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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 崩落現場の調査依頼が終わった秋月刑部は、闇に紛れて屋敷へ足を向けた。灯りが落ちた屋敷は、しん、と静まり返っている。それとは別に異様な空気が漂っていることに、刑部は肌を粟立たせた。――嫌な予感がする。刑部は草履も脱がずに廊下を駆けた。 タン、と勢い良く開けた襖の向こう。ゆらゆら揺れる行燈の下で黒い塊が転がっていた。 「いったい‥‥何が‥‥」 俯いてみつめる先には、虚ろな双眸を開ききり、ぴくりとも動かない女の体がある。左腰から右の肩口へと疾る刀傷。この部屋に来るまでにも同様の傷跡を付けた死体があった。家長を失った秋月が雇える使用人の数には限りがあり、少ない給金にも快く承諾して残ってくれた大切な者達が凶刃に倒れていた。 抵抗する術など持ち合わせていない彼らの命を、路傍の花でも踏みにじるように奪い去ったヤツがいる。 刑部は、その特徴ある刀傷を凝視した。鋭角的に斬り込まれたその傷は近接からの一撃であり、そんな抜刀が出来るのは、刑部が知る限り、秋月広高だけだった。 「父は確かに俺が殺した。忘れられないあの感触がすべて嘘だったっていうのか? 流れた血も幻覚だったと‥‥ん? なにを握り締めて」 仰向けで倒れている母の手が、強く握り締めているものに視線を落とした。腰を屈め、硬直した指を広げる。掴んだものを目にした刑部は言葉を失った。 「‥‥緑青‥‥」 ここにも椿井の色が――と刑部は呟いた。 刑部は母と三人の使用人の亡骸を庭へ埋め、その足で道明寺椿の元を訪ねた。 「夜分すみません」 「気にしないでください。どうせ眠れないんですもの。それにしても秋月さま? 何をそう急いでいるのですか?」 廊下へ出てきた椿は、庭に立つ刑部へ中へ入るよう促しながら言った。刑部は一礼して部屋へあがる。そこで崩落現場でみつかった布切れを椿へ差し出し、次いで先ほど母の手から抜き取った着物の袖口も並べた。彼女の死については口を噤み、 「まず一つ。最近多数の人間が行方不明になるような事件や事故はありませんでしたか?」 「そんな大きな問題が発生すれば、必ず私の所へ報告が上がるはずです。でも、そんな報告は一度もありませんでした」 「この二点の証拠を見てください。泥に汚れて、血に塗れていますが五色老の椿井が使う緑青に間違いありません。ただ真意が不明なのです。五色老は元々椿殿を当主に推しているはずですから、貴女の命を狙ったのは別の誰かで、一歩間違えたら未曾有の大事故になる崩落事故を画策したのが椿井なのか。だが、どれも点で繋がらない」 珍しく捲くし立てる刑部に椿が目を丸くする。その顔を見て、刑部に落ち着きが戻った。深呼吸を一度して、椿井が関わっているかどうかの調査がしたいと告げた。 「わかりました。本当に椿井が何か画策しているのだとしたら、私に報告が上がらなかった事の説明にもなりますから。手をお貸ししましょう。新年の儀が一週間後に行われますから、時間を引き延ばす為に私主催で宴を催します。その隙に調査してください」 新年の儀では五色老すべてが道明寺本家に集まる。絶好の機会だ。刑部は謝意を述べて椿の元を去った。 雲間から覗く月からは淡い光が降ってくる。青い明かりの中で、胸に燻る火種に苦々しく唇を噛み、刑部は駆け出した。 白く細い指が、畳の上に放り出された書簡を拾い上げた。 「あら、本家からの招待状ではありませんの。新年の儀の後に宴、ふふ。あたし、一緒に行きたいわ。――いい?」 「構わない。どうせ、深緋のジジイから嫌味を言われるだけのつまらん席だからな」 椿井忠輝は鼻に皺を寄せてせせら笑った。 「嬉しい」 忠輝の妻、早衣がはしゃいだ声をあげ、手にしたグラスを唇へ寄せる。とろみのある赫い液体を、早衣ははしたなく音を立てて飲み干した。 「というわけだ。留守を頼んだぞ」 「わかった」 忠輝が声をかけた闇の中から、肩袖のない男が姿を現した。 「屋敷に入ってきた者は皆斬り殺す」 土気色の肌に落ち窪んだ双眸で様変わりしていたが、間違いない。刑部が殺した男――秋月広高だった。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
仇湖・魚慈(ia4810)
28歳・男・騎
羽貫・周(ia5320)
37歳・女・弓
すずり(ia5340)
17歳・女・シ
叢雲・なりな(ia7729)
13歳・女・シ |
■リプレイ本文 広高がアヤカシである可能性を考えて、瘴索結界を施した斎朧(ia3446)は、別の場所にも同様の反応が出た事に溜息を吐いた。場所は玄関を突き当たった所、家臣達が使用している部屋である。 「用心してね」 家臣の部屋担当のすずり(ia5340)と同行の秋月刑部へ加護結界をかけると、二人は小さく頷いて応えた。 朧が、広高と思われる一体とアヤカシの八体の位置を仲間へ知らせる。対広高には刑部を主軸で迎え撃ちたいと思っていた樹邑鴻(ia0483)と八嶋双伍(ia2195)は、刑部がすずりと同行するのに僅かばかり眉を寄せた。 「刃を向ける者があれば誰であれ遠慮などいらんから、斬り伏せてしまっていい」 刑部は刀を差し直し、そのまま歩き出した。例え父親であろうと、刃を向けてきたのなら殺されても文句は言わんということなのだろう。鴻と双伍は共に腹を決めた。 「悪いが俺は遠慮なんかしないぜ。あんたの親父でもな」 緋桜丸(ia0026)は刑部と肩を並べて言う。一瞬泣きそうな表情を見せた友人に対し、「椿の笑顔は俺も早く見たいし」とニッと笑って見せた。 玄関の引き戸を静かに開け、息を潜めて様子を窺う。物音ひとつしないが、漂う空気が異様なものであることはわかる。それに、何だか酷く臭い。 滑らせるように足を進めて屋敷内へ侵入する。足跡を残さない為に、そろりと草履を脱いで上がった。すずりと刑部がスス、と進み、家臣の部屋の前へ控える。 最奥の忠輝と早衣の部屋へ向かう緋桜丸と羽貫・周(ia5320)を先頭に、納戸のなりな(ia7729)、書庫の斎朧と仇湖・魚慈(ia4810)と続き、客間を探索する鴻と双伍が殿になった。音一つ立てずに歩を早める。 瘴索結界で反応があった一体――恐らくこれが広高であろう――へと近づく。廊下を進み、最初の部屋の前で緋桜丸と周の足が止まった。 「‥‥っ」 緋桜丸は腰を僅かに下げ、腰の二刀へ両手を添える。周も弓を構え、すぐに撃てるよう矢を番えた。同時に障子が開き、顔色の悪い男が一人出てきた。生気のない双眸は焦点が合っておらず、怒気も気迫も感じられなかった。だが、男は廊下を立ちはだかり、無言のまま鯉口を切る。 緊張が瞬時に走った。広高は間合いの無い距離からの攻撃を得意とする。皆がいる場所は廊下で幅も狭い。このままでは分が悪い、と皆が思った瞬間、広高の足元へ矢が突き刺さった。 「緋桜丸。隙は私が作ろう。どうやらこの男を倒さない限り、先へは進めないようだ」 周が二手目を撃つ。 広高は眉一つ動かさず、ただ突っ立ったままだった。 「一度死んだとされるあんたがここにいる理由を聞かせてもらう‥‥」 動かない広高めがけて二刀をすらりと抜き、緋桜丸は床を蹴った。 「私も遠慮は致しません」 右手を構えた朧の周囲を、淡い光が包み込む。 と、背後から慌ただしい足音が聞こえた。殿の鴻と双伍が振り返り、同時に叫ぶ。 「食屍鬼っ」 朧が言っていた八体のアヤカシはこいつらの事らしかった。内二体は斬撃を喰らった場所から腐った臓腑を垂れ流し、尚も執拗にすずりと刑部を追っている。鴻が瞬時に視線を緋桜丸達へ向け、双伍の元へ戻した時にはすでに彼はすずり達の援護へ飛び出していった後だった。 すぐさま刑部へ駆け寄り、広高と思われる男が現れた事を告げた。彼の覚悟を聞いてはいても決着をつけさせなければならないと鴻は思う。わかったと言って廊下を走る刑部の背をみつめ、「何の因果かね‥‥これは」と一人ごちた。 その目の前に、すずりが転がってきた。痛そうに顔を顰めてはいたが、くるりと跳ね馬のように飛び上がり、大きく後退しながら手裏剣を放つ。 「んじゃ、ま。とっとと片付けようかね」 指の関節を鳴らし、双伍の呪縛符に押さえ込まれている食屍鬼の首を蹴り飛ばす。ざんばら頭は床を鞠のように転がって行った。着物に袴姿のアヤカシ共は、腕が吹っ飛ばされても両足をへし折られても向かってくるから始末に終えない。肉片ひとつになるまで攻撃し続けなければならないかとげんなりしたが、すずりと双伍、鴻の攻め手が緩むことはなかった。 「貴方はここで何をしておられる!」 駆けつけた刑部の声にも、片袖の男の表情は変わることはなかった。それどころか払い抜けられた緋桜丸の刀身を易々と捌き、その背を突いて道を空けさせると周の元へ飛び込んだ。突如目の前に現れた男に対して、咄嗟に弓で薙ぎ払う周。最も危険な距離に広高がいる。 「うぁっ」 肩に激痛が走り、周の白皙が俄かに朱に染まった。弓で薙いだおかげで深くはなかったが、手傷を負わされた。むしろこの距離からの斬激で軽傷だったことは運がいい。 「今日の私は積極的なんです!」 広高との間合いを稼ぐために浄炎を素早く詠唱する朧。清浄なる炎に巻かれているにも関らず、やはり広高は顔色ひとつ変えない。効果がないはずはないのにと、朧は首を傾げた。 「この間合いの剣術、盗ませていただきます!」 叫んだのは魚慈だった。自ら敵の懐に飛び込むという、やや無謀とも思える攻めである。広高はゆらりと上体を動かし、だらりと下げた腕を一気に逆袈裟で斬り上げた。 「!」 魚慈の頬を切っ先が掠めていった。限界まで高めた集中力により、どうにか直撃を避けられたが笑えるような状況ではないことは確かだ。 「休ませるなっ」 二刀を右、左と斬り込ませ、僅かに後退した隙をついて素早く足を回転させる。勢いに乗せて払い抜ける緋桜丸の怒声が響いた。だが無痛らしい広高から瞬時に斬り返され、緋桜丸は両手を十字に組んで重い太刀を受け止めた。 ドッ 鈍い音の後、広高の二の腕から墨汁のような血が噴き出した。果たしてこれが生きている者の血だろうか。 広高は腕に矢を貫通させたまま、今度は朧へと斬りかかる。奇妙なタイミングで振り下ろされた刀はまるで風に舞う木の葉のように揺れながら、それでも朧の身体を確実に捉えた。 痛みに顔を歪ませる事の無い広高を目の当たりにした刑部は、迷わず鯉口を切り、仲間と並び立った。 母を殺めたのはやはり父だろう。いや、父と同じ顔をしたこの化け物が殺したのだ。 「父上。今、その無念晴らしましょう」 呟き、仲間へ合図を送る。ヒトでないアヤカシをただ屠るだけ、と――。 疲弊したすずりと双伍、鴻が戻って来た。しぶとい食屍鬼を八体も相手にしたのだから、さすがに息も上がるというものだ。 広高との一戦で手傷を負った朧、周、魚慈も探索作業に入る前に、息を整えた双伍の治癒符で治療を施してもらう。これで終わりとは限らないのだ。今のところ、朧の瘴索結界に引っかかる影はないが、用心に越したことはない。 「忍び込んだ痕跡を残したくはないんだがな」 緋桜丸が渋面で廊下の先を見る。瘴気の食屍鬼は消えても憑依されていた人間の骨片や肉塊はそのまま残ってしまう。 「あいつ等がいない時点で侵入は気取られる。俺の事を案じているのなら杞憂だ、緋桜丸。すまないな」 広高も同様にその屍を晒していた。刑部はそれを見ることもなく、探索を続けようと言った。 「じゃ、ボクはもう一度戻って探してみるよ。アヤカシがいたぐらいだから、何か出るかも♪」 家臣の部屋を探索する予定だったすずりは、戦闘の疲れも見せず踵を返した。 それが合図となって、各々が自分の探索場所へと散らばった。 先ほどの戦闘の激しさが生々しく残る部屋へ戻ったすずりは、早速室内の探索を行う。板間に散乱した肉片を爪先で軽く蹴飛ばす。たぶん椿井に仕えていた家臣だったモノだ。もはや個人を特定できるものはない。すずりはその凄惨さに幼さが残る顔を歪ませた。胸元から懐紙を取り出し、骨片だけを採集した。指示書でもないかと文机や書架も探ってみたが、何も出なかった。 客間を探索していた鴻と双伍は、畳の上に残る血痕を凝視していた。 来客の痕跡を探していた鴻が猫足の長机を移動させると、それは現れた。拭き取った形跡も無く、ただ机を移動させただけのようだ。 「すっかり乾いていますね」 屈んだ双伍が血痕をなぞり、指先を擦り合わせながら呟いた。 「時間は経ってるって事だな」 持ち帰る事が不可能である為、鴻は現状を細かく手帳に記した。血痕も図案のように書き添えた。 「いるはずのない椿井に広高がいた理由はこの血痕で証明されるんじゃないか?」 「どんな事情でここを訪れたかは不明ですが、彼は確かに椿井を訪問し、そしてこの部屋で襲われた」 双伍が立ち上がりながら答える。 結果――二人の視線は廊下へと向く。二度死ぬ羽目になった‥‥。 他にもアヤカシがいる可能性を考えて、瘴索結界や加護結界を双方にかけた朧は、魚慈と一緒に書庫へ。傷の回復をしても疲労は消えない。不意打ちにも備え、二人は慎重に引き戸を開ける。 「私は少し奥まった場所や棚の裏を探りましょう」 朧はまずは室内の奥へと向かった。 「書庫にある証拠といえば計画書、計画地図、手紙でしょう‥‥」 物思いに耽る仕草で顎先を撫で擦りながら、魚慈は呟いた。室内全体を眺め渡し、奥から探し始めた朧とは逆に手前の書架から手をつける。 表紙が薄いものばかりのせいか、書簡の束は丸めて保管され、冊子などは積み上げられていた。魚慈は気になった箇所を片端から確認する。表題と内容が合っているか、怪しいメモが挟み込まれていないかなど。 奥から何やらゴトンゴトンと音がする。棚の陰から顔を出し、何かありましたかと朧へ訊ねると、 「棚の後ろに貼り付けていないかと思ったのですけど‥‥んー。残念です」 溜息混じりの答えが返ってきた。 二人がいる書庫の斜め前に位置する納戸では、なりなが探索を行っていた。 窓の無い暗い納戸へ足を踏み入れてすぐ、衣擦れの音に気づいた。闇に目が慣れていないなりなは耳を欹てる。 「虫の類じゃないね。‥‥誰かいるの?」 小さく呼びかけてみることに。 コトン、と何かが倒れた。なりなが素早く反応して振り返る。やがて暗闇に慣れたその目に、猿轡を噛まされ縄で拘束された旅装束の女性が飛び込んできた。 屋敷の最奥にある夫妻の部屋。手前が内儀、早衣の自室で奥が忠輝の部屋だ。周と緋桜丸は顔を見合わせた後、同時に戸を開けた。 「広高はアヤカシに憑依されていた。となると、夫婦どちらかがアヤカシに取って代わられたと考えるべきかしら?」 そうであれば椿井の変節も頷けると周は得心した。 「夫婦どちらかだとするならば‥‥私の直感は早衣だと言っている」 質素ではあるが女性らしい部屋をぐるりと見渡す。アヤカシが周到に人間の中に紛れているのだ。証拠になるようなものを、目立つ所に置くはずがない。だがあえて置くという手段もある。 周は家具の中を探りながら、壁にも触れて隠し戸がないか確かめた。 「私室には不向きな家具か」 水屋にしては小振りな紫檀の箪笥が部屋の片隅にあった。一番上の引き戸に手をかけ、引く。硝子瓶が三本収まっていた。その内の一本を取り出し、光に翳してみる。傾けた硝子面にとろりとした赤みを残したそれは‥‥。 「血?」 残りの二本も取り出してみたが、どれも同じだった。 その頃、隣室の忠輝の部屋では緋桜丸が一冊の日記を発見していた。 「他人の寝所を荒らすのは気が乗らんが‥‥。? 次第に文字が雑になっていってるな」 パラパラと頁を繰る。初めこそ、丁寧に書き綴られていた日記だが、日を追うごとに雑になっていく。最後の頁に到っては書き殴っているとしか言い様のない文字で、何が書かれているのか解読不明だった。 「なんであれ、これで椿井の変貌がわかることに変わりは無いからな」 日記を懐に仕舞い、当主の部屋を出た。 食屍鬼と広高との一戦もあり、予定より時間を多く費やしてしまった刑部達は、急いで遊亀へと舞い戻った。 証拠を持ち帰る事ができなかった鴻と双伍から、畳に残された乾いた血痕の報告を受ける。 「あの場に広高がいた“理由”だと思う」と鴻。 「何らかの事情があって椿井を訪ね、そこで襲われたと解釈するのが妥当じゃないかな」 双伍の推察を聞き、頷く刑部。父が何故敵対する椿井を訪ねたのか知らないが、その際に襲われてアヤカシに憑依されと考えると辻褄は合うのだ。 さすがに肉片は持ってこられなかったすずなが、懐紙から数個の骨片を取り出した。 「食屍鬼と戦った後に残っていたものだから、たぶん家臣の人達のものだと思うんだよね」 「アヤカシの餌食になった、ということだろうか」 「屋敷の人間を食い尽くしたアヤカシは、旅行中に黒塚へ立ち寄った女性達を街道で拉致してたみたい」 刑部の呟きに答えたのは、納戸から見つけ出した女性を送り出してきた、なりなだった。 彼女が言うには、自分以外にも拉致された女性はいて一様に若い娘ばかりだったというのだ。 「それなら内儀の部屋にあった瓶の中味は、“血”で間違いないな」 「物騒なものがあったんですね」 魚慈が両目を剥く。魚慈と朧が探索した書庫からは残念ながら何もみつからなかった。それを告げた上で、朧がぽそりと問うた。 「椿井に生きた人間はもういないのかしらね」 「それはどうかな」 緋桜丸は無造作に日記を置いた。当主、忠輝の物だ。刑部が手に取り、全員が見えるよう気を配りながらゆっくりと頁を繰った。 明朗な文字が日を追うごとに乱雑に、そして文字かどうかの判別ができなくなって終わる。 「アヤカシが完全に支配できるのは本体が死んでからだ。忠輝殿の日記を拝見するに、文字と呼べないものであっても書き記そうという意志が感じられる。忠輝殿は、父や家臣達とは違い、生きているんじゃないだろうか」 誰もが息を飲み、そして同じ事を考えていた。 椿井早衣の正体がアヤカシなのではないか――?! 手にした明かりで照らす先には、禍々しく赫い液体を収めた瓶。すぅっと両目を細めた早衣が、怪しげに咲う。 「ここもきちんと見ていったようねぇ。納戸の餌も逃がされちゃったし‥‥しばらくは我慢かしら」 唇を尖らせて拗ねる。 「‥‥せっかくの餌場だったのに」 可愛らしい声とは裏腹の言葉。 ――餌場。 「志体持ちの血の味は甘いのかしら♪」 早衣は鈴の音のように声を立てて笑った。 |