よくお似合いで
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/27 00:52



■オープニング本文

 白地に紫の縞模様も鮮やかな着物が大通りの角を曲がり、路地へと入る。
「ごめんよ」
 威勢良く声を掛けながら、瑚都は質屋の暖簾を潜った。年は若いが小股の切れ上がったいい女である。
 質屋の主人がニヤリと笑い、「今日はどうしたい」と返した。
「どうしたとは失礼だね。今日はちゃんと客として来たんだから、それなりに扱っとくれ」
 上がり框に腰を下し、右手をひらひらと振る。
「帯のいいのはないかい。――今朝方、荷が入ったっていうのはもう耳に入ってんだからさ」
「やれやれ、瑚都は耳聡いねぇ」
 禿頭の主人は音が鳴るほど額を叩き、
「とある商家からの流れ品だからね。お前さんにゃ手は出せないよ」と白々しい台詞を吐いた。
「欲の皮が突っ張った狸親父! 足元なんか見ないで、物を見せとくれよ」
 いい品を見合った額で買うのなら、最初っから質屋になんか来やしない。瑚都は膨れっ面を隠しもしないで主人を急かした。
「見るだけならタダだしね」
「この業突く張り!」
 憎まれ口を叩いても、質屋の主人は瑚都を追い返したりはしない。幼い頃から知っているせいもあるが、子のない主人にとって瑚都は娘同然だからだ。仕方がないなという風に、奥から件の帯を持ってくる。
「ほら、これだ」
「わぁ‥‥っ」
 鹿の子絞りの、麻の葉模様の帯を手に取り、瑚都は瞳を輝かせた。
 華やかな簪にだらり帯。瑚都は夢でも見るように、うっとりとした顔で帯を撫でる。
「値のことだけを言ったんじゃないよ。こいつはやっぱり商家か氏族の娘さん辺りが着ける代物だ」
 言うなりさっさと片付けてしまう。
 瑚都は頬をぷうっと膨らませ、ケチと言って立ち上がった。
「なんだい、もう行くのかい? 茶でも飲んで行けばいいのに」
「あたしゃ帯を見に来たんだ。売ってくれないんじゃ、いても意味はないさ。――じゃ、おじさん。また来るよ」
 足元を弾ませて扉へ向かうと、勢い良く引き戸が、からりと開いた。
「ごめんなさいね」
「‥‥いや、こっちこそ悪かったね」
 すれ違いながら詫びを入れる。質屋には不似合いな婦人だった。
 主人に一瞥をくれると、しっしっと野良犬でも追い払うような仕草をして見せた。
「お邪魔さんでしたね!」
 パシン、と後ろ手に思いきり戸を閉めてやる。
「なんだいっ。相手が金持ってそうだったら掌返してさ。イヤな親父!」
 舌を出して捨て台詞。
 その晩のことだった。
 賑やかな人の声で目が覚めた瑚都は、長屋連中と一緒になって野次馬に出た。東の空が白々と明け始めている頃である。早朝にも関わらず、通りへ出ると人だかりが出来ていた。その中に見知った顔をみつけた瑚都が駆け寄る。
「親父さんじゃないか。こいつぁ、いったい何があったっていうのさ」
 質屋の親父は酷い顔色をしていた。どうしたのと改めて訊くと、
「一家全員、皆殺しだってさ。――瑚都」
「盗賊にでも入られたのかい? 見たところ、結構な大店じゃないか」
 一枚板で出来た看板には、見事な筆文字で店の名前が書いてあった。
「瑚都がうちの店に来たときにさ、女の客が入ってきただろう? あの人。この店の女将さんだったんだよ」
「‥‥そりゃまた」
 店の客が殺されたのだ。顔面蒼白になろうというものである。
「やっぱりあの帯がいけなかったんだ」
「なんのこと?」
「瑚都にも見せたろ。麻の葉模様の帯だ。あれの出所が後になってわかってさぁ‥‥まさか、こんなことになるとは思わなかったから」
 質屋の親父は、毛のない頭を抱え込み、唸り出した。
「きっと因縁があるんだよ、あの帯は」
「因縁って‥‥聞き捨てならないね。流れる前にも何かあったのかい?」
「‥‥ああ」
 親父がぽつりぽつりと話し始めた。
 質草にいわく付きとは出来すぎた話だが、実際人が死んでいる。瑚都は笑えなかった。
「うちに来る前の店ではさ。一晩で店の者が消えたって話だよ。主人も女将も手代も丁稚も、みーんな」
「‥‥なんで、そんな質草を引き受けるかな」
 瑚都が大きく溜息を吐いた。
「それで、その帯は今どこに?」
「たぶん、まだ中じゃないかねぇ」
 しでかした事の大きさに萎縮してしまっている質屋の親父は、それ以上なにも言わなかった。
「そんな物騒なモン、教えとかないとダメじゃないか!」
 バカ、と叫んで瑚都は駆け出した。
 店の中には、帯のいわくを知らない自警団が調査をしているのだ。早く教えないとまた誰かが――。


■参加者一覧
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
ジンベエ(ia3656
26歳・男・サ
羽貫・周(ia5320
37歳・女・弓
珠々(ia5322
10歳・女・シ
すずり(ia5340
17歳・女・シ
紫木 音嶺(ia5367
33歳・男・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ
桐崎 伽紗丸(ia6105
14歳・男・シ


■リプレイ本文

 忍装束に身を包み、鼻息荒く店先に立った桐崎伽紗丸(ia6105)が、
「兄さん方姉さん方の足引っ張らねぇよーに頑張るぜ!」
 右腕を突き上げ、やる気を漲らせていた。
「まあまあ肩の力を抜いてね?」
 その意気込みが戦闘で空回りしないよう、同じく忍装束を纏った仮面の男、霧匠こと紫木音嶺(ia5367)が肩を叩く。
 振り返った伽紗丸は、うんわかったと大きく頷くと、そのまま顔をジンベエ(ia3656)と輝血(ia5431)へ向けた。
「ジンベエの兄さん、輝血の姉さん。ヨロシクな!」
「こっちこそよろしく。伽紗丸」
 幼くも元気な笑顔を見せられて、思わず微笑み返す輝血。
「‥‥よろしく頼むよ。お、と、う、と、よ」
 からかうつもりの低音ヴォイスは思いの外効果絶大で――。
「ジンベ、に、にい‥‥ちゃ‥‥」
 目を瞑って俯く仕草はまるで子犬のようだ。ハッと気を取り直して顔を上げた伽紗丸へ、ジンベエの般若面がずいと寄ってくる。
 上目遣いの伽紗丸に、
「‥‥手を出してみろ」
 ジンベエが言う。
 何か貰えるのかと素直に応えた柴犬系シノビの掌へ、キセルの灰を落としてみたり。
「んぁちッ」
「からかっちゃダメだよ」
「なに、緊張の糸を解してやったのよ」
 くつくつと笑いながら、ジンベエが先に行く。やれやれと肩を竦めた輝血が後に続くと、唇を尖らせ拗ねていた伽紗丸はおいてきぼりを喰らっては堪らんと慌てて二人を追った。

 雨戸が閉めきられているせいで店の中は仄暗い。柱の蝋燭に一本火が燈っているだけの光量である。火を点けたのは先に到着している自警団だろう。
「早く見つけないと‥‥」
 遅れて入ってきた三人を見遣り、九法慧介(ia2194)は「遊ぶときは俺も混ぜて欲しいな」とニンマリと付け加えた。
「中に居る者には事情を説明して出てもらおう」
 すらりと長身の羽貫・周(ia5320)が言う。まずは自警団の三名と瑚都を速やかに退出させることが優先であると再確認する。
「探索経路が重ならないように決めておこうか」
 霧匠が店の奥を覗き込みながら言うと、珠々(ia5322)が無言で手を挙げた。皆の目が一斉に集まる。
「帳場から奥へ向かいます」
 従うように九法と霧匠が挙手すると、小さな手がピョンピョンと跳ねた。すずり(ia5340)である。
「中央から行くよ。こっちは人数が少ないから慎重に行動するけどね」
「それじゃ、オイラ達は右手からってことだな!」
 からかいから立ち直った伽紗丸が土間の右手を指した。
 経路が決定すると、速やかに探索は開始された。九法、珠々、霧匠は帳場から中庭に面した廊下を担当。ジンベエ、輝血、伽紗丸は店から土間続きになっている右通路を、周、すずりは店内を突っ切り、住居部分へと向かう中央を探索する。

「おーい、誰かいますかー?」
 声を掛けるすずりの後を、周が慎重に廊下を進む。右手には障子が並んでいた。左手にある雨戸の一枚が外側へ向けて倒れているようで、そこから明かりが入ってきていた。人の声もする。
 二人は駆け出し、外れた雨戸から庭を覗き込むと、そこには探していた四人が雁首揃えて立っていた。
 この一件がアヤカシ絡みであることを告げようと口を開いた途端、自警団の一人が頓狂な声を出した。
「そこ! たぶん死体だから踏まないで!」
「うひゃ」
 驚いたすずりが後じさり、後ろにいた周とぶつかる。
「“たぶん死体”って‥‥この茶色い粉のことかしら」
 周が指した先には女物の寝間着と茶色い粉が散乱していた。それは明らかにアヤカシの仕業だと言えた。
 おかげでそこからの説得は早かった。開拓者だと名乗ると、自警団の三人は「後は任せた」と端的に言って中庭から出て行った。
 帯の特徴を伝え終えた瑚都が沈んだ顔で残っていると、自警団の一人が舞い戻り、
「相手がアヤカシじゃ任す他ないよ」
 と瑚都を連れ出した。
 ロの字型の庭にいると、対面している雨戸が次々に開いていく。九法達が顔を覗かせたので、保護対象は無事帰したと報告すると、
「“たぶん死体”ってどんな感じだった?」
 と九法が訊ねてきた。周が肩越しに背後の廊下を指す。
「女性物の寝間着の傍に茶色い粉が散乱。きっと被害者ね。部屋の位置と寝間着の質から見て、使用人だと思う」
「粉が散乱しているんですか。それだと潜んでいる先の見当がつきませんね」
霧匠の言である。
「各部屋手当たり次第に探索ということになりますか」
 思案顔の九法が顎先を指で叩きながら呟いた。
「光源を確保しつつ進みましょう」
 霧匠は珠々へ目配せしながら言って、顔を引っ込めた。
 そんな深刻なやりとりが中庭と廊下で囁かれている間、退出途中の自警団三人と瑚都はジンベエ達と接触していた。
 ‥‥。
「お嫁に行けなぁい!」
 顔を隠して走り去る瑚都。
 何をしたのかと輝血と伽紗丸に詰め寄られたジンベエだったが、
「帯を持っていないか軽い身体検査しただけだが‥‥?」
 軽く?
 不審そうに首を傾げる二人だったが、ジンベエは一向に気にする素振りを見せない。
「さてね。探索を続けようか」
 素知らぬ顔で一人奥へ進んだジンベエが、手近な襖を勢い良く開けた。
 すでに廊下側の障子は開いており、庭からの明かりが部屋を照らしていた。襖で仕切られた二部屋には、布団が敷き詰められている。乱れた上掛けを見て、ここも現場の一つだろうと推察した。先ほど聞こえた他班の会話を思い出し、廊下へ向かう。

 すずりと周と別れ、庭を右に見ながら、雨戸を開けつつ移動する九法ら三人。庭から明かりが入ってくるにつれ、邸内の様子が明らかになる。
「どうやら突き当たりのようですね」
 目の前には厠の戸があり、霧匠が右手の廊下の先を見て、「ここから先が娘と主人夫婦の部屋になるわけですか」と言った。
 珠々が素早く厠の中を確認し、何も無いと首を横に振る。
「どうやらここは娘の部屋のようですね」
 心眼を持つ九法が先に部屋へ足を踏み入れる。
「さて‥‥俺の未熟な眼でどこまでやれるかな‥‥」
 一人ごちた後、九法は心眼を発動させた。
 娘の部屋は二間あり、奥が寝間になっている。瑚都から聞いていた帯の特徴を呟きながら、各々が思う場所の探索を始めた。
 珠々は、物陰押し入れはもちろんのこと。その身軽さを生かして天井裏の確認もする。
「珠々さん、慧介さん。いらっしゃいますよね? ‥‥ふふ。意外と神経が磨り減りますね、これは」
 霧匠はいつでも退避できるよう神経を研ぎ澄ませながらの探索。
「何もないね」
 九法が目尻を掻きながらぼやいた。羽虫一匹引っ掛からない。
「あ」
 寝間へ移動していた珠々が何かを発見した。彼女が指した先――鏡台の前に茶色い粉が積もっていた。買って貰ったばかりの帯をあててみたのだろう。そして悲劇に遭った。
「美しい帯を身に着ける日を楽しみにしていたんでしょうね‥‥」
 顔もわからない娘の笑顔を想像し、珠々は悔しそうに眉を顰めた。
「蛇帯は移動したんじゃないでしょうか」
「そうか。ここが最初の現場というわけですか」
 霧匠と九法は寝間の様子を見やり、言った。
 その刹那、呼子笛が鳴り響いた。霧匠は仲間へ小さく頷いて見せ、「では、先に」と言って庭へ駆け下りた。

 一方、使用人の男部屋へ探索に入ったすずりと周――。
 帯の柄は瑚都より確認済みである。
 雨戸はすべて開けてあるので、明かりは十分過ぎる程に差し込んでいた。
 部屋の前の廊下には、着物の大きさから子供と思われる粉の山が二箇所も残されていた。丁稚であろうか。すずりは手を合わせ、冥福を祈った。
「仇はボク達が取るからね」
 そこへ奥から声が掛かる。
「一番奥の部屋は番頭が使っていたようね。夜遅くまで帳簿仕事とは‥‥」
 机上の帳簿を掴み、ぺらぺらとページを繰る。
「私はこちらを探すから、すずりはそちらを頼む」
 机の脇にある茶色の粉を見遣り、小さな溜息を吐く。帯ひとつに怯えて暮らす生活は御免こうむりたいと思う周だった。
「これ以上被害を広げない為にも、さっさと退治しようか」
 襲われた形跡があるのだから、潜んでいる可能性もある。周囲に気を張り巡らせながら、周はゆっくりと抽斗を引いた。
 廊下からすぐの部屋では、すずりが折れた庭木を使い、使用人達の箪笥や行李内の着物を慎重につついていた。
「帯の模様って、きのこ絞りのカサノバ模様だったっけ?」
 見たこともない蛇帯を警戒しながら、枝先で着物を突いていると呼子笛が鳴った。一瞬、心臓が跳ねた。音は間近からだった。深呼吸をして立ち上がる。
「周さん」
「すずり」
 庭を横切る霧匠の姿を認め、二人も廊下へ飛び出した。

 その呼子笛を鳴らす数分前のジンベエ、輝血、伽紗丸班では――。
「‥‥一度、帯を締めてみるのが一番かな。幾ら変幻自在でも、締めた内側から燃やされたらきついでしょ?」
 言いながら、手近にあった帯を締め始める輝血。散乱している着物の中からの選択だから、ジンベエと伽紗丸は当然だが大慌てだ。特に伽紗丸は全力で止めに入る。
「姉さん! 姉さん! 輝血の姉さん!! それはダメだってぇぇ! ぅぇぇっ」
 半泣きである。
「まったく無茶を考えるものだ」
 少々自虐的な行為に、ジンベエの呟きは溜息交じりだ。
 動けないくらいに締められたら庭へ投げてくれて構わないとさえ言う輝血に、
「オイラがその分頑張るからぁぁッ」
 涙腺の弱さを直したいと思っている伽紗丸だが、なかなかに遠い道のりのようだ。すでに涙がダダ漏れである。
「せっかく雨戸が開いているんだ。障子も襖も全部取っ払ってしまおうかね」
 ジンベエが一枚の襖に手を伸ばすと、影の中で何かが蠢いた。何でもない場所なら気のせいだと片付けもしただろうが、ここはアヤカシが人を殺めた現場である。
「‥‥居るな」
 輝血と伽紗丸に向けて人差し指をくいと曲げて見せた。
 襖に手を掛け、一気に外すと鹿の子模様の帯がサササーッと行李の中へ逃げ込むのが見えた。
「応援を!」
 輝血が右手を掲げた。
「任せろぃ」
 懐から素早く笛を取り出し、大きく息を吸った。
 ピィィィ――――ッ
 甲高い笛の音が空気を激しく振動させた。

 庭を早駆で駆けてきた霧匠が女部屋に駆けつけた。ほぼ同時にすずりと周も揃う。遅れて九法と珠々。
 中庭から見える空はすっかり夜が明けて、青空が覗いていた。
 九法と霧匠の二人は残りの障子を蹴破り、颯爽と登場。
「何とか間に合いましたね。ささ、早く片付けてしまいましょ?」
 仮面の下から、笑いを含んだ声がした。
「行李ン中から出てきな!」
 伽紗丸の蹴りで行李が廊下へと転がり出た。数枚の着物と一緒に帯も飛び出す。刹那、霧匠の短刀が帯めがけて奔った。蛇帯は水流に乗る魚のように、すいすいと暗がりを求めて畳の上を這う。
「‥‥ッ!」
 行く手を阻むように珠々が畳を返すと、派手な音と埃を立ててい草の壁が立ちはだかる。
「庭へ誘き出そうかね」
 ジンベエは庭へ飛び降りると、すかさず蛇帯へ向けて咆えた。
 珠々の意趣返しで右往左往していたアヤカシは、ひらひらと平べったい身体を波打たせながら庭へと移動を始めた。
 蛇帯へ向けてすずりの手裏剣が飛ぶも、長尺の躯を器用に操ったアヤカシに軍配が上がる。投擲は不発に終わった。
「もう、ぺらぺらしてて当たらないよ」
 すずりは空を仰いで悔しがった。
「はい、そこで止まってください。やらせはしませんよ」
 援護に霧匠の手裏剣も飛ぶ。
 続け様、輝血の阿見から斬撃が走ると、素早い攻撃は上手い具合にハマッた。
 九法は霧匠と共に庭へ飛び降り、そのまま前衛へ。受け流しで守りを強化し、巻き打ちを使用して一閃。周囲の空気を巻き込んで蛇帯を襲う。回避し切れなかった蛇帯はきりきりと舞いながら地面へ叩きつけられた。
 逃げる隙を与えないよう霧匠が手裏剣を投擲した。ざくりと鈍い音を立てながら、手裏剣が蛇帯の躯へ突き刺さっていく。
「逃がさねぇぇっ」
 とうっ、と威勢のいい声がしたと思ったら、蛇帯の上へ飛び降りた伽紗丸。全員の目が釘付けになった。反撃にでも出られたら、と背中に冷たいものが走る。
「踏み潰すか!」
 と二度三度と蛇帯を踏みつける伽紗丸へ――。
「そのまま高く跳躍しろ」
 周の玲瓏な声が響いた。
 一気呵成の運びである。
「!」
 言われるがまま伽紗丸は大きく跳ねた。空宙で大きくトンボを切るその下へ、数本の矢が射ち込まれた。素早く番えた矢は一片の狂いもなくアヤカシを狙撃。狙点と距離が開いた事で、弓術師の本領発揮である。
 グ‥‥ギギギ‥‥
 身体の一部が地面に縫い止められた蛇帯は、奇妙な鳴き声を発しながら尚もジンベエを目指していた。そのジンベエは微動だにせず待ち構えている。アヤカシの動きが急に緩慢になった。珠々が放った手裏剣が一列に並び、まさに縫い上げていた。
「クククク。ここまで拘束された相手に攻撃っていうのはどうかねぇ」
 などと言ってはいるが、その構えは示現。最上段に構えた長巻の切っ先を深々と突き立てた。
 追い立てるようにすずりの手裏剣、そして輝血の打突で殺人帯は終焉を迎えた。
 ――蛇帯が裂ける鈍い音は青空に吸い込まれていく。細切れになった鹿の子模様は弾けるように消滅した。
「帯はただ美しくあればいいんです」
 珠々がしみじみと呟く。同じように消え行くアヤカシへ向け、
「服は締めても人の首を絞めちゃ駄目だよ」
 コロコロと鈴の音のように可愛らしい声であるのに、輝血の瞳は少しも笑っていなかった。

 アヤカシ退治の終了を、店の外で待機していた自警団へと告げる。諸々の雑用の為に、忙しなく店内へ向かう三人の背中を見送りながら、開拓者達は互いの労を労った。
「兄さん方、姉さん方っ。今日はあんがと!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねる犬‥‥伽紗丸が大きく両手を振る姿に、苦笑を浮かべて応える先輩開拓者達であった。