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■オープニング本文 静かな朝だった。 さえずる山鳥の声と共に、川のせせらぎも耳に心地いい。だがその美しさはやがて黒々としたものに覆いつくされた。 川面を埋めつくほどに流れてきた人毛である。 それをみつけた辺の人たちは、すぐさま近くの宿場町へと向かい、自警団の出動を要請したのだった。 依頼を受けた自警団は、川の上流へと向かい、一番最初の村を捜索したが、残念ながらそこでは生きた村人の姿をみつけることは出来なかった。 そこから更に上流へ向かうと、二つの村が存在するのだが、まずは全滅してしまっている村の報告をしなければならず、団員たちはやむなく帰路に就いた。 「やはりアヤカシの仕業かのう」 団員の一人が呟いた。 「山の獣であんな食い方するモンはおらんわい」 肉片などのかけらも残さず、村人全員が食われていたのだ。獣なら多少の残骸くらいは残しもしよう。そして川には消化できない髪の毛を吐き出していたようなのだ。これが大量の人髪が川下へ流れ着いた理由である。 これらからも動物の仕業ではないことが窺えた。 「アヤカシが犯人なら、オレらの出番はないわ」 彼らの足取りは重かった。 宿場町にて。 遺跡のことなど露知らず、修行の旅を終えて神楽の都を目指していたレイ・ランカンは、空腹を満たすために立ち寄った食堂で怪しげな話を耳にする。 見れば一様に疲弊しきった顔の男達だった。なにやら会話の端々に、聞きなれた言葉が混じっていたので思わず席を立つ。 「我に出来ることはないか。これでも腕に覚えはあるのだが」 聞きなれた言葉とは、アヤカシ――だった。アヤカシで困っているのならば、己が立つ以外あるまいとレイは男達に声をかけたのである。 突如あらわれた仮面の青年に、訝しげな視線をよこす団員達。だが、レイがギルドに所属している開拓者であることを告げると、その態度が一変した。 「それなら別だ。ぜひ手を貸してくれ」 「全滅してしまった村よりもずっと上流に、ふたつの村がある。今日中には調査できないから引き返してきたんだが、そっちの皆が無事か不安でならねえ」 「急を要する村から行くが?」 判断を団員に委ねたレイだが、彼らはどちらを優先にすべきか決めあぐねているようだった。 「人手がいるようならオレ達も力を貸そうじゃないか」 ふいに声がした。レイの背後に数人の人影が立つ。只ならぬ空気を感じたレイが振り返ると、自分と同じ臭いのする者達が自信に満ちた顔で立っている。 仮面の下の双眸は細められ、 「心強いな」 不適に笑うレイは、“仲間”と呼べる彼らに向かって言った。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
風 皇天(ia0801)
20歳・男・泰
瑠璃紫 陽花(ia1441)
21歳・女・巫
支岐(ia7112)
19歳・女・シ
風和 律(ib0749)
21歳・女・騎
小(ib0897)
15歳・男・サ
ヤマメ(ib2340)
22歳・女・弓 |
■リプレイ本文 上流の異常に気づいているのは宿場街の住民ほとんどであるが、その緊急性となると甚だ疑わしいほどにいつもと変わらない賑わいを見せていた。 「何とも不気味な一件に御座いますな」 白皙の眉間に深く皺を刻み、支岐(ia7112)は初見のレイ・ランカンへ会釈をしながら呟いた。 その傍らへ現れたのはジルベリアの甲冑に身を包んだ、風和律(ib0749)。 「犠牲者が出てからしか動けなかったことを悔やむべきか、さらに上流の村に累が及ぶ前に動ける可能性があることを喜ぶべきか」 律の声は凛と漂い、瞳は揺るがず遥か上流をみつめていた。支岐もレイも顔をその視線の先へ向ける。 「そんなことを考えている前に動くことこそが最善、だな」 言いながら、律は不敵な笑みを浮かべた。 背後では自警団と話すヤマメ(ib2340)の姿がある。その横では、小(ib0897)がくるくると器用にオカリナを指先で回転させていた。 「人が困ってんの見逃す‥‥てのも気持ちわりぃしな」と小。 出発を前に、仲間が集まり出したのを横目でみつつ、 「遅れを取るつもりはないけれど、私達が三日経っても帰ってこない場合はすぐギルドへ報告するように。よろしくね」 そう自警団へ言い置いたヤマメは、小の肩をポンと叩き、仲間の元へ駆け出した。 一同が揃ったと見たレイは、協力を申し出てくれた彼らに深々と頭を下げた。 「休んでいた所を済まぬな。コトがコト故、我らにしか出来まい」 「無事だといいんだがな。とにかく急ぐとしよう」 風雅哲心(ia0135)の言葉に、改めて気を引き締めた一行は頷き、宿場街を後にした。 件の川に沿いながら先を急ぐ開拓者達。瑠璃紫陽花(ia1441)がポツリと呟いた。 「状況からしてアヤカシは川から来るようですので、道すがらも要注意ですね」 駆けて来る甲冑の音に皆が気づき、足を止めた。全滅した村を調べておきたいと言った律が追いついたようだ。 「どうであったろうか」 レイが訊ねると、 「やはりアレはアヤカシ自身の這った痕であった。餌であろう人が引き摺られたのであれば、血痕の一つもあるべきと、見落としを疑ってみたが、違うようだ。これでアヤカシは地を這う類と推察できる」 「死体を隠さない事を見ると、知能自体は低いらしい。そこに付け入る隙がある」 指先で口元を撫でながら、風皇天(ia0801)が言う。 しばらく無言の時間が過ぎ、やがて前方にひとつの村が見えた。遠目からではわからないが、襲撃を受けているようには見えなかった。或いは、すでに全滅したのかもしれない。一行の足取りは自然と早くなる。 哲心が用心の為に心眼を使った。桔梗(ia0439)は、たたっとレイの傍へ走り寄り、 「アヤカシの正体がはっきりしないから、順調には行かないかもしれないけど、頑張ろ」 ぐっと握り拳を見せる、自分と大差ない背丈の少年にレイは笑って返した。 「ただ護るのみだ」 二人のやりとりは周囲にすっかり聞かれていて、方々から、「当り前だ」の声が上がる。その声は緊張を孕んでいながら揚々と弾んでいた。 これ以上アヤカシの好きにはさせん――と、一同は駆け出した。 到着した村は平穏だった。下流の事情を知る由もなく、子らは道端や川原で遊び、女達は洗濯に井戸端会議にといつもと変わらぬ生活がそこにあった。 「‥‥」 小の顔が僅かに歪んだ。 「どうした」 レイが問う。 「なんでもねぇよ。心配かけたか? わりぃな」 苦笑を浮かべる小の脳裏に浮かんでいたのは、苦々しい古い記憶だった。アヤカシに襲われる前の平穏な村、家族。それは、今目の前にある小さな村とて同じである。壊すものか、と小は唇を噛み、オカリナを握り締めた。 「俺は橋の上で索敵しておくよ」 桔梗は言って一番に駆け出した。 「まずは村の人達を集めて事情を話そう」 襲撃がいつ行われるのかもわかっていない現状では、避難は一刻も早い方がいい。 さっそく村へ入った皇天は、大声で開拓者である旨を告げ、屋内の村人を呼び集めた。出てきた村長に事情を説明し、避難が急務であると伝える。親たちは川原で遊んでいた子供らを急いで戻させ、皆で対岸の村へと避難を開始した。 超越聴覚を駆使する支岐を先頭に、村人は年寄り、女、子供、次いで男という並びで出発。最後尾には、陽花とレイ、ヤマメが就いた。距離を置いて哲心、小も追従。 アヤカシの襲撃で滅んだ村の話に怯える子供達に、支岐は腰を屈めて声をかけた。 「少々御時間を戴くのみにて御安心を」 優しく丁寧な物言いに、半べその子供は小さな頭を頷かせた。 橋を渡る際に、桔梗と目で合図を交わした哲心は、すれ違い様に心眼を発動させる。 吹き抜ける風に不穏なものは微塵もなく、避難する村人の男達の多くが訝しがり始めた。だが、緊張の面持ちで自分達を誘導する開拓者を見るにつれ、次第に口は堅くなり、対岸の村へ到着した頃には何も言わなくなっていた。 「村長殿。川からもっとも離れた家屋はある?」 ヤマメは到着した村をぐるりと見渡しながら、これ何事かと現れた対岸の村の長に尋ねた。白髪の老人はすぐに異常を察すると、村の最奥にある集会所を指差した。 「貴方達に従おう。詳細はその後でもよかろうて」 「では早速‥‥どうした?」 ヤマメは支岐へ声をかけた。怪訝な顔で右側の耳を押さえている彼女は、超越聴覚を行っている最中だった。その支岐の様子に変化があるとするならば、それはアヤカシの出現の可能性を示す。 ヤマメも鷲の目を使った。傍目では凪いだ川面に見えるそこに、なにか得体の知れない空気が漂っていた。 川原には、皇天と律が残っている。先の村での痕跡を元に、律がアヤカシの這い上がってくる場所を推定し、そこへ皇天が仕掛けをつくるという計画なのだが。 大小の砂利がある中で、川原には流木がいくつか放置されていた。 皇天は手頃な流木を集め、律が怪しいと踏んだ位置へ数個の岩が落下するように仕掛けを作った。 「こちらが守備側なのでな。地の利は使わねばなるまい」 「地を這う類であるなら、視界は横への広がりで頭上は死角だな。ただし、それに対応するだけの知能を持ち合わせていれば別だが」 「行動を阻害できればいい。足掻けばその間にヤツも手を打ってくるだろうし、的確に順応しつつ叩く」 「ふん。簡単に言う」 「それは“出来ない”って顔じゃないな」 二人は互いの顔を見て、ニヤリと笑った。が、刹那、その表情は桔梗の怒声で険しく変わる。 「いるよ!! 気をつけてっ」 皇天は仕掛けの裏に、律はその対角線へと身を隠した。 遠くから桔梗の叫ぶ声が聞こえた。尋常ではない声である。警護に当たっていた開拓者達は一斉に振り返った。ヤマメは鷲の目で遠く――川原を見遣る。 凪いでいた水面に細かな水泡が現れていた。 「急いで!」 ヤマメは避難が完了するまで彼らについていると言い、大声で村人達へ指示を出した。 後方警備にあたっていた小は、オカリナを取り出しいち早く駆け出した。次いで哲心、陽花が走る。鎌鼬を手に支岐も続き、「頼む」と言い置いたレイが最後に列を離れた。 ヌウ、と姿を現したのは巨大なオオサンショウウオだった。濃い茶色の肌の表面にはいくつもの凹凸があり、動く度にそこから白い液体を垂らしていた。申し訳程度の短い足が砂利を踏む。その足跡はすぐに巨体によって押し潰された。赤く小さな目が、探るように左右違う方向を見た。のっぺりした大口は僅かに開いて、死肉のような舌が見え隠れする。 怖気の立つ姿だ。 仕掛けまで後少し。固唾を飲んでみつめる二人の予想を外し、アヤカシは村人、つまりエサが多く集まる村へと巨体を転換させたのである。 チッ、と舌打ちしたのは存外にも律だった。背負った大剣の柄へ手を伸ばす。 「どんだけ変てこなんだコイツ!?」 オカリナを片手にアヤカシの前へ立ったのは、小だった。小柄な少年は、うえっと舌を出しながら醜悪な敵を見上げる。 (「あんまりこの曲好きじゃねぇんだよな。何つうか、妙な感じするし」) 小はかぶりを振った。今は眼前の敵を倒すことにのみ集中すべきである。 息を深く吸い込み、怪の遠吠えを奏でた。 皇天が身振りでこちらへ来いと合図する。小はオカリナを吹きながら、仕掛けの方へと移動する。アヤカシは呼応するように後を追い始めた。緊張が走る距離で、開拓者とアヤカシがゆるりと動く。 仕掛けの真下へアヤカシの頭部が入った時、すかさず支えていた流木を皇天が蹴倒した。派手な音で木は倒れ、岩がアヤカシへ落下する。 しかし、何事もなかったように岩の下から這い出してきたアヤカシは、小だけを見ている。 じゃりっと砂を食む音がして、小は目だけを向けた。律と桔梗、そしてレイである。 「‥‥わりぃな、無理言って。さすがにおいらだけだと厳しそうでよ」 苦笑いする小に、心強い三人は満面の笑みを浮かべて見せた。 「大丈夫。少しの怪我だって俺がぜったい治すから」と桔梗。 更に後方で控えているのは哲心、支岐。陽花は神楽を舞い、仲間を力強く鼓舞した。 「随分と好き勝手やってくれたな。このまま無事に帰れると思うなよ!」 叫んだ哲心が雷鳴剣を放つ。青白い光とバチバチと音を立てる一閃が走った。 「イヤアァァッ」 一気に距離を詰めた律は大きく跳躍し、ヴォストークをアヤカシの脳天へと打ち下ろした。鈍い音をさせてアヤカシの体が大きく傾くと、崩れた流木の影から皇天が踊り出た。死角からアヤカシの右脇腹へ暗勁掌を見舞う。醜い巨体の重心がブレた所へレイの回し蹴りがめり込んだ。 アヤカシから離れるのと同時に横へと飛び退るレイ。謀ったように支岐の雷火手裏剣が礫になって襲い掛かった。 怒涛の連携攻撃に、アヤカシの動きがピタリと止まる。だが、小さな目はじっと小を捉えたままであることに変わりはなかった。 痛みを感じないのか? 誰とはなしに呟いた。一筋の汗が顎先から小石の上へ落ちる。 「?」 あれはなんだ、と皇天が言った。 「ヤツの体からなにかが出ている?」 哲心が目を眇めた。 アヤカシの全身から、蒸気のようなものが立ち上がっているのだ。それはやがて霧になり、風へ乗った。 得体の知れないそれは開拓者の目や鼻、口へと潜り込み、正体に気づいた時にはすでに動きが取れなくなっていた。次々に膝を折る。 「‥‥小っ」 律の伸ばした手の先には、オカリナを胸に抱えて倒れる小の姿があった。暗い影が小さな身体を覆う。 アヤカシの舌が小を巻き取り、飲み込もうと平たい頭を上げた。 「さ、せるか」 皇天が放つ上段蹴りは普段の半分もない威力である。 矢継ぎ早に雷鳴剣、ヴォストークの一撃、雷火手裏剣とレイの足技をもってしても、そのどれもが破壊力に欠けていて、小を解放することができない。 彼らの助力をと痺れた手足を必死に足掻かせ、桔梗が神風を舞おうとした時である。 一陣の鋭い風が皆の頭上を疾った。 ヴァァアアォォッ ガギャッ アヤカシが突如苦しみ出し、小を放したのである。砂利の上へ落下した小は、したたかに全身を打ち付けて苦鳴を上げたが、表情は安堵に満ちていた。視線の先に仲間――ヤマメの姿を見つけたからである。 アヤカシの離れた目の間には、一本の矢が深々と突き刺さっていた。 「村人の避難はすべて完了。ここは、遅れてもうしわけなかったと言うべきかね」 誰もが首を振った。 一人の存在でこんなにも勇気が出るものかと思った。 矢を打ち込まれながらも執拗に小を追うアヤカシを即射で退けたヤマメは、動きの鈍い仲間達を一人、ひとりと丘近くへ上がらせた。 「支岐殿。動ける? 手伝って欲しいんだけど」 支岐は桔梗を見た。辛そうだが必死に仲間の手当をしている。 「ヤマメ様、承知に御座います。皆様方の為に、すべてを使い果たしまする」 震える足で立ち上がり、尚も追ってくるアヤカシへ向き合った。 距離を測る。目測ではあったが、二人の射程内ではある。桔梗が回復を終えるまで持ち堪えさせればいい。 ヤマメは矢を番え、支岐は手裏剣を手にした。 呻くアヤカシの腹目掛けて、一気呵成に駆け抜けていくのは皇天とレイである。左右から同時に跳躍し、皇天は暗勁掌を、半身を捻ったレイはそのまま左肘を見舞った。寸前に喰らった上顎の攻撃で二人の口端からは血が垂れていた。 が――。 毒霧を放つことがわかれば、常に風上に回り込めばいい。こちらは百戦錬磨の手練れである。向こうにもう勝ち目はない。 「皆様、存分に戦ってください!」 陽花は皆の背を押すように華麗に神楽舞を舞う。 「ゆけっ」 矢が疾る。 「行きまする」 シノビが駆ける。 尾の一撃を喰らい、肋骨の二、三本はイッたかもしれないが、勝ちの見えた戦である。容赦など皆無。律は、重い甲冑を物ともせずにアヤカシの頭上へと飛び、不敵な微笑を貼り付けたまま大剣を振り下ろした。――肉と骨が潰れる鈍い音がした。 「電撃纏いし豪竜の爪、その身で味わえ!」 雷が川原の小石や岩を蹴散らしながら疾走る。咆哮しながら奥義を放つのは哲心だった。 川の水を噴き上げて、微塵に散るアヤカシ。夕立のような激しさで、水がバシャバシャと降ってくる。濡れ鼠になりながら、皆は歓喜の声を上げた。 自警団への報告の為、皆の治療を終えた桔梗とレイは先に宿場街へ戻ることにした。 「討ちもらしがないか、川の調査をしてから戻ろうと思う」 ヤマメは言って川辺に下りた。そこから川伝いに戻るらしい。 「退治後も、念の為安全の確認を行いまする」 追うように支岐も川原へ走った。 全滅した村の供養してから戻るのは哲心と小。 「‥‥せめて、そのくらいはしてやらねぇとな」 「俺も供養してから宿場街へ戻る」 未だ不安な面持ちで一行をみつめる村人に、安全であることを説明しているのは陽花と皇天だ。村の周囲に鳴子のひとつでも仕掛けておくべきだとアドバイスする皇天。 柔らかに笑む陽花は、アヤカシの襲撃に間に合ったことを心の底から喜んだ。川面は平穏に煌いていた。 |