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■オープニング本文 その約束は、けして違えられるものではなかった。 信じていたからこそ、魍魎が跋扈する刻限でありながら屋敷を抜け出したのだ。 人目に付くことを避けるようにして、薄暗い道を選んで走った。 愛しい男の文字が躍る手紙を胸に抱え、――走った。 闇に潜んでいるかもしれないアヤカシに怯えつつ、これから始まるだろう幸福に染まった時間を思う。 ああ、だがしかし。 そこには誰もいなかった。亡骸すらもない。 少女は乱れた息を整える間もなく、辺りを捜し歩いた。恐怖などどこにもない。彼女のすべてを支配しているのは、待っているはずの恋人のことだけである。 白々と夜が明け始めても、少女は男を捜し続けた。 裏切られたのだと心のどこかが気づき、頬を濡らしているというのに少女は諦めない。 姿が見えなくなって捜索していた家人に見つけられ、屋敷に連れ戻される頃には涙も枯れ果て――胸の奥のずっと奥深く。 氷のように冷たく、研ぎ澄まされた剣のように鋭く光り、彼女はいっさいの男を拒絶するようになった。 白いものがちらつく寒い日でも、私塾内に設けられた休憩室は温かく、放課後だというのに女生徒達で全席埋まっていた。 「冬海の誕生会の話は何回聞いても」 「羨ましいよねぇ」 「夢のような時間て、きっとああいうのを指すのよ」 吉野冬海は、ひと月前の誕生会を思い出し、とろんと目尻を下げた。祖母が企画してくれたパーティーに開拓者がホスト役として現れたのだが、そのスマートなダンスや演奏会は素晴らしく、なにより冬海を虜にしたのは―― 「いちいちセリフがあっまぁぁぁいのッ。もう、あれを経験したら塾の男子なんてお子様過ぎて相手にならないわ」 両手を上げて溜息をつく冬海に、友人達も大きく頷いて同調する。 「私の誕生会もその趣向でやるわ、ぜったいに!」 鼻息も荒く決意を語る友人の背後に、すっ、影が立った。 「今は陽が落ちるのは早いのよ。いつまでも残っていないで早く帰りなさい」 「河村先輩」 冬海が気まずそうに呼んだのは、兄、武人と同学年の先輩だった。目元涼しく、秀麗な顔立ちは人目を引く美しさだったが、剣のある口調は特に下級生から敬遠されていた。 真面目で厳しい先輩の登場で休憩室内の空気は一変し、ぞろぞろと皆退室始める。冬海達もその流れに従い、休憩室を後にした。 家に着くなり、冬海が向かったのは兄の部屋だった。似非ジルベリアな別棟は二人の部屋だけで占められているという贅沢さだ。 入ります、の言葉もなしに兄の部屋へ飛び込んだ冬海へ、武人の嫌味が飛ぶ。 「もう一度躾けし直そうか?」 「そんなことはいいのよ、兄さま」 冬海は怯まなかった、どころか無視である。傷ついた表情を見せた武人だが、それにも冬海は触れない。 「河村先輩って、どういう人?」 立て板に水が流れるように、冬海はサロンでの一件を話した。 「河村? って、河村優羽のことか?」 妹が大きく頷いたのを見て、武人は読んでいた文学書のページにしおりを挟み、 「どういう人もなにも‥‥至って普通の女生徒だと思うが、確かに彼女の物言いには棘があるから敬遠され気味ではあるな。だが、男子に対してはもっと扱いは乱暴だから、休憩室での注意なんてやさしいくらいだ。――それに、彼女は間違ったことなんて言っていないじゃないか。大体、お前は」 放課後にいつまでも残っていたことを説教しようと、武人の兄ボタンにスイッチが入る。 冬海は、この長くてしつこい説教から逃れる術を身に着けていた。ヒントは誕生会――だ。 「兄さまのそのお話は長いの? だったら、夜の御伽噺にしていただいても構わない? 兄さまの声はとても優しく響いて、冬海は大好きなの」 ずい、と顔を近づけて、「冬海はまだ子供ですもの」と上目遣いでみつめると、 「す、するはずがないだろう。お前はずるいぞ。子供だと言ったり違うと言ったり」 狼狽する兄へニッコリと妹スマイルを向ける。 「では河村先輩について、教えていただけませんか? どうして男子には酷い態度を取るのかという点を特に」 ああ、また嵌められたと武人は項垂れた。 そして、すっかり逆らえなくなってしまった妹の質問責めに、夜明けまで付き合わされることになったのである。 「おい? 妙なことを考えるなよ?」 冬海の虹彩がやたらと煌めいているのを見て、武人は嫌な予感しかしない。 「だめよ、兄さま。そんな悲しい過去を引きずっていては‥‥世の中には酷い男もいるでしょうけれど、そういう男ばかりじゃないってことを知っていただかなくちゃ!」 兄がどんなに引き止めても、妨害しても、妹は走るのだろう。――開拓者ギルドへ。 妹よ。お前にいつか普通の恋がやってくることを、兄は切に祈っているよ。寝不足で真っ赤な目をしたまま、武人は妹を見送った。 そして急遽開催が決定した、冬海主催のお茶会へ、男を信じない河村優羽は半ば強引に招待されるのである。 |
■参加者一覧
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
尾上 葵(ib0143)
22歳・男・騎
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
ライディン・L・C(ib3557)
20歳・男・シ
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟 |
■リプレイ本文 招待客である河村優羽に本来の目的を悟られないよう彼らはそれぞれ使用人に成りすまして待った。 表の格子戸がからりと開き、客人が顔を覗かせる。聞いていた通りの優等生らしい少女だった。清楚な色合いの外套に包まった優羽は、声が掛け難いのか手にしていた教本を胸に立ち竦む。 「いらっしゃいませ、お嬢様。お待ちしておりました」 エグム・マキナ(ia9693)は、優羽の前へ歩み寄り、手を差し出した。茶会に呼ばれたことも目の前の青年が開拓者であることも気づかない優羽は、何とも秀麗な使用人がいるものだと関心しながら荷物を預けた。 肩に軽くかかった粉雪を払い、エグムがにこりと笑う。 「あ、ありがとう」 優羽は顔をぷいと逸らして歩き出した。 玄関の引き戸を開けると、次に出迎えたのは尾上葵(ib0143)である。中性的な風貌をした青年の出現に、優羽は軽くため息を吐いた。柔和な印象のエグムと違い、長身の尾上からは端正な顔も相まって威圧感さえ感じる。だが、彼は恭しく視線を下げると、ふ、と微苦笑を浮かべた。 「今日一日は、河村優羽、お前の騎士となろう」 優羽は初見の騎士という男をまじまじとみつめた。彼に外套を渡し、エグムと共に屋敷の中へ入った。 履物を室内用に履き替え、応接室へと向かうと、庭掃除に励む奇妙な格好をした庭師を見かけた。もふら柄のエプロンをした、金色の髪の青年。ちらつく雪を髪飾りに、青年がこちらを振り返った。 「おや、素敵なお嬢さんがいらしたようですね。冬海殿が中でお待ちしてますよ」 エルディン・バウアー(ib0066)は、光る汗を拭いながら満面の笑みで応接室の扉を指した。 「わ、わかりました」 3人目の煌びやかな使用人を前に、優羽の顔は険しいものへと変わった。どこかおかしい、と。 両側に立った男前2人が同時に扉を引くと、勢い良く飛びつかれた。 「今日は楽しまれて下さい、優羽姉様。あ、姉様って言われるの、嫌ですか?」 不安げに上目遣いで優羽を凝視してくる少年。彼がずり落ちないように優羽は思わず抱きとめていた。心臓が事実を認めて跳ね上がったのはそれから数秒後の事である。 羽喰琥珀(ib3263)は、拒絶されなかった事がとても嬉しくて、ニパッと笑って見せた。 「別に嫌ではないから、好きに呼ぶといいわ」 年上男性に囲まれて緊張していたのか。琥珀の前では和んだ表情を覗かせた。 「‥‥お、もう来たんか。‥‥よう来てくれたな。ありがとさんな」 顎を長箒の柄で支えながら、挨拶したのは央由樹(ib2477)だ。 優羽は、由樹と名乗った彼の悲しげな色の目に首を傾がせた。そしてそのままチラリ、チラリと視線を青年達の上を這わせ、 「冬海さんから呼ばれたのは勉強が目的ではないようね。まんまと騙された自分が恥ずかしいのはもちろんだけど、人を騙すなんて卑劣な行為ができる冬海さんを軽蔑するわ」 「先輩思いの冬海さんの気持ちを汲んであげてほしい。美味しいものを食べるだけでいいから」 憤慨する優羽の背中に手を添え、千代田清顕(ia9802)はソファを勧めた。その後ろから、舌をぺろりと出した冬海が顔を覗かせる。 「ごめんなさい。でも――きっと楽しい時間が過ごせるから」 清顕が差し出したカップの中で、白い花がふわりと開いた。 「す、少しだけなら時間を割いてもかまわないけど。――さっきからあちらが賑やかなんだけど、もしかしてまだ?」 お茶を一口含んだところで、厨房の方から賑やかな音と声が聞こえ、優羽は呆れた声を出した。 ああ、と冬海他一同が手を打つ。厨房では茶会に使う菓子(ライディン・L・C(ib3557)曰く、手巻きクレープなのだとか)を調理中の仲間がいた。 よくよく室内を見渡せば、勉強会には明らかに不要だと思われるものがそこかしこに置いてある。優羽は、同学年の武人の妹だという理由だけで、今日の勉強会に付き合うことにしたのだが、冬海の真意はまだ測れていない。帰ると言っても帰してはもらえそうにないと諦めて、派手な音をぶちまけている厨房の二人の様子を覗きに行く事にした。もちろん見目麗しい従者を連れ立って。 こういう事はコッソリと、と片目を瞑って笑うエグムに従い、扉は薄く開ける。隙間に8つの顔が縦に並んだ。 一畳近くある広い卓の上には、クレープの具材が大皿に盛られていた。 「別に毎回お菓子しか作れないワケじゃないよっ? お腹を満たすってことは、相手にリラックスしてもらうって事なんだからっ」 突きつけられたライディンの人差し指を、笑顔で受け流すアルマ・ムリフェイン(ib3629)は白い粉塗れだ。まったく、と苦笑いしながら粉を叩き落とすラピィが、思わず粉を吸い込んでむせた。 「叩いた自分が粉にむせるなんて間抜けね」 優羽が呟く。 見られていた事に今頃気づいたラピィは、一瞬だけ驚いた顔を見せたが間抜け呼ばわりくらいでは凹まない。 「めげないよ。粉塗れなのは君の為に繋がることだからね」 ラピィはアルムと顔を寄せて、ニコリと笑った。 心底納得したかは不明だが、冬海の言う楽しい時間とやらに優羽は付き合うことにしたようだ。 テーブルの上には件のクレープが並び、暖かな飲み物は優羽の好みと気分に合わせられるよう多様な種類が準備されていた。不思議な形をした陶器のポットには深い紅色のジャムがたっぷりと入っている。 「私の手作りスコーン、いかがでしょうか?」 エルディンが自分の真向かいに座る由樹へ一切れ差し出し、照れる彼の口に強引に押し込むと、その横で怪しげな微笑を浮かべていた清顕にもご同様。やや強引過ぎたせいか、ジャムがエルディンの指にぺっとりと付いた。 おや、と笑った顔は少々聖職者にあるまじき蠱惑的な光を湛え、さも零したのは清顕のせいだと言わんばかりに指を突き出した。 「ジャムが指に残ってしまいました。私の手作りなのですよ、勿体無い。はい、どうぞ♪」 清顕は一頻りその指をみつめると、ニヤリ。受けて立つ気満々である。エルディンの指を躊躇いなくパクリと咥えてジャムを舐め取った。 「‥‥美味しい指だね」 優羽はこの光景をきょとんとした顔で見ていたが、冬海は悶絶。アルムが心を込めて淹れてくれたミルクティをがぶ飲みしている。 「あれはジャムを褒めてるの? それとも指の味を褒めてるの?」 そう耳打ちしてくる優羽に、冬海が何かを語ろうと口を開いたが、琥珀の、「じゃじゃーん!」という掛け声で打ち切られた。 ガラスのコップを卓の上へ二つ置き、手品を始める。一方には水だけ入れ、もう一方には飽和した砂糖水をいれておいたものだ。花柄の小皿に乗せられた角砂糖を摘み、琥珀が水だけのコップへ落とすとすぐにそれは溶けてなくなった。だが、もう一方の角砂糖は溶けないままだ。 「なんでぇ?」と驚く冬海。優羽は「へえ?」と感心しきり。 「水に溶けるって思い込んだからひっかかったんだー。同じように見えて本当は違うって知って、思い込み捨てれば、もっと沢山のものが見えてくるよ」 驚いた冬海には軽くウィンクして見せ、優羽には柔らかく笑んで言った。 琥珀の手品の意味に気づいた優羽は、そこでようやく今日の茶会の目的を知る。自分の過去を知っている塾生は多い。駆け落ち当日に好いた男に裏切られた哀れな女を慰めようとしているのだろう。そう思った優羽の顔が、静かに強張った。 「優羽はチョコは嫌いか?」 ぶっきらぼうに問われた。斜向かいに座っていた尾上が、眉ひとつ動かさず再度訊ねる。 「まあ、普通には」 「そうか、ならばこれを一口どうだ」 何を思ったか、尾上はトロリと溶けたチョコに苺を漬けた。長い楊枝の先に刺さったチョコ付き苺を、「あーん」とこれまたぶっきらぼうに低い声で言い放ち、食えと突き出す。 皆の視線を浴びながら、勇気を出して苺を頬張った。この程度の事で、あの悲しみが癒されるはずがないのだ。意地を張ったように硬くもない苺を一心に噛み砕いた。 だがどうしてだろう。部屋に入ってすぐに出された紅茶の温もりと、舌の上で溶けていくチョコの甘さが心に沁みる。 自分の悲しみを癒したところで、彼らに何の得があるというのだ。優羽は鼻の奥にツンと走るものを感じつつ、咀嚼し終えた甘酸っぱい苺を嚥下した。 応接室の少し奥。カルタ取りの為に場所を空けておいた所でアルムが先に陣取り、優羽と冬海を手招きする。 「とっておきのカルタだからね。楽しんで? 喉が渇いたらいつでも僕が温かいミルクティを注いであげるから」 ふわりとした微笑を湛え、アルムが両腕を広げた。 皆の自作らしいの、と冬海がこっそりと教える。 どうしてそこまで、と喉まで出かけた言葉を優羽は飲み込んだ。自分を囲む彼らをぐるりと見渡してみる。由樹の横へ当然の顔で座る清顕。焦って距離を取る由樹の肩がぶつかり、その拍子に危うく顔面を激突させる寸前で止まって胸を撫で下ろすエグムと尾上。 ぶつかれば冬海殿が喜ぶのに、と不可思議なことを笑いながら言うエルディン。 カルタの取り札を床に並べる琥珀の尾がリズミカルに振られていて、この余興を楽しみにしているのがよくわかる。 (「彼らは――」) パチリとラピィと視線が合わさった。首をほんの少しだけ倒し、青年は目を細めて笑いかけてくる。優羽は堪らず目を逸らした。 強引な婚約を推し進めた父親が、機嫌取りに雇った楽師や贈り物の山とは大きく違う。彼らの振る舞いが男性への過剰な拒絶を解く。 「男に負けるのが怖いのかい?」 一頻り由樹をからかった清顕が言う。雲り顔の優羽が、カルタに難色を示したと思ったのだろう。 優羽は息を吸った。 「怖い? ふふふ、負けないから」 優羽が吉野家に来て、初めて見せる年頃の笑顔だった。 通常のルールを変更。カルタは皆が順に読み上げることと、その際は優羽の横に座ることとした。その気になれば句を覗ける位置にゲストを配するという、かなり偏ったルールである。 一句目。緊張の瞬間だ。軽く咳払いをしたのは尾上だった。句の作者はエルディンで、 「甘い苦い、酸っぱい辛い、恋の味‥‥」 ぶっきらぼうで抑揚なく、眉間に皺が寄る尾上だったが思い当たるところでもあったのか。作り物めいていた美麗な顔が柔和に緩む。見惚れていると、取り札は由樹の手の下に――。勝負事には容赦がない由樹である。もちろん女性陣の手が伸びれば譲るつもりだったが、二人の視線は尾上に張り付いたままだったのだ。 続いての読み手はエルディンだ。 「想うのは、ただ一人の事‥‥お前やで?」 独特の発音を器用に真似してため息をひとつ。 「お前だけ、なのに‥‥恋人に捨てられ苦い経験をしてから、彼女いない歴X年です」 しみったれた空気を払拭するように、「次は私ですね」と明るい声を出しておきながら、エグムは妖しく視線を落とし、声のトーンも滑らかに低く、 「俺は百まで‥‥」 まるで囁く様に詠み上げ、 「――君を、忘れぬ」 口元に薄い笑みを浮かべたまま伏せた睫を持ち上げる。二人の少女をみつめる瞳に、誠実な教師像は欠片もなかった。 ぐは、っと年頃の女の子にあるまじき呻き声を上げた冬海の背中を擦る優羽の顔は、屈託なく笑っていた。後輩が彼らの一挙手一投足、言葉などに都度悶えるのは理解できないが、不快感はない。純粋に楽しんでもらおうという思いが、実際に楽しんでいる彼らを見ていると伝わってくるのだ。 「次は俺の番なのに、優羽ちゃんてばヒドッ」 札を顔に押し当てて、ラピィが大げさに妬いて見せるが目尻は下がっているし、口は思いきり笑っていた。じゃあいくよーと、 「君がいると、月が美しく見えます」 歌うように句を読んだラピィは、ふふっと喉を鳴らして「負けたらこの内の誰かにぎゅってしてもらうこと♪」と顔を突き出して言った。 「む、無理に決まっているでしょう! だって勝つのは私なんですから」 恥ずかしいの一言が言えず、つい強がってしまう。彼女の強がりは他人を寄せ付けないバリケードなのだが、徐々に剥がれていくのがわかる。 むぅと難しい顔をしているのは由樹。札を凝視して、何事か呟き暗示をかけている模様。 「頬伝う、雫は夜半に甘い雪へと」 尾上の考えた句だ。静かで甘いセリフは由樹を耳まで赤くさせた。すかさず取り札は琥珀の手の内へ。 負けたくない由樹は取り札の数が結果やと喚き、次を読めと催促する。 沈黙がややあって、両耳をぺたりと垂れ下げたアルムが口を開いた。 「南十字に花願い君にこう‥‥」 句に込めた思いを優羽にだけ告げる。――宝石箱に輝く星で、可憐な花。優羽ちゃんみたいなね。花言葉は願いを叶えて。咲いてって恋う、請う、ってね。ふふ。捻くれてるんだ、僕――と。 美少年の囁きにくらりとした隙に、件の札は何だか妖しい雰囲気の二人の重なった手の下に。 「俺が下やろ」と鼻息荒い由樹の手を、 「そんなに欲しいならあげてもいいけど」と握り締める清顕だったが、猫が毛を逆立てる勢いで顔を赤くさせる由樹へ取り札を譲り渡した。 「あーはいはい。次俺ねぇ‥‥ぅぐ」 句に目を通した琥珀が思わず喉を詰まらせた。閉じた唇から犬歯を僅かに覗かせたがすぐに意を決し、 「優しげな小鳥の如き君の羽を、懐に抱いて雪解けを待つ」 元気な弟の顔は形を潜め、窺うように琥珀の尻尾の先は優羽の手首へ絡んだ。そんな風に見られると札が取り難いのだけど、と優羽は苦笑する。 結局、様々(まさに、さ ま ざ ま)な妨害にあい、優羽の結果は散々だったが、ぎゅ、の刑が減刑された事もあって後悔はないようだ。 「さあ、勉強をしましょう? こちらが本分ですものね」 言って自分の荷物を解こうとする優羽に尾上が声をかけた。ギクリとするエグム。彼は、かつての恋人の現状を伝えようとしているのだ。 「御伽噺は終わりや。優羽は」 「尾上くん」 エグムが尾上の腕を引き、首を振って見せた。すでにこの茶会の意図に気づいている優羽は、尾上とエグムに向き直ると深々と頭を下げた。 「その先は見当がつきますが、もういいんです。今日のこのお茶会で、私は自分の愚かさに気づきましたから」 脳裏に由樹の悲しげな目が浮かぶ。瞳を伏せ「今度、高塚さまをお呼びして私も茶会を開きます」とはにかみながら言った。 その言葉にすべてが集約されていた。 「バレてたの?」 冬海の顔は少し焦り顔。 「だって‥‥使用人にしては、みんな素敵過ぎるもの」 優羽はクスクスと笑った。 口元に細い指先を宛がい、眩しく微笑む美少女を見て、教鞭を取る男が呟いた。 「‥‥惜しいですね。10年前ならば」 ぎょっとする皆の前でエグムは超絶爽やかな笑顔で答えた。 「私が若ければ、ですからね?」 ‥‥――ほんとうだろうか。 心を通わせたあの人が幸せになりますように。 彼らのおかげで優羽は心底そう思えたのだった。 |