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■オープニング本文 久々の土の匂いに、レイ・ランカンは浮かれていた。アヤカシ退治はもちろん、人々の役に立てる仕事なら危険の程度関係なく首を突っ込んできたレイだが、幼い頃から親しんだ農作業の手伝いに声をかけられた時ほど嬉しいものはない。 多少の風土の違いはあれど、柔らかい土の感触は同じだ。 「はぅ‥‥」 盛り上がった土の中へ手を突っ込み、脂下がるレイ。 「レイくんはほんとに土いじりが好きだねぇ」 手拭いで額の汗を拭いながら、農夫が笑った。赤く焼けたように染まった山を背に、色黒の顔が映える。 「お父さん、レイくんも。ちょっと休憩せんかねぇ?」 畦から声がかかる。やかんを掲げた皺だらけの老婆が笑っていた。 レイと農夫は顔を見合わせ、作業の手を止める。 朝早くから始めたおかげで、収穫は畑の七割方終えていた。 「婆さまのふかし芋は我の気に入りだ」 ひょいと畦へ飛び上がり、ニッコリと笑う。屈託なく笑う若者を、この老夫婦は実の孫のように思っていた。 「そう言ってくれるから、うちのバアさんはやたら芋をふかすんよのぅ」 「今日もたくさんふかしてあるのか? 我ならいくらでも食えるぞ」 「ははは、食えなんだら持って帰るとええ‥‥ん?」 農夫が眉を顰めて山を振り返った。ほぼ同時にレイも振り返る。赤い山が揺れていた。 次の瞬間――。 地面が跳ねた。 ズズン、と一定の間隔を取りながら地面が跳ねる。それはやがて地震かと思うような音と揺れになった。ついで細かな足音が走る。 この異変に他の村人も気づいて騒ぎ始めた。 「む。爺さま‥‥最近はこのような地鳴りがよく起こるのか?」 手にしたふかし芋をパクリと口へ放り込み、レイが訊ねた。老夫婦は首を傾げつつ、互いの顔を見る。 そこで更に大きな揺れが来た。 「これは‥‥!」 ドドドドドッ 山裾から砂煙を上げて走ってくるものがあり、そしてそれを追ってアヤカシが姿を現した。 「い、イノシシ?! ‥‥ヒイィ」 老夫婦は手を握り合い、身を寄せて真横を駆け抜けていくイノシシの群れを避けた。 「婆さま! 爺さま! ここから早く逃げるんだっ」 アヤカシは一歩一歩、村へ近づいてくる。その緩慢な動きにレイが眉を顰めた。――だが、その理由はすぐに明白になった。 「あれは親か? 親の動きがヘンだ」 後ずさりながらも絶えず鬼へ攻撃をしかける、親と思しき大きなイノシシ。その身体はアヤカシからの反撃により、ボロボロになっていた。 一頭のイノシシと一体の鬼が近づくにつれ、親が逃走よりも攻撃に転じている理由がわかった。鬼の手にイノシシの子、ウリ坊が捕まっているのである。 レイはとっさに身構えた。だが、作業に必要なしと三節棍は爺さまの家に置いてきたものだから今は丸腰だった。 プギーーッ 苦しげに泣き叫ぶウリ坊の声に、レイの理性が吹っ飛んだ。元々、理性を繋ぎとめている鎖が糸のような男だから、ブツンと切れるのは早い。 「我は拳士。助けを呼ぶ声に応えないとは秦国武拳士の名がすたる! ウリ坊ッ、今ゆくぞ!!!!」 言ってレイは土を蹴った。 鬼の大斧が空を斬る。 遠くで爺さまと婆さまの慌てふためく声がしたが、頭に血が上ってしまっているレイの耳には入らない。 「あわわわっ。レイくんだけじゃどうにもならんじゃろう。は、早く助けを呼ばねばっ」 傷だらけの親イノシシと並び、鎧鬼へ立ち向かうレイ。 |
■参加者一覧
霞・滝都(ia0119)
16歳・男・志
遠藤(ia0536)
23歳・男・泰
海神 江流(ia0800)
28歳・男・志
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
紫雲雅人(ia5150)
32歳・男・シ
ブラッディ・D(ia6200)
20歳・女・泰
橋澄 朱鷺子(ia6844)
23歳・女・弓 |
■リプレイ本文 「レイさん、イノシシ親子を安全な場所に連れて行ってください。あとは、私たちがどうにかしますから」 武器なしのままアヤカシへ向かって行ったというレイ・ランカンの元へ駆けつけた開拓者の一人、橋澄朱鷺子(ia6844)が息を弾ませながら言うと、くるりと振り返ったレイはぷるぷると頭を振った。 「ウリ坊を助ける為に、我は力のすべてを揮う」 僅かに窺える仮面の下の双眸からは、頑なな意志が感じられた。時折、苛立った鬼が畑を踏みつけ、足元が揺らぐ程の地響きが起こる。 プキーッ 轟音の合間に聞こえるウリ坊の悲鳴にレイが顔を上げた。悔しげに唇を噛んでいる。 「ケホンッ。ゴホッ。あー、ダメです。所詮は野生ということですね」 鬼が上げる土煙の中から、咳き込みながら霞・滝都(ia0119)が駆け出してきた。親イノシシを保護しようと試みたのだが、気が立っている野生動物に人間の理屈が通用するわけもなく断念したらしい。ちらりとレイを見遣り、保護する程の怪我もなしと霞は他の仲間達のサポートへ向かった。 そこへスッ、と現れたのはすらりとした細身のブラッディ・D(ia6200)。 「熱血野郎は危険なの無視して突っ込んでいくんだからなぁ‥‥ま、そういうの嫌いじゃぁねぇけどな。ギャハハ!」 年頃の女性らしからぬ笑い声を上げ、バシンとレイの肩を叩いた。 「先ずはウリ坊の救出だ。鬼に潰されるなんて冗談じゃねぇからな」 「ん。すまんが頼む」 小さく頷いたレイの脇へ立った遠藤(ia0536)が、はふぅと溜息を吐いた。 「助けたいという気持ちはよく分かりますが無茶はいけませんね」 大柄で禿頭男に説教されて、レイは肩をびくりと跳ねさせた。自分の行為が無茶であることはわかっていたようだ。 「無茶は承知だ。しかしみすみす目の前でウリ坊が酷い目に合っているというのに、我は落ち着いてなどいられぬ!」 追いすがるように遠藤へ言うレイに、すかさず声がかかる。海神江流(ia0800)だった。 「一刻を争うのだろう? 三節棍じゃなくて悪いが使ってくれ!」 懐から鉄爪を取り出し、駆けながら投げて寄越す。 「! すまぬ」 嬉しそうに口元を緩め、アヤカシへ向かう海神の後を追った。 ウリ坊を鬼の腕から救出する為に、二班に別れた開拓者はそれぞれの持ち場に着いた。側面から鎧鬼を攻撃する別班の為に、鬼と向かい合う正面班は気を逸らせるように派手に立ち回った。 強力を塵風に纏わせ、紬柳斎(ia1231)が鬼と真っ向から勝負を挑む。ズンと重い斧を受けた柳斎の足は、柔らかい畑の土に深く沈んだ。 「レイ君、いくよ!」 鬼の前に躍り出た海神が、同じように鬼の前へ飛び出したレイへ声をかけ、鎖分銅を投げた。鉛の塊は鬼の右腕へと絡みつく。柳斎を押さえ込む腕の自由が利かなくなるや、鬼が覇気をぶちまけ叫んだ。ウリ坊を掴む左腕に力が込められるのだけは阻止せねば――。 駆けた勢いのままレイが跳躍。 ――が、姑息にも鬼はウリ坊を盾にしてレイの攻撃を最小限に抑える手段に出た。おかげでレイの鉄爪は、僅かに鎧鬼の二の腕を掠めたに過ぎなかった。それに調子付いたのか、アヤカシは斧を大振りに振り回す。空を裂く鬼の一振りをかわしながら柳斎、海神、レイは改めて距離を取った。弓術師の橋澄は、狙点を定める為に矢を番えたまま下がる。 「速攻ですか‥‥遅れを取りました。――さて、別働隊の為にも鬼の気を存分に引かなくてはね。‥‥ガラじゃ無いですが、何時もより派手に舞いますかね」 ペンを錫杖に持ち替えて、紫雲雅人(ia5150)が舞う。杖を掲げ、神楽舞を詠唱しながら厳かに、そして大仰に祈りを捧げた。春を思わせる柔らかな風が開拓者達を取り巻いて、吹き抜けた。 「グぅウオォォォッ」 拘束する鎖分銅を外す為に、鬼は右腕を思いきり振り上げた。鎖の先を持つ海神が宙へ引っ張り上げられると、一息に地面へ叩きつけられた。咄嗟に受け身を取った海神だが、したたかに背を打ち付け、苦悶の表情を浮かべる。 「‥‥ぐっ」 その横へ鎖分銅が音を立てて落ちてきた。 鎧鬼を両脇から挟むように立つ酒々井統真(ia0893)とブラッディ。その対角にいる遠藤らが互いに視線をかわす。 更に、ブラッディと遠藤は呼吸を合わせるように素早く頷く。かち合った視線が離れた瞬間、二人は同時に地面を蹴り、空気撃を放った。 「そらよ!」 ブラッディは鬼の膝を、 「セイッ!」 遠藤が踝を打つ。 「グアァァ」 バランスを崩した鬼の巨躯が大きく横へと傾く。ぐらり、と揺らいだのを確認した統真が飛ぶ。 鬼は自らの躯を支えようと手を広げた。放り出されたウリ坊の小さな身体が宙をくるくると舞う。 「ウリ坊!」 統真は叫びながら両手を思いきり伸ばし、空中でウリ坊を受け止めた。少々パニック状態のウリ坊の小さな前足で軽くパンチを頬に受けたが、統真もウリ坊も無事に着地。ネコのようにしなやかな回転着地は軽業師並である。素早くウリ坊を紫雲へパスして、転倒間際でしつこく踏ん張る鬼の腕を掴んで引き倒した。 土煙と共に地響きが起こる。 満足そうに笑う統真の横を霞が駆け抜けた。炎魂縛武の影響で熱気を帯びた風が霞の後に続く。 「そのまま下がりなさい!」 丁寧な言葉とは裏腹の剣閃が襲う。肉を切り裂かれながらも、鬼は威嚇の咆哮をあげて巨躯を起こす。 両目をギラつかせ、眼前にいる開拓者達を睨みながら膝を立てた。巨漢に見合わない素早さで起き上がると、視線を寄越すことなくブラッディを裏拳で殴りつけた。細身の彼女は捌ききれず、またかわす余裕すらなく数メートル吹っ飛ばされた。柔らかな土の上をごろごろと転がっていく。 「ブラッディ!!」 仲間が叫ぶ中、親イノシシが果敢にも突進していく。身体中から血を流しながら、頭を突き出して鬼の腹へ突っ込んだ。辺りに鈍い音が響く。 「牡丹鍋を美味しくいただいている身としては何とも微妙な気分だが‥‥それはそれ、いざ参る!」 地面を蹴る柳斎。再度、強力を加えて鬼の脛目掛けて斧を振り抜く。打撃のような一閃は、鬼の足を折った。どうにか立ち上がった鬼だが、ついに膝をつく。そこへ武器を脇差に持ち替えた海神が踊り出た。 「鬼の背後には用水路がある。そこへ上手く誘導して落としてしまうのもいい」 言うなり脇差が赤く燃え上がる。鬼を押し戻すように海神が数度斬り払えば、水路との距離を目測した柳斎がニヤリと不敵に微笑う。 戦闘組から少し離れた場所で、統真から渡されたウリ坊を抱いた紫雲がその小さな身体に負った傷を癒していた。子を追って親も前線から離脱して、今は紫雲を威嚇している。 「死なれては寝覚めが悪いですからね」 じりじりと間合いを詰めてくる親を横目で見遣り、傷の治りを確認するとすぐさまウリ坊を放す。同時に猛進してきた親イノシシをヒラリとかわした。子よりも深い手傷を負っている親へも素早く神風恩寵をかけ、紫雲は仲間達の下へと踵を返した。 イノシシの親子は鼻を突き合わせて再会を喜ぶ。人に救われたとは思いもせずに、隠れていた兄弟と合流すると畑を突っ切って山の中へ消えていった。 「用水路へ追いやればいいんですね!」 言うなり素早く矢を番え、橋澄が鬼の足元めがけて射撃した。後退させるのが目的の攻撃だが、射殺す気合いを込めなければ舐められてしまう。矢が突き刺さった地面から、いくつもの亀裂が走るのを見て仲間の誰かが口笛を吹いた。 さすがに直撃は避けたい鎧鬼が、徐々に後退を始めた。頭上を飛ぶ橋澄の白線を掻い潜り、レイが走る。ちょこまかと動くレイを叩き潰そうと鬼が何度も斧を打ちつけてくる。囮のようにレイが鬼の意識を惹きつけると、統真とブラッディが腕潰しに駆け出した。 朱に肌を染め上げた統真とブラッディが目配せをする。先に鬼の右腕に取り付いたのはブラッディだった。腕をくねらせて取り付くと、次に自分の身体ごと鬼の腕を捻り上げる。 「グギャアッッ」 肘があらぬ方へ向いた鬼が叫ぶ。 続いて統真が左腕へ飛び掛った。鬼は二人を振り落とそうと、上半身を左右に激しく振り回しながら地団太を踏む。 そのがら空きの腹へ目掛け、遠藤が三節棍を打ち込んだ。鈍い音を立てて棍がめり込む。鬼は呻きながら身体をくの字に折り曲げようとするが、両腕の自由が利かず、顎を上げてフラフラと後退った。 霞が追い討ちをかけるように、素早く逆袈裟に斬り上げる。鬼は叫びながら喉を反らした。 すかさず左腕の統真が骨法起承で鬼の肘をへし折る。 ギイギャアアァァァ――ッ 間近にいたブラッディと統真は耳を抑えながら、鬼の身体を踏み台にして飛び降りた。鬼はそのまま用水路へ仰向けのまま落下していった。 「うぁっ?!」 統真が驚嘆した表情で足元を見た。鬼の手がしっかりと足首を掴んでいる。統真はそのまま一緒に水路へと落ちて行く。 水面に叩きつけられ、脳震盪を起こした統真はしばらく動けなかった。 「統真っっ」 仲間達が駆けつけ、用水路の縁へずらりと並んだ。見下ろす彼らへ向けて、統真は軽く手を振って応えた。 「この距離での威力を存分に味わうといいです!」 橋澄がほぼ至近距離から鬼を射抜いた。 それが合図になり一気呵成の攻撃へ転じた。最早アヤカシに逃れる術はなかった。 用水路へ飛び降りたレイの鉄爪に肩を抉られ、もがいた所へブラッディの足刀を受けて水中へ頭から突っ込んだ。その脳天目掛けて遠藤が三節棍をしならせる。 「とおぉぉうっっ!」 よくもやってくれやがったなこの野郎とばかりに、秦練と八極維持状態の拳を鎧鬼の顔面へ叩き込む統真。 「その鎧っ、断ち切ってくれる!」 ふわりと降り立った柳斎が叫ぶ。塵風を低く構えた。スウ、と息を吐き――閃ッ。水が左右に切り裂かれ、その中を豪快な一撃が疾走る。 ブラッディ、遠藤、統真は瞬時に三方へ飛び退った。 轟音が開拓者の鼓膜を震わせ、爆音が足元を揺らした。パラパラと空から水と一緒に降ってきたのは漆黒の瘴気だったが、それが地面に辿り着くことは無かった。清らかな流水の上に大小の波紋がいくつもできた。 「イノシシの親子も、今回は災難でしたね。これからは静かに暮らせると良いのですが」 すでに姿を消してしまったイノシシ親子の今後を案じながら呟く紫雲。その横で、ズズズッと鼻水を啜っているのはレイだった。 「本当は連れて帰りたかったのだ」 レイが本音を吐露する。 「しかし‥‥ウリ坊とはかくも可愛いものか‥‥! これは一匹うちに欲しい‥‥猪よ、余っておらぬのかぁ!」 柳斎の脳裏には、鬼に掴まって助けを呼ぶウリ坊の哀れで可愛らしい姿ばかりが浮かんでくる。こちらもレイ同様に、くすんと鼻を啜っていた。 「これから牡丹鍋は少し控えるかなぁ」 とぽつり。 「とりあえず、これで一安心ですね」 伸びをしながらやって来た遠藤がにこりと笑った。 「レイさんは無茶しますね。武器を持たずに行くなんて。私ですとまず無理なので少し尊敬します」 そう言った橋澄だったが、ウリ坊との別れを惜しんでメソメソしているレイを見て、尊敬と言ったことを取り消そうかしらと思った。 その頃、荒れた畑の後始末を手伝っていた海神が――。 「しかし、本当に開拓者ギルドってのは何でもアリだね」 額の汗を拭きながら、出身村で便利屋みたいに使われていたことを思い出していた。 「他になんにもありませんけどね、ふかし芋だけはたくさんあるんで。いっぱい食べてくださいねぇ」 婆さまと爺さまが籠にいっぱいのふかし芋を持ってやって来た。 電光石火の勢いでアヤカシを倒したとはいえ、初冬の夕刻は早く暮れる。空は茜色から群青色のグラデーションに染まっていた。 明かりと暖の為に焚き火を起こし、開拓者達は火を囲んで熱々のふかし芋に舌鼓を打った。宵闇に、白い湯気がふわりと立ち上るのを、ひと時の平和と噛み締めながら眺めた。 いつもと変わらない賑やかな神楽の都を、レイ・ランカンがとぼとぼと歩いていた。 「ウリ坊は元気でやっているだろうか。我はあのまま別れて良かったのだろうか」 未だにウリ坊との別れを引き摺っているらしい。肩を落としながらギルドの扉を押す。 「レイ君、活躍したんだねえ」 見知らぬ開拓者から声を掛けられた。見れば、『九人の開拓者、猪親子を救う』という見出しの記事を持っていた。そういえば、あの時の仲間に記者がいたことを思い出す。記事を貰い受け、目を通した。 戦闘の様子、そこに到った経緯や鎧鬼に対して行った傾向と対策が事細かに書かれている。支援役だったとはいえ、戦闘の渦中に彼もいたのに、記者とはかくも勇猛なるものかとレイは感心した。 同時に、 「我の名前が載っている‥‥くすぐったいものだな」 ポッ、と顔を赤らめる仮面男だった。 |