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■オープニング本文 乙女の悩み。それは古今東西を問わないものだろう。 ここ、神楽の都にも、例に漏れず、この悩み――障壁、それとも障害?――に直面したお年頃の乙女がいた。 「そんなはずはないわ! うそっ。きっと測り間違えたのよ」 薄い肌着一枚になり、吉野冬海はもう一度腰周りのサイズを測り直した。 「‥‥」 くるりと胴回りを一周して戻って来た紐の先を握り、少し思案する冬海。えい、と心持ちきつめに絞ってみる。紐を持って交差させた両手の先が、プルプルと震えていた。それはすでに“心持ちキツめ”を遥かに越えていたが、少しでもサイズを誤魔化す、いや正確に測っている証拠なのだ。 そんな風に、ズルをしてまで再計測したウエストサイズは、四捨五入してようやく1センチだけ細くなった。 「ぷっはー! そんな。2ヶ月でこんなに!?」 待って、これはきっと肌着を着ているせいよ、とブツブツと呟いた冬海は、うっすい木綿の肌着を男らしく(彼女は女の子だけれど)脱ぎ捨てた。 そんなものを排除したところで、さしたるマイナスにはならないだろうに。彼女は兎にも角にも細身という結果が欲しいらしい。 「ちょっとそんなハズはないわよ! だって裸よ、裸。私、真っ裸なんだからっ」 ひとつ訂正するならば、吉野冬海は全裸ではない。脱いだのは上半身だけなので、半裸が正解である。――冬海には同じことなのだろうけれど。 「ということはよ? あの着物が着れないってことにならない?」 くるりと踵を返した半裸の少女は、箪笥の一番下にある引出しを開けた。一番上に置かれてある真新しい着物を手に取る。春らしいピンク色の地に、鮮やかな梅の花が散りばめられた振袖だ。 着物とてサイズはある。ジルベリアのドレスとは違って細かな規定はないが、やはり着た時にもっとも美しいラインが出るのが、その着物に対してのベストな体型なのである。胸が足らなければ詰め物だってするのだ。 「やっぱりこの肉だよね。コイツが元凶なわけよね」 冬海は自らの下腹を摘まんだ。 確かに、ぽよんとした肉が、冬海の二本の指の間で申し訳なさそうに摘ままれていた。 「決めた」 冬海は腰に手を当て、 「だいえっとする!」 えいえいおー! と右拳を突き上げ、鼻息もふんふんと荒い。 襖の向こうから声が聞こえた気がしたが、だいえっとに目覚めた冬海はそれを無視した。 からりと襖が開き、部屋へ入って来たのは武人だった。 「冬海、いい加減起きないとちこ、く‥‥うわああああああっ! なんて格好をしているんだ、嫁入り前の娘がががっっ」 妹の半裸を思わず見てしまい、動揺し過ぎの兄は「が」を多めに言ってしまったことにも気づかない。 「あら、兄さま。おはようございます。私、今日からだいえっとしますから、そのつもりで」 「どうでもいいから、早く服を着ろ」 両目を瞑り、追い払う仕草で着替えを促す武人。 「兄さまが出て行けば済む話だと思いますけど‥‥。そうだわ、兄さま。ちょっと聞いてみてもいいかしら。殿方って痩せ型とぽっちゃり型とどすこい型とでは、どれがお好きなのかしら?」 「痩せ型? ぽっちゃり? ――‥‥ど、どすこい?」 妹の問いの意味がわからず思わず目を開けた武人は、ひっ、と小さな悲鳴をあげて再度目を瞑った。 「ぽっちゃり、かな。あまり痩せていては魅力に欠ける気がするし。どすこいは‥‥うん。好きな人にはたまらないんじゃないか。って、いったい何の話なんだ」 「ひどいわ、兄さま!」 「おふっ」 妹の拳を肩に喰らい、武人は呻いた。なぜグーで殴られたのか、武人は皆目見当がつかなかった。もちろん、妹が宣言した“だいえっと”の意味くらいは知っていたけれど、それが彼女とどう関係しているのだろうかと武人は考えた。目は閉じているから、その、愛らしい、妹のラインはわからないが、普段の彼女の姿を思い浮かべてもみたが、とくに太りすぎているとは思わない。 だが、思い込んだら一直線な冬海の性分を知り尽くしている武人は、ほどほどに、と告げた。 「無理はしたらダメだぞ。往々にしてそういった類は、おうっ」 また殴られた。武人は膝を下り、視界に飛び込んだ妹の生足に驚いて両手で目を覆った。 そして思う。 どうしてこう女の子という生き物は、見た目を気にするのだろうか、と。 だが兄が容貌を褒めたところで、「なにを言っているの兄さま。気持ち悪い」とあしらわれるだけだ。 過剰なだいえっとから妹を守り、適切な助言、それから――――慰めてやって欲しい。冬海は冬海なんだよ、と。少々見た目がふくよかになったって、可愛い妹なんだよ、と。 武人は、涙で床を濡らしながら、後でギルドへ行こうと心に誓う、もとい、予定を入れたのだった。 「あら、兄さま。泣いているの? 少しは開拓者の方々から男とは何たるかを教わるといいですわね」 「そんな冬海は、やせ、おっふ! ふと、ごっふ!!」 誕生会では、彼女を心底満足させられた開拓者の面々だったが、体型を気にして少々気が立っている冬海に対抗できるのは、もはや彼らしかいないと思う。両親、とくに父親など歯牙にもかけられないだろう。 愛する妹の拳によって静められた武人は、意識を手放す刹那、まるで遺言のように呟いた。 「後はまかせた。がくり」 |
■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179)
20歳・男・巫
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
千代田清顕(ia9802)
28歳・男・シ
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ
ミリート・ティナーファ(ib3308)
15歳・女・砲
ライディン・L・C(ib3557)
20歳・男・シ
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●一日目=社交ダンス パンパンッ、と小気味のいい手を打つ音が応接室に響く。 「以前踊ったフォークダンスとは違い、スポーツに近いかもしれません。姿勢をきれいに保ついい訓練です」 ジルベリア出身ということもあり、ダンス講師を申し出たのは春の陽光のような眩い笑顔を振りまくエルディン・バウアー(ib0066) だった。 「体の芯を意識して踊ると、内側の筋肉が鍛えられて痩せやすくなるんだよ。女性らしい体つきになるしね」 神父の説明に補足したのは、千代田清顕(ia9802)。このメンバーの中で唯一のオフェンスだと、吉野冬海が思っている人物だ。そんな妄想癖が、実は今回のダイエット作戦の中に盛り込まれていることを彼女は知らない。 「まずは見本をみてもらいましょうか」 エルディンが言うと、エグム・マキナ(ia9693)がその心根のように真っ直ぐな背筋で部屋の中央へと足を運ぶ。 「――では、武人君。手伝って頂けますか?」 実はこっそりと様子を窺っているのをエグムは気づいていたのだ。冬海の兄、武人は「ぅへ?!」と間抜けた声をあげたが、有無も言わさぬ眼力でみつめるエグムに根負けし、その手を取った。 「組んだ時のステップもまた難しい物ですからね。なに、多少の粗相など問題ではありませんよ」 手を取った瞬間に“女性役”が決定付けられていた武人は初めこそ困惑していたが、エグムの慈悲深い紳士笑顔にしっかりと騙されて、モタつきながらも必死にそのエスコートに従う。内心は、妹のダイエットが成功する為の自己犠牲なのだと信じ込ませているのだが。 一通り基本動作を踊って見せると、意味ありげにニタリと黒い微笑を浮かべている冬海へエグムが手を差し出した。 「さて――お付き合いいただけますか? お嬢様」 合図の弦が爪弾かれた。アルマ・ムリフェイン(ib3629)とミリート・ティナーファ(ib3308)は、甘く囁くような室内楽を奏で始めた。 ダンスパートナーという大役から逃れられた武人の目に、頬を染めて踊る妹の姿は何とも愛らしく映る。 その横ではダンスという名の火花が散っていた。互いの性質が攻め手であるが故の火花である。 ぐいと腰を引き寄せ、全身を密着させてくる清顕に女性役として扱われるもエルディンは大人の対応を見せた、が。 「‥‥神父さん結構いい体してるよね」 「な、何をいきなり。‥‥恥ずかしいじゃありませんか」 熱く息がかかるまでに唇を耳元へ寄せて囁く清顕に、ビクリと上半身を跳ね上げさせて反応してしまったエルディン。そんな自分が恥ずかしく思えて、慌てて冬海の姿を探した。ダンスの教え子にこんな姿を見られては、と思ったがにんまりと笑いながらクルクルとエグムと踊り去っていく冬海を見て赤面する神父だった。 「シャイな照れ方がいいね。金平糖を齧った時に感じる弾けた甘さみたいで」 「そういう事は女性にのみ言うべきですよ」と赤い顔の神父は清顕を突き放した。 気を取り直したエルディンが次に手を取ったのは、央由樹(ib2477)。普通ならここで「なぜ私ではないの?」と女性は思うかもしれないが、冬海は少し違う。大喜びなのだ。エグムを翻弄させる回転速度は期待度に同調するように早まっていく。 清顕の時とは打って変わり、神父は少し皮肉めいた意地悪なトーンで由樹と踊り始めた。もちろん由樹は最初から女性役だということに不満ありありの表情であるのに、 「ふふ、いい腰つきですね」などと星が零れんばかりの笑顔で褒めてくるが、腰に回した手が妙な動きで擦る。くすぐったいそれに、 「っ‥‥お、まえ‥‥わざとやっとるやろ」 赤面しながら耐える由樹。ダンスなのにプルプル震えながらカニ移動する。 最高です! と心を震わせている冬海の手をエグムから清顕が受け取った。萌えっこをお姫様抱っこすると、 「冬海さん、子猫みたいに軽いじゃないか。痩せる必要あるのかい?」 重い重いと思っていた自分を軽々と抱き上げてしまう清顕に、冬海の心臓はやはりドキリと反応する。彼と由樹を応援する時のドキドキ感とは違うそれに、冬海は戸惑い、こっそりと仕舞いこんだ。 そんな女心を知ってか知らずか。清顕はパートナーを由樹へ変更。冬海の手はエルディンへ。楽しそうな雰囲気に楽の奏者も参戦した。 ミリート・ティナーファ(ib3308)の手を紳士のエグムが取る。 「えととと。わ〜、踊るの初めてだけどこんな感じなんだ」 やたらターンが上達した冬海とぶつかりそうになるが、そのわたわたした必死さがとても可愛らしくて、エグムは柔らかく微笑んだ。 アルマ・ムリフェイン(ib3629)が冬海の傍へ行き、一度はエルディンから少女の手を奪うも、意地悪く「あげません」と奪い返された。ムゥと拗ねた表情を見せ、「エルちゃんの意地悪」と、仕返しにリズムを一気に早めるが、ダンス超初心者のミリートには難易が高すぎた。 「けほん」 踊りを止めて咳き込んだ小さな歌姫を、ぎゅっと肩越しに抱き締めたのはライディン・L・C(ib3557)。意地悪が過ぎるよ、めっ、とアルを窘めた。 そんな健康的なシーンが繰り広げられているというのに。 「‥‥ええんか? え‥‥な、何?」 顔を赤くしたり青くさせたりと忙しない由樹だが、その耳元で、あの、清顕の唇が何事かを囁いている。吐く言葉が粉砂糖のように甘い男。 冬海をお姫様抱っこした事を妬いていないと答えた由樹の肩に顎を乗せて溜息を吐き―― 「ちょ! 首に口つけんなやっ」 シャーッと毛を逆立てて威嚇するも、逃げたら負けだよの一言でじっと耐える由樹とは裏腹に、 (「今回も良い仕事です、清顕さん」) クルリ、ターンで決めポーズ。キラキラ星屑が零れる満面の笑顔の冬海だった。 ●二日目=舞踏&ジョギング 六条雪巳(ia0179)が用意しておいてくれた浴衣と扇子を各々が持ち、踊る準備万端。 (「男性でも舞を極めれば所作があんなに綺麗なものになるんですねえ」) 手本の舞を見せる六条を、冬海はうっとりと眺めていた。お嬢様のはずなのに、なんだか最近の冬海は少々女子力が落ちてきていて、それ自体彼女もわかっていた。 よし頑張ろうと奮戦するも上手くいかない。 「踊る時は爪先、手の先まで意識してくださいね」 六条の教授は懇切丁寧でしかもやさしい。だからこそ上手く舞えない事が甚だ悔しい冬海である。 「“どう見られているか”を意識すると、やはり気を張りますからね。ああでも、必要以上に緊張する事はありませんよ?」 気遣うそのセリフすら胸に突き刺さり、やればやる程機械仕掛けの人形のようになっていった。 手取り足取り教える六条へ熱い視線を送る男の姿が。エグムである。青い瞳に決意を秘めた妖しい光が宿った。 冬海同様、純粋に舞を習っている開拓者が二人。いや一組か。 着物の着付けが何やらお風呂上りのガウン状態なのはギリギリ許容範囲として、その舞たるや運動音痴の冬海に引けを取らないものだった。 「こ、の、態勢で、タァーンッ」 腰を落とし、扇子を前方へ差し出したまま右足を軸に回るもゆったりしたリズムは思っていた以上に足へ負担を強いていた。グラリと態勢を崩すと、 「あ、‥‥アル、ごめ!」 「えぁ? ラ、ッピイちゃ‥‥イタタ重いよ」 どすんと真横で舞っていたアルの上へ、ライディンことラピイが乗っかってしまった。や、や、やと必死にラピイを支えようとするも上背のある男を支えきれるわけもなく二人もつれるように床の上へ転がった。 「なんというか、いい眺めです」 親指を立てて満足げな顔の冬海 は、微笑む六条に姿勢を直されていた。床上には胸元を肌蹴させたアルと、その上でむぎゅっと顔面を潰しているラピイのあられもない姿が転がっていた。 「ラーピイちゃんっ、起こして?」 痛くて動けないアルは、ラピイの首へ両手を回して甘えた声をあげた。 何ともどんくさい教え子達だったが、「根気よくいきましょうね」と言う六条の微笑は綿菓子のようにふんわりと甘かった。 昼食はラピイお手製のダイエット食で済ませ、午後からジョギングに入る。 余談だが、ラピイが口にした“ぷにく”という表現には武人が大いに反応を示した。そうだ、妹のお腹についているのは贅肉じゃない、ぷにくなんだと大きく頷き、命名したライディンへにやりと笑って見せた。 ジョギングにはミリートが元気に参戦。元々運動音痴で運動不足の冬海とは違い、はつらつと駆けていく。耳もしっぽもピンと立て、実に楽しそうに屋敷の周囲を疾走する。 (「ミリートちゃん、さすがだなあ。元気の源はあの耳としっぽかな」) 「腕を振れば自然と足も動く。正しい姿勢を保てばしんどくない」 自分のペースに併せて走っている由樹の助言を、朦朧とする頭で聞いていた冬海だが、 「これができたら、ご褒美があるで。頑張りや」 (「ご褒美? 由樹さんのご褒美っていったらアレしかないじゃない!」) 愛の仕事師、千代田清顕が思考に堂々登場。 「まだまだああああっ」 土煙を上げて駆け出す冬海。ラピイ提案の人参作戦は効果絶大のようだ。 ●三日目=人参作戦 (「あれ? おかしいな。今日も付き合ってもらえるハズなんだけど。誰もいない‥‥」) 応接室のテーブルの上には、栄養摂取量がきちんと計算され作られた、ラピイ特製の料理が並んでいた。中央には見たこともないデザートと思しきものが、デデンと鎮座している。生地の色は茶碗蒸のようだが香りは甘い。だがそれに突き刺さっているのは、 「もやし?」 首を傾げる冬海だが、手には取らない。それよりも気になることがあるからだ。 「きっとこれが由樹さんの言っていたご褒美ね。だって清顕さんが言っていたもの。明後日会おうって!」 拍手のように両手を打って、冬海は部屋を出た。もちろん姿を隠している彼らを探す為だ。 冬海は自前の萌えセンサーを駆使して家中、庭中、屋敷中を駆け回った。 途中でミリートを発見すると、強引にその手を掴んだ。 「一緒に探しましょ♪」 「はやぁ〜」 目を回しながら、萌え力を発揮する冬海にミリートも付き合うことに。 そして誰もいなくなってしまった応接室を訪れたのは、エグムと六条の二人だった。 「個人授業なんて無理を言って申し訳ありませんね」 「ふふ、役者でもなければ機会がありませんものね。嬉しい限りですよ。さて――二人で踊る時は相手と呼吸を合わせるのが大切ですから、少し距離を縮めましょう」 そう言った六条の顔から笑顔が消える。踊りを教えるこの時ばかりは真剣な面持ちだ。じっと視線だけをエグムへ注ぎ、必要最小限の事しか言わない。時に厳しく、時に微笑を浮かべて挙措を褒める。 「ダンスや弓に通じる点もありますが‥‥足運びなど、中々難しい物ですね‥‥」 やはり見るのと演じるのとでは大きく違う。エグムは思っていた以上に動かない身体に苛立ちを募らせたが、そこへ六条の手が差し出された。 「背がお高い割りに貴方は線が細いようですから、こう、――そうです、そうやって愛しい誰かに思いを馳せるように指先を伸ばしてください。心をその方へ飛ばすように‥‥とても美しいですよ。足は、こう、です」 「そう動かすのですか!? な――では――」 鼻先をくすぐる六条の銀糸の髪に両目を瞬かせながら、エグムはぎくしゃくと従った。 舞を教えているだけなのに、おっとりと話す六条のトーンには妙な色香が混じる。とはいえ、誰かの視線を感じる余裕がないくらいにエグムは真剣なのである。 男性二人が妖しくも舞う自宅の応接室。じっと潜んで覗いているのは武人だった。妹が惑わされるのには理由があるはずだと研究しているようなのだが、そんな行動を冬海が見たら誤解するとは思わないのである。 冬海が懸命に探している二人はというと。 「騙した、なんて酷いな。二人きりになりたかっただけ。‥‥こんなに追いかけてるのにつれないね」 清顕は目を細めて、実に楽しそうに笑った。 「お前はっ‥‥俺の気持ちも知らんとそういう事ばっかり‥‥!」 どこか酷く痛むような顔で由樹は答えた。仕事上だけでの付き合いでいたいのに、清顕は深いところまで侵入を図ろうとする。 「そんなに俺に捕まるのが嫌なんだ?」 意味深な物言いに、 「こっち来んなっ!」 全身を使っての拒絶と抵抗を試みる。少し涙目に見えるのは気のせいか。野生の大型猫は威嚇するように両腕を突き出し――その手は易々と清顕へ掴み取られた。 心臓が、今にも破裂しそうなくらいの勢いで鼓動を打つが、そんな事など物ともせずに冬海は走る。 間に合え、と念仏のように唱えながら屋敷の裏手へ回った瞬間――こちらへ瞳だけを向けた清顕と視線がかち合った。人差し指を唇に当て「しー」という仕草の清顕から、その身体の下で耳朶を真っ赤にさせて俯く由樹の姿をみつけると、興奮のあまり冬海は思わずむっぎゅううううと手を握り締めた。 「いったああああいっ!」 突如響くミリートの叫び声。しっぽが竹箒みたいにぶわっと膨らんでいる。 「冬海ちゃんてばぎゅうってし過ぎ!」 ミリートは、冬海に固く握り締められた左手を振り回しながら叫んだ。その横では萌え尽きた冬海が、ガクリと膝を落としていた。 (「一番美味しいトコ、見逃した?!」) その頃、天井裏では別カップル? が―― 「一緒に隠れたケド。僕らみつかっていないんじゃない? 冬海ちゃんはひーちゃんとこに三千点」 腹ばいになって、つまらなそうに両足をぶらぶらさせるアルに、にこにこ笑うラピイがこつんと軽く頭突きした。 「なにそれ。俺と二人きりはつまんない? 俺は嬉しいよ。それに後で俺らがいないってわかった方が秘め事っぽくてサイコーでしょ」 冬海をダシになんだか良い雰囲気のアルマとライディンなのだった。 夜はエルディンお勧めの、根野菜中心鍋を囲み盛り上がる。 「体を冷やさないことが大切。野菜は生よりも温野菜、根野菜は繊維が多く、体を温めますよ。‥‥はい、たーんとお食べ♪」 具材を皆に取り分ける神父の顔はご満悦。鍋奉行ならぬ鍋神父だ。 「今回はいろいろと‥‥いろいろとお世話になりました。やっぱり継続は大切なのでジョギングも食事も気をつけますね。特に、スタミナに重点を置いて鍛えます!」 立ち上る湯気を前に宣誓する冬海だが、一同思った。 それってダイエットとは違う話だよね、と。 後日。ミリートから受け取った、ダイエット料理のレシピも大活躍! ――したのだが、 「冬海。女の子はね、もう少し“ぷにく”があった方がいいと思うぞ」 兄さま腹筋が割れましたわ、と自慢げに腹を見せに自室へ乗り込んできた最愛の妹へ、武人は涙目で訴えたのだった。 |