控えておるが、力を貸してやっても良いぞ?」 そんな事を話していたところ、平次郎の猫又・駒蔵が寄って来てちょいちょいと前脚でウルグを引っ張った。 「おいらもあっちに行きたいぜ。平の字ばっかり目立ちやがってよぅ‥‥兄ちゃん、ちょいとおいらを投げ入れてくんねぇか?」 ついでに導に一緒に行かないかと誘う。崩壊を始めたアヤカシ壁の中央から、朋友達で一斉攻撃仕掛けないかという訳だ。 「投げるのか?」 飛び込もうと思えば飛び込めるだろうしなやかな体躯の猫又を見、ウルグは問うた。だって目立つじゃねえかと駒蔵は事も無げだ。 ついでに導も投げてやってくれなどと言うもので、ウルグは戦場中央へ向けて二匹を投げてみた。 綺麗な弧を描いて猫又と管狐は飛んだ。 「ひゃっはー! 真打登場ってねえ!!」 戦場中央、突然降って来た駒蔵を平次郎は渋面で迎えた。斬り落とさなかったのは彼が冷静に状況判断できる性質だったが故だ。 「駒蔵様の参上よぉ! おいらにかかればこーんなもん、ちょちょいのちょいよ! なぁ平の字…あっぢ!? 焼けるっ!?」 「‥‥無駄口を叩くな。次が来るぞ」 言った傍から尻尾を焦がしている駒蔵をさり気なく庇ってやり、駒蔵が体勢を整える時間をやる。その間に尻尾を地面に擦り付けて火を消した駒蔵は、朋友達に――正確には指示する主達も含めて――提案した。 「せっかくこれだけの剛の者が集ってんだ、せーので一斉攻撃しねえかい?」 「わっちらだけで一斉攻撃でありんすか。よろしなあ、刃兼はん、構いんせんか?」 いいんじゃないかと応える刃兼とキクイチのような遣り取りはあちこちで一瞬の内に行われ、開拓者達は戦闘を交えつつ朋友達の配置を調整していった。 「いいか蕨生、伝助の方向に追い込むんだ」 アスマの指示に陽気に応える蕨生。先輩忍犬達と一緒に張り切っている。離れている伝助と清顕の代わりに柴丸とモクレンにも軽く指示しておく。あとは陣の向こうからそれぞれの主が指示を出せば動けるだろう。 「じゃ、いくぜ? せーのっ!」 駒蔵の音頭で、忍犬達が一斉にアヤカシ達を追い込み始めた。 刃兼の咆哮で集めたアヤカシも今は殆ど数を減らしている。まばらになったアヤカシが、再びひとつの群れと纏まって移動し始めた。 「もう少しかの‥‥」 様子を伺いつつ導が呟く。第二作戦までもう少し―― 忍犬達が目印にした伝助を中心に、清顕とウルグが包囲している。戦うのは朋友達だが万一に備えて包囲はしておく為、中央で戦っていた男達も移動を始めた。 「そろそろでありんすね‥‥」 キクイチが固唾を呑んで呟いた時、駒蔵が叫んだ。 「突撃ー!!」 それを合図に忍犬達が一斉にアヤカシへ飛び掛った。急所に噛み付いた忍犬達がアヤカシ共を地へ押さえ込んだ後、残ったアヤカシを猫又達が起こした風が切り裂いた。 「わんわんっ!!」 「ぐるるるる‥‥」 「このこのっ! 犬と猫の共同戦線でありんすよ!」 齧り付き引っ掻き、切り裂いて。 一心不乱に戦う様子を、導がくつくつ笑いつつ眺めて言った。 「ほほう、やりおるわ‥‥」 それを合図に皆一斉に飛びのく。導きの雷撃が落ちたボロ雑巾の後には何も残らなかった。 やったやったと喜ぶキクイチ達を微笑ましく見遣った後、刃兼は黒煙立ち上る延石寺の方向へ目を向けた。 気にならないと言ったら嘘になる。だが、今は。 (俺は俺にできる事を全うしよう。いざ、参る‥‥!) 斜命山脈の頂上で、各国の兵達は相手の国を見下ろした。 北面志士は東房を、東房僧兵は北面を。 手厚い回復手段に支えられ誰一人欠ける事なく頂上へ到達できた。山頂から見下ろした互いの国は、同じように人々が生活を営み、同じようにアヤカシの爪跡に苦しんでいる場所だった。 延石寺炎上の可能性を知った北面側の兵達は、約束を守って作戦を決行した東房側の決断を感謝すると同時に、今後も協力してアヤカシに立ち向かって行こうと手を取り合った。 しゃん、しゃん、しゃん―― 精霊の唄を疲弊した兵達に捧ぐ霞澄の鈴の音が心地良い。清冽な音は初夏の空を浄化してゆくかのようだった。 |