【月露の瞳】小さき手
マスター名:シーザー
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/30 20:20



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 椿の眼前で、アヤカシと化していた椿井忠輝が死んだ。
 このことで五色老のひとつ、緑青が空席となった。妻、早衣の行方も知れず、子のない椿井家は実質消滅したのである。
 早衣――血を啜り肉を喰らう者。恐らくはヴァンパイアであろう。
 椿が真実の公表を躊躇ったのは、人知れずアヤカシが潜り込んだことを話せば、一枚岩でなければならない五色老や本家の重臣達に疑心暗鬼の種を植えることになるからだ。
 五色老と重臣達だけでも争っている現状に、更なる揉め事は増やしたくない。まして、信じあっている仲間同士が互いを疑い始めるなど、あってはならないことだった。
 姿をくらました早衣の調査は引き続き行うことになっている。もちろん秘密裏にではあるが、今、椿と刑部が案じているのは幼い一乃介のことだった。
 彼の身に危険が及ぶようなことがあってはならない。その前に、黒塚から離すべきだと二人は考えた。
 跡目騒動で一乃介を推す家臣達の説得には、広高の跡を継いだ刑部が請け負う。
「ではさっそく彼らを屋敷に集めます。椿殿は弟君のところへ――後は任せました」
 先だっての一件で、刑部が影で動いていたことを知った椿である。ここで彼女におとなしくしていろと言ったところで、無理な話だった。
 刑部は一乃介君のことを椿に託し、主家から程近い、屋敷へと戻った。

「椿井忠輝殿は謀反の意思ありと見なされ、椿殿承認の上、斬首された」
 広間に集まった二十人ばかりの臣下達へ、刑部は言った。この報に、一同が色めき立つ。
「これではっきりしたな。血族の中から裏切り者を出してしまうような椿殿に、この黒塚はまかせられまい」
「そうだな。これより我らが一乃介君を主君にふさわしくお育てするほかないだろう」
「椿殿には嫁にでもいってもらってだな、‥‥なんだ刑部。そんな恐ろしい顔をするなよ。お前が嫁にもらう手だってあるぞ」
 刑部の目に殺気でも宿っていたのか。軽口を叩いていた男は首を竦めて、座を正した。
「お前達が一乃介君を推すのを無理に押さえつけたりはしないが、だからといって軽率な行動を取るべきではない。物事には機会というものがある。それまで‥‥――? なんだ」
 ドタドタと廊下から忙しい足音がした。勢いよくがらりと開けられた襖から、気色ばんだ青年の顔が現れ、
「一乃介君がどこにもおられん!」
 一同は刑部をひと睨みした。この男が椿寄りであることは周知の事実だった。なにか謀ったに違いないと口々に刑部を罵りながら、部屋を飛び出していく。
「待てっ」
 後を追おうと立ち上がった刑部の鼻腔に、覚えのある嫌な臭いがした。死臭だった。
 彼らの中に早衣の手下が紛れ込んでいる。
 誰がそうであったか、思い返してみたがわからない。すぐに後を追い、当身を食らわせて阻めたのは僅か五名。残りはすでに立ち去っていた。
「まずいな」
 一乃介の護衛には開拓者達を呼んでいるはずだから、滅多なことはないと思うのだが――。人間に混ざって屍鬼がいるのが厄介だった。
 だが、なぜ早衣の手下がここにいたのだろうか。
 得体の知れない恐ろしさに、刑部は急くように駆け出した。



■参加者一覧
緋桜丸(ia0026
25歳・男・砂
無月 幻十郎(ia0102
26歳・男・サ
空(ia1704
33歳・男・砂
斎 朧(ia3446
18歳・女・巫
羽貫・周(ia5320
37歳・女・弓
すずり(ia5340
17歳・女・シ
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ


■リプレイ本文

●護衛班

 秋月刑部が寄越した下人の手に引かれ、道明寺家の若君が姿を現した。二歳の、ほんの幼子である。
「大の男が揃いも揃って鬼ごっことは‥‥捕まる気はさらさら無いがな」
 自分の膝ぐらいでしかない背丈の一乃介を見下ろし、緋桜丸(ia0026)は苦笑した。腰を屈め、
「とりあえず、初めましてさんだな」
 一乃介の柔らかな髪を、その大きな掌でくしゃりと撫でる。
「身分がわからないように町人の娘姿にしていただこうかしら?」
 斎朧(ia3446)は、小さく首を傾げながら呟いた。
「女の子っぽいっていうんなら、こんなのを持ってきたが‥‥どうだ?」
 緋桜丸が懐から取り出したのは、黒うさみみ頭巾だった。一乃介の目の前でブラブラさせてみる。
「あー。うさ、うさ」
 思いのほか一乃介が食いついてきた。嫌がる風でなく、むしろ喜んでいる一乃介の頭に被せた。
「ニクスという。よろしく頼む」
 護衛班の仲間へ簡単に挨拶を済ませたニクス(ib0444)が、一乃介へ両腕を伸ばした。抱き上げてもらえると思った一乃介は、躊躇うことなくニクスの腕へ飛び込む。大人ばかりに囲まれて育っているせいなのか、危険回避能力が欠如しているのか。初対面にも関わらず屈託のない笑顔を浮かべている。
 その笑顔はニクスに苦い過去を思い出させた。護りきれなかった少女の儚げな微笑が、一乃介のそれと重なる。
「後はこの外套を被せて、うさみみだけ見えるようにしておけば判り難いだろ」
 一乃介を背負い直したニクスへ、外套を羽織らせる緋桜丸。
 小さいけれど、確かな温もりを背中に感じるニクスは必ず護ると心に誓う。
「追っ手がかかるのは当り前だけど、ちょっと早すぎかな。刑部さんも、もうちょっと引っ張ってくれれば良いのに」
 ぷぅと頬を膨らませながら現れたのは、すずり(ia5340)。
「まあ、そう言ってやるな。アイツはアイツで必死なんだろうし」
 緋桜丸が庇う。
「私達が全面的に信頼を受けている、と解釈しましょう」と目を細めて笑む朧。
「ちょっと言ってみただけだよー‥‥っと。ボクは黒塚の関所で身元改めしてないか、先行して確認しておくよ」
 言うや駆け出すすずりを見送ると、護衛班も本家裏口からそろりと離れた。

●別働隊

 裏口から少し離れた位置で護衛班を確認する影四つ。彼らをうまく黒塚から脱出させる為、街中で誤情報をばら撒く役を担う別働隊である。
「ガキを安全な場所へ移送ねェ。ヒヒッ。まァ、少ォし遅い気もするがヤランよりはやった方が良いだろうよ」
 くつくつと笑う男は空(ia1704)だ。
 さて――。
 仲間の誰かが小さく合図した。
「散開しようかね」
 子供をこんなことに巻き込むのは感心しない、と先ほどまで零していた羽貫・周(ia5320)が言う。
「微力ながら死ぬ気で最善を尽くさせてもらわぁ」
 言って無月幻十郎(ia0102)は一番に駆け出した。後を追うように将門(ib1770)、周、空と続く。

 朝の早い時分からやけに賑やかな飯屋があった。そこに目をつけた無月がぬうと暖簾を潜る。巨躯で赤髪の男の登場に、騒いでいた客達が一斉に口を噤んだ。手近な卓へ腰を落ち着かせた無月をちらちら盗み見る。
 飯屋のオヤジに酒を注文し、そういやあ知ってるかいと不躾に隣の男へ声をかけた。早々に運ばれてきた銚子をぐい飲みに注ぎ、豪快に飲み干すと、
「さる高貴なお子がお供とあっちの方に」
 顎をくいと動かし、護衛班とは別方向を指しながら、
「向かっていったそうだぜ?」
 店の客は訝しげな顔で、「高貴なお子?」と口々に言う。
「ここいらでそんな呼ばれ方すんのぁ、一乃介君くらいかねぇ」
「いいねえ若様は、呑気で」
 朝から酒を煽る自分達の事は棚に上げ、羨ましいねと連呼する男達を尻目に無月は銚子を下げて席を移る。話題に上るよう多少の色を付けながら、見てきたような口ぶりで話して回る。
 筋向かいの茶屋で、ふらりと立ち寄った風に茶を啜っているのは周。
「子連れが大急ぎで走っていくのを見たのだけど、何か問題でも起きているのかね」
「大急ぎ、ですか」と店主。
「血相を変えていたからね。つい目が向いてしまったのだけど‥‥のんびりと旅、という風情ではなかったよ」
 店主は丸盆を胸に抱え、はあと首を傾げた。
 その頃、将門は護衛班が通ったと道すがらに並ぶ店へ顔を出し、その頃表に出ていた小坊主に小銭を渡すと口止めを頼んでいた。理穴の奏生へ行くのだと嘯きながら、さも悪人に追われて困っているのだという素振りを見せて立ち去った。

●追っ手

 秋月家を飛び出した一乃介派達は黒塚の中心街へ入っていた。攫われた若君を必死の形相で探す一派達の顔には、一様に焦りが滲んでいた。
「ちぃっ。聞けば聞くほど訳がわからなくなるっ」
「なんで子連れの話がこうもあちこちで、しかもバラバラの方角へ向かっているんだ?」
「‥‥いや、落ち着け。こうも極端な噂が街中で起きているのはおかしいとは思わないか。何らかの意図を感じるぞ」
 聡い男が呟いた。
「ともかく固まっていては時間の無駄だ。別れて探そう」
 一派は複数に分かれた。――が、三人ほど仲間と違う行動を起こす者がいた。
 手近にいた子供の腕を掴み、突如牙を剥いたのである。
「きゃあ!」
「おい! 何をするっ」
 驚いたのは出遅れた数人の侍だった。仲間だと思っていた男をよく見れば、見知った顔にも関わらずその面はまるで死人のような色をしていた。
 だが驚嘆している間にも、三人の男達は子供、子連れを見境なく襲っている。侍達は慌てて仲間の――およそそうは思えない面相の男達を止めに入った。
「イチ‥‥フヨウ」
「イチノ‥‥喰ッテ‥‥イイ」
 所詮アヤカシ。喰らうしか能のない、モノだった。早衣の意志か、それとも支配が解けたのか。屍鬼は本能のまま、柔らかい肉を持つ子らを襲った。
 黒塚の中心街に悲鳴が轟く。
 その声はいち早く空の耳に届いた。流した噂が上手い具合に広がっているか、と超越聴覚を展開していたところだったのだ。時を同じくして鏡幻を使っていた周にも、一箇所に固まるアヤカシの存在を感知していたが、護衛班との距離は大きく開いていた。
 踵を返したのは空。

 中心街の騒動も届かない町外れにある茶店の前で、無月が対峙していたのは二人組みの追っ手だった。
「妙な噂を流しているのは貴様か? どういうつもりだ」
 一人が凄む。
「真実を知っているのならば正直に話せっ」
 いきなり抜き身を突きつけてくる。
「通りすがりの‥‥え〜っと、もふらサムライなんだけどなぁ」
 飄々と呟きながらもふらの面を付けると、無月も刀を抜いた。きえぇっと掛け声を出しつつ斬りかかってきた男の攻撃をひょいとかわし、刃を返すとすかさず反撃。峰で打ち据えると、二人の男は続け様に崩れ落ちた。
 一方、将門は自身に尾行がないか警戒しつつ、護衛班が向かった関へと急いだ。
 中心街を少し外しながら関へ続く街道を歩く護衛班にも、追っ手の姿は見えず、安堵の色が見えた。が、飽きが来始めた一乃介がグズり出した。
「変わろう」
 ニクスから一乃介を預かり、今度は緋桜丸が背負う。その際に、持っていたお手玉を若君に手渡した。先を急ぐ為、ゆっくりと遊び方を教えてやれないのが心苦しいが、それでも華やかな生地のおもちゃを手にした一乃介は満足しているようだった。
「お守も楽じゃないねぇ」
 苦笑する緋桜丸の背で、お手玉をニギニギと掌で遊ぶ一乃介が声を立てて笑う。ニクスが更にあやしてやると、一乃介はご機嫌な顔で、「ニクニク」と指差した。
 横では額に汗を滲ませている朧の姿があった。紛れているアヤカシを用心する為、瘴索結界を張っていたのである。
「反応はないですね」
 安堵の溜息を吐く。三人は先を急いだ。

 騒動の渦中に到着した空の眼前に飛び込んできたのは、仲間の凶行を止めようと奮戦したらしい一派の血塗れの姿だった。息はかろうじてあるようだ。
 くん、と辺りに漂う臭気に空は顔を歪めた。
「誰か死んだ、かぃ」
 空の問いに男の一人が首を振って答えた。
「アヤカシとわかった以上、放置する理由はないねぇ‥‥ヒヒッ」
 裾を翻し、間合いを詰めた空の一閃に――屍鬼の首と胴は見事な切り口で二つと分かれ、異臭を放ちボトリと落ちた。

 おや、と周の表情が変化した。
 空を見上げる。先程まで感じていたアヤカシの気配が消えたからだ。とはいえ人の方は変わらず追っているだろうからと、混乱を期待しつつ噂を流しながら護衛班の後を追うことにした。
 周より先行している二人組の追っ手が関所へと走っていた。関所番に、通行人の注意喚起と確認を行う為である。
「すでに通った後だったとしても、すぐに馬を走らせれば間に合うだろう」
「出ていなければ、ここで必ず押さえねば!」
 走る男達に道を譲る旅の一行。恭しく頭を下げて見送っているのは、儚げな微笑を浮かべる朧。先を急ぐ男達は、外套から見える黒いうさぎの耳に気づかず走り去っていった。
 大きく安堵の息を吐き、頃合いを計る。
 早出だったせいか、一乃介は緋桜丸の背でぐっすりと眠っていた。手には気に入りのお手玉がひとつ握られている。
「足場が悪い山を、子供背負って下山っていうのは正直難しいな」
 我が身だけならまだしも、といった顔をしたのは緋桜丸だった。
 男達は何事もなく通り過ぎたと思っていたが、一人が踵を返して戻って来た。
「おい、お前達。旅の者か」
「そうですが。――なにか」
 朧は、両足を擦りながらさも痛めたからここで休んでいるのだという素振りを見せた。
「そこの男が背負っているのは子供と思うが、改めさせてもらうが構わんか」
 緋桜丸はギクリとしたが、顔には微塵も出さず、「せっかく泣き止んだんですから、起こすような真似は、どうか」と低頭に答えた。
 その影で、ニクスが緊張した面持ちで柄へ手を伸ばしていた。
「そんなもの、後でまたあやせばよかろう」
 男が手を伸ばす。その手をニクスが払い落とした。外套の中を覗かれれば終いなのだ。
「護ると誓ったんだ。やらせはしないっ」
 言うや、鳩尾へ柄頭を捻じ込んだ。もちろん手加減しての一撃である。
「‥‥突破かぃ」
 緋桜丸はすばやく外套を剥ぎ、眠る一乃介を朧へと手渡す。その間に、もう一人が関所番を連れて戻ってきた。
 走りながら鯉口を切る侍の足元へ、関所の屋根から投擲された手裏剣が突き刺さる。
「できれば戦いたくないけど、そうも言ってられないのかな」
 屋根の上で手を振るのはすずりだった。
「貴様っ、‥‥うぐっ」
 すずりを振り仰いだ男に、当身を食らわせた緋桜丸。
「っ?!」
 二人目を気絶させたニクスは、加減の難しさに汗を滲ませている。
 あ、とすずりが後方を指差した。見ると将門と周が追いついていた。ひょいと屋根から飛び降りたすずりが二人の元へ駆け寄る。
 関所へ現れた追っ手は二人だが、その目的は自ずとわかる。戻らねば、また別の者がここへ来ることになるだろう。
「もう少し撹乱させてから合流するよ」
 周は、人形を使って誤魔化すからと、一乃介の着物を手にして戻って行った。
「俺はここで時間稼ぎといこうか。貴公らはもう発った方がいいだろう」
 将門は、気を失い、ぐったりとしている二人の男を易々と担ぎ上げ、物置らしき小屋をみつけると無造作に男らを放り込んだ。
「わざわざ別働隊を待つこともない、か。早く神楽へ着くことだけを考えよう」
 単衣になった若君を外套で包むと、今度はニクスが背負った。

●宿場町

 誤情報をばら撒きながら、さも子連れですと人形へ話し掛けながら歩いてみたりと趣向を凝らしたのが功を奏したのか。それとも当身のつもりが存外に大怪我で、一派の男達がそれどころではなくなったのか。詳細は不明だが、追っ手をまいたのは確かだった。
「まったく、こんな小さい手なのに、背負い込まなきゃならんとはな」
 無月は手酌で酒を飲みつつ、お手玉で遊ぶ一乃介の小さな手をみつめた。
 幼子の歳がそう思わせるのか。置かれた立場が似ているのか。ニクスは若君の遊び相手となりながら、
「傷一つ付ける事無く、この身に代えても護りきる」
 決意と共に笑みを浮かべて子を笑わせていた。
「すずりさんは‥‥?」
 いつのまにやら姿を消したすずりを朧が探していると、無月の酒の相手をしていた緋桜丸が、徹夜で警戒にあたるのだと言った。
「そうですか」
 朧は窓辺へ腰掛け、夕暮れに染まる稜線をみつめた。
「黒塚そのものを手中に収めるつもり、なのでしょうね」
 ぽつりと呟いた言葉に、誰もが苦々しい表情を浮かべた。

●黒塚

 夕刻。
 方々に散っていた一乃介擁立派の男達が戻り始めていた。自分達が流した情報に踊らされている様を思い出し、周は小さく笑った。が、すぐにその表情が険しくなる。
「一番心配なのは、早衣がどこまで読んでいるかという事だが」
 一乃介が黒塚から連れ出されたということは、本家を含めて五色老にも早々に伝わるだろう。
 早衣の狙いは、騒動で乱れた隙をついて喰らうことか。拠点を潰されてしまった今、あのアヤカシは次にどのような手を打ってくるのだろう。
 周と同様の懸念を胸に抱いた男が、こっそりと道明寺本家へ忍び込み、刑部と出くわしていた。
「ヒヒッ。一応、刑部が出張ってきてンならいいか」
 一乃介の護衛に自分達が回された後の、椿の周辺を気にしてのことらしい。
「俺が本家を訪ねたのは別の理由だ。変に護衛を増やしても勘ぐられるだけだからな。椿殿の護衛は通常と変わらん――が」
「気になるコトがあんなら、まァ聞いといてもいいがな」
 刑部は、それが杞憂であればいいのだがと前置きしてから切り出した。
「あのアヤカシが黒塚を食い尽くすつもりで、椿井早衣に摩り替わったとするなら、椿井のない今――次は誰に摩り替わろうとするのかと考えた」
 闇のような沈黙が流れた。

 日を置いて、無事に神楽へ到着したという連絡が入り、椿も刑部も安堵した。
 なにやらすずり、というシノビの疲弊が酷く、黒羽の道場にて睡眠をたっぷりと取った後、何事もなく帰っていったと書き添えてあった。
「ああ、あの元気な女の方ですね」
 椿の記憶にも残っているようだ。
 まずは一つ。
 一乃介を魔手から逃れさせることに成功した。