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■オープニング本文 「ふぅ‥‥。これで完成だ」 トウキは、出来上がったばかりの簪をさらしに包み、木箱へ収めた。天井を仰ぎ、しみじみと息を吐く。 「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ‥‥っと。まあ。これくらいあればいいかな。後はこれが実戦で役立つか試すだけなんだけど」 作業机の上に置かれた木箱が四つ。 一つ目の箱には姫簪が入っている。トウキ手製の紫の菊花は丸く愛らしい。 二つ目の箱には蒔絵の簪が入っている。流麗に透かし彫りされた牡丹は、氏族の奥方辺りに似合いそうな上品な作りだ。 三つ目の箱には30センチ程のべっ甲の簪。飾りのないシンプルな作りだが、素材で勝負といったところか。 四つ目の箱には丸玉の簪が入っている。もみじの葉の柄のとんぼ玉を使用して、一味違った雰囲気を醸すところがトウキらしい工夫だった。 「さて」 トウキは、羽織っていた掻い巻きを無造作に部屋の隅へ放り投げると、早々に出かける支度をした。 鶏もまだ鳴かない夜明け前だが、トウキには相変わらず時間の感覚はない。良い案が浮かべば一晩中図案を描き、夢中になって簪を作る。思い立ったが吉日なのだ。 出来上がった品をゑびす屋の主人に見てもらうのだって、向こうの都合はお構いなしである。 自分が薄着なのも気づかないまま、草履を引っ掛けてトウキはゑびす屋へと走った。 明らかに迷惑そうな溜息を吐かれたが、手代から差し出された湯呑みにも目もくれずトウキはゑびす屋の反応を固唾を飲んで待っていた。 今回の四作品は渾身の出来だった。細緻な作りと彫りは言わずもがなであるし、戦闘用ということもあって簪部分はしっかりと芯のある作りにしたのだ。 「これだと仕事上、身に付けにくい開拓者の方々でも手にし易いと思うんです。それでも簪はあくまで簪ですから、可愛らしさ美しさは忘れちゃいませんよ。それなのに武器としても使えるなんて、素晴らしいでしょう!」 昨夜寄り合いがあって寝付くのが遅かったゑびす屋の主人は、未だねぼけ眼である。 「ああそうだねぇ」と気のない返事。 「でしょう? それでですね」 相手が起きていようが寝ていようが構わないトウキが、勝手に話を進めようとする。だが、さすがに商売のこととなるとゑびす屋の目もぱちりと覚めるというもの。 「いやいやトウキさん、ちょっと待ちなさい。それじゃあ、この簪は武器ってことになるのかい?」 「その呼び名は好きじゃありませんねぇ。こう呼んでやってはくれませんか。‥‥戦う簪、ってね」 んふ、と得意げに鼻の穴を膨らませるトウキだったが、ゑびす屋の表情は晴れないままだった。 「疑ってるんですね? よっしゃ、それなら試してもらいましょ」 「試すって‥‥一体だれにだい」 「そんなモン決まってますよ。開拓者の方たちです!」 長机の上に置いた木箱を重ね、風呂敷で包むと、 「善は急げってね。――じゃ、行ってきますっ」 「ああああ‥‥って、トウキさん。――行ってしまった。どうして彼はああなんだろうねぇ」 疾風のように現れて疾風のように出て行った簪職人トウキ。部屋に残されたゑびす屋の主人と手代は開いた口が塞がらないようだ。いつものことだが――落ち着きのない男である。 「それよりも旦那さま」 「なんだい」 「そもそも簪って武器になるんでしょうかね」 主人は「はあ」と溜息を吐いた。 「ムリだろうねえ」 たとえ、それを面と向かってトウキに告げたとしても納得するはずがない。自分の腕のせいにしてさらに根を詰めるかもしれない。 「ちょいと頼まれてくれるかい」 言って主人は文箱を取り出して、なにごとかを書き綴った。 「トウキさんの依頼の補足ですと言ってギルドの職員さんへ渡しておくれ」 「‥‥旦那さまも物好きですねぇ。――こちらを渡せばいいんですね。わかりました。トウキさんにバレないように渡しておきます」 やれやれと零しながら手代は出かける支度をする。 「いや、しかし“戦う簪”とはよく考えたものだ」 呆れるやら可笑しいやら。 少し冷めた茶を啜りながら、主人はニコニコと笑った。 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
水月(ia2566)
10歳・女・吟
飛騨濁酒(ia3165)
24歳・男・サ
藤(ia5336)
15歳・女・弓
鳥介(ia8084)
22歳・男・シ
忍(ia8139)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 ゑびす屋の厚意により、模擬戦闘の場所として町道場を借り受けた。場所を移動して、水月(ia2566)からの加護をさっそく受ける。 ひとり一人、仲間の前に立ち、翠の瞳をしばたたせた水月は加護結界を詠唱した。 「‥‥ふぅ」 かなりの練力を使ったので、思わず溜息が零れた。 ひっそりと祈った、皆が無事に終えられる願いが叶うように、水月は改めて両手を組んで祈った。 「水月殿。ご助力感謝致します」 初戦を飾る志藤久遠(ia0597)が小さく会釈する。 「!」 水月は、頬を赤く染めて首を横に“ふりふり”と振った。どうやら、お礼なんてそんな、と照れているらしい。 さて、初戦は姫簪の検証となるのだが、さてどうなりますか。準備を始める志藤と飛騨濁酒(ia3165)をみつめるトウキの瞳は、期待に満ちて輝いていた。 ●姫かんざしの検証 「そんじゃまぁ、やりますかね。トキワ殿応援よろしくな」 言いながら道場中央へやって来た飛騨は、志藤を背にして座り込んだ。太刀を脇に置き、なにやらゴソゴソと――。 応援をよろしくと言われた“トキワ”を探して、トウキが後ろを振り返る。 (「トキワって誰?」)と首を捻った。 試合が始まるというのに、対手の前で飛騨は湯呑を取り出して徐に酒のようなものを注いだ。そんな対戦相手に動じることなく、志藤は簪に負担のかからない角度での直撃を狙う。 並々に注いだ酒を一気に飲み干した飛騨は、 「‥‥っくはー!」 満足げに息を吐いた。酔ったように目を据わらせて隙を見せている――らしい。 だが、それが作戦であることはわかっている。まずは初撃を、と闘気を滾らせる志藤。 「!」 突如向かってきた激しい闘気に反応した飛騨が、咄嗟に太刀を手にして振り返った。簪の花飾りを揺らしながら身構える志藤を目に、飛騨は遠慮なく抜刀する。が、フェイントで飛騨の背後へ回り込み鎧袖の隙間を狙ったが、飛騨を貫く前に簪は堪えきれずに付け根からグニャリと「く」の字に折れ曲がってしまった。遠くから悲痛な叫びが聞こえる。トウキだ。 「‥‥む」 志藤は簪をみつめ、見事に曲がったなと感心している所へ、いきなり飛騨から酒をぶっかけられた。 「っっ。酒をかけるなど‥‥酒、ではないですね。水で飛騨殿は酔われていたのか」 ぐっしょり濡れた前髪と顔を袖口で拭いながら首を傾げていると、今度は簪を取り上げられた。いきなり水をかけられるわ、簪を奪われるわで、志藤が怪訝な表情で眉を寄せる。 その眼前へ折れ曲がった簪が差し出された。 「‥‥第二幕と致そう」 低く呟くように告げた飛騨だったが。 「簪がこの有様では無理でしょう」 差し出された簪を受け取り、志藤が言った。簪の強度も検証対象であったから、一撃にすら堪えられなかった事実が判明した時点で終了である。まして根元から折れ曲がっているのだし、飛騨が言うような第二幕には突入出来そうにないのは明白だった。 「‥‥」 飛騨は無言で簪をみつめる。 「‥‥がはっ!」 突如飛騨が膝から崩れ落ちた。その背後には水月が身の丈もある太刀を振り抜いていた。もちろん峰打ちだけれど。 「‥‥お仕置きです」 いきなり水をかけたことへの罰らしい。 志藤が呆れたように溜息を吐き、無残な姿になった一本目の簪を複雑な表情のトウキへ返した。 ●蒔絵&鼈甲かんざしの検証 二戦目は蒔絵の簪を皇りょう(ia1673)が、鼈甲の簪を弓術師の藤(ia5336)が受け持つ。対手にはシノビの鳥介(ia8084)が立った。 「‥‥‥‥‥‥て」 水月の小さな応援が飛んだ。三人が同時に顔を向ける。皇はにこりと微笑み、藤は少しだけ目元を緩ませた。鳥介は右手を掲げてヒラヒラと振って見せた後、検証する簪の問題点を挙げた。 「壱、間合いが狭い。弐、耐久性が低い、つまり曲がり易い折れ易いということですね。それを中心に行いましょう」 <壱>の為、皇から攻撃を開始。白銀の髪を彩っていた簪を抜き、透かし彫りのある方を持って構える。さすがに持ち難かったのか、皇の表情が一瞬曇った。心許無さは言うに及ばず。 だが、構わないとばかりに床を蹴った。大きく踏み込みながら逆手に持ち替えて、拳士のように鋭く拳を突き出した。 「‥‥っ」 鳥介が目を瞠る。 「っせぃ!」 鳥介の懐に飛び込み簪を立て、僅かに半身捻り、素早く斜めに振り下ろした。逆袈裟の短縮版といった風だ。 「オイラには届かない」 余裕綽々の笑みで走駆。皇との距離を一気に取ると、それを追いかけるように簪が空を斬る。――が、そこに鳥介はいない。 すかさず藤が鼈甲の長さを生かした、中距離的な位置より攻撃を仕掛ける。鳥介に休む間を与えない律動で、皇の攻撃を継いだ。蒔絵のものと比べて長さはあるが、その分強度は劣るハズ‥‥鳥介はそう読んだ。 藤得意の接近戦により、簪を小太刀に置き換えて、大きく踏み込んでの電光石火の斬り上げ。だが刃を持たない簪では、鳥介にダメージを与えることができない。 「チィッ」 小さく舌打ち。藤の表情も当然だが曇る。 皇の時と同様、鳥介は回避に務めるが、元来の勘の良さか目の良さか。縦横に動いて攻撃を捌いてはいるものの、芯を叩けないだけで藤の鼈甲は悉く鳥介を捕らえていた。 だが武器である脇差とでは耐久性が天と地程もあり、攻撃に転じた鳥介の刀を鼈甲は止めきれなかった。強く打ち込まれ、競り合うまでもなく鼈甲の簪は真っ二つに折れた。 「ひぃぃぃぃっ」とはトウキの悲鳴である。 皇も、やはり攻撃範囲の狭い簪のおかげで、間合いを詰める他無く、踏み込んで突く、素早く斬り抜けるといった単調な攻撃にならざるを得なかった。無茶ができるほどに簪は丈夫にできていない。所詮、トウキは簪職人なのである。 「つぅ‥‥ッ」 それでも連続で繰り出される突きの内、何度目かの攻撃が鳥介の肩口を掠めた。一度は突き刺さった簪の先端が、肉を抉って抜けていく。鳥介がすかさず反撃に出る。脇差を素早く抜き、斬り伏せるように短く鋭角的に振り下ろした。 皇が反射的に刃を受ける。他の簪に比べて幾分平たいおかげで力が分散した為か、すぐに折れてしまうことはなかった。 間近にある互いの目を見据えながら、二撃目を探る。 動いたのは鳥介だった。 留められた簪に沿うように刃を傾け、滑らせた。ジャッ、という耳障りな音と共に皇の腕から鮮血が滴り落ちる。 (「二度は受けられんな」) 皇がちらりと手の簪を見た。表面を削り取られ、初めに見た美しさは微塵もない。 (「ではこれが最後であろうな。せめて一度の攻撃には堪えてくれよ」) ドンッ と激しく床を蹴り、一気に間合いを詰めた皇。早駆のモーションへ移る鳥介へ向けて右腕を伸ばし、掬い上げるように簪を突き立てる。上体を反らして簪をかわした鳥介は、そのまま手刀で皇の手元を打ち据えた。 くるくると蒔絵の簪が宙を舞い、床へ叩きつけられた。 「あぁぁっ」 悲痛なトウキの叫び。 鼈甲の簪が折れ、離脱していた藤が蒔絵を拾い上げる。細かな傷に、皇の飛沫血痕が付着したそれは最早簪ではない。蒔絵の出来が良いだけに尚更である。 「技術力は本物らしいが、情熱が明後日の方向に向いている気がしてならんな‥‥」 「急所を避けて簪を肉に受けるのも手です。その状態で身を捻れば簪は相手の手から離れ易い。その時は急所を狙えばこちらの勝ちとなります。自分を守れないのでは、武器として使えんでしょう」 納刀しながら鳥介が言った。 「私も同感だ」 傷を負った皇の口調には困惑めいた色がある。今回の一件に自身が絡んでいるのを察していたからだ。 「命を預ける以上、本職の武器職人が作った物を使いたいのが正直な所だ」 さて次はどうなるものかしら、と三人の視線が次の二人へ集まる。中央へ向かう忍(ia8139)と――あれは北条氏祗(ia0573)? ●丸玉かんざしの検証 「うわぁ、綺麗な方ですねぇ」 破損した簪の事を一瞬忘れ、ほややんとした表情でトウキが呟く。その横で水月が何度も、こくこくと頷いていた。 「男装の麗人ですかぁ」 「いや、普通に男だが」と志藤。 「間違いない」と頷くのは皇と藤。 「うなじの色気にくのいちも真っ青だね」 ニヤニヤと鳥介が笑う。 しゃなり、としなを作って傍観者の声に応える氏祗。髪を留めていた丸玉の簪を徐に抜き取ると、漆黒の髪はぱさりと背に落ちた。 「暗器という事でしたら、シノビである忍達には嬉しい話ですぅ。実用性のチェックにはぁ、喜んでぇ、参加いたしますぅ」 白鞘を抜き、構えた忍は半泣きだった。がくりと肩を落とし、 「‥‥氏祗様。それはない、です」 凹んだ。 「では拙者から」 丸玉を指の間で挟み、ぎゅっと握り込んで駆け出した。 防具を纏わない氏祗の身軽さは格別である。ぐんと間合いを詰め、簪を持つ右手を胸の前で斜め前に掲げ、振り抜く! 「木葉隠!」 瞬時に木の葉を纏い、目くらまし。吹き上げる風と木の葉に氏祗が目を細めている隙に、早駆で奇襲をかける忍。 「斬っ」 「‥‥ッ」 はばきに簪を宛がい、攻撃を受け流してみたものの、これまでの模擬戦を思い出して、今この瞬間さえも博打のようなものであることに溜息を吐く。上手い具合に力は逸れてくれたが、肝は冷えた。そのまま手を返して忍の甲をはたいた。忍は後ろへ飛び退くが、氏祗は視線を逸らすことなく追ってくる。距離を測りながら攻め入る隙を探る。 氏祗は何度も簪を突き立てる動作を連続で行い、忍を追うがすべてかわされるか捌かれた。そもそも女性である忍に当てるつもりもないのだが――圧力としては大いに役立っていた。忍は再度早駆を使い、飛び退る。得手範囲に距離を取ってから手裏剣を投擲。 忍の両手から放たれた二つの手裏剣は容赦なく氏祗を捉え、真っ直ぐに向かう。 (「イケるか?」) 手裏剣を跳ね返そうと試みるが、簪の柄で力を受け流して直撃を避けて捌くしかできなかった。 「‥‥あ」 攻撃へ転じようと身構えた氏祗だったが、簪のとんぼ玉が音を立てて割れた事で、姿勢を戻した。粉砕したガラスの粉がパラパラと床へ落下していく。 氏祗が両手を挙げて、「降参」と告げた。 結果――。 トウキが作成した渾身の“戦う簪”は使い物にならなかった。 全員一致で、 「これは武器じゃない」 言いきられた。 実際に折れたり割れたりした自分の簪を見て、トウキも納得せざるを得ない。 「簪は美しく愛らしく飾られてこそ本望‥‥ということですね。わかりました」 それでも、新しい簪の形として自信があったトウキにとって、この結果はショックが大きい。慰めるように、皇が口を開いた。 「ただの我が儘かもしれないですけど、綺麗な物には最後まで綺麗なままでいて欲しいと思うのですよ」 小声で一気に話す水月。言い終えると恥ずかしそうに口元を袖口で隠した。 「汚れても手入れの簡単な簪は作れぬものか。それならば男勝りに働く女性にも喜ばれるのでは?」 「“男勝り”?」 「戦闘中に飾っていても壊れず堪え得る簪の方が良いのでは?」 ふむ、と藤も口を挟んだ。 「“壊れず”」 「もっと丈夫で軽くて、激しく動いても髪から落ちたりしない簪なら色んな依頼に持っていけるでしょうに」 拝金主義と言って憚らない鳥介には珍しく、無償でアイデアを提供する。 「“激しく動く”‥‥ふっふふ」 トウキが怪しげに笑う。 「今日の事を教訓にして、新たな簪作りに励みます! 皆さんのお供として戦場を駆けられるように!!」 開拓者の顔が、「?」となる。簪作りに情熱を傾けてくれるのはいいけれど――間違ってはいないよねと顔を見合わせた。 「そうそう!」 トウキが両手をぽんと打って、飛騨へ向き直った。 「もしかして俺のことトキワって呼んでました? 改めまして。俺、トウキっていいます」 「‥‥」 気恥ずかしかったのか。飛騨は弁解する事なく無言でその場を後にした。 そんな不思議な男を見送るトウキの肩を叩く氏祗。 「モノにはモノの役割というものがある。簪は装飾品で、人を殺めるモノは俗に凶器と呼ぶ。――あんた、簪を凶器にしちまって本当に良いのかい? この簪からはそれとは逆の熱い職人魂を感じたがな」 とんぼ玉の欠片が残った玉簪をトウキの手に握らせて、氏祗は立ち去った。 「‥‥漢ですねぇ。あんなに綺麗だったのに」 トウキは思った事をそのまま口にする。格好良く決まったのに、トウキのせいで締りが悪い。 そして諦めることを知らない男、トウキ。 「今日の簪達には申し訳ないことをしましたけど、今日のことでまた新しい簪が浮かびそうです。皆さん、本当にありがとうございました! こんな俺の依頼を受けてくれて‥‥天儀一の簪を目指してこれからもどんどん精進しますからっ」 懲りない簪職人に開拓者達は微苦笑を浮かべるしかなかった。 |