柳の下で哂う者
マスター名:シーザー
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/07/10 22:59



■開拓者活動絵巻
1

のき






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■オープニング本文

 濁った川面に満月が映っていた。音も無く風が吹き、川べりの柳がゆらりと葉を揺らす。
 そこへ少女が通りかかった。
 夜も更けたというのに、酒が足らんと父親に言われ、買いに出されたのだ。
 少女の足元を照らすのは夜空の月だけである。ふと、脳裏をよぎったのは、先日起きた、旅姿のうら若い娘が惨殺された事件だった。
 あまりの惨たらしさに、アヤカシの仕業ではないかと噂されているが、真実は明らかになっていない。どこへ相談していいのか、町名主も判断がつかないらしく、困り果てていると聞いた。
 ザザザ――。
 一陣の風に柳が大きくしなり、葉をなびかせた。薄暗い中での柳の木は、まるで人が立っているようで気味が悪い。少女は甕を抱え直しながら、その全身を粟立たせていた。
「うす気味悪い」
 呟いて駆け出した時である。突如、行く手に青墨の影が現れた。驚いた娘の手から甕が滑り落ち、足元から、キツイ酒の匂いが上がってくる。
 だが、娘にそれを気にする余裕はない。見開かれた両の目には異形の姿が映っている。
「――――ぁッ」
 娘は声を上げることも叶わず、どうっとその場に倒れた。
 表に面した通りからは、拍子木の音が闇に木霊していた。

 ところ変わってここは比隅の街。
 喧喧囂囂と、人目も憚らずに大声を張り上げる年老いた夫婦と、その二人に責められてばかりの青年。
「お前が殺したんだ! 違いないっ」
 唾を飛ばしつつ、青年の胸倉を掴むは夫の方で、
「あの娘が朝になっても戻ってこないなんて、きっと何かあったんだろうさ」
 妻は袖口で目元を抑えて涙ぐむ。
「俺ぁ、そんなことはしねえ。それに夕べは駆け落ちするのに落ち合う約束してたんだ。殺すはずがねえ」
 殺した殺してないの言い合いに、「まあまあ」と口を挟んだのは黒い着流しにブーツ姿の若い衆だった。
「こんな人目がつくところで揉めてたって、娘さんの行方はわかんないよ? 行方、知りたいんだよな? な?」
 馴れ馴れしく青年の肩と老父の肩を抱き寄せ、
「揉め事なんでも解決します、ってぇ触れ込みの口入屋があんだよ。ここは一丁、頼んでみねぇか?」
 青年が断ろうと口を開けば、「まあまあ」と言い、老父が怒鳴ろうとしても、「まあまあ」と軽くいなして、とうとう件の口入屋へと連れて来てしまった。
 藍染めの暖簾を潜ると、客が溢れてかなりの盛況ぶりである。
 帳面を持った若い手代が笑顔で寄って来た。
「光成さん、初仕事ですかい」
「この話がうまくいけば、夜那の奴に一泡吹かせてやれるってもんよ」
 面食らっている三人をよそに、百瀬光成は上機嫌に答えた。
「しかし、今日は偉く混んでんだな。なんかあったのか?」
「ああ、護衛の依頼でね。なんでも比隅の外れの町で若い娘が立て続けに殺される事件があったんだってさ」
「へえ、それでか」
 百瀬が目を細めて笑った。
 アヤカシ相手となれば、志体持ちでなければキツイ仕事だろうに。ぐるりと見渡してみたが、開拓者らしい顔は見えない。
「俺には関係ないことだけどな。――ほらほら、そこのお三人方。この兄ちゃんに詳しい話をしたら、万事解決めでたしめでたしになるからさ!」
 着物の裾をたくし上げた百瀬は、框にどかっと腰を下し、店の外まで聞こえそうなほどの大声で呆けた顔の三人を手招きした。


■参加者一覧
崔(ia0015
24歳・男・泰
朔夜(ia0256
10歳・女・巫
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
楊 才華(ia0731
24歳・女・泰
相馬 玄蕃助(ia0925
20歳・男・志
露草(ia1350
17歳・女・陰
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
煉(ia1931
14歳・男・志


■リプレイ本文

 三日後に口入屋で集まる約束をした開拓者達は散開した。

●比隅

 比隅に残り、初の両親と駆け落ち相手の辰から話を聞くことにした朔夜(ia0256)と楊才華(ia0731)は、口入屋に残っている三人を訪ねた。
 依頼を受けてからずっと暗い顔の朔夜に、楊が声をかける。
「えらく暗い顔だねぇ、朔夜」
「‥‥人が死ぬのは、いやだ」
 ぽつりと呟く朔夜の肩に手を置いて、
「そうじゃないことを祈って探そうじゃないか」
「‥‥そうだな」
 頷いた巫女と泰拳士は口入屋の引き戸を開けた。
 初の二親は店の奥にある座敷に通されていた。激昂していた二人を落ち着かせる為に店の者が気を利かせたのだという。
 朔夜は手帳を取り出して、気になる事項を尋ねた。
「娘を見失ったのはいつ、どこでだろうか。その際、怪しい影はみなかったか?」
 一頻り大騒ぎして落ち着いたのか、思っていたよりも彼らは冷静になっていた。
「川沿いを歩いていて、あれは船宿の手前辺りだったな‥‥刻限は八つ半だ」
「そうか」 
 手帳に書き込みながら、もう二三尋ねる。
「どこか立ち寄ったりはしていないか? あれば」
「立ち寄っちゃいないが、船宿の船頭には会ったな。挨拶交わした位だが」
「挨拶?」
「そんな時間に顔を合わせたんだ、互いにバツが悪いやね。こっちは娘の後を尾けているわけだし」
「‥‥船宿の名を聞いてもいいか」
 十歳の幼子にしては淡々とした物言いに、怪訝な表情の老父だったが、すぐに遊亀という船宿だと教えてくれた。
「‥‥もう一ついいか? これは父親に尋ねるのだが、なぜ娘は殺されたと言ったのだ? まだそうと決まったわけでもないのに」
 別れ際に崔(ia0015)から頼まれていたことを思い出し、訊ねた。崔は、娘が死んでることを前提にしているのが気に掛かると言っていた。だが目の前にいるのは、娘を失い打ちひしがれている普通の父親の姿でしかない。
「親思いのあの娘が、親を捨ててどこかへ行くなんて考えられない。駆け落ちなんぞ言語道断だ。きっと一緒に行けないと言った初をアイツが手にかけたに違いないんだっ」
 次第に感情を昂ぶらせていく父親に、楊が煙管をピッと突き出した。
「娘さんの特徴ってあるかい」
 訊ねた。
「それなら辰に頼んだらいい」
 これまでずっと噤んでいた母親の口が開いた。
「腐っても絵師さ。初の顔くらい描けンだろう」
 苦々しい顔だったが、開拓者の協力を前につまらない意地は張らないと決めたようだ。
「そうかい。それじゃ次はアッチから話を聞こうかね」
 楊は辰の方を見た。一人ぼんやりと宙をみつめていた。
「調子はどうだい」
 辰の横に腰を下し、楊が軽口を叩く。ぎろりと睨まれたが、楊は笑って流した。
「悪いねぇ。ところでアンタ、駆け落ち相手とは結局会っちゃないのかい?」
「会ってねぇよ。朝まで待ったが初は来なかった。だから俺はてっきり捨てられたんだとばかり」
「約束の時間は?」
「七つだ。旅に出るには一番の時間だからな」
「七つ、ねぇ」
 眉を顰めて煙管を咥える楊とは対照的に、手帳に筆を走らせている朔夜の表情は変わらない。
「駆け落ちの場所は」
「船宿“遊亀”の近くだ。知り合いの船頭に頼んでて、用水路を辿って舟で比隅から出る予定だった」
 言って男の足元にぽつりと雫が落ちた。
「惚れた女を、七つなんて時間に一人で歩かせるのが間違いの元だったねぇ」
 ふぅと嘆息しながら楊は立ち上がった。朔夜も続く。
 二人は船宿へ向かった。
 件の船頭から、用水路はまっすぐ外れの町を通り、大川へと合流しているのだと聞いた。多くはないが、事情があって町から逃げ出す際に川を使うことは珍しくないらしい。それが船頭のこづかいになったりもするのだと。
 昼は辰が描いた初の似顔絵を元に聞き歩き、晩の八つ半から七つの間、松明片手に川沿いを見回ってみたが何も起きなかった。
「収穫という程の収穫じゃないねぇ。あんなエロ親父一人じゃ」
 二人がとっ捕まえたのは、暗がりから女を襲う真っ裸のエロ親父だけ。
「エロは玄蕃助だけで間に合ってるよ」
 楊の口から飛び出した玄蕃助とは、相馬玄蕃助(ia0925)の事である。好みの尻やら足やら見ては鼻から赤い汁を垂れ流しているエロ志士だ。
「さて、粗方聞き込みも終わったことだし。口入屋に戻ろうか」
「‥‥ああ」
 二人は街の中央へ踵を返した。

●外れの町

 比隅組とは違い、こちらは人数を揃えての調査になった。
 物騒だと知っていて、夜中なんぞに娘を使いに出した父親の下へ崔が向かう。しかし得たものは何も無い。無論、崔は承知の上である。
「己の愚行を悔いてればいい」
 死んだ娘の位牌を抱いて泣き崩れている父親に、そう言って、崔は真っ白なままの手帳を懐へしまった。もう一つの気がかりは、三日後にはっきりするだろう。
 火消しの見回りの所へは鬼島貫徹(ia0694)、エロ‥‥相馬玄蕃助、皇りょう(ia1673)の三人が向かった。
 当時の見回り組番の番所を訪ねる。
「ああ、そりゃあっしでさ」
 手を挙げた男を引き連れて、皇の提案の飯屋へと場所を変えた。
 手頃な店の暖簾を潜り、さっそく酒を頼む。出てきた銚子を傾け、
「事件の詳細とか傷の具合。教えてもらえないかな」
 皇は男が手にした杯に酒を注いだ。
「憶測で語るわけにもいくまい。情報が必要なのだ」
 椅子に深く腰掛けた鬼島が、低く唸るように言う。
「情報?」
「うら若き娘御達の尻‥‥いやいや命が奪われた件のことだ」
「尻?」
 酒が進む見回りが相馬の方へ顔を向けたが、皇がすかさず本題へと戻した。
「いろいろ訊ねたいことがあるのだ。何ならもうニ、三本銚子を頼むが?」
 男の顔が途端に緩む。
「それなら誰も知らねぇ話を聞かせようかね」
「なんだ、それは」
 鬼島の顔も思わず喜色ばむ。
「その前にこっちの御仁と尻話を‥‥ぐばっ! スンマセン」
 卓へ突っ伏した男の脛に、顔を赤くした皇の渾身の蹴りが入っていた。
 相馬の目が驚きで見開かれている。思っていたことは同じだったようで、次は自分の番かと、なぜか股間を大仰に押さえて震えていた。
「そんな所は蹴らないっ」
 皇は耳まで真っ赤にした。
「むしろ潰した方が世の為ではないか? クックッ」
 鬼島は笑った。
 一方、町名主の邸を訪れたのは露草(ia1350)と煉(ia1931)である。玄関を入ってすぐの続き間に通された二人は、出された茶に手も出さず、本題に入った。
「お聞きします。女性方が犠牲になった現場付近と様子を聞かせて頂けますか」
 露草は手帳を開き、記帳の準備万端だ。同様に煉も手帳を開いた。
「言いにくいかもしれないが、これ以上犠牲者を増やさない為に教えて欲しい」
 名主が煉を見て渋い顔をした。子供が猟奇事件に関わることに抵抗があるらしい。感じ取った煉が、自分は開拓者だと改めて名乗った。
「誰にも大切な人がいるように‥‥俺にも護りたい人がいる。そこに年齢なんか関係ないと思うんだが」
 名主は言いにくそうに口を開いた。
「かなり悲惨な状態でしたからねぇ。現場はこの町を抜ける用水路脇の小路ですよ。二人ともね。一人目の旅の娘は比隅との境にある木戸辺りで‥‥胸から下が、無かったんですよ」
 名主は思い出してぶるぶると震え出した。
「二人目は使いに出された女の子だったと聞いています」
 露草は一人目の惨状を書き記しながら、二人目について訊ねた。
「あの娘はね」
 言って名主は湯飲みを取り、一気に煽った。
「背中から肉を抉り取られていたんです。左肩から下はもぎ取られたみたいになっていましてね」
 露草と煉は顔を見合わせた。人の仕業には思えない。
 夜、町内を見回りますと言って二人は名主の邸を後にした。

●三日後の口入屋

「そうか」
 崔は目端を掻きながら呟いた。
「取り越し苦労だったな」
「初さんのご両親も辰さんも被害者ってことか」
 煉が呟いて俯いた。
 集まった八人は互いが得た情報を報告し合った。
「共通項は川沿い‥‥用水路脇の小路で時間は八つ半から七つの間、か」
 鬼島が渋面で言う。
「火消しの見回りから、比隅の街寄りでみつかった大量の血痕跡のことを聞いた。肉片や骨などがみつかっていないから犠牲にあったのが人間なのか、動物なのか判明していないとか。失踪者がいないから動物だろうって片付けたらしい。現場はやはり用水路沿いだ」
 皇が手帳を読み上げた。
「夜間の見回りにも同行してみたが、こっちは収穫はなかったね」と相馬。
「名主の方の聞き込みでも、被害者の傷跡を聞くに人間業ではない気がしています。鋭利な刃物を使わずに身体を二つに分けるのは無理でしょうし、二人目に到っては背中の肉を抉り取られていたそうですから、猟奇的と片付けるには少し抵抗を感じました」
 露草が言う。
「現場はすべて用水路沿いで起きてる」
「仮に比隅寄りの件も人間が犠牲になっているとしたら、話は変わってくるねぇ」
「旅行者ならば失踪届が出ておらんで当然だろうからな」
「用水路沿いに人が殺されているってことか」
「“殺されてる”? 喰われてるんじゃないのか? 被害者はアヤカシに喰われたんだとしたら」
 瞑目しながら崔が言う。
「アヤカシが喰い残しなんて出しますか?」
「そこら中に餌はあるからな」
「そうだとして‥‥遡ると。――初に行き着くのか。初の失踪よりも以前に用水路沿いでは誰も消えていないって話だ。殺されてもいないしな。初が一番最初の被害者ってことになる」
「初を喰らい、用水路を辿って捕食しているというのですか?」
「なんか腑に落ちないな」
 崔が呟く。
「とにかく、この順が正解ならヤツはすでに外れの町へ入り込んでるってことになる」
「だが、夜間の見回りではなにも出なかったぞ」と鬼島。
「何か決まり事でもあるのだろうか?」
 朔夜がぽつりと言った。
 初が消息を絶った日から使いに出されて被害に遭った娘までの日数を計算してみる。
 被害者が特定できない件を考慮しても、昨夜は誰も殺されていないのは確かだ。
「今夜かもしれん!」
「急いで町へ向かおう」
 八人は口入屋を飛び出した。

●正体

 時刻は七つ。
 娘達が命を奪われた晩と同じ生温い風が吹く。
 用水路の水面で、月が揺れていた。
 小路の角で鬼島と崔が身を潜め、身軽な煉は前夜と同じく屋根に登って辺りを警戒した。
 薄暗い道を囮の露草が歩く。
 ザザザと水面が波立った。同時に露草の前方で、何かがぼんやりと光りながら、ゆっくりと近づいてくる。判然としない淡い光がはっきりと人型になった時、驚きの余り、皆その場で身を硬くした。
「初さん‥‥?」
 現れたのは比隅で行方知れずになった初だった。
「生きて‥‥え?」
 露草が思わず駆け寄ろうとした時である。
「近づくな!」
 崔が叫んで飛び出してきた。すかさず初の背後に回り込み、七節棍を構えた。
「腑に落ちないと思っていたんだ。ただのアヤカシなら所構わず喰い散らかすはずなのに、ご丁寧に用水路を辿っていく」
「送り拍子木か気狂いの仕業なら是非もないが、やれやれ‥‥猿程度の知能があれば保身しながら捕食するか」
 鬼島もまた長柄を構えつつ、逃走経路を塞ぐ形で立ちはだかる。
 二人の言葉に、初を前にした露草は信じられないという顔をした。それは朔夜も楊も同じである。朔夜は彼女の生存を望んでいた分、衝撃も大きい。
 生真面目な皇に到っては、人の姿をしているものをアヤカシとは信じられないでいた。
「なんで‥‥?」
 その呟きがすべてだった。
「もったいねえなぁ。あの美尻がアヤカシだなんてのぁ、罪だ。――許せねぇよ? 美尻美脚は世界の宝だからな。もちろん某を筆頭にだがな」
 たらりと鼻血を覗かせる相馬だったが、
「空気読みなよ、玄蕃助。っとにバカだねぇ」
 呆れ顔でツッコむ楊だったが、刹那、表情が険しくなる。
「‥‥ッツゥ」
 初の姿をしたアヤカシが呪声を放った。割れそうな程に痛む頭を抱え、楊が喘ぐ。
「姿に惑わされるんじゃない。あれはヒトじゃなくてアヤカシだ!」
 攻撃することに躊躇っている皇へ叫ぶ崔。
 威嚇するように、アヤカシは大口を開けた。唇が裂けたその形相はすでに人には見えない。煉がひらりと屋根から跳躍し、長脇差を抜いて牙突のように刃を突き立てたが、ふわりと避けられた。
「うぬが姿、すぐにも滅せようぞ」
 石突で鳩尾を打ち、足を払う。
 踏み込んできた相馬が楊の前へ立ち、
「平気か、小姐ッ」
 手を左腰へ走らせて剣を抜き、八双の構えから一気に斬り込む。
「!」
 辺りに血飛沫が飛んだ。
 初の血かと誰もが思ったが、
「悪い。某の鼻血でござる」
 過ぎた緊張の余り、この瞬間、殺意が芽生える七人だった。
 気を取り直し、頭痛から回復した楊へ攻めの神楽舞を贈る朔夜。続いて露草が呪縛符でアヤカシの身体を拘束。
 楊の疾風脚は、幽霊のようにゆらゆらと動くアヤカシの喉元を蹴り抜いた。
 アヤカシはその身体がぼろぼろと崩れていくのを気にも留めず、もがきながら呪いの言葉を吐き続ける。
「痛みがないのか」
 間際で呪をかけられた崔が頭を押さえて、膝を折る。
 鬼島の槍が動きすべてを封じようと気合一槍。渾身の力で幽霊を押さえ込んだ。
 苦痛に顔を歪めながら、崔が七節棍を揮う。戦場での鑓衾のようである。
「お遊びはここまでだ」
 疾駆した煉が左から斬り下ろす。アヤカシが右に避けたところへ楊の飛手が待ち受けた。見事な連携である。
「アヤカシ‥‥もう終わりだ」
 固く目を瞑った朔夜が言う。
 柄を握ったまま鯉口を切れずにいる皇の右手が、ゆっくりと動いた。躊躇いがないわけではない。アヤカシを斬ったことはあっても、人を斬ったことなどないのだ。
「アヤカシに憑依された時点で、彼女はもう人ではないの。アヤカシは内側から彼女を喰らった‥‥残念だけれど。目の前のアレは、――アヤカシ」
 陰陽師である露草が真実を語る。
 皇が足を一歩踏み出した。
「亡くなってしまわれた方は戻って来ぬ」
 鞘から抜かれた刀身が、月光に反射する。刃紋が鈍色に光った。
「せめて極楽浄土での安息を願い、祈りを捧げさせてもらおう‥‥――ィッッ!」
 振り抜いた剣は勢いを殺せず、アヤカシを押さえていた七節棍と長槍ごと跳ね上げた。
 アヤカシに喰われた初の身体からは、一滴の血も流れなかった。
 
●報告

 問題は解決した。
 失踪した娘はアヤカシに喰われていて、それは初の姿のまま捕食を続けていた。
 倒した。万事解決のはずなのに――。
 止めを刺した皇は、初の両親の顔をみることができなかった。そんな彼女の手を、露草がずっと握り締めている。
 泣き崩れる老夫婦と自分の太腿を打ちつけながら悔し涙に暮れる辰。迎えに行けばよかったと声を詰まらせた。
「恨むべきはアヤカシ」
 唇を歪ませ呟いた鬼島の言葉に、開拓者達は皆頷いた。
 憎むべきは人の罪。恨むべきはアヤカシ。
 明日からも変わらないアヤカシ退治に、改めて気を引き締める皆であった。